暗雲のお見合3・決着
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/03 15:34



■オープニング本文

●鳳冠
 其処彼処で足を止める僧兵。それらを視界に、鳳冠は荒い息を零して刀を鞘に戻した。
「……これで全て……後は」
 能庵寺の件を片付けなければ。
 そう言葉を切り置き、鳳冠は此方に歩み僧兵に目を向けた。
「久万殿。此度は大変申し訳なく――」
「顔をお上げ下され」
 勢いよく頭を下げようとした彼を制し、霜蓮寺の僧兵を指揮してきた久万は朗らかに笑って見せた。
 その表情に鳳冠の目が瞬かれる。
「しかし自分は、月宵殿を監禁した上に、彼女を利用して統括暗殺を……」
「それでしたら問題ありませんな。嘉栄はそこまで無謀はせんでしょう。それに嘉栄を支えてくれる開拓者等がそれをさせはしませんでしょうしな」
「……開拓者が?」
 聞く話によると、霜蓮寺は良く開拓者の力を借りていると言う。それは現霜蓮寺統括の意向と聞くが、能庵寺はその逆、極力外部の力を借りずに此処まで来た。
 だから『開拓者』と聞いて僅かに疑問が走ったのだ。
 しかし――
「おお、知らせが来ましたな」
 闇の中を駆ける者が1人。
 そして急ぎ差し出された文に久万は何の躊躇いもなく目を通し始める。
「『能庵寺統括屋敷に瘴気の反応有。近々開拓者の手を借り瘴気の根源を断ちに動く』か……至急援軍を用意した方が良いでしょうな」
「その文は……」
「嘉栄の寄越した物ですな。開拓者の手を借りて能庵寺統括の屋敷を調べたとある。そして統括の傍にアヤカシがいる可能性が高い、とも記してありますな」
 そう言い、久万は文を鳳冠に差し出した。
 それを受けて彼の目が文に落ちる。
「……安易に暗殺に走る事はせず、事前調査をした上で確実に」
 嘉栄1人では成せなかった事を開拓者等と力を合わせて実行した。この事実に鳳冠は苦い表情を一瞬だけ浮かべ、そして少し困ったように久万を見上げた。
「至急僧兵を寺社へ戻します。今暫く、戦力をお借り出来ますでしょうか」

●嘉栄
 崖の上の庵に腰を据えていた月宵 嘉栄(iz0097)は、庵を訪れた鳳冠の僧兵と言葉を交わしていた。
「では今夜の内には戻られると……ならば、決行は今夜が良いでしょうね」
 一足先に戻って来た僧兵の話によると、鳳冠はアヤカシの軍勢を無事撃退する事に成功したと言う。
 そして今は休む事もせずに此方に向かっているとか。
「では、私もそろそろ動かねばならないでしょうね」
 呟き、嘉栄は紙と筆を取り文字を走らせる。
 そうして認めたのはギルドへ渡す依頼文章だ。
「貴方は近くのギルドへ応援を要請して下さい。場合によっては私1人では厳しいでしょうから」
 言って、彼女は自らの刀を持ち上げた。
 向かうべきは能庵寺統括の屋敷。其処の見取り図は手に入れている。ならばそれを元に侵入を果たせば良い。
 問題は如何に戦闘を避けて其処まで行くかだ。
「可能であれば、屋敷潜入直後にでも皆さんと合流できれば良いですが……」
 厳しいでしょうか。
 そう零し、彼女は庵と外を繋ぐ窓に手を掛けた。

●能庵寺統括
 その頃、能庵寺統括の屋敷にある主の自室では、能庵寺統括が窓の外を眺めていた。
 そんな彼の隣には、艶やかな黒い髪を揺らす女が1人。
 彼女は妖艶に微笑む唇以外は存在しない顔を統括に向け、そして静かに囁く。
「あの子、戻って来るみたいね」
 『あの子』の言葉に、実子である鳳冠の顔が浮かぶ。その事に表情を歪め、統括は自らの顔を覆った。
 昔から出来の良い子供だった。
 妙に頭が冴え、危機感にも聡い。昔はその事を喜ばしく思ったが今は違う。
「……何故、戻って来るのだ」
 クッと噛み締めた唇から血が滴り落ちる。
 其処へ白い指が伸びると統括の目が上がった。そしてそれが徐々に見開かれる。
「お前……ソレ、は……?」
「うふふ、貴方とわたくしの子よ。可愛らしいでしょう」
