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■オープニング本文 その日、領主同士の会議が決裂した。 武力行使に至らぬ紛争など珍しくもないが、時期が拙かった。 両者の領地の境目ではぐれ大砂蟲が現れているのだ。 この大砂蟲は、おそらくは超高位の開拓者と1対1で真正面から戦える戦闘能力を持つ。 つまり超高位の開拓者2人か、極普通の開拓者が8人もいれば楽に勝てる相手だということだ。 しかし楽勝なのはまともに戦える場合に限られる。 大砂蟲の移動速度は凄まじく、動き回られたら限界まで軽装の開拓者でも攻めきれない可能性が高い。高速移動手段があれば戦いに持ち込むことはできるだろうが、今回領主間の関係が悪化したことで朋友同伴の許可が下りず、開拓者のみで黒い大砂蟲の相手をせざるを得ない。 そして、大砂蟲の長所は速度だけではない。 凄まじい攻撃力に優れた耐久性、その他も全体的に高い能力と砂漠への潜行能力、膨大な量の砂をまとめて撃ち出す爆砂砲と、砂漠限定ではあるが高位のアヤカシ並みの厄介さを持っている。 危険度は極めて高い依頼である。くれぐれも慎重に対処していただきたい。 |
■参加者一覧
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
ソウェル ノイラート(ib5397)
24歳・女・砲
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 風の動きが止まった砂の海の上で、7つの影が完全に動きを止めた。 「引きずり出すまで音をたてられないのが辛いね」 額に浮かんだ汗をぬぐいながらソウェル・ノイラート(ib5397)がかすかな声でつぶやくと、菊池志郎(ia5584)が水筒と梅干しをそっと差し出した。 アル=カマルに向かう前に志郎が準備していたところ、志郎に感心したギルド職員が気を利かせて人数分支給してきた物資だ。 ソウェルは身振りで礼をして口に含む。 すると、自分が強烈に喉が渇いていたことがようやく自覚できた。 皆が水分を補給している間、志郎は淡々と加護結界を使っていく。相手に直接触れて精霊に祈ることで、ただの一度ではあるが強固な守りとなる結界だ。 志郎の予想が正しいのならば、これが今回の命綱になるはずだった。 結界を展開し終えた菊池志郎とペケ(ia5365)が練力で聴覚を拡張して索敵する間、ルオウ(ia2445)は渡された水と塩分を口に含みながら待っていた。 ルオウは人間離れした聴覚を持ってはいるが、地下に潜んでいるであろう敵を捉えられるだけの能力は無い。 それが出来るのはルオウに匹敵する聴覚の持ち主が超越聴覚を使った場合だけだろう。 「ダメ」 日除け風避けの外套の上からでも分かる見事な胸を揺らし、ペケは両手を頭の上で交叉させた。 鍛えた技と身体を最大限に活かしても、耳に届くのは砂と砂がこすれあう微かな音だけだったのだ。 「先生、よろしくお願いします」 ペケがふざけているのか真面目なのか分からない態度で要請すると、エラト(ib5623)は無言のままうなずきリュートを爪弾いた。 開拓者の前方三十数メートルで術が発動し、巨大な重低音が凪の海を揺らし砂を盛大に跳ね上げる。 「響きますね」 発動の瞬間に超越聴覚を止めていたものの、その巨大な音は志郎の耳を痛めつけていた。超越聴覚を再開させてはみたが、砂の揺れがもたらす音が大きすぎてそれ以外の音を捉えづらい。 「ん?」 敵の攻撃に即応できるよう魔槍砲を構えていたソウェルが、違和感を感じて形の良い眉を寄せる。 