【希儀】試練の時
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 普通
参加人数: 33人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/09 04:57



■オープニング本文

●東房国
 資料から魔人のいる遺跡が東房国にあるとわかり、開拓者ギルドは至急人員を派遣した。
 その中の1人、雲輪円真は血気盛んな東房国の僧兵を纏めるという名目でこの場にいる。
「円真様。先に向かった者達が戻って参りました」
 出来るだけ準備は行う。
 そう円真が発言した事を受け、数名の者達が遺跡に向かっていた。
 そして今、その彼等が戻って来たと言う。
 彼等は円真の前に立つと、急ぎ報告を始めた。
「遺跡の入口を3つ発見しました。簡単ではありますが、それぞれを調べた所、内部はかなり複雑に分かれているとの結果が出ています」
「そうか……」
 円真はそう零すと思案気に後方を振り返った。
 開拓者ギルドからの人員を含め、此処には多くの者達が控えている。
 これならば行けるだろう。
「人手を3つに分け、対応する……」
「承知」
 円真の声に多くの者達が頷きを返す。
 こうして東房国内で発見された遺跡に、開拓者等を含む多くの者達が足を踏み入れる事となった。


 3つの入り口の1つを進んだ開拓者等。
 志摩 軍事(iz0129)は目の前に現れた分岐を見詰めると、腕を組んで低く唸った。
「さて……こっから先は更に分かれて進む必要がありそうだが……」
 道中、アヤカシの襲撃が無かった訳ではない。しかし此処から先、如何も嫌な予感がする。
「義貞。ちょっと先行ってみて来るか?」
「志摩さん。流石にこれ以上は義貞君が可哀想ですよ」
 そう志摩を嗜めたのは天元 恭一郎(iz0229)だ。
 彼は浪志組の隊服である羽織の袖を捲ると、其処から小石を取り出して投げた。
 瞬間、凄まじい勢いで槍が飛び出してくる。
「おっちゃああああああん!!!!」
 泣く勢いで叫んだ陶 義貞(iz0159)に、志摩はしれっと肩を竦め、恭一郎はクスリと笑んだ。
「志摩さんがああ言う時は何かあるって、学びましょう。それよりこの先は、罠の頻度も増えそうですね」
「それだけじゃねえ。こっちはアヤカシも増えそうだ」
 志摩が顎で杓ったのは「右」方面。
「罠が複数の通路に、アヤカシがいる通路……正直、進みたくないですね」
「そう云う訳にもいかねえだろ。さて、浪志組はこんな時どう動くんだ?」
 腕を組んで振り返った志摩に、恭一郎は笑んで首を傾げた。
「真田には遺跡調査を手伝うよう言われています。僕としてはその命さえ真っ当出来れば問題ありません」
 とは言え……と、恭一郎の言葉が切れた。
 思案気に双方の通路を見、そして後方で待機する浪志組の面々を見遣る。
「新しい浪志組隊士の力も見てみたいのですよね。彼等がどの様な力を持ち、どのような行動をとるのか……いっそのこと、僕じゃなくて彼等に任せてみましょうか」
 楽しげに囁く恭一郎に、志摩は「鬼畜め」と呟く。その声に気付いてか否か、恭一郎の目がニッコリと微笑んだ。
「志摩さんはそっちの危なそうな通路へどうぞ。生きてさえいれば問題ないでしょう」
 恭一郎が示したのは、右の通路。
 確実にアヤカシの存在を感じられる其方は、志摩が嫌な予感を感じ取った場所でもある。
「そのつもりだ。つーわけで、義貞は必然的にそっちだな」
「ええええ! 俺、また罠にはまるのか!?」
「嵌んなきゃ良いだろうがっ!」
 透かさず突っ込んだ志摩に、義貞は不満げに「左」の通路を見る。
 如何も義貞は罠とかそう言った類の物は苦手のようだ。その証拠に、他の開拓者等に比べると既に怪我も多い。
「罠には何かしらの前兆があります。頑張ってそれを見つけて進んで下さい」
「前兆?」
 言われて左の通路を見る。
 よく見ると、恭一郎が小石を投げた辺りに小さな突起があった。
 これが罠を起動させる物だとするなら、この先にもそうした物があるだろう。
「これも試練だと思って頑張って来い!」
「お、おう!」
 勢いで押し切った志摩と、それに呑まれた義貞。その双方を見て恭一郎は浪志組の面々を振り返った。
「さて、此方は僕を納得させる作戦を立てて進みましょう。もしかしたら通路はこれだけではないかもしれませんからね」
 こうして更に3隊に分かれて動く事となった一行だが、はたして……。

●右
 ゆったりとした坂道を下る様に進む道。其処に敷かれた石階段を進みながら、志摩は妙な違和感に襲われていた。
「何でアヤカシが出ねえ……確かにこっちにいる感じがしたんだが……」
 昔から勘は良い。
 その勘が外れた事はあまりないのだが、まさか外れたのか。そう思った時だった。
「ッ!」
 階段を下りきった辺りに広々とした部屋があった。
 僅かに遺跡の隙間から光が射し込む他、部屋の中に点々と松明の灯りが置かれており、視界は悪くない。
 だからこそ見えてしまった。
「……汗血鬼」
 ゴクリと唾を飲んだ。
 真っ赤で筋骨隆々の体躯を持つ中級アヤカシが、部屋の中央で侵入者を待っていたのだ。
「こりゃあ、ある意味当たったか……」
 志摩はそう呟くと、共に此処まで来た開拓者等と共に斬り込んで行った。

