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■オープニング本文 年末年始の楽しい宴。家族と過ごし、愛する者と過ごし楽しい一時を過ごした者も多いはず。 けれども、楽しい時間はそう長く続きません。そろそろ正月気分も抜き去って仕事や勉学に打ち込まなければいけないでしょう。しかし、依頼者は正月気分こそ抜けているものの、仕事に向かう気力が無いようです。 「帯が……締めにくくなってる――!?」 そう。仕事が休みだった彼女は仕事休みに実家で好きな物ばかりを食べ、お手伝いもそこそこに初詣にも出かけず、ずーっと楽な服を着て食っちゃ寝のぐうたら生活を送っていたのです。 ぎゅっと縛る腰紐が短く感じたのは気のせいだと長襦袢を着てみても、どうもいつもより着物が着づらい。いや、鏡の前に映る自分は仕事納めをして疲れ切っていた頃の自分と比べて幾分か顔色が良くなったと言えば聞こえはいいが、明らかに太っている。 早くなんとかしたい彼女は、何の努力もしないで急いでギルドへ依頼に来ました。 ここなら何とかしてくれると評価が高いのは良いことですが、彼女の場合は努力をするのが苦手なタイプで、運動や食事制限などしたくなく「楽して痩せられる」と思い込んでいるのでしょう。 どうしようもないお客様ですが、ギルドの評判を落とすわけにもいきません。 なんとか正しい生活へのアドバイスと、楽な物は無いと諭してくれる人はいないものでしょうか……。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
剣桜花(ia1851)
18歳・女・泰
空音(ia3513)
18歳・女・巫
九条 乙女(ia6990)
12歳・男・志
月燕(ia8679)
20歳・女・サ
永(ia8919)
25歳・男・シ
憩丸(ia9007)
24歳・男・シ |
■リプレイ本文 もしかしたら、ギルドが始まって以来の珍客。千代は、こともあろうにダイエットの手伝いを依頼してきた。「そんなもの自分自身で頑張るしかないだろう、何故こんなところに依頼をしてくるんだ?」そんな疑問の声から相手にしない者もいる中で、他の依頼と比べ賃金が安いことも気にせず心優しい8人が集まった。そんな彼らなら、呆れずに最後まで彼女の面倒を見てくれる‥‥そう願って。 依頼人の千代とは市場で待ち合わせ。本人も太った原因は正月の食っちゃ寝生活にあるという意識はあるのか、店で好きな物を食べるのではなく自炊をしようと思ったらしい。ついつい仕事で疲れたときには出来合いの物で済ませたくなるが、油分が多かったり日持ちさせるために味付けが濃くてご飯が進んでしまったりとダイエット中は控えたい1品だ。 しかし、そういう物は食べない方が良いと自覚があるのはいいことだ。何やら依頼書には面倒くさがりだとか少々手強そうなことを書いていたが、意外と上手く行く‥‥なんていうのは甘い考えだったかもしれない。 低い栄養の食事内容を考えてきた空音(ia3513)と巴 渓(ia1334)、天津疾也(ia0019)が中心となり、千代の買い物に付きそうことにした。その間はそれぞれが考えてきた物を準備するべく憩丸(ia9007)は薬茶の材料を、月燕(ia8679)は果物屋へと足を運んでいるようだ。 「それで、私は今日から何を食べればいいのかな? ‥‥まさか、ずっと野菜ばっかり食べてろ、なんてことは無いわよね?」 初めてのまともなダイエット。肉も魚も大好きな千代にとって、野ウサギのように草でも食べて過ごせというのは我慢ならない。そんな不安げな彼女に対し、いきなり初対面の男性から体型についてとやかく言われるのはへそを曲げないだろうかと女性たちの会話を邪魔しないよう、1歩引いたところにいる疾也が黙っていると、2人はにっこり微笑んで答えた。 「ご安心下さい千代様。確かに野菜中心の材料で料理を作りたいと思いますが、お肉でも鶏のささみならかろりー低いんですよ」 「麩や豆腐、コンニャク、寒天なんかで小鉢を作るから量もある。それならやってけそうだろ?」 少しだけ食材を変えるが肉も魚も食べられる、量だって極端に減らされるわけじゃない。ひもじい思いをしなくて済みそうだと、千代は機嫌良く買い物籠を揺らして歩き始めた。 そうして食事や出来ることなら控えて貰いたい間食用の材料を買った後、千代の家に向かって調理を始める。まだ夕餉まで時間もあるので、その間に運動をしてもらおうと、剣桜花(ia1851)はあまよみを始める。女性の視点から見て羨ましいと思うかどうかは個人差があるだろうが、局部的に脂肪の塊を持つ桜花は自身のダイエットも兼ねてこの依頼に参加したのだ。食事云々のことは後で他の仲間から参考にさせてもらうとして、彼女と一緒に運動を試みる。 「明後日まで快晴が続くので、お散歩日和ですよ。