青龍と赤龍
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/04/27 12:45



■オープニング本文

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●朱藩
 闇に響き渡る喧騒、叫び声。
 打ち交わされる刃の音に、天元流の道場師範である天元・源士郎は目を覚ました。
「何事かっ!」
 急ぎ、枕元の刀を拾い上げ叫ぶ。
 この声に、同じく目を覚ました三男の巳三郎が駆け込んできた。
「敵襲です。父上は急ぎ屋敷の外へ。この暗がりと強襲では真面な応戦は不可能です」
「馬鹿を言え!」
 着物の裾を捲り上げ身支度を整えた源士郎は闘いに聡くない巳三郎を一喝する。此れに巳三郎は口を噤み、父を見た。
「この声と音は門下生らが刀を振るう物。師範である私が逃げる訳には行くまい。それに――」
 言葉を切った源士郎の目が鋭くなる。
 目を凝らし、耳を凝らし、片手を柄に添え伺う姿は、道場で門下生を相手に棒を振るう父とは別人。殺気を含み、敵の存在を捕らえようと機会を伺っている。
「巳三郎。お前こそ外に出ていなさい。此処に侵入した賊は、唯の賊ではない」
 体が弱く、闘う術を持たない巳三郎は此処に居ても足手纏い。その言葉を隠し放った言葉に、巳三郎は首を横に振る。
「私は道場に参ります。父上や恭一郎兄様のように強くはありませんが、私とて志体持ちであり天元流の門下生。多少の役には立ちましょう」
「――……わかった。無理はするな」
「はい」
 巳三郎はそう言葉を残し、部屋を出て行った。
 本来なら止めるべきだが今は其処に拘っている暇は無い。何せ先程から嫌な汗が背を伝っているのだ。
 ポツポツと、嫌なほど切実に――

●神楽の都
 天元 征四郎(iz0001)の住まう住居。その居間に腰を据え、五十鈴と開拓者達は顔を見合わせていた。
 其処に続くのは沈黙と、目での重圧。勿論それは五十鈴が征四郎に送る物だ。
「……セイ、いい加減、良しと言え」
 焦れた五十鈴の声に征四郎は前を向いたまま応えない。
 一方的に言葉を遮る征四郎。その姿はあまりに頑なで、無口や無愛想と言う言葉だけで括れる物ではない。
「セイ……」
 流石の五十鈴も困った様に視線を落とす。
 先程、無茶に走った為か、部屋の入り口には開拓者が座っている。故に、強硬手段に出る事も出来ない。
 部屋に再び沈黙が訪れようとしていた。その時だ。
「征四郎、朱藩の実家が襲われたぞ」
 駆け込んできた声に、征四郎は勿論、五十鈴も弾かれたように目を上げた。
「恭兄……今の…本当、か……?」
 呆然とした五十鈴の声に、天元 恭一郎(iz0229)は頷く。
「夜の闇に乗じての討ち入りと聞いた」
「爺……爺と、巳兄は無事なのか!?」
「……巳三郎は重体との知らせだが、あれも志体持ち。問題はないだろう。だが、父上は……床に伏したままだそうだ」
「!」
 縋り付く五十鈴の頭を撫で、恭一郎は征四郎を見た。
 呆然としているのは彼とて同じ。
 ただ、その表情の下では何かしら考えているのだろう。揺れ動く瞳が宙を彷徨い、自らの手へ落ちてゆくのが見える。
「道場は混乱の最中。征四郎、朱藩の家へ帰るぞ」
「……、…俺は……勘当されている。……戻るわけにはいかないのです……兄上も、それはご存じの筈」
 言って拳を握って立ち上がった彼へ、五十鈴は目を吊り上げて駆け寄った。
「まだそんなこと言ってるのか! 関係ないだろ! セイは爺や巳兄が心配じゃないのか!!」
「心配に決まってるだろ!」
 五十鈴を振り払い、珍しく怒気を露わにした彼へ、振り払われた本人も周囲の人間も驚いたように息を呑んだ。
「心配でも……帰るわけには、いかない……ッ」
 ダンッと床を強く踏んで出て行った彼を見送り、恭一郎は深く長い息を吐いた。
「恭兄……あたし……」