●左
「うわあッ!」
 ドシッと尻餅を付いた義貞。そんな彼の頬を槍が通り過ぎ、次いで後方から悲鳴が上がった。
 やはり義貞を先頭に進むには無理がある。
 彼は先ほどから発見する罠を片っ端から発動して進んでいるのだ。まあ、無理と判断されても仕方がない。
 通路は真っ直ぐ進んでいる。だが、此処までに遭遇した罠は、槍が飛ぶ仕掛けの他、落とし穴や岩が転がって来ると言う古典的な物も含まれていた。
 つまり、この通路にどれだけの罠があるか分からないのだ。
「陶さん。なんだかあっちからアヤカシの気配がするんです。そう、強くはないんですけど……」
 開拓者の1人が瘴策結界を使って掴んだ情報。通路を進んだ先に何か居る。
 この言葉に義貞は仲間を振り返った。
「アヤカシがいるなら急がないと! 頼む! この罠を切りぬける知恵を貸してくれ!」
 自分では無理だ。そう頭を下げた彼に、開拓者等は知恵を絞り通路を抜ける算段を始めた。

●浪志
 左右へ散った開拓者。それを見送り、恭一郎は浪志組の面々が上げる作戦を聞いていた。
 そんな彼の目が、ふと分岐地点の中央部に向かう。
「……ああ、そうだ」
 じっと分岐点を見詰めた後、恭一郎は思い出したように皆を振り返り呟いた。
「他の通路を手伝っても良いですからね。僕が満足すればそれで良いので、あまり難しく考えないで下さい」
 ニッコリ笑った彼に、全員が口を噤む。
『それが一番難しいんだ!』
 そんな言葉を呑み込んで……。


■参加者一覧
/ 北條 黯羽(ia0072) / 無月 幻十郎(ia0102) / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 八十神 蔵人(ia1422) / 羅轟(ia1687) / 各務原 義視(ia4917) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / 千見寺 葎(ia5851) / 雲母(ia6295) / 和奏(ia8807) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 狐火(ib0233) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 玖雀(ib6816) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 藤田 千歳(ib8121) / 伊佐波 薊(ib9702) / 黒澤 莉桜(ib9797) / 豊嶋 茴香(ib9931