もう少しすれば梅も見頃ですし、夕餉までお散歩しませんか?」 「えぇー‥‥そんなに長く? それが、どんな効果に繋がるのよ。動けば動いた分だけお腹が空いちゃうじゃない」 だからこそ効果があり、その分食べ過ぎないように頑張って貰いたいのだが‥‥言葉を選ぶように桜花は説明し始める。 「まず皆で30分くらい散歩します。筋肉を増やすと身体が栄養を多く消費するようになってやせやすい身体になります。もちろん身体を動かすことそのものが栄養を消費することにもなりますし」 「筋肉が、消費する‥‥? 動かなくても?」 不思議そうな顔をする千代に、永(ia8919)が静かに微笑んで答える。 「筋肉量が増えるとそうなります。これは、寝ていても消費する最低限の栄養のことですよ」 「じゃあ、今頑張れば寝ていても痩せられるのね!?」 「うーん‥‥太りにくく、が正解でしょうか。食べた物と消費した量が大切ですからね」 子供に教える立場だからか、笑みを絶やさずわかりやすく言葉を伝える。持っている知識をひけらかすのではなく、興味を持つようにしかけられたそれは、千代のやる気に火がついたようだ。 「やるっ! 30分歩くだけよね? 走ったり重たい物を持ったりするんじゃないんでしょう?」 「えぇ、もちろんです。では参りましょうか」 こうして3人が歩き出し、15分ほどたった頃。話ながらとは言えただただ歩くことに飽きてきたのだろう。次第に口数が減りつまらなそうな顔をする千代の前に九条 乙女(ia6990)と憩丸が現れた。春など道を彩る何かがある季節ならいざ知らず、特に何も無く寒いこの時期は普段散歩をする習慣が無い人間には辛い物。それを見越して、乙女たちとは途中合流することにしていたようだ。 「千代殿、お待ちしておりましたぞ。ここまでの道中、どこまで痩せたいのか目標は考えられましたかな?」 「目標? ‥‥最低でも前の体型には戻りたいかなぁ。欲を言えば、前よりもう少しだけ細くばれればいいけど」 うんうんと大きく頷き、期間を決めてみる。まだ始まったばかりで食事風景も見ていないのだから何とも言えないが、ざっくりとした計画表を作成しゴールを決める。 「目標なくしては事は始まりませぬからなっ! 理想の自分になるため、私も千代殿と一緒に頑張りますぞ」 そうしてウォーキングの人数は5人に増えた。折り返し地点を過ぎ、憩丸の計らいで楽しい話題を途切れさせることなく歩き続けたからか、後半はあっと言う間に戻ってこれた。賑やかな様子を聞きつけた月燕は、千代の好きな果物をメインにしたミックスジュースを5つの湯呑みに分けて持ってきた。 「みなさんお疲れ様です。歩いたら喉が渇いたでしょう? これを作って待っていましたよ」 果物の糖は体にも美容にも良いだろうと、色んな組み合わせも考えた上で飽きないように暫く先のメニューも考えた。あまり飲み過ぎるのは糖分の取りすぎになるかもしれないが、こうした運動の後やどうしても間食したいときにお腹を誤魔化す策として飲んで欲しいと千代に伝える。 「そっか‥‥何事もほどほどが大事なのね」 「千代さんは、元の体重に戻ったらどんな服が着てみたい‥‥とか目標はあるのですか?」 「拙者たちも、先ほどそんな話を聞いていたでござる。やはりそういった話題は女人同士の方が盛り上がるのでござろうなぁ」 そう言って、憩丸はそそくさと台所へ向かう。そちらからは美味しそうな香りが漂ってくるが、まだまだ夕餉までは時間があるけれどもジュースだけでは満たされぬ空腹感。小さな子供のいる家では、おやつの時間と呼ばれる頃合いだ。 じっと香りが漂ってくる方を眺める千代を見れば、無言で空腹を訴えているのもわかるが、ここで甘やかしてやるわけにはいかない。間食防止のためにも、桜花はちょっとした芸を披露することにした。 「今は亡きまいける師匠直伝の踊りごらんあれ!」 月歩を交えた独特のダンス。一般人には見慣れるその動きに、見よう見まねでついて行こうとするが、見た目以上にバランス感覚が必要で体力を使うためか、千代は尻餅をついてしまった。 「この踊り、結構体力使うのでダイエットにも良いんですよー」 最後まで踊りきり、びしっとポーズを決めると最初からゆっくり教え始める。巫女のスキルなだけに簡単には覚えられないだろうが、簡単な運動代わりに試して貰える程度には覚えられるだろう。 千代が奮闘する様子を乙女と永が見守っていると、空音と憩丸が何やらお盆に載せて運んできた。 「渓様が過度な空腹も問題だと‥‥寒天を使ったお菓子をお持ちしました。時には甘い物を食べるのも長続きの秘訣ですよ〜」 「拙者は薬茶を。これならば飲みやすく、体も温まるでござるよ!」 やっと待ちに待った食べ物を口に出来る。嬉々として口に運んだ寒天は甘さは控えめだが先ほどの果物も盛り込まれており、物足りないとは思わない。薬茶も生姜としその良い香りがして、飲み比べるように口をつけるが爽やかさと程よい辛味がぽかぽかと体を温めるようだ。 