ひゅ〜どろどろどろ〜♪
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 31人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/24 07:35



■オープニング本文

 甚平姿に団扇を持ち、縁側に腰を下ろすのは志摩 軍事(iz0129)だ。
 彼は両足を水で満たした桶に突っ込んで涼をとっている。その隣には、縁側に寝転んでだらしのない格好で同じく涼をとる陶・義貞(iz0159)がいた。
「あ゛〜‥‥今年は特に暑ぃ‥‥」
「おっちゃーん‥‥俺、融けるぅ‥‥」
「いや、融けねぇ」
「酷ぇッ!!!」
 義貞の主張を面倒そうに一掃した彼に、義貞は飛び起きると団扇を取り上げた。
「あ、てめぇ、何しやがるっ!」
「おっちゃんの態度が悪いんだろ! 俺、マジに暑いんだからな!」
「阿保か! 暑いのはてめぇだけじゃねえ!!」
 ガンッと凄まじい勢いで義貞の頭に拳が落とされる。
 そうして団扇を取り返すと、彼は自らを扇ぎながら瓦版に目を落した。
 その横では、義貞が「あ〜つ〜い〜」を連呼しているがそれらは総無視だ。
「なんだか物騒なことになってやがんな。またひと騒動あるかも知んねえか‥‥ん?」
 昨今、神楽の都を中心に騒動が起きている。
 開拓者ギルドへの依頼も増え、開拓者たちは忙しく動いている所だ。
 志摩や義貞も例に漏れず忙しいには忙しいのだが、こうも暑くては色々やる気が起きない。
 そんな時目に飛び込んできた記事に、志摩の目が細められる。
 そして――
「義貞ぁ‥‥良い納涼の方法があるぜぇ」
 ニヤリと笑ったおっさんに、義貞の米神が揺れる。
 なんだか嫌な予感しかしない。
「‥‥おっちゃん、俺、その方法ヤ――あだだだだだ!」
 ヤダと言おうとした瞬間、首を掴まれた――というか、腕で抑え込まれた。
 暑い上に強い力で引き込まれた義貞としては、かなり嫌な状況だ。
 一生懸命に足掻くのだが、まだ志摩の方が何倍も力が強い。結局、諦めて力を抜くのだが、その目に飛び込んできた文字に彼の顔がさあっと青くなった。
「や、ヤダ! それ、絶対にイヤだ!!!」
「とびっきり涼しくなれる良い行事じゃねえか。いやぁ、楽しみだな、おい♪」
 嫌がる義貞を楽しそうにしている志摩が発見した記事はこうだ。

――神楽の都、大納涼祭。
 真夜中の裏山を使って大規模な肝試しを行います。
 参加者は広く募っておりますので、どなたさまもお友達をお誘いの上ご参加ください。
 尚、脅かし役も募集しておりますので、陰陽師やそうしたことが得意な皆様のご参加もお待ちしております♪

 なんとも生き生きとした募集文だ。
「後でギルドに行って参加手続きしてくるか。勿論、義貞も参加するんだぞ。良いな?」
「や、ヤダって! 俺、絶対に――ひっ!」
 間近に迫った鋭い眼光に、義貞が息を呑む。
「参加、するよな?」
 有無を言わさぬ威圧感に、義貞は無意識に頷いた。
 それを見て志摩がニッコリ笑って顔を放す。
「いやぁ、楽しみだな! 折角だし、俺も知り合いを募ってみるかぁ!!」
 何がそんなに楽しいのだろう。
 義貞はそんな思いで志摩を見つつ、肝試し大会当日の事を思いゲンナリ項垂れるのであった。


■参加者一覧
/ 小伝良 虎太郎(ia0375) / 柚乃(ia0638) / 白拍子青楼(ia0730) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / ペケ(ia5365) / 深凪 悠里(ia5376) / からす(ia6525) / 神咲 六花(ia8361) / 和奏(ia8807) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 不破 颯(ib0495) / 燕 一華(ib0718) / 百地 佐大夫(ib0796) / 紫焔 鹿之助(ib0888) / 朱華(ib1944) / 白藤(ib2527) / 蓮 神音(ib2662) / 華表(ib3045) / 東鬼 護刃(ib3264) / 水野 清華(ib3296) / リリア・ローラント(ib3628) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 緋姫(ib4327) / 神支那 灰桜(ib5226) / 鏡華(ib5733) / アムルタート(ib6632) / 爺さん(ib7162


■リプレイ本文

 草木も眠る丑三つ時‥‥とまではいかないが、ある程度暗くなった神楽の都にある裏山。
 そこに集まった大納涼祭の参加者たちは、肝試しの開始を待っていた。
「こ、これも修行だし‥‥!」
 小伝良 虎太郎(ia0375)自分に言い聞かせるように呟く。
 その頭の中にあるのは「オバケ嫌いを克服したい」と言う思いだ。
「おいらなら出来る、出来る‥‥」
 呟き上げた顔。そこに飛び込んで来たのは隅で三角座りをする青年だ。
「あれって‥‥」
「あ‥‥征四郎クン。久しぶりだね、元気にしてた?」
 虎太郎よりも先にその人――天元征四郎に声を掛けたのは柚乃(ia0638)だ。
 彼女は再会を素直に喜びながら顔を覗き込む。
 そこに虎太郎も合流してきた。
「征四郎、久し振り!」
「‥‥久しぶり、だ」
 2人にぼーっとした様子で言葉を返した征四郎だったが、対する虎太郎は元気満々だ。
「征四郎はこういうの平気そうだねー」
「うん。征四郎クンはオバケとかいても平然としてそう」
 普段の様子からの想像なのだろう。
 そう言うと、虎太郎は柚乃の隣にしゃがんで首を傾げた。
「出来れば一緒に行きたいけど、人気者だから難しいかな?」
 どうかな?
 そう首を反対に傾げた彼の頭に、大きな手が触れた。
「お前さんら何してんだ?」
「あ、志摩さんも。久しぶりだね」
 ニコニコと声を掛けた柚乃に手をあげる志摩 軍事(iz0129)。彼は征四郎に目を向けると、ふむと顎を摩った。
「まだ起きてねえのか」
「起きて‥‥征四郎寝てるの?」
「いや、半分寝て半分起きてるんじゃねえか?」
 志摩の説明によると、寝ている所を無理矢理引っ張って来たらしい。そのせいか、まだ夢現とか。
「役に立たんかもしれんが、連れてくのは自由だ。頑張れよ」
 ポンッと虎太郎の頭を撫で、志摩はその場を去って行った。
 その姿を見送り、虎太郎が征四郎の腕を掴む。
「大丈夫だ。おいらには征四郎がついてるしっ!」
 そう言った彼に、征四郎は目を瞬く。
 反応は鈍いが、取り敢えず何処かに連れて行かれるらしいことだけは把握したようで、緩い頷きが返された。

