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■オープニング本文 ある富豪が開拓者ギルドに大金を積み、開拓者が好きにすることで成し遂げられたアヤカシ制圧地域の開放と開拓。 流民をまとめて組織をつくり、城壁という鎧を完成させたことで新たな人類領域が開拓された訳だが、新たな面倒が次から次に押し寄せている。 周辺勢力の反発に食糧不足、そして砂漠に潜むアヤカシ達。 城塞都市は開拓者の助けを求めている。 ●天儀開拓者ギルドの片隅に張られた依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。 周辺地域を移動中は、変装等しないと絡まれる可能性が有るので要注意。 ●依頼内容 城塞都市の状況は以下のようになっています。 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると開拓事業が破綻します。 人口:微 流民の受け入れを停止しています。 環境:優 人が少なく水が豊富です。商業施設は建物だけ存在します。物不足で次回一段階低下予定 治安:普 治安維持組織が正常に稼働しています 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します 戦力:微 開拓者抜きで、小規模なアヤカシの襲撃を城壁で防げます 農業:普 次回収穫時に食糧自給達成見込み。城壁内に開墾余地無し。豆類中心 収入:無 周辺地域に対して販売できません。経済封鎖が完全に解かれれば一段階、収穫後に別に一段階上昇します 評判:微 アヤカシ討伐活動による上昇は周辺勢力との衝突による低下で打ち消されています 資金:微 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです 人材:農業技術者3家族。超低レベル志体持ち8名。熟練工1名。官僚候補3名。医者候補1名 ・実行可能な行動 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高いです 行動:城外開拓に向けての調査 効果:成功すれば城外の開拓準備を実行可能になります 詳細:城外の土地の詳細な調査を行います。アヤカシと瘴気溜まりの有無に関する情報が特に求められています。時間がかかり、アヤカシの襲撃も予想されます。技術者を連れて行けば時間は短縮できますが危険です。都市から数キロ地点に開拓者2、3人のみで出向くと全滅する可能性がありますのでお気をつけください。都市から1キロ未満の地点に開拓者のみで出向けば、生きているうちに増援が間に合う可能性が極めて高いです。アヤカシのいる可能性が高い方向と可能性が低めの方向は判明しています 行動:密輸 効果:環境の低下が止まります 詳細:古米や廃棄される予定の食料を外部で格安購入して周辺勢力に気付かれないよう運び込みます。周辺勢力にばれると評判が悪化します。資金は領主持ち。量は多ければ多いほど良い影響があります 行動:諜報・防諜要員養成 効果:成功すれば外部に情報が漏れにくくなり、外部から情報が手に入りやすくなります。成否に関わらず資金が微減します 詳細:領主の死後にアル=カマルを離れる情報担当官僚に人、物、金を与えて教育させます 行動:捕虜の処遇決定 効果:実行しなければ資金と治安が継続的に低下していきます 詳細:前回城塞都市ナーマに襲撃をしかけてきた周辺勢力の強硬派の生き残り数名(非志体持ち)と、以前機密を持ち逃げしようとした職人数名の扱いを決めます。追放、謀略への使用、死刑等の選択肢があります 行動:周辺勢力に対する離間工作 効果:周辺の特定の勢力にのみ水を売りつけることで相互不信を煽ります 詳細:外交チャンネルがある勢力に仕掛けるとチャンネルが途切れ修復不能になる可能性がありますが、巻き込まないと効果と成功確率が低下します。対外交渉準備を済ませた開拓者が1人以上専従しないと成功確率が極端に低下します 行動:人材登用 効果:成功すれば官僚相当1名と外交官相当1名が人材に加わります 詳細:依頼人の死後にアル=カマルを離れる予定の依頼人の部下を、依頼人の死後も残るよう説得します。