森の中のジガバチ達
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/14 01:45



■オープニング本文

 似餓蜂(ジガバチ)。
 人間並みの大きさの蜂型アヤカシであり、各種毒が含まれた強靱な針や、集団戦術を使いこなすやっかいな存在である。
 しかし格としては最下位に近く、正面からの戦いなら似餓蜂の本拠地である森でも開拓者の優位は確実なはずだった。

●飛び入りの依頼人
「村を助けて下さい。怪我人が多すぎて包帯も薬も足りない。このままじゃぁ」
 開拓者ギルドに駆け込んできた男が、汗と埃にまみれた顔に切羽詰まった表情を浮かべて訴える。
 ギルド係員は慣れた様子で村の名とアヤカシの外見を聞き出しから、大声で条件を読み上げ討伐対参加者を募るのだった。

●時間的余裕は皆無
「急いで下さい」
 急ぎのため依頼票ではなく口頭で説明をする係員の顔には、恐怖に近い感情が浮かんでいた。
「似餓蜂多数が存在する森に突入し、森の中央に存在する里に向かって下さい。アヤカシの討伐は後回しで構いません」
 どういうことかと鋭く開拓者が問うと、係員は凍り付いた表情のまま返答した。
「村人の負傷者は、おそらく似餓蜂に卵を産み付けられています。急行すれば間に合う可能性が高いですが」
 放置すれば、犠牲者の腹を食い破って新たなアヤカシが現れる。
 その際には看護してた家族や隣人は全滅してしまうだろう。
「森の入り口までは朋友で向かえます。木が茂りすぎているため、そこから村までは徒歩の方が早いでしょう」
 そこで1度言葉を切ってから、係員は口にするのも汚らわしい、しかし場合によってはあり得てしまう事態を口にした。
「人間の体内に潜伏するアヤカシは脅威です。安全が確認されない状態で村人が森の外に出れば、実質的にアヤカシとして扱われかねません。多少荒っぽい手を使っても構いません。速度最優先でお願いします」
 しくじれば、村一つがこの世から消えることになる。
 ギルドを飛び出す開拓者達の背中に、係員は祈るような視線を向けていた。


■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
露羽(ia5413
23歳・男・シ
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
ナタリー・フェア(ib7194
29歳・女・砲
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●空から
 空を全力で駆けていた黒い駿龍は、主人に頭を撫でられてようやく前以外を向く気になった。
 上を見ると雲一つ無い快晴。
 視線を下げると鬱蒼とした森だ。
「ありがとう鬼鴉。…気持ちは嬉しいが今回は事情がある。暴れるのはまたの機会にな」
 赤い眼だけで落胆を表す鬼鴉を宥めてから、からす(ia6525)は降下を開始したばかりの龍の背から飛び降りた。
 主人においていかれた鬼鴉は慌てず、主人の行方を確認もせずに上昇と旋回を行い元来た場所へ向かって飛んでいく。この程度のことで傷つく主人でないことを知っているのだ。
 からすは体の複数箇所を絶妙のタイミングで地面に触れさせることで衝撃を受け流す。
 そして汚れを振り払う時間も惜しみ、10本近い矢を矢筒から取り出し森に向かって脅威の速度で撃ち尽くす。
 大量の矢は緩やかな放物線を描きつつ、木々に一本も当たらず森の奥へ飛んでいく。
 遠すぎで何の音も聞こえてこなかったが、からすは矢の数だけの手応えを感じていた。
「全弾命中ですか」
 こちらは着陸した駿龍から普通に降りた露羽(ia5413)が、半ば呆然とした声を出す。
 そうしている間も超越聴覚で情報収集を行っており、森の動物とアヤカシが発する微かな音を必死により分けていた。
「道はあまり良くないようで」
 嶽御前(ib7951)は手元の地図と目の前の森を見比べかすかに眉を動かす。今回は時間的余裕が全く無いため、最も効率よく行った事前の情報収集でも抜けが多いようだった。
「中に入れば乱射は使えない」
「承知した。俺に関しては誤射を気にしなくていい。援護は頼む」
 羅喉丸(ia0347)はそれだけ言い残して森に向かって走る。
 その速度は素晴らしく、術も技も使っていないのに普通の開拓者より数割は早い。
「挑発に乗ろう」
 からすは口元を笑みの形にし、羅喉丸の進路上に顔を出した獣やアヤカシを精密な射撃で撃ち殺してしていく。
 羅喉丸の頭頂や体の側面をかすめるような軌道で矢が何本も飛ぶことになるが、羅喉丸は常に平常心を保って姿勢を安定させているため、小さな傷がつくことすらなかった。
「嶽御前さん、これを!」
 ナタリー・フェア(ib7194)が薬草と包帯が入った包みを投げ渡すと、嶽御前は羅喉丸の後を追いながら、速度を緩めずつかみ取る。
「用意がいいでしょ? 使ってね」
 アヤカシの襲撃に備えるためどうしても速度が遅くなるナタリーが呼びかけると、嶽御前はかすかに微笑んで肯定の表した。