「少し、庭を見て来なさい。落ち着く頃には、皆がお前に手を貸してくれる。まずはその顔を如何にかしてくるんだ」
「……わかった」
 今にも泣きそうな顔が頷き、五十鈴も部屋を出て行った。
 その姿は今にも泣きそうで小さい。無茶をして辿り着き、無茶を通して賊に駆け込んだ少女とは思えない程気落ちしている。
「無理もない」
 恭一郎は溜息と共に吐き出すと、改めて開拓者を見回した。
「見苦しい所をお見せしました。もし宜しければ、見苦しいついでにもう1つ、話を聞いては頂けませんか」
 そう口にして腰を据えた彼に、開拓者達の視線が集まる。それを見届けた上で、恭一郎は口を開いた。
「先程、朱藩国にある天元流の道場が討ち入りにあったとの報が入りました。それによる被害は甚大。師範である天元源士郎は生死の淵を彷徨い、三男の巳三郎は重体。道場は文字通り死守したようですが、虫の息も同然でしょう」
 間髪入れず、賊の襲撃に遭えば次こそ陥落する。
 そう言葉を添え、恭一郎は声を潜めた。
「これらを踏まえ、皆様方にお願いしたい事があります。天元家嫡男にして、次期天元流の跡取りである征四郎を、朱藩国にある実家へ戻る様、説得願いたい。その上で必要な情報は提示しましょう。但し、これは父が望む事ではないかもしれません。情報の扱いには十分注意して下さい」
 そう言い置き、彼は重要な情報を開拓者たちに示した。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
祓(ia8160
11歳・女・サ
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
レト(ib6904
15歳・女・ジ
六車 焔迅(ib7427
17歳・男・砲
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

 屋敷の居間。其処に腰を据える天元 征四郎(iz0001)と開拓者達は、無言のまま顔を見合わせかれこれ数刻が過ぎようとしている。
「――ある意味、立派さね」
 静まり返った室内に響く北條 黯羽(ia0072)の声。
 彼女は失礼、と煙管を取り出すと其処に火を落し口に運んだ。
 当然煙は輪の外へ。子供な年齢の者も居る以上、喫煙への最低限の注意は払う。
 その上で瞳を征四郎に向けると、彼女は緩やかに紫煙を吐き出した。
「実家が風雲急を告げても頑な。意志を明確にして其れを貫こうってんだ。中々に出来る事じゃないさね」
 だからこそ、彼の説得は難しい。
 黯羽はそう考えている。
 そして彼女とほぼ同じ意見を、この場に腰を据える者達は考えていた。
 皆、思った以上に冷静で、同席する五十鈴も大人しく耳を傾けている。勿論視線は征四郎に釘付けだが、今は彼等を信頼し待ってくれているようだ。
 だが、中には我慢ならない者も居るようで――
「父親の一大事でこれかっ!」
 数多の声を呑み込み叫んだ声は、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)の物だ。
 彼女は顔を真っ赤にさせて立ち上がると、征四郎に指を突き付けた。
「――〜〜……っ」
 突き付けたのだが、次の声が出てこない。
 恭一郎から聞いた征四郎の境遇。そして彼が今置かれている状況を考えると、余計な事は言えない気がしたのだ。
 そんな彼女を見兼ねて、レト(ib6904)が口を開く。
「あー……あのさ。気になってたんだけど、辻斬りとか襲撃だとかずいぶん物騒なんだけど、どんな奴らとやりあってんのか心当たりあるの?」
 別の話題。
 其処から導き出した言葉に、征四郎の目が動く。
 その事に反射的に首を竦めると、予想外に落ち着いた声が返ってきた。
「心当たりはない。元々、天元の家は、恨まれる様な事はしていない筈だ」
「そう、か」
 怒られなかった事に安堵すべきか否か。
 レトは息を吐き気味に頷くと、チラリと五十鈴を見た。
