赤龍失踪す・空
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX :危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/13 14:13



■オープニング本文

●赤龍の痕跡
 開拓者ギルドに足を運んだ天元 征四郎(iz0001)と天元 恭一郎(iz0229)は、職員の山本・善治郎の前で厳しい表情で眉を寄せていた。
「海道・曹司……確かに、開拓者名簿に名前はあるけど、僕より恭一郎さんの方が詳しいんじゃないかな?」
 そう口にした善治郎は、先程まで開拓者名簿を調べていた。
 その内容は、海道・曹司(かいどう そうじ)と言う人物の所在及び、在籍の有無だ。
「確かに、僕の方が詳しいでしょう。ですが今も開拓者として名を連ねているかは、些か……」
「その点は問題なくこっちでわかりましたけど……何で急にこの人物を――ま、まさか、コイツが道場、んぐぐぐむぐ」
 行き成り大きな声を放った善治郎の口を、恭一郎の手が塞ぐ。そして善治郎の顔を覗き込むと、呆れたように息を吐いた。
「その接点は未だありません。ですが、妹の五十鈴が姿を消した際、彼が関わっていたとの情報が入ったのです」
「ぷはっ……何、五十鈴ちゃんまた居なくなったの?」
 然して驚いた様子もなく問う善治郎に、今度は征四郎が頷く。
「今朝、道場襲撃の情報がないかと、ギルドへ行ったきり戻らない……心配で見に来たら不在な上、嫌な噂も耳にした……」
 五十鈴が家を出たのが明け方。
 そして今は夜の帳が下りて久しい頃。彼女が姿を消して半日は経っている。
「でも、単純にまだ探してるとかは無いんですか?」
「残念ながら。五十鈴は僕と約束をしていましたので、それを違える事は無いと思います」
「約束?」
 どんな。
 そう問いかける善治郎に、問いを向けられた恭一郎ではなく征四郎が口を開いた。
「……兄上は、怒らせると怖い」
 要は、戻って来なければ罰を与える。とでも言われたのだろう。
 その罰の内容は聞かない方が良さそうだ。
「兄上。もう少し、海道の情報を探りますか……?」
「それに関しては此方で調べる。浪志組の者が何か知っているかも知れないしな」
 そもそも海道は、浪志組発足以降、何度か彼等の仕事を邪魔している。とは言え、彼自身が邪魔をしていた訳ではなく、彼に雇われた者が彼に変わって行っていたに過ぎない。
「元々、浪志組発足に反発していた人物……五十鈴を攫ったのも、浪志組に属する者への嫌がらせか……それとも、他の何かか……」
 とは言え――
「真田の理想に異を唱える者を放っては置けん。それに、五十鈴に関しても然り。至急、情報網を使用し、五十鈴と海道の形跡を追おう。予想が正しければ今頃は――」

●違和感の先に
 相棒の炎龍。その背に跨り、恭一郎は自ら集めた情報を思い出し、息を吐いた。
「五十鈴を攫った事、浪志組への妨害……これだけを見れば、俺への嫌がらせだが……」
 何かが引っ掛かる。
 そう口にして考えるのは、情報収集中に耳にした言葉だ。

――海道は朱藩国へ向かった。

「朱藩は俺の出身……俺への嫌がらせならば、向かう事に不思議はない。だが、何故今……」
 妙な違和感が付きまとう。
 だがそれが何なのか、其処までは分からない。
 正直、実家での騒動、此処までの出来事の何処までが関わっているかも不明だ。
 それらが接点があり、もし何かしらの理由があるのなら、何時かは違和感の答えも出るだろう。
「とは言え、計らずも征四郎を朱藩に戻す事は出来そうか……アレも、頑固だからな」
 ポツリ零して、前を向いた。と、その目が一気に細められる。
「――……あれは」
 前方に見える無数の点。
 明らかに此方へと近付く点に恭一郎の口角が上がった。
「やはり妨害が来たか」
 彼はそう呟くと、後方に控える開拓者を振り返った。
「敵襲のようです。お手数ですがお力をお貸し下さい。勿論、全部を倒す必要はありません。あの飛空船を無事、朱藩国へ導ければ問題ありませんので、あまり無理はなさいませんよう」
 穏やかな声音でそう告げ、彼は朱塗りの槍を構えて手綱を引いた。
 此れに他の開拓者達も続く。
 だが彼等はまだ知らない。
 その先に、無数のアヤカシが控えている事を……。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
朝比奈 空(ia0086
21歳・女・魔
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

 薄暗い空に覗く白い空。
 空け始めた空に顔を覗かせた太陽の光を浴び、開拓者達は近付きつつある存在を目で確認していた。
 遠くでは黒い無数の点にしか見えなかった存在。それがアヤカシ群れであると気付くのに、そう時間は掛からなかった。
 天元 恭一郎(iz0229)は見えてきた点は、自らが予想するものと違い過ぎる事に僅かながら驚いている。彼は先に見えた点を、人が騎乗する龍か何かと思っていた。だが、実際に近付いてみれば存在はそんな生易しいものではなかった。
