青龍と赤龍と藤の花
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/21 06:40



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 月の無い夜。1人静かに剣術の稽古に励む少年がいた。
 一心不乱にそれを振るう姿は、何処か危機めいたものを感じさせ、周囲の者は自然と彼を避けるようになる。
 次第に頭角を現し始める少年に、彼の親族は喜んだ。
「これで我が流派も有名になれる」と。
 少年は家を盛り立てるだけの存在に移行される。周囲の勝手な目が彼を翻弄した。
 そんな中、月の無い夜、何時もの様に刃を振るう少年を遠くから眺める者があった。
 白い着物の、白い髪の女性。
 彼女は、少年の闇雲に刃を振るう姿が白いと思った。
 奇異の目と期待と、勝手な重圧ばかりを与える大人達。その中で必死に応えようともがく少年は、人間らしさと非人間らしさを持っている気がした。
 人間らしさは、期待に応えようと必死になる姿。では非人間らしさ、とは?
 刃を振るう度に覗く狂気に満ちた殺気。
 誰を殺めよう、誰を消そう。そんな狂気が見え隠れする姿が、女性には面白かった。
「彼が大きくなったら、どれだけ美味くなるでしょう」
 女性の興味。それは捕食の対象としてのもの。
 そう、彼女はアヤカシであり、少年を食べる前提で観察を始めたのだ。
 いずれ、食べるに相応しい人間になるのを、じっくと眺める。それだけのつもりだった――

「海道曹司、人の子。貴方を貶めた者に復讐を成したいですか?」
 そう声を掛けたのは、少年が今にも死んでしまいそうだったから。
 彼は未だ成長しきっていない。
 憎悪にまみれ、それでも殺気を覗かせる目。それは確かに好感を持てる。だが、それだけ。
「強くなりなさい」
 海道曹司、人の子はこの声に頷いた。
 この時より、アヤカシが少年の身辺を守るようになる。但しそれには条件があった。
「復讐を成しえた後、私の食料と成りなさい。それが約束できるのであれば、貴方の目的達成まで、私は貴方に従うと誓います」


 藤姫は奇襲の時を狙い、天元征四郎の庵へ足を運んでいた。
 さぞ立派な住いであろう。そう思っていたのだが、何てことはない。
 天元流道場に比べれば、何と狭い事か。
 平屋の居間と玄関、そして炊事場が存在する小さな庵は、庭こそ綺麗だが質素な物だ。
「……人の気配が数点……天元征四郎と天元五十鈴の物と判断」
 腕に残る巨大な傷。
 人間如きに付けられた傷と、彼女は摩り表情を僅かにだが濁らせる。
「これより強襲に入ります。準備は良いですか?」
 言って、彼女が振り返った先に居る数名の人影。
 今までのアヤカシとは違う、人影は彼女が見繕った開拓者達。それも、その辺で拾ってきた。
 藤姫は言う。
「貴方がたの目的は、中に居る人間の殲滅です。貴方がたの生死は問いません。好きに戦って下さい」
 この声に、開拓者等は濁った、生気の無い目で頷く。
 まるで幽霊の様にゆっくりとした動作で動き出す彼等を見、藤姫は小さく息を吐いた。
「所詮は傀儡。目晦ましにしかならないでしょうが、それでも十分です。調査によれば、彼等は仲間を大事にする。人を傷付ける事を厭う優しい人の子。さあ、最期の闘いを始めましょう」
 藤姫は着物の袖を振り上げ、自らの使役するアヤカシを呼び寄せる。
 それは巨大な翼を持つ鳥のような姿をした龍と、二尾の尾を持つ狐だった。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
祓(ia8160
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
レト(ib6904
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

――天元 征四郎(iz0001)の庵がアヤカシの襲撃を受けている。
 この報を受けた開拓者等は、急く気持ちを抑えつつ、確実に彼の庵へと足を運んでいた。
「見えてきた。確か、あそこだったよね!」
