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■オープニング本文 あなたは川沿いの堤防の上にいる。 水量の豊かな川に釣り糸を垂らしていたのかもしれないし、依頼の帰りや旅行の途中でたまたま立ち寄ったのかもしれない しかし今、それは重要ではない。 「ケモノが田畑に突っ込んだぞ! 若いのを集めて退治を…」 「馬鹿野郎、数を見ろ! 1匹2匹ならともかく何十体もいるの止められるか」 「だがこのまま放っておけば田畑だけでなく堤までっ」 堤防の上で川と逆側に視線を向けてみると、豊かな田園地帯を突っ切って堤防に向かってくるケモノが、ざっとみただけで二十体以上いた。 サイズは野犬程度で速度はその倍近いネズミ型アヤカシ、速度は遅いが助走無しの体当たりで民家を壊せそうなイノシシ型アヤカシに、その背後で棍棒じみた鈍器を振り回す鬼が数体。 尋常の立ち会いでならどれも苦労せず打ち倒せるだろうが、その勢いは堤防にとって脅威だ。なにしろ今あなたがいる堤防は設計が拙いのに加えて傷みが酷い。今向かってきているケモノ1体がぶつかっただけで崩壊し、溢れ出す水により田畑が浸水しかねないのだ。 あなたは朋友と己の安全を最優先しても良いし、人的被害を出さないことを最優先に行動しても良い。もちろん全てを守るために高速で敵を倒すことも目指しても良い。 |
■参加者一覧
神流・梨乃亜(ia0127)
15歳・女・巫
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
からす(ia6525)
13歳・女・弓
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
キルクル ジンジャー(ib9044)
10歳・男・騎 |
■リプレイ本文 ●緊急出動 アヤカシ発見の報が届いたとき、神流梨乃亜(ia0127)と風雅哲心(ia0135)は偶然にも至近距離にいた。 別に何か特別な事情があって近くにいた訳ではない。両者共に相手が開拓者であることに気づき、挨拶を交わして別れようとしたときにたまたま襲撃があったのだ。 「嘘っ」 「翠嵐牙、盾になるぞ」 両者の態度の対照的だった。 梨乃亜は慌て、翠嵐牙は日常の決まり切った仕事をこなす感覚で動いている。 とはいえ梨乃亜の動きに遅滞はない。 普段より少しだけペースが速い気もする舞で哲心の守りを増強し、牙雷にはすぐさま飛び立てる状態で待機するよう目で命じる。 「そこのは俺が確保しよう」 堤防の真下には、大声をあげて避難を促している男の姿があった。 見る間に大きくなっていくケモノやアヤカシに動じず冷静な行動が出来るのは実に素晴らしい。しかし彼は志体を持っておらず、哲心達と比べると絶望的に動きが鈍い。 「他の人の救助に行ってきます!」 梨乃亜が堤防から宙に飛び出すと牙雷は自由落下が始まる前に主を背で受け止め、急加速しながら川沿いに飛んでいった。 「射程が足らぬぞ」 哲心の防具と一体化する直前、翠嵐牙は主にのみ聞こえる小声で懸念を表明した。 「分かっている」 感情の無い口調で答えてから、哲心は明るく爽やかな表情を装って声をあげた。 「ここは我等開拓者が防ぐ。焦らず堤防に登って待て!」 梨乃亜の守りの力を受け、さらに強大な管狐により凄まじい防御力を持つに至った哲心は、吟遊詩人が謡う勇者にしか見えない。 そしてそれは、今この場では紛れもない事実であった。 ●発進! 専用アーマー・レイピア 「い、行くのです!」 キルクル・ジンジャー(ib9044)はアーマーケースを解放して搭乗口が開いた状態のアーマーを表に出すと、小さな体を精一杯動かしてアーマーの中に入り込む。 