 そもそも、彼がそう思うのは五十鈴を攫った海道が人間であるからだ。
 そして人間がアヤカシを使役する等、通常有り得ない。有り得るとすればそれは陰陽師か何か。だが、海道は違う。
「海道以外にも、潜んでいる何かがある。そう考えるのが妥当か?」
 思案気に零した声。
 誰にともなく零した声だったが、まるでそれを拾うような声が彼の耳に届く。
「ふむ、これはまた……歓迎されているらしい。恭一郎殿。海道とやら、アヤカシ共を使役する輩か?」
 相棒の龍、団子の手綱を握り尾鷲 アスマ(ia0892)が問う。
 彼の手綱の先に居る友は、如何にも血気が盛んで制御に厳しい。故にこうして手綱を引き締めていなければ、何時単身で乗り込むか知れない。
 それを知ってか知らずか、手綱を引き締められた団子は若干不機嫌そうにアスマを見た。
「そう膨れるな。時期に緩めてやる」
 宥めるよう囁く声。
 その声を耳に止めながら、恭一郎は静かに首を横に振った。
「いえ、海道は人間です。過去、そうした術を持っていたとの報告もありません」
「ならばその術を身につけでもしたか」
 そう言葉を発したのはアスマでも恭一郎でもない。鬼島貫徹(ia0694)は2人の反応を見ながら前方の大群を見てニイッと口角を上げた。
 その姿は何処となく楽しそうだ。その実、彼は大量の敵を前に、胸の高鳴りを感じている。
「退屈極まりない空の旅かと思いきや、中々どうして大そうな歓迎ではないか」
「鬼島さん、楽しそうですね」
「当然だろう。御調は楽しくないのか」
 楽しいのはさも当然。その様に言の葉を返す彼に、御調 昴(ib5479)は困惑気味に目を瞬き、そして前を捉えた。
 敵の数はザッと見ただけでは不明。
 この様子だと攻撃範囲内、遠距離武器や攻撃の射程範囲内に入ったとして、明確な数が出るかは不明だ。
「僕は……少し、不安です」
 浪志組に対しては昴自身も思う事がある。とは言え、アヤカシを使ってまで如何こうしようとは思わない。
 そもそも人外の存在を使う事自体が普通ではないのだ。
 それに加えてこの数を見れば、嫌でも思考は悪い方へと動く。
「ただ、浪志組に対して反対的というだけでアヤカシまで、と言うのはどう考えても変、ですよね。ですから、不安は消えません……」
 緊張、と言うよりも若干表情が強張る彼に、貫徹は僅かに唸った。
 確かに彼の言う事も一理ある。しかし此処は戦場。
「思考を巡らすのは後でも充分に出来よう。今は目の前の敵を蹴散らす。それに、考える楽しみは後に取っておくほうが良くはないか?」
「考える楽しみ、ですか……?」
 思ってもみなかった言葉に昴は目を瞬く。
 潜む黒幕の存在、それを考え不安に思う時間は後に取って行く。確かに楽しみと言えなくもないが不謹慎な気もする。
 けれど、彼の言葉で不思議と不安は消えた気がする」
「そう、ですね。少しくらい、前向きな考え方も必要でしょう……わかりました。考えは後のお楽しみとして、今は目の前の敵を倒す事に集中します」
 表情でも声音でも、昴が不安を消した事はわかる。それを見止め、貫徹は己が手綱を握り締めた。
 其処へ別の龍が近付いて来る。
「こうして近付くと、更に数を多く感じますね。この感じですともう少し船に接近して、近寄ってきた敵を落とす形で動くほうが良いでしょうね」
 白銀の髪を風に揺らし、朝比奈 空(ia0086)は視界を巡らせるように顔を動かした。
 上空を飛翔する敵。そして開拓者。
 その双方は未だ戦域に達してはいない。つまり、双方共に飛空船から離れた位置に在ると言う事。
 このまま防衛を敷くという意味で飛空船に近付き、敵の間に入る事は充分可能な位置と言えるだろう。
「陣を二手に分け、けれど、離れすぎず……その後、可能であれば更に詳細に分かれることも視野に入れて動くと良いかもしれません」
 彼女達開拓者の目的は、飛空船を守る事。
 つまり防衛を敷く事がまず必要な事になってくる。
 その上で敵を討ち、飛空船を敵の手から護り飛行させるのが第二に行う事。
 全ての行動は飛空船を守るために無くてはならないと言う事で、彼女の口にした案は目的達成には有効なものと言えるだろう。
「では私は、船に添う位置を……紅焔、行けますか……?」
 空の言葉を汲み取り真っ先に柊沢 霞澄(ia0067)が動き出す。
 彼女は巫女だ。皆の回復役であり、前衛に向かない彼女が後ろに着くのは当然だろう。
 そんな彼女に空の目が向かう。
「柊沢さん」
 声に炎龍の手綱を引いた霞澄の動きが止まった。そして不思議そうに青白色の瞳が空の姿を捉えると、彼女の首が緩やかに傾げられる。
「こんな事を言っては失礼かもしれませんが……皆、貴女が頼りなのです。どうか、気を付けて」
 回復手を失えばどんなに強固な陣でも崩れゆく可能性がある。だからこそ、霞澄には最大限に注意して欲しい。
 そう言葉を発した空へ、霞澄は穏やかに微笑む。