大勢から恨まれている自覚があるため、本人と家族の安全が数世代保証されない限り説得には応じないでしょう。 行動:対外交渉準備 効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを学びます 詳細:これを選択した者はこれ以外の行動は極めて短時間でこなせる行動しかとれません。2度同じ者が実行すると教育が完了します。 行動:農地の大規模拡張 効果:農業が上昇。資金が低下。 詳細:資金を投入して農地を拡張速度を上昇させます 行動:風車の本格導入 効果:農業が上昇。資金が低下 詳細:資金を投入して風車と水車とその関連設備を整備します。導入の数、個々の性能、技術情報の拡散への対処をどうするかによって、効果と必要費用が上下します。どれも良くするのは不可能に限りなく近いです。 行動:城外で捜索を行いアヤカシを攻撃 効果:成功すれば収入と評判がわずかに上昇 詳細:城壁の外でアヤカシを探しだし討伐します。アヤカシの戦力は不明です。アヤカシを多く倒せば良い評判が得られ、新たな商売人や有望な移住希望者が現れます 行動:その他 効果:不定 詳細:商売、進行中の行動への協力等、開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であればどのような行動をしても構いません ・現在進行中の行動 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。 行動:水の禁輸 効果:周辺勢力が欲する水を売りません 行動:宮殿建設 効果:住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です 行動:市街整備 効果:ほぼ休止中 詳細:上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています 行動:城壁防衛 効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します 行動:守備隊訓練 効果:戦力の現状維持 詳細:規律と練度が低速で向上中 行動:守備隊新規隊員募集 効果:不明 詳細:難航中 行動:治安維持 効果:治安の低下を抑えます 詳細:警備員が城壁と外部に通じる道を警戒中です。練度は高くありません。 行動:流民の流入排除 効果:都市外におけるスラムの発生を抑制 行動:環境整備 効果:環境の低下をわずかに抑えます 詳細:排泄物の処理だけは行われています 行動:教育 効果:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります 詳細:順調 行動:牧畜準備 詳細:農業技術者がポケットマネーで細々と継続中 行動:砂糖原料栽培準備 詳細:土地が足りません ・周辺状況 東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り 西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り 南。辺境。ほぼ無人地帯 北。やや辺境。小規模都市勢力有り 各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で経済制裁中 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
サラファ・トゥール(ib6650)
17歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●ノウハウを教えて 優れた人物の言葉は、短くとも多くの意味が含まれることがある。 城塞都市ナーマの主に対する諫言もその類の言葉であった。 「戦は多額の資金を使い国を衰退させます」 倫理面に一切言及しないことで、領主の価値観に対する非難でないことを明示する。 戦争に金がかかるという当たり前の事実を改めて口にすることで、水という武器を弄ぶことに対する懸念と、周辺勢力との敵対関係が生み出す不利益を指摘する。 そして都市ではなく国と称することでこれまでの事業に対する賛辞を呈し、衰退という言葉で現状に対する懸念を伝えていた。 「うむ」 ジークリンデ(ib0258)に対して値踏みをする目を向けていた領主は、姿勢を正して改めて向かい合う。 「周辺勢力全てを無力化するのも楽しいだろうと考えてはいる」 貴人に対する礼をとるジークリンデは、態度を変えぬまま瞳に強い光を浮かべた。 「だが新興とはいえ都市1つの全権を握れたのは開拓者のお陰でもある。恩に仇を返すのは趣味ではない。財産の切り売りで一時の友好を得るような戯けた真似をするなら別だが、少し気に食わぬ程度でおぬし等との縁を切ろうとは思わぬ」 「ありがとうございます」 恭しく頭を下げるジークリンデの前で、領主は気力の充実とは正反対に衰えた腕で報告書をめくる。 「城外の開拓に着手したか。…使えそうな土地のまわりに1人で石壁の囲いを作った? 相変わらず荒唐無稽を軽々と実現する」 領主は賛嘆と呆然が入り交じったうめきをもらしていた。 「残念ながら今回の調査で見つけることができたのは農地に使える土地のみです。古文書やその写しに無かったので覚悟はしていますが、この地に資源がないとなると外交面でも深刻な事態に繋がるかもしれません」 「水資源だけでは足りぬと。実に貪欲で素晴らしいな」 領主の唇の端が吊り上がる。 アル=カマルにおいて最も価値があるのは農地。つまりは水だ。 この領主が好き勝手やっても排除されない最大の理由は、豊富な水を城壁で囲うことで完全に押さえていることにある。そうでなければどれだけ財力があってもここまで強気には出られなかっただろう。 「しかし、資源か」 生気が失せつつある領主の、そこだけは異様な精気を感じさせる目が細められる。 「地下をあたってみるのも良かろう」 数百年前にこの地に立っていた元城、現瓦礫の山の地下深くに長大な地下空洞が存在する。 何度かアヤカシ討伐が行われたものの、洞窟は非常に長く調べられていない場所は数多い。 「大事業になりますね」 落盤や毒の空気の危険がある以上、危険度は魔の森と比較出来る水準にある。 ジークリンデは細々とした許可の書類を受け取ると、考え込みながら領主の執務室を後にするのだった。 「お主は密輸の件だったな」 領主は、それまで控えの間に控えていた玲璃(ia1114)を呼び寄せた。 「はい。最も露見の可能性が低い量、経路、取引相手、密輸方式について教示を仰ぎたいのです」 住民を思って真剣に頼み込む玲璃に対し、領主は困惑に近い表情を浮かべる。 「密輸は他人にさせることはあっても手がけることはほとんど…いや、若い頃は何度かあるか、それだけだな」 領主は自分の記憶を探りながら首を左右に振った。 「今から準備するようでは、今回天儀に戻る前に実行まで漕ぎ着けることはできぬと思うぞ」 「人と物の手当はついています」 証拠を残さず、居住地区での巡回治療を通して信頼に足るものだけを集めてきた玲璃であった。 「方法については二重底を考えています」 控えの間に置かれている建築資材用荷箱を示す 「体力や術を活用した無茶を実現する策かと思っていたが…」 予想外に堅実な計画だったことに内心驚きながら、領主は近隣大都市、ただし城塞都市ナーマとの距離は100キロメートル近く離れいて近隣諸勢力の影響下に無い都市の、ある倉庫の場所を口にする。 記録に残ると拙いのでメモもさせない。 「そこで廃棄予定の品が手に入る。擬装用の…そうだな、畑用の土に見える汚れた土なら無料で手に入るだろう」 「承知しました」 診療を通して住民の耐貧生活を知る玲璃は、礼儀正しくはあるが足早に執務室を後にする。 「今日はこれで終わりか」 体力が尽き思考が鈍ってきたことに気付き、領主は杖をついて椅子から立ち上がろうとした。 「悪いが仕事だ」 控えの間から将門(ib1770)が入ってくる。 「そろそろ体力的に限界だ。手短にな」 「最大の懸案を軽く扱うのは勧められぬぞ」 将門はインクの香りも新しい報告書を突き出す。 内容は報告書と、今日の午後に発表される判決文だ。 