■リプレイ本文

●左
「義貞は相変わらずだな」
 頭を下げて協力を要請した義貞に、匂坂 尚哉(ib5766)が呆れたように声を零す。
 この声に東鬼 護刃(ib3264)が苦笑して頷くと、彼女の目が罠の敷かれた通路に向かった。
「義貞の成長をと思ったが、見事に片っ端から引っ掛かっていったのぅ……なるべく手出しはしないようにしたかったんじゃが」
 呆れを含み呟く声に、義貞の肩が委縮してゆく。
「とりま、探索系スキルある連中に前に出て貰った方がいいかな?」
 護刃を仰ぎ見る尚哉に、彼女は「ふむ」と頷き、左の通路に同行を申し出た面々を振り返った。
「あたしは最後尾を担当するよ。コレもあるしね」
 言って、リンカ・ティニーブルー(ib0345)は弓を持ち上げて見せる。
 それに頷き、護刃の目が鬼面で顔を隠したままの伊佐波 薊(ib9702)に向かった。
「お主は如何じゃ?」
「あ、よろしくお願いします。出来れば私は後方が良いのだけど」
 面の向こうの瞳を眇めて呟く薊に、彼女を遺跡に誘った黒澤 莉桜(ib9797)が首を傾げる。
「私は中間あたりが希望ですね。あ、松明使いますか?」
 言って取り出された松明に豊嶋 茴香(ib9931)が逸早く反応した。
「良いな灯り! 是非ともつけよう!」
 別に怖い訳ではない。
 そう言い訳をするが、必死に松明を取り出す姿はそうだと言っているのと同じ。
 そんな彼女を見て、尚哉が思案気に口を開いた。
「んー……この感じだと俺はその前後……主に前かな。義貞は真ん中に居ろよ。最後尾は最後尾で不安だ」
「不安って……俺だって――」
「片っ端から罠に掛かっといてそれ言うか?」
 友人の鋭いツッコみに義貞の口が閉ざされる。
 正にぐうの音も出ない、そんな所だろう。
「義貞クン。怖がったり泣き言を言ったりしたら、アヤカシが寄ってきますよ?」
 2人の遣り取りを見ていた柚乃(ia0638)がクスリと笑って前に出た。
 彼女は瘴策結界を発動させ、周囲に意識を飛ばす。そうして感じ取った僅かな瘴気に、柚乃は罠が敷かれているであろう通路を見据えた。
「ここを抜けた先に、アヤカシがいるかもしれないね……覚悟、しておいた方が良いかも」
 侵入者を拒む罠の先にアヤカシがいる。それは何かあると言っているような物だ。
「義貞さん。皆の判断や行動をきちんと見ておくんだよ。今後の事も必要になるから……」
 相変わらず猪突猛進な彼に苦笑しながらリンカは助言を添える。
 その声に義貞が頷くと、一向は罠の敷き詰められた通路に足を延ばした。
 罠の発見は主に護刃の忍眼で行い、其処に記を付けて行う形を取ったのだが、不意に尚哉が呟いた。
「この罠ってさ、焙烙玉とかで一気に壊すこと出来ないのかな……?」
「「「「「!」」」」」
「そ、それはちょっと、遺跡の耐久性を考えると厳しいかも」
 驚く面々の中、茴香が呟く。
 元々何処かの研究員として働いていた彼女は、こうした場所の知識がある。
「尚哉……流石にそれは却下じゃ」
 脱力した様子の護刃に「ごめん」と言葉を返し、尚哉と義貞は顔を見合わせた。
 お互いに成長したと思ったがまだまだの様子。そんな2人の遣り取りを見ていた薊は、莉桜に声を掛ける。
「灯り、貸してもらえますか?」
「何かありましたか?」
 駆け付けた莉桜に、薊は壁から出る突起を示す。其処に莉桜から譲り受けた手帳の切れ端を張る。
「これで触らなければ大丈――」
「っ、こんな所に段差が。危な――」
 カチッ。
 段差に足を取られた茴香が前に飛んだ。
 そして手を突いた瞬間、薊と莉桜の目が見開かれる。
「ふお!?」
 壁から突き出してきた槍。
 此れに莉桜が真っ先に反応した。彼女は装備していた盾を構えると2人の前に出て、槍を受け止めた。
 次々と降るそれに、尚哉と義貞、そして護刃も加勢に動く。
 刃で槍を叩き落とし、全てを排除しきると、全員は疲労困憊の様子で息を吐いた。
 だが、これで終わりではない。
「近くで動かない反応……闇目玉?」
「確かに何かいるね」
 瘴策結界を使った柚乃。そして鏡弦を使用したリンカの声に、脱力したばかりの面々が表情を引き締める。
「鼠もわんさかいるようじゃな。義貞、尚哉」
 護刃は澄ます耳の先。
 通路を抜けた箇所にある部屋を示して言い放つ。
「鬱憤を晴らすときじゃっ。前は任せるぞっ!」
 罠解除の間大人しくしていた褒美だ。
 そう言わんばかりの物言いに、柚乃やリンカ、そして薊に莉桜、茴香が苦笑する。
 だが言われた当人たちはやる気満々だ。
「尚哉、足引っ張んなよ!」
「義貞もな!」
 咆哮を放った尚哉の元に、無数の苔鼠が迫る。それらを2刀の刃で斬り伏せる義貞を視界に、リンカも矢を構えると、集中する敵の群を見据えた。
「義貞さん、尚哉さん。適当な所で退いて!」
 声に、2人の足が左右別々の方向へ飛ぶ。
 その瞬間、リンカの矢が衝撃を纏って敵の群へと飛び込んで行った。
 一掃される敵に、薊と莉桜、茴香が武器を握り締める。
「薊さん。私達も行きましょう」
「勿論です」
 地面を這う苔鼠。
 ある程度はリンカが倒してくれたが、それでもまだいる。
 薊は青葉千台と名付けられた刃を構えると、鼠の群へ踏み込んだ。それに続き、莉桜も踏み込んでゆく。
 共に闘ったことがあるからこそ息を合わせる事も出来る。互いの背を護りながら進んでゆく2人の姿を見、茴香は己が杖を振り下ろしながら苦笑を零した。
「誰か誘えば良かったかなあ……」
 そう言いながら繰り出された風の刃。
 だが次の瞬間、彼女の目が後方に飛んだ。
「っ、何かいるー!?」
 叫んだ声に、護刃と柚乃が振り返る。
 途端、重低音が響き、闇に潜む存在が姿を現した。
「お主ら、少しばかり避けておくんじゃぞ」
 護刃は紫色に発色する符を構えると、真空の刃を作り出し、それを放った。
 凄まじい勢いで闇目玉を包み込み切り裂いてゆく刃。それに続いて再び柚乃が重低音を響かせると、黒い闇が瘴気となって消え去った。
「ふむ、こんな所かの」
 柚乃の声に、瘴策結界を使用した柚乃が頷く。
 そしてアヤカシのいなくなった広間を見回した茴香が布袋を発見した。
「これ、何だろう?」
 呟き、透かさず護刃が忍眼を使用。罠の設置がないことを確認して開けたのだが……
「遺跡に干飯……か」
 色んな意味で危険な広い物だ。
 それを見ていた尚哉が梅干を取り出した。
「さっきので結構力使ったし、帰りのこともあるから食べとくかな」
「あ、良いな!」
 梅干を口に放り込んだ途端、尚哉が大きく震える。それを義貞が羨ましそうに眺めているのだが、さて、この干飯如何しよう。
「あとで皆に配るかの」
 護刃はそう零し、布袋を持ち上げた。

