蒼の都巡り・後
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: やや難
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/28 22:22



■オープニング本文

●???
 秋も深まり、紅葉が美しく彩りを迎える頃。
 小高い丘に建てられた寺のお堂で、1人の坊主が熱心に経を唱えていた。
 その姿は実に真剣で、その姿を目にした者は、あまりの心神深さに手を合わせる程。しかもその姿はかれこれ半日は続いているだろうか。
「――失礼します」
 突然、お堂に1人の小僧が入ってきた。
 小僧は坊主に頭を下げると、足を擦って近付いて来る。その様子に漸く坊主の経が止まった。
「今朝も早くから近隣の方々がお見えです。皆様、住職のお話をお待ちで――」
「引き取って頂きなさい」
「し、しかし!」
「小僧さん。下がりなさい」
「!」
 坊主はヒョロリとした身を起こすと、小僧に向き直った。
 何と言うのだろう。
 光の入らないお堂の中にいるせいか、坊主の姿が陰って見える。しかもその長身と細さの所為で異様ささえ感じる。
「住職、お食事はされてますか?」
「空の膳は出していた筈。届いていませんか?」
 空の膳は確かに届いている。しかし何かがおかしい。
 だが具体的に何がおかしいかは分からない。
 結局、小僧はそれ以上聞く事が出来なかった。
 彼は無言で頭を下げてお堂を出ると、住職の言葉通り来訪した客人にお引き取り願うのだろう。
 そして当の坊主は、小僧の姿を見送り仏像に眼差しを向ける。
 億劫そうな、若干眠そうな目の下には、濃い隈があり、彼がここ数日寝ていない事を物語る。
「‥‥ご容赦頂けるとは思っておりません。しかし、この寺は善意で成り立つには貧し過ぎた‥‥金さえ、あれば、あのような事‥‥」
 呟き、坊主の手が懐に入る。
 其処には昔から忍ばせているある物が入っている。此れは護身の品であると同時に、お守りでもある大事な品だ。
 彼はそれを取り出すと、薄闇の中でジッとそれを見つめた。

●開拓者ギルド
 管狐の宝珠を手に、開拓者ギルドを訪れた月宵 嘉栄(iz0097)は、山本善次郎を前に先日得た情報の整理をしていた。
「嘉栄さんの言っていた『住職』とは、この人物です?」
 そう言って差し出されたのは、開拓者名簿の一端。
 彼は其処に書かれている人物の名を指差すと、嘉栄の目の前に腰を下ろした。
「――名は酪羅(ラクラ)。クラスはシノビ‥‥ですか」
 嘉栄はじっと名を見詰め、其処にはない情報の開示を山本に求める。
「この人は、開拓者になった後で東房国に行き僧の修業をした人です。数年修行をし、その後で神楽の都の住職になったようですよ」
 腕は確かで人柄も良く、現在では開拓者稼業から離れ、寺の仕事に専念しているとか。
 しかも数か月前から周辺住人の相談役も担い、その的確な言葉に多くの者が救われたと零しているらしい。
 ただ気になるのはその相談を無料で行っていたという点と、今はピタリとそれを止めた事。
 他にも寺自身に大きな収入があるとも思えず、何処から寺の運営資金を得ていたかは疑問だと言う。
「あともう1つ気になる事が‥‥」
 山本はそう言うと、報告書を差し出した。
「ここ数日起きていた盗難事件。その被害者の多くは、住職に相談を持ちかけていたらしいです。次は家が狙われるのでは‥‥家が狙われたが他にも心配な品がある‥‥とか、相談は様々だったようですが」
 何とも疑わしい情報だ。
 差し詰め、得た情報を元に侵入する家屋を選んでいたのだろう。そして管狐の宝珠を選んだのは、そうした信者の話からの可能性が高い。
「それにしても、東房国の寺社で修行を‥‥」
 盗難事件が止まった時期と、住職が相談を止めた時期もピタリと一致する。
 嘉栄は小さく息を吐くと、視線を静かに落とした。
 そんな彼女の頭の上には管狐が居り、彼は落ち込んだように嘉栄の頭でヘバッている。
 体調が悪いと言うよりも、落ち込んでいる――そんな印象を受ける。
「やっぱ、御主人が亡くなってるの堪えてるんだな。この前までのは空元気だったのかね」
 山本はそう言って、微苦笑を零した。
 そして視線を嘉栄に戻す。
「で、嘉栄さんは如何するつもりですか? 相手は寺の住職。それも結構信者がいるみたいだし、正面から攻めるのは厳しそうですよ」
 そう、相手は信者が複数いる住職。
 正面から当たって捕縛を試みた所で上手くいくかは分からない。
 だとすれば正面から行く方法以外に幾つか案を練る必要があるだろう。
 その上で嘉栄が思い浮かぶのは以上の物だ。
「管狐殿を利用し、住職を誘き出す。後は、霜蓮寺の名を使い私が囮になり、住職の気を引き――とかでしょうか」
 元々、裏を考えるとか回り道をするとかは苦手な性格。故に、考え付く方法も正攻法に近い物が多い。
「やっぱり、開拓者の人たちに相談した方が良さそうですね。あとで依頼書を作成しておきますよ」
「有難うございます。此れで管狐殿のご無念も晴らせると良いのですが‥‥」
 嘉栄はそう言うと、頭の上から管狐を下ろした――と、その時だ。
「か、堪忍して! もう、姐さんの大福食べへんからっ!!!」
 物凄い勢いで捲し立て、嘉栄の手から逃げた管狐は、慌てた様に宝珠の中に消えて行った。
 その姿は正に嵐の様。
 目の前で見ていた山本は、面食らったように目を瞬き、宝珠を見、そして嘉栄を見た。
「か、嘉栄さん‥‥何、したの‥‥?」
 思わず問いかけた山本に、嘉栄はチラリと目を向け「秘密です」とだけ言葉を返し、微笑んだ。


