天駆ける赤龍・裏
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/07 22:42



■オープニング本文

 背を駆ける赤毛。それを風に靡かせ、1人の少女が龍の手綱を引く。
「緋皇(ひおう)、雷雲が見える。迂回して雷雨を回避するぞ!」
 勇ましく響く声に緋皇と呼ばれた炎龍が声を上げる。
 気性が荒いとされる炎龍を意のままに操る少女は、髪と同じ燃えるような赤の瞳を輝かせ、龍が進む先を見据えた。
 彼女が見据える先には開拓者ギルドの本拠地が据えられた「神楽の都」が在る。
 遠路遥々龍を駆って其処を目指すには訳があった。それこそ、強い意志を持って目指す訳が――

●神楽の都
 何の変哲もない昼下がり。
 普段通り、剣術の稽古を終え自らの住まいに戻った天元 征四郎(iz0001)は、玄関に足を踏み入れた途端に飛び込んだ光景に息を呑んだ。
「遅かったな」
 静かに紡がれる声は、本来此処に居る筈のない人物の物。それを耳に、征四郎は静かに目を逸らした。
「……修業が、伸びただけです」
「そうか」
 短く返された声に、短い言葉が返る。
 その後、僅かな沈黙が走り、それを屋敷に訪れた人物――天元 恭一郎(iz0229)が破った。
「実家より連絡が入った」
「……俺は、天元の家を出た身……関係ないかと」
 征四郎はそう言葉を切って恭一郎を見た。
 征四郎が実家を離れたのが数年前。そしてそれを良しとしなかった実家が彼を勘当し、ほぼ関わりを持たなくなって数年。
 故あって、時折家の頼みは聞いていたが、それでも疎遠と言って相違ない状態だった。
「五十鈴が家を出た。そう言っても、関係ないと?」
「五十鈴、が……?」
 五十鈴(いすず)とは征四郎の直ぐ下の妹で、天元家で唯一の女児だ。だからだろうか、彼の父は五十鈴を大事にしており、容易に家を出るなど出来ない筈だった。
 だが、恭一郎は五十鈴が家を出たと言う。
「姿を消したのは昨晩から今朝に掛けてらしい。詳しい時間帯は不明。五十鈴の大事にしていた炎龍が共に姿を消している事から、龍を駆って家を出たようだ」
 五十鈴も天元家の娘。幼い頃より剣術を学び、兄達と共に龍の騎乗法は勿論、多くの戦術を学んで来た。
 故に、彼女が龍を駆って何処かへ向かったと聞いても驚きはしない。だが、誰にも何も伝えず家を出ると言うのは可笑しい。
「手掛かりは炎龍のみ……如何する」
 恭一郎はそう言うと、征四郎の目をじっと見た。
 五十鈴を探しに行くも行かないも征四郎の自由。彼はそう言外に告げてくる。
「……兄上は、いつもそうだ……」
 征四郎は小さく息を吐くと、一度視線を逸らし、そして改めて恭一郎の目を見た。
「開拓者ギルドで情報を――」
「征四郎君、大変……だ?」
 突如屋敷に飛び込んで来た山本・善治郎に天元兄弟の目が向かう。
「あ、えっと……恭一郎さんも、ご一緒、でしたか……あー……それじゃあ、他を……」
「何があった……?」
 開拓者ギルド職員を務める彼が来たと言う事は、ギルドで火急の仕事が入ったか、困った事があったと言う事だ。
 ならばそれを無下にする訳にもいかない。せめて、話だけでも……そう、口にする征四郎に、山本は少し思案した後に口を開いた。
「実は、此処から朱藩に向かう途中で龍が暴れてるって情報が入って。事の真偽と解決を頼もうかと思ったんだよ」
「此処から朱藩に向かう途中……兄上、まさか」
「間違いない」
 2人は顔を見合わせると、小さく頷き合った。
 これに山本の目が瞬かれる。
「えっと……?」
「その依頼、引き受ける……詳しい情報を」
 征四郎はそう口にすると、改めて山本の話に耳を傾けた。

