【冥華】憎悪ノ楔・北面
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/16 15:42



■オープニング本文

●???
 魔の森に侵された陽龍の地。その奥深くにひっそりと佇む洋館がある。
 陰鬱とした雰囲気を醸し出すその中には、金糸の髪を持つ美しい男女のアヤカシがいた。
「可哀相に‥‥切られた耳は痛むかい?」
 膝の上に頭を乗せて涙を流す妹のブルーム。
 その髪を撫でながら、兄のヘルは囁く。
 しかしブルームはその声に目を向けるでもなく、無言で涙を流すのみ。
 その様子に、ヘルが目を細めた。
「人間如きが忌々しい」
 蝶よ花よと大事にしている妹が、人間によって傷付けられた。
 彼女が傷つくまでに至った経由、自分達がしたこと。そんな事は如何でも良い。
 見据えるべき現実は此処に在る。
「――確か、森の外に村と里があったね。其処に、ブルームを傷付けた人間がいるのかな?」
 零した声に、ブルームの目が上がった。
「弓弦童子様は力のある人間を食べれば、僕たちも力が得れると言っていた。なら、ブルームを傷付けた人間を食べたら如何なるんだろう」
 もっと、力が付くだろうか?
 問いかけるヘルにブルームはゆっくりと瞬いた。
 人間を食べる事。其れが兄妹の目的。
 そしてその目的を達しつつ、己が復讐を果たせるのならば、それに越した事はない。
「行ってみるかい?」
「‥‥行くわ。行って、地獄を見せてあげる。恐怖で泣き叫ぶ喉を裂いて、涙を流す目をくり抜いて、ゆっくり、じっくり食べてあげる」
 ブルームの目は笑っていない。唇にだけ妖艶な笑みを湛えて囁いている。
「なら行こう。『食料』如きが牙を剥いた罪、それを教えないといけない」
 言ってヘルは立ち上がろうとした――と、その動きが止まる。
「お待ち下さい」
 室内に響き渡った声に、2つの碧眼が飛んだ。
「貴方は、弓弦童子様の‥‥」
 以前、弓弦童子と対面した際に目にした御仁が其処にはいた。
「お久しぶりで御座います。実は弓弦童子様の遣いで参りまして‥‥お話しするお時間は御座いますでしょうか?」
 頭からフードを被り、顔を伺う事が出来ない御仁は、恭しい仕草で一礼を向ける。
 掛けられたのは問い。だが、このモノに2人の声を待つ気はない。
 彼のモノは言う。
「実はこの近くに絶好の狩場が御座います。近頃では力のある人間が多く集まっているとか‥‥弓弦童子様はお2人に更なる力を付けて欲しいとお思いのようです」
――如何でしょう?
 そう問いかける声に、ヘルは視線を落とした。
 弓弦童子の提案は魅力的だが、彼らには別の目的も存在する。
 しかし提案先は弓弦童子‥‥
「お兄様‥‥」
「わかっているよ。弓弦童子様のお申し出も受けつつ、僕らの目的も達しよう」
 ヘルはそう言うと、不安げな妹の頭を撫で、一度上げかけた腰を据えた。


●北面国・狭蘭の里
 北面国と東房国の国境付近にある里『狭蘭(サラ)』から東房側へと進んだ先に、魔の森に呑まれて姿を消した龍の保養地『陽龍の地』がある。
 其処に得体の知れないアヤカシが住み着いたとの情報が入って、数日――。

「アヤカシは、ブルームとヘルと言うんじゃな」
 陶・義貞の祖父にして、狭蘭の里の長を務める宗貞(ムネサダ)は、目の前で縮こまる孫を前に呟いた。
 そうして思い出すのは、情報を持ち帰った開拓者の姿だ。
 正に満身創痍の様子で戻った彼等は、あるアヤカシの名を口にした。
「『弓弦童子』‥‥わしでも知っておる名じゃ」
 弓弦童子――冥越を滅ぼしたとされる大アヤカシの1人が持つ名。
 そして本当に弓弦が関わっているのであれば、義貞1人で手に負える問題ではない。
 それに、今は別に気になる事がある。