 妖しい笑みを浮かべ、女性は血塗られた指を腹に添える。直後、其処で蠢いていた物が顔を上げた。
 腹の布を破り覗き込んで来たのは目だ。
 それもただの目じゃない。巨大で大きな目がギョロリと此方を見ている。
 しかもその周囲からは指のように動く触手が幾重にも伸ばされ、そしてそれらの1つが統括の顎を捕らえた。
 大きな瞳から滴る液体は如何見ても涙ではない。
「……そうか……腹を、空かせているのか……」
 統括にはそれが唾液だとわかった。
 だからそう呟いたのだ。けれど彼は逃げる事もせず、物欲しそうに触れる触手に好きなようにさせている。
 まるでもう、何もかも諦めているかのように。
 そしてその指が彼の首を絡め取ると、統括は女性の顔を見上げた。
「君と、その子に、幸あらん事を……――」
 言い切ると同時に統括の首が消えた。
 そして舞い上がる鮮血を浴びながら、女性は穏やかに微笑む。
「うふふ、人間なんて呆気ないものね」
 女性は統括の体を抱き上げると、それを瞳に向けて落した。
 バキボキと骨を折る音が響き、細かな血飛沫が次々と上がる。そして布以外の全てを食べ終えると、瞳は穏やかに閉じられた。
「美味しかったかしら。これで残るは『あの子』だけ。『あの子』を始末したら此処は『アナタ』の物よ。食料が沢山……うふふ、楽しみね」
 女性はそう呟き、愛しげに自らの腹を撫でた。


■参加者一覧
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
リディエール(ib0241
19歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 能庵寺統括。その屋敷見取り図を前に、数名の開拓者が顔を揃えていた。その手元には僅かな灯りが1つ。
「つまり、此処の裏手なら人通りも少なく侵入には適している。そう言う事か?」
 そう問いかけるのは津田とも(ic0154)だ。
 彼女は以前屋敷に足を踏み入れたと言うリディエール(ib0241)に視線を向けている
「既に珠樹さんが侵入している事からも、此処からの侵入が可能であると判断できます。後は見張りの数が分かれば良いのですが……」
「もしわかったとしても昼と夜では警備の数も違うでしょう。あまり当てにはなりませんよ」
 陽も落ち、辺りは静寂に包まれている。
 長谷部 円秀 (ib4529)は屋敷内部の状況を想像し、無意識に表情を引き締めた。その胸中には既に屋敷に潜入しているであろう月宵 嘉栄(iz0097)の無事を思う気持ちがある。
「私としては嘉栄さんの無事が第一なんですがね」
 事態の無事収束が好ましいのは承知している。けれど望むのは何もそれだけではない。
 そんな呟きを零す円秀の肩を将門(ib1770)が叩いた。
「嘉栄なら大丈夫だろ。無茶は良くするけどな」
「それが心配なんですよ。アルーシュさん、野平街で嘉栄さんの目撃情報はありましたか?」
 問い掛けに、見取り図を見て考え込んでいたアルーシュ・リトナ(ib0119)の目が上がった。そしてその首が横に振れる。
「何処にも……上手く身を隠しているのでしょう。無事に合流できれば良いのですけど」
 ほうっと息を吐いた彼女は、昼間に見聞きしてきた能庵寺の様子を思い出す。
 治安の悪いのは勿論、前よりも更に人々が生きる気力を失っている姿が鮮明に思い出される。
 もしこれがアヤカシの成した物であるなら、一刻も早い改善が必要だろう。
「この件が落ち着いたら……少しは街の人たちも安心して暮らせるでしょうか……」
 願いは尽きない。
 そしてその為には、早急な対応が必要なのは確かだった。
 流れる沈黙。それを破る様にともが口を開く。
「なあ。珠樹ってシノビが戻ってこないんだけど、ここでずっと待ってるのか?」
 侵入先を見据えながら問う彼女に、皆が視線を合わせる。そして自然とその目は空へと向かい――
「いつまでも待っている時間はないでしょう。こうしている間にも嘉栄さんは統括の元へ行っているでしょうから」
「なら行こうぜ。道案内は頼んだからな」