■参加者一覧
氷(ia1083
29歳・男・陰
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796
23歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫


■リプレイ本文

 空が薄らと白くなり始めた頃、開拓者たちは待ち合わせの場所に集まり、先の情報の整理を行っていた。
「あー‥‥つまり、坊さんが今回の犯人――そう云う事で良いのか?」
 前回、所用で依頼に参加できなかった百地 佐大夫(ib0796)は、皆からの情報を耳に呟く。
 先の依頼で得た情報は数点。
 まず窃盗事件は頻繁に起きており、それが突然止んだと言う事。そしてその時期は、ある殺人事件以降起きていないと言う事。
「殺害されたのは、管狐の宝珠の持ち主で、嘉栄は管狐に依頼されて犯人を捜していた、と」
 この声に頷く月宵 嘉栄(iz0097)を見、佐大夫は彼女の頭の上に居る管狐に目を向けた。
「コイツがねえ‥‥」
 管狐は先程から嘉栄の頭の上で大人しくしている。言葉も発せなければ、もそりとも動かない相手が本当に仇討など出来るのだろうか。
 そう疑問に思った時、突然視界に青の髪が入った。
「おい、管狐。生きてるかー?」
 言って、管狐の顔を覗き込んだのは緋那岐(ib5664)だ。
 彼はニンマリ笑って小さな頭を叩いている。これに管狐は辛抱堪らんと、嘉栄の頭から退いてしまった。
「何で逃げるんだよ。って言うか、いい加減名前教えろよー」
「しつこい兄ちゃんやな。わいの名前は管狐やって言うてるやん」
「それは名前じゃなくて名称だろ」
 まあ、確かに。
 管狐は小さな唸り声を上げると、耳をパタリと閉じてしまった。
 この様子を見た緋那岐は米神に指を添えて「むむむ」と考える。そうして何かを思いついたのだろう。
 ニッと笑みを零すと、米神にあった指を管狐に突き付けた。
「よし、俺が名付けてやろう。ジョニーはどうだ? それともウォーリーとか。あ、エリザベスでもいいな」
「ちょい待ち! 何処がええのん。そんな被れモンみたいな名前」
 何だか得体の知れない名前に思わずツッコんだ。
 それにカラリと笑うが、まあその辺の反応は妥当だ。そもそも今の名前、全部適当に口にしたのだから。
 とは言え、名前がないのはやはり不便だ。
 緋那岐は今一度思案すると、ポンッと手を打って管狐を見直した。
「よし、名無しのゴンちゃんっ」
「え゛?」
「そうかそうか、名無しのゴンちゃんがいいのかっ」
 いや、まだ何も言ってませんが。
 戸惑う管狐とは逆に、緋那岐は凄く満足そうだ。
 彼はぽふぽふ管狐の頭を撫でると「ゴンちゃん」と名前を呼んでみてる。
「あ、あかん。このままやと、わいの名前がオカシなもんになってまう」
 こうなったら嘉栄に助けを求めるしかない。そう思い動こうとしたのだが――
「だ、ダメやっ!」
 突然震え出した管狐に、この場の一同が目を瞬く。一体何があったと言うのか‥‥。
「管狐の怯え方がすごいですね‥‥一体何をしたのやら‥‥」
 長谷部 円秀 (ib4529)はそう呟くと、嘉栄と管狐を見比べた。
 関係性を見る限り、嘉栄が管狐に何かをしたのは確かだろう。管狐の様子から察するに仕置きか何かだろうが――
「嘉栄さんはおそ――‥‥いえ、何でもありません」
 思わず零しそうになった声に、嘉栄が此方を向いた。
 その瞬間視線が合ってしまい、思わず声を呑み込んだのだが、本当に何があったのだろう。