「失礼だなんて……そんなこと、ありません……」
 自分の心配をして貰って、それを不愉快に思う者がいるだろうか。否、少なくとも霞澄はそうした人間ではない。
「有難うございます……朝比奈さんも…気を付けて、下さいね……」
 ふわりと微笑んで頭を下げる彼女に、空の相貌にも笑みが乗る。
 まるで此処が戦場である事を忘れそうな程に穏やかな光景だ。そしてそれを見ていた千代田清顕(ia9802)が2人に優しげな眼差しを向けながら口を開いた。
「何とも和む光景だね。女の子は花があって良い」
 飄々と、けれど嫌味ではない声音で零し、清顕は同意を求めるように隣を見た。
 其処には険しい表情で前を見るキース・グレイン(ia1248)がいる。
「挑発であるのか、策があって誘導するつもりなのか……何が目的かは知らんが、周囲に手を出すやり方は気に食わんな」
 ボソリと零された声は明らかに独り言。その声に清顕の口元に苦笑が浮かぶ。
「……グレインさん、聞いてる?」
「ん?」
 何の話だ。
 そう問うように目を瞬き視線を戻した彼女に、清顕は小さく肩を竦めた。
「あまり気を張り過ぎてもダメだよ。確かにあそこに見えるアヤカシは厄介だけどね」
 彼の言う『あそこに見えるアヤカシ』とは、龍の形をした巨大な鳥の事だ。
 見た目は炎龍に良く似ているがその実は違う。牙がある筈の場所には嘴が生え、鳴き声も龍のそれよりも甲高い。
「あの敵は厄介なんてものじゃない……そうだ。命綱は付けているか?」
 以前、鳥龍と実際に闘った事があるキースは、2体の鳥龍がどれだけの脅威か分かっている。1体だけでも厄介だと言うのに今回は2体も出現しているのだ。故に、万全を期すために安全性にも事前に注意を置いておきたい。
 だがその確認こそが、彼女が気負っている証拠でもある。
「もう少し、力を抜いてね」
 優しく諭す声にキースはハッとなって視線を落とした。
 その目が自らの施した命綱へと向かう。勿論戦闘中は両手が疎かになる。どんなに信頼関係の厚い間柄でも、騎乗した場所から落ちてしまう可能性だってあるのだ。だから彼女の注意は当然のこと。
 清顕はそれがわかっているから彼女にこれ以上の事は言わない。
「勿論手段は講じているよ。しかしアレだね」
「?」
「何だか船を待ち構えていたみたいじゃないか?」
 確かに。と、キースは僅かに頷く。
 そう言えば戦闘位置へ移る際、恭一郎は黒の点を『妨害』と言った。この周辺のアヤカシや敵が襲ってきたのではなく『妨害』と。
 それはつまり、人の手が何かしら加わっている事を指す。
「意図された襲撃なのか? だとしたら……海道とやら、何者なんだ」
 疑問へと動く思考。
 考えれば考える程に湧き上がる疑問や疑念に際限はない。つまり、考え過ぎれば思考の迷宮に迷い込み、逃れるのに時間がかかってしまうと言う事だ。
 けれど今はその為に裂く時間はない。
「ほらまた……きっと長期戦になるだろうから、もっと肩の力を抜いて−−では、武運を祈ってるよ」
 言って彼の龍が動き出す。そして通り過ぎ様に清顕がキースの肩を叩くと、彼女は長く息を吐いて上空を見上げた。
「……今は、目の前の敵に集中、か」
 昂る感情を抑えるように息を吸い込み、相棒の背を撫でる。その様子に、龍の顔が上がった。
「……ブレイブ、頼りにしてるが無理はするなよ」
 そう声をかけ、顔を戻して飛空船の前へと手綱を動かす。と、其処に新たな声が届いてきた。
「――おいザル警備、なんか船の方にもアヤカシ沸いてるねんけど?」
 声に、皆の目がこれから守るべき飛空船に向かう。
 その目に映るのは、甲板を埋め尽くさん勢いで現れたアヤカシ。見た所、飛行アヤカシではなく、陸上に存在すべきアヤカシが軒を連ねているだろうか。
「やはり、向こうにも……」
 恭一郎は朱塗りの巨大な槍を構えると、小さく息を吸い込んで声を上げた。
「船の方には弟がいます。船の中は彼に任せておけば大丈夫です。私達は空に専念しましょう」
 気を逸らせば此方とて無傷では済まない。
 そう言外に発し、恭一郎は戦闘準備と覚悟を決めて行く。その姿に声を上げた八十神 蔵人(ia1422)は、恭一郎を見た上で今一度飛空船を見る。
「まあ、専念できるっちゅうんならそれに越した事はないんやけど……」
 船の方に乗組員が居るのは予想の範囲内。けれど其処にアヤカシがいるのは予想の範囲外だった。
 それに敵がアヤカシと言うのも聞いていない。
「んー……思ったよりも面倒な依頼やったか……」
 飛行する船の護衛。そうした話で受けた依頼だったが、それにしては随分と難易度が高い依頼となってしまった。
 そもそも下級アヤカシが此れだけ多く存在すると言う事は、それを使役する『何か』が存在すると言う事。つまり、この敵を倒した所で別の何かが起こる可能性があると言う事だ。
「まあええわ」
 蔵人は溜息と共にそう吐き出すと、白く輝く刃を覗かせる鎌を取り出した。それを両の手に握り締め、龍に跨る足に力を篭める。
「これだけの敵を相手にするんや、報酬とコネに期待しよう!」
 さあ、始めるで!
