【神代】問いの先
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/09 22:52



■オープニング本文

「くそっ、藤原の爺さんトコへ怒鳴り込んでやる! 何人かついて――」
「僕が行きましょう」
 ふむ。と、視線を動かした真田悠(iz0262)は、声を上げた天元 恭一郎(iz0229)の後ろに控える面々に目を向けた。その視線を受けた者達が無言で頷く。
「恭一郎。ってー事は、3番隊か」
「真田さんを護衛するなら僕1人で充分ですが、口や頭が必要なら是非使って下さい。3番隊は貴方の為に命を賭しますよ」
「賭けるのは民の為だろうが……けど、その心意気は買った。よし、3番隊はついて来い!」
 それと……。と、言葉を切った真田は何かを思案するように視線を飛ばした。
 何かを言い淀む様な、判断に迷う様な、そんな表情に恭一郎の目が向かう。其処に居たのは現状を見ていた開拓者等だ。
「何を迷う必要があるのか……いつもの貴方らしく強引に行けば良いじゃないですか。暴走しても止めてくれる人は、東堂さん以外にも居ますよ」
 大丈夫。そう念押しする声に真田から苦笑が漏れた。
「てめぇらも、気になるなら着いて来い! 俺らじゃ聞きだせない情報が掴めるかもしれねえからな!」

●貴族屋敷
「お目通り頂き、感謝致します。用件はただ1つ。穂邑殿を迎えに参った使者殿が謀反を起こされた。それについて、お伺いしたいっ」
 言葉を選び、声を抑え、それでも吐いて出る苦い声音に、藤原保家は密かに息を吐いて真田ら一行を見遣った。その表情には何の色も浮かばず、彼の思考を読み取る事は出来ない。
「藤原様!」
 何も言葉を発しない藤原に、真田の焦れた声が上がる。その声に藤原では無く恭一郎が動いた。
「突然の訪問にも拘らずお目通り頂きました事、真田同様に深く感謝致します」
 前に出ようとした真田を遮り、頭を垂れたまま言葉を紡ぐ彼に藤原の目が向かう。
「自分は浪志組3番隊隊長を務めております、天元恭一郎と申します」
「……それで?」
「我々が此方に参りました理由は先に真田が述べた通りです。穂邑様を襲いました使者様に関し、何かご存知でしたら教えて頂きたく存じます」
 真田とは違う柔らかで落ち着いた声音だ。
 問い詰める訳でもなく、静かに問う声に藤原の口が動いた。
「知らぬな」
「ッ!」
 真田の顔が上がった。
「しかし、使者殿は――」
「知らぬ」
 ピシャリと言い切った藤原に真田は「ぐっ」と言葉に詰まった。本当なら此処で叫び出したい。けれど相手は高名な貴族だ。出来る訳もない。
 そこで今度は恭一郎が口を開く。
「藤原様。失礼を承知でお伺い致します。本当に何もご存じではないのですか?」
「知らぬ。大方、アヤカシの仕業ではないのか」
 言葉に抑揚もなければ感情もない声に、恭一郎もこれ以上の追及が出来ない。
 このままいけば此処に来た事自体が徒労に終わってしまう。しかし何の情報も持たずに帰る訳にもいかない。
「森に後を任せている以上、早く戻りたいんだが……この狸めッ」
 勿論これは口中で呟いた極々小さな声だ。
 その声が藤原に聞こえる訳もなく、ただ自分の耳に届いて気持ちを急かすだけの物となってしまう。
 そもそも血の気の多い浪志組の中でも特に血の気の多い森藍可に現場の指揮を任せている事が気掛かりで仕方がない。
 後は、襲われた穂邑の安否も――
「……何か、何かないか……聞き出せる言葉でも物でも良い……何か……」
 そう零し、真田は顔を歪めて拳を握り締めた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ヘイズ(ib6536
