【冥華】双璧の巣・東房
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/27 00:47



■オープニング本文

●東房国・霜蓮寺
「忙しい所、呼びだして申し訳なかったな」
 そう言葉を紡ぐのは、東房国にある霜蓮寺と呼ばれる寺社で統括を務める男だ。
 彼は目の前に腰を据える複数名の開拓者を見回した。
「私は霜蓮寺のサムライ。故に、統括のお呼び出しがあれば何時でも馳せ参じる次第です。それで、呼びだしたその理由とは?」
 霜蓮寺に召集された月宵 嘉栄(iz0097)は、そう問いかけると僅かに眉を潜めた。
 その声に統括の目が隅に腰を据えるシノビへと向かう。
「明志、現在の状況を皆に教えてくれ」
 黒装束に身を包んだ明志(アカシ)と呼ばれた男は、覆面の向こうにある瞳を眇めて呟く。
「北面国と東房国の間にある魔の森。其処から大量のアヤカシが出現して、楼港と安曇寺を襲ったことは周知の事と思うけど、その辺の復習は大丈夫かい?」
 そう問いかける彼に対し、この場に集まった面々は頷きを返す。
 彼の言うアヤカシの襲撃は、僅かひと月ほど前こと。
 北面国と東房国、双方の国を攻めるアヤカシの姿があり、襲撃自体は開拓者の手によって阻まれた。
 しかしその原因は不明。
 憶測では、現在北面国に攻め入っている弓弦童子の策ではないかと言われているが、確証はない。
「統括の申し出もあって独自に調査していたのだけれど、漸くそれらしい情報が入ってね」
 明志はそう口にすると、北面国と東房国を含めた地図を広げて見せた。
「志摩の子供の出身地『狭蘭の里』、そして、其処のお嬢さんの出身地『南麓寺』。この地はかつて『陽龍の地』と呼ばれ龍の保養所になっていた場所だ」
「陽龍の地は東房国と北面国が争う前、双国が互いの龍を養成し、土地の名は2つの国で決めたとも聞いている。今回のアヤカシは、其処から出たと考えて間違いないだろう」
 明志の言葉を繋ぎ、統括はそう言葉を切ると、神妙な面持ちで此方を見る2人の開拓者に目を向けた。
「君らの里を襲ったアヤカシは、国境があやふやだという点を利用し、双国に争いをもたらそうと考えたのだろう。そして作戦は難航、巧くいかなくなったが故に、今北面国では大規模な闘いが起きている」
 統括は、今起きている大規模な戦と此度の事は無関係ではないと考えている。
「君たちを襲ったアヤカシは弓弦童子の名を出したのだろう? 確か、ジルベリア出身のアヤカシで、名は『ヘル』と『ブルーム』だったかな」
「っ、なんで……」
「それを調べるのが私の仕事だからね」
 思わず声を漏らした山南 凛々(iz0225)に、明志は笑みを含ませて声を零す。
 その様子に頬を紅く染めると、凛々はおずっと統括を見た。
「……何故、調べたのですか?」
 同じ東房国とは言え、南麓寺と霜蓮寺は今まで大した接点もない。にも拘わらず、此処まで調べるには何かある筈だ。
 そう踏んだ問いに、統括は凛々の横に控える陶 義貞(iz0159)へと目を向けた。
「其処の義貞君の保護者が私の友人なのだよ。彼から乞われれば、私も動かずにはいられない」
「ヘルとブルームは弓弦童子に言われて此処に来たと言っていました。人間を食べれば強くなれる……そう言われたとも。もし目的がその通りであれば、退けるだけでは駄目だと思います。それだけでは、いつか大きな被害が出る」
 義貞は言葉を選びつつ声を発する。
 その姿に明志や嘉栄は僅かに目を見張った。しかし直ぐに表情を戻すと統括へと目を向ける。
「元来、アヤカシとは人を喰らう生き物だ。もし彼等が人を喰らうだけで強く成れるのならば、今頃、下級アヤカシはいないかも知れないな。故に、彼等もまた、弓弦童子に好い様に使われたのかも知れない。しかし此の侭にしておけないのも事実」
 統括はそう言うと、明志が提示した地図に目を落す。
 地図には狭蘭の里と南麓寺の位置の他、もう1つ印が施されていた。
「先程、義貞君も言ったが、迎え撃つだけでは何時か大きな被害が出るだろう。よって、次は此方から動く」
 言って、統括の指が魔の森の中央部に存在する印を指差した。
「嘉栄には、霜蓮寺の僧を率いて先に向かい、開拓者が2体のアヤカシを探し倒す手伝いをして欲しいのだ」
「到着までの時間稼ぎ及び、到着後の増援防止を行えば良いのですね?」
 この声に統括は「そうだ」と頷く。
 こうして魔の森に住む2体のアヤカシ退治が幕を開けた。