 礼野 真夢紀(ia1144)はその頃、志摩を相手に肝試しの順番交渉に入っていた。
「本当に一番で良いのか?」
「はい。カキ氷お代りの準備がしたいので、最初に帰って来られる順番が良いです」
「てーと‥‥やっぱ一番に出発だよな‥‥」
 幾ら開拓者で巫女とはいえ真夢紀は女の子だ。
 1人で山道を行かせるわけにもいかない。
「昼は暑いですけど夜は涼しいですし。アヤカシがいなければ大丈夫です」
「そうは言うがな‥‥」
 志摩の考えを読み取ってか、そう言う彼女に苦笑が漏れる。
 そんな彼の目に別の参加者が見えた。
「さて、どんな手段で来るのか‥‥」
「お前さん、1人で回るのか?」
「ん? そうだが‥‥」
 そう答えるの琥龍 蒼羅(ib0214)だ。
「よし、1人なら問題ねえな。悪いんだが、この嬢ちゃんと一緒に行ってくれるか?」
 何が何やら。
 だが断る理由もない。
「まあ、良いか‥‥友人も来ているが、驚かす側だろうしな」
 蒼羅はそう言って頷くと、真夢紀との同行を了承した。
 そしてその傍で肝試しの流れを確認していた和奏(ia8807)は、進行表らしき物を見て呟く。
「夏の風物詩だとうかがいましたし、愉しみです」
 そう口にする彼、実は肝試しは初体験だ。
 開拓者になるまで家から出して貰えない生活だった為か、こうした行事に縁がなかった。
「お山の上の神社に行ってお守りを貰ってくれば良いのですね」
 そうして1人で行く気になっていると、蒼羅が近付いて来た。
「1人なら一緒に行くか?」
 慣れない様子に気付いたのだろう。
 一緒に行くのなら2人も3人も一緒だ。
 そう声を掛けた彼に、和奏は僅かに思案し、頷きを返した。

 一方、休憩処【色邑亭】に集う面々は、肝試に思い思いの反応を示していた。
「肝試しなぁ‥‥楽しめそうだよな‥‥色々と」
 そう口にするのは神支那 灰桜(ib5226)だ。
 彼は煙管を口にすると、緋姫(ib4327)に目を寄越す。
「大丈夫よ。お化けなんて、こ、怖くないわっ‥‥!」
 密かに握られた拳を見て、知らず口角が上がる。
 そこに別の声が響いてきた。
「常磐‥‥一緒に行こう?」
 そう声を掛けるのは白藤(ib2527)だ。
 彼女は常磐(ib3792)の顔を覗き込むと、祈るような気持ちで返事を待った。
 だが‥‥
「は? ‥‥無理だ。――俺は寿々と一緒に行く。朱華と行け」
「えぇ!?」
 あっさり却下された言葉に、盛大な声が上がる。
 そうして彼女が見たのは朱華(ib1944)だ。
「―─じゃあ仕方ないけど‥‥朱華とか‥‥」
 はあ、と溜息を零す。
 その様子に朱華は呆れたように息を零すと、腕を組んだ。
「いつも似たようなのと、戦ってるだろうが」
 そう口にして再び息を吐く。
「面倒だな‥‥」
 言って、煩い面々を置いて行こうとしたのだが、1人と言うのは夢だったようだ。
「‥‥やっぱりついて来たか」
 駆けてくる白藤の気配。それを受けながら、息を吐くと、朱華は普段と変わらぬ速度で歩いて行った。
 そしてその姿をぷるぷる震えて見送るのは、狐の耳と尾を盛大に下げた少年だ。
「こ、これも修行‥‥! お化け殿なんて、怖くないでございまする〜!」
 頭を抱えて声を絞り出すのは寿々丸(ib3788)だ。
「寿々‥‥本当に大丈夫なのか? 態々怖い思いしなくても‥‥」
 どうみてもお化けは苦手。そんな彼に心配が募る。
「だだだ大丈夫でございまするっ! 寿々とて、立派な男ですぞっ」
 そうは言うが、このままでは山に入るのも無理だろう。
 常磐は少し考えた後、彼に右手を差し出した。
「結構距離あるみたいだ‥‥─―手、繋いで行くか?」
 この声に、寿々丸は目尻に涙を浮かべて頷き、手を握り返した。