 海道を倒した後、彼等は征四郎の庵で顔を合わせている。その記憶は比較的新しく、此処までの道のりを迷う筈はなかった。
「ちょっ……あれって鳥龍じゃない!?」
 レト(ib6904)の声に全員の目が上空に向かう。
 闇に紛れるでもなく堂々と空を舞うのは、今までに幾度か見かけた事のあるアヤカシだ。
 龍に相違ない容姿をしたそれは、まるで威嚇するように空へ炎を吐き出している。
「……やっぱりアヤカシはアヤカシ、か……」
 この襲撃は間違いなく藤姫のものだろう。
 彼女の行動には色々と考えさせられる面もあったのだが、やはり所詮はアヤカシ、と言う所だろうか。
 エルレーン(ib7455)は暗闇に目を凝らして周囲を見回すと、庵の入り口をじっと見据えた。
 それに添うように声が聞こえてくる。
「こいつぁまた、虚ろな連中さね」
「尋常な勝負とは無縁の強襲な上、手下がこれか。つくづく我の逆鱗を撫でていくアヤカシであるな」
 北條 黯羽(ia0072)に続き、祓(ia8160)が苛立ちにも似た声を零す。
 庵に駆け付けた彼等の目に飛び込んできたのは、ゆらりと動く黒い影。
 その姿は闇の中でも見間違える筈もない。
「あの武装した姿。間違いなく開拓者ですね。でも、様子が――っ、志藤さん!」
 キンッと金属音が響く。
 次いで闇を裂く閃光が届き、アルーシュ・リトナ(ib0119)が開拓者と呼んだ者の1人がよろける。其処に志藤 久遠(ia0597)は踏み込んでゆく。
「見たところ目は虚ろ。魅了されていると判断して良いでしょう」
 本来であれば魅了を解除し、被害を最小に納める努力をする。だが、藤姫の姿が見えない今、悠長にそのような事をしている時間はない。
「藤姫の強さからいって、解除は容易ではありません。申し訳ありませんが、動きを封じさせて頂きます」
 言って、頭上で大きく一回転させた大身槍が、石突を先端にして開拓者の足を薙ぐ。
 痛烈な打撃音の後、1人の開拓者が崩れ落ちるが、操られた人間は彼だけではない。とは言え、このまま彼等を相手にするのはあまりに時間の無駄だ。
「アルーシュ姉ぇ、頼むのじゃ!」
 ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の声にアルーシュの竪琴が柔らかな音色を紡ぐ。ゆったりと、優しい子守の唄。
 出来れば全ての操られた開拓者を眠らせたい。如何か、眠って欲しい。
 願いは音を響かせ、開拓者等の知覚に作用する。だが、
「……1人…2人……2人、眠った…ようで、すね……」
 カチリと六車 焔迅(ib7427)の銃身が音を立てる。と、次の瞬間、彼の漆黒の銃が火を噴いた。
 間髪入れずに倒れる開拓者。だが倒れた者は息をしている。
「相変わらず良い腕してるぜぇ」
 ポンッと肩を叩く手に焔迅の目が向かう。
 焔迅が貫いたのは開拓者の脚。此処さえ動かなければ向かってくる心配もない。そう判断しての砲撃だった。
「俺としては全員滅相でも問題ねぇが……ま、征四郎等と早めに合流しなきゃなんねぇし、無駄に時間を使うのも、な」
 それに。と、黯羽は言葉を区切る。
 そう、征四郎と五十鈴が居る場所。其処に今回の事件、全ての原因を作り出した『モノ』が居る筈なのだ。
 ならば無駄に力を使うのは得策ではない。
「残るは2人じゃな。このまま突っ切るかのう?」
「其処は私に任せるのじゃ! 皆、目を瞑るのじゃ!」
 祓の提案にヘルゥが前に出る。
 そうして構えた銃身に己が練力を送り込むと、彼女は一気にそれを放った。
 凄まじい閃光が辺りに広がり、一瞬世界が白く染まる。だが、これこそヘルゥが作り出した隙。
「どんな精神状態じゃろうと、目を潰せばしばらくは身動きが鈍るじゃろう」
 得意気に言葉を紡いだヘルゥ。
 彼女の言うように閃光によって残る2人の開拓者の動きが鈍っている。これならば無殺で切り抜けられそうだ。
「ころしたくはないんだから! おとなしくしてよ!」
 駆け出すとエルレーンは刃を抜き取った。そして、その刃を反して目の眩む開拓者の間合いに入る。
 ゴスッ。
 鈍い音が響き、また1人開拓者が地面に伏す。だが油断は出来なかった。
「皆さん、二尾狐が!」