 円秀は苦し紛れに咳払いを零すと、気を取り直すように嘉栄と管狐から目を外した。
「――にしても、僧籍にあるものが盗みとはね。しかも、悩みの相談に来た人からとは‥‥」
 若干、話の逸らし方がわざとらしかった気がしないでもない。それでも今はこの話をする為に集まっているのだ。
 別段おかしい事でもないだろう。
 円秀は小さく息を吸い込むと、緩やかにそれを吐き出した。
「理由の如何はあれど、償ってもらわなければ」
 そう、どのような理由があろうと罪は罪。そして罪を犯した以上は、それ相応の罰を受けねばならない。
「強盗殺人は――」
 円秀の言葉を聞き、将門(ib1770)は罪人の刑罰を思い出し言葉を零した。
 だが実際の刑罰を口にするのは憚られる。
 此処は言葉を潜め、別の事を声に乗せるべきだろう。
「そもそも盗んだ物は何に使ったのか。まずはそこから調べるべきかもしれないな」
 窃盗は頻繁に行われていたと言う。となれば盗んだ品がずっと寺にあるとは考え辛い。
 何処かに売って、金に換えていたと考えるのが妥当だろう。
 将門はやりきれない気持ちで息を吐くと、やれやれと額に手を添えた。
 それに重なる様に、もう1つ息を吐く音が響く。
「住職、最初は善意で行動してたんかねぇ」
 溜息交じりに言葉を発した笹倉 靖(ib6125)は、何とも言えない表情で今一度息を吐く。
「なんだか悲しい話だが、寺が怪しいことには変わりない、と‥‥やだなぁ調べれば調べるほどそこが怪しいって」
 彼の言う様に、調査を進めれば進める程、寺と住職に焦点が集まって行く。
 もうそこしか疑う余地はない。そう取れる状況まで来ているのが現状だ。
「坊さんが強盗の容疑者か‥‥世知辛い世の中だ」
 あふっと欠伸と共に零された声。
 目を向けると、氷(ia1083)が立ったまま眠そうにしている。
 普段から眠そうな彼にとって、早朝は更に眠気を誘う時間帯なのかもしれない。
 彼は今一度欠伸を零すと、ゆるりと肩を竦めて見せた。
「まあ、貧乏の辛さは知ってるからなんとも言えないトコだけど‥‥まあ、もしかしたら誰かに唆されたりとかも可能性あるしね」
 確かに、そうした可能性もある。
 1人ではない可能性。1人である可能性。誰かに唆された可能性。
 可能性ならいくらでも出てくる。
 そしてその可能性を潰して、事実を捉えた上で犯人を如何するかを決めるのが、今回の依頼だ。
 氷は、全員が集まっているのを見ると、宙に浮いたまま「ぼーっ」としている管狐に目を向けた。
「そこな管狐サン‥‥名前なんてんだっけ?」
「いや、わいはくだ――」
「ゴンちゃん、だよな♪」
 緋那岐の極上笑顔に言葉に詰まる。
 その上で助けを求めようと周囲に目を向けたのだが、肝心の嘉栄は珠樹(ia8689)と話をしている最中のようだった。
「先日は、有難うございました」
「別に良いのよ。それより、今日まで何もなくて良かったわね」
 前回の依頼で気を利かせて下宿先まで送ってくれた珠樹。彼女に改めて礼を言い、ふと管狐を見た。
「ゴンちゃんか。改めて宜しくな、ゴンちゃん」
「よろしくお願いしますね、ゴンちゃん」
「ヨロシク、トンちゃん‥‥」
「ゴンちゃんや!」
 氷の間違いに思わずツッコんだ管狐がハッとなる。しかしもう遅かった。
「よおし、ゴンちゃんに決定!」
 緋那岐は笑顔でそう言うと、管狐の頭をグリグリ撫でた。
 こうして管狐の名前は奇妙な形で決まり、これを機に窃盗殺人事件の最終調査が始まったのだった。