●原因捜索、そして……
 神楽の都からそう遠くない山の頂。その周辺に炎龍の目撃情報が入って僅か。
 恭一郎は目撃情報があった山の中腹に来ていた。
「五十鈴の炎龍が簡単に理性を手放すとも思えません。ならば、何かしらの原因がある筈」
 彼はそう呟き周囲を見回す。
 その後方には開拓者ギルドを訪れた際、彼に協力を申し出てくれた者達がいる。彼等も、恭一郎同様に、周囲に気を配りながら龍を率いてくれている。
 上空からの情報収集は些か効率が悪い。それでも彼がこうした方法を取ったのには訳があった。
「昨今、この辺りにアヤカシの目撃情報があったと聞いたのでもしや……と、思ったのですが」
 杞憂だっただろうか。
 そう思案した時、ふと恭一郎の双眼が眇められた。
「あれは、炎龍?」
 山の頂から山間へと落ちてゆく龍。それを見止めた恭一郎の手が動いた。
 手綱を引き、急ぎ龍を動かしたのは、炎龍が消えたのとは逆方向。
「炎龍はあの山に何かある筈」
 急ぎ龍を駆り辿り着いたのは、深い木々が生い茂る場所。彼等が龍をその近辺に近付けた時、異変は起きた。
「皆さん、手綱を引いて下さい!」
 恭一郎の声に皆が龍を引き留める。
 その瞬間、目の前に龍と相違ない大きさの鳥が飛び出してきた。
 但し僅かに様子が違う。
 全身を鱗に覆われた鳥は、巨大な爪を光らせ牙を剥く。その姿は異形以外の何物でもない。
「此れが炎龍暴走の原因か。皆さん、ご協力をお願いします!」
 恭一郎はそう告げ、朱に染まる槍を振り上げた。


■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077
18歳・男・巫
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
ジルベール・ダリエ(ia9952
27歳・男・志
針野(ib3728
21歳・女・弓
藤田 千歳(ib8121
18歳・男・志


