【城】外の混沌と内の罅
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/29 03:14



■オープニング本文

 開拓者が実質的に統治する城塞都市がある。
 豊富な水源と農地を分厚い城壁で囲い、内側は厳しくも公正な統治で完全に収まっている。
 敵意をむき出しにしていた周辺諸勢力は様々な理由で揺らぎつつあり、外から見ればこの城塞都市ナーマは順風満帆に見えた。

●隣人
「敵は強壮。こちらは水も金も足りず、頼みの同盟相手は内側が揺らいでいます」
 ナーマからみて東に位置する勢力の長は、勢力内有力者を秘密裏に招いて会議を行っていた。
「ふん。ならば儂の首で手打ちに持ち込め。その代わり娘夫婦に儂の権益全てを継がせるが構わんな」
 最強硬派の老人が鋭い視線で言い放つ。彼は趣味で強硬な訳ではなく、一族とこの勢力全体のために強硬を選択している。策が失敗したなら次善の策を選択するのにためらいはなかった。
「半年お待ちください。ナーマの領主には後継者がいません。相続時のときまで耐えられればこちらの勝ちです」
 老人は目を剥いた。
「あれほどの男がそんな手抜かりを?」
 百回殺しても飽き足らないほど憎んでいる相手ではあるが、実力だけは認めている相手の考えが分からず混乱する。
「半年たっても奴が生きていればどうされます。半年すれば我等に余力は残りませんぞ」
 長の対抗馬が鋭く尋ねると、長は柔らかに微笑みこう返す。
「そのときは私の首も手打ちに使うだけのこと。半年の間は頼りない同盟者方に頑張ってもらいましょう」

●天儀開拓者ギルドの片隅に張られた依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。


●依頼内容
 城塞都市の状況は以下のようになっています。
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると開拓事業が破綻します。

 人口:微 流民の受け入れを停止しています。
 環境:優 人が少なく水が豊富です。商業施設は建物だけ存在します
 治安:普 治安維持組織が正常に稼働しています
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します
 戦力:微 開拓者抜きで、小規模なアヤカシの襲撃を城壁で防げます
 農業:普 次回収穫時に食糧自給達成見込み。城壁内に開墾余地無し。豆類中心
 収入:微 周辺地域との売買は極めて低調。収穫後に別に一段階上昇します
 評判:微 アヤカシ討伐活動による上昇は周辺勢力との衝突による低下で打ち消されています
 資金:普 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです。前回多額の賠償金を受け取りました
 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。超低レベル志体持ち8名。熟練工1名。官僚候補3名。医者候補1名。情報機関協力員数名


・実行可能な行動
 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります

行動:城外開拓予定地の警護等
効果:不明
詳細:城から百メートル強離れた場所にある、石壁で囲われた開拓予定を、特に開拓者不在時に防衛するための手段を用意する必要が有ります。現在は開拓者が護衛している間しか、技術者や作業員が開拓に従事できません

行動:周辺勢力に対する外交および工作
効果:不明
詳細:現在外交チャンネルが存在しないため、効果が低下し実行のためのコストが増加しています。チャンネルは次回回復します

行動:謀略実行
効果:東を除く隣接勢力の署名がある、ナーマの農地破壊を肯定する公式文書を公開します。公開された側の権威が失墜し、場合によっては内乱が発生します。周辺勢力のナーマに対する敵意が微増し、警戒心が急増します
詳細:実行すれば判定の必要なく成功します。今回実行しない場合は相手側が謀略の存在に気づき、自らの評判の悪化を甘受した上で文書の無効を一方的に宣言して謀略を封じます

行動:スラム住民受け入れ
効果:人口一段階上昇。収入と資金が一段階低下
詳細:城壁外のスラムの住人のうち、他勢力との繋がりの無い者全員を受け入れます。これは最低限の職業教育のみを行う場合で、特殊な技能を身につけさせる場合は資金の減少が激しくなります

行動:対外交渉準備
効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します
詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です

行動:城外で捜索を行いアヤカシを攻撃
効果:成功すれば収入と評判がわずかに上昇
詳細:城壁の外でアヤカシを探しだし討伐します。アヤカシの戦力は不明です。アヤカシを多く倒せば良い評判が得られ、新たな商売人や有望な移住希望者が現れるかもしれません