●山南・凛々
「――え……それって、どういう」
 驚く凛々の前には、南麓寺で最終的な出立の準備を整えた嘉栄が居た。
 彼女は霜蓮寺から連れてきた僧への指示を終え、今すぐにでも出発できる状態だ。
 勿論、凛々も彼女に着いて行くつもりだった。
 しかし――
「他意はありません。凛々殿には南麓寺の方々の避難誘導をお願いします」
「でも、あたしはお父さんの――」
「お父上の事は残念でした。ですが、今判断を誤るべきではありません。南麓寺に避難誘導を指示できる人材がいない以上、凛々殿がお父上の代わりに、寺社の方々を護る必要があるのです」
 嘉栄は凛々の肩にそっと手を添えると、彼女の顔を覗き込んだ。
 悔しげに唇を噛み、瞳に涙を浮かべる少女。
 本来なら彼女に向かわせたい。だが、南麓寺の住人を護る事が出来るのも彼女しかいない。
「良いですか。霜蓮寺は出来る限りの支援を、南麓寺に送っていくつもりです。ですがそれだけでは寺社は復興できません。幼い貴女には酷でしょうが、導く者が必要なのです」
 今は貴女が南麓寺の人たちを導く時。
 嘉栄はそう言葉を添え、彼女の肩を叩いて姿勢を正した。
「集まって頂いた開拓者の方々は、どちらにいらっしゃるのでしょう?」
「南麓寺から敵の巣まで向かう様に話をしてあるそうですので、そろそろ着くはずかと」
「そうですか……では、私はそろそろ出立いたしますので、開拓者の方々へは準備が整い次第向かって頂くよう伝えておいて下さい。色々と話したい事もあるでしょうから……」
 僧にそう言葉を向け、嘉栄は凛々に頭を下げると南麓寺を後にした。
 そしてその姿を見送った凛々は、拳を握り締めて息を詰める。
「……なんで、体は1つしか、ないのかな……」
「自分には難しい事はわかりません。ですが、1つしかないからこそ、出来る事もあるのではないでしょうか」
「どういう――」
 僧の言葉に問い返そうとした時、彼女の背から声がした。
 聞き慣れた声。
 今まで何度も助けてくれた知らないけれど、知っている声。
 それを耳にして彼女の顔がゆっくりと振り返る。
 申し訳なさと、悔しさと、情けなさを顔いっぱいに浮かべて……。


■参加者一覧
氷(ia1083
29歳・男・陰
平野 拾(ia3527
19歳・女・志
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
千代田清顕(ia9802
28歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
西光寺 百合(ib2997
27歳・女・魔
レジーナ・シュタイネル(ib3707
19歳・女・泰
巳(ib6432
18歳・男・シ


