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■オープニング本文 田舎は情報が遅い。 都、あるいは最も近くにある都市とは距離があり、しかも外から人が訪れることは少ない。 それ故、数ヶ月や数年の情報の遅れがあっても珍しくはない。 通常はそれでも問題なく日々を過ごせるのだが、残念ながらそうでない者も存在する。 都から落ち延びてきた複数の志体持ちを含む集団も、そうでない者の中に含まれていた ●隠し砦 山深い里の近くに突貫工事で立てられた隠し砦で、壮年の男達が難しい顔つきで話し込んでいた。 「そちらはどうだ?」 「東堂殿が磔にされた知らせから、帝が首をあげられたという不敬極まる噂まで様々だ」 反朝廷活動を行ってはいるものの、本人なりの忠誠心を持っている男が苦々しげに吐き捨てる。 「こちらの伝手も同じです。精度の低い情報しか流れてこないため、予測をたてることも難しい状況です」 朝廷全否定の思想を持つ男が穏やかに答える 「だがこうしている訳にはいかん」 「はい。より遠くに拠点を移さねば朝廷の探索の網に捕らえられるでしょう。東堂氏の陣営の意向は?」 「聞くまでもあるまい」 男は呆れたような、感心したような、とても奇妙な表情を浮かべて首を左右に振る。 「女史は東堂殿の一党の命令でのみ動く。新たな命令が届かぬ限り行動は変えぬよ」 戸塚小枝(iz0247)は東堂から預かった若い兵の食と安全の確保に努め、それ以上のことには決して手を出さない。 隠し砦の建設には協力したものの、それもあくまで疲れ切った若い兵に安全な寝所を与えるための行動だ。 「私達の仲間になってくれれば心強いのですが…」 一部の開拓者のような生きながらに伝説の域に足を踏み入れているような実力はないものの、小枝の実力は世間一般的な意味では高い。多少体力に問題はあるが、その程度は無視できるレベルの問題だった。 「惚れた腫れたで東堂殿に従っているなら目もあったかもしれぬが、あれは無理だ」 両者は軽く声をたてて笑う。 しばしの後、人が切れるほど鋭い視線を向けあい確認する。 「数日内に東堂殿が来られぬときは、かねてからの手はず通りにここで別れる」 「今後はそのときは再び出会わないことを祈ります。目指すものが違うとは言え、一度肩を並べた方を斬るのは気が進みません」 「儂はこの場で禍根を断ってしまいたいが、東堂殿への義理があるのでな」 放っておけば膨大な血を流すであろう両者は、剣呑な気配をまき散らしながらそれぞれの部下の元へ向かうのだった。 ●開拓者ギルド 人目を避けて開拓者ギルドを訪れる2人組がいた。 1人は既に流罪が決まっている罪人。 地位は高くないが古くから東堂に従っている武士であり、完全に武装解除されてはいても実に堂々としている。 もう1人は下級の役人。 こちらはものものしく武装してはいるが、立場の弱さにつけ込まれて上役から監視役を押しつけられたのが明らかで、顔色も良くはなかった。 「名簿と戸塚宛の手紙です。お検めください」 開拓者ギルド同心は丁重な態度で受け取ってから名簿を確認し、表情を引きつらせた。 先日都から脱出した東堂派浪士組隊士及び東堂派の協力者。その中でとある拠点に集まるはずの者のリストなのだが、数が多すぎる。 「志体が20人近く。それも結構な凄腕も数人」 開拓者なら戦えば勝てる。しかし数人の戦死者を覚悟する必要があるだろう。 「これを見せれば戸塚達東堂先生傘下の者は従います」 男はそう言うが、それでも十人強は残る。 「そのとき他の者達がどう動くかは分かりません。逃げ去るか、戸塚達を裏切り者と見なして殺そうとするか」 ギルド同心は、頭を抱えて現実逃避したくなるのを耐え、情報の少な過ぎる依頼票を書き上げるのだった。 ●依頼 人里離れた山裾に存在すると思われる隠し砦に赴き、そこに潜む者達全員を捕縛するが依頼の目的だ。 難しい場合は退去させるだけでも構わないし、皆殺しにしても問題は無い。 ただ、できればより多くの者を殺さず捕らえて欲しい。 |