アーマーの種類はジルベリア帝国正式採用機である「遠雷」だ。 正式採用ということは騎士として標準的な体格の操者が乗ることを想定された機体だということで、キルクルが使うには何もかもが大きすぎた。 「よいっしょ」 内部には戦闘機動による衝撃に耐えうる踏み台が取り付けられており、操縦のための装置は小柄なジンジャーのために限界まで調節されている。これらは全て、キルクルの熱意にほだされたアーマー技師達の仕事であった。 「うん。ここから先は、通行止めなのです!」 崩さないよう注意しながら堤防を降りると、キルクルはレイピアの練力を盛大に使って加速を開始した。 よく手入れされた肥えた土は、田としては最高かもしれないが戦場としては最悪の部類だ。ジンジャーは巧みにレイピアを操り堤防の上に避難した人々を感嘆させる見事な動きを見せているが、ジンジャー本人は壮絶な振動に襲われていて操作を誤らないようするのが精一杯だった。 「あわわわ、揺れすぎなのです−!」 体を固定するための革の帯がぎしぎしと嫌な音をたて、頭も上下左右に揺れている。 そんな状態でもキルクルは前方に意識を集中し、急速に大きくなっていく大型のケモノの姿をしっかりと捉えていた。 「ええっと、縮尺がああだから…」 広い田を駆ける猪のケモノは、アーマーに匹敵するほど大きい。 キルクルは恐怖を感じることは無かったが、比較するものが少ない戦場で距離感が狂わないよう注意する必要があった。 「右手はこっちでー」 レイピアの右手が腰に吊されていた戦斧を手に取り。 「右手がこっちでー」 良く整備された左腕が前進の勢いを殺さぬよう注意しながら大型の盾を構える。 アーマーとケモノの距離は1分経たないうちに0になり、大重量同士が高速で正面衝突することになる。 ケモノは盾に頭をぶつけてアーマーごとはね飛ばそうとするが、レイピアは巧みにケモノの力を受け流し、自らの勢いを利用しケモノを地面に叩きつける。 大型猪の大重量により田に深い窪みができると同時に斧が振り下ろされる。 無防備にさらされていた猪の首に大重量の刃が食い込み、そのまま押し切って地面にまで突き抜けた。 「残り、3体っ。増援有りっ」 既に残量が半分を切った練力に注意しながら、キルクルは凶暴な巨大猪の群れと真正面から刃を交わすのであった。 ●ネズミ 「抜けられると思うなよ。…轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ―――アイシスケイラル!」 槍のように大きく、矢のように鋭い氷の刃が大気を切り裂き、哲心を避けて堤防に向かっていたネズミのケモノに直撃する。 速度を除けばありとあらゆる面で哲心にはるかに劣るネズミは、一瞬で粉微塵となって田の土にまぎれた。 もう1体のネズミは哲心の真正面から向かってきていたが、彼我の絶望的な戦力差を悟って進路を大きく変更しようとする。 が、斜め後方から響いてきた鬼の雄叫びが届くと、自暴自棄じみた勢いで突進してきた。 哲心は慌てることなく氷の刃を放ち2体目のネズミ型ケモノを処理すると、静かな声で宣言する。 「行くぞ」 練力消費を抑えるため分離した翠嵐牙を引き連れ、哲心は戦いが続く場所に向かって駆けだした。 ●猪と龍と鷲獅鳥と 「兄さん、タイミングはお願い」 宙をいく炎龍の背でロゼオ・シンフォニー(ib4067)は決断を下していた。 戦闘の重要な判断を朋友に任せるという、人によっては無責任と感じてしまうような決断だ。 鮮やかな色を持つ炎龍は、戸惑いも奢りもなくロゼオの命令を忠実に実行した。 開拓者にここまで信頼されるだけのことはあり、炎龍の判断は素早く的確だった。