黒猫と廃墟
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/10 04:50



■オープニング本文

「くろべぇ……お前は本当に良い子だね」
 丸い月を見上げ、ご主人が呟く。その顔を、黒く小柄な猫が見上げていた。
 優しく撫でる手。優しく話しかける声。
 それら全てが心地良く、夢の世界のような居心地の良さを与えてくれた。
「……あの人は、今頃何処で何をしているのかしらね……」
 ご主人のご主人は開拓者で遠くへ行っている。ここ数年音沙汰がない。
 黒猫はご主人がその事で泣いているのを知っている。傍に寄り添い、ご主人の涙が止まるまで待っていたから。
「この家は、あの人が戻るまで守らないとね……でないと、帰る家が無くなってしまうから」
 クスリと笑って、ご主人が黒猫を抱き上げる。
 膝の上は暖かく、そして柔らかく、優しさに満ちていた。
「一緒に、ここを守っていきましょうね……ねえ、くろべぇ」
 黒猫はご主人の声に耳を傾け、小さく鳴いた。


「ここが例の屋敷か」
 山の麓に建てられた屋敷。
 何十年と前に建てられ、数年の間だけ人が住んでいたとされる其処は、荒れ放題の庭と腐りかけた屋根が覗く。
 ギルドから派遣されて遣って来た開拓者等は、その建物を見て思った。
「こんな屋敷に何の価値があるってんだ。今更使用するにもガタがきて建て直さないと駄目だろ」
 そうこの屋敷は人が使える物ではない。
 にも拘らず、ギルドにはこんな依頼が出された。
『麓の廃墟を人が入れる環境にして欲しい』
 どんな酔狂か。それともただの暇潰しか。
 金なら幾らでも出すと言ってギルドに寄越された依頼は、依頼書の隅に置かれて放置されていた。
 しかしある事件が切っ掛けで、この依頼は注目を集める事になる。
「確か化け猫が出て、屋敷に忍び込んだ子供が怪我をしたんだったか。まあ、アヤカシだったら倒さないとだしな。俺らの仕事の半分以上はその化け猫退治だし」
 黒い毛並みの猫が侵入者を排除した。
 普通の猫ではないすばしっこい身の熟しと、人に害を与えたその行動が討伐対象となったのだ。
「まだアヤカシと決まった訳じゃない。だが気を引き締めていくべきだろう」
 細心の注意を払え。
 そう言葉を添えた開拓者等は、屋敷に足を踏み入れた。だが、彼等は直ぐにギルドへ帰還する事になる。


「志摩、どう思う」
 ギルドで報告を受けた職員の山本・善治郎は、ちょうどギルドに顔を出していた志摩 軍事(iz0129)を呼び止め、声を掛けた。
「複数の化け猫が屋敷の侵入を阻んだって奴か? まあ、猫がケモノと化しててもおかしくはねえがな」
「やっぱりケモノかな?」
「瘴気の有無は確認したんだろ。だったら間違いねぇ」
 志摩はそう言うと蓄積された報告書に目を落とした。
 一度目に遭遇したのが黒い猫。
 二度目に遭遇した時は黒い猫の他に、複数の猫が屋敷の侵入を阻んだ。
 三度目は瘴気の調査に開拓者が派遣され、その時も黒い猫に遭遇している。
 何れも屋敷に侵入を試みた直後に襲われている事から、屋敷に足を踏み入れる事が黒猫との遭遇条件になって居そうだ。
「んじゃ、後は任せた」
「え、手伝ってくれるんじゃないのか?」
 席を立った志摩に山本が驚いた様に声を上げると、志摩は大きく肩を竦めた。
「手伝うぜ。だが、まずは依頼主に会わねえとな」
「?」
 依頼書には今回の詳細が書かれている。
 それだけで充分ではないだろうか。そう目を瞬く山本に、志摩はニッと笑んだ。
「気になるだろ。何で今更この屋敷に入ろうとしたか、ってな。それに入りてぇなら自分も行けってな」
「自分も……って、まさかッ!」
「おう、そのまさかだ。まあ、開拓者も何人か誘うし、問題ねえだろ」
 じゃな。
 そう言うと志摩は山本の傍から離れて行った。
「依頼主を現場に連れてくなんて、嘘だろ……大丈夫なのか」
 訝しげに眉を寄せた山本だったが、志摩なら遣りかねない。そうなると願うのは依頼主の無事だ。
「……胃が痛くなりそうだ」
 呟き、山本は小さく体を丸めた。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
九法 慧介(ia2194
20歳・男・シ
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
藤田 千歳(ib8121
18歳・男・志
乃木 聡之丞(ib9634
35歳・男・砂
秋葉 輝郷(ib9674
20歳・男・志