●浪志
 左右に分かれる道。その中央に立ち、恭一郎は相談に花を咲かす面々を眺めていた。
「……浪志組以外にも残りましたか」
 言って恭一郎が見止めたのは、北條 黯羽(ia0072)、羅轟(ia1687)、ケイウス=アルカーム(ib7387)だ。
 その中の1人、羅轟は言う。
「……郁に……拉致られた」
 拉致られたとは穏やかではないが、実際の所自分小隊に属する小隊員が心配でならなかったと言った所だろう。
 名指しされた郁磨(ia9365)は気分を害した風もなく笑うと、甲冑の向こうに隠された羅轟の姿を覗き込んだ。
「しゅしょーと一緒が良いって言う愛情表現じゃないですかー」
「……愛情……表現……?」
 表情の見えない羅轟の感想は不明だ。とは言え、唸っている様子から必死に言葉の意味を探ろうとしている事だけは伺える。
 そしてそんな彼を他所に、黯羽は近くの壁に手を添えながら呟く。
「まぁ、恭一郎を見かけたんでな。その手伝いってぇトコさね」
 以前、弟の征四郎が彼女の世話になった。
 故に、彼女の言い分には納得がいく。それに、
「面白そうだからってぇのが大前提にある」
 素直にこうした感想を述べる相手には好感が持てるのだろう。恭一郎は「成程」と言葉を返し、今度はケイウスに目を向けた。
「俺は浪志組に手を貸したくてだな」
 さも当然。そんな風に語った彼に恭一郎の眉が上がる。
 しかしそれも一瞬の事、直ぐに笑みを浮かべると「そうですか」とだけ言葉を返した。
 其処へ、浪志組隊士、ウィンストン・エリニー(ib0024)の声が届く。
「どういう伝で浪士組まで応援呼ばれたかはさておき、集ったからにはできるだけの助力は致すものであろうな」
 顎髭を摩って笑う彼に同意するよう、藤田 千歳(ib8121)が頷きつつ言葉を重ねる。
「そうだな。それに新しい技術や、新しい儀についての情報は、浪志組としても欲しいところだ」
 遺跡探査は多くの発見が期待できる。
 それこそ新しい技術や新たな脅威など、様々に。
 そしてそれらを把握する事は、民を護る近道になる。そう、千歳は考える。
 だからこそ、今回の行動にも積極的だ。
 そしてその言葉を聞き止めた狐火(ib0233)は、恭一郎の立つ傍で足を止めると、彼の顔を仰ぎ見た。
「あなたはどう思いますか?」
 不意に投げ掛けられた問いに、恭一郎の目が向かう。
「此度の探査を命じた理由は勿論、ここに何かあると考えますか?」
「僕にとって理由は如何でも良いです。真田が向かえと言うから来た。それだけですよ」
 それに、と恭一郎の目が壁に手を添えるアルマ・ムリフェイン(ib3629)に向かう。
「何かあるかどうかは君らで探さないと。僕は今回、君達の動きと力を見たいので」
 この言葉は事実上、今作戦への不参加を意味する。
 つまり恭一郎以外の面子で何かの成果を出さなければいけない訳だ。
「さっき、恭一郎ちゃんを満足させるって、言ってたよね? つまり……悠ちゃんが満足すれば?」
 恭一郎の真田至上主義は少々異常だ。
 それを承知しているアルマだからそう問いかけたのだが、どうやら今回は違うようだ。
「単純に僕が満足すればきちんと報告します。それこそ、嘘偽りなく」
――嘘偽りなく。
 この言葉が気になるが、そう語った以上、恭一郎は全てを報告する気だ。
「弟の傍を離れた途端、癖が強くなったさね」
 黯羽はそう言い、アルマの目が届かない壁の高所に目を向けた。
 古い遺跡なのだろう。
 其処彼処に罅は見える。しかし、肝心の隙間らしきものは見当たらない。
「……遺跡って言ったらパッと目につく物以外に色々重要な物が隠れてる事が多いですよねぇ……あれ? しゅしょー、此れ怪しくないですか……?」
 そう言った郁磨の手が壁に触れた。
 その瞬間――

 ガッ……ゴスッ。

「!」
 羅轟の米神を物凄い勢いで槍が通り過ぎた。
「……郁……」
「愛故の苛めです……」
 ヘラリと笑った彼に、羅轟は低く唸る。
 狙って罠を発動させたのは確実だが、これはつまり壁に変化があったと言う事だ。
 千歳は郁磨が触れた場所へ目を向けると、瞳を眇めて意識を集中した。そうして見えて来た物は……
「……何かが、いる」
 掠めた気配。
 それが人なのかアヤカシなのかは、彼の使った心眼では判断できない。しかし壁の向こうに気配を感じた。
 そしてそんな彼の言葉に添うよう、狐火も呟く。
「確かに、何か聞こえますね」
 超越聴覚を使った彼は、所持していた球を取り出すと、おもむろにそれを地面に置いた。