■リプレイ本文

 東房国・南麓寺。
 月宵 嘉栄(iz0097)がこの地を出発して僅か。1人留守番を言い渡された少女――凛々は、目の前に現れた者たちを前に、表情を歪めて立ち竦んでいた。
「……凛々さん」
 小さく、窺う様に零された声。此れに凛々の目が動く。
 彼女は自らを見詰める茶の瞳を見て、そっと視線を落とした。
 言いたい事、言わなければいけない事。そうした物は山ほどある。それでも言葉が出てこないのは、共に死地へ向かえない罪悪感からだろうか。
「ひろいが、凛々さんの代わりになります……必ず、倒します!!」
「!」
 暗い思考に沈みそうになった彼女を引き戻す声があった。
 手を握り締める暖かなそれと、必死に紡がれた言葉が凛々の目を見開かせる。
「……ひろいにはできない。だから、ひろいが凛々さんに言える事は何も……」
 拾(ia3527)は未だに見止められない己が父の死と、凛々の父の死を重ねている。
 何時まで経っても見止める事の出来ない父の死を、凛々は真っ向から受け止めた。
 それは自分にはない強さであり、輝き。そして憧れでもある。
 彼女自身、自身の父親だけでなく、もしかすると凛々の父の死すら認められないのかもしれない。
 無言になって手を握り締めるだけになってしまった拾。そんな彼女を心配げに見詰める凛々に、別の声が掛かる。
「凛々さん。私は今回の一件を最初からは見ていません。だからお2人の事は、私からは軽々しく話せることじゃないって、思っています。それでも、1つだけ……」
 そう言って、フェルル=グライフ(ia4572)が穏やかな緑の瞳を南麓寺の中へ向けた。
 不安げで、何処か頼りなさげに避難準備を開始した村人。本来であれば、此処に凛々の父が加わり、彼を中心に避難は進められたのだろう。
 だが今は、村人が頼るべき存在はいない――否、居るにはいる。ただ、彼女はまだ幼い。
「南麓寺の皆さんの貴女を見る目が言ってます。今皆さんを助けられるのは、凛々さんだけなんです」
 時折、遠慮がちに凛々へ視線が向けられる。
 其処に在るのは新たな指導者を求める、頼る物を探す視線。
 それは凛々も気付いている筈。
 だからこそ、嘉栄が残した言葉を聞き、此処に足を止めているのだ。
 それでも――
「……いくら何でも、13の子にお願いするにはまだ酷な話ですよね」
 ポツリ、零された声に凛々の目が上がった。
「また来ますね。次こそはお洒落の話や料理の話だって――」
 そう言って身を屈めると、彼女は凛々の顔を覗き込んだ。
 その瞳は意志の力で輝いている。
「その為にも絶対にアヤカシ兄妹を倒しますよ! 待ってて下さいね!」
 フェルルはそう零して微笑むと、凛々の髪を優しく撫でた。
 そしてその声に重なる様、力強く、そして暖かな声が降り注ぐ。
「――必ず、討ち果たして、戻ってきます」
 目を向けた先に居たのはレジーナ・シュタイネル(ib3707)だ。
 優しげな相貌の奥に秘められた熱い思いを胸に、彼女はじっと凛々を見詰めた。
 語りたい事は多く、溢れる感情も多くある。だが今それを口にするのは憚られた。
「全ての想いは、行動に変えて……」
 そう呟くと、彼女は静かに己が手を握り締めた。
 そしてその姿に凛々の目が落ちると、彼女は自らに近付く別の存在に気付いて視線を上げた。
「君は、恥じる事は無い」
 心地良く耳に響く声。
 それに凛々の目が見開かれる。
 千代田清顕(ia9802)はそんな彼女に優しく微笑んでそっと手を伸ばした。
「俺が生きてるのは君のお父さんのお陰だ。だから彼の大事なもののために命を使いたい」
「……大切な、もの」
「ああ。だから君も、お父さんの大事なものをしっかり守ってくれ。君の気持ちは俺たちが持って行く」
 だから凛々が憎む存在、その討伐は任せてほしい。
 そう言外に語りかける清顕に、凛々はギュッと唇を引き結んで視線を落とした。
 開拓者たちは凛々を責めない。
 最後の最後で戦いに参加できない自分を、弱虫とも、臆病者とも罵りもせず、ただ彼女の――否、彼女の父親の為に命がけで死地へ向かおうとしている。
「あたしは仇を討ちたい。でも、父さんが護ろうとしたここも、護りたい……」
 同時に2つのことは為せず、どちらか片方を取らなければいけない。
 そして取るべき道は、開拓者が示してくれた。
「あたしは……」
「お前はお前の役割を、俺らは俺らの役割をやるだけだ」
 ぶっきらぼうに放たれた声に凛々はハッと声の方を見た。
 煙管を吹かし、静かに空を見上げる巳(ib6432)は、彼女の視線に気付くとチラリと目を向け、直ぐに視線を戻した。
「お前の『物語』の最後はハッピーエンドだ。俺がそう決めたんだからな。決めたからにはそう綴らせて貰うぜ――絶対にな」
 誰にともなく呟き、紫煙を吐き出すと巳は誰の合図も待たずに歩き出した。
 その姿を見て、フェルルやレジーナ、清顕も歩き出す。そうして最後まで凛々の手を握り締めていた拾が手を放すと、覚悟を決めた様に凛々の口が開かれた。
「き、気を付けて! こっちは、あたしが護るから……父さんの仇――仇を取って!」
 この声に皆の足が止まり、彼等は穏やかな視線と共に頷きを返した。
 そしてそれらの遣り取りを僅かに離れた位置で見守っていた西光寺 百合(ib2997)は、自らの胸に手を添えて視線を落とす。
「大人同士の付き合いとして別れ際は後腐れなく終わりたいものね」
 凛々に掛ける言葉は何処かにあったかもしれない。
 それでも彼女と違う自分を顧みて、百合は言葉を掛けない道を選んだ。
 ただ、凛々の言う『仇』を倒そうと言う意思は、他の開拓者と同じくある。
 百合は小さく息を吸い込むと、仲間と共に魔の森の先――敵が巣食う場所へと足を向けた。


