【城】収穫祭を待ち望む
マスター名：馬車猪
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| ■オープニング本文 開拓者が実質的に統治する城塞都市がある。 豊富な水源と農地を分厚い城壁で囲い、内側は厳しくも公正な統治で完全に治まっている。 敵意をむき出しにしていた周辺諸勢力は様々な理由で揺らぎつつあり、外から見ればこの城塞都市ナーマは順風満帆に見えた。 ●収穫期 この地域の収穫期は天儀より早い。 豆畑ではみっしりと身が詰まった莢が風に揺れ、豊富な水と強烈な日差しに育てられた麦が重い穂をたらす。 治安の悪い地域なら根こそぎ略奪の対象になりそうな光景だが、ここは分厚く高い城壁に守られた地だ。 汗水垂らし、身を削ってここまで実らせた都市住民達は、刈り入れの時を心待ちにしていた。 ●天儀開拓者ギルドの片隅に張られた依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。 依頼期間中、１つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。 ●依頼内容 城塞都市の状況は以下のようになっています。 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると開拓事業が破綻します。 人口：微 流民の受け入れを停止しています 環境：優 人が少なく水が豊富です。商業施設は建物だけ存在します 治安：普 治安維持組織が正常に稼働しています 防衛：良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します 戦力：微 開拓者抜きで、小規模なアヤカシの襲撃を城壁で防げます 農業：普 次回収穫時に食糧自給達成見込み。城壁内に開墾余地無し。豆類中心 収入：微 周辺地域との売買は極めて低調。収穫後に別に一段階上昇します 評判：普 アヤカシ討伐活動による上昇は周辺勢力との衝突による低下で打ち消されています。周辺諸勢力が外交上悪手を実行したため相対的に上昇 資金：普 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです。前回多額の賠償金を受け取りました 人材：内政担当官僚１名。情報機関担当新人官僚１名。農業技術者３家族。超低レベル志体持ち８名。熟練工１名。官僚候補３名。医者候補１名。情報機関協力員数名 ・実行可能な行動 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります 行動：収穫祭準備 詳細：都市住民の多くから収穫祭を行いたいという希望が出されています。資金を出さずに小規模な収穫祭開催を許すのも、資金を投じて盛大なものにするのも、何らかの政治活動目的で使うのも自由です。ナーマの施政方針を発表するのに適しています。収穫祭は早ければ次回、都市住民に待ったをかければ次々回に行われます 行動：城外開拓地の警護 詳細：城から百メートル強離れた場所にある、石壁で囲われた開拓予定を、特に開拓者不在時に防衛するための手段を用意する必要が有ります。現在は開拓者が護衛している間しか、技術者や作業員が開拓に従事できません 行動：城外開拓地の防御施設建設に関する見積もり 詳細：現状のままでは、開拓者が不在時に新規農地を守りきれない可能性があります。開拓者がたてた計画をもとに詳細な調査を行い、建設に必要な金と時間を確定します 行動：地下洞窟調査 詳細：城壁外にある大穴から通じる洞窟を調査します。縄梯子等の設備は前回整えられたため、洞窟入り口までは消耗無しで移動可能です 行動：スラム住民受け入れ 効果：人口一段階上昇。収入と資金が一段階低下 詳細：城壁外のスラムの住人のうち、他勢力との繋がりの無い者全員を受け入れます。これは最低限の職業教育のみを行う場合で、特殊な技能を身につけさせる場合は資金の減少が激しくなります。実行した場合食糧自給率が低下します 行動：対外交渉準備 効果：都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します 詳細：選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です 行動：城外で捜索を行いアヤカシを攻撃 効果：成功すれば収入と評判がわずかに上昇 詳細：城壁の外でアヤカシを探しだし討伐します。アヤカシの戦力は不明です。