 アルーシュの声に焔迅が銃身を構え直す。
 此処まで良い流れ出来ている。それを回復などと厄介な方法で遮られて堪るものか。
「……邪魔、は…させま……せん……!」
 術を放つよりも早く、焔迅の弾が二尾狐を貫く。其処へエルレーンや祓が踏み込むと、彼等は庵への道を作り上げた。
「ちっと手荒くいくけど勘弁しろよなっ」
 レトは残る1人の開拓者の背後を取って囁く。その手は既に開拓者の腕を取っており、彼女は締め上げる事で武器を落させると、アルーシュから借り受けた縄で敵の自由を奪った。
 そんな彼女の口から安堵の息が漏れる。
「どうしたのじゃ?」
 進む足は止めれない。
 それでも気になったヘルゥは庵に入りながら問う。
「いやさ、この開拓者の中に海道がいるかもって、思って……でも、居なくてちょっと安心した」
 確かに、そうした可能性も考えられただろう。
 だがそれは藤姫が海道の意志を尊重している事が前提となる。つまり、藤姫にとって海道の意志は如何でも良かった……否、其処まで気にする事象ではなかった。と言う事になる。
「相容れない、量りきれないアヤカシの心。心……あるのでしょうか……」
 思わず零したアルーシュの呟きに、久遠の目が庵の中に飛ぶ。直後、鳥龍の甲高い声が響いた。
「心があろうと、どの様な理由があろうと、藤姫のやった事の重さが変わるわけでなし。何より彼女は厄介なアヤカシでもあります。あちらから来てくれたこの好機を逃す訳にはいきません」
 そう言って庵の庭へと斬り込んで行った久遠に、黯羽も同意して続く。
 その姿を見て、他の面々も庵の、敵の中へと飛び込んで行った。

●合流
「っ、回復とか、悪趣味だろ!」
 鉄扇を振りかざし、紅い炎を舞わす五十鈴。
 彼女の背を護る様に刃を構え、それを振り下ろす征四郎は、二尾狐の先に居る鳥龍、そして藤姫を捉えていた。
「しかもあの鳥っ! あんなのこんな狭い場所で暴れさせるなんて非常識も良い所だろ! って、あたしの間合いに飛び込むんじゃなッ!」
 距離を縮めてきた狐に、容赦ない打撃が加えられる。久しく五十鈴の闘いを見ていなかったが、扱い辛い鉄扇を自在に動かす姿は実の妹ながら感心する。
 彼女の戦闘形態は天元流剣術とは少し違う。元を辿れば征四郎と同じなのだが、跡目を継ぐ事の無い彼女は自分の闘いやすい方へと自らの戦闘方法を変えて行った。
 そして今が、その完成形態と言った所だろう。
「アヤカシに常識を解いた所で意味はない。今なすべき事は、この場を如何生き残るかだ」
 如何生き残るか。
 このような事、今まで征四郎が口にした事があっただろうか。
 そう疑問に思う五十鈴の耳に無数の足音が届く。その音に征四郎と五十鈴、双方の目が細められた。
「五十鈴、無事かー!」
「五十鈴姉ぇ、大丈夫じゃろうか!」
「レト、ヘルゥ! 勿論、無事だぞ!」
 飛び込んできた人影に、五十鈴の目が僅かに輝く。その声に「無事」の旨を伝える声を発して、五十鈴は鉄扇を振り翳した。
 それを気配で感じ、征四郎は鳥龍すらも視界に据える藤姫を見た。其処に既に聞き慣れた声が届く。
「藤姫があそこにいるうちに仕掛けましょう」
「俺も付き合うぜぇ」
 久遠に続き、黯羽も前に出る。
 庵到着前に決めていた藤姫対応の旨。彼女の傍にいる鳥龍が些か面倒そうだが、其処は仲間と自分を信じるしかない。
「五十鈴、あんま皆と離れるんじゃないぞ!」
「何言ってんだ。あたしも藤姫――」
 レトも藤姫対応に回るつもりなのだろう。其処へ五十鈴は連れて行けない。そう言外に告げる彼女に、五十鈴が詰め寄りかけた時だ。
「アルーシュ、退け!」
「ごめんなさい……五十鈴さん。でも、確かに藤姫も仇です。けれど、お兄様やお父様は殺されたのに貴女は残されている。もし、貴女が操られたら、殺されたら……」
 今回の出来事で命を失った者達は多い。
 しかもそれは、五十鈴や征四郎の父や兄で、首謀者の海道は勿論、藤姫にも恨みを抱いてもおかしくない。寧ろ、それが普通だと思える。
 しかし、
「何かを成したいなら一緒に。私たちもいます。だから……」
 1人で行かないで下さい。私たちと一緒に居て下さい。
