春の宴、桃祭り
マスター名:浅野 悠希
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/12 19:50



■オープニング本文

春、と呼ぶにはまだ寒い日もありますが、温かな日差しに梅の花もポツポツと咲き始め、桃の花も固い蕾を膨らませています。
そんな時期に訪れる宴と言えば、桃の節句。
古来には5つあったとされる節句の1つで、身のけがれを祓う災厄除けの行事です。
聞くところによると、女児に向けての行事だそうですが、宴に男も女も大人も子供もありません。
この節句で振る舞われる酒は甘酒なので子供でも飲めますし、餅1つとっても解毒作用・血圧低下・増血効果のある3色の菱餅と、万人に参加して欲しい内容です。
地域によっては5色7色となることもあったらしいこの菱餅を皆で作るも良し、宴会の用意だけして好きに語らい、流し雛を流すもよし。
本来の女性のお祭りであるということを考慮して、少しだけ女性に優しくしてみるのも良いかもしれません。
まだまだ寒いと室内に籠もらず、春の小川で温かな空気を感じてみませんか?
梅や桃を愛でながらの宴会を、ぜひ楽しんで下さいね。


■参加者一覧
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
静雪・奏(ia1042
20歳・男・泰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
御神村 茉織(ia5355
26歳・男・シ
支岐(ia7112
19歳・女・シ
千羽夜(ia7831
17歳・女・シ
春金(ia8595
18歳・女・陰
周十(ia8748
25歳・男・志
サラ=荒井=サイバンク(ia9989
16歳・女・吟
雪切・透夜(ib0135
16歳・男・騎


■リプレイ本文

 春を満喫するだけで良い依頼と聞き、わくわくした気持ちで集まった10人。
 つい昨日までは冷たい風が吹いていたのに、今日は風も止んで温かな日差しだけが辺りを包んでいて、はやる気持ちに拍車をかけます。
「奏兄ぃ、サラはん! はよう来てみ、綺麗に咲いとるわぁ」
 先頭ではしゃぐ静雪 蒼(ia0219)は、兄である静雪奏(ia1042)の横笛とサラ=荒井=サイバンク(ia9989)のハープで踊れるこの日を楽しみにしていたので、天気に恵まれたことで余計に待ちきれないのだろう。先の方で、大きく手を振って皆の到着を待っている。
 その様子を見て、菱餅の材料を抱える雪切透夜(ib0135)は柔らかに微笑んだ。
「あのように皆さんが健やかにいられるよう、厄除けの雛人形を作っても良いかもしれませんね」
「そうじゃな、美味い餅も振る舞ってやりたいのう」
 うんうんと大きく頷く春金(ia8595)を心配そうに苦笑を浮かべる千羽夜(ia7831)の2人を見守るように紬 柳斎(ia1231)が後ろで微笑んでいて、なんとなく先行きも見えてきそうな雰囲気だが、周十(ia8748)は調理に参加するつもりはないのか辺りに漂うまったりとした空気にあくびを噛み殺しながら、同じような雰囲気の御神村 茉織(ia5355)に話しかける。
「やっぱ、この宴は女子供のモンになりそうだな‥‥ま、息抜きには丁度いいか?」
「適当に何かしら振る舞おうとは思ってる、隅の方にでも寄せてもらうか。けど‥‥あんたは主役だろ?」
 そう振り返った先には、踊りだ菱餅作りだと盛り上がる面々を眺めている支岐(ia7112)がいて、女性なのだからあの輪に加われば良いのにと思っての言葉だった。けれども、支岐はどうしてそんな話を振られるのかわからないとでも言うように、少しだけ首を傾げていた。
「はいはい、女は遠慮しない!」
 少々荒っぽく周十が支岐の背中を押して、先に歩く集団に混ざるように彼女を急かす。
 今日という1日が、誰もがゆったりと過ごせることを願いながら。