行動:その他
効果:不定
詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です


・現在進行中の行動
 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。

行動:水輸出制限
効果:少量の水を輸出中

行動:宮殿建設
効果:住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です

行動:市街整備
効果:ほぼ休止中
詳細:上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています

行動:城壁防衛
効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します

行動:守備隊訓練
効果:戦力の現状維持
詳細:非志体持ちが数名加入し、現在猛訓練を受けています。これ以上の拡張には予算を手当てする必要が有ります

行動:守備隊新規隊員募集
効果:不明
詳細:低調です

行動:治安維持
効果:治安の低下を抑えます
詳細:警備員が城壁と外部に通じる道を警戒中です。練度は高くありません

行動:流民の流入排除
効果:都市外におけるスラムの発生を抑制

行動:環境整備
効果:環境の低下をわずかに抑えます
詳細:排泄物の処理だけは行われています

行動:教育
詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります

行動:牧畜準備
詳細:農業技術者がポケットマネーで細々と継続中

行動:砂糖原料栽培準備
詳細:土地が足りません

行動:捕虜等
詳細:重犯罪を犯した執行猶予中の職人数名が働いています

行動:情報機関
詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。専業を雇う予算はありません


・周辺状況
東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り。
西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り
南。辺境。ほぼ無人地帯
北。やや辺境。小規模都市勢力有り。前回、自領で開拓者に対する襲撃事件が発生したため謝罪と賠償を行った。事件の犯人が見つからないため厳戒態勢中
各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
エラト(ib5623
17歳・女・吟
サラファ・トゥール(ib6650
17歳・女・ジ


■リプレイ本文

●城壁外の防衛戦
「かかれ!」
 将門(ib1770)の命に従いアヤカシの群れに突撃を開始した守備隊の面々は、銃の有効射程に入る寸前で陣を組み発砲する。
 勢いを殺せず絶好の距離に踏み込んでしまった大柄のアヤカシは、倒れはしないが全身の小さな傷から体液をまき散らす。
「怯むな、攻め続けろ」
 傷ついた大型アヤカシを盾に近づいて来た精悍な鬼に対し、将門は一瞬の隙をつき斬りかかり、炎の太刀でとどめを刺してから後退する。
 残るアヤカシは大型アヤカシ1に、ジン持ちから見れば雑魚の小鬼が数体。
 守備隊は大物を牽制しつつ雑魚を仕留めてから、城壁近くまで退きながら練力を惜しまず使う射撃することで自分達よりはるかに格上の相手を滅ぼすことに成功した。
 将門は刀を鞘に戻し守備隊に点呼をとらせると警戒の兵を残し城壁内に移動する。
 事後確認に戦術の検討、周辺警戒強化のため城壁外への斥候の検討と、やるべきことは無数に存在した。

●会議
 農業技術者、実用的な巨大建造物を設計できる建築家、百戦ではない効かない戦歴を持つ開拓者達。
 この都市でなければ出会うことすら無かった彼等は、ブレーンストーミングを繰り返し、蓄積された膨大な情報をもとに互いの技能と経験を活かしながら計画をたてていた。
「無理です」
 寝不足と過労で無残な姿となった建築家が、血の気の引いた顔で結論を口にした。
「アヤカシの襲撃にある程度耐久可能な水路を造る場合、新たに城壁を作るのと」
 建築家の言葉が不自然に止まる。
 朽葉・生(ib2229)が手元の資料から視線をあげると、そこには意識を半ば失い机に倒れかかる男の姿があった。
「今回はこれで休会にします。私が仮眠室に運びますので診療所に伝令を」
「了解しました」
「各案の見積もりは次回までに用意します」
 城塞都市ナーマにおける技術面での首脳陣は、生の指示に即座に従い散っていく。
 生は男に肩を貸して部屋を出て、1つしかない鍵で厳重に扉を封印してから中庭に出る。
 そこでは既に司が待機しており、生の意図を察して背を低くし背中を向けていた。
「明日は守備隊の休息日です。今日はよく休んでおくように」
 男を背中に乗せた生が指示すると、司は重要区画外に存在する仮眠室に男を運びながら小さくうなずくのだった。
 生は城壁外の工事現場に向かおうとし、強烈な日差しを浴びて一瞬ではあるが立ちくらみに襲われる。
 昼は工事指揮に警備。
 夜には昼間酷使した職人達への技術の教授。
 心身ともに鍛え抜かれた生でも、消耗は避けられなかった。