●森の中で
「右から1集団。進行方向に複数…ケモノも含まれているかもしれません」
 後方の防衛線を抜けてきた巨大な蜂を振り向きもせず切り裂きながら、露羽は先頭を行く羅喉丸に索敵結果を報告していた。
 瘴索結界のように距離の制限はないが、露羽ほど感覚が鋭くても瘴索結界より精度は劣る。しかし今はこれに頼らざるを得なかった。
「右は任せる」
「お気をつけて」
 露羽は音も立てずに方向を変え、木々に隠れ忍び寄ってきていたジガバチの編隊に突っ込んでいく。
「ふふ、毒には多少慣らされていますからね。私は手強いですよ」
 速度と高度でかわそうとするアヤカシを、露羽は我が身を囮にして引きつけていく。
「援護は」
 真っ直ぐに進み続ける羅喉丸に、嶽御前が声をかける。
「必要無い。走るのに専念して欲しい」
 後続の嶽御前達の消耗を抑えるため、羅喉丸は天然の罠になっていた地面の出っ張りを踏みつぶし、速度を維持するため真正面から向かってくる毒液や顎をかわさず真正面から受ける。自然と傷が深くなっていくものの、自らにまとわりつくアヤカシは鍛え抜かれた腕であやし、背後に抜けようとする巨大蜂だけをトンファーを振り生み出した突風で潰していく。
 そうしているうちに、森の中にあるにしては不自然さを感じるほど大きな木造建築の姿が木々の合間から見えてくる。
「見えた。急げ!」
 瞬脚で飛んで位置を調節し、大きな踏み込みにより発生させた衝撃波で周囲全てのアヤカシを巻き込む。
「頼みます!」
 嶽御前と菊池志郎(ia5584)が建物に向かうのを見送り、羅喉丸が己の傷をそのままに周辺の警戒を行うのだった。

●治療
 村民が避難している建物に入る直前、志郎は息を整えて強制的に精神を安定させ、意識して爽やかかつ頼りがいのある表情をつくる。
「お待たせしました。開拓者です」
 長時間の緊張にさらされた人々を不安にさせないよう、そして体内にアヤカシの卵が植え付けられたことを悟られぬよう、理想的な癒し手の仮面を被ったままことを進めていく。
「今、俺と一緒に来た人達が蜂を退治してくれていますからね、この建物も守られていますから安全ですよ」
 今にも泣き出しそうだった子供に笑いかけ、床に敷いた毛皮の上の怪我人に近づいていく。
「左足ふくらはぎの中程。豆が2つです」
 予め建物の外で瘴索結界「念」を発動していた嶽御前が耳打ちする。
「すみません、ちょっと傷みますよ」
 副え木の位置を修正するふりをしながら、嶽御前に与えられた情報をもとに異常を探る。普通に検診したなら時間がかかっただろうが、事前情報があれば大幅に短縮できる。
 ほんの数秒で異常を見つけた志郎は、指先に意識を集中して卵だけを押しつぶす。
「がっ」
 小量の瘴気が足から立ちのぼるのにも気付かず、犠牲者は悲鳴をあげて激しく暴れる。
 しかしすぐに閃癒によって癒されたため、それ以上の傷を負うことは防ぐことができた。
 瘴気が体に残らぬよう、ルエラ・ファールバルト(ia9645)が白く澄んだ気を集中させた手で触れていたことも大きいだろう。
「巫女様。外ではそういう飾りが流行ってるんでしょうか?」
 村長らしき疲れた顔の女が嶽御前の額から伸びる1対の角に気付き、建物内の気分を変えるために話しかけてくる。
「飾りではありませんよ。詳しくはアヤカシの掃討が終わってからでも」
 嶽御前は女性の腕についた傷を清潔な水で洗いつつ、肉に埋め込まれていたごま粒ほどの卵を発見する。
「痛っ」
「すぐに終わります」
 消毒した霊刀「カミナギ」を慣れた手つきで操り、膿と同時に卵を取り出しそのまま切って捨てる。
「終わりました」
 包帯を巻いて治療を終了させてからも、卵については決して言及しない。
 卵とはいえアヤカシが体内に潜んでいた者がどう扱われるか、試してみる気にはなれなかった。