 肝試しの進行は順調。
 徐々に山の中に消える面々を見ながら、キース・グレイン(ia1248)は着物の襟を揺らした。
「何と言うか、こう、ただひたすらに暑いよな‥‥つい、涼しさを優先した格好で来てしまったが」
 夜とはいえ今は夏、暑いものは暑いのだ。
 しかし――
「夏の山と言えば、絶対いるよな‥‥蚊」
 暑さよりも何よりも、蚊に気を付けなければ。
 そう意気込む彼女の耳に、楽しげな声が聞こえてきた。
「キーちゃん、キーちゃん」
 暑さを倍増させるように纏わりついてきたアルマ・ムリフェイン(ib3629)にキースの眉が上がる。
「ね、ね。もしかしてお菓子なんて持って‥‥ない?」
 目を輝かせる彼に視線を泳がせて取り出したのは飴玉だ。
 彼女はアルマの口にそれを放ると、やれやれと息を吐いた。
「なんというか‥‥間違えられそうな格好だな」
「んん?」
 飴玉を口中で転がすアルマの服装は、お面に狩衣という若干お化け向きの物だ。
「そういえば、驚かし合いっこ、だっけ?」
「いや、肝試し」
 楽しそうにくすくす笑う彼に、速攻の訂正が入る。
「まあ、幽霊なんて‥‥いるならいるし、いないならいないんじゃないのか? アヤカシが大丈夫なら、どうということはないと思うんだが‥‥」
 ぼやくように口にしたキースに、アルマは飴玉を転がしたまま目を瞬き、首を傾げた。

 神咲 六花(ia8361)は肝試しの順番を待ちながら、ふと隣を見た。
「悪魔の事を考えると心が重くなるけど‥‥」
 そう呟く彼の目には妹の石動 神音(ib2662)が在る。
「怖くない、怖くない」
 神音は両手を握りしめて何かを呟いている。その姿に思わず笑みが零れた。
「そうだな‥‥神音と来ているこんな時はすべて忘れて、憂いを拭い去りたいな」
 彼はそう決意し、神音の顔を覗き込んだ。
「怖い?」
「こ、怖くないよー」
 むぅっと頬を膨らませる彼女。
 そうして差し出された手に目を瞬く。
「く、暗くて迷子になったら困るから神音が手を繋いであげるよ」
「神音は可愛いなぁ」
 六花には彼女の強がりはお見通しだ。
 神音の頭を撫でると、六花は微笑んで差し出された手を取った。
 そして、その様子を微笑ましげに見ていたペケ(ia5365)の耳に、騒がしい声が響く。
「いーやーだー!」
 木にしがみ付いて駄々を捏ねるのは陶義貞だ。
「陶さん、大丈夫でしょうかー?」
 大丈夫でなくても保護者があれでは強制的に参加させられそうだ。
「ったく、いい加減観念しろ!」
 志摩はそう言うと義貞を木から引っぺがした。
「まったく情けないものじゃな‥‥しかし、あれはからかい甲斐――いや、恐怖克服の甲斐がありそうじゃな」
 東鬼 護刃(ib3264)はそう言って口角を上げる。
「義貞、恐怖を克服する手助けをしてやろうぞ」
「へ?」
 誰だろう。そんな勢いで振り返った彼に、護刃がニンマリ笑う。
「か弱い乙女を確と護衛してくれな?」
「え、誰がか弱――あだァッ!」
 ガンッと後を強打した痛みに思わず蹲る――と、そこに新たな足音が響いた。
「義貞、お久しぶり」
 目を向けた先に立っていたのは涼やかな浴衣姿のリンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 彼女は女性らしい柔らかな動作で手を差し伸べると、小さく笑って見せた。
「肝試しなんて、アヤカシ退治の依頼とそう変わらないしね。一緒に回るからさ、凛々しく育ったところをお姉さんに見せておくれよ」
「これは頑張らねばならんのぉ」
 そう口にするのは護刃だ。
「男子たる者、女子のような声なんぞ出さんようにのー?」
 にまにまと笑う彼女に、義貞の顔が引き攣る。
 護刃とリンカ。
 この双方に両側を固められるようにして立たれた義貞は狼狽気味だ。

 そして盛り上がっているのは何も参加者だけではない。
 お化け役を買って出たこの人、アムルタート(ib6632)も元気に登場だ。
「やっほ〜い肝試し〜♪」
 やる気満々に、楽しげにやってきた彼女に同行するのは不破 颯(ib0495)だ。
「いや〜肝試しとは、久々に胸が高鳴るねぇ〜」
 ヘラリと笑って顎を摩る。
 ここに来る前、アムルタートは颯にこう声を掛けられた。
『肝試しは驚かすのが楽しんだぜぇ?』
 この言葉が切っ掛けで、彼女はお化けに志願したのだがはたしてどうなることか。
「頑張って驚かすよ!」
 そう言って拳を握る姿に、颯は「うんうん」と頷き、2人は互いの健闘を祈り裏山に入って行った。


 肝試しは粛々と実行されていた。
 白藤は朱華の腕を掴んで歩いている。
 その心の内は「朱華に置いて行かれないように」というものだ。
「うざい。暑い。歩きにくい」
「うざって‥‥しかも歩き難いとか酷いよ!? 怖いから仕方ないじゃない!」
 思わず反論するが、腕を放す気はないらしい。
 それに朱華が息を吐く。
「‥‥暑い」
 これは事実。それに騒ぐ声も煩いと感じる。
 だからこそ言ったのだが‥‥
「朱華の意地悪!」
 捨て台詞と共に渋々腕が離されたのだが、僅かな抵抗で着物が掴まれた。
 まあ、このくらいなら許容範囲だろう。
 そう思った時だ。

