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■オープニング本文 アヤカシの種類は多い。 超高位開拓者が数十名いてようやく対抗可能なアヤカシもいれば、何十体いても中堅開拓者に絶対に勝てないアヤカシもいる。 前者のアヤカシは非常に恐ろしい。 だが後者のアヤカシが恐ろしくないかというと、場合によってはそんなことはない。 「食料貯蔵庫が鼠のようなアヤカシに襲われていますっ」 悲鳴のような部下の絶叫に、数村を有する領主は気絶しそうになったがぎりぎりで持ちこたえた。 「命令通り蔵は閉じたのだな」 「はい。ですが…」 遠方にもう1つ蔵があるとはいえ、食料備蓄が半減となると影響は極めて大きい。将来を悲観し酷い顔色になった兵を見据えつつ、領主はさらに悲観的な予想をたてていた。 「馬を全て乗り潰して構わん。開拓者ギルドに向かえ」 蔵は頑丈ではあるが、小型とはいえ無数のアヤカシに内側から齧られればいつかは壊れる。そうなれば、解き放たれた超小型アヤカシは凄まじい災厄となる。 領内に無数のアヤカシが散らばってしまえば、どれだけ優れた開拓者を呼んだところでアヤカシを殺し尽くす前に領内全域が回復不可能な傷を受けるだろう。 「急げ。遅れれば我が一族もこの地域も終わりだ」 兵士は領主の迫力に圧され、厩舎に向かって駆け出すのだった。 |
■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
セシリア=L=モルゲン(ib5665)
24歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●初撃 豊穣の象徴たる2つの巨大な膨らみが、正面から吹きつける風によって押さえつけられていた。 セシリア=L=モルゲン(ib5665)は足に気を連続で集中させることで、同じ依頼をうけた面々をはるかに上回る速度で目標に接近している。 早駆という技を使った結果ではあるが、早駆と同レベルで役に立っているのは極端なまでに軽装の装備だ。 守りのほとんどを削ぎ落とした装備は彼女の身を護るには不足かもしれない。 しかし時間が圧倒的に足りないこの場面では、彼女に対して圧倒的な優位をもたらしていた。 「そろそろ出てくるわよォ!」 古びてはいるがよく手入れされていた、今では内側にアヤカシを飲み込んだことで不気味な雰囲気を持つようになってしまった蔵を真正面から見据えてセシリアは声を張り上げた。 数十メートル後方にいる開拓者達に、今なら蔵を抑えることで被害を局限できることを伝える。 しかし余裕はないこともまた事実だ。 堅い壁が内側から崩れ、小さな、しかし大量のアヤカシが日の光のもとへ姿を見せる。 「さくっと掃除するわよォ! ンフフッ!」 艶と生気が溢れすぎた外見とは逆に、セシリアの術はどこまでも手堅い。 妖気を漂わせる符を1枚取り出し、怨念の塊を呼び出し怨嗟と絶望の叫びをあげさせる。 壁をこじ開けて飛び立とうとしたアヤカシが弾け飛び、壁の穴から顔を出した虫が不気味な音を立てて潰れていく。 「ふゥん」 おそらくアヤカシの第一撃を全滅させたにも関わらず、セシリアの顔には満足感は浮かんでいない。彼我の戦力と行動を正しく捉える冷静さだけがあった。 「後はまかせたわよォ」 残り僅かになった練力で早駆をまわし、セシリアは蔵から一気に距離をとる。 それから数秒後。蔵全体が爆ぜ割れ、膨大な量のアヤカシが解き放たれたのだった。 ●攻防 足場を確保し、体勢を整え、弓を構え、矢をつがえ、引き、放つ。 全力疾走の直後にも関わらず、茜ヶ原ほとり(ia9204)の射撃は常と同じかそれ以上に冴え渡っていた。 普段と異なるのは放つ矢の本数と速度だ。普段の数倍から数十倍に達したそれは、蔵から一斉に飛びたとうとしていたアヤカシの群れを一掃することに成功していた。 「小さい…当たるかしら」 矢が突きたっている蔵の穴から新たなアヤカシが顔を出したのに気づき、ほとりは感情が籠もらない声を出す。 「私に構わず射ってください」 明王院未楡(ib0349)はほとりの横を駆け抜けながら声をかける。 セシリアが行使した術の影響か、あるいは蔵の中の食料を食い尽くした後も長時間閉じ込められていたアヤカシの影響か、蔵の周囲は負の感情が濃い異様な空間となりはてているようだ。 未楡は一切の躊躇無くその場に踏み込み、全身全霊を込めて咆哮した。 一種の術であり空気を震わせる叫びでもある咆哮は、アヤカシにより大小様々な穴が多数開けられたとはいえ、未だ恐ろしく頑丈な壁を貫通して内側にまで届いた。 