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■オープニング本文 からくり。 永き眠りから覚めた新たな隣人にして、頼もしき朋友である。 天儀の都に現れたからくり達に向けられる視線は、好意的なものもあれば未知のものを恐れるものもありと様々だった。 そして、とあるからくりがお遣いに出かけたとき、事件は起こった。 「一分の一の大きさだと」 「人形である証が頭部にあるのに深いこだわりを感じる」 「お、お嬢さんっ。我が輩の屋敷の神棚に飾らせていただけませんか。子々孫々守り伝えますのでっ」 一様に身なりの良い男達が、目に妖しい光を浮かべてじりじりと迫ってくる。 「困ります」 からくりはじりじりと後退していく。 武力に訴えれば簡単に制圧できる相手だが、直接的に手を出されていない以上反撃は主の不利益に繋がる。 しかし世慣れていないこのからくりは、口で相手を丸め込む術を持っていなかった。 奇妙な追いかけっこは、たまたま通りかかった浪士組の巡回に男達が追い散らされるまで続くのだった。 ●被害者?の保護者 からくりの主とからくり本人達から相談を受けた開拓者ギルド係員は依頼票を作成していた。 今、天儀の都の一部を騒がせる勢力がある。 財力と行動力を兼ね備えたその組織の名は、天儀人形愛好会。 からくりが世に出る前から深く静かに活動していた老舗の団体である。 彼等と彼女等は人形に対して強烈な愛情を向けており、その愛情はからくりにも向けられつつあった。 ある者は真っ当な手段で手に入れようとし、またある者は熱意が暴走しからくり用衣装を作り町行くからくりを着せ替え人形にしようと企んでいる。 暴力的な、あるいは権力を笠に着た手段をとるなら依頼を通して開拓者が力を行使できたかもしれないが、天儀人形愛好会は絶対に法を犯さず、巧みな話術と綺麗な衣装と装飾品のみを武器にしている。 放っておいてもたいした被害は出ないかもしれないが、同居人のからくりが実際に被害にあったギルド係員としては対応せざるを得ない。 ちなみに被害とは、言いくるめられて半日着せ替えショーに付き合わされた同居人の帰りが遅れ、心配しすぎて比喩ではなく胃が痛くなったことである。 「うちの娘にちょっかいをかけた以上ただじゃすませねぇ」 うくくと、明らかに精神のたがが外れた笑いが響くのであった。 ●依頼 からくりに奇妙なちょっかいをかける集団が存在する。 豪華な衣装を手に笑顔で着替えを提案する妙齢の女性。 言葉巧みにファッションショー会場モデル控え室に導くナイスミドル。 政界で鍛えた巧みな弁論術で精神的な距離を詰めてくる人生の古強者達。 手段を選ばず彼等の行動を改めさせて欲しい。 追記 ギルド員の上司です。直接的な武力行使は避けてください。万一被害が出ると一晩臭い飯を食べることになります。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ
ヴァイス・エテルネル(ib9383)
15歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●保護者同伴 「実戦仕様というのものもなかなか…」 街行くからくりに暖かな視線を視線を向けているのは、護衛を連れた老人だ。 護衛とはいっても非武装であり、各種装束を納めた衣装箱を背負った荷運び人スタイルであった。 「疑問。何用?」 男性型のからくりが滑らかな動きで振り向き、流麗な見た目からは想像し辛い堅すぎる口調で応える。 「おっと失礼」 老人は丁寧に謝罪する。 気を引くために失礼な行動をしたわけではないようで、腰は低く心底から謝っているようにしか見えなかった。 絶妙の機をとらえて離れていこうとする老人に、からくりの主人が声をかける。 「そこの方。今都を騒がしている人形愛好会の方では?」 