 ガサ、ガサガサガサ‥‥

「ぅひゃ!? 朱華っ、何か動いた!」
「煩い‥‥風だろ、風。じゃなかったら、幽霊」
「ゆ、ゆゆゆ、幽霊って‥‥うわあああ!!」
 何とも酷い物言いに反論しようとした白藤の悲鳴が上がった。
 これに朱華の目も動き――
「!」
 茂みの中に佇む老齢の男。
 表情無く木々の合間から此方を伺う爺さん(ib7162)に朱華も息を呑んだ。
「‥‥行くぞ」
 きっと脅かし役の誰かだ。
 そう判断して歩き出すが、白藤が付いてこない。
「ったく‥‥」
 朱華は盛大に息を吐くと、白藤の腕を引っ張って歩いて行った。
 そして幸か不幸か、今の悲鳴を耳にしてしまった寿々丸は、獣耳を立てて表情を強張らせていた。
「ととと常磐殿〜‥‥今、今の声‥‥ひぃっ、今、何か動かなかったでございませぬか〜?」
 ギュッと常磐の手を握り締める。
 そうして怯える寿々丸に、常磐はポンッと彼の頭を撫でた。
「─―大丈夫だ、気のせいだ」
 そう口にした時、寿々丸の首筋に何かが触れた。
「にゃ゛ー―!? 兄様ー―ッ!」
 盛大にあがった声に、常磐が反射的に符を構えると――
「うぎゃああああ!」
 茂みの向こうから叫び声が上がった。
 これに常磐がハッとなる。
「あ‥‥まずい‥‥逃げるぞ!」
 反射的に発動してしまった大龍符と呪縛符に何かが当たったらしい。
 このままだと怒られる。そう思って駆け出したのだが、予想外に何かが追ってきた。
「ちょっと〜、待って〜‥‥!」
 若干覇気のない様子がお化けっぽい。
「うぎゃー―、来ないでくだされ〜!」
 寿々丸は突然足を止めると、両の手を翳した。
 そこに出現した白い壁に何かがぶつかる。
 こうして2人は何とか逃げることに成功したのだが、壁に阻まれた人物は災難だ。
「‥‥呪縛符は危ないって、言おうとしただけなのに‥‥」
 山本善次郎はそう呟くと、その場に崩れ落ちた。
 そこに新たな足音が近付いて来る。
「やっぱり夜は雰囲気が‥‥」
 口にしてハッと隣を見るのは緋姫だ。
 彼女は楽しげな様子で此方を見る灰桜にムッと眉を寄せると、そっぽを向いてしまった。
「な、何でも無いわ。さっさと行くわよ!」
 少し距離を置いて歩きながら、歩く彼女はお化けが苦手だ。
 そしてそれを隠しているのだが、灰桜はその辺を心得ている。
「知ってるか。生温い風が吹くと‥‥出るんだとよ」
「な、何が、よ‥‥」
「おい、大丈夫か? 声震えてるぞ?」
 クツクツ笑って肩を竦めるのだが、ふとその笑いが止まった。
 その様子に緋姫の動きも止まる。
「―─本物が出そうな雰囲気だな」
「本物って――!!」
 突然揺れ出した草木に、緋姫が飛んだ。
「おい、平気じゃなかったのか? 何で隠れてんだ?」
「な、何よ! 盾よ、盾!」
 言って灰桜の背から前を見る。
 そこに飛び出てきたのは、真っ白なうさぎだ。
 それを見てホッと息を吐くと、手にしていた手裏剣を懐に仕舞った。
 これがお化けだったら投げようと考えていたらしいが、危険なので止めて下さい(By.山本)。
 とにかく、目的地はまだ先だ。
 緋姫は「うぅ」と眉を寄せると、チラリと灰桜を見た。その上で自分の手を見る。
「‥‥服なら掴んでも大丈夫かしら‥‥?」
 密かに呟き、ばれない様に手を伸ばす。
 そうして掴んだ服に、灰桜の目が向いた。
「最初っから繋ぎたいって言えよ」
 ニヤリと笑って服を掴んだ手を取って歩き出す彼に、何とも言えない表情の緋姫。
 そんな2人を遠目に眺め、ホッと安堵の息を零した山本であった。

 そしてここに、別の意味で緊張するのは紫焔 鹿之助(ib0888)だ。
「‥‥だ、大丈夫だよね、今日のは遊びだもん、本物のお化けなんて出るわけな、ないよね?」
 涙目で周囲を見回すのは水野 清華(ib3296)だ。
 彼女は自分を支える手を握り締めると、隣を見た。
 その視線に、鹿之助は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
 そうして口を出たのは擦れた声だ。
「最初の余裕はどこ行ったんでぇお前‥‥」
 頼られるのは嫌な気はしない。
 ただ困ったことに、女の子に触れられる事に慣れていないせいか、動きがぎこちない。
 それでもなんとか歩き進めていると、生暖かい風が吹いてきた。
「!」
「ちょ‥‥」
 ぎゅっと握りしめられる手に、鹿之助の眉が上がる。
 そして――
「キャー!? でたー!?」
「ギャー?!」
 茂みから飛び出した筋肉ダルマに驚く清華。そして彼女に抱き付かれた鹿之助が驚いて声を上げれば、2人は思わず顔を見合わせた。
「お、おま、お前、くっつきすぎ‥‥!」
「‥‥ち、違うもん、いきなりでたからびっくりしただけだもん‥‥」
 わたわたと離れる清華と対照的に、鹿之助は何かをぶつくさと呟きながら顔を逸らしている。
 その耳まで真っ赤な様子に清華が気付いていたかどうかは定かではないが、今の様子を目にした筋肉ダルマこと白馬王司は、満足そうに頷いて茂みの中に戻って行った。