奇妙な静寂が数秒続き、いきなり蔵が激しく鳴動する。 壁に空いた穴から再度虫達があふれ出す。中からの圧力が凄まじいらしく、途中で同属に押しつぶされて単なる瘴気として外に出てくるものも多い。 「迅速かつ取りこぼしの無い確実な討伐が最優先」 未楡は薙刀を振るい、面というより立体として攻めてくる無数の虫を器用かつ苛烈にたたき落としていく。 個々は問題外に弱いアヤカシなのだが、とにかく数だけは非常に多い。 体は無事でも心がへし折られそうな光景を見せつけられながら、それでも未楡は真正面から敵を見据えて迎え撃つ。 しかし敵はあまりに多すぎた。 蔵に複数の穴が空いていたことが結果としてタイミングをずらした襲撃に繋がり、数秒で複数回の襲撃が未楡の対処能力を超える。 「避けてください!」 後方から矢が放たれる。 極度の集中状態にあるほとりのかわりにベルナデット東條(ib5223)が警告したが、反応する時間的余裕は未楡には無い。 矢が大気を切り裂く音が高速で迫ってくるのを待ち受けることしかできなかった。 「あら」 が、背中から伝わってきた衝撃は予想外に弱かった。 頬をかすめるように吹き荒れた吹雪の方がダメージはなかったが心情的には痛かったほどだ。 「当たれば倒せるから…」 実際に戦ってみて鉄喰蟲の弱さに気付いたほとりが工夫したのであった。 ●壁という難敵 未楡に向かうアヤカシの大群を掻き分けるようにして、ミノル・ユスティース(ib0354)は未だに新たなアヤカシが現れ続けている蔵に向かう。 蔵の壁に生じたひびは徐々に大きくなり、新たな穴が開きそこから虫が飛びだそうとする。 「攻撃に向かいます!」 初回と同様に警告を発してから、ミノルは精霊の小刀を起点に吹雪を発生させる。 意図したものか本能によるものかは分からないが、見る者を惑わせる動きをしていた小さなアヤカシ達が一瞬で消え、薄い瘴気となって吹雪に押し流されていく。 素晴らしい戦果ではあるが、ミノルの表情は優れなかった。 「誰か反対側を!」 目を狙って突っ込んできたアヤカシを無造作に切り捨てながら、蔵の反対側から聞こえてきた物音に注意を促す。 「私が行く。後詰めを!」 ベルナデット東條は返事を待たずに蔵の反対側に飛び込む。 未楡の咆哮が効いているようで、反対側から外に出たアヤカシも未楡目指して移動している。しかし極少数の鉄喰蟲は未楡に向かわず蔵から離れつつあった。 「油か蒸留酒が用意できれば面倒がなかったものを」 進路上のアヤカシを燃え盛る刃で切り裂き、視界を確保した時点で刃を振るって真空刃を放つ。 逃げ延びれば領地全体に被害を及ぼしたであろう鉄喰蟲は、季節外れの粉雪のように一瞬で滅ぼされた。 「範囲外にはいない、か」 漆喰や木の残骸が積もった元壁に対して吹雪を叩き込みながらミノルがつぶやく。何匹かアヤカシが埋もれていたらしく、ミノルも予想しなかった場所、例えば一見無事に見えた壁から元アヤカシの瘴気が漂ってきたりしていた。 「念のため再度咆哮を使用します。皆さん注意して下さい」 未楡が声を張り上げる。 咆哮の効果によって、半壊した蔵の中から十に満たない鉄喰蟲が姿を現す。 数がいるならともかく、この程度の数のアヤカシでは開拓者に対抗はできない。 「脆いのねェ」 後衛である素手のセシリアが、一撃必殺で片付けていく。 鉄喰蟲は、数や飛行能力を活かせない場面ではこの程度の力しか持っていないのだ。 「残りは…3体か」 右目に練力を集中して見ていたベルナデットは、決して逃がさぬよう、無用な怪我をしないよう細心の注意を払いながら蔵の中に侵入する。 処理は、1分もかからずに終わった。 ●食料残量0 「すまなかった」 いたしかたないこととはいえ至近距離でブリザーストームを使ったことを謝罪すると、未楡は包容力のある笑みを浮かべてミノルの謝罪を受け入れた。 「ベルちゃん」 蔵から出てきてから口数が極端に少なくなっているベルナデットにほとりが寄り添う。 「うん、大丈夫だよ、ほとりお義姉ちゃん」 敵の殲滅を確認し気が抜けていたのか、ベルナデットは年齢相応の少女の顔を見せていた。 気合いを入れ直し、志士としての顔に戻す。 「力のみならず、このような形で襲うアヤカシこそ、最も脅威だと実感したよ」 開拓者は依頼をこれ以上ない形で成功させた。 しかしそれでも、この地域がアヤカシによってうけた傷は非常に大きかった。次の収穫まで食いつなぐための食料の半分、1つの蔵に入っていたもの全てが全滅したのだ。 「これ以上、私達がこの地の方々にできることはありません」 やるせない思いを抱えながら、未楡は皆を促し帰路につくのであった。 |