【浪志/初心者】陽の祭
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/08 01:27



■開拓者活動絵巻
1

TOMOMING






1

■オープニング本文

●浪志組

 天儀歴 一一〇年 十二月

 当時、世界最大都市である「神楽の都」では、アヤカシや盗人による被害が増加の一途を辿っていた。
 人が集う場所だからこそ生まれる陰の気。それらは朝廷の力のみで維持するには厳しい程に膨れ上がっていた。
 当然、開拓者ギルドの存在はあり、多くの場所で開拓者等が事件や依頼を解決していた。だが、それだけでは足りなかったのだ。
 開拓者ギルドには開拓者が常駐する事は無い。故に直ぐに案件に乗り出すと言う事が出来ずに居た。
 これでは増え続ける陰の気に対抗する事は出来ない。
 そこで拠点に戦力を常駐させ、何かあれば直ぐに対応できる組織を作る事が提案された。
 それを行ったのが東堂俊一であり、彼が設立したのが「浪志組」である。
 彼の業績により「浪志組」は天儀歴一一〇年一二月に発足。現在に至るまで多くの民を救っている。

――尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――

 これは東堂が当初より掲げていた、浪志組の信念とも言うべき義。
 この言葉は今も尚、浪志組内部に生き続け、多くの隊士等の信念ともなっている。

●浪志組屯所
 そよそよと流れる風に乗って、金木犀の香りが漂う。それを鼻に受けながら、天元 恭一郎(iz0229)は庭に佇む浪志組局長――真田悠(iz0262)を見た。
「まだ一年だぜ。激動にも程がある」
 だが悪い気はしない。そう言葉を紡ぐ真田に、恭一郎はクスリと笑って肩を竦めた。
「それはまあ、色々とありましたからね」
 過去を懐かしむよう、今までの事を振り返り語る真田の声。それらを耳にしていると多くの事が蘇ってくる。
 本当に多くの事があった。
 それこそ多くの血が流れ、多くの同胞が消える程の事が……。
「回天の……大神の変の事を言ってるのか?」
「ええ。東堂さんが朝廷に謀反を試みたあの騒動の事です。貴方が僕に浪志組の話を持ちかけた時は、あんなこと起こるとは思ってなかったですからね」
 浪志組を発足するに至った東堂は、朝廷に対して謀反を起こした。
 後に真田は東堂へ「この叛乱計画は何時からだったのか」と聞いており、これに対し東堂は「最初からです」と答えている。
 つまり浪志組は、東堂が謀反を起こす為に作り上げた組織だったのだ。
 しかし事は東堂の思い通りに動かなかった。
 東堂の目論みに気付いた真田や、現筆頭局長の森藍可が彼を止める為に動いたのだ。
「藍可さんの場合は止めると言うより、殺せって言う命令でしたけどね。でも、僕も藍可さんの意見に賛成でしたよ」
「武帝の暗殺を目論んだからか?」
「ええ、その通りです」
「てめぇは相変わらずハッキリしてやがんな」
 カラリと笑った真田は、空から恭一郎に目を動かし苦笑した。
 東堂は大神大祭で人が集まるその時期を狙い、武帝暗殺を目論んだ。
 もしこれが実行されれば、都は混乱の一途を辿っただろう。
 だが全ては未然に防がれた。
「まあ、てめぇはそう言うが、俺は東堂さんを止めてくれた隊士や開拓者には今でも感謝しているぜ。もしあの時止めれなかったら――」
 遠い島に追放し、儀ごと封印する「厳重流罪」。などと言う恩赦にも近い刑にはならなかった筈だ。
「だからつまらないんですよ」
 恭一郎は吐き捨てるように呟き、大仰に息を吐いた。
 浪志組発足当時、東堂に扱き使われたのを根に持っているのか、それとも性格が合わないのか。如何にも恭一郎は東堂を嫌っている。