 鬱蒼とした森の中、魔の森独特の濃い瘴気を前に、嘉栄は霜蓮寺の僧を率いて敵の城前へと遣って来ていた。
「何だか知らないけど、ちょいと放って置けない存在みたいだなあ」
「ヘルかと……それにしても、随分と濃い瘴気ですね」
 冷静に敵の名前を訂正した嘉栄に、欠伸を零した氷(ia1083)の首が竦められる。
 そしてその様子を近くで見ていた将門(ib1770)は、僅かに苦笑を浮かべつつ目の前の城を見据えた。
「そろそろ他の皆も合流するだろうから、そしたら陽動開始か……あまり無茶はするなよ?」
「私は問題ありません。ただ、氷殿や将門殿はこの城の主と闘う事になるかと思いますので、充分気を付けて下さい」
 話に聞けば敵は上級アヤカシ。
 しかも瘴気を自在に操る様な噂まで存在するではないか。
 並の相手ではないと言う事。場所が魔の森である事。それらを踏まえても十分危険だとわかる。
 とは言え、陽動を行う嘉栄や霜蓮寺の僧が危険な事も確か。
「嘉栄様、開拓者の方々が到着されました」
 僧の報告に顔を上げると、表情を引き締め闘いに向けて気を高める者達の姿が飛び込んで来た。
 此れに頷きを返し、嘉栄の足が城へ向く。
「ちょっと待ってくれ」
 声に首を傾げた先、其処に立つ清顕は、嘉栄に焙烙玉を差し出した。
「炸裂音で敵軍が館内の異変に気付かぬよう、戦闘中はカムフラージュにそちらでも焙烙玉を使用してほしい」
 どうやら彼等は城内でも焙烙玉を使用するようだ。
「分かりました。お預かりしましょう」
 言って、嘉栄は僧全体に合図を出す。
 僧たちの気合が咆哮となって森の中に響き、この音に周辺に潜んでいた敵が溢れ出す。
 それを視界に留め、開拓者たちは一斉に動き出した。
「氷、頼む」
 将門はそう口にして城を見た。
 遠くから見た時は、腐臭だけが気になったが、近付いた今ならわかる。
 白にくすんだ赤が付着する細い石。それが幾重にも重なり出来たこの城は、存在自体が異端で異形だ。
「これが皆、人骨か……」
 氷は眠そうな目で呟きながら、唇を引き結ぶと紫の光を発する符を構えて印を刻んだ。
 此れに小さな式が飛び出し、人骨の隙間を縫って内部へと侵入してゆく。そうして視覚だけの侵入を果たすと、彼を補佐するようにフェルルも別の術を刻んで周囲を探り始めた。
「周辺の敵は表へ向かっていますね。中は……」
 巫女の索敵スキル、瘴策結界を使用した彼女は、城内の様子をくまなく探ろうと意識を巡らす。
 だが、城内は勿論、外も瘴気が溢れるこの場は、彼女の術で索敵を行うには不適切な場所だった。
 その為、ぼんやりと広大な領域に渡って瘴気が漂い、敵がいるのかいないのか、その判別すら難しい。
「……もう少し、もう少しだけ詳細に……」
 城の中に何かがいるのはわかる。
 だが其れが何処に居て、どれだけの数なのか、その把握が出来ない。
 こうなってくると他の索敵可能な仲間に判断を委ねるしかないのだが、超越聴覚を使用する巳もまた、この場の特殊な状況に索敵を困難にさせられていた。
「音が多すぎる……中に、何か居そうな気はするんだけどな。イマイチ、把握しきれねえ」
 敏感に研ぎ澄まされた聴覚は不要な音まで拾い上げてしまう。それは表で陽動を行う僧たちの戦闘音さえも拾う程。
 僅かに城内から音が聞こえている気もするが、それもどれだけの物なのか判断がつかない。
 こうなってくると、氷の人魂を使用しての索敵が一番有効と言う事になる。
 彼はフェルルと巳の視線を浴び、小さく頷きを返すと己が目を凝らして城内を見下ろした。
 彼等が今居るのは城の裏手。そこから侵入させた式は、すぐさま広々とした空間……ジルベリアの言葉で言うならば、ロビーを発見した。
 その中央には上階へと続く階段が存在し、その前に数体の骨騎士が配備されている。
「骨騎士の数は、階段前に2体。表の入り口前に2体。ロビーを警戒して配備されたのが2体……こんな所か」
 殆どの敵は外に出てしまっているのだろう。
 思いのほか少ない敵に、皆が安堵の息を零す。だがもう1つ、決定的な情報が欠けている。
「氷さん、ヘルの姿はありませんか?」
 骨騎士とは違う敵の姿。それを教えながら百合は氷の言葉を伺い見た。
 そんな彼等の耳には、表で繰り広げられる戦闘の激しい音が響いている。
 魔の森での戦闘を幾度となく経験している彼等は、此処での陽動作戦がどれだけ危険な物なのか承知していた。
 だからこそ彼等の安否も気になるのだが、あと1つ気になる事がある。
「そう言えば……ブルームの方には、他の方たちが向かっていたのでしたね……」
 そうレジーナが呟いた時、上空を数体の龍が通り過ぎた。
 きっとその背には城内に進入する他の開拓者たちがいる筈。場所は違えど共に闘う仲間を思って目を伏せると、レジーナは胸の前で手を握り締めた。
「――あれがヘムかな? 様子を見に来たみたいだな」
 突如響いた声に皆の目が向かう。
 どうやら氷がロビーに落ちてきたヘルを発見したらしい。
 中央の階段を下りてきた金髪碧眼の青年。
 彼はロビー中央に立ち、じっと入口の方を見ている。その注意は此方にない。
「外に注意が行ってるな……」
 そう零し氷は皆を振り返った。
 今が襲撃の良い機会だろう。皆は顔を見合わせて頷くと、拾が骨の扉に手を掛けた。
 その姿に、百合が進み出る。
「拾さん、それに巳さん、これを……」
 前衛で闘うであろう2人にそれぞれ掛けるのは、武器に宿らせた聖なる光。これはこれから始まる戦闘に大いに役立つ筈だ。
「ありがとうございます」
 拾はそう零すと突入の合図を待った。
 そして――
「行こう」
 清顕の声に開け放たれた扉。
 開拓者たちはこの瞬間、一気に城内へと飛び込んで行った。