 問いに答えたアルーシュにそう言い、ともは自らの武器に目を落とす。果たしてこの武器と自分の腕が何処まで通用するか。
 正直やってみなければわからない事も多い。ただ幸いなのは、先に侵入した仲間がいる事と、屋敷に足を踏み入れた事のある者が居る事だろう。
「行きましょう」
 誰ともなく零された声に見取り図が閉じられる。そうして灯りが消されると、闇の中で複数の影が動き出した。

 この頃、能庵寺の見取り図を手に先に潜入をしていた珠樹(ia8689)は、周囲の状況に耳を済ませ息を吐いていた。
「まったく、本当に長いお見合いだったわね……」
 野暮用はさっさと済ませて帰りたい所だが、そう簡単にいかない事は確かだろう。
 珠樹は柱に身を隠すと目の前を行き来する僧兵に目を向けた。
「……邪魔ね」
 幾度道を変えても遭遇する見張り。その数は、前に足を踏み入れた仲間の話よりも多い。
 何かを警戒しているのか、それとも夜だからなのか。その辺は分からないが、彼女が言うように邪魔なのは確かだ。
「説得出来れば楽だけど、そう簡単にいくかしらね」
 呟き、懐に忍ばせた刀に手を伸ばす。そうして刀を鞘から抜き取ると、彼女の足が動いた。
「――動かないで」
 背後に立ち、首筋に刃を添える。その冷たさに、僧兵の動きが止まった。
 ゴクリと喉が動き、探る気配が漂ってくる。
「抵抗しなければ何もしないわ」
「……何者だ」
 低く囁く声に、緊張した声が問い掛ける。その声に珠樹の瞳が動く。
「敵ではないわ。この屋敷からアヤカシの反応があったから正体を確かめに来たの。可能であれば退治もしたいと思っているわ」
「アヤカシ、だと?」
 訝しむ声に頷きを返す。
 この分だと話を聞いてくれそうか。そう、思った時だった。
「――っ!?」
 腹部に痛烈な痛みを感じて蹲る。そして首筋に触れたヒンヤリとした感触に、今度は珠樹の喉がゴクリと動いた。
「曲者ーッ! 曲者だーッ!!」
「!」
 叫ぶ僧兵に目が見開かれる。まさか抵抗されるとは思っていなかった――否、抵抗されること自体は想定できた。だが、此処まで大きく動かれるとは……。
「……アヤカシが絡んでいるのよ?」
 呆然と呟く珠樹の耳に足音が複数迫る。
 ザッと取り囲んだ僧兵は全てで5人。これを1人で抜けるのは至難の業だ。
 しかし、
「珠樹さん!」
 駆け付けたのは僧兵だけではなかった。
 叫びを聞き、他の開拓者もこの場にやって来たのだ。
「早急に対処しますよ」
 騒ぎは大きくなり過ぎないうちに収縮すべきだ。円秀は拳に撒いた布を握り締めると、一気に僧兵等との間合いを詰めた。
 そして珠樹を囲む壁を崩す。
「何故こんな……おかしいと、思わないのですか? 瘴気の反応が出ていると言うのに……現にこの寺院は人を見捨て変わりつつあると言うのに!」
 アルーシュに言わせれば意味の無い争いだ。
 彼等が戦う意味とて能庵寺を思っての事だろう。そう、思ったのだが珠樹は別の考えを持ったようだ。
「説得は無駄よ。コイツら――」
「アヤカシの反応があるからとそれが何だ。我々は既に異変に気付いている。それでもこの状況を受け入れている」
「なっ……」
 珠樹の「説得は無駄」と言う言葉が突き刺さる。
 能庵寺の民はあんなにも苦しんでいると言うのに、人に害を成すだけのアヤカシが絡んでいると言うのに……何故、彼等はそれを受け入れるのか。
「随分と腐った根性だな。これで僧兵ってのが聞いて呆れるぜ」
 はんっと鼻で笑ったともに僧兵の1人が斬りかかる。しかしそれを将門の武器が叩き落とすと、アルーシュの瞳が悲しげに揺れた。
「この寺社で起きている異変を感じていてもその原因を突き止める事すらせず、ただこの状況を受け入れる……こんな悲しい事……許されるはずがありません!」
「貴様らに何が分かる!」
「わかりません!」
 キッパリ言い切ったアルーシュに僧兵等が雄叫びを上げて斬り込んでくる。それに対して将門が割り込むように太刀を放つと辺りは一瞬にして戦場と化した。
