【北戦】茨の道【冥華】
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/18 00:18



■オープニング本文

●戦の気配
 北面の若き王芹内禅之正は、北面北東部よりの報告を受け、眉間に皺を寄せた。
「魔の森が活発化しているとはまことか」
「は、砦より、ただちに偵察の兵を出して欲しいと報告が参っております」
「ふむ……」
 唸る芹内王。顔にまで出た生真面目な性格は、時に不機嫌とも映りかねぬが、部下は己が主のそうした性をよく心得ていた。芹内王は、これを重大な問題であると捉えたのだと。
「対策を講じねばならぬようだな。ただちに重臣たちを集めよ」
 彼は口を真一文字に結び、すっくと立ち上がる。
「開拓者ギルドには精鋭の開拓者を集めてもらうよう手配致せ。アヤカシどもの様子をよく確かめねばならぬ」

●???
 古びた城の中、泣きじゃくる声があった。
 泣けども泣けども引く事のない涙。頭に昇った怒りは一向に消えず、ただただ悔しさだけが募る。
「人間なんかに、人間如きに、あんな生き物にっ!」
 思い返しても腹が立つ。
 苦汁を飲まされ侮辱され、挙句の果てに逃げるように帰ってきた自分。それもこれも全て人間が自分に与えた物。
 金髪碧眼のアヤカシ――ブルームは、自らの涙で濡らした枕を手に取ると、物凄い勢いで投げ捨てた。
 其処に音もなく影が忍び寄る。
「折角の弓弦童子様の策、失敗されたようですね」
「!」
 慌てて顔を上げた先に居たのは、弓弦童子の遣い。彼の者は、ブルームに近付くと彼女の顔をじっと見据えた。
「ご、ごめんなさい……わたくしが、もっと強ければこのような事……」
「ならば強くなって下さい。今度こそ人間を喰らい、力を蓄えるのです」
「……機会を、与えて下さるのですか」
 ブルームの声に、彼の者は頷く。
 その上で示すのは、先に襲おうとしていた里――狭蘭だ。
「この里に住む人間を全て貴女の力に」
 この声に、ブルームは瞳に憎しみを篭め、頷きを返した。

●狭蘭の里
 実家の家屋。その縁側に腰を下ろしながら、陶 義貞(iz0159)は思案するように腕を組んでいた。
 その隣には、彼を見守る様に腰を据える仔もふら――大福丸がいる。
「なあ、大福。俺さ、里の皆を他の場所に移そうと思うんだ」
 そう言いながら義貞は大福丸を見た。
 大福丸は、義貞の声に顔を上げ、じっと言葉に耳を傾けてくれている。それを確認して、義貞は言葉を続けた。
「俺は未熟で、色んな人の手を借りなきゃ一人前になれない。そんな俺が里の皆をきちんと守れる保証なんてない」
 俺が此処にいるだけじゃダメなんだ。
 義貞はそう言うと、大福丸に顔を寄せた。
「ブルームとヘルは絶対に俺たちが退治する。その間、じっちゃんや皆には里を離れて貰うんだ。俺は未熟だから、だから俺だけじゃ守れないから……」
 言って、拳を握った。
 先の出来事が彼に色々と考える機会を与えてくれたようだ。そしてそれはまだ考えるべき課題として彼の中にあるようでもあった。
「まずは開拓者ギルドに要請を出そうと思う。里の皆がここを離れる前に、もしブルームが来たら困る。だから皆を無事に逃がすまで、開拓者に……仲間に、ここにいて欲しいんだ」
 金は少ないけど、来てくれるだろうか。
 考え込む義貞に、大福丸は大きく頷くと、普段から持ち歩いているらしい筆を取り出した。
「……出すだけ出せって事か?」
 この声に、大福丸が頷く。
 来てくれるのか、来てくれないのか。
 それを考えるまでにまず試せと大福丸は諭す。それを受け止め、義貞は筆を取った。

――狭蘭の里の住人を安全な場所に避難させる。その間、里を守って欲しい。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
佐上 久野都(ia0826
24歳・男・陰
からす(ia6525
13歳・女・弓
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文