「本当に、如何してしまったんじゃ‥‥」
 宗貞は膝を抱えたまま話を聞いている義貞に目を向けた。
 開拓者と魔の森から戻って以降、彼の様子がおかしい。
 普段なら昼夜構わず問題を起こすのだが、今はそれが止んでいる。
 通常はそれが普通なのだが、相手が義貞となると少なからず疑問が浮いてくるのだ。
「そう言えば、前にも似たような事があったと聞いておる。確か――」
「じっちゃん、見回りの時間だ。異変があったら狼煙を上げるから、上がったらちゃんと逃げるんだぞ」
 そう言うと、義貞は返事を待たずに部屋を出て行った。
 それを見送り、宗貞の口から思い溜息が漏れる。
「軍事殿に文を出したが、いつ来て頂けるか‥‥」
 呟き、彼は以前、義貞の子守役のもふらから受け取った文を思い出していた。

 今、狭蘭の里は収穫後の選別作業に忙しい。
 そんな中、里人の一人が見回りをする義貞に気付いて声を掛けてきた。
「よお、今日も見回りか?」
「悪いわね。義貞君にそんな事ばかりさせて。折角だし、お野菜持って行く?」
 そう問う声に、義貞はすぐに首を横に振った。
「いや、今は良い。見回りが先だから」
 そう言って森の方に歩いてゆく姿に、里の者達は思わず顔を見合わせる。
「どうしちまったんだろうね‥‥やっぱり、疑いなんてかけたのがまずかったんじゃ」
「そうは言うが‥‥あの時は、仕方なく」
 里の者達はそう言葉を交わし、重い溜息を零した。と、その時だ――
「狼煙だ! 狼煙が上がってるぞ!!!」
 里中に響き渡る声に皆が顔を上げる。
 魔の森に、強いアヤカシがいた情報は里全体に行き届いていた。
 故に緊急時の行動は決められている。
 彼らは身を護る術を手にすると、急いで決められた場所へと避難を始めたのだった。

 一方、狼煙を上げ終えた義貞は、目の前で足を止めた金髪碧眼のアヤカシ――ブルームに静かな視線を注いでいた。
「貴方では役不足‥‥わたくしを止める事は出来なくてよ♪」
 ブルームは己が頬に手を添えて、ゆったりと首を傾げる。その仕草は優雅だが無駄がない。
 そして、そんな彼女の背には無数のアヤカシがいる。
 差し詰め、狭蘭の里を襲撃しに来た。そんな所だろう。
「止める必要はないだろ。俺がやるのは時間稼ぎだけだ」
「うふふ、その時間稼ぎにもならないかも?」
「‥‥なら、ならないなりにやる」
 言って二刀の刃に手を掛ける。
 その様子を目にして、ブルームの表情が僅かに動いた。
 見定めるように義貞に視線を注ぎ、そしてもう一度首を傾げる。
「何かおかしいわね‥‥あなた、この前と匂いが違うわ」
 言い得ぬ違和感を覚え、ブルームが視線を落とす。
 確か先日遭遇した義貞は、もっと猪突猛進的な感じがした。
 あれが演技とは思えない。
 ならば、今のこれが演技なのか。
「‥‥良いわ。あの里で恨みを晴らす前に、あなたを八つ裂きにしてあげる。もしかすると、そうする方が恨み解消になるかもしれないもの♪」
「恨み? ‥‥それって‥‥」
 呟いた義貞の目が揺れた。
 何か思い当たる節があるのか、動揺が表情に表れている。
 それを目にしたブルームの口角がツッと上がった。
「あら、そう云うことなの‥‥んふふ、良いわ。仲間が来るまでゆっくり、遊んであげる♪」
 そう言うと、ブルームは後ろに控えるアヤカシを義貞に向けて放った。


■参加者一覧
六条 雪巳(ia0179
20歳・男・巫
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
リンカ・ティニーブルー(ib0345
25歳・女・弓
九条・亮(ib3142
16歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
緋那岐(ib5664