 それを隠そうともしないから性質が悪い。
「まあ良いです。それよりも、そんな話をして何が言いたいんです? まさか本当にただの昔話って事は無いですよね?」
 先日まで東房国に居た恭一郎は、その時に受けた怪我や疲労が回復するまでの間、非番を命じられている。
 これは真田なりの気遣いだ。
 恭一郎自身はそんな非番必要ないと言っていたので、呼び出された事に不満は無い。あるとすれば呼び出されて聞かされたのが、東堂の話と言うだけで……。
「わざわざ東堂さんの話を聞かせる為に呼んだのなら、いくら僕でも怒りますよ」
「ったく……本当に何も隠さねえ奴だな。ンな事言われたんじゃ、本来の目的が言えやしねぇ」
 クシャリと髪を掻き上げる真田を見て、恭一郎の眉間に深い皺が刻まれる。
 嫌な予感しかしない。そんな所だろう。
「てめぇは仮にも幹部だ。浪志組が財政難で人材不足ってのは知ってるな?」
「……東堂さんが抜けた後、隊士もごっそり減っちゃいましたからね。当然と言えば当然です。それが何か?」
「いやな。隊士と資金の両方を仕入れる為に、少しばかし催しでも開こうかと思ってんだが、人手が足りねえ。そこで恭、てめぇの出番だ」
「は?」
 訝しげに目を向けた恭一郎に、真田は「まあ待て」と言って、紙面を差し出した。
 其処に綴られる文字を見て恭一郎の表情が険しくなる。
「……凄く嫌な感じに見覚えのある文字なんですが……」
 真田が差し出した紙面には「陽の祭」と書かれている。内容は、屯所の敷地を使っての祭りだ。
 出店は有志で募り、出店料を僅かだが拝領するという物。其れに加えて当日は腕試しと称して、隊士募集も掛けると言う。
「この腕試しの所にある『隊長職に当たる者が直接指南する』って言うのは……」
「察してるんだろ?」
「……まあ、それなりに」
 呼び出された理由を問うて此の紙面が差し出された時から覚悟は決めていた。
 それに真田の申し出だ。断る理由も無いだろう。
 しかし如何しても譲れない部分がある。
「この催しの名前、なんとかなりませんか?」
「そりゃ駄目だ。これは東堂さんが一年前に催した、私塾での祭りに絡んでるからな」
「……チッ」
 予感的中。舌打ちを零した恭一郎は不機嫌極まりない表情で、紙面を握り潰した。
 それはちょうど一年前。
 陰陽の力を利用してアヤカシを誘き寄せる。そんな理由で開かれた私塾での祭り。
 実はこの時、恭一郎は陰の気が集まる場所で開拓者と共にアヤカシと戦っていた。
 どうもこの一件で東堂嫌いが激しくなったらしい。故に彼の反応も頷ける。
 とは言え今回は真田の命だ。現に彼はやる気でいる。
「開催は決定だ。てめぇは道場で志願者の受付をしろ。場合によっては手合せも許可する」
 そう言って笑った彼に逆らう術は無い。
「わかりました。でも、怪我人が出たからって処罰は無しですよ。これは仕事です」
「わーってるよ」
 真田は苦笑て頷き、恭一郎は「良し」と笑んで頷きを返した。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 尾鷲 アスマ(ia0892) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / からす(ia6525) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 華表(ib3045) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 藤田 千歳(ib8121) / ブリジット・オーティス(ib9549