 そう言葉を紡ぐアルーシュに、鉄砲玉のように飛び出そうとしていた五十鈴の足が止まった。
 彼女は征四郎を見て、そして二尾狐や鳥龍に意識を向ける仲間を振り返る。
「……セイ!」
 彼女は自らの鉄扇を広げて叫んだ。
「負けんじゃねえぞ!」
 そう言ってアルーシュの隣に立った彼女は、鉄扇に炎を纏って二尾狐に向かって踏み込んでゆく。その位置は、仲間から離れ過ぎず、近過ぎない位置。
「行くぜ、征四郎!」
 妹は大丈夫。そう感じ取った征四郎は、黯羽、久遠、レトと共に藤姫の元に向かった。
「さあ、最終決戦じゃ! ここまでようも好き放題やってくれたな藤姫。必ずや瘴気の霧に消し飛ばしてくれるぞ。だが、その前に」
 藤姫の対策に向かった征四郎等を見送り、ヘルゥは言の葉を紡ぎながら彼等の行く手を阻む二尾狐に銃弾を放つ。
 藤姫に仲間が集中出来る様。全ての根源を断てる様。まずは庵を襲撃するアヤカシを倒す必要がある。
「これで決着、ならば……全霊を以って持て成しますので、存分に掛かってくると良いですよ……」
 次々と撃ち込まれる弾丸。
 二尾狐の数は想像以上に多い。だが、然程広くない庭故だろうか。標的の的が絞り易く、次々と攻撃が当たって行く。
 だがそれは同時に、仲間にも攻撃が当たる危険性があると言う事。
「っと……ごめん! いま、退くから」
 紅蓮に輝く刃を返し、味方の照準先を知ってエルレーンが爪先を反転させる。
 まるで舞うように腕を反して振り上げた刃が、間合いに存在す敵の姿を薙いだ。だが攻撃は寸前の所で交わされてしまう。
 やはり急遽体を返した為、狙いが定まらなかったのだろうか――否、違う。
「……命中……」
 焔迅の放った弾がエルレーンの攻撃を回避した二尾狐を撃ち抜く。その狙いは確かなもの。
 暗さがあろうと、的確に狙いを定める様子に、エルレーンも感心したように笑みを零す。
「よぉし! このままみんなで、一緒に戦おう!」
 幾度となく共に闘い抜いてきた仲間たち。
 彼等とならこの戦況も切り抜けられると、そう信じる事が出来る。
 そしてそう思うのはエルレーンだけではない。
「その道、開けて貰うぞ!」
 振り下ろされた深紅の槍が大地目掛けて振り下ろされる。其処に居るのは二尾狐。そして祓が目指す先には鳥龍が居る。
 あの鳥がいる限り、藤姫対応に向かった者達は集中する事が出来ないだろう。
「少々無茶はあるが、信じておるでな!」
 喰らえ!
 そう叫ぶと共に大地の直前で止まった穂先から衝撃波が放たれる。それが大地を捲って二尾狐に向かうと、地を這う波動が直線状の敵を伏して鳥龍に迫った。
「焔迅兄ぃ、鳥龍の翼を狙うんじゃ! エルレーン姉ぇは、鳥龍が落ちるのに備えてその下へ!」
 戦陣の術を使用したヘルゥの指揮に皆が一斉に動き出す。そしてその動きを支援するようにアルーシュが竪琴を鳴らした。
 その目は藤姫の動きを捉えている。
「例え呼ばれたとしても、その動きを封じる位は出来るはず」
 減って行くアヤカシに対応するように増やされるアヤカシ。
 まだ征四郎等は藤姫の攻撃圏内に入れていない。その大きな原因はアヤカシの数と空を舞う鳥龍。
 アルーシュは召喚された二尾狐に向かい、激しい音色を響かせる。
 空間に存在する全ての精霊。それを震わせて奏でる狂想曲は、召喚されたアヤカシを刺激してゆく。
「ただ後ろで見ているだけでは誰も、守れませんもの」
 響く音色に動きを乱される敵。それらを薙ぎ払い、エルレーンと祓が鳥龍の下に入った。
「今じゃ!」
 焔迅の放った銃弾が鳥龍の翼を掠めた。それに続いて瞳を紅く染めたヘルゥが、彼と同じ場所を射撃する。
 2度、同じ場所を攻撃された鳥龍から、甲高い声が上がる。威嚇するような、激怒するような、そんな声音にヘルゥの目が細められる。
「焔迅兄ぃ!」
「……わかってる」
 息を吸い込んだ鳥龍。その仕草を見れば次の行動は一目瞭然。
「こん、な…場所で……炎は、吐かせない……!」
 鳥龍の顔面目掛けて放たれた弾。
 それに合わせて鳥龍の口が開かれる。まるで弾を吸い込もうとするように動くそれに、焔迅は瞳を眇め、
「……曲が、れ……!」
 直角に弾が軌道を変えた。
 直後、鳥龍の体が大きく傾く。

 ドオオオォォンッ!