 虎太郎は征四郎の腕をしっかり掴んだまま裏山を進んでいた。
 当の征四郎は暑さの感覚はあるようだが、まだ起きていないらしい。相変わらず視線はぼーっとした状態だ。
「怖くない、怖くない」
 虎太郎はそう呟き、警戒全開で進む。
 ある意味、アヤカシ退治の時以上に警戒しているのだが、それを見ていた柚乃は予め用意しておいた火の玉を揺らすと、スッと彼の前に差し出した。
 これに虎太郎の眉が上がる。
 そして、動きを止めた彼を見て、柚乃は小さく杖を揺らすと火種で火の玉に引火した。
「ぎゃああああ、真荒鷹陣ーっ!」
 両手を翳した虎太郎に威嚇される火の玉。
 そしてその反動で転げ落ちる征四郎。
「うーん‥‥もう少し?」
 柚乃は今の反応を見て首を傾げると、コソコソと動き出した。
 そして虎太郎の背に回り麩を構えると――
「汗って凍らせることできるのかな?」
 ピタッと添えた符に虎太郎は驚いた。
「ふぎゃあああ、骨・法・起・承‥‥」
「ふぇ、きゃあああああ!!」
 もう何が何やら。
 攻撃に移ろうとした彼に反射的に叫ぶ柚乃。
 そこに強烈な手刀が見舞った。
「煩い‥‥」
 征四郎だ。
 彼は手刀で大人しくなった虎太郎の首根っこを掴むと、彼を引きずって山を下りて行った。
 そしてその様子を見ていた柚乃の耳に新たな来訪者の足音が届く。
「か、隠れないと」
 そう呟き、慌てて木の陰に隠れた彼女を、新たな悲劇が襲った。
「これって‥‥」
 呆然と目を瞬く彼女が見るのは、全身に掛かった赤い塗料だ。
 誰かが忘れた物なのだろうか。
 どちらにせよ、この状態でお化けを続けるわけにはいかない。
 柚乃は小さく息を吐くと、助けを求める為に樹の影から出た――と、その瞬間、誰かと目が合う。
「あの、すいません〜」
「うああああ!」
 声を掛けると同時に逃げたした人物に、柚乃は目を瞬くとしょんぼり自分の手を見詰めた。
 そして逃げた人物はと言うと――。
「情けないのぅ」
「女性が傍に居れば踏み止まると思ったんだけど‥‥無理だったかね」
 護刃とリンカは、木の隅に丸くなる義貞を見て苦笑を零した。
 義貞にしてみれば不意打ちの脅かしだ。
 これだけ盛大に驚いても仕方がないのかもしれない。しかしこの不意打ちには犯人がいた。
 実は護刃が、暗視と超越聴覚を使ってお化けの方に義貞を誘導していたのだ。
「義貞、もう少し歩いてみないかのぅ?」
 ここで諦めてしまうのは如何だろう。
 そう言葉を掛ける護刃にリンカも頷いて手を差し伸べる。
 そんな彼女の帯には、以前義貞がくれたお守りが付いている。
 それを見た義貞の目が上がる。
「あんなのはアヤカシだとお思いよ。それとも、1人で行かせる気かい?」
 この問いに義貞は大きく首を横に振った。
「‥‥行く」
「そう来なくちゃね」
 そう言ってリンカは義貞の腕に抱き付いた。
 これに義貞の目が見開かれる。
「ね、姉ちゃん、腕‥‥腕に‥‥」
 あうあうと顔を真っ赤にする義貞に、リンカは悪戯っぽく笑んで見せる。
「さあ、行こうかね。頼りにしているよ」
「お、おう‥‥」
 そう言って歩き出した義貞の動きがぎこちない。
 それを見止めた護刃は、ニンマリ笑って何事かを呟いた。
 直後――
「あ、足が‥‥足が動かないっ!」
 絶叫と共に半泣きした義貞。
 それをほくそ笑んで見守る護刃に、リンカが苦笑した。
「ほら、そろそろ行かないと後続に追いつかれちまうよ」
「おお、そうじゃったな。いや、すまんすまん。つい可愛くての」
 そう言って、彼女は義貞に掛けた影縛りを解くと、義貞の空いた手を取った。
「ぅう‥‥」
「すまんかった。カキ氷でも何でも奢ってやる故、許してくれな」
「カキ氷、それなら‥‥ぅ」
 食べ物に釣られて顔を上げた義貞の表情が強張った。
 これに護刃とリンカの目も向かう。
「「!!!」」
 2人の目に飛び込んで来た、暗がりに立つ人影。
 白銀の長い髪に、隠れた瞳。頭を項垂れる姿は覇気が無く、漂う雰囲気が只者ではない。
「‥‥」
 人影はチラリと視線を寄越すと、ふっと唇を歪ませた。
 そして何事かを呟くかのように口を動かす。
「ふぎゃあああああ!!!」
 盛大な叫び声を上げたのは義貞だ。
 そしてこの声に驚いたリンカが彼に抱き付き、護刃が驚いたように眉を上げた。
「もう無理っ! 行くっ!!」
「え、行くって、義貞?」
「おい、義貞!」
 突如、2人の手を引いて歩き出した義貞に彼女たちはタジタジだ。
 そうして去って行く面々を見送り、茂みの中で満面の笑みを浮かべたのは鏡華(ib5733)だ。
「ふふ‥‥張り切って怖がらせたかいがありますね〜♪」
 そう言って、普段と変わらない容姿の髪を撫で上げると、彼女は楽しげに笑みを零す。
「呪声‥‥いけますね」
 クツリ。
 そう笑って彼女は再び茂みの中にその身を隠したのだった。

 繋いだ手を放さないよう、しっかり六花の手を握りしめる神音は、おっかなびっくりとした様子で先を進む。
 その姿を見ていた華表(ib3045)は、小柄な体を生かして木々の間に隠れている。
 彼は神音と六花の動きを目で追いながら正確に間合いを見計らう。
「‥‥もう少しで来ますね」
 呟き、目標に2人が入るのを待つ。
 そして――
「わーわーわー!!!」
 ゾワゾワッと首を撫でた何かに神音が飛びあがった。
 反射的に六花に抱き付き、これを彼の腕が抱き止める。
 そこに新たな衝撃が襲った。
 何処からか飛んで来た水に、彼女が飛び上がったのだ。
「神音アヤカシは怖くないけどお化けは怖いんだよ!」
 叫びながらぎゅうっと抱き付く――と、そこでハタと気付いた。
 徐々に赤くなる顔、お化け以外の要因で早くなる鼓動を必死に納めた所で、再び水滴らしきものが彼女の首筋に落ちた。
「うわー!!」
「神音は渡さないからな!」
 ぎゅっと抱きしめた六花を懐に入れて叫ぶ。
 この声に神音はドキドキだ。
「ある意味成功‥‥でしょうか?」
 華表は手元に寄せた猫じゃらしを揺らして呟くと、カクリと首を傾げた。
 たぶん、お化けとしても、別の意味でも成功している筈だ。
 彼は木の上の氷がまだある事を確認すると、少しだけ笑みを零して、後続の組を脅かそうと準備に取り掛かった。