■リプレイ本文

 爽やかな秋晴れ。
 屯所内部に響く笑い声や人の声を耳に、アルマ・ムリフェイン(ib3629)は幼い子の手を引きながら駆けて行く。
「わわっ、ごめんねっ! あ、そこの人、待ってー」
 僅か先を行くご婦人。
 彼女に声を掛けると、アルマはニコリと笑って握り締めていた手を前に出した。
「この子の、お母さん、ですよね……? りんご飴の屋台前で、泣いてて……」
 そう言って、母親に子供の手を握らせる。ご婦人は驚いた様に、アルマと子供を見比べ、礼を告げて去って行った。
 その様子を見送り、アルマの目が浪志組屯所へと向かう。
「……陽の祭、か。やっぱり嬉しいな……」
 一年前、東堂が催した祭りがこうして別の形で催された。それは彼を慕うアルマにとって、心から嬉しい事だ。
「みんなも、楽しそう……先生にも、見せたかったな……」
 ツンッと鼻を突いた感覚に、小さく頭を振る。そうして足を進めようとした所で、突如声が響いてきた。
「アールマーッ!」
「!」
 身が竦む程の大きな声。
 かと思えば、周りの誰も反応を示していない。
「今の声……でも、何処……」
 高鳴る胸に手を添え、キョロキョロト辺りを見回す。けれど、声の主は何処にもいなくて――
「あれ、もうこっち来た?」
「……どうしようもない悪戯して。超越聴覚使ってたんだろうし、耳、痛かったんじゃない?」
「え、超越聴覚」
 思わぬ指摘に、ケイウス=アルカーム(ib7387)が表情を引き攣らせる。そんな彼のその隣には、呆れたように息を吐くサミラ=マクトゥーム(ib6837)の姿があった。
「仮にも浪志組隊士なんだし、警備してて当然、てね」
 まさか、そんな事もわからなかったの?
 そう問いかける視線に、ケイウスが言葉に詰まった時だ。
「あ! やっぱり、ケイちゃんだ……!」
 建物を潜る様に顔を覗かせたアルマに、ケイウスの「あ」と言った声が漏れる。それを聞き止めて頬を膨らますと、アルマはツカツカと彼に歩み寄った。
「もう、すごく驚いたんだよ……!」
「貴女の声の届く距離使ってた。耳、大丈夫?」
「ちょっ、サミラ!?」
「隠しても仕方がないし、事実」
 しれっと呟くサミラに、ケイウスが「あうあう」と口元を動かした。
 その様子に笑みを零し、アルマは小さく肩を竦める。
「仕方がないなあ……次にやったら、お仕置きだよ……?」
「アルマ、優しい! ありがとう!」
 許された事に安堵するケイウスの隣で、サミラは屯所内部を歩くある人物に気付き、ケイウスの服を引っ張った。
「ぐえっ! さ、サミラ……首、締まってる……」
「気のせい。それより、あれ……千歳?」
 視線の先、透き通るような白い髪を持つ少年と歩く藤田 千歳(ib8121)が居る。彼は屯所内部を案内して歩いている様だった。
「あ、本当だ……千歳ちゃーん!」
「ん? あれは……」
 少し離れた場所で手を振るアルマと、彼の傍に居るケイウスやサミラの姿を目に留め、千歳は少年と共に彼等の元へ遣って来た。
「アルマ殿、それにケイウス殿とサミラ殿も一緒か。祭りは楽しんでいるだろうか」
 穏やかな声音で問いかける千歳は、微かに笑みを覗かせて首を傾げる。
 それに笑顔を向け、ケイウスが頷いた。
「今来たとこだけど、雰囲気で既に楽しい感じかな! な、サミラ!」
「ケイは単純だから」
「サミラー!」
 2人の遣り取りにクスクス笑うと、アルマは千歳の隣に立つ少年に目を向けた。
「僕はアルマ……浪志組隊士をしてるよ。えっと……」
「華表と言います。よろしくお願いします」
 礼儀正しく頭を下げた華表(ib3045)にケイウスとサミラも自らの名前を告げる。それを見届けてから千歳が口を開いた。
「華表殿とは、この場で初めて出会ったのだが、浪志組について聞きたいとの事なので、共に祭りを見て回っていた」
 この祭りに参加する事で知り合いが増えたなら。そう思っていた華表は思い切って千歳に声を掛けた。
 結果、こうして祭りを見て歩く事になったのだが、
「千歳ちゃんが一緒なら、頼もしいね♪」
 ニコッと笑うアルマに、華表は気恥ずかし気に笑んで頷く。
「はい。藤田様には良くして頂いています。先程も浪志組について話を聞かせて頂きました」
「へえ、華表は浪志組に興味があるんだ?」
 ケイウスの問いに、華表は素直に頷く。
「まだ検討中ですが、今後の検討材料にしようかと」
「なら、一緒に来る?」
「え」
 何処に行くのだろう。