アヤカシを多く倒せば良い評判が得られ、新たな商売人や有望な移住希望者が現れるかもしれません 行動：その他 効果：不定 詳細：開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です ・現在進行中の行動 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。 行動：水輸出制限 効果：少量の水を輸出中 行動：宮殿建設 効果：住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です。機密保持優先でスローペース 行動：市街整備 効果：ほぼ休止中 詳細：上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています 行動：城壁防衛 効果：失敗すれば開拓事業全体が後退します 行動：守備隊訓練 効果：戦力の現状維持 詳細：非志体持ちが数名加入し、現在猛訓練を受けています。これ以上の拡張には予算を手当てする必要が有ります 行動：守備隊新規隊員募集 効果：不明 詳細：低調です 行動：治安維持 効果：治安の低下を抑えます 詳細：警備員が城壁と外部に通じる道を警戒中です。練度は高くありません 行動：流民の流入排除 効果：都市外におけるスラムの発生を抑制 行動：環境整備 効果：環境の低下をわずかに抑えます 詳細：排泄物の処理だけは行われています 行動：教育 詳細：一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります 行動：牧畜準備 詳細：農業技術者がポケットマネーで細々と継続中 行動：砂糖原料栽培準備 詳細：土地が足りません 行動：捕虜等 詳細：重犯罪を犯した執行猶予中の職人数名が働いています 行動：情報機関 詳細：数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。専業を雇う予算はありません ・周辺状況 東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り 西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り 南。辺境。ほぼ無人地帯 北。やや辺境。小規模都市勢力有り。前回、自領で開拓者に対する襲撃事件が発生したため謝罪と賠償を行った。事件の犯人が見つからないため厳戒態勢中 超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります 各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中 |
■参加者一覧
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
此花 咲（ia9853）16歳・女・志 
フレイア（ib0257）28歳・女・魔 
将門（ib1770）25歳・男・サ 
朽葉・生（ib2229）19歳・女・魔 
鳳珠（ib3369）14歳・女・巫 
エラト（ib5623）17歳・女・吟 
サフィラ＝E＝S（ib6615）23歳・女・ジ |
| ■リプレイ本文 ●船頭多くして 「にゃっ。みんな話聞いてー」 健康的な色香を漂わせるエルフ女性が声をあげるが会議室を満たす喧噪はおさまらず、それどころが怒鳴りあいじみたやりとりが増えていく。 朽葉・生（ib2229）が現場監督から作業員まで含む職人系の人々を招き、鳳珠（ib3369）が農業従事者を招いた結果、参加人数が多すぎ議論が迷走しかけているのだ。 そろそろ殴り合いが始まるかと思われたとき、血の気の多い連中に対し強烈な気配が叩き付けられる。 それは殺気に限りなく近く、最も騒がしかった者達は冷や汗を流しながら沈黙した。 「皆様」 いかにもジプシーらしい服装の主人とは異なり、主人に似た美貌と肢体を禁欲的なメイド服に包んだからくりが穏やかに提案する。 「マスターの言葉を聞いてくださいませ」 成長を始めたばかりの彼女は、裏の意図など無く本心からお願いしている。 しかし参加者達は、言うこと聞かないと分かっていますよね、と威嚇されたと受け取ってしまっていた。 「はい！」 先程までとは打って変わって静かになった会議室の最前列で、サフィラ＝E＝S（ib6615）が元気に挙手をする。 「そっちのおじさんが言ってた出店もいいよねっ。アタシは踊り子と吟遊詩人のショーを推したいけどっ」 からくりのヤーウィは会議室の壁に設置された黒板の前に移動し、サフィラの言葉を白墨で書き記していく。 縦２メートル横十数メートルの黒板には既にびっしりと書き込みが有り、参加者の熱意と議論の混迷の度合いが一目で分かる。 