 そう言えば、一組目の一行はどうなったのだろう。
 真夢紀と蒼羅、そして和奏は、のんびりとした様子で山を歩いていた。
 その様子を白装束に蝋燭付きの金輪を被り、乱れた髪で見守るのは深凪 悠里(ia5376)だ。
 彼は手にした釘と藁人形、そして金槌を握り締めると、目の前の木に向き直った。
「夏の夜中‥‥って言ったら、やはりこれだろう」
 彼の言うこれとは「牛の刻参り」だ。
「斜め上の反応、期待するぞ」
 そう呟き、カーンッと勢いよく金槌を振り下ろした。
 この音に蒼羅の足が止まった。
 周囲を見回すこと僅か、木に向かい一心不乱に釘を打つ姿が見える。
「‥‥あれか」
 呟く彼に真夢紀の足も止まる。
 そして和奏が足を止めると、彼の首が傾げられた。
 その様子に気付いたのだろう。
 悠里は釘を打つ手を止めると、髪を一筋咥え、そして――
「見〜た〜な〜」
 振り返りざまに口にした言葉。
 これで本来なら驚く筈なのだが、驚いたのは悠里の方だった。
 いつの間に傍に来たのか、和奏がジッと顔を見ている。
 この何とも言えない間が痛い。
 そして更に出来る間。
 流石にもう良いのでは‥‥そう言いたくなった時、和奏がポンッと手を打った。
「もしかして‥‥」
 目を輝かせる姿に嫌な予感しかしない。
 そしてそれは的中した。
「初めて見ました☆」
 嬉しそうに笑顔を見せる和奏に、蒼羅が彼の肩を叩く。
「良かったな‥‥」
 何とも平然とした組だ。
 周囲からは驚く声とか聞こえるのに、何故だろう。
 そして和奏は何かに気付いたように、右見て、左見てを繰り返す。
「どうかしましたか?」
 その様子に真夢紀が問うた。
 だが答えるよりも早く、彼の口が動く。
「えっと‥‥わぁ!」
「‥‥え?」
 妙な沈黙が走る。
「とりあえず、驚いてみました」
 そうして笑った彼の手を真夢紀が引いた。
 そして通り過ぎ様に、彼女の頭が下げられる。
「ご苦労様」
 そうして歩き去った彼女たちを見送り、悠里はその場に崩れ落ちた。
「斜め上過ぎる‥‥」
 驚かし役の悲しいところは、驚かしても驚いてくれない事。
 せめて一人でも驚く人がいてくれれば‥‥そんな事を嘆きながら、悠里は残りの組を驚かさねばならなかった。

 さて肝試しもそろそろ佳境。
 アルマと共に裏山を歩くキースは、楽しげに走り回る彼に苦笑を零していた。
 そして彼女たちの傍で控えていた燕 一華(ib0718)はてるてる坊主を暖簾上に括り付けた竿を手に気配を消していた。
「もう少しですねっ」
 そう言って道具を握り締める。
 そうして歌い出したのは、てるてる坊主の歌だ。
 これに彼女の足が止まる。
「ん?」
 視界に霞んで見える白い物体。
 いくつも連なってゆらゆら揺れるそれに彼女は目を擦る。
「テルテル坊主、か‥‥?」
 耳に響く音も確かにてるてる坊主の歌だ。
 彼女は警戒気味に足を動かす。

――てるてる坊主、てる坊主〜♪

 徐々に音が大きくなる。
 それに合わせて視界に映るモノも大きくなるのだが、歌が嫌な部分に差し掛かっている気がする。

――それでも曇って泣いたなら〜♪ そなたの首を‥‥

「そなたの首を‥‥って、この後は‥‥」
 確か‥‥と、歌を思い出した時だ。
 微かに聞こえた末尾の歌。
 それに合わせて、目の前のてるてる坊主が炎を纏った。
 その瞬間、彼女の目が見開かれるが、完全に驚ききる前に予想外の衝撃が彼女を襲った。
「あれ?」
 キースに飛びついて目を瞬くのはアルマだ。
 そしてキースはと言うと、今の衝撃で前に倒れ込んでしまった。
 結果、驚かすために現れたてるてる坊主を巻き込んでしまっている。
「えっと‥‥?」
「暗いんだから、足元気を付けろよ‥‥そう、言う前に‥‥」
 ガックリ項垂れたキースに、アルマは首を傾げて前を見た。
 そこにニパッと笑う一華と目が合う。
「‥‥ごめんなさい?」
「大丈夫ですっ! 楽しいですしっ♪」
「本当? それなら良かった♪」
 2人はこの時点でニコニコと意気投合。
 何故か彼の手伝いをすることになり、キースはアルマと一華の両名を見守る為に、蚊を警戒しながら茂みにその身を隠したのだった。