 そう切り出した彼の声を切っ掛けに、開拓者達は敵の陣中へ攻撃を開始した。


 朝日は既に上空に達し、先程まで肌寒さを感じさせていたとは思えない程に暖かな光を注いでいる。
 その中で、開拓者達は予想外の数で迫り来る敵に対応していた。
「ブレイブ、そのまま護りを固めていろよ!」
 両の手に握り締めた長柄斧。其れを胸の前で構えて叫ぶ。
 それにキースの龍は素直に反応していた。
 従順に敵の攻撃を主の変わりに引き受け、彼女が攻撃に転じ易いよう動いてゆく。その動きで出来る隙は他の仲間にとっても願ってもないもの。だが代償は存在する。
「――ほら、こっちに来い!」
 覇気と共に吐き出した声。此れに雲の隙間から細長いアヤカシが飛び出してくる。
 良く見なければ姿さえも透けて見えそうな存在に、キースとブレイブは身構え攻撃の手段を伺う。
 そして間合いに敵が入り込んだ。そう判断した彼女の腕が動く。しかし――
「ッ……何処に!?」
 陽の光に照らされ、直ぐ傍まで迫った風柳の姿を見失った。
 此れに焦った彼女の龍が身を翻す。
「ブレイブ、待て――」
 咄嗟に手綱を引くも龍の動きに間に合わない。このままでは放り出される。
 そう思った時、ブレイブの手綱を誰かが握った。
「キース嬢、前に出過ぎだ」
 静かな声で諭し、ブレイブとキースを嗜めたアスマ。彼は逸るブレイブを宥めるように手綱を動かし制御してゆく。
 そして彼と共に飛び込んできた貫徹がキースに襲い掛かる風柳を斬り伏せると、彼はじわじわと近付き来る鳥龍に目を留めた。
「そろそろだな」
 本来は戦闘と同時に一斉に攻撃を見舞いたかったのだが、距離的に適わなかった。その原因となるのが今も行く手を阻む下級アヤカシ達。
「見た目以上に小者が多い……少々邪魔そうだが、行けそうか?」
 多少手順は違えたがこの程度ならば如何と言う事は無い。
 大仰に頷く貫徹に「ふむ」と声を零し、アスマはブレイブの手綱を放す。もう1人でも問題ない。そう踏んでの行動だ。
「しかし如何して……あの鳥とも龍とも言えぬアヤカシの獰猛な面構えは悪くない。久方ぶりに俺が討つに相応しい相手よ」
 確かに鳥龍は見た目にも、実力的にも獰猛。一筋縄ではいかない相手だ。
 だからだろう。貫徹のように大きく構え、嬉々として迎え撃つ者は珍しい。ある意味、相性の良い組み合わせなのかもしれない。とは言え、油断は禁物だ。
「他の組も、間合いに入ったようだ」
 アスマの言葉通り、彼等が目指す鳥龍の元へ攻撃を見舞おうと機会を伺う仲間が見える。
 貫徹は視界端にその姿を捉え、黄白色の魔槍砲を構え直す。そうして静かに息を詰めると、引き金に指を添えた。
 一方その頃、鳥龍から見て左前方。
 鷲獅鳥の背に跨る昴は、貫徹らの動きを目に止めて、相棒であるケイトの手綱を握り締めた。
「ここに来るまでにも、大量のアヤカシに邪魔されましたね……ケイト、問題ないですか?」
 トンッと背を叩き問う。
 それに対して、ケイトの嘴が開く。まるで「馬鹿にするな」そう言われているようで、昴は苦笑して前を向いた。
「頼もしいですね。っと、そうだ。朝比奈さんは大丈夫ですか?」
 同じ鷲獅鳥を使役する空は、昴と同じ道を駆けて来た筈。つまり彼女もまた、下級アヤカシの攻撃を受けている筈だ。
「大丈夫です。それよりも、鳥龍を攻撃できる間合いが近くなっています。常に警戒を怠らないよう、気を付けて下さい」
 相棒の黒煉の手綱を引き寄せて声を上げた彼女に、昴は頷きを返す事で応えた。
 彼女の言うように、もう直ぐ鳥龍への攻撃の間合いに入る。
 昴は両の手に携えた魔槍砲を構えると、視界に入る敵へと照準を向けた。
「援護、お願いしますね」
 魔砲槍の射程はかなり短い。
 その射程を補う意味でも、また、彼等の身を護る意味でも、空の力は必要だ。
 彼女はそれを承知で頷くと、身に、腕に、体全体に纏わり付く布地を振り上げた。そうして手を前に伸ばして息を吐き出す。