■リプレイ本文

 龍を駆り向かった先。其処に存在す2つの山は森が深く視界が悪い。
「あの鳥……炎龍に似てる」
 そう零したのは柚乃(ia0638)だ。彼女は相棒のムヒカの手綱を握り締め、前方を舞う鳥に目を留めた。
 確かに彼女の言う様に目の前にいる鳥は炎龍に似ている。とは言え、違う部分もある。
「嘴と羽根のような鱗が相違点か?」
 藤田 千歳(ib8121)はそう呟き、チラリと総一郎を見る。
 彼に対し話したい事は多々あれど、今は目の前の出来事に集中すべき。そう気を引き締め直し、前を向く。
 その様子に主を騎乗させた紫電が顔を上げた。
「大丈夫だ。お前と俺なら、やれるはず」
 そう声を掛けそっと背を叩く。その感触に頷くよう瞬くと、紫電は前を見た。
 初めての騎乗戦。それでも臆す事は無い。
 千歳は心の内に意気込みを抱いて表情を引き締めると、龍の手綱を引いた。
 その様子に天元 恭一郎(iz0229)の目が僅かに笑みを湛える――と、其処に声が響いた。
「……妹か」
 聞き覚えのある声に振り返ると、キース・グレイン(ia1248)がグレイブの手綱を手に傍を飛んでいた。
「何を理由に出て来たのか……まあ、それは後の話だな。それにしても――」
 彼女はそう言葉を切ると思案気に目を細めた。その様子に恭一郎が何も言わずに頷く。
「相当に慣れた龍であるなら『暴走させられた』と考えるのが自然だろうな」
「龍とも、鳥ともつかん生きもん。五十鈴さん……やったっけ。彼女の龍が理性を失った原因があいつやとしたら、やろ?」
 キースの言葉を捕捉するように降ってきた声。それはジルベール(ia9952)の物だ。
 彼もまた自らの龍、ネイトに騎乗し前方を見据えている。その目は確実に空を舞う鳥に向けられていた。
「どんな手ぇ使ってくるやら。ネイト、気ぃ付けていくで」
 ポンッ。そう背を叩いた主の声にネイトが翼を羽ばたかせる。そうして舞い上がると、他の龍たちも動き始めた。
「さなちゃんと一緒の依頼、久し振り……だね」
 優しく龍の背を撫で、離れた距離から緋色の鳥――鳥龍を観察する櫻庭 貴臣(ia0077)。彼は穏やかな相貌を僅かに潜めると、そっと駿龍の砂名に頬を寄せた。
「精一杯頑張るから、宜しくね」
 そう囁き懸念するのは、他の皆と同じ。
 聞いた話によると、五十鈴が騎乗する龍は簡単に理性を手放す存在ではないらしい。ならば、此方の龍も気を付けるに越した事は無い。
 貴臣は砂名の首をそっと撫でると、寄せていた頬を離して前を向いた。
「流陰さん。どちらから回り込みますか?」
 そう口にして視線を投げた先。其処には同じく思案気に鳥龍を見る龍牙・流陰(ia0556)の姿があった。
「向こうの方にはあの人も加わっている……こいつを討つ事で炎龍の暴走が止まるかわからないが……」
 そう口にした所で、ふと目が動いた。
 ぶつかったのは貴臣との視線だ。彼は心配げに此方を伺い、僅かに首を傾げている。
 その様子にふと笑みを乗せると、視線を鳥龍の周囲に飛ばした。
「確かにこのアヤカシが龍の暴走に絡んでる可能性は高そうですね。となれば、2手に分かれ挟み込むのが定石かと」
「なら、飛ぶ高さをアヤカシと同じにして、対面に位置取り攻撃するのは如何だ?」
 キースの提案はこうだ。対面に位置取る事で逃げ道を奪い、後は双方で攻撃を繰り返し撃破する。
 確かにこの方法なら後方に敵を逃がす危険性は減る。とは言え、戦いの場は空。
 何が起こるかわからないのは常だ。
「詳しい情報は戦いながら把握して行くしかないだろう。そも、混乱を招く術を持つ可能性もある……警戒はした方が良いだろう」
 そう語るのは尾鷲 アスマ(ia0892)だ。
「――とは言え、生憎とその鱗を一枚一枚剥いでやる時は無い」
 僅かに口角を上げた彼に、皆が同意を示す。そうしてアスマの手が手綱を握ると、彼は相棒に声を掛けた。
「さて、団子。狩りだ。仕留めるぞ」
 言って動き出した彼に、貴臣、流陰、ジルベール、恭一郎が続く。そしてその姿を見送っていた柚乃の首が傾げられた。
「放置しておいたら被害が拡大しかねないし、退治しないと……って言うのは、同意だけど……団子?」
 何のことだろう? そう目を瞬く彼女に、針野(ib3728)が笑みを零した。
「たぶん、アスマさんの龍だと思うんよ」
「龍が団子……美味しそう」
 そう、素直な感想を零した柚乃は、ぽふぽふと自らの龍の背中を撫でると、にっこりほほ笑んだ。
 その表情は何処となく嬉しそう。
「よろしくね、ムヒカ。それに、針野さん、藤田さん、キースさん」
 ぺこりと頭を下げた彼女に、針野は大きく頷いて前を向く。
「龍を暴走させられるって、想像しただけで怖いんよ」
 開拓者にとって今騎乗している龍は命綱も同然。もしその綱が切れる事があれば……。
「充分、気ィ付けていかんとね。かがほ、頼りにしてるんよ!」
 ぽんぽんっと背を撫でた針野に、相棒のかがほが小さく声を上げる。それを耳に頷くと、彼女は龍の手綱を引き前へと動き出した。
 向かうは、先に動き出した班と対面する場所。そして鳥龍を間に挟める場所、だ。
 徐々に動き始めた開拓者。それに警戒を覗かせる鳥龍。どちらかが仕掛ければ一気にこの場は戦場となるだろう。
「浪志組隊士、藤田千歳と、その相棒紫電。推して参る!」
 そう千歳が発すると同時に、全ての龍が前へ――動き出した。