 そして最後の最後。
 1人寂しく裏山を歩くのは、甚平姿のおっさん、志摩だ。
 その姿を木の上から見止めたのは、リリア・ローラント(ib3628)で、彼女はお面を被ると、ニンマリ笑って気配を消した。
 そして――
「ばぁっ」
「ぅお!?」
 木の上からぶら下がる様にして現れたリリアに、素直に驚く志摩。
 ここまでは普通の肝試し。だがここからがちょっと違った。
「ぉー‥‥驚い、た?」
 彼の目に映る光る長い物。それを見て、嫌な光景が蘇る。
「それ‥‥山姥包丁、だよ、な?」
 海で遭遇したイヤンなアヤカシが持ってた同じ包丁二本。これに、彼の顔が引き攣った。
「うふふふふふ‥‥!」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!!」
 やっぱりきたー!
 物凄い速さで逃げ出した志摩を追いかけるリリア。
 その速さはほぼ互角。
 必死に逃げながら後ろを振り返るが、足を緩めるどころか加速してる気がする。
「誰だー! つーか、それはヤメレっ!!!」
 大人げないが、かなり必死に逃げている。
 しかもお面効果か、リリアだと気付いていない辺りが悲しい。
 必死に逃げる志摩は他のお化けに気を配る暇などない。
 前方に白くぼんやりした物が見えたが、それよりも何よりも、追いかけてくる物の方が怖い。
 物凄い速さで見えた物の前を横切る――と、肩に何か触れた。
「どういうことだッ!」
 速度からして有り得ない。だが肩を叩かれた。
 そうして振り返った目に飛び込んで来たのは、でかいウェディングケーキだ。
 両手両足をくり抜いて改造されたまるごとウェディングケーキ。その手に握られているのは――
「ぅおいッ!」
 目にした山姥包丁に大音量のツッコミが成される。
 そしてそれを聞いたウェディングケーキ――基、颯はギイイっと笑って、走って逃げるその姿を見送った。
「うーん‥‥良い逃げっぷりだ」
 そう言ってくり抜いた穴から顔を覗かせる。
 蝋燭の代わりに血糊を付けた生首のハリボテが、彼が頭を動かす度に揺れる。
 これも結構怖いが、彼の目標は怖くやる事だ。
 それは志摩に対してはかなりの成果を上げて成功したと言えるだろう。
「『お化ケーキ』案外いけるな」
 呟き、彼は次の参加者が来るまで、林の中に身を隠したのだった。

 そして必死に逃げる志摩を待ち受ける、次なるお化けがいた。
 森の奥に佇む、丸い眼をした鴉人間。血塗られたその身が持つのはやはり包丁だ。
「うがああ! だから何でそれなんだっ!」
 もうトラウマ最大級だ。
 近付いて来る奇妙な物体に志摩も臨戦態勢に入る。
 だが残念なことに、彼のこの行動、全くの無意味となった。
「ぐあっ!?」
 足に引っ掛かった感覚につんのめる。
 その衝撃で倒れた彼を待ち受けていたのは、体を支える柔らかな感触と顔面を覆う、冷たくぬるっとした感触だ。
「‥‥‥‥」
 もう、何が何やら。
 のっそり顔を上げた彼は、顔面に触れたモノがこんにゃくであると確認して息を吐いた。
 そこに手が差し出される。
「ああ、すまね‥‥――って、またかぁぁああ!!」
 何度目の正直でしょう。
 血塗られた黒猫の面を付けた、血塗られた包帯を手に巻く人物。
 その片手には――やっぱり包丁だ。
 志摩はそれを目にすると、半泣き状態でその場を駆け出した。
 そしてそれを目にしたからす(ia6525)が、黒猫の面を外す。
「効果あり、と」
 満足そうに呟き、新たな策を講じようと動く。
 そんな彼女の横を、物凄い勢いで通り過ぎた存在に彼女の目が向かった。
「‥‥包丁か」
 駆け抜けたのは山姥包丁を手に志摩を追いかけるリリアだ。
 どうやらこの追いかけっこ、まだ続いていたらしい。
「いい加減にしてくれぇ!」
 そろそろ開放して欲しい。
 そんな願いを込めて叫ぶ彼に、最後の追い討ちが迫る。
「うらめしや〜!」
 突然足元に感じた衝撃に、志摩は物凄い勢いで地面に滑り込んだ。
 もうどうにでもしてくれ。
 そんな気持ちで目を向けると、足にしがみ付く、光を放つ白い布が見えた。
 この正体はアムルタートだ。
 彼女は志摩の視線に気付くと、両手を前に出してゆらりと揺れて見せた。
 そして――
「お〜ば〜け〜だ〜ぞ〜!」
 定石通りのお化けだ。
 志摩はガクッと項垂れると、その場に突っ伏した。
 この姿に彼女の顔が覗く。
「久しぶり〜! どう? ビックリした?」
 ニコニコと悪びれない様子に、ポンッと頭を叩く。
 そうして伝えることは1つだ。
「おう‥‥危ねえから、足に飛びつくのはなしな」
 そう言って苦笑した彼に、アムルタートは笑顔で頷いて布を被り直したのだった。


 肝試し終了後、虎太郎は目に涙を溜めてカキ氷を口にしていた。
「おいら、涼しくなるならこっちの方がいい‥‥」
 そう口にする彼の隣では、征四郎が同じようにカキ氷を食べているのだが、その反応は薄い。
 だが何かに気付いたのだろう。
 不意に立ち上がると、1人で食べる華表に近付いた。
「1人か‥‥?」
 そう問いかける声に、頷きが返される。
 それを受けて頷きを返すと、征四郎は彼の隣に腰を据えた。
 そこに朱華が近付いて来る。
「久しいな。暑さに負けていないようで、何よりだ」
 この声に頷きを返すと、2人は数言言葉を交わして離れた。
 朱華はその足でカキ氷を食べる寿々丸に足を向ける。
「ほら、早く食べないと溶けるぞ」
「わかっておりますぞ‥‥あ、兄様! 寿々は頑張りましたぞ!」
 苺味のカキ氷を頬張ったところで朱華の姿が見えた。
 思わず上げた声に、彼の頭が優しく撫でられると、続いて常磐に声が掛かる。
「常磐もご苦労様」
 この声に、常磐は頷いた。
 そこに緋姫の声が響く。
「寿々、食べ過ぎないようにするのよ」
 そう言いながらも、少なくなった寿々丸の器に氷を少しだけ入れる。
 その姿を見ていた灰桜は、煙管を吹かして穏やかな空気を満喫していた。
 そこに白藤が合流してくる。
「大丈夫? 私も怖かったんだよねぇ‥‥迫力あったし」
 そう言って笑う彼女に、常磐と寿々丸は顔を見合わせた。
 そして――
「俺達は退治もしたんだ」
「そうですぞ、お化けを退治したのですぞ!」
 この言葉に皆が顔を見合わせる。
 そして心の中で合掌すると、何とも言えない表情で氷に意識を移したのだった。