領主は気合いを入れ直して内容を精読する。 前回捕縛した襲撃者は四方の隣接勢力に属する若者達であり、有力者の命令や支援を受けているわけではないようだ。交渉団を引き連れて出発したエラト(ib5623)の成果次第で、賠償金にするか法を真っ当に当てはめて死罪にするか決める。 盗みを犯した職人達は、都市法の範囲内で限界まで刑を軽くする。目的は人材の有効活用だ。 「恩を恩と感じさせるのは難しいぞ」 「承知の上だ。それに感じさせるのが難しいのは貴様のこれまでの行状の影響も大きいぞ」 将門の言葉に、領主は照れたように口元を緩めた。 「あまり年寄りをいじめるな」 「年寄りなら精々大人しくすることだな。肩を貸しても?」 「ふん」 領主は将門に支えられながら、執務室に隣接する仮眠用の部屋に入るのだった。 ●判決2つ 裁判の舞台となったのは、有事の際の避難所の役割を持つ宮殿の一角であった。 城塞都市ナーマでは娯楽は無いも同然なので、今回行われる2つの裁判は絶好の見世物だろう。 しかし数百人は収容可能な仮説裁判所に人影はまばらだ。 住民は娯楽に興じる余裕を持っていない。 「諸君は欲に負けて文字通り死ぬほど重要な技術資料を流出させようとしたワケだ」 役所から貸与された礼服を窮屈そうに着たアルバルク(ib6635)が、最初の事件について言及する。 気合いの抜けた、しかし余裕のある口調は少数ではあるが熱心に聞いている住民達にも理解しやすかった。 「けしからん話だが、寛大なるナーマと某担当者の名の下に執行猶予を与える」 全ての説明を省略して予め決まっていた判決を発表すると、街の住民達は一様に困惑する。 おそらく死刑、甘い判決でも重労働が科されると考えていたらしい。 「生様が?」 「うむ…。何かお考えがあるのだろう」 仕事のある住民の代わりに来たらしい数名の男達が深刻な表情で言葉をかわしている。 この街を物理的な意味で作った1人である生の意向であるから納得しているが、仮に生の意向であることを公開していなかったら不満が爆発していたかもしれない。 信賞必罰が徹底されるという信頼があるから、住民は配給制にも粗食にも耐えることができる。 万一信頼が揺らげば、勤労意識も都市への帰属意識も同時に揺らぎかねない。 「猶予中はキッチリ働いて貰おう」 平伏する元盗人達に近づき、口元をほとんど動かさずに声をかける。 「その間勝手に覚えたもんは俺達の知った事じゃねえって事だが…。反省を行動にあらわさねぇと危ねぇぜ」 傍聴席から向けられる冷たい視線に、技術者達はぶるりと体を震わせた。 「えー、次は例の襲撃者だが」 リプスがアルバルクに駆け寄り耳打ちする。エラトの交渉結果を聞いたアルバルクは、意識して覇気のある笑みを浮かべる。 「隣の町との交渉材料に使うことになった。既に成果も出ている。具体的には、酒も少しは入ってくるようになるぞ」 アルバルクの言葉に、傍聴席の人々は一斉に歓呼の声をあげた。 「住民諸君! この地と子孫の平和の為にやるべき事をやれ! 力のある奴は守備隊に来い! 俺は厳しいが、生き残れば城の未来をくれてやる! 以上!」 熱狂的な完成が城塞都市全域に響いた。 ●風車 「どうでしたか」 城壁内農地の外れで朽葉・生(ib2229)が問うと、アルバルクは一切の脚色を行わずに裁判の様子を伝える。 「おじさん、似合わなかったよぉ」 裁判中は真面目な場面なので自重していた羽妖精が主をからかう。 「あちらが立てばこちらが立たず、ですか。覚悟していたとはいえ厳しいですね」 生は深刻な顔で考え込む。 機密を盗んだ技術者に対する説得はうまくいった。その点に関してはアルバルクも太鼓判を押しているが、住民の反応は予想以上に厳しかった。 しかし思い悩んでいる暇はない。 「風が強くなってきました。風車の固定を解除しますので皆さん注意してください!」 信頼はできるが対人能力が壊滅している職人の代わりに、最近抜擢された特徴のない男が注意を促す。 戦闘の疲れを資材置き場の影でとっていた鷲獅鳥司が生の近くへ移動し、変事に対応できるよう待機する。 向きが固定された風車の羽が回転を始め、聞き慣れない者にとっては耳障りな音をたてながら回転を他の機械に伝えていく。 