 人骨で出来た城。その中に響き渡った爆音に、ヘルは驚いたように顔を上げた。
「何が……ッ!」
 振り返った先。
 其処に在った物を目にした彼の手が動く。そして指先から複数本の鎖を飛び出させると、彼は自らに迫り来る九尾の狐にそれを叩きつけた。
 九尾の狐はこの衝撃に消滅。しかし驚くべきは爆音でも、九尾の狐でも無かった。
 今彼を驚かせているのは、ロビーに飛び込んで来た開拓者の姿。いや、それだけなら良い。
 強襲は城を襲う敵が来た時点で予測できた。
 だが此れは何だろう。
「……ボクではなく、周りを?」
 飛び込んで来た開拓者は、真っ先にヘルではなく周辺に配置された骨騎士に向かっていた。
「分断作戦、それに伴うボクの孤立が目的か」
 成程。そう口中で呟き、ヘルは彼等の行動を邪魔すべく腕を振り上げた。
 ジャラリと耳を突く異音。それは骨騎士を攻撃する敵へと向かう。
 しかし――
「邪魔はさせないよん」
 鎖を遮った白い壁。
 貫かれて消滅した物の、当初の目的通りに仲間への攻撃を防いだ壁を目に、氷は新たに符を構えヘルを見据える。
「さっきの狐もキミか……陰陽師、厄介な生き物だね」
 妹から話は聞いていたらしく、陰陽師に僅かながら警戒を見せるヘルに、氷は新たな壁を作って仲間を守りに掛かる。
 この間、骨騎士に対峙する仲間たちは、次々と攻撃を当て目的を果たそうとしていた。
 だが、骨騎士とて中級アヤカシ。そう簡単にやられる訳がない。
 だが開拓者たちの動きは予想に反して早かった。
 巳などは、自身の脚力を強化して敵の間合いに入ると、2刀の刃を抜き取って動きに追いつけない敵の胴を切裂いた。
 彼の動きは俊敏で無駄が無い。だからだろうか、重い鎧を着た騎士にはついていけなかった。
「レジーナ!」
 巳の声に、遅れて到着したレジーナが勢いよく地面を蹴る。そうして上半身を回転させると、凄まじい勢いで相手の首に回し蹴りを見舞った。
 ゴキッと嫌な音が響き、次いで兜だけが地面に転がる。其処に止めの一撃を打ちこむと、彼女は地面に伏した敵を視界端に留め、次の敵を振り返った。
「……増える気配は、ない?」
 彼女にはある思いがあった。
 それは敵の数が増加しないのではないか、というもの。
 先の闘いまで無尽蔵に増えてきたアヤカシだが、それは相手が下級アヤカシだったからではないか。
 そしてこの読みは的中した。
 敵を倒しても次の敵が姿を見せる気配はない。
「これなら、いける……!」
 レジーナは踏み込みを深くすると、残る骨騎士撃破に動いた。
 そしてその頃、ヘルの傍にいた骨騎士に刃を突き入れた拾に、フェルルの声が飛んでくる。
「拾さん、左後方に敵が迫っています! 回避して、そのまま前方の敵に進んでください。将門さんは彼女の援護を!」
 フェルルは突入と同時にヘルとの距離を取って戦況を見渡せる位置に待機した。
 結果、皆の状況を的確に捉え、優位に運ぶ指示を送ることに成功。
 拾は倒れた騎士から刃を抜き取ると、一瞬だけヘルを見、その上で指示のあった敵へと斬り込んで行った。
 それを援護するように将門が迫る攻撃を己が刃で受け止める。視界に水の波紋が浮かび上がる中、彼は脚で敵の胸を蹴り上げて間合いを作った。
 そして改めて踏み込み、胴に斬り込んでゆく。
 そして清顕もまた、他の皆と同じように骨騎士に向かい合っていた。
「――良いね、狙い通りだ」
 フッと笑んだ彼は、攻撃を阻むように盾を翳した騎士に囁く。
 そして攻撃を下げる訳でもなく盾を叩くと、次の瞬間、彼の目の前で将門の攻撃によって崩れた敵を見下ろした。
「これでほぼ終了……――、拾さん!」
 殆どの敵を討った。
 残りはヘルだけ。そう思い振り返った瞬間、清顕は叫んでいた。
 それと同時に、百合も彼女の名を叫んで杖を構える。そうして紡ぎ出した術が雷撃を伴ってヘルへと向かう。
「!」
 拾は間一髪の所でそれを避けると、すぐさま体勢を整えるように杖の中に隠された刀身を引き抜いた。
 眼前で鎖を使って防御をしいたヘル。
 人間が此処まで簡単に骨騎士を倒すとは思っていなかった。故に油断は大いにある。
 そしてその油断がこの結果だ。
 ヘルは薄ら唇に苦笑を滲ませると、上階に腰を据えているであろう妹を思い、息を吐いた。
「……キミたち、無事に帰れると思わない方が良い。今夜は豪華な晩餐になりそうだね」
 そう言って息を吸い込んだ彼に、皆が警戒を見せそれぞれの武器を握り締めた。