体は水平を保っているはずなのに、視界が僅かな、しかし強烈な違和感を伝えてくるのだ。 「私は大砂蟲を相手取ったことがあります。あれは、何もかもが大きいのです」 穏やかな顔で、しかし目には強い光を浮かべ、長谷部円秀(ib4529)が皆に注意を促す。 その頃にはソウェル以外も異常に気付いていた。 砂漠が傾いている。 地下で巨大なものが動いた結果、大気に触れる平坦かつ大量の砂が押しのけられ流れていくのだ。 細かな砂は複雑に動き、地下の巨大なものがどこにいるか悟らせない。 しかし何がいるのかは分かっている。 「一発勝負だ! 出てきたら逃さねえで勝負をつけるぜ!」 囮になるつもりでルオウが大声を出す。 が、敵は、大黒砂蟲はまだ姿を見せない。 砂漠が荒れて海のように揺れ動き、地下の動きを隠しているのだ。 精神をやすりで削られるような緊張感に耐えて開拓者達が待ち受ける中、うねる砂の海からそれが現れた。 開拓者達の間近、距離にして数歩しかない場所から、黒い柱が宙へと伸びる。 原始的な形の、しかしそれ故に強烈な存在感を持つケモノは、城並みの高さから口を開拓者に向けていた。 「左へ回避ぃ!」 ほぼ不意をうたれつつも正確に観察を続けていたペケが叫び、開拓者全員が一斉に左に飛ぶ。 同時に黒い巨大生物が膨大な量の砂を打ち出し、衝撃と重さで餌を磨りつぶそうとする。 「射程ぎりぎりに顔を出すなんて気が利くわね」 己の真横を通過する巨大な力を感じながら、ソウェルは巨大な魔槍砲コイチャグルを構え、銃砲にしては短い射程を伸ばすために集中し、吹き荒れる砂の向こう側にいるブラックサンドワームに確実に届くよう膨大な練力を長大な銃身に叩き込む。 強烈な余波を伴う砲撃は砂を吹き飛ばしながら大黒砂蟲に到着し、爆砂砲使用直後の大きく開いていた口の中に直撃した。 黒い巨大生物は悲鳴をあげない。 しかし口から膨大な量の体液が噴き出し、周囲の砂を黒く染めた。 「所謂、ジャイアントキリングってヤツか。…遠慮なく、思いっきり吹き飛ばせそうだな」 樹邑鴻(ia0483)は、腹の底から沸き上がる熱を一切自重させずに自らの体に巡らしていく。 未だ波打つ砂の海を踏み越え、全身の筋に力をため込みながら敵の至近距離で構えをとる。 通常なら非効率になるはずの大きすぎる力は、大型建造物サイズの敵でなら有効に働くはずだった。 無音の呼気と共に繰り出された鴻の拳は、石造りの塔じみた重さとそれをはるかに上回る頑丈さの黒い肉を凹ませ、分厚い皮膚のあちこちから破裂するような勢いで体液を噴き出させる。 「いっけええ!」 ルオウが巨大な凹みに走り込み、大砂蟲が防御しようもない至近距離から殲刀を袈裟懸けに振り下ろす。 振り切った後も動きは止まらず、分厚い肉を蹴りつけわずかに距離をとると同時に刃を肉の壁から引き抜き、再度全く変わらぬ速度で叩き込む。 それが三度。 高位のアヤカシに致命傷を与えてもおかしくない攻撃は、しかし巨大な生き物の一部を破壊するだけに留まる。 だが開拓者の攻撃はまだ終わらない。 円秀は巨大生物の背を駆け上がり、脳、あるいは神経の集中する個所を狙い、頭部の怪しげな個所に勢いを殺さぬまま玄亀鉄山靠を繰り出す。 全身の力と勢いが円秀の肩から背の部分から大黒砂蟲に伝わり、肉と神経をずたずたにする。 のど元が破壊され、脅威である口の近くに深い傷ができた。 が、敵は全く動きが鈍らない。 「この攻撃に耐えるとは」 志郎は爆砂砲が与えた被害を閃癒で回復させながらつぶやいた。 覚悟はしていたが、敵の頑丈さは予測を超えていた。 肉片と体液を振りまきながら、最初に現れたとき同様の速度で加速したのだ、 「なっ」 黒い巨大生物は至近距離にいた鴻達を押しのけて急進する。 