「生姜湯には体を温めて代謝を高め、しそ茶には体内の毒素等を排泄する効果があるでござる。普段のお茶代わりに飲むのがお勧めでござるな」 甘みが欲しいときは、砂糖よりもはちみつを。勿論使用するのは適量を用いることが前提だが、はちみつは吸収が遅く、砂糖などに比べると比較的太りにくい食材。代謝が高くなる事で冷え知らずの体になり、余分なものを排出しやすくなる体質へと改善されることから、長く飲み続けることが大事だと告げる。 「お茶に比べると味のある物だから、毎日はちょっと飽きちゃうかもな‥‥」 「安心されよ! 今回は生姜湯としそ茶でござるが、後々もっと別の自分に合った物を探すのもいいでござるよ」 「そうですね、薬茶も様々な種類があると聞きますし‥‥きっと、好みの物もみつかります。試す前に諦めるのは勿体ないですよ」 小さい子供に諭すような言い方だが、確かにその通りだ。食わず嫌いは良くないと、他にはどんな物が効果的なのか憩丸に質問する。 けれども、これはあくまで補助的な物で飲めば痩せるという代物ではない。そこを誤解しないよう丁寧に説明し、桜花の踊りと乙女のお薦め散歩道を教えて貰い‥‥とうとう夕餉の時間がやってきた。 まずは疾也が、食事の前の注意事項と調理のポイントを説明する。まず、主食のご飯には寒天を混ぜること。寒天は栄養がないうえ、消化しにくくお腹にたまって満腹感が持続しやすい。汁気を吸うと膨れることから、味噌汁など吸い物の具にするのも良いと提案し、間食は極力控えるように言うと何やら不審げな眼差しを向けられる。 「そんなのを足すだけで、本当にお腹が膨れるの‥‥? ご飯やお肉には叶わない気がするけど」 「少ない量で満腹感を得るには、しっかり噛むことやな。一口最低30回は噛まんとあかん、飲み込むから膨れへんのや」 噛むことによって刺激される頭の中の印象やゆっくり食事をすることの大切さを教えるのに何が良いだろうかと考え、出した答えは商人の彼らしい言葉。 「この辺りはまだ食に困らへんけど、国によっては食糧難なトコもあるやろ。俺らが食えるんも、農家の人らの頑張りのおかげや。そういうのんに対してありがとういう気持ちを持って食べたら、適当に食べるなんてことは出来へんのとちゃうか?」 商人は人との関わり合いが重要になってくる。売ってくれて、買ってくれてありがとうと言う気持ちを絶やさないからこそ続けられることで、その気持ちは全てに対して言えること。お腹が空いたから食べる物という認識を少し改めて、食べられることを感謝する気持ちを持たなくてはと千代も思う。 「と、疾也殿‥‥まだ説明は続くのですか。ま、まさか痩せる行為が、こ、これほど過酷とは‥‥」 隣の部屋では夕餉の準備が既に整っているのだろう。ふすま1枚隔てたこの場所は美味しそうな香りが漂ってきていて、千代と一緒に踊りの稽古をしていた乙女は既に空腹の限界なのか涎まで垂らしてうめいている。 「ほんなら、ゆっくりよう噛んで食べてや! 俺らが用意した料理はこれやっ!」 バンッと開いたふすまの向こうには、華やかさは無い物のたくさんの小鉢が並んでいる。じっくり昼から炊いた豆の煮物は柔らかくなっているし、豆腐やこんにゃくを使った和え物や酢の物、調理法も焼いたり煮たりと色んな物が少しずつ並んでいる。 「これ‥‥全部食べていいの?」 「ああ。肉1枚食べるより、よっぽど満足しそうだろ?」 渓がご飯をよそい、他の面々も卓につく。気を遣ってか全員が同じ料理で、いただきますと声を揃えて食べ始める。そう言えば、食事とはこういう楽しい物だった。1人暮らしだと忙しさの中から食べる物も時間も適当になり、たまに帰る実家では甘えきりでのんびりとくつろいで好きな時間に好きな物を食べて‥‥少し怠けていた自分を恥ずかしく思った。 「あの、今日は本当にありがとう。明日からは少しずつ自分でやってみるから、料理を教えて貰っていいかな?」 「もちろん。いつまでも付いてあげられるわけじゃないから、やる気になってくれて良かった」 そして、少しずつ手を借りなくても続けられるようになって1週間。千代は2kg減らすことに成功した。大幅な減量は体にも負担がかかるので、まずまずの効果だ。出来ることなら目標体重まで付き添ってあげたいが、そこまで契約期間も長いわけじゃないので千代の家へ顔を出すことが少なくなる8人。 けれど、千代は散歩がてらにギルドまで歩いては彼らに手紙を残していった。今日はこんな料理を作った、ここまで歩いてみた、目標まであとどれくらいだ。そんな他愛ないことが書いてある手紙だが、喜んでくれていることが十分伝わる物だった。 これでもう、彼女は1人で大丈夫‥‥と、思いたい物だが、食べ物や宴会の誘惑はどこにでも潜んでいる。またその時期になって泣きついてこなければいいのだがと、少し心配になる面々だった。 |