「火力を最大限に……炎の力を此処に集約する。精霊よ、力を貸して……」
 深呼吸する要領で吸い込んだ息。その上で腕を頭上に掲げると、指先が仄かに暖まりだす。
 此れで彼女達の準備も整った。
 残るはもうひと方向に位置を取る面々の準備だけだ。
 地上とは違い、空は上にも下にも、前にも後ろにも戦域が存在する。それはつまり、一方だけを注意して戦う先方では空域を制する事は出来ないと言う事。
 多くを見据え、視野を広く持たなければ、いずれは限界が来て崩されてしまうと言う事でもある。
「鬼島さん……御調さんらが、鳥龍を討つのにちょうど良い間合いに入ったようです……」
 陣形の最後方。其処から見える景色に霞澄が言う。
「取り巻きで足止めされつつ、延々と鳴かれると厄介やからまずあれを1体……そう思ってたんやけど、そう簡単にはいかんようや」
 此処までで受けた傷をひと舐めし、腕を下ろすと同時に二刀の鎌を構え直す。そうして自身の龍、小狐丸に目を向けると蔵人は若干眉を上げた。
「なんや、またビビッとるんかい」
 炎龍とは本来気性の激しい生き物だ。
 しかし彼の相棒である小狐丸は、何故だか気が弱い。本当ならこのような場に乗り込む性格ではなく、大人しく部屋の隅で丸くなるようなそんな性格なのだ。
 だからだろう。今も戦場に在りながらオドオドとした雰囲気が抜けきらない。そしてその事に、蔵人は遅れながら気付いたようだ。
 彼はニイッと口角を上げて小狐丸を見ると、こう言い放った。
「小狐丸。万が一にでも、鳥龍の鳴き声にびびってわしを落としたらお前の首飛ばすからな?」
 この声に、龍の背がビクリと震える。
 その様子にクツリと笑んで、蔵人は前に死線を戻した。
「ははは、冗談やで、冗談……やとええなあ……」
 何だか目が笑っていない。
 此れに小狐丸が小さく鳴いたが蔵人はそれ以上何も言わなかった。何故なら、彼等の前にも鳥龍と其処に行くまでの道を阻む下級アヤカシが居るから。
「柊沢さん、攻撃の機会を合わせたいので、合図をお願いしても良いかな?」
「あ、はい……勿論です……」
 手裏剣を用意して攻撃の機会を伺う清顕。そんな彼の声に頷きを返した霞澄は、前を見たまま皆の動きを注意深く見据えた。
 一斉攻撃の機会は1度きりと考えて良いだろう。そもそも複数のアヤカシが存在する中で、1カ所に戦力を集中させるのは危険だ。
 幾度となく繰り返せば、明らかに後方に控える飛空船の護りが薄くなる。
「朝比奈さんが、メテオストライクの準備にはいりました……まもなく、です……」
 この声に蔵人が小狐丸の脇を蹴る。そして武器の先端に電流を纏わせると、隣に進み出た清顕を一瞥した。
「スレイン、攻撃を合わせてくれよ。船を……みんなを護るんだからな」
 励ますように相棒の背を撫でると、スレインは言葉に応えるよう顎を上げた。そして息を吸い込む動作を見せる。
「――鳥龍、射程圏内に入りました……!」
「今や!」
 霞澄の声を合図に、蔵人が、清顕が、この場に存在する全ての開拓者達が鳥龍に向けて一斉に攻撃してゆく。
 その光景は正に圧巻。
 響き渡る雷鳴に、視界を覆う火炎弾。其処へ叩き込まれる無数の弾丸は、既に出来始めた煙幕を更に大きくしてゆく。
 そして開拓者の攻撃がピタリと止むと、煙幕は徐々に薄くなり、鳥龍はその場から姿を消している――筈だった。
「なっ……何故……」
 空の呟きに、皆も同様の驚きを浮かべた。
 何故なら鳥龍への攻撃は完璧で、それらは全て鳥龍に直撃したのだ。だからこその煙幕で、だからこその爆発で……しかし、鳥龍は其処に居る。
 若干鱗を剥し、傷を負っているが、その傷は如何見ても致命傷ではない。
 鳥龍は自らを傷付けた開拓者達を赤い瞳で捉えると、大きく嘴を開いた。その姿にキースが叫ぶ。
「拙い、来るぞ! 皆、手綱を引けっ!!!」
 この声に呆然としていた者達が手綱を引く。だが間に合わない。

 キイィィィィィィッ!