紅雅(ib4326)がおっとりした口調で尋ねると、老人は一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに見ている側も楽しくなる笑顔を浮かべた。 「その通り。若者にまで知られているとは、我等も有名になったものですな」 紅雅は老人のため、具体的にどんな噂なのか説明しないことにする。 「良い機会です。お勉強だと思ってお話してきなさいな」 甘藍の頭を撫でてやてから、そっと老人の方へ押し出す。 「ふむ。保護者同伴でなければ口説きたいところだが」 洒落者っぽく微笑む老人に対し、紅雅は余裕の笑みで応戦する。 「どうぞ。うちの子は手強いですよ」 にやりと歯をむき出す老人に、また始まったと頭を抱える護衛。 それから始まった口説きは、異様なまでに手慣れていた。 護衛に広げさせた華やかな着物に興味を持っていないと判断すれば即座かつ滑らかに話題を変え、食や催し物の話題に切り替える。 「否。我、着用拒否。行動制限、過多」 実に自然に振られた試着の話題がきっぱり拒否されると、深い教養を活かして服飾の意義から過去から現在にかけての風俗について解説しつつ、実際に触れて経験を増す方が主人のためになるのではないかという論調で意識を誘導しようとする。相手の大事なものを褒めつつ己の欲望を反映させるのがポイントだ。 「着用義務、皆無。着用意味、皆無」 甘藍が首を左右に振るタイミングは、一瞬だけ遅れていた。 「巧いものです」 紅雅が助け船を出すと、甘藍は表情を変えずにほっと安堵の息を吐く。 「聞いた話ではからくりに無差別に声を掛ける集団ということでしたので」 「なっ…。いつの間にそんな噂が」 額に浮かぶ冷や汗を白い布巾でぬぐいながら、老人は青い顔でうめいた。 「本人に害のある話を持ちかけるのは禁止していますし、からくりに街中で会えること自体希なことで…。それに保護者同伴の相手に声をかけるほど間抜けな者はおりませんよ」 釈明する老人を2人連れの女性が追い抜いていく。 物静かな雰囲気、髪の色、服装が異様に似通っているが、ある一点が老人の興味を強烈に引きつける。 両者とも器量が良すぎているせいか、一瞬両者をからくりと見間違えてしまったのだ。 「もし」 老人の呼びかけに柊沢霞澄(ia0067)が応えるより早く、麗霞が主人を背後に庇い、無言のまま腰に手をかけていた。 「何のご用でしょう」 寄らば斬る、としか聞こえなかった。 「喧嘩はダメです…」 霞澄が宥めようとするが、忠誠度最高のからくりは警戒を解かない。 「え、えぇっ」 霞澄と麗霞の顔を見比べるたびに老人の混乱の度合いは深まっている。 僕と主ではあるが、外見だけでなく根底にあるものが似すぎている。 からくりを深く知っているからこそ、似すぎた2人に混乱せざるを得なかった。 「心の幼いからくりを言いくるめる者を信用するわけにはいきません」 霞澄が眼で謝っている間も、麗霞の勢いは止まらない。 「いや、その…。気をつけます」 老人は、ただただ押されるばかりであった。 ●撃破 「私が何を言われてもかまわない、でも…主の悪口は許さない」 艶やかな黒髪を揺らし、深みのある紫から殺意に近い視線を放つ。 「す、すみませんでしたっ」 しつこく誘いをかけてきた男は、ほとんど腰が抜けた状態で、ほうほうのていで退散していった。 軽く息を荒げて男の背をにらみつけるからくりを見ながら、朝比奈空(ia0086)はほうと深い息を吐いていた。 「紫苑、気持ちは嬉しいけれど手段を考えなさい」 「はい」 素直にうなずいたものの、紫苑は具体的にどうすれば良いか分かっていなかった。 「断り方によっては逆恨みする者もいます。戦場なら手段を選べないかもしれませんが、街中では事を荒立てない工夫をしなさい」 空ほどの美貌の持ち主なら自然と身につく事柄かもしれないが、目覚めてからさほど時のたっていない紫苑には理解し辛い事柄かもしれない。。 「はい」 空の薫陶を受けたからくりは謝る態度にも気品があるが、意識を得てからの時間が短いためか、目に見えて落ち込んでいた。 