 一方、隅の方で美味しそうにカキ氷を頬張るのは清華だ。
 その隣には鹿之助もいる。
 清華はカキ氷を口の中に入れると、ふと呟いた。
「‥‥ねぇ鹿之助さん。もしもの話だよ‥‥もし、私がいつか鹿之助さんと会えなくなるとしたら、そうだとしても、ずっと友達でいてくれる?」
「また穏やかな話じゃねぇなぁ。どしたい?」
 そう言いながらも考えてみる。
 もし会えなくなったら‥‥
「‥‥ま、仮にだ。仮にそうなったとして、そんでも俺はお前を忘れやしねぇよ」
「‥‥エヘ、ありがとう、嬉しいな」
 そう言って笑った彼女に、鹿之助の口角が少しだけ上がった。
「こんな俺を頼ってくれるっつーかさ‥‥早ぇ話がよ、俺にとってお前は、護ってやりたい奴なんだ」
 最後は少し照れてしまったが言いたい事は言った。
 そしてこの言葉を聞いた清華は、嬉しそうに笑った。
 その表情を見て思う。
 もしかしたら、これが好きと言う感情なのかもしれない‥‥と。

 そして彼らとは別に、和やかな雰囲気が訪れる場所があった。
「六花にーさま‥‥」
 神音はそう言って、六花の前にカキ氷を掬って差し出す。
「側にいてくれてありがとー‥‥あーん」
「ん、ありがとう」
 言って差し出されたカキ氷を頬張る。
 そうして今度は彼女にカキ氷を差し出すと、2人は和やかな雰囲気でカキ氷を食べ続けた。
 その近くでは、アムルタートがある挑戦に出ていた。
「全部かけるよ〜♪」
 カキ氷に掛けるのは、全種類の蜜だ。
 それを見守る颯の手には苺味のカキ氷がある。
「お疲れさま」
 そこに近付いて来たのは抹茶味のカキ氷を手にした悠里だ。
 彼はアムルタートの様子を見てから、ふと颯を見た。
「‥‥お化け、上手くいきましたか?」
 そう言った彼の表情が優れない。
 これは何かあっただろうか。そう聞こうとした所に、別のお化け役で参加していた一華が合流してきた。
 その表情は悠里とは反対に明るい。
「楽しかったですねっ!」
 笑顔の様子を見れば一目瞭然だろう。
 すんなり頷きを返しながら、ふと颯はある事を思い出していた。
「そう言えば、てるてる坊主の顔が変わってた‥‥なんて話も聞いたけど」
「???」
 なんのことだろう?
 そう言って、普段から持ち歩いているてるてる坊主を見るが、特に変わった様子はない。
「きっと気のせいですよっ」
 一華はにぱっと笑って頷くと、カキ氷を口に運んだ。
 そこにアムルタートの楽しげな声が聞こえてくる。
「天儀のイベントって面白いね〜♪」
 真っ黒になったカキ氷を崩す彼女。
 きっと、あの味は物凄いことになっているだろう。
 それを想像して、悠里と颯は苦笑いを零したのだった。

 そしてカキ氷会場のど真ん中では、キースが2つの強い衝撃に押し潰されそうになっていた。
「キースさーんっ!」
 物凄い勢いで衝突してきた衝撃に、彼女の顔に苦笑が浮かぶ。
「かき氷! いちご味! 食べたいですっ」
「食べたーい!」
 背中にこびり付いたリリアとアルマに、顔に呆れが浮かぶ。
「お前ら‥‥何でそれを俺に言うんだよ‥‥」
 そう言いながらも歩き出すあたり、彼女らしい。
 その様子を見ていた志摩は、ポンッと彼女の肩を叩いた。
「お疲れさん」
「ん? ああ、お疲れ‥‥って、誰だ?」
 何処かで見たような。
 戸惑う彼女に、リリアが透かさず駆け寄ってくる。
「えへ。私の、大切なお友達。です♪」
「お友達‥‥大変だな」
 しみじみと零された声に、コクリと頷き返す志摩。
 一方、カキ氷を堪能して大人しくなったリリアとアルマだったが、アルマは志摩の姿に気付くと、すたすたと近付いて来た。
 そして――
「‥‥リリアちゃんよろしくねっ」
「あ?」
 手に触れた相手の手に目を瞬く。
「断ったらしましまちゃん呼びだから!」
「しましまって‥‥おーい‥‥」
 状況がまったく見えない。
 志摩は苦笑を浮かべると、此方を見ている真夢紀に気付いた。
「うん? どうした?」
「氷が少ないみたいで‥‥参加人数を間違えたんでしょうか。お水あればすぐ作れますけどぉ?」
 言って首を傾げ、ふと彼女の目が志摩を見上げた。
「あの‥‥下宿所、人の募集とかしてますか?」
「俺の所のか?」
 志摩の声に頷く真夢紀は、ずっと空きを待っていたらしい。
 その声に志摩の顔に苦笑が浮かぶ。
「言ってくれりゃあいつでも入所可能だ。ただまあ、豪勢な部屋とかは期待しないでくれよ?」
 そう笑うと、志摩は彼女の頭を撫でて氷の調達の手伝いに向かったのだった。