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■オープニング本文 ●破綻 浪志隊の面々はむろん、それ以外の者も多勢集まった部屋の中で、東堂はため息混じりに口を開いた。 「止むをえません」 誰も、言葉を発しない。 東堂は閉じていた目を開き、同志らの顔を見渡す。 元よりその命を捨てる覚悟で立てた計画である――が、既に計画は露呈しているか、そうでなくとも、内偵が堂々と露骨な探りを入れてくるを見るに、計画の全容を把握しておらずとも強引な手段に訴えてくるであろうことは――それこそ、後から証拠を揃えるぐらいのことはやってのけるであろうことは安易に想像がついた。 その事を察知したらしき近衛は彼の面会を断り、計画を中止すべきであると勧告してきた。おそらくは、もう手を引く構えであろう。 ことここに至っては、もはや、これまでである。 成否は天運である。可能性の薄いことも呑もう。しかし、全く可能性が無いでは、あたら多くの若者を死地に引きずり込んで無為に死なせるだけだ。 「神楽の都を去りなさい」 だが、と東堂は考える。彼らが大きな過ちを犯したことも確かだ。彼らは、もっと慎重にこちらを探っていれば、密かに先手を打って我々を一網打尽にできた筈である。おかげで、我々に都を脱する隙を与えたのだ。 「時を待ちましょう」 彼は呟いた。そして、それ以上語らなかった。その様子は、不思議なほど穏やかに見えた。 ●既に死した者達 戸塚 小枝(iz0247)は東堂に声をかけることすらせず本来の持ち場に戻る。 現体制に対する恨みに凝り固まった者や、生粋の反逆者のみからなる集団との連絡役。 それが彼女の本来の立ち位置だった。 「失敗か」 「此度は都を焼けると思うたが」 「東堂殿はここまで戦力を集めたのだ。温存して地方に逃がせば次の手も打てよう」 負の感情が溜まりすぎ、凝り過ぎると激すこともなくなるらしい。 彼等は何の感慨も抱かず捨て石とさらなる雌伏を強いられる側に別れ、淡々とそれぞれの役割を果たしていった。 ●一夜砦 ある日の朝、都のから歩いて数分の場所に砦が出現した。 まばらに建っていた家屋は一つを除いて取り壊され、残った1つの屋敷を中心に強固な防壁が完成している。 近くに太い街道が通っているが、商人や職人や農民が通っても砦は一切の反応を示さない。 しかし、都に入ろうとする兵士や武士に対しては、豊富な銃と弾薬で激しい攻撃を加えている。 犯人達の身元までは分からないが、おそらく東堂一派を援護するために蜂起したものと思われる。 体制の威信をこれ以上傷つけないためにも一刻も早い排除が望まれる。速やかに処理して欲しい。 ●補足 敵戦力について。 敵兵力は手練れの志体持ち十程度であることが分かっている。 志体持ちの内訳は、砲術士が半数、防御や抵抗力向上のスキルを使う者が半数。 これまでの攻撃では射程の長いものから短い短射程大威力のものまで銃を使いこなしている。弾薬の備蓄も十分にあると思われる。 隊の訓練では伸び悩んでいたようだが、戦慣れしており中堅開拓者程度の実力はあるらしい。 説得はおそらく無駄で、捕縛するつもりなら捨て身の攻撃と自裁を防ぐ必要があるだろう。 |
■参加者一覧
尾鷲 アスマ(ia0892)
25歳・男・サ