●開拓地防衛戦
 鳳珠(ib3369)が身振りで方向を示すと、城壁のさらに上に炎弾が出現し、無音のまま砂の大地に激突する。
 雑ではあるが隊列を組んで向かってきていたサンドゴーレム隊は、一撃で表面が崩れ、二撃で姿が崩れ、三撃で隊そのものが崩れ去る。
 数体の生き残りは撤退を開始するが、余程消耗が激しいらしく、霊騎1騎が回り込んだだけで激しく動揺する。
 鳳珠は務が足止めしたアヤカシ以外を狙い浄炎を解き放つ。
 極めて有用ではあるが攻撃力は高くないはずの炎は、たった一度の攻撃でアヤカシの中核まで焼き尽くしてしまった。
「怪我が無ければ哨戒を継続してください」
 務は低くいななくと、極度の疲労状態にある守備隊の代わりに周辺の警戒を開始した。
「損害は」
 城門にから駆けてくる作業員達に声をかけると、むさ苦しくはあるが心根の素直な男達が無事だと主張してくる。
 アヤカシの撃退は城壁上でも確認できたらしく、フレイア(ib0257)は宮殿工事のため城壁内に移動し、技術者が城壁上から水門の開け閉めについて身振りで尋ねてくる。
 鳳珠がうなずくと作業員が旗で了解の信号を送り、それから数分後、城壁からここまで伸びている水路から勢いよく水が流れてくる。
 強い風と砂塵に晒され、日の光に炙られた水路からは、乾きが急激に癒される独特の臭いが漂ってきていた。
「いやぁ、今回すげぇはかどってますよ。この調子なら来年にはこのあたり一体麦畑ですね」
「鳳珠様達のお陰でさぁ」
 作業の手は止めず、心の底から自然にわき出す賛辞を口にする男達。
 鳳珠は穏やかに微笑んで対応しながら、内心では静かに計算を行っていた。
 現在の守備隊でこの場所を守ることは可能かもしれないが、その場合この場所の専従になってしまう。
 強力な防御施設、例えば城壁などで囲めば割り当てる戦力は少なくて済むだろうが、その場合金がかかる。
「難しいものです」
 鳳珠は気づかれぬよう、そっと息を吐くのだった。

●謀略
「サラファ様、西の町から手配書が届きました」
 サラファ・トゥール(ib6650)が駿龍マリードに乗ってナーマに帰還してすぐ、警備隊に入り込んでいる諜報員から1枚の紙が渡される。
 サラファに似て無くもないジプシーが描かれた、生死問わずの手配書だ。
 罪状は反逆者複数に与したという内容だった。
 反逆者というのは先日サラファが煽って暴発させ、地元領主に処断されることになった者達のことである。
「次回からは変装は必須、聞き込みでジプシーとして振る舞うのも避けるべきですね」
 サラファは目の前の警備員にすら聞こえないレベルの声でつぶやいた。
 諜報員はサラファを案内し、人目につかないルートを通って裏から宮殿に入る。
「報告を」
 外に音が漏れない部屋に入り厳重に扉を閉じてから、サラファは詳しい報告を求めた。
「城外のスラムで外部との繋がりがないことが確定したのは4割ほどです。繋がりを確定できたのは4人のみですが、この4人を通じて外部から食料援助が行われていた形跡があります」
 余程巧みに行っていたらしく、ナーマの情報機関が活動を開始してからそれに気付くまで今までかかってしまっていた。
 最も困ったときにうけた恩は、受けた側も忘れにくい。
 直接ナーマに敵対することはしなくても、頼まれれば多少の融通をつけてしまう可能性は高かった。
「予定は変えません。収穫期以後の受け入れを前提に身元の洗い出しを続けて下さい」
「は」
 諜報員は綺麗な礼をしてから、何の特徴も無い顔のままひっそりと宮殿を去っていく。
「手強い…とも違う」
 ナーマ周辺勢力全ての署名がされた手配書を見据え、サラファは軽く唇を噛む。
 ナハトミラージュを駆使して周辺諸勢力有力者の自宅や会合に使う店に入り込んだときもそうだった。
 傑出した人物や特殊な技術は存在しないが、情報の扱いも人の扱うも非常に巧みなのだ。本人達は慣習に従ったやりとりを行っているだけなのだが、それが本人達も意図せずに外部から悟られにくい情報交換方法に、あるいは他者に感謝を埋め込む手管となっているのだ。
 混乱しつつも徐々に具体的な反ナーマ政策でまとまりつつある周辺諸勢力のことを考えながら、サラファは情報機関の動かし方について考えるのだった。