水車によく似た機構が用水路を流れる水をくみ上げ、高所に設置された小規模な貯水槽に揚水を注ぎ込む。 「おめでとうございます」 見学に訪れていた官僚と農業技術者が満面の笑みを浮かべて生に握手を求めてくる。 今回の成功で、都市外の開拓に水を使い易くなった。 城塞都市という点以外にも領地という面を得られる見通しが立ったことで、官僚も農業技術者も嬉々として皮算用を始めていた。 「頑丈で長持ちする代わりに一日の数分の1しか働かない風車を採用されるという話を聞いたときには驚きましたが、こういう形で使うなら全く問題ありませんね」 「一体どこでこんな技術を身につけたのか、いや、聞くのはルール違反とはいえ聞きたくなってしまいますよ」 騒ぐ2人の後ろでは、風車と揚水機器を実際に作った職人が無言でうなずいていた。 ●裁判前日の東の町 北、南、西の代表団は、交渉がまとまると予定されていた会食への出席を拒否して帰路についた。 残った東の代表者は疲れ果てている。 ナーマも含めた周辺諸勢力が強硬過ぎたため、誰にとっても利益にならない戦争を回避するために橋渡しをせざるを得なかったのだ。 すました顔で書類の整理をしているエラトご一行に向ける視線は、本人としては限界まで自制しているつもりでも客観的には恨み辛みが表に出すぎていた。 「この度は大変でしたね」 東の町のトップは、食道を逆流してくる胃液を無理矢理飲み込み笑顔を保つ。 そんな彼女に、副使の助手としてついてきていた中書令(ib9408)が薫り高い紅茶を勧める。 礼もそこそこに、普段なら欠かさない薬物混入に対する用心を捨てて、東の町のトップは流し込むように紅茶を飲み干した。 「表立って荷を差し押さえしない旨の確約を得られたのは大きな成果です。場の提供に感謝いたします」 エラトは感情を感じさせない笑顔を浮かべている。 「我々は1月ほど接触しない方が良いでしょう。私がナーマに近づきすぎると仲介役が果たせません」 表面を取り繕う程度の余裕は取り戻した彼女は、内心の疑問に答えを得られず困っていた。 今回周辺勢力が要求したのはナーマを訪れた関係者の返還。 ナーマが要求したのはナーマ襲撃犯の身柄と引き替えとして禁輸の解除と食料を含む賠償。 要求がかけ離れすぎているため交渉の継続のみを決定すると予測していたのだが、エラトは何も決まらないでも構わないことを態度で示し、襲撃犯の処刑を恐れる周辺勢力側を狼狽させ多少ではあるが譲歩を引き出す展開となった。 己の手元ある1枚の控えを確認しつつ東の町のトップは必死に考えを巡らせるがナーマの意図が読めない。 一方の当事者であるエラトは、素知らぬ顔で、微かに柑橘の香りがする3枚の書類を厳重に封じて保管していた。 「こちらの領内でいくつか石壁の囲いを作りました」 カルフ(ib9316)が地図を示しながら話しかけると、東の町のトップは内心で気合いを入れ直す。 「事後承諾であることに懸念を示します」 「無償提供という形にしたいと思っております」 エラトが代表して応える。 回りくどい条件交渉を1時間近く続けた後、サクル(ib6734)の偵察結果が載った、嶽御前(ib7951)が作成した地図をつけることで交渉が成立した。 無論、地図にはナーマの情報は一切載っていない。 「アヤカシの数が増えていると見るべきでしょうか」 ナーマからアヤカシが流れて来ているのではないか? 「サクルの視覚は優れています」 貴様等の調査能力が貧弱で領内のアヤカシを見つけられなかったのでないか? 礼儀正しく穏やかな陰険なやりとりは、エラト達が東の町を離れるまで延々と行われていた。 今回の収穫は、禁輸の緩和と、東の町を除く3勢力に対する謀略の道具だ。特定条件で、ナーマに存在する農地に対する攻撃を肯定する文面が浮かび上がる、3通の合意書である。 ●情報機関 諜報および防諜を担当する組織。 超絶技量を持つ人材や鉄の掟や邪悪な知識を想像させる単語ではあるが、実際それを創り上げ運用してきた男はあっさりと否定した。 「流れている情報から真実を掬い上げるのが諜報、情報を慎重に取り扱う意識を持たせるのが防諜です」 傾聴していたサラファ・トゥール(ib6650)は、概略のみでは役に立てないのではないかという疑念を態度で示す。 