 迂回するように回り込んだ龍。その背に乗り流陰は太刀を抜き取る。その様子に相棒の甲龍、穿牙が身を硬くして、彼の太刀先が鳥龍を捉えた。
「お前の相手は此処ですよ!」
 覇気と共に放った声。此れに鳥龍が首を巡らし目を動かす。そうして捉えた敵の姿に嘴が揺れた。
「鳴かせません。穿牙、前へ!」
 主の声に重い動きで龍が壁を作る。そうして自らも一太刀加えようと腕を翳す。其処に鳥龍が舞い上がり爪を落す。
「――ッ」
 腕を裂いた爪。それでも咆哮を放ち此方に気を寄せる。その間に貴臣は砂名に頼み鳥龍と自らの距離を測っていた。
「さなちゃん、もう少し寄れる?」
 そう言いながら扇子を反す。
 砂名は主の声に何とか応えようと翼を返し飛翔する。そうして再び接近を試みるが、鳥龍と流陰の動きを追いきれない。
「砂名ちゃん、がんばって……!」
 無理はさせたくない。それでも攻撃に転じる仲間の力にはなりたい。
 そんな彼の想いを汲んでか、砂名も出来るだけ頑張ろうとする。そしてその姿を見届けた赤の龍が前に出る。
「姿に似て動きが速い。さて……いけるかな?」
 誰に問う声だろう。
 誰もアスマの声に言葉で答えない。それでも動きは、多くの存在が答えていた。
 まずは彼の騎乗する龍――団子だ。
 気性荒く突出した龍が、全身に炎を纏い鳥龍に飛び込んでゆく。その姿はさながら火炎の魂。
 本物の炎でないにせよ、それ相応の気迫で迫る敵に、鳥龍が翼を羽ばたかせる。
「おっと、そうはいかんで」
 飛翔し団子の攻撃を回避しようとする鳥龍。其処に見舞われた一矢に、その身に纏う鱗が飛ぶ。
 ジルベールは、鱗を飛ばされそれでも反撃に転じようとする存在に、改めて矢を番える。

 キイィィィィィィッ!