●外交
「…手入れ…大切…」
 駆鎧風装備で全身を固めた人妖が、ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)の背負い袋の中でドリルの整備を行っていた。
 主であるネプは、フードを風に飛ばされて露わになった狐耳を何度か撫でてから周囲を見渡す。
「砂漠ばっかりだね」
 地図の上ではナーマの領域と周辺勢力の境界線上のはずなのだが、境界線どころか目印になるものが何も無かった。
「目立つと会えなくなるのよ。別の仲良しグループと仲良くすれば今いるグループ内で爪弾きになるっていう、馬鹿なガキと同レベルの理屈がまかり通る世界だから」
 先導する鴇ノ宮風葉(ia0799)は笑顔に近い表情を浮かべている。
 しかし感覚の鋭い者ならまき散らされる不穏な気配を容易に感じ取ることができ、朋友である鴇ノ宮瑞はネプを盾にして主人から隠れていた。
「補給…」
 リジルがナーマから持ってきた水筒を取り出し、ネプの口に水を含ませる。
 ネプは礼を言おうとして、それまで変化の無かった砂漠に生じた黒い点に気付く。
「不死系のアヤカシね。適当に減らすから後お願い」
 問答無用で氷弾を連続で打ち込み、大はがしゃどくろ相当の巨大骨アヤカシから小は動物のスケルトンまで、十把一絡げに粉砕していく。
 白兵の間合いにまで近寄れたアヤカシも数体いたが、己の倍近い長さの大槍を振るうネプにより粉微塵に砕かれ、砂漠に紛れて見分けがつかなくなる。
 砂漠を踏破した2人と2体がたどり着いたのは、ナーマと比べるとあまりにもささやか過ぎるオアシスだった。
 地域の習慣に則った挨拶と土産を示した風葉に敵意は向けられず、好意的ではないが礼儀正しく長の天幕に通される。
「騒がしい世の中じゃが、遠路はるばる訪れた旅人を無碍に扱う気はない」
「そうね。全体的に騒がしすぎるわ」
 勧められた透明な飲み物を、毒味も行わず即座に杯を干す。
 杯に一滴も残っていないことを確認した長は、手を叩いて暖かな食事を運び込ませた。
 どうやら腹を割って意見を交わすつもりになったようだ。
 ネプにも食事を勧められるが、ネプは護衛であることを理由に断る。その代わりに瑞とリジルが遠慮無く食事を始めたので、特に不快には思われなかった。
「戦になれば我等も巻き込まれる。稼ぎ手を兵にとられるか水を徴収されるか、いずれにせよろくなことにはならん」
 しかし、既存勢力に忠実という数世代かけて築いた実績を捨てるだけの理由は無い。小さなオアシスの長は言葉に出さずにそう言っていた。
「美味い汁を吸ってる奴から取り上げてばらまくことで治められない?」
「汁は少ない。ナーマの内情を知れば、こちら側で吸っている奴は憤死するかもしれん」
 長はほろ苦い笑みを浮かべた。
 風葉からナーマの貯水湖について教えられたとき、長は良かれ悪しかれこの地域全体が変わってしまうことを確信したのだ。
 長と風葉は互いに何の要求もせず会話を重ね、何の約束もせずに別れた。
「これでいいの?」
 極自然に吹き付ける風からの盾になりながら、ネプは愛する人にたずねる。
「好意的ですらない中立で十分よ。少なくとも今はね」
 勢力というにはささやかに過ぎ、しかし戦争回避目的の場合の情報源としては使えるコネを得た風葉は、目的達成の絵図を描くため深い思索に没頭するのだった。