 川を挟んで桃と桜が楽しめるこの場所では、桃の節句から4月の下旬まで花見客で賑わっている。
 そのため、花見に良い場所というのは朝の早いうちから場所取りをしなければ座れないが、調理をするつもりだった柳斎たちには人の邪魔にならないところが選べて丁度良かったのかもしれない。
(‥‥昔は家でよく祝ってもらったものだ)
 テキパキと道具を準備する柳斎は、ふと懐かしい記憶に口元を緩める。家を飛び出してからと言う物もの、男らしい振る舞いを心がけていたが、別段女を捨てたわけではない。動きやすいように髪もまとめ、着物も襷掛けをすると戻ってくる昔の感覚。
「さ、美味しい菱餅を作りましょうね」
 口調までもが柔らかな物に変わり、皆に呼びかけたその言葉を誰よりも気合いを入れて返事をしたのは春金だ。
「わしの山姥包丁があれば、恐るるに足らず。菱餅だろうが何じゃろうが、これ1本で作って見せるわ!」
「ちょ、ちょっとハル!? どうしてここで山姥包丁なの?」
 千羽夜のツッコミに何が間違っているのか気付く様子のない春金に、透夜は頭を抱えた。
(‥‥やっぱり僕には、女難の相が出ているのだろうか)
 始まる前から一波乱の様子に、春金のことは千羽夜に任せ、自分と柳斎でなんとか成功するようにことを運ばなければいけないな、と溜め息を吐くのだった。


 4人が美味しそうな物を準備している間、蒼たちは踊りの打ち合わせ。
 けれど、サラは菱餅の手伝いをする約束をしているのだから、あまり長い間引っ張ることは出来ない。
「松竹梅の舞いより梅と‥‥桃の踊りは、サラはんの故郷の曲からなんやあったらえぇな〜」
 にこにこと甘えるように提案を楽しみにする蒼に、どんな曲が良いだろうかとサラも思案顔。
 どんな曲が蒼に似合うだろうか、そしてどんな曲なら皆が楽しんでくれるだろうか。もっと吟遊詩人について知って貰いたいと思う気持ちがあったサラは、ぐるりと花見客で賑わう川原を見渡した。
「蒼さん、大丈夫です。きっと蒼さんが楽しそうに舞ってくれたなら、どんな曲でも楽しさは伝わりますよ」
「そうだね。無理に新しい曲に挑戦するよりも、蒼が蒼らしく舞える曲の方が良いかもしれないね」
 奏もサラの意見に同意するように、優しく頷く。踊りが得意で、何でも器用にこなしてしまう妹なら、きっと新しい曲だって舞うことは出来るだろう。
 けれど、今日は自分たち以外の花見客もいることだし、折角だから1番良い踊りを見て欲しいという兄心も含まれているのかもしれない。
「もう‥‥2人にそない言われたら、我が儘言われへんやない」
 折角珍しい曲で舞えるチャンスかと思ったけれど、諭されてしまっては仕方がない。蒼はそれ以上異国の曲で舞いたいとは言わず、簡単に手順だけ確認する。
 そうしてサラは菱餅作りの手伝いに、蒼たちは露天への買い出しに向かって、演奏や舞を披露するのを楽しみに一旦別れるのだった。