20歳・男・陰
藤田 千歳(ib8121
18歳・男・志


■リプレイ本文

 静まり返る謁見の間にて、各々が目の前に在る藤原保家の口を割ろうと腹を探る。
 如何すればこの男の口を割る事が出来るのか。如何すればこの男から重要な情報を聞く事が出来るのか。
「……真田の旦那はかなりきてんな」
 口中で呟き視線を動かしたヘイズ(ib6536)は、視界に留まる苦い表情の真田悠を見た。その上で周囲を見渡せば、彼と同じく表情険しく藤原を見る仲間の姿が見える。
「俺も……人のこた、言えねえけどな」
 零して視線を落とす。その目に映るのは自らが生み出した拳だ。白く筋が出来る程に握り締めた手に苦笑を滲ませ、ヘイズは己が手の力を緩めた。
 穂邑は彼の友人だ。その友人が突然召し上げられそうになった上に傷付けられたのだ。怒らない方が如何かしている。
「僕も、同じ気持ちだから……」
 聞こえて来た声と感じた手の温もりにヘイズの目が上がった。其処にあったのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)の姿だ。
 彼はヘイズの驚く表情を見止めた上で藤原に視線を向けた。
「藤原様。僕からも幾つか質問をしても良いでしょうか」
 駄目とは言わせない。そんな意志を篭めて放たれた声に藤原は視線だけを向ける。
 頷きも返事も返さないその姿は一見すれば言葉を許さないものにも見える。しかし本当に許可しないのであれば彼はこの場を辞する筈だ。
「先のお言葉から考えたところ、副使がアヤカシに憑依された、惑わされた、そのものだった。そう取られてもおかしくないかと。となれば、そのいずれにせよ、朝廷内にアヤカシに関わる者が居たことになります。朝廷の威信を狙う者の仕業でも、知る者が限られるであろう情報を気取っての行動に見えてなりません」
 確かに藤原の言葉にはアルマの言う様な危惧が生まれる。そして彼同様にアヤカシの仕業と言う言葉に疑問を持った者が居た。
「……そうですね。彼の言うように、もし藤原様が仰る通りなのでしたら、朝廷内部にアヤカシと関わりがある者が居るという事になりますね。此の様な朝廷存続に関わる不祥事を藤原様自らが明言されたとなりますと、我々も朝廷内部を洗わなくてはなりませんが……宜しいのですか?」
 郁磨(ia9365)がそう言葉を紡ぎ、真っ直ぐに藤原を見た。まずは此処から崩さなければ。
 彼の言葉にどんな意味があり、何があるのか。此処が崩れれば自ずと他の問題も答えが出る筈――そう、思っていた。
「何を問うかと思えば、馬鹿馬鹿しい」
 長い顎を上に上げて呟くその顔と言葉に全員の目が瞬かれる。
 藤原は今、アヤカシと関わりがあると疑われているのだ。にも拘らず、彼は慌てるでもなく、寧ろ呆れた様子すら伺える声を上げ、皆を見た。
「あのような事を仕出かす輩がアヤカシでないとすれば何であると。それとも貴様らは、アレがアヤカシの仕業ではないと言う確固たる情報でも掴んでいるのか?」
 ならば提示して見ろ。
 そう言葉を切った藤原に皆が言葉を噤む。
 アヤカシであると切り出したのは藤原だ。だがそれを切り崩せる情報は何もない。だがこれだけは言える。
「穂邑ちゃんは大切な友達です。傷ついた……現状を放ってはおけません」
 柚乃はそう言うと一度面識のある藤原の顔を見詰めた。
「藤原様。皆、大事な友を傷付けられ気が急いているのです。如何か寛容なお心で話を聞いては頂けないでしょうか」
 柚乃(ia0638)の言うように穂邑が傷ついたのは事実だ。そしてそれに対して怒りを露わにしている者が多数いる事も確か。
 今は長屋周辺で騒動が留まっているが、このままでは一般人をも巻き込んだ騒動になり兼ねないだろう。