 そう首を傾げた彼に、サミラは道場がある方を示した。
「報告が、あるから」
「もしや、手記のことだろうか」
「正解♪」
 サミラではなくケイウスが横から答えると、彼の横腹に肘が入った。
「さ、サミラ……」
「さ、行こう。道場に行けば、浪志組の幹部の人、いるんでしょ?」
 蹲るケイウスを他所に、サミラは千歳とアルマに問うた。これに双方が頷きを返す。
「ああ、道場には天元殿がいる。彼に報告すれば問題ないだろう」
 こうして彼等は道場へ向かうのだが、その道場では何とも言い難い雰囲気が流れていた。
 それは……
「きみ達も腕試しか?」
 問いかけるからす(ia6525)の視線の先。其処に居たのは、木刀を手にした天元 恭一郎(iz0229)と全身鎧を着込み、盾を構えたブリジット・オーティス(ib9549)だ。
 どうやら、隊士募集として行っている手合せの一環だろう。
 まだ開始の合図はされてはいないらしいが、如何にもピリピリとした空気が流れていて居心地が悪い。
「催しの賑やかさに釣られて立ち寄ってみれば、随分と面白そうな事をされているのですね」
 ニコリと笑んで小首を傾げたブリジッドだったが、その目は真剣そのもの。
 そもそも彼女が此処を訪れた本当の目的は、東堂が起こした騒乱以降、彼が作り上げた隊が如何なったか。それを見極める為だった。
「女性相手にあまり本気は出したくないのですが……」
「おや、異な事を仰いますね。催しであれば、他流試合は華があるでしょう。恭一郎殿さえ良ければ、相手をしていただきたい……そう思うことは自然かと」
「そのまま浪志組へ参入されるのであれば、大歓迎なのですけどね」
 クスリと笑い、恭一郎は片足を下げ、低く態勢を取った。其れに合わせてブリジットの片足もゆっくりと下がって行く。
「ふむ。そろそろだな。では、私が合図をさせていただこう――はじめ!」
「さあ、お手並み拝見です」
 声と同時に、ブリジットが駆け出す。
 瞬時に詰められた間合い。盾を構え、懐に飛び込んだ相手に恭一郎の眉が僅かに上がる。
 完全に打ち込む隙を埋めた構えに、ブリジットは勝機を見ていた。それこそ、相手がこの先如何いった行動に出るか、それを見極めようとする余裕を持つ程には。
 しかし――
「なっ」
 盾に重い衝撃が加わり、ブリジットの眉間に皺が寄る。その上で恭一郎を睨み付けると、彼女の目に振り下ろされる木刀が入った。
 ガンッ。
 盾で抑えた攻撃。此れでブリジッドの脇が開く。
 それを見越してすぐさま振って来た木刀に、息を呑む音が響いた。
「一本!」
 蹲る様にその場に倒れ込んだブリジットへ手が差し伸べられた。辿った先には恭一郎が。
「……流石ですね。と、言いたいところですが」
 そう言い、苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。それを見つつ立ち上がらせると、華表が近付いてきた。
「お怪我はありませんか?」
 彼はそう言葉を向け、木刀が打ち込まれた箇所に向けて治癒を施す。其処へサミラがやってくると、彼女は呆れたように恭一郎を見た。
「真剣勝負で足を使う人、はじめて見た」
「ああいう場合って、正々堂々が基本じゃないのか? こう、幹部だったら真正面から受けて立つ! みたいな」
 ケイウスの言葉に誰もが頷く。
 そもそも先の手合せ。
 盾を構えたブリジットに降ってきた一撃は、恭一郎の正面からの蹴りだった。
 手にした木刀を他所に叩き込まれた蹴りにブリジットは驚き、僅かに盾を緩めてしまったのだ。其処へ恭一郎の反撃が来た訳だが……
「……負けは負けですので」
「言っておきますけど、僕は足を使わないなんてひと言も言ってませんからね? 戦場では何が起こるかわからないです。それこそ、空から槍が降ってくる事だってあるかもしれない。盾や武器、それらに頼り過ぎない事です。そうすればもう少し長く、生きてられますよ」
 ニッコリ笑顔で言われても、素直に納得できない部分がある。それでもブリジットは騎士らしい振る舞いで一礼を向け、握手を求めてきた。
「次は負けませんので」
「ええ。次は足技なんて通用しないでしょうし、真剣勝負で行きましょう」
 そう言葉を交わし、手を放した。
 其処へ千歳が進み出る。
「天元殿。俺も手合せ願えないだろうか」
 自身の現状を把握する為、是非とも。そう申し出る彼に、恭一郎は穏やかに笑んで頷きを返した。