■参加者一覧
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
柏木 煉之丞(ib7974)
25歳・男・志
わがし(ib8020)
18歳・男・吟
森フラノ(ib9633)
15歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●戦力差は巨大 得物は使い込まれた樫の棒に、頑丈ではあるが戦闘は考慮されていない鉈。 服装は山歩きのための分厚い長袖と長ズボン。 外見は金回りの良い村の男衆だが、遠くから観察中の尾鷲アスマ(ia0892)は騙されなかった。 歩いているときも枝を切るときも上体がぶれない。己の周囲に均等に意識を向けており、ほとんど死角というものがない。 それが最低でも2名。 戦えば逃走を許すことなく確実に勝てるが、余程運が良くなければ他の者達に警告され襲撃を知られてしまうだろう。 これ以上山裾での偵察を続けても無意味と判断したアスマは、慎重に距離をとり仲間の元へ向かった。 ●作戦決行1時間前 「さて、さて。せめて彼女らに文を届けるくらいの使いはしたいところだが」 とある街の宿の一室で、柏木煉之丞(ib7974)は情報をまとめながら考え込んでいた。 「戦力差がありすぎますね。攻めるなら東堂先生の部下に味方してもらってでも…」 狐耳を持つ栗毛の少女…に見える森フラノ(ib9633)が、己の巻き毛を指先で弄びながら意見を出す。 「接触すること自体が困難だ。尾鷲殿の話によれば随分と警戒している。朝廷に刃を向けた以上、その程度当然と言えば当然だが」 戸塚小枝(iz0247)や他の東堂一派にとっては、彼等開拓者は味方と言って良い。しかしそれを戸塚達に、騒がれずに伝える手段が極めて乏しいのだ。 「無意味に警戒されて残る全員と真正面から戦うことになると…」 フラノの顔には恐れではなく、彼我の戦力を理解した上で現実的な解法を求める、真摯な表情が浮かんでいた。 ●幸福 東堂降伏の知らせを聞かされた少年と青年達は、まず自分達の耳を疑い、次に上司の頭を疑った。 「戸塚殿、そこまで疲れておられたなんて」 「し、しばしお休みください。僕た…私達も以前の私達ではありません。安全な場所まで戸塚殿をお連れしますからっ」 小枝に向けられるのは、労る視線と正気を疑う視線が半々だ。 クーデターに失敗し追い詰められた現状でも、小枝が東堂を裏切るという考えは脳裏に浮かびすらしないらしい。 「どう思われているかは予測がつきますけれど」 東堂に魂を捧げているというより、既に東堂とその周辺以外に感心を持てなくなっている魔術師は、控えめとはいえ実に1年ぶりの抗議を行った。 「この命令書には複数の符丁が含まれていました。東堂様だけでなく複数の幹部が口を割っていない限り、この命令書は本物です」 真っ直ぐ過ぎる12の瞳が小枝を覗き込み、やがて真実であることを悟り驚愕と諦め声をもらした。 「話は終わった?」 音を立てずに戸が開き、美貌の狐獣人と修羅が姿を現す。 「あなたは…」 2人を砦まで案内してきた少年がようやく気付く。 「東堂殿がいる都の方から、正確には開拓者ギルドから派遣されてきた。協力願えるかな?」 東堂派隊士に取り込むために、砦に逃げ込んだ可能性のある数十人の顔を全て記憶した煉之丞は、男の色気漂う笑みを浮かべるのだった。 ●決別 「宴とはな」 「少々不自然ですね」 小枝から宴会の誘いを受けた小勢力の長達は、極少数の供だけを伴い東堂派の建物に向かっていた。 「この時点で裏切る利点はないはずだが」 「東堂殿が変心したなら、あり得ないこともない、かもしれない程度ですか」 2人は東堂を盲信しているわけではない。 人格を信頼しているわけでもない。 これまで東堂が積み上げてきた行動と実績から、東堂が朝廷に下る可能性が無いと判断しているのだ。 「ようこそおいでくださいました。準備は整っています」 穏やかで上品、それでいて芯に凛としたものを感じさせる狐獣人が最も大きな部屋に導こうとする。 