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●晴れ 「本日は晴天なり。午後に南風が吹くものの、過ごしやすい快適な一日になるでしょう」 玲璃(ia1114)があまよみの結果を伝えると、エラト(ib5623)は演奏前の最後の調節を始め、朽葉・生(ib2229)は鉄壁を立てる予定の地面を注視し、真っ先に突撃することになる尾鷲アスマ(ia0892)は玲璃が防御術をかけやすいよう背を向けた。 「では打ち合わせ通りに」 生の言葉に無言でうなずき、開拓者達は人気のない戦場に歩いて向かうのだった。 ●油断は無いにも関わらず 「敵影4。おそらくは開拓者」 華やかな装束の美男美女4人、しかも1人残らず凄腕志体持ちという開拓者でなければまずあり得ない一団に気づき、砦の面々は総力戦を決意した。 体力消耗を覚悟して鎧を着用し続けていたため装備に問題は無い。 街道とは反対側の配置についていた砲術士は弾を惜しまず射撃を開始し、別方面の砲術士は最低限の数を残して援護に向かい、残りの術士は予備の弾薬を運びながら抵抗力増強の術をかけていく。 統制のとれた射撃は見事であり、並みの軍なら数十メートル前進する間に半壊していただろう。 「残敵4。命中弾無し」 淡々と現状を報告する砲術士の額に、冷たい汗が浮かんでいた。 重なり合う銃声が落雷のように響く戦場で、気分を高揚させるハイテンポの曲が響き渡る。 演奏に乱れは一切無い。 劇場ならあり得る演奏かもしれないが、ここは戦場であり、演奏者は矢弾の的になっている。 にも関わらずここまでの演奏ができるのは、恐怖を完全に克服しているか、そもそも銃撃を脅威と感じていないかのいずれかだろう。 「射撃中止。咆哮の効果範囲直前で一斉射撃を行う」 戦場から一時的に銃声が消え、明るい曲が悲しいほど美しく響く。 開拓者との距離が70メートル、60メートルと近づき、50メートルとなる寸前、反乱者達は完璧に同期した動きで引き金を引いた。 大気を引き裂いて飛ぶ銃弾のいくつかは、鍛えようのない眼球に直撃する軌跡を描いていた。 本来の反乱者達の腕では実現できないはずの技の冴えは、執念がもたらした奇跡だったかもしれない。 だが、それでは届かない。 「始めます」 生がそう言うのと、開拓者達の目の前に巨大な鉄の壁が現れるのはほぼ同時だった。 開拓者の使用を前提に作られた銃は強力で、銃弾に超高速を与えている。 うぬぼれではなく経験に基づき、反乱者達は銃弾が鉄壁を貫通するか、そうでなくても深くめり込むことを確信していた。 しかし現実は、甲高い音を立てて激突し、小さなへこみを作っただけで地面に転がり落ちていた。 「な…」 予測と現実の乖離に一瞬ではあるが思考が停止する。 生の強大な知覚力によって強烈な強度を与えられた鉄壁は、彼等を守る石壁とは比べものにならないほど固かった。 「動きを止めるな! 手空きの者は一番口径が大きいのを持って来い!」 銃弾を浴びせればいつかは壁も壊れる。 そう自らに言い聞かせながら反乱者は銃撃を続け、さらなる絶望に直面する。 斜めに向かって新たな鉄壁が出現し、曲が近づいて来たのだ。考えるまでもない。壁を盾に開拓者達が近づいて来ているのだ。 「これをっ」 手渡されたのは太く不格好な銃身を持つ銃。 威力のみを重視した結果、整備性も生産性も射程も最悪な失敗作だ。 だが今は、これだけが頼りの綱に感じられた。 「このままですますと思うな!」 ここまで追い詰められても、彼等に諦めるという選択肢はない。 少しでも勝利に近づく。己の勝利が無理なら同志を少しでも勝利に近づける。彼等に残されたのはそれだけだった。 ●砦が崩れるとき 砦に籠城する者達を精神的に追い詰める魔性の曲。 それを奏でるエラトは、完璧な演奏を続けながら困っていた。 鉄壁に銃弾が衝突する音が大きすぎて音を正確に捉えづらいのだ。 「そろそろ間合いに入ったでしょうか」 負傷者がいないため手持ち無沙汰な玲璃が口にしたことで、エラトはようやく砦との距離に気づく。 ハイテンションな曲から荒々しい曲に切り替えると、砦から悲鳴が聞こえ、銃撃の感覚が少し開くようになる。 