 空を裂くような奇声が響き、それを耳にした龍、そして鷲獅鳥が身を捩る。
 奇声はまるで硝子を爪で掻いたような音で、人間にも不快感を与える。それに加え、この異音、彼等が襲い掛かった鳥龍だけで納まらなかった。

 ギイィィィー―ッ!

 僅か遠くに控える別の鳥龍も声を上げたのだ。
 此れには辛うじて耐えていた相棒達も身を捩る。一刻も早くこの場から逃れようともがき、背に乗る友や主の存在を忘れて飛び出してゆく。
「っ、このたわけが! 落ち着け!」
「くっ……団子、静まれ!」
 何とか宥めようとするも、大人しくなる寸前で新たな奇声が響く。
 此れでは次の手段に出る事が出来ない。
 それに加えて厄介なのは鳥龍と共に空を舞う別のアヤカシだ。暴れる龍や鷲獅鳥を目掛けて攻撃を仕掛けてくる風柳や小雷蛇。これらは実に厄介で邪魔だ。
「順序が、間違っていたのでしょうか……っ、黒煉……落ち着いて!」
 振り落とされないように手綱にしがみ付くので精一杯。それでも何とか気を取り直して貰おうと叫ぶ。
 そもそも気になるのは、鳥龍が無事だった理由だ。
「あの攻撃を受けて、何故……」
 昴は大きく手綱を引いてケイトの制御に掛かる。その上で目を凝らす。
「何か……あるはずです……」
 何か、見落している物が。
 霞澄は漸く落ち着き始めた紅焔の背で呟くと、ふとあるモノを確認した。
 それは雲の合間に隠れるアヤカシ、小雷蛇。そしてその他に、それらに添う様に舞う風柳の姿が見える。
「陽の光に透かされて、風柳が更に見え辛く……」
「それだけじゃない。鳥龍の周りを、風柳が飛んでいるんだ」
 そう、清顕の言う通り、鳥龍の周りには太陽の光を上手く利用して人の目から逃れる風柳が無数にいたのだ。
 戦闘開始直後に前方を塞いだ敵。
 数が不明である段階で、敵が道を塞ぐ事は多少なりとも予想できた。だが、それに対する対処が手薄になってしまい、結果、鳥龍を攻撃した際に風柳が壁となってしまったのだ。
「……こんなんありかいな……」
 苦々しげに呟く蔵人。
 しかし彼等に迷っている暇は無い。こうしている間にも、鳥龍を含めた他のアヤカシ達が飛空船に向け移動を開始している。
「……体勢が整い次第、飛空船と対空組に分かれて対処しましょう。飛空船だけでも、護りぬかなければなりません」
 恭一郎は皆に聞こえるようそう言って、一足先に龍を駆って飛空船の元へと飛んで行った。


 初めの一歩で躓いたのは正直痛手だった。
 鳥龍の鳴き声で足並みが乱れた事、飛空船への防御が遅れた事も、全ては其処に原因があったのかもしれない。
 けれど彼等にはそれを補うだけの実力と経験がある。
「浪志組隊士にはない経験と知識。私が彼等に依頼したのもそれに期待するからこそ……これ以上の邪魔はさせませんよ」
 態勢を整え切る開拓者よりも先に飛空船と敵の間に入った恭一郎は、彼等が到着するまでの足止めに徹する。
 とは言え、無茶はしない。
「――お約束しましたからね」
 地上を経つ際、アスマが恭一郎に声を掛けた。
――万一にも落ちる事も死ぬ事もしてくれるな、恭一郎殿。
 何処から何を聞き付けたのか知らないが、約束を交わした以上、必要以上の負傷をする気はない。
 彼は朱塗りの槍を構えると、前方に迫り来る敵を討ち払った。
 其処へ獣にも似た咆哮が響く。
「お前たちの相手はこっちだ!」
 恭一郎へと群がる下級アヤカシ。それらの注意を惹きながら、キースは少しずつ飛空船から距離を取って行く。
 其処へアスマと貫徹が合流を果たすと、彼等は集まった敵から確実に数を減らしに掛かった。
「其方へ逃れた敵、討ち漏らすでないぞ」
「ああ、この程度ならば容易い」
 先程と打って変わって空域全体を視界に納めたかのように動き回る開拓者。
 貫徹はキースの集めた敵をアスマのいる方角へ導くよう魔槍砲を振り薙いでゆく。勿論、討てる敵は全て討って、だ。
「光の加減に注意して……目を凝らすよりも、自分が動く形で多方面から空域を見るようにして下さい……」
 風柳は確かに不透明で捉えるのは難しい。それでも全く見えない訳ではない。
 捉え方次第では視界に映り、確実に攻撃を見舞う事が出来るのだ。