アーマーが派手に得物を振り回して大猪の群れを引きつけているところへ急行し、派手に炎を吹き付けて注意を引きつけると同時に軽く羽ばたいて主人を促す。 「行くよ。サンダー!」 見習いの杖を掲げ、どう考えても見習いではあり得ない精度で術を発動させる。 雷が宙を走り、炎龍ファイアスの手によりこんがりと焼かれて猪の息の根を止める。 それで包囲網が解けたらしく、アーマーは堤防とは逆の方向に移動しながらケモノたちを引きつけていく。 地元住民の安全という面では理想的な行動なのだが、堤防と逆の方向は、新たな猪の群れが向かってくる方向でもあった。 「兄さん!」 ロゼオは戦いに自信が無い。 だがファイアスの戦いにおける判断力と実力は全面的に信頼している。 龍は主の信頼に応え、敵複数を射程におさめることのできる位置に移動した。 「分かった。出し惜しみなしの全力・投球だね!」 哲心が使った術と比べると威力面では弱いが、猪を相手取るには十分以上の効果を持つ雷が連続でケモノに降り注ぐ。 ケモノはレイピアの押さえに数体残して小癪な火龍達を撃ち落とそうとする。 術とブレスの射程の関係で、ロゼオ主従は地表からでも頑張れば攻撃できる低空にいた。しかしファイアスは巧みに進退を行うことでケモノの狙いを外す。 直線で加速がついている状況ならともかく、アーマーに足止めされた結果、ケモノの速度は一度0になってしまっている。練力を短時間で使い切る勢いでサンダーを連打するロゼオに牙を届かせるどころか、ロゼオの足場になっている龍に追いつくことすらできなかった。 「これで、最後っ!」 荒い息をつきながら、ロゼオは最後の雷を放つ。 3集団いたケモノの群れの最初の1つは既に全滅し、増援に現れた第二陣はロゼオのサンダーで勢いを殺されたところでレイピアに殴りかかられ、既に半壊状態だ。 だが3つめの群れは未だに高速を保っており、ロゼオ達を振り切って堤防に向かうことに成功しようとしていた。 「彩姫、『手加減無用』」 龍が翼を動かすたびに進行方向から吹き付ける風を超え、老練の武人を思わせる少女の声が届いた。 「兄さんそっち!」 ロゼオがとっさに指示を出すのと、ファイアスが無理矢理高度を上げるのと、ファイアス以上の巨体がファイアス以上の速度で突っ込んできたのはほぼ同時であった。 暖色の鷲獅鳥は破壊衝動をむき出しにして嘶きながら、ケモノでは追い切れない速度で大猪の群れに飛び込み、とっさに繰り出される頭突きや牙を軽々とかわしケモノ達を翻弄していく。 鷲獅鳥がケモノに対して与えたのは混乱だけではない。 容赦の無い爪の振り下ろしが皮膚と分厚い脂肪の層を貫いて肉と血管を切り裂き、大量に出血させると同時に大猪の速度を急激に落としていく。 凄まじい活躍を見せる鷲獅鳥の主は、彩姫の背で目の前の敵を見ていなかった。 主であるからす(ia6525)が意識を向けているのは、斜め後方を疾走しているネズミのケモノだ。 「汝逃げる事叶わず」 つがえた矢から手を離すと、音を置き去りにした矢が田の臭いのする空気を貫き、ネズミの頭部を正確に貫いた。 「ふむ」 周囲を一瞥したからすは、彩姫の大暴れを感心して見学しているロゼオを真正面から見据えた。 「このままでは君の朋友の獲物を奪ってしまいそうだよ」 揶揄ではなくからすなりの諧謔だ。 「ええっと…僕達も頑張ります。行こう兄さん」 ロゼオの呼びかけに、ファイアスは敵目がけて突撃することで応えたのだった。 ●避難完了 「梨乃亜からゆっくり手を離して下さい」 アヤカシの進路上から助け出した農民を堤防の上におろし、そっと背中をさすってやる。 