 陶 義貞(iz0159)は祖父・宗貞と共に出立の準備で揉めていた。
「これは我が家に代々伝わる由緒正しい壺じゃぞ!」
「要らねえだろ、そんな壺!」
「何じゃと!」
 響く怒声に、義貞の手がウンザリと額に添えられる――その時だ。
「確かに、その壺はいらなそうだな。大事なのはわかるけど」
 そう明るく顔を覗かせたのは羽喰 琥珀(ib3263)だ。
「金銭とか、個人的に大事な小物、あとは位牌とかにして、衣服は出来るだけ着込んで移動が理想だな」
「し、しかしこの壺は……」
「必ずまた帰ってこれるよーにするからさ。今は俺達の事信じてくれねーか」
 明るく人懐っこい笑顔で首を傾げる彼に、宗貞の言葉が詰まる。
 今までにも何度か里を救ってくれた恩人の言葉は無下にできないようで……
「仕方ないのぉ。それならば壺は置いて行こうかの。その代り、ばあさんの位牌は――」
「俺が取ってくるよ!」
 言って隣の部屋へ向かう琥珀に宗貞は満足そうだ。
 その姿に安堵していると、他の開拓者の姿が見えた。
「一時的とはいえ、住み慣れた場所を離れるってのは色々と思うところがあるよな」
 そうしみじみと言葉を零すのは緋那岐(ib5664)だ。
 彼の言う様に、住み慣れた土地を離れるのは誰しも寂しい筈。
「ともかく、再び戻ってこれるように、まずは無事に避難……だな」
「無事、戻ってこれると良いんじゃが……」
「そうですね。生きている内に戻れれば――」
「なあ、じいさんたち。里だから人が集まるんじゃない。人が集まるから里というんだ。そうだろ?」
 此処は確かに里だ。
 だが里は土地があるだけでは成り立たない。それを成り立たせるには人が必要なのだ。
「じいさんたちが無事である事。それが里を作るんだからさ、頑張って行こうよ」
 孫と大差ない年の少年に言われて気付くとは……。
 老夫婦は互いに顔を見合わせると、緋那岐の言葉に頷きを返した。
「……人が集まるから『里』、か」
 義貞は今の言葉を呟く。と、其処に涼やかな声が響いてきた。
「義貞殿。暫く見ない間に顔つきが変わりましたね」
 振り返った先に居たのは佐上 久野都(ia0826)だ。
 彼は義貞の顔をじっと見、そして穏やかに微笑んで見せた。
「其処まで気負わなくても、大丈夫ですよ。開拓者は金銭だけで動いている訳でないのは貴方が一番解っているでしょう?」
――金銭だけで動いている訳ではない。
 この言葉に、僅かに目が見開かれる。
「真摯に求める助けにギルドも非情ではない。ただ、どうしてもと言うなら何時か同じ様に返せば良いだけです」
「如何、やって……」
「肩を並べれば良いんです。今と、同じように」
 言って、彼の肩を叩く。
 そうして笑みを浮かべると、義貞は数度目を瞬き、小さな頷きを返した。
 そこに新たな足音が響く。
「肩を並べて……良い言葉ですね」
「雪巳さんも、来てくれたのか」
「ええ。里1つ守ろうと思ったら、人手が要りますから……皆さんが無事に避難できるまで、一緒に頑張りましょうね」
 穏やかに微笑んで見せる六条 雪巳(ia0179)に、義貞は素直に礼を零す。
 それを耳に、彼は義貞の顔を見詰め、更に穏やかな笑みを浮かべた。
「それと、私たちを頼りにして下さった事、嬉しく思いますよ」
「え、あ……そりゃ、皆、頼りになるし」
 思わず口籠った義貞に、久野都も雪巳も嬉しそうだ。
「お、俺、他の場所も見――い゛!?」
「義貞さん、仲間を信じてくれてありがとう。あたいは……本当に嬉しいよ」
 褒められる事にくすぐったさを感じて逃げ出そうとした彼の身を、温かく柔らかなものが遮った。
「おー……義貞、なんとも羨ましい」
「義貞ー! どうだ、少しは元気出たか? ――って、お?」
 目の前の光景に、思わず声を発したのは、大八車に乗せる荷を運んでいた匂坂 尚哉(ib5766)とクロウ・カルガギラ(ib6817)だ。
 彼らはニンマリ笑って義貞を見ている。そして、その義貞はと言うと……
「り、リンカさん……く、苦しっ、苦しいって!」
 そう、リンカ・ティニーブルー(ib0345)の胸――否、腕の中にしっかりと納まっていた。
 しかも顔も耳も、全身赤くしてもがいている。
「リンカ。義貞、窒息するぞ?」
「え、ああ……ごめんよ、つい」
 慌てて腕を緩めた隙に逃げ出した義貞に、リンカは思わず苦笑を零す。
「あ……えっと、さっき、里の人から疎開先への地図を貰ったんだけど、避難経路の案はあるかい?」
「……え、あ……そ、それなら、きちんとした道を行くべきだと思うぞ」
 言って、リンカが広げた地図を使って道順を説明する。
 それを受けて頷くと、リンカはじっと義貞を見た。
「――義貞さんは、皆について行くつもりかい?」
「いや、俺は里に残る」
「義貞殿は良い判断だと思う」
 そう地図を覗き込んできたからす(ia6525)は、里の位置、疎開先、そして魔の森の位置を確認する。
「これを見る限り、炊き出しをする家はこの辺りか」
 彼女が指差したのは、里の中央から避難経路側にある家だ。
「あ、そうだ。義貞、鳴子とか持ってないか?」
「鳴子?」
 尚哉の言葉に首を傾げた義貞。
 その姿にからすが呆れたように息を吐く。
「誰も義貞殿に説明をしていないのか」
「あ、忘れてたっ」
 尚哉のこの声に、改めて説明が施され、義貞も納得した上で必要な物が用意された。
 そして炊き出しも開始されたのだが――
「里の方々を魔の森から遠ざけるのは良い案だと思います」
 そう零すのは雪巳だ。
 彼の傍には皆と同じく炊き出しの準備を行うからすが居る。
「ああ。だが、敵方が此方の意図を既に読んでるとも限らない――が、やらねばわからない」
 成否は実行して見なければわからない。
 そう告げる彼女の耳に、クロウの声が響いてきた。
「そろそろ時間だけど、準備は如何だ?」
 彼は避難経路の下見を終えて戻ってきた所だ。どうやら今のところ、アヤカシの存在は無いと見える。
「……取り敢えず、大福丸は駄目そうだな」
 もふらとは言えまだ子供。そんな彼が大八車を引くには無理があったようだ。
 こうしてある程度の準備が完了すると、クロウが義貞の肩を大きく叩いた。
「ま、互いに出来る事を頑張っていこうや。全力でな!」
 未だ気負った気配のある義貞。
 彼はこの言葉を受けて頷くと、里の皆に一時の別れを告げ、開拓者と共に防衛に乗り出した。