 大地を揺らす振動と共に落ちた鳥龍。
 其処へ攻撃の機会を伺っていたエルレーンが飛び込んで来る。
「墜ちろッ! みにくい龍ッ!」
 黒の刀身を桜色に染め、満月を描いて落ちて行く燐光。
 闇に映える美しい技は、鳥龍の首を掻いた。

 キイィィィィィィッ!

 悲痛な声が上がり、鳥龍の首が大きく横に振れた。
「これで止めとしよう」
 祓の静かな声に、鳥龍の血走る瞳が向けられる。
 先に吸い込んだ息。それを今一度試そうと首を振る。だが、それも徒労に終わってしまう。
「させぬ!」
 突き入れた槍が鳥龍の喉を掻き、息を奪った。
 途端に昇る瘴気を視界に、彼女は攻撃の手を緩める事無く次なる技を見舞う。
 その姿に鳥龍は、何とか残る翼で舞い上がろうと動いた。しかしその動きは、もがくだけに終わってしまう。こうなると後は滅せられるだけか。
 そう思った時、
「五十鈴さん、どいて!」
 仲間と共に間合いに入っていた五十鈴へ、渾身の力を振り絞り鳥龍が牙を剥いた。
 しかし其処へエルレーンが滑り込む。
「させないんだからね……しょうきに還っちゃえよ、アヤカシッ!」
 五十鈴を背に庇い、黒の刃が深く鳥龍の首を薙ぎ払った。
 瘴気と共に舞い上がる首を視界に据え、エルレーンは大きく息を吸って五十鈴を振り返る。
「あぶないでしょ!」
「ありがとう」
 注意しようとした瞬間に返された言葉。
 これにエルレーンの口が止まる。
「五十鈴も、少し変わったのかもしれんな」
「……元気、なのは…変わら、ない、ですけど……ね……」
 そう言って笑った焔迅に、祓は頷きを返す。
 そしてこの時、アルーシュは次なる動きに出ていた。
 鳥龍が消えた事で藤姫への道が出来上がったのだ。それを援護しようと竪琴を鳴らす。
「黯羽さん、レトさん、久遠さん、征四郎さん! お願いします!」
 これから死闘を繰り広げるであろう仲間へ追い風となるように。そう願いを込めて心を、体を揺さ振る曲を奏でる。
 その音色を耳に、ヘルゥは藤姫を見、残るアヤカシを見た。
「あと少しじゃな。急いで片付けるで、兄ぃ、姉ぇ、よろしく頼むのじゃよ! 藤姫。お前からすれば人はちっぽけな食い物かも知れん。じゃがな、私たちは一人ではないんじゃ、それを思い知らせてやるぞ!」
 この声に、対アヤカシの面々は表情を引き締め、己が武器を構え直した。


 開けた藤姫への道。
 仲間が紡いだ想いの道を塞がない為、黯羽が黒の壁を築き始めた。
 1つ、2つ、次々と作られる壁は、藤姫への最短距離を形にしてゆく。其処を進むのは久遠、レト、征四郎、そして黯羽の4人。
「漸く辿り着きそうですね。予想よりも遥かに遅い到着。やはり先の闘いでの攻撃はまぐれと称する他ありませんか」
 悠然と、開拓者等を見下ろす様に塀に足を止めた藤姫の、冷静で冷やかな評価。
 藤姫は単に先の闘いの復讐に来たのだろうか。それにしては若干様子が違う。
 それに気付いたのだろう。後方よりアルーシュが問いを投げた。
「……あなたは海道さんの何を食べられたのですか? 血肉、それとも憎悪? 食べた海道さんの想いに何かを動かされていませんか?」
 たかが人の想い。
 藤姫はそう称するだろう。だが、海道を食べたのだとすれば、もし、彼の想いが藤姫を動かしているのだとすれば。
 アヤカシと人間が相容れないと言う関係が少しは変わるのではないか。
 そんな、想いがあった。
 しかし、現実は違ったようだ。
「何故人間如きに其処まで気を遣う必要があるのでしょう? 彼は負けました。そしてその生を終え、今は私の糧となっています。それ以上でもそれ以下でもありません」
 人はアヤカシにとって捕食する存在。
 そう言い切った藤姫は更に追い打ちを掛けるように言葉を紡ぐ。
「私は狩りと言う名の楽しい時を過ごし、美味なる食事に舌鼓を打ちに来ただけ。他のアヤカシは知り得ませんが、志体持ちは私にとって極上の食材。其処らの人間よりも実に味が良いのです」