「技術や仕組みについて説明するとなると2、3日では終わりませんが、技術も仕組みもこれを実現するための手段です。そう、サラファさんが集めた面々に教え込めばそれで済みます」 サラファはナーマの住人の中から、外見に特徴のない、しかしナーマに対する帰属意識が強い者を秘密裏に誘い防諜に協力させていた。 「そう簡単にいきますか?」 「本来簡単なことではないのですよ。数世代面倒を見続けた子飼いに高い忠誠心を期待し裏切られる領主などありふれています」 開拓者が綺麗な水源とそれを囲う城壁を用意したから、そこで骨を埋めるつもりの人々の中から使える人材が現れたのだ。 「質問があります。使える人材は多くの場合既に職についているのですが、引き抜いても?」 意識が高く諜報や防諜に携われるだけの能力まで持っているなら、高い確率で生業を得ている。 「人材は有限ですよ。情報は極めて重要な分野ではありますが、情報のみに人材を集中させる訳にもいきません。副業やいざというとき以外動かないという条件で使うという手もありますが…。いずれにせよ関係各所に話を通しておく必要があります。領主の許可は既に出ているようなものですけども、役所や守備隊との間で無制限の人材の取り合いをすると都市内部に火種を抱えることになりかねません」 その後サラファは実践的な知識を1週間かけて学び、既に確保した人材の活用に活かすことになる。 これが、城塞都市ナーマにおける情報機関の原型となった。 ●日常を守る者達 サラファの駆る駿龍マリードが上空を抑え、玲璃の羽妖精睦の支援を受けた駆鎧北辰が地上でアヤカシの大群を食い止め、鷲獅鳥に乗ったジークリンデが強大な攻撃で大物アヤカシの注意を引きつけている間に、鷲獅鳥奏がエラトを敵の直上に運びまとめて眠りに落とす。 苛烈かつ華麗な戦いが行われている頃、ルオウ(ia2445)と相棒の迅鷹ヴァイス・シュベールトは城壁の内側にいた。 「遅れてるぜー」 ヴァイスの誘導に従い農業区画の近くに行くと、3人1組になった守備隊の新人が顔色を悪くしながら歩いていた。 体の動きから判断すると、おそらく本人達としては走っているつもりなのだろう。 ルオウは一度休ませたいとは思ったが、最も重要な体力作りを成功させるために心を鬼にする。 「見回りに手を抜くようじゃ今日の飯は出せないぜ。飢えたくなけりゃ走れ、走れ、走れ! これが終われば組同士での追いかけっこだ。気合いを入れて行け!」 「はい!」 一斉に返事をして、あまり体格の良くない男達が必死に四肢を動かして走り去る。 ルオウは見えなくなるまで見送ってから、軽く息を吐いて後頭部を掻いた。 「食えないのはきついよなぁ」 現在住民は必要最低限の食事しかとれていない。 優しくはないが公正な統治が行われ、収穫期になれば腹一杯食える確信があるから不満は出ていないとはいえ、それで体力が増える訳ではない。 「ん?」 気配に気づいて振り返ると、百数十メートルほど離れた水路の近くで、少年少女がルオウに手を振っていた。 人員に多少の余裕ができた守備隊に住民への手助けを命じたのが誰か知っているのだろう。 ルオウは元気に手を振り替えしてから、変化に極端に乏しい砂漠を城壁からひたすら警戒し続けるという苦行を続ける守備隊の激励に向かう。 が、途中見回り中の古参守備隊員と鉢合わせときにヴァイスが鋭く旋回して敵襲を告げる。 「ちと行ってくるから!後は任せたー」 他の開拓者は別の場所にいるため即座には向かえない。 ルオウは守備隊に守りを固めるよう命じてから、単身で城壁外へ飛び出しアヤカシを駆逐していくのだった。 ●その後 ナーマ襲撃犯は、故意に薄くされていた警備を突破し城壁の外へ逃亡した。 諸々の情報を吹き込まれていた彼等は本拠地に戻った当初は歓迎されたものの、本人達の意志に反して勢力内の不和を促進する要因となりつつある。 東の町出身者は食料と引き替えにナーマ城外で東の町守備隊に引き渡され、情報を引き出された上でその場で処断された。理由はナーマへの攻撃ではなく、命令無視と上層部へ無断で外に攻撃を仕掛けたことである。 |