 作り始めてしまえばなんとかなる‥‥そう思うのは甘かったのか。
 柳斎は臼と杵を店に借りて来てこようとし、春金は上新粉と蓬をやっぱり山姥包丁でかき混ぜて。千羽夜と透夜は軌道修正するのがやっとだった。
「柳斎さん。今回は出先で手軽に食べられる餅を作るので、杵などは‥‥」
「わ、分かっておるさ。ただの冗談だ、ははは‥‥」
 透夜に言われて引きつった笑いを浮かべる柳斎は、きっと本気だったのだろう。餅米をついて作る菱餅も、上新粉を蒸して作る菱餅も、決してどちらが正しいと言うわけではない。ただ、一般的であり甘く味付け出来ることから今回は上新粉で作ろうとなっているだけで、早めに雛人形を出す家庭では餅で作った物の方が日持ちもするし後々あられなどにも調理しやすいのかもしれない。
「作るのは3色、で良かったか。桃と緑と白‥‥ん? 順番はどうだったか」
 記憶を頼りに色は思い出せても、その3色の並びが思い出せない。柳斎は頭の中で何度も組み替えるが、中々納得がいかないらしく粉を練る手を止めてしまう。
 すると、3色の元を用意した千羽夜がほんの少し得意げに笑った。
「一番下の緑は大地、そこに積もる白は雪。そしてその上に桃の花が咲いているって考えると忘れませんよ」
 色づけるのは緑が蓬、桃に梔子。白も何も入れないのではなく菱の実を入れて3つの色味が楽しめるものを考えてきた。
 桃の節句と言えば女の子のお祭りだと言うことが有名で、本来の意味は忘れられてしまいがちだが、古来には5つあったとされる節句の1つ。この節句では身の穢れを祓い災厄を除ける行事なことから、食べ物1つとっても深い意味が込められている。
 赤味をつける梔子は解毒作用があり、健康を祝うため。白い餅の菱の実は血圧低下の効果と清浄を表し、春先に芽吹く蓬の新芽には増血効果と穢れを祓う意味合いがある。そうして桃の花や残雪、大地から芽吹く新緑を模しているのだから、単なる菓子だと侮ることは出来ない。
「だからね‥‥」
 くるりと千羽夜が春金の方へ向けば、そこには山姥包丁で粉を混ぜることを止めたのか、今度はまな板の上で水を垂らしながら山姥包丁で練る姿。
 どうやら料理が苦手という自覚はあるものの、春金は包丁と名のつく山姥包丁で料理を続けたいようだ。
「ハ、ハル!? どうしてこうなるの? 山姥包丁で粉を混ぜないって言ったよね?」
「じゃから、練っておる。しかし、やはり器でやらぬと零れてしまうのぉ‥‥上手く練れぬ」
 上新粉には少しずつ水を足して練っていかねばならぬというのに、だばだばと大量の水を湯呑みから垂らしつつ作業を続ける春金の周辺はドロドロと緑色の半液体のような物体が流れ落ちている。
 少し席を離していた透夜とサラは、その惨状を知らないのでにこやかに戻ってくる。
「かまどを作りおえました。蒸し器も火にかけてあるので、皆さんが捏ね終える頃には‥‥?」
 あまりの光景に絶句する千羽夜と柳斎の視線を辿ると、3人の視線を物ともせず未だに水を垂らしながら山姥包丁でこねくり回す春金。
 一体、いつになったら菱餅は完成するのだろうか‥‥。


一方、一足早く露天へと向かった周十たち3人は、すでに団子やら酒のつまみやらと調達し、程よく咲いた桃の花を眺めながら流し雛を作っているようだ。
 茉織も何やら細々と作り始め、口数の少ない支岐が2人に遠慮して遠目からその様子を伺っていれば、3人いても聞こえてくるのはまわりの花見客の声だけ。時折、菱餅を作っている方から悲鳴らしき物が聞こえるが、料理が苦手な周十や支岐は手伝いに行けないし、茉織は真剣に作業しているようで騒ぎには気付いていないのか見向きもしない。
 何度目の悲鳴で周十が顔を上げたとき、自分の様子を伺うような支岐の視線に気がついた。
「なんだ? コイツの作り方でも聞きたいのか?」
 ひらひらと出来たばかりの流し雛を見せてみるが、こういった類の物で厄除けなどしない周十にしては中々の出来ではないだろうか。
「いえ‥‥周十様が、近頃は御疲れ気味と伺いました故、和んでいらっしゃるかと」
 深々と頭を下げる支岐に、そんなことかと手にした流し雛をくるくる回しながら周十は笑う。
「確かに、たまにゃ息抜きもしねェとなって来てみた。最近仕事はガキの世話やら、面倒臭ェのばかりだしよ」
 そのくせギルドからの至急品もロクなもんが回ってこねェ。とブツブツ呟く周十に、自分が思ったほど疲れては無かったのだと支岐も安心する。
「しかし、流し雛とは何やら流すのが惜しゅうなりますな。縁起物の厄落としとは言えども、人の形で御座いますし」
「あー‥‥厄除けすりゃ、支給品やら何やら少しはマシになるか? だったら俺は惜しくねぇ」
 きっぱりとした物言いに少し驚きながらも、支岐は自分だけでなく皆の厄落としもお願いしてみようかと思うのだった。


