【武炎】生まれるナニか
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/28 21:44



■オープニング本文

●蟲の置き土産
 守将鍋島何某は、やれやれといった様子で床机に腰を下した。
「ふむ。まず第一波は撃退、といったところかな」
 部下が桶に水を汲んで現れ、差し出す。
「しかし、平野部での激突もはじまったとお聞きしました」
「うむ‥‥そちら次第だ、まだ警戒を緩めるなよ」
 柄杓で水を煽り、守将は口元を拭った。
「南郷砦が陥落したとの報もあった。アヤカシどもめ、本腰を入れて攻勢に出ているのかもしれん」
 やがて、彼は櫓に登って連なる山々を見回した。
 偵察も必要だが、何より――余裕のあるうちに、はぐれアヤカシだけでも始末しておくべきかもしれない。頭の中で頷き、彼は新たな指示を飛ばした。

 森の中、アヤカシが草木を揺らす。
 木々の付け根には、白く丸い物体が多勢並んでいたり、繭に覆われた物体が張り付いていたりする。じわりと空気が重くなった。周囲に暗き気配が漂いはじめる。
 やがて、その一角を食い破って現れた蟲は、がちがちと歯を噛み鳴らして鳴いた。
 アヤカシの卵――瘴気から生ずる筈のアヤカシの卵。面妖である。何故かは解らない。どのような妖術を用いたのかも。しかし眼前に突きつけられた事実は覆しようも無い。
 ひときわ大きなどす黒い卵が、どんと脈動した。

●思わぬモノ
 森の中、天元・征四郎(iz0001)は数名の開拓者たちと共に、発見されたアヤカシの卵を探し歩いていた。
「‥‥厄介な」
 そう呟き、耳にした情報を思い出す。
 森の中で発見された蟲の卵――其れは1つではない。
 どうやら蟲は複数の卵を残して行ったようだ。
 征四郎の役目は、出来るだけ多くその卵を発見し、アヤカシになる前に駆除する事。
 彼は1つ息を吐くと、足を止めて同行者を振り返った。
「範囲が広すぎる‥‥手分けをしよう」
 言って目を向けた時だ。
 彼の視線が後方を捉えて止まった。
 それに気付いた他の者達も視線を飛ばす。
 後方――森の中にいたのは、長身に長髪の男。
 彼は開拓者たちの存在に気付くと、金色に輝く瞳を向けた。
 その瞬間、男の目も僅かに見開かれたようだった。
「‥‥お前は」
 零された声に征四郎の眉が寄った。
 その様子に、男性の口から息が漏れる。
「相変わらず、か」
「!」
 弾かれるように上がった目に、男性は冷めた視線を注ぐ。
 そうして歩き出す姿に、征四郎の口が動いた。
 だが、言葉が出てこない。
「言の葉が苦手なのも相変わらず、か‥‥」
 男性は口の中でそう呟くと、目に見える形で溜息を零し、そして振り返った。
 その目は征四郎ではなく、彼の周囲にいる開拓者たちに向かっている。
「君たちは蟲の卵を探しに来たのですね」
 この問いに誰ともなく頷きを返す。
「この先に複数の濃い瘴気を感じたとの情報が入りました。場所が広範囲の為、よろしければお手をお貸し頂けませんか?」
 この申し出は願ったり叶ったりだった。
 当てもなく森の中を探し続けるには限界がある。
 しかし調べる場所が絞られればそれだけで調査はグッと楽になるのだ。
「僕たちは此方――城の左側を担当しましょう。君たちはその逆、右側をお願いします」
 彼はそう言うと、改めて征四郎を見た。
 征四郎の顔に、先程のような目に見えた表情の変化はない。
「‥‥」
「恭さん。そろそろ行かないと‥‥」
「ああ、そうですね‥‥申し訳ない」
 恭さんと呼ばれた人物は、同行者に謝罪を向けると、開拓者たちに向き直った。
「時間がありませんので行動を開始しましょう。僕は天元・恭一郎(てんげん・きょういちろう)と言います。僕の身の上は征四郎に聞いて頂ければ保証できるかと‥‥なんにせよ、右側の捜索、よろしくお願いします」