「アヤカシだ! 皆家から出るな!」
 アヤカシを発見したクロウの声が響き渡り、からすが赤い狼煙を上げる。
 そしてその色を見止めたリンカと久野都は頷き合うと、大八車に腰を据える年配者に目を向けた。
 里を離れてだいぶ経つ今、早々アヤカシが追い付くとは思えない。
 それでもブルームが奇襲を仕掛ける可能性を考え、警戒を怠る訳にはいかなかった。
「寒くありませんか?」
「ええ。子供の体温は温かいからねえ」
 頷く老婆は、腕に乳呑み児を抱いている。これも開拓者からの提案だ。
「この近辺に潜んでる者はないようだね。ただ……」
 先程見えた狼煙は、里をアヤカシが襲撃したと言う知らせだ。
「わしらはもう大丈夫じゃ。心配なようなら里へ――」
「大丈夫さ。彼が、信じて託してくれたんだ……無事に疎開先に送り届けるまでは、皆の傍を離れたりはしないよ」
 リンカはそう言うと、笑顔を向けて頷いた。
 其処に葉を模した蝶型の式が戻ってくると、久野都は穏やかに笑んだ。
「私の方も問題なさそうです。このままいけば、道中は安全かと。……そう言えば、リンカ嬢は聞いてましたか?」
「何のことだい?」
 彼が言うには、出発前、彼は義貞にこんな言葉を掛けていたらしい。