「待たせたのじゃ! 菱餅が出来たぞ!」
 満面の笑顔で運んでくるのは、春金。その笑顔とは裏腹に、お盆の上に乗せられているのは菱形とも言えないぷっくりとした物体。
 絶句する面々へ気を遣って、千羽夜が慌てて椀を皆に配り始めた。
「せ、折角だから菱餅をお汁粉にして食べてみない? 大丈夫、味は普通だったの、味は!」
 3色を重ねて切るだけなのに、焼いてもないのに勝手に膨らんで真っ直ぐ整えられなかったり、粉を振るわずやっぱり山姥包丁で切りかかる物だからべったりと刃について上手く切ることが出来すに菱形に整えられなかった餅。
 若干春金が担当した緑が黒っぽく変色しているような気がしなくもないが、白も桃も綺麗に出来ていて2色は美味しそうだ。
「‥‥奏兄ぃ。剥がして食べるんは、行儀が悪ぅて怒られますやろか」
 小豆の入った椀を受け取れど、菱餅を受け取る勇気がなくて蒼が尻込みしていると、奏も苦笑いを浮かべるしかない。
 茉織が溜め息混じりに、持って来ていた祝いの品を振る舞い始めた。
 ちらし寿しに蛤の吸い物、お茶請けに雛人形の練切まで。温め直された吸い物は辺りに良い香りを漂わせ、菱餅のことなど忘れそうになる。
「ま、適当につまんでくれ」
「適当に、って‥‥茉織さんがこんなに準備してくれてたなら、僕たちの菱餅なんて」
 あまりに揃った持て成しの数々に気落ちする透夜だが、茉織は気にするなと言いたげに笑って頭を撫でてやる」
「‥‥なかなか、旨そうに出来たじゃねぇか。貰ってもいいか?」
 緑の部分は気持ち分避けながら、菱餅を一囓り。そして椀に入った小豆も一緒に口にすれば、出来たての柔らかな餅と相まって格別だ。
「うん、美味い。あんたらも呼ばれたらどうだ?」
 おずおずと食べ始める蒼や周十たちにホッとする柳斎とサラ。その2人に、茉織は髪飾りを差し出した。
 それは生花で作られているから、事前に作ってこよう物なら枯れてしまうだろう。みずみずしく咲き誇るそれは、きっとこの場で作ったに違いない。
「俺も手伝えれば良かったんだがな‥‥お疲れさんってのと、女の節句ってことで。やるよ」
 出来るだけ花はそれぞれの雰囲気に合わせた物をと気を遣ってみた。花粉も落として髪につかないようにしたけれど、それでも形ある物は壊れてしまう。
(やっぱり、形に残る物は想う相手からの方が良いだろうしな)
「ありがとう、少しでも長く楽しめるよう大切にするよ」
 にっこりと微笑むサラに笑い返して、茉織は残りの髪飾りを配りに行くのだった。


 そうして食も進み、甘酒を片手に花をまったり眺める頃。いよいよ自分たちの出番だと、蒼が立ち上がった。
「え〜皆さん。どうぞくつろいで聞いて下さいね」
 注目を集めるかのようにサラがポロンとハープを一撫で。優しい音色は風に乗り、周囲の花見客の視線も集めたようだ。
 奏が静かに横笛を吹き、合わせてサラがハープを鳴らす。移りゆく季節を表すような蒼の舞は、寒さの中で凜と咲き誇る梅、柔らかな日差しに包まれた桃、そして心躍るような暖かさの中で桜が咲く日を待ち焦がれているような、物語にも見えた。
 舞に覚えのある柳斎も、蒼の手を邪魔せずその移りゆく季節をまた皆で楽しめればと祈りを込めて舞い、そして思い返す懐かしい家族の顔。
 千羽夜が同じ女性として憧れの視線を送るなか、雅な催しに男性陣も穏やかな視線で酒を酌み交わす。といっても、大半が手にするのは甘酒なので茉織は少し物足りない様子だ。
 舞が終わり、至る所から大きな拍手が沸いて4人で一礼すると、じっとしてられなくなった春金が立ち上がる。
「よーっし、ここは1つわしも披露しようかの!」
 金魚の式と、金魚のお手玉を使ってジャグリングに燃える彼女に、菱餅のときのような惨事にならなければ良いが‥‥と不安を抱きつつ、支岐は盛り上がる皆を少し離れたところから見つめ、ほんの少し幸せそうに微笑むのだった。
 ――桜の季節も、蛍が飛ぶ初夏も、美しい景色を守っていくために一時の休息を。