 天元 恭一郎(iz0229)は皆の言葉を聞いて貰えるよう進言し、それを見て取ったウィンストン・エリニー(ib0024)が皆にだけ聞こえるように声を潜めた。
「焦るものではないぞ。落ち着いて対応するのが却って時間の節約となろうな」
 頭を下げ気味に呟く彼の言葉に、全員が息を深く吸う。落ち着いていなければ聞ける事も聞けないかもしれない。
 柚乃は擦った息をゆっくり吐き出すと、改めて口を開いた。
「立場上、お言葉に出来ない物もあると思います。ですから私からは穂邑ちゃんについての質問をさせて下さい」
 落ち着いた様子で頭を垂れた柚乃に、藤原は何も言わない。それを受けて彼女の唇が動いた。
「穂邑ちゃんは皇家に連なる血筋ですか?」
「違うな」
 ほぼ即答で返ってきた言葉に柚乃は1つ頷く。その上でもう1つ問いを重ねる。
「ですが、徴は帝の『神代』ではないのでしょうか?」
 『徴』とは穂邑に出現した紋様のことだ。これがあるからこそ、彼女は朝廷の元へ召し上げられる事となった。
 この言葉を受け、一瞬だけ藤原の眉が動く。それをこの場の全員が見逃さなかった。
 もしかしたらこの問いは確信に近いか? そう、思ったのだが、実際に藤原が返した言葉は、予想と僅かに違う物だった。
「いい加減な事を言うな。貴様らが神代を知っている訳ないだろう」
「では、これは何の徴なのでしょう」
 そう言って郁磨が見せたのは、柚乃が見た事のある穂邑に現れた『徴』を描き起こした物だ。
「……武帝にも此れと同じ物が刻まれている筈ですが、御存知ありませんか?」
 これは確証の無いカマ掛けのような言葉だ。
 だがこれに乗ってくれれば話は進められる。しかし藤原がそう簡単に乗る訳もない。
「知らんな」
 速攻で返された言葉に、郁磨は1つ頷き、そして次の言葉を紡ぐ。それがまるで分っていた言葉のように。
「我々が知る限り、此れは『神代』の証。つまりは高位精霊の依り代である者に表れる紋様で御座いますが、間違いありませんか……?」
「貴様らは何を問いたいのだ。先程から訳の分からぬ事ばかり連ねおって」
 怒りと言うよりも微かな呆れを滲ませて発せられる言葉に、全員の目が瞬かれる。
「畏れながら……藤原様はこの徴に見覚えがないのですか?」
 今まで静かに皆の遣り取りを聞いていた藤田 千歳(ib8121)が問う。それに藤原が答える。
「それは穂邑に出現した徴であろう。彼の者に后の証である徴が現れたからこそ、浪志組を向かわせたのだ」
 何を聞いていたのか。そう馬鹿にする色すら含む声に皆の息が落ちた。其処へウィンストンの言葉が飛ぶ。
「それに対し、思う所が……何故、格式有る『天護隊』で無く、余り縁無く新興組織足る『浪士組』をこの仕儀で護衛に用いたのであろうか?」
 確かに。
 朝廷の妃を召し上げる為の護衛ならば、浪志組よりも天護隊の方が適任だろう。
「天護隊は北面と遭都の朝廷施設を中心に活動している部隊だからな、神楽の都には部隊が駐留していない。故に十分な戦力と実力を備え、都で活動している浪志組を使うことにしたまでのこと」
 他に何かあるか? そう問う藤原にウィンストンは顎髭を1つ擦ると「ふむ」と視線を揺らした。
「そうであるな……帝の寵愛で利益を受ける者の妨害であろうか。そう思う事もあったのだが……」
 確証はない。だからこそ問う順序に迷い引き延ばしてしまったのだが、この問いに対しての藤原の言葉は「知らぬ」だ。
 やはり。そう、思える言葉にウィンストンは頭を垂れて答えへの礼を示す。それを受け、藤原は真田を見た。
「問いが以上であれば――」
「藤原様」
――以上であれば失礼する。