■リプレイ本文

 今にも崩れ落ちそうな屋敷。
 それを前に開拓者等は一度分かれた足を戻し、集めた情報を照らし合わせていた。
「つまりこの屋敷は、元々菊地原さんの物だったと?」
 依頼人にそう問い掛けるのは九法 慧介(ia2194)だ。
 彼は依頼人の菊地原正造を見ると、彼から聞いた情報を思い出し、思案気に屋敷を見た。
 正造は何十年も前にこの屋敷を旅立った開拓者。彼は屋敷に戻る事もせず、何十年もこの地を踏む事は無かった。
 そしてそのことは近隣の住人からも証言が取れている。
 だが近年、漸くこの地に戻る事ができた彼は、屋敷に足を運んだのだが、その屋敷は荒れ放題。
 そこで開拓者ギルドに、人が入れる環境にして欲しいと依頼を出したのだと言う。
「近所の方に話を聞いた所、屋敷は三十年以上も人が住んでいなかったとか。何故今になって戻ろうと考えたのだろう」
「確かに不思議な話ですよね。あなたは大層な資産家だとお聞きしました。それなら、このように朽ちたお屋敷にこだわらずとも、困らない気がしますけれども」
 六条 雪巳(ia0179)の言葉は尤もだ。
 そもそも正造の話によれば奥さんが亡くなったのは三十年以上前。それ以降、ぴたりと人の気配が途絶えた屋敷に戻る意味もないはず。
 そんな2人の問いに、正造は手にしていた杖を握り締め、屋敷に目を向けた。
「約束があってな」
「お約束、ですか? 菊地原さん、その……此方のお屋敷に思い入れがおありで……?」
「それは俺も聞きたい」
 千見寺 葎(ia5851)の言葉を拾うように藤田 千歳(ib8121)が問うと、正造は少し困ったように笑い、そして視線を落とした。
「必ず戻る。それまで屋敷を守っていて欲しい。妻と、そう約束したのだよ」
「奥方とか……。他に、その約束をした者は居るだろうか。例えば、黒猫とか……もし宜しければ、教えて頂けませんか?」
「黒猫?」
「この屋敷に足を踏み入れると、黒猫が姿を現すそうだ」
 心当たりは? そう問いかける秋葉 輝郷(ib9674)の言葉に、正造は目を瞬いた。
 そして小さく息を吐く。
「……妻が黒猫を飼っていた。だが、老齢の猫だった筈。もうこの世にはいないだろう」
 普通の猫ならそうだろう。
 しかし情報では屋敷に出る黒猫はケモノ化している可能性があると言う。
「なら、決まりだな」
「志摩さん。もしかして初めから予測が?」
 声を上げた志摩 軍事(iz0129)に雪巳は苦笑して問う。その声にニッと笑ってから彼は屋敷を眺める乃木 聡之丞(ib9634)に目を向けた。
「妙な話、妙な話とは思っていたが、居心地云々の問題では無かったか。して、如何しますかな?」
――如何。とは、この言葉には色々な意味が含まれるだろう。
 このまま押し入るべきか否か。
 黒猫を退治するか否か。
 だがその言葉の答えを聞くまでもなく、彼等は答えを導き出している様だった。
「猫は家につく、かぁ。やはり何処かから流れて来た訳じゃなくて、元から此処に住んでいたんだな……何とかしいてやりたいけど」
 呟き、慧介は皆を見た。
「あの……反応があるかは分かりませんが、入る前に声を掛けてみたいな、と」
 ダメ、でしょうか?
 そう声を出したのは葎だ。その言葉に雪巳も頷く。
「そうですね。もし猫が家を守っているのなら、きちんと訪問しなければ失礼ですよね」
「俺もそれで構わないぞ。幸いな事に手土産も持っているしな」
 はっはっはっ。と笑う聡之丞は、何故かマタタビをヒラ付かせる。その様子に志摩の「何故持ってる」との突っ込みが入ったが、当の本人は気にした様子もない。
「実際に被害が出ている事を踏まえれば油断は出来ないだろう。しかし、六条殿や千見寺殿の言葉も頷ける。俺も声を掛けて入る事に異論はない」
「俺も異論はない……あなたも一緒に来るか?」
「!」
 輝郷の言葉に正造の目が弾かれたように上がった。
「敢えてこの屋敷を選んだ段階でこの屋敷への思い入れは想像がつく。それにあなたはこの家を守る存在に会いたいのだろう。違うか?」
 昔は凄腕の開拓者だった正造も年には勝てない。足腰が弱り、杖に頼らなければ歩けない程だ。
 本来なら、共に屋敷に向かう事は危険極まりない。しかし依頼人の心情を思えば――
「もしもの場合には俺が手を貸す」
 真摯な瞳。それを受け、正造は一瞬だけ皆を見回し、そして頷きを返した。