鴻は危なげなく着地し、円秀は即座に瞬脚で追撃するが、大黒砂蟲の速度は開拓者全員を上回っていた。 「ホントついてないんだから!」 引き金を引くと同時にソウェルはその場から飛び退く。 砲撃は再び口から中に入り大黒砂蟲の神経の一部を砕くが、残念ながらソウェルに結果を見る余裕は無かった。 エラトがとっさに奏でた軽やかでハイテンションな曲がソウェルの足を軽くし、爆砂砲を回避した後に志郎が張ってくれた加護結界が完全にその効果を現す。 が、大黒砂蟲の速度と重量は巨大すぎた。 黒い表皮に軽く触れただけのソウェルが、台風に巻き込まれた小動物のように宙に跳ね上げられる。 「援護を」 円秀は跳躍し、受け身もとれず砂漠に高速で落下しようとしていたソウェルを受け止め、軟着陸に成功する。 黒い巨大生物はソウェルの血の臭いにひかれたのか、周囲の砂を盛大に跳ね上げながら向きを変え、円秀ごと2人を飲み込もうと直進してくる。 巨大な城壁を一撃で崩してしまいそうな強烈な突進。 だがその前を軽い足取りで横切る影があった。援護に向かうペケと鴻だ。 小柄な影が火のついた玉を大きな口に放り込み、巨大生物の進路上から待避する。 2つめの影は、危険を冒して巨大な口の唇に当たる部分に光る方天戟を叩きつける。 非常識に大きな口が衝撃に歪み、一瞬ではあるが口が閉じられる。その瞬間、大砂蟲の体内という閉鎖空間で焙烙玉が炸裂した。 逃げ場のない体内で高まった圧力は、ソウェルがつけた内側の傷に集中し、巨大な口も含めた先端部分を根こそぎ吹き飛ばす。 こうなると直進することも難しくなり、明後日の方向に進路を変え、迷走を始めてしまう。 「ペケケケケケ、炮烙玉の味はいかがですか?」 焙烙玉を投げ入れたペケが、してやったりとハイテンションな笑い声をあげる。 「外が堅くとも中までそうはいかないだろう!」 方天戟を振るって体液を飛ばしながら、鴻は残り少ない練力をかき集めて最後の攻撃に移ろうとしていた。 比較的練力に余裕があった円秀も瞬脚で前に出て攻撃に参加する。 反撃による被害を恐れぬ方天戟と拳の猛攻により、体の先端部を失っても健在だった巨大生物は徐々に動きが鈍くなり、そして体を大地にねじ込むようにして地下へ潜り始めた。 「ここまで来て逃すかよおっ!!」 気合いのこもったルオウの咆哮により、知性がない故に効率的に動いていたブラックサンドワームが、保身を捨ててルオウに向けて前進を始める。 それはルオウ以外の開拓者に対して無防備な側面をさらすことに繋がり、開拓者達はそれまでとは打って変わって反撃を受けずに一方的に攻撃を仕掛けることができた。 「これに、耐えますか」 仲間から流れ出す血を全員まとめて止めながら、志郎は半ば呆然としてつぶやく。 そう。既に呆然とできる程度の余裕が出来ていたのだ。 エラトは黒猫白猫の演奏を止め、荒れ狂うサンドワームの至近距離にまで近づいてから新たな曲を奏でた。 静かで穏やかなその曲は、体力と生命力のほとんどを失った大黒砂蟲から抵抗する力と意志を根こそぎ奪う。 大黒砂蟲は全ての抵抗を停止し、膨大な量の砂を押しのけながら砂の大地に巨体を横たえる。 最もサンドワームを苦しめたのは、周囲の味方全員の動きを鋭くすることでサンドワームの攻撃と防御を実質的に弱めたエラトだろう。 「ホントついてないんだから。あんたも、私もね」 ソウェルは止血剤で無理矢理血止めした腕をで狙いを定め、体液が噴き出す巨大な裂傷へ砲撃する。 サンドワームの巨体全体が震え、止まる。 巨大な肉から完全に力が抜け、自重に耐えかねたように形を崩す。 開拓者が巨大生物の死を確認して帰路についたのは、それから1時間以上たってからだった。 |