 紅葉が美しい丘。その上に、開拓者たちが目指す寺はあった。
 珠樹は境内へ続く長い階段を登りながら、参拝客の足並みを眺める。
「‥‥少なくもないけど、多くもないわね」
 季節は秋。
 紅葉を愛でに来た参拝客が大半として、この中のどれだけの人間が住職に相談を持ちかけに来ているか。
 半数だと言うならかなりな数だが‥‥。
「どうなるかしらね」
 珠樹は見えてきた門に表情を緩めると、普段とは違う着物の裾を摘まんで最後の階段を上がった。
 そうして見えてきたのは、境内へと続く門だ。
 彼女はその前に立ち表情を暗くしている小僧に気付くと、彼に歩み寄った。
「おはようございます。住職に相談したい事があって来たのですが、お話をすることは出来ますか?」
 穏やかで物腰柔らかな女性の声に、小僧の目が上がる。
 彼は珠樹の姿を確認すると、申し訳なさそうに表情を曇らせて頭を下げた。
「申し訳ありませんが、ご相談は受付けていません。また後日お越しください」
「え‥‥どうか、されたんですか?」
「あ、いえ‥‥」
 心配そうに眉を寄せた珠樹に小僧が口籠る。
 彼は僅かに視線を外すと、背後にある門を振り返った。
「ここ数日、住職が塞ぎこんでまして‥‥」
 小さく零された声に、珠樹は瞳を眇めて小僧を見た。
 寂しげに語る小僧の顔色が若干だが悪い。たぶん住職を心配して、あまり寝てないのだろう。
「大変ですね。そのような状況でお話を聞いて貰うのは、無理ですよね‥‥」
 珠樹は物憂げに視線を落とすと、寂しげに息を吐いた。
 これで小僧が中に入れてくれれば上出来なのだが、小僧は首を縦に振らなかった。
 そこに別の声が響く。
「あら、貴女も住職にお話を?」
「はい。とは言え、私の場合はお礼を言いに――ですけど」
 青の髪に舞姫の衣装に身を包んだ緋那岐は、穏やかに紅を引いた唇に笑みを乗せ頷いた。
 その仕草に、参拝客の1人がほうっと息を吐く。
「その様子だと、相談は良い結果に運んだんだろうね。羨ましいねえ」
 この参拝客も、珠樹と同様に小僧に相談を断られたらしい。
 本当なら是が非でも相談に乗って貰いたい所だったようだが、住職の体調が悪いのなら仕方がない。
 ならば参拝だけでもして行こう、と言う事で寺を見て回っていたらしい。
「実は私の姉が相談者で、私は姉の代わりにお礼を‥‥姉の話を噂にだけ住職のお話を聞いてまして‥‥素晴らしい方なのでしょうね」
 緋那岐はニコリと笑んで小首を傾げる。
 それに参拝客は「勿論」と頷きを返した。
「此処の住職はそりゃあ徳が高いんだよ。相談者から金銭を受け取る事はしないし、日暮れになると食べる者に困る人へ配給もしてるんだよ」
「相談にお金を取らず、配給まで‥‥」
 お金を取らず、お金の掛かる事をする。
 それはつまり、何処かから金銭を手に入れていると言う事だ。
「‥‥素晴らしい方ですね」
 この声に参拝客は満足そうに頷いたが、緋那岐の胸中は複雑だ。
 彼の手に入れた情報は、住職が盗みを働いていたと言う情報を、また確実なものに近付ける物だったから。
 だが此れは物的証拠にはならない。
 彼は参拝客と別れると、未だ小僧と話し込んでいる珠樹に目を向けた。
 その上で、境内で紅葉を眺めるふりをして、周辺へ目を向ける靖を見ると、視線に気付いた彼の首が縦に動いた。
 これを見て、緋那岐が動く。
「――我が目となりし存在よ、力を貸せ」
 密かに囁き、舞を披露するふりをして腕を振るう。そうして袖で隠れた手で符を持つと、小さな式を出現させて寺の内部に侵入させた。
 その様子を見ていた靖が、再び境内を見る。
「参拝客に小僧‥‥住職の姿は見えず、目立つ人物もいない、と」
 此処で坊主やらなんやらが他にも居れば、共犯者の可能性も考えられたのだが、如何もこの寺にはそう多くの人員はいないらしい。
 それだけ切羽詰まっているのか、それとも犯罪を隠す為に人を雇わないのか。
 何にしても、怪しい者は見た感じ居ないようだ。
「証拠隠滅の可能性も薄い、となれば、後は今得れる情報を最大限に活かさないとな」
 そう口にすると、胸元を探った。
 しかしその手が直ぐに止まる。
 そうして苦笑いを唇に浮かべて手を下ろすと、手持無沙汰に腕を組んで空を見上げた。
「――吸いたいねえ」
 ぽつり、零した声に彼は更に苦笑を刻むと、大きく息を吸い込み、緩やかにそれを吐き出したのだった。