「……足を止める事が生きる道だとは思いません」
 リディエールはそう零し、此処を抜ける為に戦う皆の援護に入ったのだった。


 僅かに差し込む月明かりに照らされ、腹を膨らませた女性が佇む。その前には全身に傷を負い、息を荒く膝を付く嘉栄の姿があった。
 その姿に統括の部屋に到着したばかりのリディエールが飛び出す。
「嘉栄さん!」
 僧兵等を退け、なんとか到着した統括の部屋で目にした光景は想像を絶していた。
 周囲に飛び散ったおびただしい量の血と、それに伴う血臭。けっして嘉栄の血だけでは成立しないこの状況に違和感を覚える。
「能庵寺統括は何処に……?」
 リディエールと嘉栄を背に置き、周囲に視線を這わす円秀の声に、将門の目が落ちる。
「まさか、この血は……」
 そう呟かれた時、目の前の女性が声を零した。
「うふふ、貴方達ね……この所屋敷を探っていたのは」
 確信。そんな色を篭めて放たれる声に円秀、将門が警戒を滲ませて構える。そしてアルーシュもそんな彼等に合わせて息を吸うと、女性を注意深く見据えた。
「鳳冠が戻る前に全てを終わらせてしまおうと思ったのよ。そうすれば『この子』も喜んでくれると思って」
 そう言いながら見下ろした顔に表情らしきものはない――否、顔の自体が無いのだ。つまり、この女は「アヤカシ」だ。
「ともさん!」
「任せろ!」
 リディエールの声に、ともが照準を合わせる。直後、凄まじい勢いで練力を込めた銃弾が放たれた。
「ッ?! 当たらない!」
 狙いは確かだった。しかし腹部を狙って放たれた弾丸は其処に当る前に何かに弾かれるように消えた。
 そう、何かに弾かれるように……
「あのお腹、何かありますね」
「アヤカシが妊娠するなんて話は聞いた事がない。確実に何かあるだろうな」
 とは言え、アヤカシであれ妊婦の腹を攻撃するのは気が引ける。そう零した将門に、リディエールの治癒を受け僅かに回復した変えた呟く。
「お腹を、狙って下さい……そうすれば、小隊が見えるはずです……」
「嘉栄、アンタは下がってて」
「……珠樹殿」
 立ち上がろうとする嘉栄に言い放ち、珠樹は冷めた目でアヤカシを見据える。そして嘉栄が指示した場所を攻撃しようとした所で、別の攻撃が降ってきた。
「ここを乗っ取るおつもりでしたか? しかし、そうはさせません……」
 そう言葉を発したのはリディエールだ。
 彼女は金色の杖の先端を揺らし、何かの印を刻む。すると無数の蔦が女性の足元に出現した。
 その蔦が足に、腕に、そして体に絡み付き動きを制御する。
「――覚悟なさい」
 動きを封じれば攻撃は必ず当たる筈。
 そう思い、リディエールの手から氷の刃が放たれる。それらは迷う事無く女性の腹に向かい――
「ッ! これは……」
 先はただ弾かれたように見えた攻撃。けれど今ならわかる。
 割れた女の腹から覗く巨大な目。そこから伸びる触手のような蔦が、開拓者等の攻撃を弾き飛ばしたのだ。
「げっ、気持ち悪い」
 ダラダラと目から垂れるのは涙なんて可愛いものではない。あれはどう見ても唾液だ。
 ともは嫌悪感を滲ませながら銃を構え、そして照準を定め直す。
「狙うべき個所が見えたのなら遠慮はいりませんね。一気に片を付けます」
 パンッと討たれた手。それに合わせて地を蹴った円秀がアヤカシの間合いに入る。そしてそれに合わせて将門も踏み込むと、珠樹の足も動いた。
「ここは人が築き支え行く場所……アヤカシの居て良い場所ではありません」
 シャラリと鳴った髪飾り。
 アルーシュは前衛で戦いに挑む者達、軽やかな音色を響かせる。すると彼等の足が微かに軽くなった。
 それは気のせいでは無く、確実な物だ。
「有り難いですね」
 フッと口角を上げた円秀が、珠樹の放つ手裏剣に添って踏み込む。そして目の前の瞳へ見舞おうと腕を振り上げると、彼の拳に紅の波動が宿った。
「この距離で避けれますかね?」
 勢い良く振り下した拳がアヤカシの目に触れる。否、届かなかった。
「ッ、く……!」
 腕を絡め取るようにして巻き付いた触手が円秀の体を引き上げて壁に叩き付ける。