 屯所内部で開かれている祭りは、更に賑やかさを増して盛り上がっていた。
「義貞さん、次はアレどうかな?」
 そう笑顔で問いかけるのはリンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 ふわもこな白いうさ耳カチューシャに、赤い洋装、そしてハイヒール姿で歩く彼女の傍には、ギクシャクとぎこちない動きを見せる陶 義貞(iz0159)が居る。
 どうも先程からリンカを直視ししない。
 その姿に、彼女の目が落ちた。
「……そんなにこの服装……変、かな?」
 声を掛けた時、義貞はいつもの明るい表情で振り返った。
 なのにリンカの姿を見た途端、硬直したように笑顔を強張らせたのだ。たぶん、理由は彼女の服装のせいだと思うのだが。
「へ、変じゃない! 変じゃないけど……」
 あうあうと視線を逸らす義貞に、リンカは不満げだ。
 それもその筈。
 折角、見せた事のないジルベリアの仮装衣装を着て来たと言うのに、褒めてもくれない。
 気合を入れて来たのに、肩透かしを食らった気分だ。
「違う服が、良かったかな……」
 ポツリ。
 零された声に、義貞の目が動いた。
「……なんか、照れるっていうか……よく、わかんないけど……そんな感じがする、って言うか……」
「……照れ?」
 それってつまり、似合っていない訳ではない?
 リンカはホッと安堵の笑みを滲ませると、義貞の腕を取った。
「仕方ないなあ。ほら、行くよ!」
「え! ちょ、リンカさん!?」
 強引に取った腕は胸の中へ。そうして歩き出すと、義貞は顔を真っ赤にして歩き出した。
 周囲から見ても、その赤さは異常。それでもリンカには嬉しい反応だった。
「あ、リンカさん。相変わらず陶さんと仲良しですね」
 屋台が並ぶ一角で、突如掛かった声。
 目を向けると屋台に置いた鍋をかき回しながら、礼野 真夢紀(ia1144)が首を傾げていた。
「そう、見える?」
「はい」
 照れくさそうに笑うリンカに、真夢紀は笑顔で頷く。
 彼女は去年、同じ陽の祭りで屋台を出した。
 今年も引き続き屋台を出したのだが、販売するのは昨年と同じ食べ歩きが可能な芋系の食品とカレーだ。
 カレーはお客として来るであろう子供達に合わせて甘口になっている。
「良い匂いね。1皿貰えるかな?」
「はい。匙は2つで良いですか?」
 真夢紀はそう言うと、1人分のカレーを少し多めに盛り始めた。
 これには義貞も興味津々。初めて嗅ぐ匂いに鼻をヒク付かせている。
「すっげぇ良い匂い!」
「熱いですから気を付けて下さいね♪」
「あ、金」
 差し出された皿に慌てて懐を探る。と、リンカの手がそれを遮った。
「この間、罠や退路の確保頑張ってたし、そのご褒美だよ。一緒に食べよう?」
 勿論これは建前。けれど、労いたいと思っているのも本当。
 でもそう言って、さっきから色んな物を驕って貰っている。
「……じゃあ、あとで俺も何か驕るよ」
「え?」
「これじゃあ、男としての面子が……」
 ごにょごにょと口ごもる義貞に、リンカの顔に嬉しそうな笑みが乗った。
「嬉しいこと言ってくれて。それじゃあ、りんご飴、買って貰おうかな」
「お、おう……!」
 こうして2人は仲良く歩いて行ったのだが、真夢紀の仕事はまだこれからだ。
「管理人さん。玉葱まだですか?」
 響く包丁の音に振り返る。
 其処に居たのは、一心不乱に玉葱を刻む志摩 軍事(iz0129)の姿が。
 どうやら1人で忙しなく働く彼女を見て、ついつい手が出てしまったらしい。
 今では野菜を切る専門の職人と化している。
「あとで一通りの食べ物をお礼に差し上げますね♪」
「有難うよ。楽しみにしてるぜ」
 言ってニッと笑うと、志摩は玉葱を切った事で浮かんだ涙を拭った。