●防御から掃討へ
 ジガバチが地を這うような高度で向かってくる。
 草や木の根に身を隠しつつ、しかも速度は恐ろしく速い。
 あっという間に距離を詰めていき、現在中で治療が行われている建物に強力な顎で噛みつこうとする。
「消えてしまいなさい!」
 しかし真横から銃撃を浴びせられ、バランスを崩すよりも早く瘴気に戻り霧散していく。
 ナタリーは銃撃の直後に練力で再装填し、冷静に狙いを定めて引き金を引く。
 先頭の柔い同属とは別物の強固な外殻を持つジガバチは、霧散していく瘴気に突っ込んだ瞬間に銃弾に撃ち抜かれて明後日の方向へ転げ落ちる。
「まったく、次から次へと出てくるわねー」
 残るジガバチが左右に別れて建物を目指すのに気付き、ナタリーは左側の一体に銃弾を浴びせながら眉を寄せる。
 銃弾を装填済みの銃をもう一丁念のため持っているとはいえ、一瞬で片付けるには練力も時間も足りない。
「後方に一群、余力を残して下さい」
 建物の中を2人の巫女に任せて飛び出してきたルエラが駆け寄り、白い気をまとわせた刃を振り下ろす。
 強大な威力が秘められた降魔刀は、ジガバチ程度にはもったいない威力を持っている。
 だが万が一にも建物に入れられない状況では、それが最も確実な選択だった。
「もう1体も」
 ルエラが盾を伸ばして最後の1体を防ごうとしたとき、氷の槍が飛来して最後のジガバチを大地に縫い付ける。
「遅くなりました」
 森の外からここまで戦いながら走ってきた朝比奈空(ia0086)が声をかけるが、建物の周囲にいる2人にはほとんど届かない。
 60メートル近い距離がある上ジガバチの羽音が五月蠅く響き、途中にある大量の木々が音を遮っているからだ。
 建物を遠くから伺っていたジガバチの編隊が、空に気付いて包み込むような動きで襲いかかる。
 ブリザーストーム等の範囲攻撃術を使ったとしても半数も打ち落とせないよう散開して近づいてくる。が、空は表情を髪の毛一本分すら動かさずに迎え撃つ。
 自然体のまま、指一本動かさず、無音で氷の槍を作り出し、放つ。
 強固すぎる穂先はジガバチの外殻を豆腐か何かのように貫通し、アヤカシの残骸だけを残し森の奥へ消えていった。
 残るジガバチは1体のみ。
 生きた人間への食欲を抑えられなかったのか、それとも己の最期を悟りせめて一太刀浴びせようとしたのかは分からないが、全ての力を振り絞って空に噛みつこうとする。
「近付けばどうにかなるとでも? …認識が甘い」
 空の足下から瞬時に現れた透明の槍がジガバチを貫き、単なる瘴気に戻るまで宙に縫い止めていた。
「災いの元は全て断つ。目の前の相手だけでは一時凌ぎでしょうし」
 瘴気に分解されていくジガバチを視界に入れたまま、空は意識を研ぎ澄まし瘴気の流れを探っていく。
 街中に比べると濃いが、人の手がある程度入っている森としては平均的だ。森の広さを考えると1日2日では調査しきれないかもしれないがやるしかない。
 完全にアヤカシが消えたことを確認し、空は建物を中心に周囲を警戒するのだった。

●2日後
 森から時折銃声が響いてくるのを除けばのどかな森の中で、ルエラは川に水を汲みに行く女性達の護衛を行っていた。
 森の中に少数とはいえアヤカシが残っている状況では危険な行為だ。しかし水の備蓄もなく建物の中に籠もっている訳にはいかない。
 不審な気配を感じ、視線を向ける。
「ケモノ…ではありませんか」
 やや大柄だがただの犬が、木の陰からじっとこちらを見つめていた。
 比較するのも馬鹿馬鹿しいほどの戦力差は理解できているらしく、吠えることすらせず、ひれ伏すように身をかがめながらゆっくりと後退していく。
「早く済ませましょう」
 アヤカシに食い散らかされた群れの最後の生き残りを見送り、ルエラは急いで水を汲んだ女性達を建物に送っていく。
 その日の夕方、森からアヤカシが駆逐されたことが確認された。