 一方、寺から僅かに離れた民家で聞き込みを行っていた将門は、手に入れた情報を整理していた。
「配給に、周辺寺社への援助‥‥孤児たちを集めての寺小屋への援助も、か‥‥」
 将門は集めた情報を元に、やや眉を顰める。
 酪羅と言う住職は、確かに金遣いは荒かった。
 しかしその全ては自分の為ではなく、誰か別の人の為。それも困っている者へ手を差し伸べる為に使っていたようだ。
 とは言え、その使い方は異常と言わざる負えない。
「‥‥なんだかな」
 そう呟いた時だ。
「ちょっと、アンタ!」
 考え込む将門へ、小太りのおばさんが近付いてきた。
「アンタ‥‥酪羅様の事を、調べてるって、聞いたんだけどっ‥‥何を、調べてるんだい!」
 女性は将門の前で足を止めると、息を切らせて怒鳴った。
 その声に将門の目が瞬かれる。
「何をと言われてもな。あの寺の和尚が立派らしいって聞いて、話を聞きたかっただけなんだが」
 まずかったか?
 そう首を傾げる彼に、女性のジロジロとした視線が突き刺さる。彼女はそうして瞳を眇めると、大仰に息を吐いて肩を落とした。
「まずかないさ。寧ろ、アンタがそうした人間で良かったよ」
「如何言う事だ?」
「実はさ、最近酪羅様の事を悪く言う人が出ててね‥‥酪羅様が他人様の家で盗みを働いてるって言う人まで出てさ‥‥」
「盗み‥‥あんなに立派な和尚がか?」
 将門は耳に届く情報を聞き逃すまいと注意深く耳を澄ます。だが表面上は驚き、住職の肩を持つように、だ。
「あたしだって信じてないさ。けど、酪羅様に相談した人がさ、相談後に物が無くなったって言ってて‥‥」
 将門は胸中で舌打ちすると、小さく溜息を零した。
 女性は今言った言葉に傷ついている。将門はそれを読み取ると、頭を掻いてこう零した。
「何を信じるかは自分次第だろ。疑うも疑わないも、な」
「そ、そうだね。いやあ、アンタ良いこと言うじゃない! ありがとよ。アンタにも、酪羅様の加護があると良いねえ!」
 女性はそう言うと、将門の腕を叩いて去って行った。
 その姿を見送る彼に、ある人物が近付いて来る。
「居た堪れませんね」
「‥‥円秀か」
「仰っていた盗品項目を手に入れてきました。まだ入用ですか?」
 円秀はそう言うと、開拓者ギルドで借りてきた窃盗に関する書類を見せた。
 書類の中には被害にあった人物の情報、そして盗まれた品についての情報が載っている。
「これがあれば聞き込みし易くなるな」
「ええ。問題なく進むでしょうね」
 そう言うと、2人は書類の中にある被害者の元を訪ねて行った。

 その頃、境内を出て階段を降りた先。
 参拝客や紅葉を愛でに来た者、そうした者達に混じりながら、佐大夫は出来る限り住職に関する情報を集めていた。
「へえ、配給には住職も‥‥」
 住職が相談以外にも、食べる当てのない者に配給をしていたのは有名な話だったようだ。
 それを目当てにこの近辺にやってきた者達も多いらしい。しかし彼らは口を揃えて言う。
「3日前くらいから、パタリと止んじまった。坊さんも姿を見せねえしな」
 時期は多少ずれているものの、配給が止んだと言う事はお金が底を尽きた可能性がある。
「出来ない事はしなくても良いんじゃねえかな‥‥出来る事を出来るだけ、でさ」
 佐大夫はポツリと呟くと、話を聞かせてくれた男に礼を向け、別の人物にも話を聞きに向かった。
 その頃、氷は嘉栄に一抹の不安を覚えていた。
「怪しまれないように演技できるかい? こういうの、嘉栄ちゃんは苦手だろうし」
「‥‥それは、如何いう意味ですか」
 何とも釈然としないが、強ち間違ってもいない。それに氷に悪気がない事も分かっている。
 だからこそ憮然とした様子で呟くと、彼女は管狐の宝珠を彼に差し出した。
「ゴンちゃん殿は氷殿がお持ちください」
「‥‥ん、まあ駄目元で、がんばれ」
 氷はそう声を掛けると石段を登って行く嘉栄を見た。
 上には他の中もいるし、何かあった場合に嘉栄を補佐する人はいる筈。となれば、自分は此処で出来る事をするしかない。
「なあ、嘉栄は何しに行ったんだ?」
「ん? ‥‥酪羅サンに相談。上手くいくかは、わかんないけど‥‥」
 氷は佐大夫に目を向けるとそう言葉を返し、何時ものように欠伸を零して次なる行動に移って行った。

 そして、盗難被害にあった家を訪れていた円秀と将門は、被害者から語られた言葉に決定的な物を感じていた。
「そうですか、家を留守にした晩に‥‥」
「はい。酪羅様に東房国の寺社へ参拝に行くのが良いと勧められまして、数日家を空けておりました。その間に‥‥」
 そう語る女性は、この家の奥方だ。
 御主人との仲も睦まじく、彼のご両親との関係も良好。何も問題無いように見えるが、彼女は結婚して5年、子宝に恵まれない状況が続いていたと言う。
 そしてそれに関する相談を酪羅に持ちかけた所、東房国に子宝祈願をしてくれる寺社があると教えて貰ったのだ。
 彼女はすぐさま東房国へ赴き、そのひと月後、窃盗にはあったものの無事子宝を授かった。
 果たしてそれが偶然かどうかは分からない。
 ただ、彼女は窃盗に入られた当時は怒っていたものの、今は子宝を恵んでもらう代価としては安いものだったと思っているらしい。
 なので、犯人逮捕も望んでいないとか。
「窃盗にあった方々は、皆さん同じような事を仰ってます」
「‥‥そうですか」
 彼女の口調、そして語られた事実。
 これらを簡単に顧みても、酪羅が怪しいのは一目瞭然だった。
「私達は犯人逮捕を望んではいません。それだけは、わかって下さい」
 女性はそう言うと、大きなお腹を庇うようにして頭を下げた。