 そう言うと、彼は頭を下げて仲間と共に森へと入って行った。
 その姿を見送り、征四郎の眉が寄る。
「――‥‥」
 結局、征四郎は終始何も話さなかった。
 じっと恭一郎が消えた方を見、そして吐き出す息と共に踵を返す。
「‥‥行こう。卵が孵化する前に発見する」
 そう口にすると、彼もまた森の中に足を進めた。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

 開拓者たちは、瘴気の漂う森の中を警戒しながら進んでいた。
「やっかいなもの残すものね」
 そう呟くのは霧崎 灯華(ia1054)だ。
 彼女からすれば周辺に卵がいるなら、一網打尽に出来そうな術で一気に片付けてしまいたいところ。
 しかし――
「耐性のある卵を撃ち漏らすのもヤバいし、調査も兼ねてるみたいだから、次々に羽化して危機的状況になるまでは我慢かしらね」
 面倒だわ。そう呟き、彼女の目が動く。
 そしてその目が前方を歩く人物――天元 征四郎で止まった。
「ま、こういう調査は嫌いじゃないから、面白い発見出来るように頑張るわ」
 そう言いながら見る征四郎は、天元・恭一郎と名乗った人物と会って以降、表情にこそ出さないが様子がおかしい。
 尾鷲 アスマ(ia0892)は、「ふむ」と思案気に目を細め征四郎を観察する。
 シノビでもなければ、顔や気配に変化はある筈。そして征四郎は表情にはないものの、気配に変化を覗かせていた。
「‥‥てんてんと征、どちらが好ましい?」
 肩を叩き問う声に征四郎の目が動く。
 いきなり何を言うのかと、目を瞬く様子にふと口角が上がった。
「2人同時に振り返られるのも難だろう。ああ‥‥どちらもは、無しだ」
 2人――そう言われて思い当たるのは恭一郎の事だ。
 征四郎は若干眉間に皺を寄せると、ふいっとアスマから視線を外した。
「‥‥適当に」
「ふむ‥‥そう来たか」
 呟き、表情にも変化を覗かせた相手に緩やかに目を瞬く。
 考えるのが面倒なのか、それとも‥‥と言ったところだろう。
「あの2人って何かあったのかしらね」
 今の遣り取りを見ていた灯華は、そう問いかけると小さく首を傾げた。
 その様子にアスマも軽く肩を竦める。
「恭一郎に関しては、以前の仕事ぶりから任せて大丈夫だと思うぞ」
「何、あんた知り合いなの?」
 視線を向けた先に居たのはキース・グレイン(ia1248)だ。
 彼女は、以前共に仕事をした時の事や、その時の恭一郎の様子などを皆に聞かせた。
「――と言う訳で、あっちは問題ないはずだ」
 それよりも――と、彼女が目を向けたのは征四郎だ。
「‥‥仲、悪かったんだな」
 話したくないのなら無理に聞き出す事はしない。それでも気になる反応だったのは確かだ。
「ちょっと、心配です‥‥」
 皆の話を聞き、水月(ia2566)は幼い瞳を悲しげに歪ませて呟いた。
 恭一郎と会った時の征四郎の様子は冷静とは言い難い。本当なら声を掛けたいところなのだが‥‥
「何を、言ったら良いのか‥‥」
 きゅっと両の手を握り締め、思案するように留まった。
 声を掛けるにも今何かを言ったところで変わらない気がする。それなら、今は為すべき事を優先すべきだ。
「気分を切り替えて‥‥卵を見つけて駆除するのを優先、ですね」
 そう、今ここにいる理由、それは「蟲アヤカシの卵」を探し排除するというものだ。
「虫も増える季節‥‥これがナツってヤツかねえ」
 アルバルク(ib6635)は、一見のんびりした口調で言い放つと、遠視の術を使用して先を見据えた。
 彼とて征四郎の事が気にならない訳ではない。だが、仕事に支障が出ないのであれば問題ない。
 それは恭一郎に対しても同じだ。
「仕事が楽に進むなら、それに越したことはない‥‥ってな」
 仕事の量が半分に減ったのは事実。