17歳・男・陰
匂坂 尚哉(ib5766
18歳・男・サ
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂


■リプレイ本文

 陶 義貞(iz0159)は霞む視界の中で、金髪碧眼のアヤカシを見ていた。
「が、ぁ‥‥ァ‥‥!」
 意識はある。だが首が掴まれて身動きが取れない。
 掴んで持ち上げられた身体に力はなく、肌に食い込む爪が、血管ギリギリの所で止まっている。
「ふふ、もう終わりかしら? 折角だから、腕、足、首‥‥この順番で折ってこうかしら♪」
 コロコロと笑うブルームに、義貞は目を向けるだけだ。
 彼女はその様子に笑みを浮かべると腕を振り上げた――と、その時だ。
「義貞さんを放しなさい!」
 ブルームの腕を矢が貫く。
 それと同時に義貞が地面に落ちた。
「間に合ったのね」
 ブルームは笑みを浮かべると、刺さった矢を地面に放る。
 そんな彼女の視線の先に居るのはリンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 彼女は大地に伏した義貞を見ると、ギリッと弓を握り締めた。
「‥‥死に急ぐ真似だけは、しないでって‥‥思ってたのに」
「まだ死んでないでしょ。それよりも‥‥」
 霧崎 灯華(ia1054)はリンカの肩を叩いて声を添えると、ブルームの姿を上から下まで眺めた。
「面白そうな相手じゃない。ま、どうせ今回も血塗れになるんだろうけど、折角だし楽しませて貰うわ」
 灯華はそう言葉を紡ぎ、符を構える。
 直後、ブルームの足元に無数の小さな式が出現するが、当の本人は素知らぬ顔だ。
「おお。随分と抵抗が高いみたいだな。今の、呪縛符だろ?」
 緋那岐(ib5664)はそう零すと、自らの後方に視線を飛ばした。
 其処に居るのはマフラーで顔を覆う人物。2人は目で頷き合うと、次の瞬間、同時に動き出した。
「まーた弓弦ちゃんが関わってるとか。まったく‥‥何がしたいんだかっ!」
 緋那岐はぼやいて、白銀の龍を召喚する。
 その上で、符を持つ指を返して前方を示した。
「行けぇッ!」
 号令と共に口を開いた龍。その口から放たれた氷の息がブルームを襲う。
 攻撃は彼女に直撃。後方に控えていたアヤカシにも攻撃が及び、幾体かが瘴気に戻って行くのが見える。
 だが――
「‥‥寒い」
 ブルームは顔を庇った腕を下ろすと、憂い気に身を摩った。
 其処に聞き覚えのある声が響く。
「琥珀、義貞を頼む。俺はブラコ‥‥じゃねぇ、ブルームを引き離し――い゛!?」
 視線を感じて顔を上げた瞬間、マフラーで顔を覆っていた匂坂 尚哉(ib5766)の目が見開かれた。
「その声‥‥あの時の‥‥」
「尚哉、如何し――!」
 義貞を背負った羽喰 琥珀(ib3263)は、尚哉を見るブルームを見て、思わず表情を固めた。
 ブルームの顔は、至極嬉しそうに歪み、頬が紅潮していた。その表情はまるで恋い焦がれる人に会った。そんな感じだ。
「うふふ、会いたかった。わたくしに殺されに来てくれたのね。嬉しい♪」
 頬を染めて猫撫で声で囁く。
 もし此処に兄が居たら、尚哉は確実に襲われていただろう。
「と、取り敢えず、今の内に‥‥」
「お、おう」
 琥珀は尚哉の声に頷くと、義貞を背負って歩き出した。一方尚哉は、ブルームの注意を惹いたままマフラーを外し――
「一旦、下がらせて貰うぜ!」
 ブルームの視界を奪う様にそれを放つと、一気に駆け出した。
 これにブルームの目が見開かれる。
「逃がさないっ!」
 彼女は後方に控えていたアヤカシを解き放つと、急ぎ彼を追った。
 だが彼等とて何の策もない訳ではない。