 鳥龍の口から奇声が発せられた。
 団子の突撃が見舞われ体勢を崩したのだ。それでも飛び続けるのは流石。しかし今の声に数体の龍が狼狽を見せた。
「っ、砂名ちゃん、落ち着いて!」
 慌てて手綱を引き寄せ、狼狽える龍に囁きかける。
 見た所、幻術がある訳では無さそうだ。単純に『異質な存在の声に驚いた』そうと取れる。
「大丈夫、大丈夫だから」
 とは言え、鳥龍の声は高く耳障り。例えるならば、硝子を爪で掻くような、そんな音を発している。
 人の身で不愉快な思いをするのだから、龍とてその気持ちは同じだろう。
「かがほ、大丈夫?」
 暴れそうになる駿龍に声を掛け、針野は手にする弓を握り締めた。
 騎乗中の射撃は思いのほか怖い物。両手を離し、全てを龍に託さなければいけないのだから仕方がないと言えば仕方がない。
「わしの全てをかがほに託すんよ。しっかりするさー」
 相棒を励まし、自らも励ます声。そうして手綱から手を放すと、針野の目が、そして手が、視界に留まる鳥龍を捉えた。
 鳥龍はと言うと、周囲を飛び交い挑発する開拓者に翻弄され、次々と爪を振るっている。
「ほら、お前の相手はこっちだ!」
 対面で使用される咆哮。
 それに次いでキースが放った咆哮が鳥龍の身を惑わす。
 右に、左に、前に後ろ。
 四方から飛ぶ挑発の音に、鳥龍が再び奇声を上げる。だが全てが上がりきり流れる前に、針野の矢がそれを遮った。
「まだまだ、行くさー」
 不安定な姿勢から的確に放たれる矢。そんな彼女と同じく、不安定な騎乗状態のまま矢を放つジルベール。
 2人が放つ矢は鳥龍にとって邪魔な存在。彼の敵はやや焦れた様子を見せ、そして飛翔すべく翼を広げた。
「上? 下じゃない……?」
 先まで発動していた瘴策結界。その反応に目を瞬き、柚乃は精霊の加護を受けた杖を構え直した。
 下方に広がる森。其処へ万が一にも逃げ込まれたら厄介。そんな思いから警戒していたのだが如何だろう。
「暴走の原因が鳴き声である推測はほぼ当たり……次は何が出る」
 注意深く鳥龍の動きを追う千歳。彼は敵の鳴き声と共にブブゼラを鳴らしてみた。
 しかし効果は無し。
 敵の声を消し切るには至らず、極力龍の気を静める他、対策がない事を知った。
 だがそれだけでも分かれば如何にかなる――否、如何にかする。
「柚乃殿、森の中にアヤカシの気配は?」
「今の所は、無いみたいです……油断は、できませんけど……」
 そう、何時敵が増えるともわからない。
 それを危惧する彼女の声に頷き、千歳は敵の気を惹き付ける為に咆哮を放つキースを見た。
「キース殿、俺は奴を追う!」
「了解だ。無茶はするなよ」
 飛翔する鳥龍を追って舞い上がった紫電。その手綱をしっかり握り締め、千歳は自らの刃を構える。
「紫電、出来る限りアヤカシに近付いてくれ」
 紫電は千歳の言葉を聞き出来る限りの接近を試みる。だが敵も馬鹿ではない。
 近づく相手に攻撃を見舞おうと爪を返し、反撃を試みる
「ッ……、…」
 硬い爪を刃。どちらも覇を零さず残っている。それでも千歳の力が押し負けた。
 真っ逆さまに放り出される体。それを紫電が急ぎ追うが間に合わない。
――落ちる。
 覚悟を決め、それでも敵に一撃見舞おうと刃に雷撃を纏う。そうしてそれを放とうとした瞬間、彼の身は何かによって包まれた。
「……無理は、駄目なの」
 ポツリ、零された声に千歳の目が瞬かれる。
 鳥龍と紫電の下に位置取り、注意深くその動きを見ていた柚乃が、落ちてくる彼の体を龍と共に受け止めたのだ。
「追撃は任せな!」
 千歳を落して更に舞い上がる敵。その動きには見覚えがある。
「そのまま落とさせやしない」
 キースはそう告げると出来るだけ速度を上げて鳥龍を追う。それに添う様に別の龍も前に出て来た。
 鮮やかな銀朱の体を飛翔させ、鳥龍を追う龍。龍はキースとは反対方向から鳥龍を追いかけ舞い上がる。
 その速さは僅かにキースのそれよりも速い。