『本気で、かのアヤカシを自分で倒すと言うなら今回はその時ではないでしょう。なら何をすべきか……』

 久野都は判断は義貞に任せると告げた。
 そしてそれに対し、義貞は迷いもなくこう答えたという。

『久野都さんたちが肩を並べてくれるって言うなら、俺は待つ。俺は1人じゃないんだから、焦る必要は無いんだからさ』

「本当に、彼は変わりましたね。顔つきも、考えも……」
 久野都はそう呟くと、里人へと目を向けた。
 その瞬間、彼らの中に沈黙が走る。
 今まで無謀しか取り得のなかった彼に何か感じるものでもあったのだろうか。
「そうだ、実はある提案があるんだけど――」
 リンカは出発前に開拓者と話をしていた事を思い出し、ある提案を持ちかけたのだった。


 リンカの提案で一カ所に纏められた家畜に集まる骨鳥へ、車手裏剣が迫る。
 これを放ったのは琥珀だ。
 彼は里へと繋がる道に待機し、接近してくる敵へと投擲武器を放ったところだった。
「なんとか当たったか……」
 地面に転がる骨人を見てホッと息を吐く。
 其処に足音が響いてきた。
「琥珀さん、単独行動は――」
「ごめんな。でもお蔭で何とか足止めできそうだ」
 雪巳は、火の始末をしてから琥珀と合流した。
 先の闘いから、彼と尚哉がブルームの標的になる可能性が高いと判断し、急いで合流したのだ。
「まだ、本格的な襲撃ではないのでしょうか」
「わからない。でも、徐々に数が増えてる気がする」
 統率者が居るのかは微妙だが、敵は里を目指している。
「とにかく、これ以上は行かせないようにしないとな」
 そう言うと、琥珀は朱に輝く刀身を構え、迫り来る骨人に刃を向けた。

 からすは黒地に白の盤面を持つ懐中時計に目を落とすと、針の動きをじっと見詰めた。
「煙に惹かれている、か」
 里で炊き出しを行っているのは、魔の森から抜けてくる部分だ。
 アヤカシは其処を目指している。
「クロウ殿。行けるだろうか?」
 この声に火の始末を終えたクロウが頷きを返す。
 そうして2人は里へと飛び出すのだが、彼等は直ぐに足止めされた。
「ったく、やっぱ空を飛ぶのが厄介だな! 里の皆に手出しはさせねえ! 覚悟しやがれ!」
 叫び、短銃を空に向ける。
 其処に居たのは骨鳥だ。
 からすも透かさず矢を番え、骨鳥にそれを放つと銃弾と矢の双方が敵を叩き落とす。
「噂に聞く女アヤカシが何処で見ているとも限らない。演技は慎重に」
 彼等が炊き出しを行った訳、そして叫んだ訳。それらは全てブルームが訪れた際の伏線だ。
 此処には里人が存在し、自分達は彼等を護っている。そして此処を襲う事が正しい。
 そう敵に知らせる為の行為。
 そして少なからず、この策は下級アヤカシには効いている様だった。
「義貞! 其処を通すんじゃないぞ!」
 義貞は、里の入り口で尚哉と緋那岐と共に入り口を符作業に立っている。
 クロウは上空の敵を討ち払うと、彼等と合流を果たした。
 緋那岐は謎物体を通して森の様子を伺っているのだが、その表情は何とも複雑そうだ。
「自ら失敗作を形作るとは……まぁ、魔の森近くに普通の生き物てのもな……」
 思わず呟くが、魔の森でも発見できるかは微妙な形の式だ。
「なあ、あれってなんて生き物なんだ?」
「管狐……っつったら、信じてくれるか?」
「え、何処が――」
「オイ! 無駄話してる暇があったら、闘え!」
 尚哉はそう叫ぶと、目の前に迫る刃に地面を蹴った。
 直後、離れた間合い。それを今一度地面を蹴る事で縮めると、彼は刃に練力を足し、一気に斬り込んだ。
 此れに敵が崩れ落ちる。
 そしてもう一度、攻撃を加えようとした所で、からすの目が上がった。
「――音が聞こえる」
 言うが早いか、彼女は新たな狼煙を上げる。
 その色は――青だ。
「琥珀さん、撤退します!」
 雪巳は狼煙を見た瞬間、短く呼子笛を吹き叫んだ。
 この声に琥珀の足が里人が避難する場所とは別の方角へと駆け出す。
 そして、からすや緋那岐、クロウに尚哉も、義貞を連れて退却を開始し始めていた。
 その方角は琥珀らと同じ、避難経路とは別方向だ。
「……みんな、無事だと良いけどな」
 尚哉はそう呟くと、後ろを振り返りながら、この場を後にした。