 夜の帳が下りた頃。
 開拓者たちは調査を終えて寺の階段下に集まっていた。
「共犯者が居る可能性は低いですね」
 そう言うのは、声を潜めて闇に沈む紅葉を見る円秀だ。
 彼は暗がりに見える寺を見据えると、小さく肩を竦めた。と、其処に1枚の地図が差し出される。
「昼間に調べた寺の中の見取り図だ。出来る限り詳細に書いたんで役に立つと思うけど」
 地図を差し出したのは緋那岐で、彼はあれから人魂を使って寺の内部を詳細に記した。
 そして夜までに出来上がった地図を人数分用意したと云う訳だ。
「これは有り難いですね。助かります」
 言って、円秀は喜んでそれを受け取る。
 その上で集まった情報を思い出すと、何とも言えない表情を浮かべた。
「証拠はだいたい集まりましたが、どれも言葉のみ。後は、物的証拠が必要でしょうね」
「なんにしても、今回はアヤカシが関与してないみたいで良かった‥‥て、まぁそれも良くないけどっ」
 緋那岐はそう言うが、それでもアヤカシが関わっていないと言う事実は大きな利点だ。
 相手は今でこそ住職だが、シノビのスキルを持つ開拓者。開拓者と同時にアヤカシも相手にするのは些か骨が折れる。
 そうして真面目に思案していると、彼の視界に青い何かが過った。
「なあなあ、兄ちゃん。あの女装、よお似合ってたでぇ♪」
「!」
 そう言ってニタリと笑ったのは管狐だ。
 彼は緋那岐の舞姫の姿を見て、どうやら気に入ったらしい。それに加えて朝の仕返しも含まれているようで――
「女装は趣味じゃないんで、間違えないように!」
「えー、案外ノリノリやったやないの〜」
 ヒラヒラと尾を揺らして喋る管狐。その頭を鷲掴みにすると、靖が割って入ってきた。
「ジャレるのはお終いだよ。そろそろ珠樹と佐大夫が戻ってくる」
 そう言った時だ。
 闇に紛れて2つの影が皆の元に戻ってきた。
「手紙は投げてきたわ。後は、向こうが食いつくか‥‥ね」
 珠樹は口元を追う布を下げると、そう呟いて息を吐いた。
 その上で、皆の輪から少し離れて佇む嘉栄に目を向ける。
「‥‥大丈夫?」
 この声に嘉栄の目が見開かれると、彼女は直ぐに頷きを返した。
 この様子に佐大夫が口を開く。
「嘉栄、別に奴が霜蓮寺の僧って訳じゃない。一時、霜蓮寺で修行をしていた。それだけの事だろ」
 そう、嘉栄は住職――酪羅とではないが小僧と話をすることが出来た。
 それは酪羅の経歴こと。
 彼が東房国の何処で修行をしていたのか。そしてどのような修行を得て此処に到るのか。
 それを聞いた嘉栄は驚きを隠せなかったと言う。そして今も、それを僅かにだが引き摺っている。
「嘉栄、そろそろ身を潜めるぞ」
 将門はそう言って、嘉栄の肩を叩くと皆にも身を潜めるよう指示をした。
 そして氷は、珠樹、佐大夫と共に階段を昇って寺の近くまで向かう。そうして人魂を中に放ると、目に映る光景に瞳を眇めた。
 彼の目に映る光景。
 それは酪羅が自室で文を受け取っている姿だ。
 そんな彼の手元には、紙切れの付いた苦無がある。
「‥‥これは」
 酪羅は手紙を開いた瞬間、表情を強張らせた。
 手紙の内容はこうだ。