「キース嬢、あの動き、何かに似ているとは思わんか?」
「……大体は」
 朱の体に、急上昇する体。時折放たれる火炎はどう見ても龍そのもの。それも、炎を操る龍――炎龍に似ているのだ。
「アスマさん、キースさん、気を付けて!」
 遠方より響く声は流陰の物。
 彼は先から鳥龍の動きを絶え間なく見詰めていた。その為、ある法則に気付いたのだ。
「嘴を開き、翼を返した瞬間。その時に火炎を放ちます!」
「了解した」
 アスマはそう短く返すと、敵が翼を返す瞬間を見逃さなかった。
 すぐさま団子の手綱を操り突撃を促す。此れに一瞬だけ反抗を見せた団子だったが、それはアスマが許さない。
 短く綱の遣り取りを交わし、団子が飛び出した。
 それに合わせてグレイブも前に出る。その動きは団子と同等。
 接近する2つの龍に鳥龍は息を吸い込み火炎を放つ。しかしその攻撃を双方が回避すると、今度は鳥龍が攻撃を受ける番となった。
「グレイブ、抜けろ!」
 回避の動きのままに接近した甲龍。それが攻撃を見舞うのと同時に、長柄槌が空を斬る。
 甲龍の引いた軌跡と、駆け抜けるキースの一撃。それが鳥龍の翼を打ち、鱗が弾け飛ぶ。
 それでも敵は落ちない。
 強固な躰を返し、抜けた敵を落そうと反撃に転じた。その動きは炎龍で言うなれば急降下。
「団子」
 静かな声と共に団子が炎龍に添って急降下する。同じ速度で落下する龍と鳥龍。
 それを視界に留め、千歳の治療を終えた貴臣が精霊力を纏う扇子を振るう。それは龍の上で舞える最小限の動き。
「どうか、皆さんの力になりますように」
 願いを込め舞うのは、闘う者の力を上昇させるそれ。その力は離れるアスマに届かずとも、此れから前線に入る流陰と恭一郎には届く。
「……この力を有効に――」
 湧き上がる激励の力。それを噛み締め、じっと見据える。その先に在るのは、キースが攻撃を見舞った翼だ。
 傷付き鱗が禿げたその場所は攻撃するには絶好の場所。
「恭一郎さん、援護をお願いします」
 この声に恭一郎は頷き、後衛で矢を構えるジルベールが声を上げた。
「こっちも準備できてるで。任せとき!」
「背中を護るんがわしらの役目なんよ。ジルベールさんの言う様に、任せてくれて良いさね」
 針野とジルベール。
 2人の弓が控える場所は位置こそ変われど変化はない。対面に存在し、常に鳥龍を挟み込むように其処に居る。
 それは何時でも敵を迎え撃ち、不測の事態に備えられる位置でもある。
 ジルベールと針野は不安定な騎乗のまま矢を番えて鳥龍の動きを目で追う。そしてまず一矢、針野の矢が鳥龍の翼を射った。
 素早い動きに的確に突き刺さる矢。此れに一瞬だけ敵が怯む。それを見逃さず、今度はジルベールの矢が鳥龍の翼を射抜くと、流陰は飛び出した。
 急降下で攻撃を使用と試みた鳥龍に並行する炎龍。その動きに邪魔されて身動き取れなくなった場所へ見舞われた攻撃は、敵の調子を崩した。
 結果、鳥龍は急降下を途中で中止。
 再び上昇しようと翼を返す。其処に流陰の龍が飛び込んで来た。
 進路を阻むように現れた影。それに鳥龍が怯み金切声をあげる。
「――ッ」
 耳を裂くような声に流陰の顔が顰められ、穿牙が嫌そうに首を横に振る。其処に敵の爪が迫ると、恭一郎の槍が遮った。
「態勢を整えて下さい。今が好機、これを逃す術はありません」
 そう、敵は確実に怯み恐れている。
 此れが最大の攻撃機会である事は間違いない。流陰は穿牙を落ち着かせるように声を掛け、そして重く鋭い太刀を振り上げた。
「――この風に薙がれ、地上に堕ちなさい」
 練力の風を纏った刃。それが一気に振り薙がれる。
 真空の風が鳥龍に迫り、敵も慌てて火炎を放った。だが遅い。
 火炎を放つのとほぼ同時にぶつかりあった攻撃に鳥龍の身が傾いた。
「逃がさんよ」
 ギリギリまで引いた弦。其処に頬を寄せ照準を性格に合わせる。そうして放った矢は凄まじい勢いで鱗が剥がれた肉に突き刺さった。