 舌なめずりをして見せる藤姫に背筋が震える。今の様子だと、海道を食べた事で志体持ちを食す事に俄然興味を持った。そう見えてしまう。
「いや、違うだろ」
 スッと藤姫の目が細められ、彼女の瞳が黯羽を捉えた。
「たかが人間如きにやられたまま黙っていたら、上級の名が泣く。だから来たんじゃねぇのかぃ?」
 ニヤリと笑った黯羽に、藤姫の瞳が据わった。
 一瞬の出来事だった。
 捉えきれない速さで目の前にやって来た藤姫が、黯羽の体を吹き飛ばした。
 ゆっくりと地面に下りる藤姫の脚。それに比例するように黒の壁に打ち付けられた黯羽の体が地面に落ちる。
「ッ、……接近戦が、出来る、たぁ……恐れ…入ったぜ……」
 口端に伝う血を拭い、黯羽は揺らぐ足で立ち上があろうとする。其処へ藤姫の次なる攻撃が迫るのだが、彼女が動ききる前に、蒼い風が彼女を遮った。
「させませんよ!」
 巨大な穂先を藤姫に定め飛び込んで来る久遠。その姿に藤姫の目が光った。
「……っ」
 魅了の術。
 眩む視界に、精霊力を屈指して対抗する。
 そうして強引に藤姫の懐に飛び込むと、掴む槍の柄を握り締め、一気にそれを突き入れる……筈だった。
「! ――がっ、ぁ!」
 息を奪うような一撃が、久遠の腹を突いた。
 眩暈を覚え、意識が飛びそうになる。
 込み上げる嗚咽を必死に抑え、倒れそうになる体を、何時の間にか掴まれた槍で引き止める。
 その上で藤姫の腕を掴むと、久遠の口から息のような声が漏れた。
「……征四郎、殿……五十鈴、ど、の……を、ここまで…苦しめ、傷付け…た……貴女に…隙を作るための……捨石、ならば……悔いもな、し……!」
「ならば望み通り捨石となりなさい」
 ゴキッと何かが折れる音がした。
 直後、久遠に激痛が走り、ダラリと腕が落ちる。そして再び見舞われた腹部への打撃に繋がっている手も落ちた。
「久遠、もう良い、退け! 征四郎、レト!」
「わかってるッ!」
 久遠を急いで引き離さなければ。
 レトは周囲を見回し、先程鳥龍を倒した際に折れた木に目を留めた。
「離れろ!」
 鞭で器用に巻き取った木。それを久遠と藤姫の間に目掛けて投げる。これに藤姫はあっさり久遠を手放した。
 其処にレトが駆け付け、彼女を保護する。
「大丈夫!?」
 いくら開拓者と言えど、腕を折られれば相当の痛みが襲っているだろう。それこそ、意識が飛ぶ程の。
「……は、ぃ……」
 辛うじて返された声にホッと息を吐く。
「守ろうと動くが故に、大事な者を更に危険へと晒す。人とは実に愚かな『食べ物』ですね」
「うあああああ!」
 久遠に気を取られ過ぎた。
 彼女を抱えたまま吹き飛んだレトに、間髪入れず、藤姫の手刀が迫る。
 首を薙ぎ払う勢いで放たれたそれを、寸前の所で交わしたレトの目が、間近に迫る藤姫を捉えた。
「ッ……守ろうとして…何が、悪いのさ……!」
 キッと睨み付け、久遠を抱き込むようにして身を屈める。意地でも守る。
 そんな意志の篭った目に、藤姫の目が細められた。
 其処へ黯羽の声が届く。
「アヤカシの務めはこの俺、北條黯羽に滅相されるコトだから疾くと速やかに安心して冥土に旅立つのが定めだぜぃ?」
 久遠とレト。彼女たちを一瞥し、黯羽は龍の彫刻が施されたハサミ型の呪術武器を構える。と、龍の彫刻が虹色に輝きだした。
「前回は逃がしたが今回は逃がさねぇぞ――諸余怨敵皆悉摧滅」
 黯羽が紡ぐ詠唱には覚えがある。
 藤姫は意識をレトや久遠から動かし、彼女との距離を縮め攻撃に転じようとした。
 だが、
 わざと技を使うのを見せびらかす様に詠唱を長く紡ぐ。これに藤姫が動いた。
 瞬時に間合いを詰め、彼女の攻撃を阻もうとしたのだ。
 だが、この動きにレトが反応した。
「させるかぁ!」