 尚哉は敵を見止めると、咆哮を使って敵を惹き付けに掛かった。その間、琥珀は六条 雪巳(ia0179)の元に向かい、義貞を地面に下す。
 その姿を見て、雪巳の表情が悲痛そうに歪められた。
「酷い‥‥」
 彼はすぐさま義貞に癒しを注いだ。
 淡く光る彼の身に比例し、義貞の傷が徐々に塞がって行く。幸いなのは、致命傷と呼べる傷がない事だろうか。
「お1人でよく頑張りましたね」
 雪巳はそう言って、傷が塞がるまで術を施すのだが、彼の言葉を聞いた義貞は、静かに身を起こすと、敵を惹き付ける尚哉に目を向けた。
「俺は、やっぱり、足手纏い‥‥」
 ブルームを止めるには役不足だった事。あと少しで取り返しのつかない事になっていた事実。これに悔しさが込み上げる。
「ねぇ、義貞さん。今回の事、ご自分のせいだとお思いですか?」
 雪巳は閃癒を重ねて掛けながら「ふふ」と笑う。
「だとしたら、私も同罪ですね。彼女のイヤリングを奪うことを提案したのは私ですもの」
 意外な言葉に、目が雪巳を捉える。しかしそれが直ぐに外されると、彼は義貞の頭を撫でた。
「誰のせいというわけではない。それでも自分が許せないなら‥‥後は行動で示すしかありません」
 言葉に、義貞の眉間の皺が深くなる。と、其処に別の声が響いてきた。
「ねえ、義貞さん。義貞さんが足止めしてくれたから、私達は間に合ったんだよ」
 視線を上げた先に居たのはリンカだ。
「誰もが皆‥‥自分の力の無さに悔しい思いをしながら、その時に自分に出来る事を精一杯成す」
 リンカは弓を構えたまま穏やかな口調で語りかける。
「自分の不甲斐なさに怒りを覚えながら、仲間に託すしか出来ない事がある‥‥そんな経験をしながら、成長して行くんだ」
 リンカの言う事はわかる。わかるが、それでも抑えきれない感情はある。
 だから義貞は無言で立ち上がって、残る刀を抜き取った。
「落ち着け! 戦場で自分を見失っちまったら、護りたいもんも護れねえぞ!」
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は迫る敵を短銃で討ち落としながら一喝する。その声に、義貞の肩がピクリと揺れた。
「いつも通りに行こうぜ。気楽にな」
 言ってニッと笑った彼に、義貞は眉を寄せた。
「何で‥‥何で、皆‥‥」
――俺を、責めない。
 この思いを呑み込み、義貞は戦場に駆け出す。この姿に前線で骨人の相手をしていた九条・亮(ib3142)がギョッとして振り返った。
「うわっ、義貞さんそんなに前に出たらダメだよ〜」
 虎耳をピンと立て、慌てて義貞の後方に迫る骨人の間合いに入る。そうして撃ち込んだ一撃が、相手の身を崩すと、彼女は慌てた様に義貞の前に立った。
「退け!」
「勝手なことされたら、今は水際になる前の水中でも直ぐに手が施せなくなっちゃうよ〜」
 そんなのダメ。
 そう言葉を返す彼女は、義貞に後方に退くよう促す。だが義貞は聞かない。
 其処に前衛でアヤカシの相手をしていた琥珀と尚哉が駆け付けてきた。
「義貞!」
 ガンッと強烈な拳に、義貞はその場に倒れた。そして睨むように目を向けた先。そこに居た尚哉を見て視線を外す。
「義貞は後衛の皆を護れ!」
「ヤダ、俺は足手纏いになりたく――」
「志摩のおっちゃん怪我させただけじゃまだ足んねーのかよ!」
「!」
 思わぬ指摘に、思わず言葉に詰まる。そうして何も言えずにいると、尚哉が顔を覗き込んできた。
「こないだは運んでくれてありがとな、重かったろ‥‥と、俺が死にかけたの気に病んでんのか?」
 目を合わせない様子に思わず苦笑する。
「確かにああしてあのブラコンと対峙する切欠になったのは、義貞が原因かもしんねぇよ」
 でもさ‥‥と、尚哉は言う。
「死にかけたのは俺の見込みが甘かっただけだし、義貞が責任感じる事なんてねぇよ」