 コロ……コロコロコロッ……。

 見た目は真っ直ぐな床だったが、如何やら斜めに傾いているらしい。
 壁にぶつかり、そのまま一定の箇所まで落ちて行く。そうして辿り着いた場所にアルマが歩み寄る。
「ここの壁……ちょっと、他と違うみたい……」
 コンコンッと壁を叩くアルマに、確かにとケイウスも近付く。
 他の固い壁音に比べ、アルマの叩く場所は空洞のような音がする。
 ケイウスも試しに叩くが、確かに音が違う。
「この壁の向こうに通路か部屋があるってことだよな。何か通る手段があればいいんだけど」
「色が違う箇所や、出っ張り等、怪しい物はないだろうか」
 千歳は狐火の転がした球を拾い上げると、壁と床の境目を覗き込んだ。
 微かに風の匂いがする。
「ここに隙間がある。流石に覗く事は出来ないが……」
「ならコイツの出番さねぇ」
 黯羽はそう言うと、人魂を作成して潜り込ませた。
 細い隙間の先、式を通じて見える光景に、黯羽の表情が徐々に険しくなる。
「コイツは凄い数のアヤカシだなぁ。数えるには一苦労さねぇ」
「なら壊しちゃいましょう」
 サラリと口を出した恭一郎に、一瞬閉口したものの他に手段はなさそうだ。
 アルマは郁磨と共に索敵していた羅轟を振り返った。
「羅轟ちゃん……お願いしても良い?」
 この声に羅轟が頷いて前に出る。
 そうして長大な刀身を抜き取ると、彼は鬼腕を使用して一気にそれを叩き込んだ。
 途端、凄い勢いで壁が崩れ落ちる。だが、破片は飛んでこない。
 その理由は、黯羽の作り出した黒い壁だ。
 アヤカシが来ないようにと防御を敷いたのだが、思わぬ所で別の効果が出た。
「あはは、此れだけ敵が出てくるなら何かありそうですねぇ〜」
 郁磨の言うように、壊れた壁の向こうから現れた敵の数はかなりな物。とは言え、敵の種類は吸血蝙蝠と苔鼠、それに闇目玉が2体いるだけだ。
「しゅしょー、行くよ〜」
 黄金色に塗られた杖を構えると、風の刃を敵の中へと叩き込んだ。此れに複数の敵が倒れるが、まだ終わりではない。
 攻撃を見舞った郁磨を狙って、別のアヤカシが攻撃の手を伸ばしたのだ。しかし、
「こちらは……任せろ……郁」
 郁磨を背に庇って立ち塞がった羅轟。
 彼は勢い良く太刀を振り下ろすと、郁磨に迫る敵を薙ぎ払った。
 其処へ後方からも戦闘音が響いてくる。
「あまり動き回らないでくれるかな?」
 ちょこまかと動く苔鼠。
 それらに狙いを定めて攻撃を見舞おうとする千歳を視界に、狐火は小さく呟き印を結んだ。
 直後、敵の動きが鈍る。
「いまですよ」
「承知!」
 狐火が放った影縛り。それを認めて踏み出した千歳が、左手を柄に添えて抜刀する。
 一閃を敷く様に弾かれた敵を視界に、次へと踏み出した千歳の耳に、聞き覚えのある重低音が響く。
「流石に、連続は厳しいなっ」
 闇目玉対策に重力の爆音を奏でるケイウスは、消耗の激しい練力に苦笑を零した。
 其処へアルマの手が伸ばされる。
「ん?」
「ケイちゃん。はい、あーん」
「え。いや、俺はその……」
 笑顔で差し出されたのは梅干だ。
 梅干には練力回復の効果がある。だがケイウスはこの梅干が苦手なのだ。
「あーん」
 ずいっと差し出された梅干に、ケイウスの喉が上下に揺れる。そして、満面の笑顔のアルマを見ると、彼は覚悟を決めて口を開いた。
「……あ、ありがとぅ……!」
 口に入れた瞬間、目尻に涙が浮かぶ。
 体が小刻みに震え、奏でる音色が歪み、ハッキリ言って逆効果では。
 しかし何だかんだと開拓者である。見事に楽を奏できり、闇目玉を滅した。
 これで残る闇目玉は1体。
 こうして着実にアヤカシが退治され、残りの1体にウィンストンが攻撃を見舞うと、皆は疲労の色を顔に浮かべて中を見回した。
 広く湿った空気の部屋。
 何処かに繋がる通路もなく、光の入る隙間もない。これはハズレか。
 そう思った時、ウィンストンの足が動いた。
「これは……薬草であろうか」
 部屋の奥に茂る薬草。
 其処へ皆が集まると、恭一郎も其処へ足を運び「ふむ」と呟いた。
「遺跡に自生する薬草ですか……効果はありそうですよね」
 恭一郎はそう言うと、笑顔で皆を振り返った。
「見た所ここは行き止まり。とは言え、収穫物はあった。よって、成功って事で真田には伝えておきます。隊士同士が仲良く知恵を出し合う所も見れましたしね。それに」
 言って、浪志組以外の面々に目が向かう。
「君等、浪志組に入りませんか? 勿論、答えはいつでも構いません。気が向いたら浪志組の門を叩いて下さい」
 良い人材も見つかりましたし。
 そう言って笑った彼に、一先ずの任務は終えたと、皆が安堵の息を吐いた。
「……しかし……希儀……か。そこに……何が……あるか」
 僅かに楽しみを含んだ羅轟の声。
 これにウィンストンが事前に聞いていた飛行船の情報を思い出す。
「新たな儀の可能性、新たな遺跡への導き……実に面白いものであるな」
 言って顎を摩った彼に、全員は感慨深げに頷き、発見した薬草に目を向けたのだった。