「精霊の狂想曲にさほど乱されないとは、予想より腕が立つかもしれませんね」 生は静かにつぶやき、直接的な攻撃を始めるべくわずかに身を乗り出す。 が、術を発動させるより早く猛烈な射撃が加えられ、とっさに壁に隠れるがかすり傷未満とはいえ傷を負ってしまった。 「距離は?」 「10歩」 生は玲璃により治療と加護結界の付与を受けながら、アスマの問いに答えていた。 「了解。いけそうだ」 アスマはそろそろと、まるで学習能力がないように見える動きで、太刀の先だけを鉄壁の外に出し動かした。 1人でも開拓者を倒すとしたのか、練力を使った高速再装填を多用してまで猛烈な射撃を加えてくる。 しかし鉄壁から出たのは切っ先でしか無く、その切っ先も銃弾が届く頃には壁の中へ引っ込んでしまう。 切れ目のない銃声が途絶えてから2秒後。 アスマは無言のまま鉄壁を飛び出し砦に殺到した。 異様に練度の高い砲術士達が最後の練力を使い再装填高威力射撃を行うが、連携がとれていないらしく全体としての狙いは甘い。 あえて1発の弾丸に当たりにいくことで、他の全ての銃撃を回避できてしまう程度の弾幕しか晴れていなかったのだ。 その1発も、玲璃が几帳面にかけなおした加護結界により有効打になっていない。 「行くぞ」 一気に距離を詰めたアスマが、阿修羅の銘を持つ太刀に練力を集中し振り下ろす。 狙うは石壁。 普通の石壁なら攻撃に大成功しても細い切れ目が入る程度だったかもしれないが、これは術により作り出されたもの。効果は絶大だった。 二度、三度の振り下ろすと幅5メートルに渡って石壁が消え、第二の壁と、第一の壁の銃眼から射撃を行う反乱者の側面が目に入る。 最も近い1人がアスマを足止めし、残る全員が背後の第二の壁後ろに下がって抵抗を続けようとする。 が、その隙を見逃すような者はこの場にいない。 生が放った雷が逃げ損ねた男を打ち据え、攻撃能力の割に打たれ弱い彼はただの一撃で崩れ落ちる。 第二の壁から短射程大威力の砲撃が始まるが、多少アスマが傷ついても玲璃が1回癒すだけで回復しきってしまう。 そしてエラトが夜の子守唄を奏でると、練力も気力もほぼ尽きていた砲術士達は抵抗もできずに意識を奪われてしまった。 「あと少しだけ持ちこたえろ!」 砦の中央付近にいた術使いが、予め火をつけられていた松明を手に取り、山積みされた弾薬の山に向かって全力で駆ける。己の全てを目的達成のための道具とみなす彼等に迷いはなく、己と味方の全てを最高の効率で使い尽くしていた。 しかしそれでも足りない。 緊急事態だと判断した生が、高威力長射程短時間詠唱と引き替えに膨大な練力が必要となる術を連打する。 複数建てられていた壁が数秒で消え、そこから誤射を恐れずアスマが突っ込む。 「止めさせはせぬ!」 「否、これで終わりだ!」 裂帛の気合いと共に咆哮が放たれる。 松明を持った術使いは、夜の子守唄に耐える抵抗力はあっても、咆哮に耐え抜く肉体的な力はない。 それまでとは異なり技巧も執念もなく向かってくる反乱者に対し、アスマは真剣な表情で声をかける。 「一つ、感謝する。民の命に手を出さなかった事を」 反乱者は鼻で笑い、白兵に用いる武器として使い物にならない松明を手にアスマを襲う。 その瞳に目的達成への執念しかない事を見て取ったアスマは、敬意と共に最大威力の一撃を振り下ろす。 絶命し倒れ伏す反乱者の顔には、一片の後悔も浮かんでいなかった。 ●その後 反乱者側の死者は3人。 6人の生き残りは、意識を取り戻した後は抵抗せずにエラトによって捕縛され、治安組織に引き渡された。 激しい尋問、あるいはそれ以上の取り調べを受けた彼等はそれでも同志の動向をただの一言も口にしなかったという。 |