 言って首を傾げると、彼は戦闘を続ける仲間を見た。
「俺もまだまだ半人前だ。失敗だってする‥‥でもさ、その失敗を乗り越えなきゃ一人前なんてなれないだろ。幸いな事に俺らは一人じゃねぇ」
 視界先では、誰かが誰かの不足を補って闘う姿が見える。それを見て、尚哉の口角が上がった。
「皆が俺達助けてくれるみたいに俺らも皆を助けようぜ。俺らの出来る事でさ」
 尚哉はそう言うと、義貞に手を差し出した。
「‥‥何で、責めないんだよ」
「責めるより、一緒に乗り越える方が何倍も身になる」
 この声に、義貞はハッとしたように顔を上げると、表情を引き締めて彼の手を取った。


 雪巳は義貞の復帰を見届けると、前衛で闘う者達を思い、穏やかな舞を披露した。
「‥‥皆さんに、精霊の加護があらんことを」
 囁き次々と仲間に力を注いでゆく。
 そうして思うのは、アヤカシの群れの先に居るブルームの事。
「先日の件で、怒りに火をつけてしまいましたか‥‥しかし――」
 幾ら怒らせたからと言って相手の道理に屈する義理もない。
「人の意地、見せて差し上げなくてはいけませんね」
 彼はそう囁くと、ヒラリと新たな舞を仲間に施してゆく。
 そしてその舞を受けたリンカは、上空を飛ぶ敵に矢を向けていた。
「この先には行かせないよ」
 そうこの先には狭蘭の里がある。其処に行かせる訳にはいかない。
 彼女は射程内に揃う複数の敵を見ると、ギリギリまで弦を引き、一気にそれを放った。
 気を纏い、凄まじい勢いで敵に突っ込んで行く矢。それが蝙蝠の羽根を奪うと、地上の面々が動いた。
「こういうのも確実に仕留めないとな!」
 琥珀は義貞に声を掛けながら、落ちた蝙蝠や骨人の息の根を止めてゆく。
 しかし敵はこれだけではない。勿論、地上を移動する敵もいる。
 琥珀はそれらに目を向けると、朱の刃に桜色の燐光を纏った。
「仕方ねーな。こいつでどーだ!」
 まるで桜を纏ったかのような刃が、彼の軌跡を辿って骨人に迫る。刃は桃色の花弁を舞わして敵を薙ぐ。そうして後に残ったのは、柔らかな光のみ。
「火炎獣が良かったんだけど、引火したら面倒だし。今回はこっち‥‥!」
 義貞と琥珀。彼らの傍で若干残念そうに口にした緋那岐は、火の輪を放つと里目掛けて進軍する敵を討った。
「義貞。今回はブルームらを村へ向かわせるのが一番にマズイ事態だ。お前のが土地勘もあるんだから。万が一、俺らが突破されそうになった時、足止めに動けよ」
 義貞に後衛を命じたのは、そういう部分もある。そう言葉を続け、緋那岐は新たな火の輪を紡いだ。
 そして前衛付近では、灯華が新たな行動に出ようとしていた。
「さて、楽しい狩りを始めましょうか♪」
 彼女は艶やかに笑むと、五芒星が描かれた符を取り出した。
 その上で敵の動きを惹き付ける、亮を見る。
 彼女はブルームの動きを視界に留めながら、援護に回りそうな敵を狙い、攻撃を討ち込んでいた。
「これ以上、先にはいかせないのニャ〜」
 言葉と同時に踏み込んだ足が、骨人の間合いに入る。そうして繰り出した拳が敵の腰を打つと、大きく体が傾いた。
「これでトドメだよ〜!」
 華麗に地を蹴って、その勢いで今一度、腰の骨を打ち砕く。
「よし、この調子――」
「こら、気を抜くんじゃないわよ」
 喜んだのも束の間。
 背後に迫った敵に灯華が透かさず式を放つ。
「あー‥‥馬鹿にしてるわ。この程度じゃあたしは止められないわよ!」
 言って、風の刃を封じた敵に放つ。
 そこに亮の拳が降り注ぎ、2人は敵を撃破すると同時にブルームを見た。
「匂坂さん、左から攻撃が来る!」
 クロウは敵の動きを詠んでブルームと対峙する尚哉に声を掛ける。
 彼女は読み通り、尚哉に狙いを定めてきた。
 指から伸ばした茨の鞭で、四方から攻撃を仕掛ける。その鞭の数は、片手だけで5本。