 狭蘭の里を訪れたブルームは、里の中を呆然と見詰めていた。
「‥‥こん、な‥‥こと‥‥っ」
 震える肩、手、指先を、瘴気が滲む程に握り締める。
 空の里。本来なら自分の力とする筈だった人間。それら全てが姿を消している。
「ぅああああああああああ!!!!」
 堪らず上げた奇声。
 その直後に溢れ出した瘴気は、ブルームが自ら自身を傷付けて放った物だ。
「許さない、許さないーッ!!」
 憎しみを篭めて叫んだ声。
 ブルームは近くにある民家を破壊すると、里を去って行った。

――その頃、無事疎開先に到着していた開拓者たちはと言うと。
「あ、今一本間違えたぞ」
「え?」
 驚く義貞の手から紐を取り上げた尚哉は、組み違えた紐を解いて彼に戻してやる。
 その上で、ふと呟いた。
「……あのさ。友達って言うにはまだ会って間がねぇかもしんねぇけど、歳も近い事だし? その、なんだ」
「ん?」
「改めて宜しくな」
 差し出された手、それを見るや否や、義貞は喜んで彼の手を取った。
 そこに緋那岐が顔を覗かせる。
「ここも、間違えてら」
「え?」
「絆を結ぶという意味を込めてだし、多少の間違いは良いんだけどさ……流石に、間違え過ぎだろ」
 そう言うと、緋那岐は「手本だ」と、義貞に見易いように紐を編んでゆく。
 そしてその様子を見ていた雪巳は、当初の目的を達した事で安堵の息を零していた。
「ブルームが出ずに助かりましたが……来ないと来ないで、不安ですね。何事もないと良いのですけど」
 そう呟き、茶を啜る。
 其処に久野都も加わるのだが、彼もまた、湯呑を手に茶を啜っていた。
「それにしても、武天の呼子笛。聞こえて良かったですね」
「ええ。聞こえなければ如何しようかと」
 久野都は里人が安全な場所へと到達した後、場所を移動して笛を吹いた。
 その距離は微妙なもので、音が聞こえるかどうかギリギリだったのだ。
「新しい茶を淹れよう」
「あ、頂きましょう」
 彼らはからすから新たな茶を受けると、安堵の息を吐き、改めて茶を啜った。
「ところで、義貞さんまで何で編んでるんだい?」
 そう問いかけるのはリンカだ。
 実はリンカや開拓者たちが里人に提案したのは、「祈りの紐輪」の作成。そして義貞も、それを真似て編み始めたらしい。その理由は、皆にも同じ想いを届けたいから……というものらしい。
「無茶すんなっていわねーけど、前みたいな自分が満足する為の無茶はすんなよ。みんなの色んな想い、無駄にすんな」
 あとこれ。
 言って琥珀が差し出したのは、手拭いに綴られた里人の想いだ。
「これ……――って、オイ!」
「真面目すぎる顔はオメーには似合わねーぜ」
 ムニッと頬を突いた指に、素直に感動しかけた義貞の目が眇められる。
 そうして口を窄めると、辺りは一気に騒がしくなった。
「最後まで静かに行かないものですね……」
「まあ、仕方がないでしょう」
 言って肩を竦める雪巳と久野都。
 2人は静かに茶を啜ると、義貞の紐輪がいつ完成するのかと想像して、笑みを零したのだった。