 息を吸い込んで腹を膨らませるヘル。
 此れが何の動作なのか、以前ヘルと対峙していた者は勿論、事前に情報を聞いていた者も分かっていた。
 フェルルはこの動作を目に留めた瞬間、拾と巳、そしてレジーナに穏やかな舞いを送る。そうする事で精霊の加護を付加すると、彼女は改めてヘルを見た。
「息を大きく吸い込んだ瞬間が一番の隙なのは間違いありませんっ。だから今こそ支えます。後の事は心配せず、思いの丈をぶつけて下さいっ!」
 彼女はそう言って、他の仲間へも舞いを付加してゆく。それに加えて百合が改めて前衛の皆にホーリーコートを付与すると、拾と巳、レジーナは駆け出した。
「今度こそ、肉の欠片も残してやらない」
 瞳を据わらせ、拾は細い刀身を光らせる。
 そうして一気に敵の胴にそれを見舞おうとするのだが、その瞬間、ヘルの瞳が楽しげに歪んだ。
「拾さん危ない!」
 フェルルの声に咄嗟に飛び退こうとするが遅かった。
 頬帆を強い打撃が襲い、地面に叩き付けられる。そしてそこに再び迫った打撃の正体――鎖が彼女の腹を撃つと、拾は霞んだ目を眇めて手を伸ばした。
「ッ……、ぅ……逃がさ、なぃ」
 素手で握り締めた鎖。それを腕に巻き付けて引き付ける。だが鎖は1つだけではない。
 彼女の動きに呼応した鎖が、四方から拾に向けて飛んでくる。
 だが攻撃は彼女に届く前に消えた。
 否、消えたのではなく、ヘルの繊細な指が根元を支える手首ごと落ちたのだ。
「もう片方も、落としてあげる」
 百合は妖艶に囁き、新たに杖を構えると、風邪の刃を放ちヘルの手首切断に掛かった。
 先程同じ技。本来であれば通用する筈がないのだが、ヘルは動じた風もなく腕を動かし、態と風の前に手を差し出した。