 それを皆に報告しながら、霞澄は出来る限りの治癒を施してゆく。例え、全ての仲間に力が届かなくても、届く範囲の仲間を助けたい。
 そんな彼女の想いに押され、アスマが団子の手綱を緩める。
「団子。敵にも私にも、情けも遠慮も無用だ。貴公に我が身命を委ねる。代わりに貴公の手綱を委ねよ。行くぞ」
 半分以上は団子の好きにさせ、自らは彼の動きに合わせて刃を振るう。
「――さあ、来るが良い!」
 キースの咆哮の効果が切れた頃、今度はアスマが咆哮を放って敵を集める。そうして誘き寄せた敵へ団子が炎を吐き付ける。
 此れだけでもかなりの効果がある。それに加えて貫徹の砲撃が見舞われば、敵は次々と雲海の底へと落ちて行った。

 時を同じくして、貫徹らと僅かに距離を置いて闘う空は、空域に漂う敵に向け、氷の礫を放って応戦していた。
「……数が多いですね……ですが、減っていない訳ではないようです」
 新たな術を紡ぎ出す途中。空が呟いた言葉通り、敵は多いがその数は無限と云う訳ではないようで、徐々にだが視界に映る敵の数が減っている。
 しかしその数は依然として多い。
「御調さん、一度後ろへ――……、…なっ…腕が!」
 共に闘う昴。
 その彼が苦戦している様子に注意の声を上げた時だ。空の動きが止まった。
 光の屈折を利用して近付いた風柳が、彼女の体に絡みついたのだ。しかも今は腕をキツク締め上げ、攻撃を繰り出す事も、振り払う事も出来ない。
「朝比奈さん、腕を掲げて下さい!」
「腕……?」
 何をするのだろう。
 疑問には思ったが、空は素直に腕を上げた――と、同時に彼女の腕に微かな痛みが走る。
 彼女の腕を裂く様に滑った刃が、絡みつく風柳を両断してゆく。そしてそれらが瘴気に還ろうと離れた所で、昴が小さく頭を下げた。
「すみません……傷、つきましたね」
「この位でしたら、大丈夫です。それよりも、ありがとうございます」
 腕を伝う血痕は然して問題ない。
 それよりも腕にくっきり残った痣の方が問題だ。それに敵はこれで終わりではない。
「御調さん。敵を1カ所に集めて下さい。先程のような失態をしないよう、十分注意しますので、お願いできますか?」
「分かりました。やってみます」
 昴は空の提案に素直に応じ、ケイトを動かしてゆく。そして上下左右、縦横無尽に動く事で敵を一カ所に集めると、勢いよく空を振り返った。
「朝比奈さん、今です!」
「――……陽の光よりも赤く、地獄の業火よりも熱い炎……爆しなさい!」
 最大限に拡大された火炎の弾が、集まった敵に落とされる。勿論、その昴は直前に戦線を離れていたので無事だ。
 爆発に巻き込まれる形で、周囲に居た敵も巻き込まれてゆくのが見える。そしてそれらの結果を見届ける事無く昴を振り返ると、空はニコリと笑んで頷いて見せた。

 そして飛空船付近では、船を護る為の攻防が繰り広げられていた。
「甲板の方も厄介そうやな……下手すりゃ船ごと落ちるか、通す訳にもいかんな」
 蔵人の不穏な呟き。
 確かに飛空船の上でも無数のアヤカシとの戦闘が繰り広げられている。とは言え、彼等に今加勢する事は出来ない。
 何せ彼等とて、目の前の敵を相手にするので手いっぱいなのだ。そんな彼等に出来る事は、空を飛ぶ敵を甲板や飛空船に近付けないこと。
「左前方から複数の生体反応があります」
「八十神さん、いけるかい?」
 恭一郎が使用した心眼で得た情報。其れを元に蔵人が息を吸い込む。そうして放たれた咆哮に敵が集まってくると、清顕は側面から、蔵人は正面からそれらを迎え撃った。
「飛んで火に入る夏の虫、ってな……小狐丸、やれ!」
 主の声に小狐丸が火炎を吐き出す。
 此れに風柳が瘴気へ還ると、今度は生き残った小雷蛇が上空から一気に下降してくるのが見えた。
 だがそれは蔵人の元まで届かない。
 駿龍の高速移動で側面を捉えた清顕が、力を加えた手裏剣を放って敵の動きを遮ったのだ。
 次々と正確に敵を打ち砕くその姿は、始めの頃とはあまりに違い過ぎる。
 初手の苦戦は何だったのか。
 そう思わせる程に彼等の攻撃は迅速で的確だ。そしてそんな彼等が次に目を向けたのは鳥龍だった。
 2体の鳥龍は未だ健勝。内1体は先程から飛空船に接近しようと翼を大きく動かしてる。