 それを素直に感謝し、仕事に専念する辺り、他の者よりも経験や年を重ねているだけのことはある。
「そうですね。こう云った森の中ですと、目の多さが頼りですし、そうしたモノが増えるのは好ましい事です」
 志藤 久遠(ia0597)はそう言うと、僅かに表情を歪ませた。
 それは目が増えた事、仕事が楽に進むことを喜ぶものではない。
「如何した?」
「いえ‥‥アヤカシに常識が通じぬことなど、もはや覚悟していたつもりでしたが‥‥」
 アヤカシは通常卵を産む事はない。
 瘴気から生まれ、死ぬときは瘴気に還る存在。
 それが卵を残したと言うのは、不自然で気味が悪い。
「常識が通じぬ存在が残した『卵』という生き物らしさがより一層不気味で」
「まあなぁ‥‥取り敢えず、ただ増えてるだけ、って単純な話なら良いさ」
 この近辺で目撃されるアヤカシと同じ種類のアヤカシが出て来るならまだ良い――アルバルクはそう言うと肩を竦めた。
「瘴気を掻き集めた卵の中身が、親とは別の個体へ変化、進化‥‥なーんて事が起きたら面倒だ」
「そうですね。それに敵である以上、滅するのみ」
「まったく同感ね。厄介だけど、全部ぶっ壊せばいいのよ」
 アルバルクと久遠。その2人に割って入った灯華は、いっそ潔い程素直にそう言うと、ニコッと笑って見せた。
「そうと決まればコレだな」
 キースは事前に貰い受けていた花ノ山場周辺の地図を皆に手渡した。
 それには既に恭一郎と手分けをして探す部分が記されている。
「闇雲に探すよりは良いだろ」
 それじゃあ開始するか。
 そう言った彼女の言葉に頷き、彼らは蟲の置き土産を探す為動き始めた。


 キースは皆に配布した地図から視線を上げると、傍で意識を集中している水月を見た。
「どうだ?」
「わかり辛いですが‥‥瘴気は感じます」
 辺りは瘴気の気配がゴロゴロしている。
 それら全てに反応する瘴策結界「念」は万能とは言い難い。
 それでも瘴気の場所を指摘できるのは心強いものだ。
「これで消費が激しくなければ良いのですが‥‥大丈夫ですか?」
「あ、はい」
 久遠の声に水月が頷く。
 彼女は瘴策結界を使う傍らで瘴気回収を使用していた。
 故に、これだけ瘴気のある場所では、瘴気回収が出来る彼女に地の利がある。
「少し、歩いてみましょう」
「待って」
 不意に灯華が声を掛けた。
 彼女は思案気に視線を落として呟く。
「地味に調べるのは仕方ないとして、それなら田植え方式が一番無難かしら?」
「田植え方式、ですか?」
「そう、田植え方式。横一列に並んで進んで行って、両端の人が進んだ道が分かる様に紐か何かを樹に結ぶのよ」
 どう? そう首を傾げる灯華に、異論を唱える者は誰もいなかった。
 結果、横一列になって森を進む事になったのだが――
「‥‥そこに瘴気の気配が、します」
 瘴策結界を使用した水月が、進み始めて僅かの所で声を掛けた。
 これにアルバルクが瞳を眇めて彼女が示した先を見る。
 出来るだけ多くを、そして先を見ようとするのだが、如何にも障害物が多い。
「木々が邪魔して見えねえな‥‥ちょっくら動いてみるか」
 言って、見据えきれなかった先を見ようと動く。
 そうして茂みを覗き込んだのだが、如何にも卵らしきものは見えない。
「んー‥‥嬢ちゃんが言う辺りは卵もアヤカシもないみたいだな」
「そんな‥‥でも、瘴気の気配が――あ、また濃くなってます」
 勘違いではなく、確実に瘴気の気配がする。
 そう訴える彼女に、アスマは微かに目を瞬くと前に出た。
 彼が見据えるのは、樹の上方だ。
 樹のウロ、影、茂み、樹の高所に土の中。虫が潜みそうな場所は大体だが想像がつく。
「ふ、む?」
 樹の天辺から下へ、徐々に落ちる視線。
 それが樹の影、それも土の近くに来た所で彼の足が動いた。
「あったぞ」
 アスマが捉えたのは、どす黒く瘴気を招く卵だ。