「帰りは呉服屋によりましょう」 「はいっ!」 主の数歩後をついていく紫苑の足取りは、とても軽かった。 ●難攻不落 「ねぇギフト、この人が勧めてくれてる服着てみたい〜」 ヴァイス・エテルネル(ib9383)が笑みを含んだ問いを投げかけると、ジルベリア風の黒いドレスを完璧にきこなしたからくりの動作が一瞬止まった。 ファッションショーへの誘いをかけた身なりの良い女性が、期待に胸をふくらませる。 が、質の良いベール越しに向けられた鮮やかな緑の瞳には、礼儀正ししくはあっても明確な拒絶の色があった。 「主様が私の為に用意して下さいました服以外を着たいと思うわけがございません。なぜその様に思いましょうか?」 それまで遠慮がちにヴァイスと組んでいた腕に、無意識のうちに力が籠もっていた。 うわべだけではない礼儀正しさと、その下からにじむ情念。 ヴァイスが教育を任せた老女将は、非常に良い仕事をしたようだ。。 「主様はこの方々のご用意された服の試着をお望みで?」 どんな苦難でも主の望むままに。 言葉にしなくても態度でそれを示していた。 「望まない〜♪ だってそのドレス、ギフトに似合ってるも〜ん。綺麗な服と装飾品もいらない〜」 飄々とした態度で、自分より頭一つ高い位置にあるベールを下からまくる。 白い肌が薄く赤らむ様は非常に初々しく色っぽいが、それを目にできるのはヴァイスだけだ。 頬を撫ぜると甘い吐息が漏れ、髪を弄ると目が潤む。 「おお」 女性が感嘆の声をあげる。 からくりの淑女と銀の少年の向き合う様は、細部は分からなくても最上の芝居の一幕のようだった。 「おばちゃんおばちゃん」 背後からの言葉の一刺しに、身なりのよい女性が精神的重傷を負って地面に膝をつく。 「ぼた…じゃない、姐さん達はあたしらの事いっぱい考えてくれるんだよー! あんたはからくりの事考えてるの? それ、自己満足じゃない?」 かぶろの格好をした人妖が、回り込んで女性の前に移動してから、高度を下げて視線をあわせる。 「あのね、からくりの事好きなのはいい事だと思うんだ。でもね、相手を困らせる様な野暮は好かれな…」 芙蓉の言葉は子供らしい容赦のなさと純粋さを兼ね備えていた。 が、急に口ごもり、うんうん唸って何かを思い出そうとする。 彼女の背後では、敵の脆さに気付いて経験を積ませるため対処を朋友に任せた華角牡丹(ib8144)が見守っている。 「好かれんせんよ!」 主の言葉遣いを思い出して見栄えの良い角度で言い放つ芙蓉は、姿形はそれほど似ていないのに牡丹と通じるものを感じさせた。 「たし、かに…」 ヴァイス主従と芙蓉によって精神的に追い込まれた女性は、力なくうなずいて手ぶらで去っていく。 「ぼたん、私やったよ!」 満面の笑みを浮かべて飛んでくる芙蓉を優しく迎えながら、牡丹は言葉遣いをしっかりと修正させていくのだった。 ●アイデンティティ崩壊 「ひゃっほー! からくりのかわいこちゃんだぜー!」 軽薄な雰囲気の男が全力で駆けていた。 この男、こう見えても売れっ子服飾職人であり、インスピレーションを刺激するからくり達をこよなく愛していた。 刺激されたひらめきが暴走したあげくその場で衣装製作からファッションショーという流れがいつもの事だったりするが、広い都の中ではあまり話題にはなっていない。 「ひゅぅ。体型はすらりとしたモデル体型ではなく出るところがでたナイスバデー、しかし顔は童顔気味できらきらの金髪に加えてアホ毛、とどめに金属っぽい耳飾パーツ!」 一言でまとめると、狙いすぎにも程がある美少女型人工物であった。 ただ、設計にも製作にも一切の妥協が無い完璧なあざとさは、美の究極の1つにも見えていた。 「完璧だぁっ!」 血走った眼で美少女型人工物に近づいた職人は、違和感に気付いて立ち止まる。 美しい。 美しくはあるのだが、からくりの肌の質感ではない。 遠目には人肌に見える特殊素材ではあるものの、至近距離で見れば明らかに人肌ともからくりの肌とも異なるのが分かる。 「可愛いからくりかと思った? 