 キイィィィィィィ!!!

 最後の奇声を上げながらも鳥龍は落ちない。
 何とか逃げようと翼を返して飛び立とうとする。
「思い通りにゃ、させないんよ!」
 再び放たれた矢が、逃げ場所は無いと告げる。
 包囲はほぼ完璧。逃げ場など本当に無いのだ。それでも足掻く鳥龍は一点を目指し突き進んだ。
 それは唯一の穴とも言える空。
「ネイト、頑張りぃ」
 トンッと駿龍の脇を蹴り突出したルベールは一気に鳥龍の頭上に飛び出すと、迷う事無く矢を射った。
 重力と矢の本来の威力。その双方が鳥龍の目を潰す。そうして悲鳴を上げた身に、ネイトの爪が喰い込むと、下で待ち構えていたキースとアルマ、そして流陰の刃が鳥龍を切り裂いた。


 鳥龍の身から立ち昇る瘴気。
 既に息絶えた存在を視界に納め、ジルベールはポツリ、声を零した。
「妹や弟が気になって気もそぞろ……に、なるタマやなかったな」
 そんな彼の視界には、鳥龍の調査を終え、遠方に視線を飛ばす恭一郎に向いている。
 戦闘中、彼は一度も弟妹を振り返らなかった。それは冷静なのか、否か。
「まあ、頼りになるんはわかったけど、な」
 言って、ふと視線を千歳に向けた。
「傷は大した事なくて、良かったです。あのまま落ちていたら危険でしたね」
 苦笑と微笑み、その両方を複雑に浮かべ、貴臣は改めて千歳の治療に当たっていた。
 彼の傷は爪を受け止めた時の物だけではない。その他にも細かな傷が付き、全てを治癒しきるには至らない。
 それでも――
「治療、感謝する。これで直ぐに次の任務に移れるというもの」
「もう、次の事を考えてるのですか?」
「勿論」
 しっかり頷く千歳に、貴臣は驚いたように目を瞬いている。行動力があるのか、それとも何か為すべき事があるのか。
 正直わからないが、好感は持てるらしい。
 貴臣は穏やかに首を傾げると、千歳に向かってニッコリ微笑んだ。
「それにしても結局なんだったんさね……」
 ぶるっと身を震わせて針野は瘴気に還らんとする鳥龍を見た。
「あんなのが、何体も出てこないのを祈るばかりなんよ……」
 今回の闘いは連携が巧くいったから大きな被害は出なかった。だが、数で攻められたら流石にそうもいかないだろう。
 針野は大きく息を吸い込むと、小さく首を横に降った。其処に周囲の警戒に向かっていた柚乃が戻ってくる。
「この辺りには、アヤカシの気配はありませんでした……良かったです」
 ホッと胸を撫で下ろす柚乃も、針野と同じ気持ちなのだろう。
 彼女はふと恭一郎と見ると、僅かに目を瞬き、じっとその姿を見詰めた。
 だが彼女の望む展開にはどうやらなりそうもない。
 先程からこの場に五十鈴と征四郎が合流する気配はないのだ。だが、遠方で騒ぎが聞こえる訳でも無し――
「向こうの方は……恭一郎さんのご兄弟の方はどうなったのでしょうか? 無事に終わってるといいのですが」
 流陰の声に、恭一郎の目が鳥龍から戻ってきた。
「多分、大丈夫でしょう。静けさも戻っていますし。曲がりなりにも天元流の後継ぎですから……此処で如何にか成る筈もない」
 そう、思っておきましょう。
 恭一郎はそう囁いて微笑むと、漸く掲げていた槍を下ろした。どうやら柚乃の報告が来るまでは警戒を続けていたらしい。
「恭一郎……ちょっと良いか」
 何事か。そう首を傾げた先に居たのはキースだ。
 彼女は無言で恭一郎を見据えると、キッと彼を睨み付けた。此れに恭一郎の眉が上がる。
「……あれでチャラにするのでは、俺の気が済まないからな」
 まるで犬のように牽制しながら言われた言葉に、彼の目が瞬かれる。
「もしや、あの着――」
 ガルルルルル。
 今にも噛み付かん勢いで睨み付ける視線に言葉が消えた。これ以上触れるな。
 そう言われている気分になって黙っていると、不意に肩を叩く手に到った。
「ああ……今回は、キース嬢は振袖ではないな。ただ、見慣れた姿も良いものだと。だろう、恭一郎殿?」
 言って、口角を上げたアスマに、恭一郎の口元にも笑みが乗り……
「そうですね……どちらも魅力的だと思いますよ」
「!!!!!」
 そう言って微笑んだ彼へ、制裁が下ったか如何かは、此の場の者のみぞ知る――。