 そして時を同じくして、屋台を巡る男が2人。黙々と食を進める尾鷲 アスマ(ia0892)の横で、天元 征四郎(iz0001)も黙々と箸を進めている。
 もう、これだけが目的で来たのではないか、そう思う程に彼等は食べていた。
「ふむ。このイカ焼きは美味いな……その焼きそばは如何だ?」
「……美味い」
 食べるか? そう差し出された更に、アスマの手が伸びる。と、そんな彼の手が、焼きそばを口に運んだ所で止まった。
「……背が伸びたか?」
 今の今まで食べる事に夢中だったのだろう。
 今更気付いたと言わんばかりの問いに、征四郎の目が逸らされる。もう、此れだけで答えは十分だろう。
「そうか……残念だな」
 言って、残りのイカ焼きを平らげた。
 そうして次の屋台へ向かおうと動き出したのだが、不意にアスマの向きが変わる。
「知り合いだ」
 スタスタと歩く彼に、征四郎も続く。
「キース嬢」
「……来ていたのか」
 僅かに眉が揺れただろうか。
 キース・グレイン(ia1248)はアスマと征四郎を交互に見ると、次いで道場に視線を注いだ。
「征四郎は、恭一郎に会いに来たのか?」
「?」
「違うの、か……いや、道場で隊士志願者を募集していると聞いたんだ。その受付を恭一郎がしてるらしい」
「おや、キース嬢。会いに行くのか?」
 妙にワザとらしい声を上げたアスマに、キースの鋭い視線が飛ぶ。
「アスマ……何がしたい。いい加減しつこいぞ」
「いやいや、何も。私もご一緒しよう。いや、面白がってなどいないとも」
 飄々と道場に向かう彼へ、キースの米神がヒクリと揺れた。
 だが此処はグッと堪える。
 そうして道場に足を踏み入れた途端、凄まじい音が響いた。
 同情の壁に打ち付けられるアルマ。それを庇うように前に塞がった千歳が、木刀を大地に水平に構える。
「アルマ殿、立てるか!」
「……うん……まだ、大丈夫っ」
 立ち上がったアルマを背に、千歳が地を蹴る。正面から突きの差し入れた刃。それが刃を構える恭一郎の胸へ迫る。
 だが――
「踏み込みに乱れが見えます。もっと敵に近付いて踏み込まなければ、迷いを突かれますよ」
 刃を擦り合わせるように突き入れられた刃。其れが千歳の胸を突く。
「――がっ」
 ドサッと鈍い音がし、間髪入れずに別の刃が恭一郎に迫る。
「先生のこと……少しでいいから、好きになって貰うんだ……!」
 勢いに任せて振り下ろされた刃はあまりに幼い。それを木刀で弾くと、恭一郎は反動で戻る刃で彼の胴を叩いた。
「ッ……」
 千歳に続いて倒れたアルマへ、華表やケイウス、そしてサミラが駆け寄る。
「これが、あの人が産み、あの人を越えた浪志組」
 サミラはそう呟き、アルマを支え起こして恭一郎を見上げた。
 その目には真剣な色がある。
「この間、故郷に帰って桜蘭の出来事を綴った物語の第一稿を伝えたんだ。春には遠くの街まで届くはず、かな」
「……それが?」
 行き成り何の話か。
 そう問うように返された声へ、サミラはコクリと頷く。
「……私も……ううん、天儀に来ても私は部族の戦士、それは変わらない。でも、できるなら……浪志組に付き添い、手記を綴る事への許可をお願いしたい、かなって」
 東堂が作り上げた浪志組。
 そんな彼等の物語を残したい。そう願い出るサミラに、恭一郎は小さく息を吐く。
「話には聞いてますよ。君が浪志組の物語を綴ろうとしている、と。僕としては真田の活躍を後世に伝えられるなら何でもいいです」
 でも……。
 そう切って、恭一郎はアルマを見た。
「まあ、東堂さんの話も混じってて良いんじゃないですか」
「それは、アルマ様の少しでも東堂様を好きになって欲しいと言う願いの答えですか?」
 華表の問いにクスリと笑って、恭一郎はこの試合の静観者を捉えた。