残念、土偶ちゃんでした〜☆」 両頬の近くでピースサインのあざとい仕草をするミーアは、土偶ゴーレムであった。 「ねえどんな気持ち? 騙されてどんな気持ち?」 「どんな気持ちなのです〜☆」 職人の周囲で、村雨紫狼(ia9073)とミーアが大人げなく鬱陶しいポーズを繰り返してはやし立てる。 ちなみに紫狼の足音はとんとん、ミーアの足音は大重量にふさわしいどしんどしんである。 「からくり…え、土偶? いやでも表面が確かに硬質…でも形は人…」 職人の眼から徐々に正気が失われていき、ぐるぐると不穏な色を浮かべ始める。 「今やからくりは掃いて捨てるほど、だがっドグーロイドはこの世にたった2体! 金じゃねえ、貴様やその同類には愛が、自ら生み出そうとする情熱が足りないっ!」 「たりない…わたし、たりない…つくる…」 価値観を粉砕された瞬間に吹き込まれた思想は、職人の精神を紫狼好みに変容させていく。 この日、からくり愛好者が1人減り、人型ゴーレム愛好という茨道に踏み入れる変人が1人増えたという。 ●けものみち 「言う事を聞かないんだったらぁ〜っ! ボクが代わりになるの〜!」 その言葉が、天儀人形愛好会崩壊の序曲であった。 なんぱに引っかかりかけていたからくりを助けようとしたプレシア・ベルティーニ(ib3541)とアルヴィトルは、最初は普通に説得していた。 が、強情な相手の態度に業を煮やし、プレシアは直接的な行動にうって出た。 「にゃ♪ にゃ♪ にゃ♪」 差し出される衣装に次々に着替え、巫女、メイド、割烹着、開拓者職業各種に花嫁衣装と、何故かプレシアの体格にあった衣装を都の人々に披露していく。 からくり愛を自前の狐耳狐尻尾で塗りつぶすという、相手の心を攻める策である。 「さすがですご主人様」 狐耳とふわもこ尻尾仕様からくりであるアルヴィトルは、無表情のまま拳を握りしめている。 「ありがとうにゃー♪」 「にゃー♪」 いつの間にかプレシアを囲んでいた観衆、否、元天儀人形愛好会の面々は、瞳にハートマークを浮かべてにゃーにゃー喜んでいる。 からくりに魅せられていた人々は、プレシアの狙い通りに新たな性癖を植え付けられようとしていた。 「そこまでです!」 プレシアのワンワンショー会場に新たな役者が登場する。 スフィーダ・此花。 愛らしさと脳筋思考を兼ね備えた、高飛車系ツンデレ羽妖精である。 なんぱやろー共にびしりと指を突きつけ、スフィーダ正々堂々全速力で非難を開始する。 「お待ちなさい。からくり達の心を軽視して自分の欲を満たすその所業…この私が許しませんわ!」 「要はお説教タイムなのです」 主である此花咲(ia9853)は、気合いの入りすぎた朋友の言葉を分かりやすく解説していた。 「真のファッションとは、外見だけではなく心も飾り立てるもの。にも関わらず、貴方達は外面ばかり…。情けないにも程がありましてよ! 見なさい! そこの子なんて不本意にも見世物にされて」 「ふぇっ‥びえぇぇぇんおぢさん達がひどいの〜〜!」 プレシアは容赦なく、堂に入った嘘泣きを始める。 元天儀人形愛好会構成員に向けられる周囲からの視線の温度が急激に低下し、役人を呼びに行く者も現れる。 「ちょ、おまっ」 こうなればどう釈明しても逆効果だ。 彼等は帰宅後、職場や家族に対し絶望的な釈明をしなくてはならないだろう。 「要は、言葉巧みにナンパするのが問題なのですわ。ならば、イベント形式にして自主的に参加して貰えばいいだけの話ではなくて?」 スフィーダが珍しく考えられた案を口にし。 「無料で相棒の綺麗な姿が見られるというのならば、喜んで参加する人も少なくないと思うのですよ」 咲が補足して実現性のある内容にする。 「何なら、この端麗な私を着飾らせて差し上げても宜しくてよ?」 得意げな顔で、ちらりちらりと期待する視線を向けるスフィーダ。 しかし社会的にとどめをさされた天儀人形愛好会には反応する余裕がないのであった。 その日、愛好会はひっそりと解散した。 |