 彼女の持つ鞭が、間合いを詰めに動こうとした藤姫の足を払う。勿論、攻撃は直撃などしていない。
 寸前の所で交わした。
 しかし、これが大きな隙となった事は間違いない。
「滅しな!」
 辺りに漂う腐臭。
 いったい何の肉塊なのか。正体不明の存在が湧き上がり、藤姫の腕に喰らい付く。
「この程度ならば容易に――」
「敵は前だけではない」
「! 天元征四郎、ッ」
 黯羽やレト、久遠に気を取られ過ぎた。
 間近に迫った征四郎の静かな声に藤姫が召喚の術を試みる。だが、その腕が肉塊に呑み込まれた。
 息を呑む音が響き、瘴気が辺りに飛散する。それを受け、藤姫は後方に飛び退いた。
 しかし、その身に征四郎の刃が突き刺さる。
「何故……」
 オカシイ。そんな筈は無い。
 不可解そうに口を吐いた言葉に征四郎は息を吐く。
「アヤカシに冥府があるかはわからないが、冥府で俺と俺の兄妹の父上、そして兄上に詫びて来い!」
 抜かれた刃が風を帯びる。
 その瞬間、藤姫の胴が飛んだ。
 黒い瘴気を撒き散らし、地面にただ落ちるだけの体。その、筈だった。
「天元征、四郎……人の子。……冥府とは、人が作り出しし言葉。故に…私は、その言葉に報いる事は……ない、でしょう」
 胴を切り離され、尚も言葉を語るアヤカシに征四郎の米神が揺れた。
「……ならば、何も言わずに、もう逝け」
 苦痛の表情で振り下ろされた刃が、藤姫の言葉を奪い取る。
 今度こそ、動かず地面に伏した藤姫の一部。
 それを無言で見下ろす征四郎と、彼に駆け寄る仲間の目に、藤姫の差していた藤の花が落ちるのが見えた。
「……おぬしとの縁もこれまで。季節外れの藤は早々に還るがよい」
 祓の静かな言葉が闇に消えると、藤姫の残した花も、地面に溶ける様に消えて行った。


 強襲で崩れかけた縁側。
 焔迅は其処に腰を据え、元は綺麗に整っていた庭を眺めていた。
「最後の、戦い……終わり、ました、ね。長かったような、あっという間、だったような……そんな、気持ちです」
 そう言って笑みを零した彼に、応急処置の為に使用した布や傷薬。それらを片付けていたアルーシュが頷いた。
「そうですね……長くて、辛い、夜が、漸く終わったんですね」
 彼女はそう零し、医師が来るまでの間の処置として布団に横たわる久遠に目を向けた。
 久遠の傍には、折れた彼女の腕を固定する為に包帯を巻く征四郎の姿がある。
「もう少し動かないよう、固定した方が良いか? ……難しいな」
 試行錯誤で最低限の処置は終えた。とは言え、殆どアルーシュや祓、それにエルレーンが行ったのだが、まあその辺は軽く伏せておこう。
「……征四郎殿は、これからどうされるのでしょう……」
「如何とは……?」
 今、レトや黯羽、そして五十鈴が治療を兼ねて医師を呼びに行っている。その間、意識を失わせない方が良いと思い、彼女と言葉を交わしていた。
 ただ、話すのも辛そうな様子を見ると、本当にこれで良いのかとも思ってしまうのだが。
「決着をつけたとて……多くが、失われたのは事実……取り戻すことは、叶いませんが……新たな道場を復興させる、とか……」
 成程。と征四郎は頷き、残った包帯を脇に置いた。
「部外者が…気持を、逆撫でする事を…言っていたら……申し訳、ありません。ただ、その……心配で」
「心配ならば、まずは自分だろう」
 呆れたように息を吐く彼に、久遠は申し訳なさそうに目を逸らす。と、会話を遮る様に咳払いが響いてきた。
「征四郎くん、女の子にそれじゃだめだよ。もっと優しくしないと」
 振り返った先に居たのはエルレーンだ。
「いや、充分優しくしていると思うんだが……」
 キョトンと目を瞬いた征四郎に、エルレーンも目を瞬く。
 一連の騒動で多少不器用さや無愛想な部分などが抜けたと思ったが、根本的な部分は変わっていないと見える。
 それに対して祓が呆れたように息を吐いた。