「おぬしは」 「昨日ようやくこの地を訪れることができた森と申します。武器は持ち出せませんでしたが食べ物は持てるだけ運んできました。是非これで英気を養って下さい」 部屋に小枝が待機しているのを確認し、2人の代表者は少し警戒を緩めてそれぞれの席につく。 無論警戒を完全に解くはずもなく、護衛は背後に立ったまま即座に抜刀できる状態を保っている。 「それでは」 フラノは愛想の良い態度のまま、鋭く手を振り下ろした。 同時に奥に続く戸板が内側から蹴破られ、宙を舞う戸板の残骸を追い越す勢いでアスマが突入してくる。 「なっ」 反乱者の頭目の1人は、脇に置いていた刀の鞘を掴んで掲げる。 得物を切り飛ばすつもりで振り下ろされたアスマの刃は、鞘の半ばまで食い込み、不安定な体勢の頭目を押し込んでいく。 「東堂は朝廷に下った。これ以上の抵抗は貴様等の為に命を投げ出した者の努力を汚すことになるぞ」 壮絶な剣気をまとって勧告する。 もう一人の頭目は駆け寄ったフラノに術発動用の杖を蹴り飛ばされ、それぞれの長を助けようとした護衛は背後から伸びた手に得物を抑えられてしまう。 「くっ」 「何者だ!」 それぞれ腕一本で事実上無力化されたことに驚愕しつつ、しかし戦意を失わずに怒声をあげる。 「大人しく縛につく気はないか」 煉之丞は飄々とした物言いで、修羅にふさわしい怪力で押さえつけながら確認する。 護衛の返答は、全身の力を込めてふりほどこうとする動きであった。 「よかろう。後で治療はしてやる。耐えろよ」 抑えられた腕の骨が異音をたて、護衛達は口から泡を吹きながら数歩後ずさる。 こんな状況でも、2人の指導者は冷静さを保ち、建物に外にいる部下達に呼びかける。陣形を組ませて集団戦に持ち込むつもりだ。 が、アスマが咆哮を発動させたことで彼等の意図はくじかれた。 「咆哮から逃れた者は逃げろ!」 「指揮権の委譲は取り決め通りに」 建物外の足並みの乱れに気付いた2人は、即座に決断を下すと目の前の敵に集中する。 アスマと向かいあう男は全身全霊を込めてアスマを徐々に押し返し、もう1人は性能の低い予備武器を取り出し術を発動させようとする。 「どうしても戦おうと言うのか…ならば斬る!」 実用性最優先の刀を抜き、フラノは鋭く振り下ろす。 術士は躱そうとも防ごうともしなかった。それどろか術の発動を邪魔されないよう、己の体を盾とする。 「私はこれまでです。無事な者はここから離れなさい!」 文官風の外見からは想像し辛い号令が響き、偽りの宴会会場と外を遮る壁が出現する。 「しばらく相手をしてもらいますよ」 「あなたは…」 説得と降伏勧告をしようとしたフラノを、そっと煉之丞が止める。 「森殿、この者は手加減出来るような相手ではない」 「そう、だね。私は森フラノ。いざ尋常に勝負!」 術士は、十数秒持ちこたえた。 ●決着 アスマと古強者は無言で向かい合い、全く同時に互いを跳ね飛ばした。 それぞれ危なげなく着地し、無言のまま刃を構える。 古強者は待ちの構えだ。 斬りかかられた場合はアスマの小手を切り裂き、アスマも待ちに徹した場合は時間稼ぎを行うつもりだ。 「行くぞ」 先程の対峙で互いの意志は伝わった。 目の前の男は決して止まらない。捕縛されても、あるいは刑場の露となっても。 「来られよ」 相手の狙いが分かっているにも関わらず、アスマは迷い無く踏み込み、振り下ろす。 迎え撃つ刃はアスマの手の甲を薄く切るだけで終わり、アスマの一撃は男の胸から腹を深く切り裂いた。 「貴殿の、武運を祈る」 アスマは言葉を返さい。 止めの刃が振り下ろされる。おそらく躱すこともできただろうが、古強者は静かに目を閉じ、介錯を受け入れるのだった。 ●その後 建物内の安全を確保した開拓者が術で作られた壁を破壊したとき、隠し砦の中から反乱者は既に消えていた。咆哮の影響を受けなかった者が他の者を強引に回復させ、そのまま撤退に移ったのだ。 小枝によると、2勢力は東堂の策の失敗を悟り、都を離れて年単位で潜伏を続けるつもりだったらしい。 今の所、逃げた者達の活動は確認されていない。 |