 まるで入り口を塞ぐように生い茂る草。
 それらを分け入る様に入り口に辿り着いた聡之丞は、大きく息を吸い込むと閉じられた扉に向かい声を張り上げた。
「頼もーう! 某、乃木聡之丞と申す!」
 堂々と上げられた名乗り。これに屋敷の中を探る様に心眼を使用していた千歳が顔を上げる。
「そうか。名乗りを上げれば俺が誰か伝わるか……」
 ふむ。と思案すること僅か。
 聡之丞の隣に立つと、彼もまた名乗りを上げる。
「たのもう! 俺は浪志組隊士、藤田千歳だ。この屋敷の主人に依頼され、中を検分しに参った。招き入れて頂けないだろうか!」
「おお、見事な名乗り。若いながら、天晴だぞ!」
 はっはっはっ、と笑って千歳の背を叩く。
 これに目礼を向け千歳の目が屋敷に向かうのだが、
「返事はないね」
 慧介の声に、聡之丞と千歳は顔を見合わせる。
 その様子を視界に留め、雪巳は「ごめんください」と扉に手を掛けた。
 ガラ、ガラッン。と、岩のような音を立てて開かれる其処から見えるのは、腐りかけた床板と、その隙間から除く雑草たち。
「足場がだいぶ悪そうだな。菊地原殿、手をどうぞ」
 言って、輝郷は正造の手を取る。そうして中に入ろうとした一行の目に、黒い影が見えた。
 伺うようにこちらを見据える影は、金色の瞳を輝かせて近付いてくる。
「あれが話に聞いた……」
 雪巳は聡之丞と同様に用意していた手土産を取り出すと、膝を折って見える瞳と視線を合わせた。
「私たちは害を加えに来たのではありません。少しお話を聞かせてくださいな」
 そう言って差し出したのは鰹節と煮干しだ。それに続き聡之丞もマタタビを差し出す。
 もしこれがアヤカシであるなら近付いてくる筈もない。しかし相手はケモノとの噂。
 それに加え、もしかすれば正造の奥さんが飼っていた猫の可能性もある。
「黒猫さん、貴方に会いに来ました。お邪魔させて頂けますか?」
 葎はそう言うと、雪巳と同じく猫と視線を合わせた。そうしながら相手の様子を注意深く伺う。
 相手に威嚇する様子はない。
 ただ伺うように、警戒しながら此方を見ている。そんな印象を受ける。
「ふむ……」
 彼女は思案するようにふと視線を落し、次の瞬間、思わぬ行動に出た。
「にゃー……」
「り、葎?」
 手を差し伸べて猫語を繰り出した葎に志摩が思わず反応する。これに葎の顔がボッと赤くなった。
「あ、あの、これは……猫の警戒を、解こう、と……」
「あー、いや、まあ……良いんじゃねえか」
 ぽふっと頭を撫でられ、葎の表情に何とも言えない物が浮かぶ。しかし気を取り直すと、彼女は改めて猫に向き直った。
 差し伸べられた手にゆっくりと足を動かし始めた猫。その姿に「くろべぇ」と微かな声が零れた。
 その直後。
「菊地原殿、俺の後ろへ」
「……志摩さん、菊地原さんの護衛をお願いしていいですか?」
「ああ……」
 毛を逆立てて威嚇し始めた猫に、輝郷と志摩が正造の前へ。そして他の面々が更にその前へと動く。
「菊地原さん。今のは奥さんが飼っていたと言う猫の名前ですか?」
 慧介が猫の動きを警戒しながら問う。
 この声に正造は頷いた。
「ううむ。猫殿の口には合わなんだか……しかし、今の反応。もしやとは思うが」
 猫の好物、マタタビよりも反応する名前。
 しかもその反応は明らかに好意的ではない。きっと、聡之丞が懸念している事は間違いないだろう。
「恨まれているのだろうな……」
 輝郷が聡之丞の想いを汲み取り、痛恨の表情で呟く。そしてその目が正造に向かうと、何かを考え込むように視線を落とす老人の姿が飛び込んできた。
 その姿は老齢の為か、それとも別の理由からか酷く小さく見える。
「赤の他人である俺が聞いたところで慰めにもならぬが……聞ける事であれば、話を聞く。よければ話してくれまいか」
 そっと囁くようにして問うた声。
 これに正造の目が上がった時だった。