「わかっておらんな。征四郎は言葉遣いがなっておらんのだ。女性にはもう少し気を遣った言葉を遣わねばならん」
「そういう、もの……なのか……?」
 よく分からない。
 そう告げる征四郎に、ヘルゥが飛び込んで来る。
「まあまあ、そこが征四郎兄ぃの良い所なのじゃ。不器用でぶっきらぼうで無くなったら、誰か分からんのじゃよ?」
 それは擁護とは言わないだろう。
 それでもヘルゥは何処か嬉しそうに征四郎を見ている。そんな彼女の頭を撫でていると、医師を連れたレトと黯羽、そして五十鈴が戻って来た。
 そしてこの場の微妙な空気を感じ取ったのだろう。
 黯羽が一言、「何したんだ?」と、征四郎に問う。
「いや、何故俺に問う」
「こう、征四郎と皆との空気が違うって言うか……まあ、そんな感じ?」
 レトが黯羽の言葉を補足したがさっぱり分からない。
 首を横に振った征四郎に、2人は少し笑って医師を久遠の元へ案内した。
 2人も見た感じは元気そうだが、きっと藤姫から受けた傷の痛みが残っているだろう。
 それでもそれを見せないのは、仲間への思いやりからだろうか。
「……今まで関わらなかった事を、少し悔いるな……」
 別に意識して人と接し無かった訳ではない。
 ただ、そうする時間が無かっただけで。
 思わず零した声に振り返った焔迅と目が合い、若干だが気まずい。こうした時の対処法も、追々慣れるだろうか。
 そんな事を思いながら、医師に診てもらっている久遠に目を向けた。
「……先程の答えだが」
 話は逸れたが、答えは返さなければならないだろう。
 唐突に言葉を切り出した征四郎に皆の目が向かう。
「道場だが、神楽の都に移そうと考えている。朱藩国で、とも思ったが、俺も恭一郎兄上も今では神楽の都で動く事が多い。ならば……と」
「え! 朱藩国じゃなくてこっちに道場作るのか!?」
 初耳だと騒ぐ五十鈴に、征四郎の眉間にハッキリとした皺が刻まれた。
 それを見て取り、祓や黯羽が五十鈴の口を塞ぐ。
「……既に、恭一郎兄上には話を通してある。問題はない」
「むぐっ、うぐぐ……ぷはっ! 問題あるだろ! 門下生も一緒に引っ越すのか!? そんなの大変――」
「五十鈴さん。大丈夫ですよ。私達もついていますから」
 口を塞ぐ複数の手を払い除けて叫んだ瞬間、アルーシュの顔が目に飛び込んできた。
 ニコニコと笑顔で手を取る彼女に、思わず声を途切れさす。
「五十鈴さんが神楽の都に居ると言う事は、もっと貴女とお話できる。そう言う事ですよね?」
 確かに、そう言う事になる。
 五十鈴とて仲良くなれた皆と離れて過ごすのは寂しいと思っていた。故に、そう言われると何と言って良いか言葉に詰まってしまう。
「まあ、その辺は兄妹間で、よぉく話し合うんだな」
 ポンポンっと五十鈴の頭を撫でた黯羽に、征四郎は目礼を向ける。
 そんな彼を見上げ、ヘルゥが言った。
「のう。征四郎兄ぃ。この戦いで、アヤカシに踏みにじられ、失ったものは多かったのじゃ。じゃが、私は大事なものを得たのじゃよ」
「大切なもの?」
 ヘルゥは大きく頷く。
 そして目を輝かせて皆を見回した。
「家族じゃ! 五十鈴姉ぇも征四朗兄ぃも、そして一緒に戦った皆も、みんなみんな私の家族になったんじゃ!」
――家族。
 この言葉に、征四郎の目が五十鈴に止まった。
 今回の騒動で征四郎は家族を失った。
 だが家族を失うだけでなく、家族間で得るモノもあった。
 ただ失うだけのはずだった騒動に得るモノを与えてくれたのは誰だろうか。
 そう思った時、征四郎の中でヘルゥの言った言葉の意味が、少しだけわかったような気がした。
「……悪くはない」
 そう零した彼に、皆の穏やかで優しい視線が注がれた。

 後日、征四郎から皆へ団結旗が届けられた。
 其処には征四郎が自分で書いたらしい、「絆」の文字が刻まれていたとか。