――ゴトリ。

「!」
 何の躊躇いもなく手を落とした敵に、嫌な予感が過る。そしてその予感は的中してしまった。
「愚かしいね……でも、そこが愛おしくもある」
 芝居じみた動作で胸の前に手を添えたヘル。
 彼は切断され、黒い瘴気を放出させる手首を翻すと大きくそれを振り上げた。
 直後、切れた箇所から総勢10本の鎖が指の代わりに生え、縦横無尽に開拓者に向かって飛んで来る。
 だが開拓者側もこうした事が起こる事は予想していた。
「よお、久方ぶりだなぁ。不完全な妹共々、元気にしてたか?」
 飛んできた鎖を黒の刃で受け止めた巳が、口角を吊り上げながら囁く。
 此れにヘルの眉が動いた。
「……不完全な、妹?」
 眇められた瞳が巳を捉え、彼に向かって複数の鎖が飛び掛かる。
 だが巳は攻撃を気にもせず笑う。
「図星、か」
「ボクの妹は下等な生き物に評価されるほど安くない」
「――ッ!」
 一本、また一本と鎖を回避し、可能であれば刀に巻き付けていた巳だったが、最後の一本が彼の体を貫いた。
 抉る様に腹を貫いたそれに、一気に力が抜ける。
 そうして膝を折ると、酷く恍惚とした表情が目に飛び込んで来た。
「無様だね……でも、お似合いだよ」
 言って止めを刺そうと動く。が、新たな邪魔が入った。
「上級アヤカシって割には、ずいぶん純情なんだな?」
 白く神々しい狐を放ち、氷が囁く。
 此れにヘルの目が向かうが、彼は片手を返して狐を討ち払うと、巳への攻撃を続行した。
 だが其れすらも阻まれる。
 負傷し倒れていた筈の拾が、ヘルの胴を突き刺したのだ。
 流石にヘルもこの攻撃には目を剥いた。
「……逃がさない」
 貫いた刃、そこから雷撃を送り込もうとしたのだが、次の瞬間、拾の体が物凄い勢いで蹴り飛ばされた。
 彼女は地面に敷き詰められた骨を巻き込んで吹き飛び壁に激突する。其処にフェルルが駆け寄って治癒を施すと、ヘルは今度こそ息を吸い込み――
「死ね」
 静かな声と共に瘴気を放った。
 どす黒く嫌な気配の瘴気が辺りに充満し、仲間たちに苦痛の色が浮かぶ。
 そんな中、氷が咄嗟に瘴気を防ごうと壁を紡いだ。
「これで、防げるか……!」
 彼の後ろには負傷した巳が控えている。彼の負傷はかなりな物。それを清顕が薬を使用して治療するが、一刻も早くフェルルの治癒が欲しい。
 しかし完全に遮断しきれなかった瘴気の所為で、巫女である彼女は容易に近付く事が出来ずにいる。
「今、行きます」
 それでもフェルルは前に出た。
 ヘルを警戒し、仲間の手を借りて氷の作った壁の後ろに入る。そうして治療を施す中、将門が気力を振り絞り、瘴気の中前に出て来た。
 地を蹴り、真っ直ぐに向かう姿。それを目にしたヘルの眉が上がる。
「キミたちに恐怖心は無いのかい?」
 呆れる――と言うよりは、疑問が多く含まれた声だった。
「今までの人間は、泣いて命乞いをしていた……ああ、でも、あの人間だけは違ったかな」
 ポツリと零された声に、数名の開拓者の目が上がる。
「最後まで泣き言1つ零さず、ボクに刃向かってきた。だから、頭から喰らったんだ……キミたちも、彼と同じようにしよう。そうだな……まずは、キミ」
 底冷えするような瞳が拾を捉える。
 幾度となく立ち向かう幼い少女。その根底にある物を感じ取り、ヘルは彼女に標的を据えたのだろう。
 拾もまた、聞こえた言葉に肩を震わせ、手を震わせ、瞳を血走らせてヘルを睨んでいる。
「残念だが、そこに行くには俺達を倒す必要がある」
「……わかっているよ」
 ひゅっと将門の頬を衝撃が走った。
 直後、鎖が彼の腕に絡みつき、激しい力で地面に叩き付けられる。
 圧倒的な力の差。
 挑発に乗りながら、それでも冷静さを保つヘルは、怒りと共に徐々に冷静さを増している印象がある。
 だが何処かに隙はある筈だ。
「フェルルさん、拾さんをよろしく。レジーナさん……大丈夫?」
 瘴気の影響で未だ重い体を奮い立たせ、清顕はレジーナを見る。
 その視線にレジーナが頷くと、氷が新たな符を構えた。
「手伝うよ」
 そうして放たれた神々しい九尾の狐。それは迷う事無くヘルを目指して駆けてゆく。
「無駄だよ」
「そんなのは……やってみなきゃ、わからないだろッ!」
 将門は体に受けた衝撃を分散させるよう息を吐くと、巻き付いたままの鎖を己の方に引き寄せた。
 それに合わせて、力を振り絞った拾が反対側の腕から伸びる鎖を掴む。
 左右の鎖を掴まれ動きを封じられたヘル。しかし鎖はまだ存在する。
 だがそれすらも巳に阻まれ、同時に百合の攻撃が迫ると、ヘルは防御を敷くしかなかった。
 レジーナはその隙を突いてヘルの間合いを奪う。そうして真正面から拳を振り上げると、ヘルが口を開くのが見えた。
「――!」
 瘴気を掃き出す予備動作。
 だが此処で退く訳には行かない。
 レジーナは瘴気を放とうとするヘルに向かい振り上げたこぶしを突き入れた。
 其処に瘴気が噴射され――否、止まった。
「――……ッ、…いつの間、に……」
 震える唇で紡いだ声。それと共に振り返った瞳が捉えたのは、いつの間にか背を捉えていた清顕の顔だ。
 清顕は自らの姿を消す事でヘルの背後に回り、気付く間を与えずに彼の胸を貫いた。
 そしてゆっくり引き抜いた刃が鮮血のような瘴気を噴き出させると、いま一度、清顕の刃がヘルの胸を突く。
「これは彼女と父親の分だ」
「彼女……」
 そう言われて思い当たる者があった。
「……あの、ひ弱な娘、か……」
 クツリと喉が鳴り、口からも瘴気が零れる。
 あの娘は、逃げたのだろうか。
 そんな事をぼんやり思っていると、眼前に拳が飛び込んで来た。
 直後、ヘルの体が後方に吹き飛ぶ。
 端正な顔が凹み、口から新たな瘴気を吐き出して頬を濡らす。それでも起き上がろうとする彼の前に、開拓者が立ち塞がった。
「その名に相応しく地獄に落ちなよ。色男」
 声と同時に首に感じた冷たい感触。
 それを完全に認識する前に、彼の首は飛んだ。
 そうして地面に転がった顔が、唇だけで何かを刻む。しかしそれは、音にならずに消えてしまった。
 その様子を無表情で見据えていた巳は、瘴気を纏う刃を仕舞うと、最後にニタリと笑う。
「サヨナラだ。アヤカシ『如き』さんよ……」
 そう囁き、彼等は己が武器を下げた。