「うふふ、楽しい。もっと遊んで頂戴♪」
 迫る鞭は僅かに触れるだけでも激痛を放つ。それでもクロウの読みのお蔭で、直撃だけは免れていた。
「右に避けた直後、左と下に同時攻撃を!」
 この指示に、尚哉の手にする二刀へ練力が注ぎ込まれる。そして、彼の刃が受けた指示を忠実に再現して茨を切り捨てた。
 しかし――
「再生するのね、面白い」
 灯華はクスリと囁き、離れた位置で符を構える。
「この敵相手に、犠牲無しで守りきれると思ってるならまだまだ甘いわね」
 呟き、ブルームの動きを目で追う。と、その時だ。
「ぅ、‥‥い、今だ!」
 再生した茨にキリの無さを感じたクロウは、自らの体を盾に鞭を受け止めた。
 これにより、一瞬の隙が出来ると、ブルームの顔色が変わった。
 それを見て灯華が呟く。
「あら、意外と繊細なのね。その様子だと『お兄ちゃん』ってのも大したことなさそうね」
「なっ!」
「あら、悔しかったらあたしの口を封じてみればいいじゃない?」
 灯華は口角を上げ、同時に符に力を送る。
 直後、ブルームの目が上がった。
「ッ、ぅ‥‥――!」
 眉間に皺を刻み、灯華を睨み付ける碧眼に、彼女は再び符に念力を送り込む。
 目に見えない何かがブルームを襲っている。それも内側から身を裂こうとするような強烈な“何か”。
 彼女は急ぎこの場から離れようとした。しかしそれを背後に回り込んでいた亮が遮ると、ブルームの口から悲鳴が上がった。
「きゃあああああああ!」
 叫ぶと同時に、背後に居た亮が地面に叩きつけられる。
 彼女は全身を掻き毟り、腕を大きく傷つけると、震えながら前を見据えた。
「っ‥‥、何なの、何なのよ、何なのアンタ達はぁ!!!!」
 彼女は苛立たしげに目の前の人間を見て奇声を上げる。
 ここに意外な程に冷静な声が響いてきた。
「弓弦童子に利用されてるだけじゃねーの?」
 不意にブルームの顔が上がる。
「今‥‥誰が、何て言ったの‥‥?」
「力をつけた後食うつもりとか。案外兄貴のヘルはもう弓弦童子に――」
「お黙りッ!!」
 凄まじい勢いで琥珀の肩をブルームの茨が貫いた。
「っ‥‥急所、外してるぞ?」
 痛い筈。苦しい筈。辛い筈なのに。なのに――
「うああああああ!!!」
 ブルームは何かが弾けた様に叫ぶと、琥珀から茨を抜き取り、自分の首に、腕に、足に、全身に巻き付けた。
「許さない、許さないッ! お前等みたいな下等な生き物がお兄様を愚弄するなんて、絶対に、絶対に許さないぃぃィィィ!!!」
 奇声と共に彼女の指が自身を切裂く。
 その瞬間、想像を絶する事が起きた。
 彼女が切ったその場所から、禍々しい程の瘴気を噴き出したのだ。
 逃げる間などない。
 一瞬にして辺りを瘴気が覆い、人間が生きれない空間が出来上がる。
「コイツ‥‥相当、性質悪いわね」
 ぼやくが、陰陽師である灯華ですら、この量の瘴気は気持ち悪い。となれば、他の仲間はそれ以上の苦痛を強いられている筈。
「雪巳さん、大丈夫か‥‥?」
「くっ‥‥、ッ‥‥」
 巫女である雪巳は、苦痛に表情を歪めてその場に崩れ落ちる。緋那岐はそんな彼に手を差し伸べると、現状を見回した。
「はあ、はあ、はあ‥‥許さない‥‥許さ、な‥‥い‥‥」
 ブルームはこれを期にと一歩を踏み出す。その時、彼女の耳に何かが届いた。
「‥‥楼港‥‥失敗、したの?」
 呆然とブルームの目が人間を見回す。
 あと少しで兄を愚弄した人間を八つ裂きに出来る筈だった。だが、策の1つが失敗したと言うではないか。
「っ、‥‥お兄様ッ!」
 ブルームは堪らず奥歯を噛み締めると、その場から姿を消した。
 後に残されたのは手負いの開拓者のみ。
 彼らはブルームの退却と同時に姿を消してゆくアヤカシを視界に納め、その場に膝を折った。