●宮殿の中で
 公式文書を収める書庫を、2機の駆鎧、スワンチカと北辰だけが工事していた。
 何かを仕掛けられた場合は確実に城塞都市の致命傷となるため、使える労働力が限られているのだ。
 一通り石材を積み上げたところでアーマーの練力が切れ、フレイアと将門は駆鎧を駐機状態にさせてから無愛想な職人1人に後を任せた。
 将門は極少数ではあるが脱落者も生じた官僚養成の現場を確認するため宮殿を離れ、フレイアは時間を見つけて外部商人から集めた情報と将門が持たせた果物を手土産に領主のもとへ向かった。
「ひとつの共同体?」
 そこだけは昔と変わらぬ精気に満ちた目が、フレイアをじろりとみつめる。
「はい。戦争が起きれば泣くのは弱者であり、それだけなくナーマを含めたこの辺境全体の力が低下するのは必定。ナーマを含めた辺境をひとつの共同体とすることで新しい時代を築くべきです」
 ゆるやかに統合することでアヤカシの問題や経済や貧困の改善などを図る。
 これをナーマの思想として掲げて立場を明確にし、この辺境地方に住む人々の支持を得るのがフレイアが提案する計画であった。
「宣戦布告じゃな」
 社会の下層にいる者にとっては見果てぬ理想。
 最上層にいる者にとっては過酷な椅子取りゲームの開始を告げる号砲だ。効率の良い体制に美味しいポストは少ないのだから。
「文化、経済、政治、軍事の全てで相手を圧倒せねば入り口にすらたどり着けぬ大計画か」
 領主の瞳に悔しさが浮かぶ。
 この計画は半年程度では実現できない。
 実に楽しげな大計画の行く末を見ることは、領主には不可能なのだ。
「焦るなよ。開拓者とは異なり、社会はすぐには変われぬのだ」
 領主はそう口にすると、力尽きたように目を閉じた。

●大穴の下準備
 成人男性を複数詰め込める大きさの箱を背負い、鷲獅鳥が砂漠の青い空を飛んでいた。
 大型の猛獣の異様に鈍い動きに気づき、砂漠や高空に潜んでいた飛行型アヤカシが次々に現れては襲いかかる。
 しかし奏の背のエラト(ib5623)がゆったりとした曲を奏でると瞬く間に意識を刈り取られ、勢いを失って地面に落下し、あるいは目が冷めるまで明後日の方向へ飛んでいく。
 しばらくして鷲獅鳥が着陸したのは、かつてこの地の人間が所有していた城の跡だ。
 使える資材は根こそぎ抜き取られているため、再利用できないほど壊れた元石材か、単なる瓦礫しか残っていない。
 疲労と強烈な熱で苛立つ奏に水を与えて労るが、最近構っていなかったせいか奏はなかなか落ち着いてくれなかった。
 エラトはこの場で大人しくさせるのを諦め、厩舎に戻って鷲獅鳥用ごちそう食べて良いと伝える。
 上等の生肉を想像して気力と忠誠心が回復したのか、鷲獅鳥は一応は丁寧に荷物を降ろし、ナーマがある方向目指して飛び去っていった。
「…」
 エラトは数秒かけて気を取り直し、城跡の片隅にあるバリケードを退かして大荷物を運び込む。
 バリケードの奥は、元は城の地下部分の通路、現在は必要最低限の補強をされた人工の洞窟である。
 人の気配もアヤカシの気配もなく、空気の流れさえない。
 エラトの軽い足音と、整備されていない石畳の上で大型木箱を引きずる音だけが響き、練力で強化されたエラトの耳でも不審な音は見つけられなかった。
 通路の終点は元広間で元巨大な穴だ。
 松明を掲げて覗き込んでも底が見えない。
 エラトは無言のまま、木箱から全長50メートルを超える頑丈な縄梯子を取り出す。
 そして片方を巨大穴の近くに固定するため、この時点から数日かけて地道な作業を続けるのだった。

●情勢
 ナーマ周辺勢力のいくつかが一方的に協定文書の無効を宣言し、ナーマが外交の常識に則った非難を行った。
 しかし両者とも具体的な動きはみせず、地域の情勢は混沌としたたまであった。