『管狐の宝珠の件で話がある。子の刻に以下の場所へ来られたし』

 酪羅は手にした手紙を握り締めると、急ぎ外に出る準備を始めた。
 そして程なくして彼が出てくる。
 氷はその事を皆に伝えると、酪羅を迎え入れる準備をした。

 そして、酪羅が部屋を出て行くと同時に珠樹と佐大夫も動き始めていた。
 彼女たちは、緋那岐が作った地図を手に寺の内部に入ると、真っ直ぐに酪羅の部屋を目指した。
 勿論、その間には聴覚を研ぎ澄まし、目は夜目に長けた物にしている。そうでなければ、寝ているであろう小僧に気付かれてしまう。
「この部屋ね‥‥」
 珠樹はそう呟くと、襖を開けて部屋の中に入った。
 そして中を見回して佐大夫を見る。
「佐大夫は書斎の方を‥‥私はこの中を見るわ」
 質素で何もない部屋。
 あるのは箪笥と卓が1つ。
 部屋の隅には薄っぺらい布団が畳まれており、床も歩く度に軋みそうな程に痛んでいる。
「この寺自体が、危険なんじゃない」
 彼女はそう呟くと室内を探し始めた。
 だが探す場所は少ない。
 珠樹は箪笥に手を掛けると、音を立てないようにそこを開いた。
「‥‥あった」
 難なく発見したのは質入れした時に書かれた判取り帳。これは酪羅が盗品を売り払ったという重要な証拠になる。
「こっちもあったぞ」
 そう言って佐大夫が持ってきたのは、袋に入った金と、貴金属だ。これは売る前の物と見て良いだろう。
「‥‥証拠は、充分ね」
 珠樹はそう呟くと、佐大夫と頷き合い、部屋を後にした。

 その頃、寺を出た酪羅は、階段の下で足を止めていた。
 その周辺には夜光虫の灯りが漂い、紅葉の紅と合間って幻想的な雰囲気を作り出している。
 そんな中、酪羅は宙を舞う管狐にその目を留めていた。
「そのような場所に、居ましたか‥‥」
 酪羅の声は細い。
 ヒョロリと伸びた腕、細い指、頬も扱けて見るに堪えない容姿の酪羅に、彼を足止めした開拓者の1人――将門が口を開く。
「なあ、和尚。盗難被害にあった連中は、犯人を捕まえて欲しくないらしい。犯人逮捕は望みじゃないんだそうだ」
 態と声を張り、含みを持たせて言葉を発する。
 これに酪羅は言葉を返さない。
 ただじっと将門の言葉を聞いている。
「否定、しないんだな」
 もし此処で否定すれば、ハッタリでも何でも言って、引っ掛ける位の事はしようと思っていた。
 だが酪羅は肯定も、否定もしない。
 ならば――
「聞きたい事があります。何故、盗みに入ったのですか。寺が窮地に陥ったから盗みと言う手段に――」
「違います」
 酪羅の声に円秀は止まった。
 今、酪羅は違うと言ったか?
「私は、寺と言う盾を利用し、シノビの力を使って見たかっただけです」
「‥‥なら何故、盗んだ金を周囲に流した。あんた自身が貧困に喘いでるのに、何で自分に使わなかった」
 シノビの力を使いたかったから。
 確かにそれも理由になるだろう。だが力を使いたかっただけでは盗みを働く理由にはならない。
「なあ、住職さん。俺が思うのは、罪は罪。状況や環境、苦労なんかは行動を正当化してくれないってことだ。住職さんは、そこんとこもわかってるから、今みたいな言い訳するんじゃないのかね?」
 そう言いながら、靖は改めて住職を見た。
「そんなに細くなって。実はこうして罪を暴かれるのまってたのかね」
 ぽつり、零した声に何かが飛び出した。
 住職の前で、睨むように視線を寄越すのは管狐だ。
「そうや、この顔や。助次はコイツに相談しとったんや。わいが‥‥わいが助次の言うこと聞かんから、わいが‥‥」
「そうですね。助次殿は管狐の扱いに困っておいででした。ただ管狐の宝珠は高価で手放すのは惜しいとも‥‥いずれは言う事を聞いてくれる筈、とも仰っていましたよ」
 酪羅は言う。
 助次と管狐は相性が悪く、初めて行った依頼を完全に失敗してしまったと。そして助次はその事を悩んで相談に来たのだと。
「助次殿は管狐を手放そうとしました。けれど、もう一度頑張ってみよう‥‥ひと月頑張って、それで駄目なら売り払おう。そう仰っていました。ただ、私の見た限り、管狐は助次殿の言う事は今後も聞かない‥‥そう思いました」
「せやから、わいを助次の所から‥‥」
 酪羅の告白に管狐の声が震える。
 今の物言い。これではまるで――
「ゴンちゃんの所為だって言うのかよ!」
 不意の声に管狐の目が飛んだ。
 其処に居たのは緋那岐だ。
 彼は管狐を見、そして住職を睨み付けた。
「あんた卑怯だ。今の言い方じゃ、ゴンちゃんが全部悪くなるだろ!」
「ひ、ヒナ坊‥‥」
「う、うわっ、何だよ持ち悪いからやめろ!!」
 飛び付いて頬擦りしてくる管狐に、緋那岐は本気で嫌そうに顔を退けている。其処に酪羅の笑い声が響く。
 クツクツと楽しげに、けれど耳心地良くない声。それを発して酪羅は管狐と緋那岐を見る。
「助次殿にも、それだけ打ち解ければ良かったものを‥‥」
 そう言うと同時に酪羅が動いた。
 開拓者の包囲を抜けるように早駆を使い抜けようとする酪羅。そんな彼の前に月明かりに照らされた刀身が迫る。
「今更逃げるのかよ!」
 将門は間近で酪羅の小刀を受け止めると、目の前にある目を睨み付けた。
 だが酪羅は堪えた様子も無くその目を見返すと、彼の腹に蹴りを見まい後方に退く。だが将門とてこの程度では退かない。
 口中に溜まった唾液を吐き出すと、彼は酪羅が引いた分だけ足を踏み出し、そして急所を外す位置に斬り込んで行った。
 だが――
「惜しい動きです」
 寸前の所で回避した酪羅の腕が切れる。
 鮮血が宙に舞うが、酪羅は然して気にした様子もなく、もう一度地面を蹴って間合いを取る。
 だが――
「逃がしませんよ」
 何時の間に入ったのだろう。
 酪羅の間合いに入った円秀が、気を練り込んだ拳を構えて踏み込んでゆく。そうして酪羅の鳩尾を突くと、彼の体が一瞬揺らいだ。
「ッ、‥‥まだ――ッ!」
 まだいける。
 そう彼が思った時、彼の動きは封じられた。
 脚に纏わりつく無数の式。見た事もないような形の式に酪羅は目を見開く。
「‥‥ヒナ坊、あれ何なん?」
「え、あ、コレ一応管狐。似せてみたんだけど‥‥つか、なーんかこれじゃ妖怪」
 ヘラリと笑って見う緋那岐に、管狐は呆れ顔だ。
 だが彼のお蔭で隙は出来た。
 円秀は今一度酪羅の間合いに入ると、彼を背負い投げるようにして地面に叩き付け、一気に彼を捕縛する事に成功した。