●右
 駆け抜けた先。
 其処に陣取る汗血鬼は、開拓者等の姿を確認すると巨体を揺らして腕を振り上げた。
 その姿に先陣を切って駆ける羅喉丸(ia0347)が双眼を眇める。
「信頼できる仲間が共にいるのなら、恐れる物など何もない!」
 汗血鬼は強大な敵。しかし1人でならまだしも、此処には多くの仲間がいる。
 彼は拳を大きく握り締める、一気にそれを振り下ろした。
 其処へ汗血鬼の拳が迫るのだが、それを遮る様に一閃の矢が飛んで来る。
 拳の軌道を遮る様に降り注ぐ矢。
 その先に居るのは雲母(ia6295)だ。
 彼女は口に弦を加えて矢を番えると、一気にそれを放った。
 片腕を失い療養していたが、その復帰戦には調度良い。
「……ふふ、まぁ、この程度ならいいだろう」
 思った以上に使える物だ。
 そう零して再度矢を番える。その間も煙管は口に咥えたまま。旋風を纏う一矢を放ち、彼女の目が周囲に飛んだ。
「別のアヤカシもか……なぁ、強いって何だと思う?」
 不意に掛けられた問いに、彼女の傍で符を構える无(ib1198)は思案気に瞳を細める。この間も、出現したアヤカシへの対策は忘れない。
 味方の死角と成り得る場所へと忍ぶ敵を見つけては、魂喰を放って対応する。
「難しい事を問いますね」
 フッと口角を上げ、雲母が煙管から紫煙を吐き出す。その上で矢を構えると、彼女は汗血鬼に目を留めた。
「アヤカシに聞いているんだ。私は弱いと思うか……片腕のない人間は弱いと思うか。とな」
 薄緑色の気を纏って放たれた矢。
 それがキース・グレイン(ia1248)目掛けて振り下ろされた汗血鬼の腕を貫く。
 ゴトリと落ちる腕に目を向け、キースは後方へ退いた。そして着地と同時に地面を蹴ると、一気に間合いを詰める。
「丁寧な出迎えだったが、相手が悪かったな」
 右の通路に進んだ開拓者等は中々の腕の持ち主ばかり。それらの面子全てを相手にするには、汗血鬼一体では足りなかったようだ。
 キースは腕を失いながらも残る片腕で殴り掛かろうとする敵の胴を討った。
 痛覚がない。そんな話は聞いたが討ち込んだ打撃がどれだけ効いているのか。
 よろめきもせず、徐々に動きを強固な物にしてゆく敵に僅かな焦りを覚える。
 そしてその頃、周囲の状況を注意深く観察しながら支援に動いていた千見寺 葎(ia5851)がある事に気付いた。
「何か、くる……?」
 ゾワリと背が震え、小さく喉が鳴る。
 彼女は急ぎ足を動かすと、開拓者等と前衛で刃を振るう志摩 軍事(iz0129)に近付いた。
「お久しぶりです。その……お変わりありませんね、軍事さん」
 彼の動きを助けながら言葉を掛けると、志摩は軽く眉をあげ、次の言葉を促した。
 彼女が皆の支援に動いていた事は承知している。それが声を掛けると言う事は何かあったと言う事だ。
「嫌な気配が近付いています。微力ながらお力添えしますが、十分に気を付けて下さい」
 嫌な気配。それは志摩も感じていた。
 そして心眼「集」を使う海神 江流(ia0800)も又、その気配を感じ取っている1人だ。
 彼は鴇ノ宮 風葉(ia0799)と彼女に同行する鞍馬 雪斗(ia5470)、各務原 義視(ia4917)と共に汗血鬼の隙を突いて部屋の奥へ進もうとしていた。
 だがその足が止まる。
「風葉。何か来るぞ」
 江流の声に、抜け道を発見できなかった風葉は苦虫を噛み潰したような顔で振り返ると、手にしていた杖を大きく掲げた。
「何なのよ、ここ! 行き止まりじゃない!!」
 叫ぶ彼女に、江流が苦笑する。
「この状況でそれか。お前らしいというか……ま、いいけどな」
 そう語るや否や、風葉の手から雷撃が放たれた。狙うのは他の開拓者が攻撃を加えていた下級アヤカシの群だ。
 半ば八つ当たり気味に相殺された敵を視界に、義視は江流が示した方をじっと見据えた。
 そして――
「阿傍鬼」
 彼の声にザワッと辺りがざわめく。
 それもその筈。
 汗血鬼の縄張りに阿傍鬼がいる事もだが、何よりこの空間に汗血鬼と阿傍鬼が揃ってしまった事が最悪なのだ。
「この先は行き止まり。その上敵が増えた……正直、あまり歓迎したくない状況かな」
 これ以上の面倒事を避けるために此処に来たと言うのに、この場でその面倒事に巻き込まれるとは。
 雪斗は苦笑しながら符を構えると、汗血鬼と阿傍鬼の距離を見比べた。
「出来るだけ近付けたくないな」
 今の所汗血鬼と阿傍鬼の距離は離れている。このままの状態を保って倒せれば良いのだが、果たして巧く行くかどうか。
「未知なる世界への探求。その一歩として此処で敗れる訳にはいきません」
 義視は現状を確認。
 自分等が通ってきた通路を抜けて阿傍鬼が来たこと。それを考えるとこの部屋に他の通路がある可能性は極めて低いと見える。
 ならば退路を確保するためにも、汗血鬼と阿傍鬼を倒す事は必要だろう。
「団長、どうします?」
「この憂さ、コイツ等で晴らす!」
「承知。では皆の者、進め!」
 汗血鬼は既に数が足りている。目指すのは阿傍鬼だ。
 義視は風葉率いる団の面々が動きに困らないよう、状況を随時判断し指示を出して行った。
 そしてその頃、次々と現れる下級アヤカシを相手にする八十神 蔵人(ia1422)は、
「こいつは凄いなあ……なにはともあれ、あれらをどーにかせんと進めんよなあ」
 この先に道はないにせよ、この部屋を調べるのはアヤカシを始末してからだ。
 蔵人は飛び掛かってくる吸血蝙蝠を薙ぎ払うと、後衛の位置で術を使用していた无を見遣った。
「少しばかし無茶するんでよろしく頼むわ」
 ニッと笑んで刃を構える。
 そうして放ったのは咆哮だ。中級アヤカシと共に群がる下級アヤカシ。それらを出来るだけ此方に引き寄せるのが目的だ。