「基本、嫌いですけどね」
「別に東堂殿の全てが間違っていた訳ではあるまい。他人の良い所は取り込むといい。君が、君達が夢見た組を作ればよい」
 からすはそう言うと、己が弓を持ち上げて見せた。
「迷いあらば手合わせ願おう。手加減なんてしないがな?」
 真摯な瞳で問われ、恭一郎は緩く頭を振る。
 流石に連続で試合をし、最後には隊士2人を同時に相手にしたのだ。疲れが出ている。
「僕に迷いはありません。それよりも、君は浪志組に志願しないんですか?」
 的確な判断と言葉は優秀な人材を思わせる。
 こうした人物が居れば。そう思っての問いだったのだが、
「私は鴉だ。縛られるのはあまり好みではないのでね」
 言って肩を竦める。
 からすは恭一郎に僅かに目礼を向けると、治癒を施し表面上は傷の減ったアルマに目を向けた。
「大いに迷うと良い。答えはゆっくり導き出せば良い」
 アルマには迷いがあった。
 それは戦い方を見ていても分かる。
 真っ直ぐに己が力をぶつける千歳と違い、アルマは心を賭けて刃を振るっていたように思う。
「ありがとう……でも、大丈夫。もう、迷わないから……」
「良い目だ」
 からすはそう零し、皆の分の茶を用意し始めた。
「ありがと、恭一郎さんっ」
「おや」
 初めて「ちゃん付け」でなくなった事に恭一郎の眉が上がる。だがアルマは彼のそんな反応を見ることなく、祭り会場に駆けて行こうとした。と、その足が止まる。
「キーちゃん! ごはんっ!」
「……第一声にソレか」
 呆れ半分、安堵半分。
 駆け寄り、纏わり付くアルマの頭を撫で、キースは待っているように言い置き、恭一郎に歩み寄った。
「恭一郎。……先日は助かった。礼は言わせて貰う」
「わざわざ僕に会いに来てくれたんですか?」
 頭を下げた途端に響いた声に、言葉が詰まる。
 見なくても分かる。きっと極上の笑顔を浮かべているに違いない。
 これは、キースの今までの経験からの考えだ。そしてこういう時は決まってアレが来る。
「ふむ。何かあったのだろう――」
 ガンッと重い音がした。
 見れば、道場の床に減り込むようにアスマが倒れているではないか。
「この道場の床板。結構高いんですよ?」
「まあ、色々とあるんだ……」
 コホンッと咳払いを1つ。
 今の感じでアスマに何かを言わせると恭一郎が何かを仕掛けて来た筈。それを阻止するためにはコレしかなかった。
「それで、礼なんだが……暫くの間無償で浪志組を手伝う、というのはどうだ。借りを残しておくのは本意ではない。人、要るんだろう」
「確かに要りますが……浪志組に入隊する、と云う訳ではないですよね?」
 僅かに目を細めて問う言葉に、キースは頷きを返す。
 それを見止めて、征四郎が何事かを考えるように視線を動かした。
「確かに、人では足りないですが……」
「……不正・横暴取締まりの件も、間に合っているとは思えないしな」
 ボソッと呟かれた声に、恭一郎の目が向かう。
 そして「ふむ」と息を吐くと、次の瞬間には彼の目が戻って来た。
「まあ、良いかな」
「そうか。なら、暫くの間頼む」
「ええ、此方こそ」
 にっこり笑って頷かれる。
 これで一安心。そう思っていたのだが、次いで聞こえた声にキースの目が見開かれた。
「それにしても、キースさんを扱き使えるなんて楽しみだな」
「何?」
「貴女と一緒に居れるのが嬉しいって言ったんですよ。ああ、言っておきますが、使うと決まったら手加減しませんから。いやあ、楽しみだ」
 ふふっと意地の悪い笑みを浮かべる彼に、キースが後悔したかどうかは定かではない。
 取り敢えずわかって居るのは、彼女の言いつけどおりに待っているアルマが、お腹を空かせて耳を垂れている事だけ。
「キーちゃん、ごはん……」
 そう呟き、アルマはその場に座り込んだ。