――キンッ。

 突然、金属同士がぶつかるような音が響いた。
「っ……抵抗しなければ、傷付けたりしない。大人しくしてくれ……ッ」
 目を向ければ、襲い掛かってきた黒猫の爪を、千歳が抜刀の勢いのままに受け止めている。
 必死の様子で叫ぶ彼に、葎が次ぐ。
「お願いです、話を聞いて下さい。この屋敷を菊地原正造さんが使わせてほしいということなんです。ですから――」
 正造の様子。猫の突然の殺気。
 それらを踏まえて判断出来るのは、双方が知らぬ仲ではないと言う事。それならば如何にか話を聞いて欲しい。
 しかし黒猫の反応は開拓者等の想いとは別の物だった。
「ぅ、ッ!」
 黒猫は俊敏な動きで飛び掛かると、出した爪で引っ掻いてきた。
 これに腕を裂かれた葎が眉を寄せる。
 それでもギリギリの所まで戦闘は回避したい。そんな想いが彼女に刃を持つ事を躊躇わせる。
「止むを得ないのか……けど、ここで戦う訳には」
 慧介はそう零し、屋敷を見回す。
 如何考えても老朽化の激しい此処で戦闘を繰り広げるのは危険だ。それにこの屋敷を出来るだけ傷付けずに置きたい。
 ならば取る方法は1つ。
「外へ誘導してみます。手伝って下さい!」
 矢を番え、狙いを猫ではなくその足元に定める。そうして放った矢に俊敏な動きで黒猫が跳ねた。
「怪我は残らなそうですね」
 良かったです。そう笑んで、雪巳は葎から手を放す。猫の爪に引っ掛かれると数日間傷口が腫れあがる者も居ると言う。早目に治癒するに越した事は無い。
「ありがとうございます」
 葎はそう言って頭を下げると、外へ誘導されてゆく猫を追い駆けた。
 そして正造はと言うと。
「……くろべぇは、私を恨んでいるのだ。妻の死に目にすら戻らなかった私を……」
「戻れない理由があったのだろう?」
 輝郷の問いに正造は首を横に振る。
「怖かったのだよ。何十年と家を空け、年老いた妻に会うのが……そして彼女に罵られる事が怖かった」
「では何故、今なのだ?」
 不意に声がして弾かれたように輝郷の目が向かう。其処に居たのは聡之丞だ。
「……また、彼女に会いたくて、ね」
 肩を落として苦笑う老人に、輝郷と聡之丞の手が伸びた。
「何を……?」
「謝罪なら出来るはずです。伝えに行きましょう」
 雪巳の声に押されるように、差し出された手が正造の手を取る。そうして庭へと導かれた彼は、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。
「くろべぇ!」
 杖を捨てて駆け出す正造に、矢を番え、刃を構え、黒猫を追い詰めていた開拓者等が足を下げる。
「……あ、あの……、…申し訳、ありません」
「力及ばず……何と言って良いか……」
 葎に続き慧介が謝罪を口にする。
 それに対して傷付き荒く息をする黒猫を腕に抱えた正造は大きく首を横に振った。
「いや……私とて元は開拓者。ケモノと化したモノが、容易に人に懐く筈も無い事は、わかっている……」
 そう、例えそれが人の手で飼われていた動物であろうとも。
「俺が言うべき言葉では無いのかもしれない。けれど、敢えて問う。貴方はそれで良いのか?」
 これまでの行動を顧みて、少なくとも黒猫はこの屋敷を護っていたのではないだろうか。
 それこそ、大事な過去や思い出を。
 しかし正造は如何だろう。ここにきて屋敷に入れるようにしたい。そうは言うが彼自身は何をしただろう。
 この問いに彼の口元に自嘲に似た笑みが乗った。
「……良くはない。だからこそ、此処に戻って来たのだよ」
 正造はそう零すと、黒猫を抱きしめた。
「……すまなかった……そして、有難う……」
 そう涙の滲む声で囁き、離れていた妻との絆を求めるように、彼は黒猫の体をギュッと抱き締めた。