「うーん、これだけやるなら準備は１週間じゃ終わらないよね。準備と広報は来週中に済ませるとして、開催は再来週ってことでいいかな？」 一応議事進行役だった気がするサフィラがぐるりと会議室を見渡すと、少なくとも反対の者はいないようだった。 「それじゃ次は役割分担だねっ。今週と来週、収穫祭の準備に出せる数を言っていって！」 サフィラは笑顔で、ひたすら地味で手間がかかる会議をなんとか進めていく。 「素案が出来たらエラトから差し入れがあるからがんばろー！」 多少雑念は混じっているが、今の所マイナスには働いていないようだった。 ●夢 フレイア（ib0257）が領主の痩せこけた手をベッドに戻し絹のシーツをかけると、領主は悪戯っぽい表情でからかうようにたずねた。 「何か病にでもかかっていたか？」 「いえ。老衰は病とは言えませんわ」 城塞都市において独裁的な権力を握るナーマ・スレイダンは、ある１点を除けば健康体だ。 問題はただ１つ。体が力尽きかかっているのだ。 幼少時の栄養不足と若い頃の限度を超えた過酷な労働の結果、単純に体にがたがきている。 「薬湯と薬膳の用意をしておきます」 こうなると特効薬はない。 フレイアが手配した、体力の消耗を抑える策くらいしか効果がないだろう。 「この歳になって薬か。ええい、分かっておるわい」 領主はぶつぶつと文句を口にしていたが、フレイアに生暖かい視線を向けられ渋々同意した。 「報告があるが、時間をとれるか？」 大量の報告書を手に将門（ib1770）が入室する。 「構わ」 「貴公ではなくフレイア女史の担当分野だ」 将門は、無造作に領主を切って捨てた。 「現物が効いたようだ。口ではあれこれ文句を言っているが末端にまで動揺が広がっているな」 ナーマ周辺の有力勢力とは縁遠い、端的に表現すると零細弱小勢力に対して送った外交使節が帰ってきた。 フレイアがもたせていた取れたての豆は、ナーマの人間が誰も想像しないほどの効果をあげていた。 「よくもまあ最初からここまで肥えたものよ」 将門が見本に持ってきた豆に視線を向け、領主は微苦笑を浮かべていた。 凸レンズ状の平たい豆は、瑞々しいだけでなく大振りでみっしりと身が詰まっている。 わずかな水と痩せた土しかない零細勢力にとっては、指導層ですら滅多に縁が無い代物だろう。 「第一歩にはなりましたか。経済協力による新しい交易路と商業圏の創造まで漕ぎ着けるにはどれだけかかるか…」 最終的には地域全体をゆるやかに統合させるのがフレイアの望みだ。 ただ、その道のりはひたすら遠い。 領主から実践的な知識と技術を教授されるごとに遠く感じてしまう。 「力がなければ自分の意見を通すことは出来ない。一地方を己の望む方向に導くならなおさらだ」 将門は純然たる事実を口にし、官僚候補達に用意させた資料を領主に渡す。 内容は、輸送飛空船導入の際に生じるコストの予想だ。 「技術革新でも起こっていれば多少変わっている可能性はあるが…。維持費を甘く見積もりすぎだ」 一目で内容を把握し、領主は微苦笑を浮かべた。 「ナーマの産物だけで足りないのは分かっているつもりだが？」 輸出だけでなく交易でも稼ぐことで、維持費を捻出するつもりだった。 「空の通商路への新規参入は厳しいぞ。ここのような辺境ならまだしも、儲けの大きい大都市を含む通商路の場合」 領主は真剣な口調でそれを口にする。 「体力が有り余っている儂が最低でも数人邪魔してくると思え」 フレイアは無言で己の口元を覆い、将門は眉間に太い皺をつくる。 「ナーマで収穫した果実や良質穀物を持ち込むなら諸手を挙げて歓迎するだろうが、交易における主要プレイヤーになろうとするなら話は別だ。法の枠内で手段を選ばず妨害をしかけてくるぞ」 「耐えられんとは言わないが、コストが大きくなりすぎるな」 将門は重いため息をつく。 「水の補給と引き替えに入港税を支払わせたり、税の代わりに荷を大都市まで運ばせるのではいかんのか？」 領主の言葉に、将門は眉を動かした。 「伝手はあるのか？」 領主が商人として活発に動いていたのは過去のことだ。将門の疑問も当然だろう。 「隙を見せれば親兄弟まで質に入れさせる船団持ちと、信頼は出来るが粗忽で借金を申し込んでくるボロ船の船長のどちらが良い？」 フレイアと将門は無言で視線をかわし、己の眉間をおさえて頭痛を堪えるのだった。 ●兵舎の中で 「体力をつけて殴ればすむことではないですの？」 守備隊の前で演舞を行っていた此花咲（ia9853）に対し、羽妖精のスフィーダ此花は当然の疑問を口にした。 「効果は薄くてもやる価値はあります」 毅然と答える此花咲（ia9853）に対し、スフィーダは言いにくそうに反論した。 