 彼は透かさず細身の刃を抜き取ると、一気にそれを振り下ろした。
 その瞬間、瘴気の霧が舞い上がる。
 そして目の前にあった卵がそれらと共に消え去ると、アスマの口から小さな唸り声が漏れた。
「瘴気の塊なのか? いや、明確なものは今一つ、と言ったところか‥‥」
 そう口にしてキースを振り返る。
 彼女は発見した卵の位置、そしてその形状や色など、事細かに地図に記していた。
 アスマもそれを手伝い他の地図に記してゆくのだが、この間にも水月は索敵を続けている。
 そして久遠もまた、自らの目を活用して索敵を行っていた。
「瘴策結界では探れない部分‥‥となれば、大地の痕跡、そう思いましたが‥‥」
 呟き、彼女は大地に目を向けていた。
 卵があると言う事は、それを生んだ親アヤカシが要る筈。そしてそれが蟲アヤカシだと言うのなら、這いずって痕を付けている筈だ。
「そう簡単には見つかりませんか‥‥ん?」
 ふと青の瞳が何かを捉えて止まった。
 数度目を瞬き、そして見つけた物に歩み寄る。
「これは‥‥」
 彼女が見つけたのは、這いずった跡ではなく、足跡のような物だった。
 細かく点のように線を繋ぐそれは、何度も同じ場所を行ったり来たりした後、何処かへ向かっているようだ。
「少し、よろしいでしょうか?」
「ああ、明らかに不審だもんな。言ってみよう」
 久遠の声にキースが頷き、彼女たちは大地に残る痕跡を追っておくに進んだ。
 結果――
「ここにもあったか」
 アスマが呟き、久遠が躊躇いもなく卵に槍を突き入れる。
 本来ならば、中身が出てくる危険性もある。
 しかしそのことで躊躇し、アヤカシが孵化するのを助けるのも良くない。
 久遠は瘴気に還る卵を視界に、ホッと息を吐いた。
 その上で、得た情報を自分なりに解析してみる。
「卵から孵るのは、昆虫寄りの虫と言う事でしょうか?」
 蟲の置き土産だと言う事は分かっている。
 しかしそれがどのようなアヤカシであるかは明言されていなかった。
 だが今回見つけた足跡が、敵が芋虫や地面を這って動くモノではないと言っている。
 そしてこの情報はキースやアスマが確りと地図に記してゆく。
「‥‥こうして見ると、一過性が無いな」
 キースが見つめる地図の上に乗せられた文字。それらは何の脈略もなく広がっているように見える。
 寧ろ、計画など伺えない乱雑なものだ。
「生み付けたのは人の知らぬ習性‥‥でなく、敵の頭殿の入れ知恵なら増して面倒そうだ」
「その可能性はなくないだろうな」
 キースはそう言って頷くと、歩き出すために地図を閉じた。
 アヤカシは瘴気を好む。
 そしてその瘴気を濃くし、アヤカシの好む森を作る――若しくは、純粋に戦力増を狙っているのか。
 その辺の判断は未だつかない。
「‥‥いずれにせよ、潰さねばな」
 どのような目的であれ、卵を放置しておくのは危険だ。
 アスマのこの声にキースは、己の拳を握り締めて眉を潜める。
 卵とはいずれ孵化する。
 そうなれば、この森にアヤカシが溢れ返る事になるのだ。
 それだけは避けたい。
「他に瘴気の濃い場所はないか?」
「瘴気の気配はするのですが‥‥」
 キースの声に、水月は必死に瘴気の気配を探った。
 森の奥に入れば入る程、其処彼処から瘴気の気配が伝わってくる。それは結界を張る彼女を混乱させるには充分だった。
 瘴気の気配に戸惑う水月に、キースの目が動く。
「仕方ない。ここは一旦置いておいて、次に行こう」
 そう、口にした時だ。
「ねえ、孵化した時の感じとか調べたくない?」
 この声に皆の足が止まった。
「瘴気の多い戦場でポコポコ卵産んで次々孵化されたんじゃ困るから、念入りに調べるべきだわ」
 違う? そう問いかける彼女に「確かに」との声が返ってくる。
 しかしその為には卵を探さなければならない。