 そう言い掛けた言葉をヘイズが遮った。
「藤原様は今回の穂邑の召しだしの件については関わられてんですか?」
「何を当たり前な。貴様は誰に者を問うている」
 朝廷の外大臣。それが藤原の持つ肩書きだ。
 その彼が何も知らず全く関わりを持たない筈も無い。
 表情の変化がない状態で答えた彼に、積極性の有無は認められない。ただ確実なのは彼もこの件に関わっている、と言う事だ。
 本来であればこの後にでも藤原に言いたい事はあった。
 友達である穂邑に現れた徴の重要性は分からない。それでも友達を突然連れ去られそうになった彼の気持ちは如何なるのだろう。
 それこそ1人の女の子を政治に巻き込んで何が朝廷か。そう言ってやりたい所だった。
 だがその言葉は朝廷側が一枚岩で無いと確証が得られなければ危険なだけだ。それこそ朝廷に喧嘩を売る、そう取られ兼ねない。
「……開拓者は朝廷管轄。命令あれば従いますさ。だけどこっちも人間だしね……やる気の出る出ないはあります」
 そう、傷付いたのは人間。そして関わっているのも人間だ。
 その時の感情で動く事はある。だがそうなるには理由がある。
「隠しておくから痛くもない腹をさすられるんです。そんなんは俺達が引いても別の輩が来るだけでしょ」
 苦しい言葉かもしれない。それでもこれが彼の本音だ。
 出来る事なら情報の1つでも良いから提示して欲しい。そう願いを込めて呟く。
 そしてその言葉を補うようにアルマが口を開いた。
「彼の言うように、混乱から朝廷へ疑惑を抱く者も少なくありません。ついては造詣の深い藤原様に協力をお願い出来ればと……ご協力頂ければ、芽生えた不安も和らぐかと」
「確かに。今回の件、些かの不審を思う次第であろうか」
 ウィンストンはそう言葉を切ると、藤原の視線がこちらに在る事を確認し、次なる言葉を紡ぐ。
「長屋勢との諍いも、仕組まれた誤解と感じる。故に、穂邑の身柄をどうするかにせよ、まずはお互いの理解を通じて、双方の剣呑な雰囲気を和らげる様に誘導したいものであるな」
 出立前に見た状況は決して良い物ではない。あれを改善するのは何か情報が1つでもあるべきだろう。
 けれど当の藤原は黙ったままだ。それを受け、千歳が前に進み出た。
「俺からもお願いしたい」
 深く頭を下げて進言しようとする彼に藤原の目が落ちた。
「人は誰もが、生きる上での指針を持っている。朝廷の為、帝の為、己の為、民の為、自身の大切な者の為……貴方は、何の為に己が義を貫いているのか」
 上げられた頭と同時に見えた真っ直ぐな瞳が、藤原の姿を捉える。
 嘘偽りを見抜こうとする真摯な瞳で彼は言葉を続ける。
「もしそれが、貴方にとって曲げる事のできない大切なもので。それ故に今の貴方の言動に繋がっているのだとしたら……貴方から事の真意を問いただすのは、難しい事だろう」
 千歳自身にも曲げられない義がある。
 だからこそ、藤原がこうして言葉を止めて何も言わないその気持ちは分かる。それでも今は……。
「浪志組の義が、俺の義だ。そして、東堂俊一が遺した思想。これもまた、俺の義。それを貫くべく、俺は今も、そしてこれからも戦っていく。貴方が己の義を貫く為に戦っていく様に」
 ある単語に差し掛かった所で一瞬だが藤原が息を吐いたような気がした。けれどそれも一瞬のこと、それ以外は何も変化なく、彼はただ千歳の言葉に耳を傾ける。
 それを承知してか、千歳は更に言葉を続けた。
「だが、今は。神楽の都に不穏な動きがあり、民に危険が迫る今は……手を取り合い、協力するべきなのではなかろうか」
 もし本当に彼が示唆する通りアヤカシが関わっているのだとすれば、それこそ身内で争っている場合ではない。