「確かに無茶ですね。ですが、了解です」
 无は手の中の符を返すと、黒い壁を出現させた。それは汗血鬼と阿傍鬼、そして下級アヤカシとを分断する。
「長くはもたないでしょうから、手短にお願いしますよ」
「おう! 敵の攻撃を平然と全て受けきるわし、カッコイイ! ふっ……貴様の攻撃なぞ通用せん!」
 无を護る為に壁役も徹するが、やはり痛い物は痛い。若干涙目になりながらもそんなことを零す蔵人に、无は冷静に「ふむ」と符を構え直した。
「では回復は必要ないでしょうかね」
「!? うそですごめんなさい。ちょっと痛いです治療と援護お願いします!」
 慌てて捲し立てる彼に、无は表情を変化させることなく治癒符を使用する。他にも魂喰を発動させたりと、蔵人の補佐にも余念がない。
 そんな中、黒い壁で下級アヤカシと分断された汗血鬼と阿傍鬼はと言うと……。
「……また、率先して突っ込んで行かれるとは、志摩さんもまだまだ血の気が多いですねぇ」
 クスリと笑って六条 雪巳(ia0179)は先陣をきった志摩に籠結界を施す。その上で同じく先陣をきった無月 幻十郎(ia0102)にも加護結界を施すと、近付きかけた汗血鬼との距離を取った。
「下級アヤカシを相手にしないだけでも心強いこと。後は不意打ちを警戒すれば如何にかなりそうでしょうか」
 とは言え油断は禁物だ。
 雪巳は周囲の負傷状況を確認すると、手元の杖を振り上げる。瞬間、優しい風が流れ、前衛で刃を振るう劫光(ia9510)の傷を癒した。
「すまない、助かった。しかし……」
 口端に浮かんだ血を手の甲で拭い、劫光は友である玖雀(ib6816)を見遣る。
「のっけから大そうな歓迎だとは思ったが、更に歓迎されることになるとは」
 彼もまた雪巳の力で傷を回復させて貰うと、長い髪を揺らして息を吐いた。
「だな。汗血鬼だけで何体かいる。そう踏んでいたが、阿傍鬼が出てくるとはな。大丈夫か?」
「問題ない」
 短く答える劫光に、玖雀は阿傍鬼を見る。
 汗血鬼同様、強力な力を持つ中級アヤカシである阿傍鬼は、一気に獲物を仕留める真似はしない。
「仲間は他にもいる。だが信頼できるのは劫光、お前だ。背中は任せたぞ」
「そう言われては手を抜けないな。それに、雪巳がいるから少しくらいは無茶しても平気だよなあ?」
 上がった口角。来れに雪巳はクスリと笑み、玖雀は頷きを返して前へ踏み込む。
 彼は漆黒色に染まる苦無を取り出すと阿傍鬼に向けて投擲した。
 それは阿傍鬼の視界を掠め、敵の目を此方に向ける。その瞬間を、玖雀は期待していた。
 すぐさま印を結んで繰り出す術。
 それが阿傍鬼の足元に影を作り、敵の動きが鈍った。
「劫光」
「汗血鬼の為の取って置きだったんだが、仕方がない」
 符に送り込む練力。其処から紡ぎ出される禍々しい気配に、阿傍鬼の目が向かう。
 だが阿傍鬼の足は動かない。
 劫光はこの隙に黄泉より這い出る者を使用すると、阿傍鬼を呑み込ませた。
 唸るような奇声と共に瘴気を放つ敵。
 まだトドメには一撃足りない。
「そこ、危ないから退いてなさい!」
 風葉が雷撃を討ち放つ。
 これで阿傍鬼の動きが完全に停止した。
 膝を着き、崩れ落ちる其処から瘴気が昇り姿を掠めてゆく。
 そして同時期、フィンは鬱憤を晴らすかのように汗血鬼目掛け、突っ込んでいた。
 以前参加した依頼で傷付いた彼女は、今作戦の参加を悩んでいた。だが、暴れればスッキリするかも。そんな気持ちで参加。
 現状、彼女の狙い通り暴れる事が出来ているのだが、
「じゃっまだあああああああ!!!」
 凄まじい勢いで剣を片手に斬り込んでゆくフィン・ファルスト(ib0979)にフェンリエッタ(ib0018)も後に続く。
「フィンさん、上!」
「あっまあああああい!!」
 降り注ぐ拳。それを盾で薙ぐように払い除けると、彼女の体が一瞬だけ浮いた。
 攻撃を受け続けた汗血鬼は自身の力を膨れ上がらせている。今は最初に拳をまみえた時と訳が違う。
 吹き飛ばされそうになった体を半回転させて着地し、再び敵の間合いに突っ込む。
 其処へ汗血鬼の片腕が迫るが、それをフェンリッタの刃が遮った。
「ッ、固ぃっ」
 ビリビリと痺れる腕。それを押さえて、第二派を払う。だが彼女もフィン同様に後方へと飛ばされてしまう。
 しかし彼女らの動きが全くの無駄でないことは、汗血鬼に迫る開拓者を見ればわかった。
「そろそろ終わりにしようか」
 フィンとフェンリッタのお蔭で間合いに入り込めたキースは、拳を限界まで引くと、大きく聞き足を踏み込ませた。
 ゴスッ。
 鈍い音が辺りに響き、汗血鬼の体がよろける。だがそれだけだ。
 キースはすぐさま間合いを測る為に後方に飛ぶと、彼女の頬を汗血鬼の拳が掠めた。
「――ッ」
 頬を流れる血痕に息を吐き、再び攻防に参加する。その視界に羅喉丸の姿が入った。
「積み重ねてきたものが無駄でなかった事を示すために。今こそ、限界を超える」
 此処まで汗血鬼を追い込んでしまったのは自分にも責はある。だからと言って此処で退く訳にはいかない。
 キースの作り出した大きな隙。其処に入り込んだ羅喉丸は自身の体を覚醒状態にさせると、凄まじい勢いで拳を叩き込んだ。
 その勢いは汗血鬼の足を後退させるほど。
「手伝います……――ウッガアアアアアアッ!!」
 鬼神を思わせる勢いで飛び込んできたフィン。彼女は腕力に力を上乗せして、長剣を頭上から叩き込む。
 メキメキと嫌な音が響き、汗血鬼の足が完全に後ろに下がった。
「さて、これで最後だと助かるんだがね!」
 足を下げた汗血鬼の真後ろ。
 其処に控えていた幻十郎が、手にしていた刀の鍔を鳴らす。
 そして――
「コイツで終いだ!」
 この一刀に全てを賭ける。
 全身の力全てを刀身に乗せ、幻十郎の刃が汗血鬼の胴を薙いだ。