並みの野生動物とは戦闘能力の違いすぎるケモノの殺気にあてられていた彼は、ようやく生きた心地を取り戻し激しく呼吸をし始める。 「ひっ…ひぃっ」 全身が小刻みに震え、大量の汗と涙が乾いた土を濡らしていく。 「もう大丈夫です」 梨乃亜はこれを醜態だとは思わなかった。戦闘能力も戦闘経験もない者が圧倒的武力を持つ者に狙われて平静でいることは極めて難しい。ここまで梨乃亜に運ばれている間取り乱さなかっただけでも十分すごいことだ。 「わ、私は、だいじょっ…はやく…」 男が震える指を敵がいるはずの方向へ向ける。 梨乃亜は一瞬唇を噛み、次の瞬間には爽やかな笑顔を浮かべてうなずいていた。 「はいっ! 行ってきます!」 朋友の背に飛び移ると、駿龍牙雷は素晴らしい加速で広大な田の上空に飛び出した。 左斜め前方では、アーマーと大猪たちが殴り合っていて炎や矢が降り注いでいる。 前方では派手な術が発動して、鬼の前に展開する猪が一方的に討ち取られている。 「なんか皆ベテランさんだし、援護くらいで…あれっ」 控えめに行動しようとも考えたが、右斜め前方の状況に気付いて牙雷へさらなる加速を指示する。 「猪が近づいている。それに、鬼が」 堤防に向かって突進する猪の後方で、鬼が逃走を開始していた。 「鬼は僕達が押さえます!」 右側の戦場からロゼオがこちらに向かってくる。 ロゼオとその朋友なら猪の対処に十分間に合うと判断した梨乃亜は、片手持ちの棍を握りしめて宣言した。 「うん、分かったよローちゃん。よーし、がーちゃんファイットォ〜!!」 牙雷は雄叫びをあげて、全体力を使い尽くす勢いで加速した。 無防備な鬼の背中があっという間に近づき、急降下した牙雷によって鋭い爪を叩き込まれる。 「えいっ!」 牙雷の勢いを借りて棍を全力で振り下ろすと、鬼は首の骨ごと中枢部位を砕かれ、体の端から瘴気に戻りながら土に倒れ込んだ。 「あと1体だよ!」 既に右側の戦場から音は聞こえてこない。おそらく決着はついたのだろう。 改めて周囲を核委任すると、残る敵はロゼオ以外にも襲われている猪の群れが1つと撤退中の鬼が1体だった。 直接的な脅威である猪に向かおうとしたが、再度飛び立つより早く仲間の援護が間に合った。 「そちらは処理する。頭をとってこい!」 猪の群れを雷で射貫きながら哲心が叫ぶと、梨乃亜は大きくうなずいてから牙雷と共に最後の戦いに向かった。 「非力かもしれないけれど頑張る!」 味方の壊滅に気付いた鬼が覚悟を決めた表情で振り返り、頑丈そうな棒を持ち構えをとる。 確かな技量を持っているであろうアヤカシに対し、梨乃亜は力の歪みを使用する。 対象の周囲を歪めるという高度な術ではあるが、威力は小さな使いどころが限られる術だ。 しかし敵にとって回避不能のこの術は、このときの牙雷の援護としては最適の術であった。 「がーちゃん!」 術により一瞬体の動きが鈍った鬼の首を、龍の爪が切り飛ばす。 倒れ伏す鬼の体は瘴気に戻り、消え去るのだった。 ●戦い終わって アーマーの動きが完全に止まってから数分後、装甲が開いて搭乗口が開き、おそるおそるといった様子でキルクルが降りてくる。 「今宵の大槍「ドラグーン」は血に飢えているのですー!」 得物を振り上げながら腰が引けた様子で周囲を見渡し、既に敵が全滅していることに気付き胸をなで下ろす。 「じ、実戦は怖かったのです」 へたり込むキルクルに、血と血以外の生臭いものが入り交じった独特な臭気が届く。 びくつきながら顔を向けると、田の外でからすが彩姫に手伝わせながら猪の解体を行っていた。 「命の糧に感謝を。…致し方ないとはいえ田にも被害が出た。少しは還元しなくてはな」 その後、ケモノの使える部位は全て地元農家に提供され、残りは荼毘にふされたのだった。 |