「ご近所で流行っている武術は正直微妙ですし…その、皆さん、ついてこれてないですわよ？」 咲が素早く守備隊の面々へ振り向くと、外回り中の者を除く守備隊全員が、見事なタイミングで一斉に目を逸らした。 「…」 きりきりと眉が吊り上がっていくいのを意思の力で強引に抑え、咲は仕方なく訓練を諦め約二週間後の収穫祭警備計画についての話し合いを開始することにした。 守備隊は士気が高くと集団戦術への慣れがあるとはいえ、基本的に技術は並み以下だ。 咲が準備するよう指示すると、ようやく自分達に出来ることを命じられたのが嬉しいらしく、機密保持のため嬉々として入り口と窓を塞ぎ、会議用の机を引っ張り出して巨大な地図を広げていく。 灯りは天窓からの陽光で十分以上であり、兵舎の外では情報機関の要員が警戒を行っているはずだった。 「何度見ても、ある意味凄い街ですね」 裏道から隠し通路まで網羅された都市内の地図を眺め、咲は心底げんなりした。 「都市計画の段階から相互監視と反乱抑止を考えられてるのですか」 「いやー、そこら辺、将門様容赦ないですから」 守備隊のまとめ役の男が気楽に答える。 そこに反感も鬱屈もないことを確認した咲は、思考を切り替えて計画立案に移る。 腕はさっぱりでも守備と警備に関しては詳しいようで、咲の質問によどみ答えることで咲の計画立案を助けていく。 「やはり守備隊と警備担当だけでは足りませんね。予想される人出が多すぎます。祭の開催期間中限定で協力者を募れますか？」 「防諜の役人に相談しながらになりますが…なんとか来週までにはリストをつくっておきます」 これまで開拓者が立ち上げ育ててきた組織は、今の所反発しあうことなく機能していた。 ●見積もり 城壁外農地を守る防御施設を建設するにあたり、ありとあらゆる作物、ありとあらゆる工法、ありとあらゆる戦術が検討された。 連日の会議により、農業と建築の専門家達は目の下に濃いくまをつくり、生も時間が空けば技術の教授を行っているので彼等ほどではないが疲労の色が濃い。 「現実的なのは３案のみだ」 診療所に強制入院寸前という有様の職人が、相変わらず愛想の欠片もない口調で結論を述べる。 「第一案。諦める」 外部の開拓は諦め、麦や豆ではなく水を大量に使う作物に注力する。人口が現在の倍になっても支えられる見込みではあるが、使用する水あたりの収穫は激減し、農地を今以上に増やすことは困難になる。 「第二案。外壁の一部を壊した上で囲う土地を広げる」 小規模な防御施設ではあまり効果は見込めず、しかし外壁並みの防御施設を建設するとなると費用がかさみすぎる。一時の不便を覚悟して外壁そのものを拡張するという案だ。 「第三案。外壁の外には牧草しか植えない」 失われてもさほど惜しくないもののみを外で作るという割り切った案だ。この案だと大規模な防御施設を建設する必要はないが、大量の土地に草等を植えないと採算が取れない可能性が高い。 「言われて見れば、子供でも分かるような結論かもしれません」 虚しさに襲われ遠い目をする生に、力尽きて意識を失った職人に代わり農業技術者が声をかける。 「子供でも思いつくかもしれませんが、それが単なる思いつきかどうななんて実際にやってみなくては分からないんですよ。それにこの結論だって、あくまで可能性が高いというだけですから」 貴重な人材の貴重な時間を大量に投じて結果に対するこの評価。 生は奥歯をかみしめ、襲い来る虚無感に耐えるのだった。 ●城壁の外で 「最終的にどうなったのでしょうか」 いつでもアヤカシに対処できるよう霊騎に騎乗し、鳳珠は開墾作業を指揮する農業技術者（会議に出席した者とは別）に尋ねていた。 「第一案と第二案は宮殿の金蔵の数割を費やすことになりますから…」 要は開拓者の決定待ちということだ。 「ありがとうございます」 鳳珠は礼を言うと、務を促し急加速させる。 砂の下で何かが動く気配があったが、蹄が砂を蹴る音に紛れているせいか耳では捉えられない。 しかし鳳珠が予め展開していた瘴索結界「念」から逃れることはできなかった。 数と動きから単独で対処可能と判断した鳳珠は、人騎一体となって距離を詰め、砂に埋もれた手足を浄炎で焼き払う。 ろくな反撃もできずに、おそらく鬼のような人型のアヤカシが滅ぼされる。それからわずかの後に増援が遠くに見えるが、そのときには半鐘が打ち鳴らされ、鷲獅鳥を駆る生を始めとする増援が到着する。 肉体的疲労より精神的疲労の方が大きいようで、生が空中から一方的に放つ雷が、平均以下のアヤカシ達に逃げる時間も与えず屠っていった。 それからしばらくの後、アヤカシの討伐を終えた鳳珠は、駆鎧と別の霊騎と入れ替わりに城門をくぐり目立たない場所にある試験農場に足を向ける。 