 ゴトッ。

 勢いよく倒れた胴。それに次いで倒れた下半身に汗血鬼を相手にしていた開拓者等が肩を撫で下ろす。
 しかしこれで全てが終わった訳ではない。
「こっちはまだ大歓迎中みたい。応援よろしく!」
 汗血鬼を相手にした直後だと言うのに、フェンリッタは元気にそう叫ぶと、近くの吸血蝙蝠に向けて雷鳴剣を放った。
 次々と倒れる敵。こうして左の通路のアヤカシも全て掃討されたのだが……。

「皆さん。だいぶやられましたね」
 礼野 真夢紀(ia1144)はそう言いながら、キースの頬に薬草を塗り付けてゆく。そうして次の怪我人として劫光にも薬草を塗ると、未だ瘴気に還りきらない汗血鬼と阿傍鬼を見た。
「……この程度で済んでよかった。そうとも言えますが」
 何にせよ、遺跡と言う狭い空間で良く闘った物だ。
 真夢紀は後方支援に徹し、雪巳や无が回復にまわれない者達の治療に当たっていた。
 そのお陰で被害が最小になっていたと言っても良いのだが、本人にその自覚はない。
「よろしければ、蜜酒もどうぞ。疲れた体にはよく効きますよ」
 そう言って蜜酒を振る舞う。
 そしてある程度の治療が終わった頃。出入り口付近で周囲の様子を伺っていた葎が戻って来た。
「誰か来る」
 この声に、皆が武器に手を伸ばす。
 しかし現れたのは敵ではなく、彼等を遺跡に向かわせた円真の部下だった。
「別の入り口から突入した開拓者より連絡があり、魔神発見の方が入った。至急その援護に向かって欲しいとの事」
「ちょっ……それ、何処よ!!」
 叫んだのは風葉だ。
 今にも掴み掛かりそうな彼女を宥めて、江流が問う。
「3つの入り口の1つと言う事は、遺跡の外に出て援護に向かうと言う事でしょうか?」
「それに関しては追って連絡が入る筈。一先ずこれを」
 円真の遣いはそう言うと、全員分の梵露丸を差し出した。それを志摩が受け取るのだが、納得いかない者は多いだろう。
「あー……俺の勘が外れた訳だ。悪かったな」
 そう言って、志摩は個々に梵露丸を渡す。
 その上で未だ納まらない怒りを抱える面々に苦笑して頭を下げた。
「報酬に色を付けておく。俺の自腹なんで少なくても勘弁してくれ。でもって、また手を貸してくれると助かる」
 今回の探査はアヤカシ退治に終わった。
 だが魔神が発見されたと言う事は、この次にとる行動もある筈だ。その時には皆の協力が必要不可欠。
 志摩はそう告げ、自腹で報酬を上乗せする計算を始めた。