 その様子に霞澄の龍、紅焔は先に耳にした奇声を気にしてか、前に出るのを躊躇っていた。
 勿論、回復手である彼女が前に出る必要は無い。しかし癒しの手が必要な仲間が居れば動かなければいけないのも事実。
「大丈夫…私が一緒だから……」
 霞澄は優しい声音で紅焔に声を掛けると、怯える背をゆっくりと撫でた。
 其処へ再び鳥龍の声が上がる。だが声は一瞬上がっただけで最後まで響く事は無かった。
「お前の口は煩い故、利けぬようにしたくてな」
 平然と言って退けたアルマは、鳥龍の開かれた嘴に焙烙玉を放り込むと、一気に距離を取った。
 直後、爆音が響き渡り鳥龍が大きくよろける。
 鱗で体を覆われていても、口の中まで硬い訳では無いようだ。
 一瞬にして出来た隙。それを見逃す開拓者達ではない。
「お前らはこっちだ!」
 キースはグレイブを促し、鳥龍の加勢に加わろうとする下級アヤカシを呼び寄せる。それらを貫徹や蔵人が確実に叩く。
 その間の鳥龍はと言えば、焙烙玉の衝撃にゆるりと首を振り、奇声が駄目ならばと火炎を吐き出す。
 そして間髪入れずに開拓者に鋭い爪で襲い掛かってきた。
 だが此処までくれば、幾ら疲れていようと、幾ら傷付いていようと開拓者達は攻撃の手を止める事はしない。
 昴は襲い来る鳥龍の攻撃を砲撃で遮ると、敵は業を煮やしたように身を捩った。
「逃げるのか?」
 攻撃も回避もままならない。
 ならば離脱を謀ろう。そう動く鳥龍を誰が見逃すだろう。
 一気に逃走を開始した鳥龍に、空の手が翻る。
「深追いはしません。ですが、逃がしもしません」
 言うや否や、鳥龍の逃走経路に灰色の光球が現れる。そして其れが敵の翼に触れると、突如白煙が上がった。
 目に見えない爆発のような物だろうか。それとも、もっと別の何かか。
 今わかっているのは、光球に触れた結果、鳥龍の翼が損傷したと言う事。
 敵は空を舞う為の部位を失い、一気に雲海へと落ちて行く。そしてそれを見送る空は、微かに瞳を眇めた。
「何も倒す必要はありませんよ……落とせば良いだけの事」
 そうでしょう?
 誰ともなくそう零し、流れるように残る鳥龍に目を向ける。
 正直に言えば開拓者達の体力は限界寸前だった。
 何せ、戦闘開始前は朝も明けたばかりだったと言うのに、今は陽が地平線に消えようとしている。
 幾ら気丈に振る舞おうとも、体の奥底にある疲労は簡単には消せない。だが、彼等の前にはまだ敵が残っている。
「アレを落せば、終わりだな……あと少しだ」
 キースはそう言って斧を構え直す。
 咆哮を使えるだけの力はもう残っていない。後は力押しで一気に捻じ伏せるしかない。
 そしてそれは、他の仲間も同じだった。
 しかし、彼等が攻撃に転じようとした時、不可解な事が起きた。
「……鳥龍が、踵を……?」
「尻尾を巻いて逃げ出したか。……所詮、見かけ倒しという訳か」
 昴の声に次いで貫徹の声が上がる。
 そしてその声を耳にしながら、空は練力の切れた己が手を握り締め、目を伏せた。
 こうして鳥龍が姿を消すと、辺りに集まっていた下級アヤカシ達も姿を消し始めた。
 まるで何事もなかったかのように消え去った敵。
 辺りは静寂に包まれ、夜の帳が下り始める。
「ああ、飛空船の方も終わったようですね……」
 霞澄の言うように、甲板で繰り広げられていた闘いも終わったようだ。
 此れで無事朱藩国に入る事が出来るだろう。
 だが疑問は残る。
「で、このまま堂々と朱藩入ってええもんかのう? なんか動き読まれてるようやけど」
 そう、蔵人の言うように征四郎や恭一郎の動きは敵に読まれている節がある。しかしそれは此方とて同じ。
「敵の襲撃は想像の範囲内でした。とは言え、アヤカシが相手と言うのは想像外でしたが……」
 それでも敵が自ら身を引いた事を踏まえ、これ以上の襲撃はないと判断して良いだろう。
 恭一郎は皆にそう告げると、全体を大きく見回した。
「見た所、龍や鷲獅鳥の体力は限界です。これ以上飛び続けるのは難しいでしょうから、私達は一度神楽の都に戻りましょう」
「護衛はもう良いのか?」
「あとは、征四郎次第です」
 恭一郎はアスマの声にそう答えると、龍の手綱を大きく引き、神楽の都へ翼を向けた。