 虫の音が響き始める頃。
 夕日を頬に受け、屯所の縁側に腰を下して柚乃(ia0638)は湯呑を口に運んだ。
「月日が経つのは早いものですね。あれから4ヵ月……でしょうか」
 眺める庭は整っていて、大きな桜の樹が枯葉を付けて佇んでいた。
 それを見ながら小さくお茶を啜る。その表情は暗い。
「ちゃんと私塾体験、できなかった、な……東堂先生と約束したのに……っ」
 唇を噛み締めて息を吐く。
 そんな彼女の頭を優しく叩く者が在った。
「よお。こんな所で如何した?」
「……志摩さん。お野菜、もう良いんですか?」
 先程声を掛けようとしたら、野菜を切っていた。
 なので挨拶だけで済ませたのだが、気にして来てくれたのだろうか。
「だいぶ人も掃けたからな。お、其処に置いてるのは酒か?」
「はい……柚乃が作った果実酒です。飲みますか?」
「おう」
 志摩は気落ちしている事には敢えて触れず、明るく彼女の隣に腰を据えると手を伸ばした。
「お口にあえばよいのですけど……」
「良い匂いじゃねえか。どれ」
 見守る中、飲んだ酒は甘い香りが口に広がって少しばかり女性向けだ。
 それでも飲みやすさについつい酒が進む。
「こりゃ美味いな。何杯でも行けそうだ」
「良かったです」
 ニコッと笑んで、柚乃もお茶から果実酒へ切り替えた。
 そうして一口飲んだ所でホッと息を吐く。
「そう言えば、先の魔獣戦、お疲れさまでした」
「柚乃もお疲れさん」
 ポフッと頭を撫でる感触に目を細める。
「まあ、生きてりゃ何時何があってもおかしくねえ。起きたことを受け入れるのは、難しいかもしれねえが、な」
 志摩はそう言うと、2杯目を所望した。
 それを渡して柚乃が立ち上がる。
「此処の桜、咲いたら綺麗でしょうか」
 呟き、彼女の手の中にある鈴が音を立てる。そうして紡ぎ出されたのは華彩歌だ。
 優しいけれど力強い響くのある音色。それが穏やかに桜の樹へ降り注ぐと、辺り一面が桜色に染まった。
「ほお、コイツは見事だ!」
 声を上げた志摩に次いで、桜に惹かれるように何処からともなく人が集まり始める。
 その中の1人、サミラは眩しそうに目を細め、桜の花を眺めて呟く。
「鬼子、か……まだ少し心配だな」
「きっと、心配はいらないと思うよ。この先何があっても彼らは進む事を止めたりしない……ここにいる人達を見てるとさ、そう思えるんだ」
 ケイウスはそう言うと、サミラの頭を撫で、周囲の人々を見回した。
 彼等の周りには多くの人たちが居る。それこそ力を合わせ共に闘う者。護るべき者も。
 去年は浪志組にとって激動の時。では今年は?
 それぞれに浪志組への思いを抱き、時間は未来へと進んでゆく、屯所に咲く桜と共に――。