「あ」 鮮やかな赤い果実に気付き、思わず声をあげてしまう。 試験農場の端に置かれた鉢植えの桜桃が瑞々しい実を付けており、まるで宝石のように輝いていた。 「おとうちゃん！ 鳳珠様が…」 「まずは礼をせんか馬鹿者。申し訳ありません鳳珠様。後で言い聞かせておきますので」 気付いた農業技術者一族が頭を下げてくる。 「砂糖原料の栽培についてはどうなっているでしょうか」 「その件ですか」 子供を下がらせた男が難しい顔をする。 「実は二毛作派と商品作物派で揉めていまして」 この地の気候とこの街の水量なら、麦の二毛作も夢ではないらしい。 連作障害が怖いので今年は調査のための試験栽培程度しかしない。だが、美味くいけば来年から本格的に始められるらしい。 それに待ったをかけているのは、甜菜や甘い果実を含めた高く売れるものを増産しようとしている一派だ。 非常に大雑把に表現すると、前者が食料増産優先、後者が交易優先路線であり、農業技術者だけでなく官僚その他も関わっているようだ。 「いつの間に」 さすがに呆れた目を向ける鳳珠に、男はそっと目を逸らすのだった。 ●スラムの光景 芋が入った味噌汁に豊富なお湯で戻した干飯。 大人数に振る舞うため固定物の割合を減らしており、腹一杯に食べても満足感にはほど遠い食事だ。 しかし食うもままならない生活が続いたスラムの住人にとっては十分なごちそうであり、それを振る舞う玲璃（ia1114）に熱烈な感謝を捧げつつ、一口一口かみしめるように食べていた。 受け入れが遅れる旨を謝罪と共に告げると、住人達は熱狂して口々に感謝を叫ぶ。 これが２日前の光景だ。 そして現在、糧を稼ぐ手段を持たない住民達は無気力にうずくまり、いつものように定期的に差し入れられるわずかな糧食を、玲璃のときと同様の感謝を持って口に運んでいた。 ●地下 人工の洞窟を進み、行き止まりに空いた巨大な穴から縄梯子でさらに下る。 地上から最短で１００メートル近いの距離がある地の底で、エラト（ib5623）はようやく固い地面に足をつけることができた。 続いて降りてきた 宿奈芳純（ia9695）は術で白く大きな壁を生みだし、命綱である縄梯子の周囲を白壁で覆い尽くす。 もって１０分で消耗の激しい術を連発するのは効率が悪く思えるかもしれないが、ここは地上よりも明らかに瘴気の濃度が濃く、瘴気回収によって短期間で練力を補うことが可能だった。 「あちらはそのままで良いのですか？」 サクル（ib6734）がいつでも射撃できる構えのまま質問する。 彼女の視線の先には、崩落発生立ち入り禁止と対処された立て札がある。 立て札の奥は洞窟になっており、わずかではあるが空気の流れもあった。 「おそらく水源近くまで伸びている洞窟です。可能なら完全に塞ぎたいのですが」 地の底までコンクリや資材を運ぶのは非常に困難であり、地下における工事の専門家を連れてくるのはそれ以上に困難だ。 無言でもう１つの洞窟に盾をかざすメグレズ・ファウンテン（ia9696）に守られながら、エラトは手際よく荷物を振り分け仲間を配置につかせていく。 「玲璃さん」 「少しだけお待ちください」 黒い懐中時計から目を離し、玲璃は目の前の光景ではなく己の感覚に意識を集中させる。 短時間で練力の流れを探る際には、道具は補助にはなっても大きな助けにはならない。巫女として鍛え抜いた知覚力が頼りだった。 「凪いでいます」 瘴気が増えも減ってもいないということだ。 エラトは礼を言うと、城塞都市から離れる方角に延びる洞窟へ足を進めた。 たった５人からなる調査隊。 しかし火力と防御力は絶大だ。 小物はサクルが遠距離で蹴散らし、大物が出ても芳純の絶技が吹き飛ばし、数で押してくればメグレズが咆哮で引きつけエラトがまとめて意識を刈り取り全員で処理する。 玲璃の癒しの力により長時間の戦闘の無理なくこなせるため、隙など全く無い。 アヤカシの手がほとんど入っていない、足場は良くないが崩落の気配がない洞窟を順調に進んでいく。 しかし、これ以上ないほど順調にいっているはずなのに、全員が言葉にならない違和感を感じていた。 玲璃は無意識に己の喉に手をやったとき、エラトが違和感の正体に気づく。 「今から帰還します。急いで！」 地表に比べて酸素が薄い空気を吸い続けていたため、彼等の足取りは最初に比べて異様なほど遅くなっていた。 撤退を開始してから縄梯子を登り切るまでアヤカシに襲われなかったのは、幸運が味方した結果だった。 ●外 「玲璃、大丈夫かな…」 人工洞窟の入り口でエラトの鷲獅鳥と共に待つ羽妖精が、胸騒ぎを感じ何度も入り口を振り返っていた。 数分後、酷い顔色で洞窟から出てきた主人達に驚き、慌てて人工洞窟の入り口を封鎖することになる。 |