「あの‥‥もう一度、やってみます」
 水月はそう言うと、再び瘴策結界を試みた。
 意識を集中し、出来るだけ多くの情報を集める。
 そうして彼女の瞳がある一角で止まった。
「アルバルクさんの先‥‥その木の向こうから、より濃い瘴気を感じます」
 この声にアルバルクが瞳を動く。
 瞳孔を広げて見据えた先は、当然の如く森が広がっている。
 だがそれ以外にも見えた物があった。
 森の一角を担う茂み、そこに集まり始める濃い瘴気が彼の目に映ったのだ。
「確かに、怪しいな」
 そう言うと、アルバルクは森の中を進み、気になる茂みに曲刀を突き入れた。
 これに彼の眉が寄る。
「ヤな感触だな‥‥」
 舌打ちと共に引き抜いた刃。
 それに付着した僅かな瘴気に皆が警戒の色を深める。
「面白くなってきたわね」
 灯華はそうニヤリと笑むと、血が付着したように紅い刃を翻し、戦闘態勢を取った。


 茂みの向こうにあったのは、今までとは違う光景だった。
 黒く背筋を震わすような瘴気と、それを集めて吸収してゆく卵。
 そして孵化したばかりと思われるアヤカシが数体、その場にいた。
「こいつはすげぇ」
 アルバルクはそう呟きながら戦況を見据えた。
 彼らの前に居るのは、先に見つけた足跡を示すような蜂に似たヤカシや、甲虫のように固い甲殻を持つアヤカシだ。
 その他にも、今にも孵化しそうな卵もある。
「割れて中身が出る事を気にする以前に、既に孵化したアヤカシも居ましたか」
 久遠はそう呟き、身の丈の倍はあろうかと言う槍を構えた。
 これにアヤカシの一体が突進してくる。
 しかし、彼女は慌てた様子も無く足を踏み出すと、風を切る勢いで槍を薙いだ。
 ガキッと嫌な音が響き、アヤカシが崩れ落ちる。
 だが彼女の薙いだ槍の勢いは衰えない。そのままの勢いで軌道上にある卵を叩き割ると、新たな敵に向き直った。
「次!」
 巨大な槍の動きに振り回される事なく前戦で敵を捌く姿は圧巻だ。
 そして同じ位置で彼女の動きを補佐するよう、アスマは敵の動きを注視して刀を振るっていた。
「援軍を呼ばせないこと‥‥これが、第一だ」
 敵の壁、それは他の味方が阻止してくれる筈。
 そしてその期待は、アルバルクの的確な戦闘指示が持たせた物でもある。
 アスマは素早い動きで甲虫の目を貫くと、一気にそれを地に伏せた。
 そして戦闘を繰り広げる前衛の傍で、水月は邪魔にならないようにと樹の陰に隠れていた。
 しかしただ隠れている訳ではない。
 瘴策結界を使用し、瘴気を集める卵を吸収できないかと試していたのだ。
 しかし――
「‥‥出来ない?」
 力足らずか、それとも元々出来ないのか。
 水月には卵を吸収する事は出来なかった。
 代わりに、彼女の存在に気付いたアヤカシが襲い掛かってくる。
「危ない!」
 キースは急ぎ水月とアヤカシの間に入ると、敵の攻撃を受け止めた。
 その上で敵の懐へと足を踏み出す。
 そして大きな一歩が大地を踏み締めると、彼女の拳がアヤカシの胴を貫いた。
「大丈夫か?」
「あ、はい‥‥あ‥‥」
 そう言って頷いた瞬間、彼女の目がキースの後方に飛んだ。
 それに気付いたアルバルクが遠視術で遠方を捉える。
「敵さん発見だ。こっちで仕留めて問題ないか?」
 言うが早いか、彼は持っている短銃でアヤカシを討ち落とすとニッと口角を上げたのだった。


「結局、大した情報は手に入んなかったわね」
 灯華はそう呟き、恭一郎に情報を提供する仲間を見た。
 その上でふと征四郎に目が行く。
「ねえ。あっちはあの通り話してくれなさそうだし、もしよかったら世間話って事で教えてくれないかしら?」
 彼女の言う「あっち」とは恭一郎の事だ。
 征四郎は若干眉を潜めると、視線を落とした。
 その上で口を開く。
「‥‥恭一郎は‥‥兄上だ」
 征四郎は短くそう返すと、それ以上の言葉を噤んでしまった。