 五十鈴は相変わらず大人しくしている。その事も予想外だったが、それだけ兄である恭一郎や征四郎を頼りにしていると言う事なのだろう。
「征四郎さんや五十鈴さんを見ても、仰るように恨まれる様な御家族や道場では無いと思います……」
 それなら何が。
 そう問われると困ってしまうのだが、アルーシュ・リトナ(ib0119)は思案気に視線を落とすと、自らの手を見詰め息を吐いた。
「……癒しの力が、あれば……」
 ポツリと零し、小さく首を横に振る。
「お主には、此処があるであろう」
 トンッとアルーシュの胸を叩いた祓(ia8160)に、彼女の目が瞬かれる。
 それに頷きを向け、祓は征四郎を見た。
「自身が家族を心配しているのは一応自覚しておるようだな……」
 先の怒鳴り声はその一環だろう。
「何とかせねば、な」
 祓はそう零すと、緩やかに目を瞬いた。
 その脳裏には過去の出来事や多くの想いがあるのだが、其れはまだ胸の内に。それよりもすべき事が今はある。
 そして彼女同様に、如何言葉を切り出すべきか考え込むのは六車 焔迅(ib7427)だ。
 元々寡黙な部類に入る彼故に、どう説得して良いかも分からない。それでも今が良い状況でない事は分かっている。
「……困った、な。何…を、話せばい、いのか……」
 呟き、頭が右へ、左へと揺れ動く。
 それを目にして志藤 久遠(ia0597)が彼の肩を叩いた。
「説得が不慣れなのは私も同じ……考え込まず、自然の流れで参りましょう」
 共に行動する仲間を小声で励まし、久遠は此度の出来事を振り返る。
 天元家次男を襲った辻斬り。そして道場を襲った賊。全てが無関係とは思えず、些か執念すら感じる出来事のように思う。
 その為には調査が必要だが、それを行うには目の前の堅物を説得する必要がある。
「……難しい、ですね」
「うん。それに、征四郎くんは、本当にきまじめ、なんだね……」
 考え込む久遠の呟きを拾い、エルレーン(ib7455)はそう呟いて肩を竦めた。
 征四郎が家へ帰りたくない理由。その中に父親を怒らせたらと言う物があるのではないか。彼女はそう考えている。
「……好きな人に、これ以上げんめつされたくないから……だから……なのかな」
 『家族』。その言葉を敢えて使わず零した声に、ヘルゥは「ふむ」と目を瞬き、次いで大きく頷いた。
「征四郎兄ぃ、ご飯にいかんか?」
「何?」
 一際明るく発せられた声に、皆の目が向かう。
「腹が減っては、あーなんといったか……と、とにかく、このあたりはまだよくわからん、兄ぃに案内して欲しいのじゃ!」
「……それなら、他の人に――」
「兄ぃでなくてはいかん!」
 言って腕を引いた彼女に、征四郎は目を瞬いた。
 そして彼女の申し出を断ろうとした時――

 ぐきゅるるるるる!

「お、おう、黙るのじゃ!」
 慌ててお腹を押さえたヘルゥに、周囲から笑い声が零れる。
「皆で、買い出し……良いと、思う……」
 不器用な言葉とは裏腹に、ニコリと微笑んだ焔迅に征四郎の張り詰めていた気が緩んだ。
 そして――
「わかった。行こう」
 そう言葉と共に溜息を零し、彼は重い腰を上げた。


 穏やかで暖かな日差し。
 正に小春日和と言って良い天気の中、開拓者達は征四郎を伴って食事の買い出しに出ていた。
「仲…いい、ね……」
 そう言葉を零すのは、食材を抱えた焔迅だ。
 彼の視線の先には、ヘルゥと手を繋いで歩く征四郎がいる。
 屋敷を出る際、ヘルゥが無理矢理繋いだのだが、征四郎は特にそれを払うでもなく彼女の好きにさせている。
「案外面倒見が良いのかねぇ」
 黯羽はそう言って、青く澄んだ空を見上げた。
 やはり暗く沈んだ空気の室以内に居るより、外に出た方が何倍も気分が良い。
 彼女は瞳を細めて息を吸い込むと、不意に声を上げた。
「征四郎、其処を左に曲がんな」
 分かれ道を真っ直ぐ進もうとする彼に声を掛け、自らも其処を進む。その様子に征四郎の足が止まった。