「朝廷は、帝を守り、民を守る。俺たち浪志組は、民を守るもの。守りたいものは、共通している」
 其処まで言うと、千歳は両の手を付き、頭が床に付きそうな程、深く頭を下げた。
「どうか、情報ひとつでも良い。協力していただけないだろうか!」
 意志と心を込めた言葉。これに藤原の口から、一瞬の唸りが響き、ゆっくりとした声が紡がれた。
「知らぬものの何を答えれば良い。嘘を言えば、それこそ民衆に混乱を招く種であろう」
 本当に何も知らないのか。それとも知っていて黙っているのか。彼の表情からは何も読み取れない。
 それでもきっと何かある筈。それは先に何度か動いた表情や音が物語っている。
「一つの手がかりと探究心があれば、真実に辿り着く事ができます」
 静まり返った室内に響いたのは柚乃の声だ。
「決して諦めはしない……だからこそ、命は限りあれど無限の可能性を持つ。それが開拓者です」
「……それで?」
 居住いを正し、真っ直ぐな様子で発する言葉に迷いはない。
 彼女は藤原の促す声に頷くと、こう切り出した。
「本当に知らぬ事ならば。今回の件、一時でも開拓者に預けて欲しいです」
 朝廷の元に居る藤原が「任せる」そう言ってくれたなら、それだけで信頼して貰っていると言う証になる。
「彼女の言う言葉に、僕も賛成です。今は元凶討伐の確証がなく、穂邑には安静も準備も必要でしょうから。それに、今は開拓者や浪志組が警護についた状態で、襲撃の危険と傷を思えば迂闊に動かすより安全だと思います」
 其処まで言って、アルマはある事を思い出した。
 穂邑は命を狙われたのだ。そう、誰だかわからない、何者かに。
「狙われた娘を朝廷に入れるのは敵を呼び込み思う壺だと思います。万一の可能性がなくとも、無用な労を招くは得策には無いかと」
「私の一存では決められんな」
「何故ですか」
 決められない。
 それだけの権力を持ちながら何故決められないのか。
 そう問い掛けるアルマに藤原は言う。
「帝の后である娘の所在を、私の一存で決められる訳がない」
「……分りました。最後に、失礼を承知で伺いますが、帝とは一体如何いった存在なのですか?」
「帝とは、朝廷における最高権力者であり、精霊の代理人でもある。代々名を呼ぶ事は恐れ多いとされ、現在の帝は武帝と呼ばれているが。その様な事も知らずに問いを重ねていたのか……朝廷に対しあらぬ心を抱くとは不敬である、それを私相手に疑うとは無礼であろう?」
 呆れた様子の藤原に、郁磨は慌てて言葉を紡ぐ。
「それは分かっています。そうではなくて……桜紋事件と称される楠木氏の謀反。そして我々浪志組を発足した東堂氏の謀反。此れは全て、朝廷が秘めたる物が原因ですよね……?」
「知らぬな」
 キッパリ切り捨てられた言葉に郁磨の表情が曇る。元から話して貰えるとは思っていなかったが、落胆の色が隠せない。
「……藤原様は全てを御話して下さらない様ですし、我々を支持して下さっている大伴様に御聞きすると致しますかね……」
「……好きにしろ。聞いた所で何も知らぬと言われるのが落ちよ」
 まるで吐き捨てるように言われた言葉に僅かな違和感を覚える。しかしそれを問う間もなく、藤原の腰が上げられた。
「藤原様、勅にあたり記録、管轄はあるのでしょうか!」
「見たければ見るが良い」
 アルマの言葉に静かに返された言葉。それに重ねるように、郁磨がもう一度だけ問う。
「此方に正使が逃げ込んだとの情報を得ているのですが、間違いありませんか……?」
 この言葉に去りかけた藤原の足が止まった。
「知らぬ。そもそも、事情聴取したいのでお願いします、と頼む立場だろう」
 そう言葉を残し、彼は部屋を後にした。
 そして後に確認した記録には、何のおかしな部分もなかったと言う。