 開拓者ギルドへ酪羅を運んだ一行は、役人が来るまでの間、彼を見ている事となった。
 そんな中、靖が酪羅の持ち物を確認する。
「ん‥‥危険なものは何もなさそうだ」
 彼が自害する可能性、再び逃亡する可能性の物が無いかを確認したのだ。
 そして結果は大丈夫と言うもの。
「しかし、あの状況で逃げようとするとは‥‥全然反省してないんだな」
 そう言うのは将門だ。
 結局酪羅は逃げようとし、反省の色を見せない。そもそも彼のやつれた姿すら、本物なのか演技なのかわからない。
「結局、本当の理由は何なのでしょう。教えては頂けませんか?」
 酪羅は声の主――円秀をチラリと見て押し黙った。
 言うつもりはない。そういう事なのだろうか。
 だがこのまま役人の手に渡れば、否でも理由を話す事になる筈。
「なあ嘉栄ちゃん、同じ層の心得者として、何かあるかい?」
「‥‥嘉栄?」
 不意に酪羅の目が上がった。
 そして嘉栄の存在に気付いた彼の目が見開かれてゆく。
「霜蓮寺で修行をされていたとか‥‥何故、このような事を?」
「‥‥貴女には関係のない事でしょう」
 酪羅はそう言うと目を伏せた。
 そしてその様子を見ていた嘉栄の視線も落ちる。
「‥‥貴方が面倒を見きれなかった場所については、私が出来る範囲で見ておきます。それが霜蓮寺で貴方を諭す事が出来なかった私のすべき事だと思いますので」
「!」
 驚いたように此方を見る酪羅。
 そんな彼を見ながら、珠樹がポツリと呟く。
「霜蓮寺も極貧でしょうに‥‥大丈夫なのかしらね」
「最悪、嘉栄が自腹切るだろうな」
 佐大夫はそう口にすると、呆れたような笑みを零した。

 こうして酪羅は役人の手に渡った。
 結局の所、酪羅はあの後本当の事「自分が仏になり、皆を救いたかった」と言う言葉を残した。
 その理由も微妙だが、今一番微妙なのは――
「えっと‥‥ゴンちゃん、大丈夫かい?」
 開拓者たちは疲れを癒す為に甘味処に来ていた。
 だがこの店に入った途端、管狐の様子がオカシイ。
 その怯え方は、嘉栄と大福の組み合わせを見た時に増大し、明らかに何かあったと物語っている。
「本当に何したんですか、嘉栄さん‥‥」
 円秀は自分の分の団子を口に運ぶと、小さな声で問うた。
 此れに嘉栄が憮然とした様子で呟く。
「私の大福を食べようとしたので、教育に頭を口に入れただけです」
 なんてことはない。
 そう口に出した嘉栄に一同は目を見張った。
 一体どこでそういう知識を得たのか‥‥。
「統括、かしらね」
 珠樹は何となく辺りを付けつつ呟き、緋那岐に抱き上げられている管狐に目を向けた。
「ゴンちゃんはこれからどうすんだ? ‥‥そうか、嘉栄さんに貰われるのか。良かったなー♪」
 呑気に笑う緋那岐に対し、管狐は「嫌や、仕置きに頭を口に放り込む人の傍なんて嫌や」そう呟いていたとか。