「此方のが近いんだよ」
 彼女が進もうとするのは桜並木が続く道。
 確かに此方を進んでも屋敷には着く。とは言え、言うほど近いとも思えない。
「やはり此方の方が……」
「良いじゃんか。黯羽が近いって言ってるんだ。こっち行こう」
 征四郎の声を遮って背を押したレトに、思わず足が動く。
 そうしてほぼ無理矢理並木道に入ると、彼等の目には和やかな光景が飛び込んで来た。
 茣蓙を敷き、弁当を広げて笑いあう家族や恋人達。その様子にヘルゥの首が傾げられた。
「あの様子はなんじゃ?」
「桜の花見、だな」
「おおーっ、あの花が桜で、ハナミというやつなのじゃなっ!」
 如何やら、ヘルゥは花見を始めて見たようだ。
 楽しげに声を零す彼女に、征四郎の足が止まると、彼の手がヘルゥの手から離れた。
「お?」
「少しなら、見ても構わないだろう」
 実家の事を考えると花見などしている場合では無いだろう。だからと言って、屋敷に直ぐに戻る気にもなれなかった。
 それは黯羽が感じた思いと同じなのかもしれない。
「けんかするのは、……哀しいことだよね。でも、生きてる限り。がんばったら、いつか仲直りできるかも、って思う」
 不意に響いた声に目を向ける。
 其処に居たのは、エルレーンだ。
「けど……それだって。相手がいなくなっちゃったら、もう、できない」
「……元々、喧嘩とは違う」
 エルレーンの言いたい事は分かる。
 勘当を喧嘩と捉え、その上で彼の気持ちを汲み取ろうと言うのだろう。そもそも彼女の境遇上、征四郎のような立場の人間を放っておけない、と言う思いもある。
「あなたに、守れる力があるのなら……手を伸ばすのがあなたからだったって、いいと思うの」
 あくまで『喧嘩』を例えに取る彼女に、征四郎は緩く首を横に振り、桜の木に目を向けた。
「……そんなに、簡単な話ではない」
 成すべき事、勘当された理由。
 それらを踏まえれば、自分から歩み寄る事の敷居の高さを感じずにはいられない。
 そう呟いた彼へ、レトが不思議そうに顔を覗かせた。
「……あんたにとって、さ。凄く家って重いモノなんだね」
 征四郎の頑なさは、如何も家族が大事じゃない、と云う訳ではなさそうだ。
 寧ろ家族が大事だからこその頑なさ。そんな印象を征四郎からは受ける。
 レトはジッと征四郎を見ると、小さく首を傾げた。
「家を出るの……凄く悩んだんじゃない? 重くて離れがたくて辛くて……悩んで悩み抜いて、でもそうする事が家にとって一番良いって、そう考えて出たんじゃないかな」
 確かに、彼女の言うように家を出るには覚悟が要った。そして家を出る事が、家にとって一番良い事だと考えたのも事実。
「だから……いっぱい、考えたから。中途半端に出来ない。大事だからこそそれを振り返った覚悟も、重いんだ」
 でもさ……。
 レトはそう言葉を切って息を吐く。
「……なくなっちゃったらどうするのさ。後悔する事すら出来ないんだよ? あんたの覚悟って家族よりも大事なの?」
「その者にとっての覚悟は……誰にも、分からぬ事もある……疑問に思う事も、ある」
 そう言葉を返して、漸く黯羽がこの道を選んだ理由が分かってきた。
 花見をする家族。そして其れに添う様に語られる家族への言葉。
 征四郎は僅かに苦笑を滲ませると、桜へ視線を逸らそうとした。だがそれを祓が阻む。
「その顔。我らが言おうとする事が、わかってきたようだな」
 爪先立ちをして顔を覗き込み、ジッと彼の目を見詰める。
 真剣で、大事な事を言おうとする目に、征四郎は瞳を逸らす事を止めた。
「今が実家の危機であることは疑うべくもないはず。そんな中、その場へ向かわず取り返しのつかぬ事態となったでは、全てが遅いのだ」
 後悔が先に立つ事は無い。
 何かを為さず、それによって得る後悔のなんと虚しい事か。
「おぬしのその行動、家族を見殺しにしたと言われても否定出来ぬ行いぞ。五十鈴が気落ちするのも分かろうというもの」