 ヘルとの戦いを終え、霜蓮寺の僧に治療を受けていた清顕は、何とも言えない表情で人骨の城を見上げていた。
「……この城は、如何にか供養する事は出来ないのでしょうか」
 フェルルの声に巳は木に凭れながら呟く。
「その辺は、坊さんらがどうにかしてくれるだろ。それよりも俺は、あいつの『物語』を終わらせることができてホッとしてるぜ」
 始めた物語は最後まで終わらせなければいけない。
 そしてその物語は記憶と言う名の本に刻まれ、此れからも残る事になる。
「……ハッピーエンドだと、良いけどな」
 そう小さく零し、巳は震える手で煙管を取り出した。
 その様子を見ながら、氷は最後に動いたヘルの唇の形を思い出し僅かに息を吐いた。
「……ブルームってのは、妹さんかね」
「妹が本当に大事なら魔の森の奥に引き籠っておくべきだったな」
「そうできない理由があったんだろうさ」
 将門の言葉に応える氷の言葉。
 それを耳に留めながら、清顕は自身の手を見下した。
 何度か握っては開いてを繰り返し、ふと息を吐く。
「……想いを、遂げれただろうか」
 そう呟き、瘴気で重くなった体を持て余し、彼は静かに瞼を閉じた。

 その頃、百合とレジーナは城の中を歩き、ある物を探していた。
 目を凝らし、鼻を突く異臭に耐えながら探すのは、凛々の父親の形見。
「何か、あれば良いのだけれど……」
 呟き、2階の広間に向かう。
 そうして玉座らしき椅子に近付くと、椅子の足元に転がる布に気付いた。
「これは……」
「その僧衣、凛々さんの……光利さんの、着ていた……」
 レジーナはそっと手を伸ばすと、血痕1つついていない僧衣を手に、表情を歪めた。
 何故此処に掛けられていたのかは分からない。だが戦闘中、ヘルが口にした言葉が何故だか思い出された。
――最後まで泣き言1つ零さず、ボクに刃向かってきた。だから、頭から喰らったんだ。
 命乞いをする人間ばかりを見てきた彼は、人にはプライドなど無いと思っていたのかもしれない。
 だが凛々の父親を見てその考えは覆されたのだろう。意志を貫き最後まで毅然とした態度で生き抜いた人間。それは彼にとって異端で目障りだったに違いない。
 だから、彼は口を封じれる頭から食べたのかもしれない。
「光利さん……私達は、託されたものを果せたでしょうか」
 レジーナは死臭が染みついた僧衣を抱きしめると、そっと瞼を閉じた。
「ごめんなさい。そして……ありがとうございました」
――一生、忘れません。
 そう口中で囁くと、彼女の頬を優しい滴が流れ落ちた。

 人骨の城は、討伐に合流した他の開拓者の提案もあり、後日魔の森の焼き払いの際、一緒に焼き払う事になったらしい。
 それでも事前に供養はしないと。と、百合は広間の中央に香蝋燭「森林」を焚き置いてきた。
 そしてその香りを受けながら、拾は唇を噛み締めて百合とレジーナが発見した僧衣を睨み付ける。
 認めたくない想いと、認めざる負えない想い。
 その双方が凛々の父親の僧衣を目にして彼女の胸を突く。
「ひろいは……ひろいの、おとうさんは死んでないのに……」
――死んでいないのに。
 この先の言葉が出てこない。
 亡くなったのは凛々の父親。しかし拾は彼の死すら受け入れ難くなっている。それは彼女が自身の父親のそれと重ねているから。
 そしてそんな彼女の頬を優しく拭う感触があった。
「的外れでしたら申し訳ありません。ですが、無理に受け入れる必要は無いのではないでしょうか。受け入れられないと言う事は、納得いくまで行動していない。そういう事だと、思いますよ」
 嘉栄はそう言って手拭いで拾の涙を拭うと、撤収作業を行う僧兵を振り返った。
「負傷の少ない僧はこの場に残り残党の掃討に。負傷の僧ある者は開拓者の方々と一時撤退を。霜蓮寺に戻り次第治療に当たって下さい」
 彼女の指示と共に動く僧を見ながら、拾は父の名が刻まれた仕込杖を胸に抱き締めた。


 魔の森の焼き払いが正式決定し、全てが一段落した頃。
 神楽の都の開拓者ギルドに、一通の文が届いた。
 其処には今回の依頼で父の仇を取ってくれた事への礼と、遺品を探してくれた事への礼が綴られていたと言う。