 黒猫の埋葬を屋敷の庭に行い、開拓者等は報酬を得て屋敷を後にした。
 その胸中には色々な物を抱えているが、不意に元気な声が響く。
「お嬢さん、俺と一緒に街でも歩きませんか?」
 そう言って葎の手を取ったのは聡之丞だ。
 彼は依頼で顔を会わせた直後より、男装している葎が女性だと気付いていた。
 だからこそ顔合わせの際には「男ばかりと思ったが美しい女性もいらっしゃるではないですか」との言葉を零していたのだが、果たして何人がこの言葉を覚えていただろう。
 少なくとも葎は覚えていなかったらしく。
「え、あ、その……っ」
 男装時の女性扱いに慣れていないのか、困惑したようにわたわたしている。
「お元気ですね」
「まあ、元気なのは大変良い事だと思います」
 雪巳の言葉を受けて頷き、慧介は同意しながら2人の様子を眺め見る。
 そしてそれらを僅かに離れた位置で見ていた千歳が、ハッとしたように2人の元に進み出た。
「乃木殿! 初対面の女性を口説くとは、失礼だろう! そう言う事はもっと会う回数を重ね――」
「はっはっはっ! そう堅い事を言うな。人生は短い。なればこそ楽しまねばならん」
 真面目な表情で詰め寄る千歳に、聡之丞は気にした様子もなく笑顔で彼の背を叩く。
 それこそ容赦なくバシバシと。
 そしてそれを見ていた輝郷が眉を潜めて息を吐くと、聡之丞が核心に迫る言葉を口にした。
「して、如何でしょうな?」
「……僕で宜しければ、お供します」
 小さかったが了承の言葉。
 これに聡之丞の顔が一気に明るくなるのだが、生憎と邪魔は他にもいるわけで。
「よし、乃木の旦那の奢りだそうだ! 皆、甘味屋に行って疲れた体と心を癒すぞ!」
 志摩はそう言うと、聡之丞の首を腕で取って歩き出した。
 本来ならここで嫌な顔の1つでも出るのだが、聡之丞は何とも読めない男で、
「おお! 皆でと言うのも悪くないな! よし、皆で甘味屋に行くぞ!」
 意気揚々と歩き出してしまった。
 これに頬を1つ掻いた志摩は、そっと彼の懐にあるお守りを差し入れる。
「案外効くらしい。まあ、不要だろうが貰っといてくれ」
 こうして一行は甘味屋へ向かうのだが、この後日、何故か葎の元にある贈り物が届けられた。
 差出人は菊地原正造。
 その中身は、ねこみみ頭巾だったがその意図は全く持って不明である。