 祓は五十鈴の力になりたいと思っている。
 そして勿論、征四郎や恭一郎へも、同じ思いを抱いている。
「おぬしが今頑なに動こうとしないその道の先には、皆を不幸にする結末が待っているかもしれぬというのに」
「――祓、少し納まりな。お前の気持ちはよぉくわかる……征四郎。少し、考えを緩めちゃみねぇか?」
 無言で言の葉を受ける征四郎に黯羽は言う。
 この声を受けて動いたのは祓だ。
 彼女は爪先立つのを止めると、征四郎に向かって微かに頭を下げた。
「……過分に言い過ぎた。許せ」
 失う事の辛さ、護れる事の大事さ。それらを全て語った上で、祓は彼を説得したかった。
 その為に言い過ぎた感はある。少なくとも、彼女はそう感じたから謝罪した。
「怒っていない……すまない」
 征四郎もそう呟き、僅かな沈黙が走る。
 だがそこに、小さな声が流れてきた。
「……勘当したり…怒ったり、何も…為せてないから……帰れないって、思った、り……好き、なんだ、ね」
 ほわり響いた声に、征四郎は僅かな間を置いて目を瞬いた。
 声の主は焔迅で、彼がこのような事を言うのは予想外だったのだ。
「……今こそ…征四郎さんが、必要……だと、思う、な……」
 そう言って笑った彼に、征四郎は苦笑を零す。
 焔迅は焔迅なりに、導き出した言葉を口にした。
 元々、情より金と言った環境で育った彼は、他の者とは少し違ったと独特の思考を持っている。
 だからこその言葉であり、そこから導き出される言葉は、意外性を含んでいた。
「……」
 与えられた言葉は多くを考えさせる。
 征四郎は思案気に目を流すと、此方に向かう人影を見つけ、緩やかに足を動かした。
「お待たせ、しました」
 そう言って駆けてきたのは、久遠とアルーシュ、そして五十鈴の3人だ。
 彼女たちは征四郎の屋敷を出た後別行動をしていた。
「朱藩国にいらっしゃる、門下生の方と風信機を使ってお話が出来ましたので、そのご報告を」
 本当は、直接朱藩国に行きたかったのですけど、時間的に無理でしたので……。
 彼女はそう言うと、得てきた情報を教えてくれた。
「征四郎さんのお父様は依然意識不明の状態。お兄様は重体ながら志体持ちならではの回復力で快方に向かってらっしゃるそうです」
 この言葉に、征四郎の顔に安堵が浮かぶ。
 此れにヘルゥの目が上がるが、彼女は何も言わない。
「あと賊ですが、顔は何かで顔を覆っていて見えなかったそうです。ですが、征四郎さんや五十鈴さん、それに恭一郎さんが戻られるまで、自分達が道場を護ると仰ってました」
 其処まで言って、アルーシュは征四郎に向き直った。
「温かくても、厳しくても……皆さんお待ちです。切っ掛けさえあれば何時だって」
 ヘルゥは黙り込んだ征四郎に腕を引く。と、征四郎の目が落ちた。
「兄ぃは今何を考えておる」
「……俺はまだ……兄上を越えていない」
 零された声に皆の目が瞬かれた。
 其処へアルーシュと共にやって来た久遠が口を開く。
「それが、戻れない理由ですか。恭一郎殿を越える事が、征四郎殿の為すべき事」
 ならば――
 久遠は開拓者ギルドより持ってきた紙面を取り出すと、それを征四郎に差し出した。
「この依頼を出そうと思っています。是非、現地での案内をお願いしたいのですが、如何でしょうか」
 差し出された紙面には、天元流の道場を襲った賊の調査と捕縛の旨が書かれていた。
「向かえば為すべき事を為せるかも知れません。是非とも、後悔の無い選択をして頂きたいです」
 紙面は久遠の手から征四郎の手へ。
 開拓者達が用意してくれた数多の切っ掛けに、征四郎は肩の力を抜き、長く息を吐いた。
「……開拓者として、朱藩へ向かう」
 仕方なし。
 そんな色を含ませた呟きではあったが、五十鈴は嬉しかったようだ。
「そうと決まれば、ギルドで家の情報を集めて――」
「待ちな。まずは腹を満たしてからだ」
 だろう? そう言って笑んだ黯羽に、皆は頷きを返し、征四郎の屋敷へと歩いて行った。