「円秀! ――クソッ」
 息を奪われ倒れ込む彼を見遣り、将門の足が僅かに生まれた隙に向かう。そして自らの動きに更なる速さを加える様練力を動かすと、彼は円秀と同じく瞳に剣撃を見舞った。
 途端、凄まじい咆哮が上がり、女性の足が揺らめく。だがそれで終わりではなかった。
 女性は触手で将門を、そして手裏剣で隙を吸九郎と動く珠樹を振り薙いできたのだ。しかし此処に居るのは接近戦を得意とする者ばかりではない。
「ちょこまかと動き過ぎなんだよっ」
 ともは全員の動きを視界に納めながら注意深く狙いを定める。先の様子を見る限り敵の弱点はあの腹、しかも目だ。
 ならば、其処を狙い撃てば良い。
「数撃ちゃ当たるッ!」
 そう言うと、言葉通り無数の弾がアヤカシの目を撃ち抜いた。
 当然触手もそれらを払おうと動くが、きちんと狙いを定めていない弾の軌道は読み辛いらしい。次第に急所を撃つ弾の数が多くなっている。
「今です!」
 徐々に鈍る触手の動き。それに焦れたように女性が大きく手を振り上げた時だ。
 アルーシュの合図に合わせて、体勢を整え直した円秀と将門が飛び出した。
 勿論狙うのは今正に攻撃していた瞳だ。
「これで終いにする!」
 将門はアヤカシの後方に回ると、其処から体を掬い上げるように剣劇を見舞った。これにアヤカシの体が僅かに彼を向く。それを円秀は見逃さなかった。
 すぐさま作り上げられた隙に踏み込み、全身に気を回す。そして踏み込んだ足を軸にもう片方の足を上げると、一気にそれをアヤカシの腹部目掛けて叩き込んだ。
「ギャアアアアアアア!!!」
 痛烈な悲鳴と共に舞い上がった青い龍。それを見送り、将門の刃がアヤカシの首を刎ねると、辺りに静寂が流れ、アヤカシの首と胴が落ちる音だけが響いた。


 アヤカシが瘴気に還るその直前だろうか。鳳冠が能庵寺に到着した。
 そんな彼の表情は「落胆」の一文字に尽きる。
 それはアヤカシの事だけではない。アヤカシの存在に気付いても尚、それを正そうとしなかった身内の愚行にも、だ。
「……此方の寺院の在り方を私は良く知りませんが……人々の心強い拠所であって欲しいと思います」
 アルーシュはそう告げ、静かに目を伏せる。それに習って皆の治療を行っていたリディエールが顔を上げた。
「大丈夫、でしょうか?」
 何が。そう問わなくても現状で判断できる。
 鳳冠は静かに頷くと、皆に向かい深く頭を下げた。
「……ご協力、感謝致します」
 じっと下げられた頭。それを見ながら将門は此度の出来事を振り返る。
「アヤカシに操られた弱さを責める気にはなれん。哀れなものだが……良さそうな後継者がいるのが唯一の救いか」
 そう能庵寺には鳳冠と言う跡取りがいる。
 今後は彼がこの寺社を良い方向へと導かなければならない。それは気の遠くなるほど先の、辛い話なのかもしれない。
「……此処まで来て大怪我とか、馬鹿じゃない?」
 鳳冠との遣り取りの傍ら、珠樹は嘉栄にそう言葉を発すると助けるように彼女の前に手を差し伸べた。
 皆を待てばこのような事にはならなかったのだろうが、待ちきれない気持ちが、彼女にはあったのだろう。
 申し訳なさそうに頭を下げるその姿からも、彼女の気持ちは想像できる。
「嘉栄さん」
「……円秀殿。此度は、有難うございました」
「いえ。それよりもあまり心配させないで下さい……貴女は。大切な人であるのだから」
 そう言って眉を潜めた彼にも、頭を下げるしか出来ない。其処へ、ともが何とはなしに近付いてきた。
「ところで、このアヤカシの目的って何だったんだ?」
 確かに、アヤカシの目的は明白化されていない。その事に気付き、鳳冠がポツリと呟いた。
「……能庵寺の牧場化。そんな、所でしょうか」
 人が集まる町はアヤカシにとって良い餌場だ。頭の働く者であればそうした事も考えるかもしれない。
「ともかく、まずは能庵寺の中を正すのが先でしょう。もう少しだけ、霜蓮寺のお力をお貸し下さい」
 そう言って頭を下げた鳳冠に、嘉栄は確かな頷きを返したのだった。