【霜】言の葉
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2011/04/13 23:23



■オープニング本文

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●???
 暗く沈んだ瘴気の森。
 そこに身を潜め佇むモノがあった。
「イヤハヤ、参りましたな」
 人骨に僧衣を纏ったアヤカシは、そう呟くと顎をカタカタと鳴らして笑った。
 その胸中で思い巡るのは鷹紅寺での戦いだ。
 鷹紅寺を一晩で陥落させ、それに対して霜蓮寺が援兵を寄越す。ここまでは彼の描くシナリオ通りだった。
 だが、1つ予想外の出来事があった。
「遭遇する前に退散する予定だったのですが‥‥甘く、見過ぎましたかな」
 統括の屋敷で出会った開拓者。
 戦力的にも彼らが到達する前にそこを脱する事は可能と思っていた。
 しかし、実際には彼らと遭遇し、己の姿を晒してしまった。
 今頃は、霜蓮寺に戻り統括にその事を報告しているだろう。
「あと少し、存在を隠し翻弄する予定でしたが‥‥まあまあ、良いでしょう」
 クツクツと笑い広げた扇子。
 そこに広がるのは黒い黒い闇だ。
 彼は空洞の瞳でそれを見据えると、大きく天を仰ぎ見た。
 上空を覆う暗雲。
 響き始める雷鳴を耳に、骨のアヤカシは落ち始めた滴を頬に受ける。
「鍵は私の手の内――霜徳(ソウトク)よ、如何しますか?」
――鍵は私の手の内。
 これがある限り、どれだけ想定外なことが起きても優位であることは変わらない。
 骨アヤカシはそう口にして、笑い声をあげた。
 周囲には、彼の楽しげな笑い声と、高くなる響く骨同士の重なり合う音が響いたのだった。

●東房国・霜蓮寺
 鷹紅寺より戻った開拓者たちは、久万に連れられ霜蓮寺の自室を訪ねていた。
「――卑骨鬼(ヒコツキ)が姿を‥‥」
 開拓者が遭遇したと言う、人骨に僧衣を纏ったアヤカシ。
 その報告を受けた統括は、すぐさまそれに該当するアヤカシを見つけた。
 その上で、追って報告のあった、嘉栄の失踪と他の僧たちの失踪を知る。
「久万‥‥鷹紅寺の護りは如何なっている」
 統括は低く唸った後にそう問うと、目の前で難しい顔をしている僧の顔を見上げた。
「援兵に送り込んだ僧の半分を警備に回しておりますな。必要であれば増やすことも――」
「今すぐ引き上げさせよ」
「何ですと!?」
 驚く久万と同じく、共に報告に上がっていた開拓者たちも驚いたようにその目を見開く。
 鷹紅寺は未だ安全とは言えない。
 いつアヤカシが再び襲ってくるか分からないのだ。故にそこを引き上げろと言うのは、鷹紅寺を見捨てることと違いない。
「統括、鷹紅寺を見捨てるのはいけませんぞ。あの場所を、アヤカシの住処にしてはなりません」
 久万は身を乗り出してそう進言した。
 しかし統括は表情一つ動かさずに言う。
「卑骨鬼は屍を操る術を持つ。万が一、鷹紅寺が再び襲われれば、大事な戦力を敵戦力に変える恐れがある。それだけはなんとしても避けねばならん」
「しかし、それでは嘉栄を含めた多くの者の捜索を断念することに‥‥」
 敵が陥落させた場所。
 そこを護り調査すれば、いなくなった僧の所在も分かるかもしれない。
 万が一、全ての者がアヤカシになっていたとしても、それを滅する機会がそこを護ることで得れるかもしれないのだ。
「卑骨鬼の狙いは分かっている。だからこそ、他の者はわからんが‥‥嘉栄は無事だろう」
 統括はそう言葉を発すると、今まで黙って話を聞いていた開拓者たちに目を向けた。
「これより鷹紅寺の兵を引き上げに掛かる。その際に、襲撃がないとも限らない。君たちに追加の仕事を頼めないだろうか」
「統括、いったい何を‥‥」
 久万は、彼の言葉の真意を掴みきれずに困惑しているようだ。
 そもそも、卑骨鬼の狙いとはなんなのか。
 何故、嘉栄だけは無事だと断言できるのか。
 疑問だけが残る中、彼は言う。
「全ての兵が引き上げるまでの間、鷹紅寺統括の屋敷に向かい陽動をして欲しい」
「統括! 流石にそれは危険すぎますぞ!」
 久万の怒声に統括の冷静な目が向いた。
 それを受けて彼の口が引き結ばれる。
「危険は承知している。だが、この先の戦いを考えれば戦力の低下と、敵戦力の増加は避けたい」
「それは彼らとて同じこと――」
「久万、私は霜蓮寺を護らねばならん。その為に非情に成れと言うのであれば、私は迷わず非情の者と成ろう」
 統括は久万の声を遮ると、改めて開拓者たちを見た。
「受ける受けないは君たちに任せよう。鷹紅寺統括の屋敷で陽動を行い、可能であれば何か情報を手に入れて来て欲しい」
 彼はそう言い置くと、開拓者たちを見送り、自らも卑骨鬼の対する態勢を整えに入ったのだった。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
喪越(ia1670
33歳・男・陰
痕離(ia6954
26歳・女・シ
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
百地 佐大夫(ib0796
23歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓


■リプレイ本文

●霜蓮寺・統括屋敷
「成程。私が何を隠しているのか、それを知りたいと」
 目の前に控えるのは、此度の依頼を受けると申し出てくれた開拓者だ。
 彼らは一度部屋を出た後、統括に問いたい事があり再び部屋に戻って来た。
「時間は無限ではないのだよ。急ぎ向かわねば僧たちが如何なるか――わかっている筈だが?」
 組んだ手に顎を乗せ、皆を見回す統括は、彼らが戻って来た事に疑問を持っていない。
 寧ろ、彼らが戻ってくるのがわかっていた。そう言うかのように、すんなり部屋に通した。
 それでも統括からは何も語らない。
 今も、開拓者の言葉を受けてその答えを口にしようとしないのだ。
 これに喪越(ia1670)の想いが口を吐く。
「非情になる――便利な言葉だ。だけど、詳しい事情を知らされずに動かされる兵はどう思うかねぇ」
 与えられた情報は、骨のアヤカシが卑骨鬼と言う上級アヤカシということ。そして嘉栄は無事であり、陽動の為に鷹紅寺統括の屋敷に行けということだけだ。
 それ以外の重要な情報は何一つ開示されていない。
 幾ら信を集める者であっても、この状況でただ命を危険に晒せと言われても納得いって動く者はいないだろう。
 寧ろ、不信感が募るに違いない。
「全てを話せとは言わんけどね。少なくとも敵の狙い、そしてそれを達成させない為に気をつけておくべき事が分かっているなら教えてくれねぇと、現場としちゃ闇雲に動くしかねぇだろ」
 喪越はそう言って僅かに眉を寄せた。
 そんな彼と同じ考えを有するのは鈴梅雛(ia0116)だ。
 彼女は幼い瞳で統括を捉えると、躊躇いがちに口を開いた。
「ここに注意するとか、これはしてはいけないとか‥‥そう言った断片的な事だけでも‥‥外の者には、話せない事も有るでしょうし」
 差し支えのない範囲で良い。
 そう言葉を添える彼女に、統括が息を吐く。
 これに対して高遠・竣嶽(ia0295)が口を開いた。
「では先程の月宵様はご無事であるとの情報。その根拠は如何様に」
 情報の開示を躊躇う統括。
 その中で見せた唯一の情報と言っても良い嘉栄の無事。その根拠を問うことは出来るだろうか。
「統括‥‥」
 久万の声に統括の目が落ちた。
 思案する様に沈黙が走り、やがて言葉が漏れる。
「卑骨鬼の狙いは私にある。故に嘉栄は無事である可能性が高い」
 静かに、僅かに落胆した色を含む声に、珠樹(ia8689)の目が動いた。
 彼女からすれば統括が言葉を返そうと返すまいと、鷹紅寺に行く意志はあった。
 ただ、聞かせて貰える情報があるのならそれは聞いておく。だからこそ静かに耳を傾けていたのだが、今の言葉で彼女の唇が動く。
「‥‥意味わかんない」
 ポツリと零された声に、鹿角 結(ib3119)も同意したように頷く。
「確かに腑に落ちません。卑骨鬼の狙いが貴方にあるとして、何故無事と断言できるのか。それに、僕たちが向かうべき場所が統括の屋敷奥と言うのも気になります」
 この疑問は、彼女だけでなく他の者も抱いていた。
 今回の任務はあまりに危険すぎる。
 敵が現れるとわかっている口ぶりの統括。そして指定された場所に敵が現れた場合、彼らは陽動という名の囮をこなさなければいけない。
 それは敵の罠に嵌りに行くのと相違ない事だ。
「詳しくは語れんが、嘉栄は私を誘き出すのに十分な人材である――卑骨鬼はそう、考えているのだろう。そして、場所は‥‥」
 統括は一度言葉を区切ると、久万を見やった。
 その視線に彼が頷きを返す。
 それを見止め、統括の目が再び皆に戻った。
「鷹紅寺統括屋敷奥、其処に鷹紅寺統括がいる」
「何だって?」
 統括の言葉に将門(ib1770)は思わず声を上げた。
 彼は統括の立場を理解し、統括も辛いだろうと深追いする質問はなさなかった。しかし、聞こえた言葉が言葉だ。
 反応せずにはいられないだろう。
「鷹紅寺の兵は全ていなくなったんじゃなかったのか? なのに何で鷹紅寺の統括が其処にいると――」
「卑骨鬼は、私と鷹紅寺の統括が討ち漏らしたアヤカシだ」
 将門の声を遮り放たれた声に、痕離(ia6954)は窓の外から統括に目を向けた。
 鷹紅寺に兵がいないのは自分たちも確認をしている。そして屋敷の中にも人の姿が無かったことを確認している。
「討ち落とされそうになった恨みから、統括殿は命を狙われている。タダでは殺せない‥‥そう言うことかい?」
 彼女はそう呟くと、やれやれと息を吐いた。
「‥‥こういう状況はヤな感じだぜ」
 百地 佐大夫(ib0796)はそう口にして、今得た情報を頭の中で整理した。
――卑骨鬼の狙いは両統括で、霜蓮寺統括を誘き出すのに嘉栄は生かされている。
 これが今新たに入手出来た情報だ。
 だが此れだけでは足りない。しかし――
「時間切れだ。鷹紅寺統括がいる以上、卑骨鬼は必ずその場所に現れる。どうか、僧たちを頼む‥‥」
 統括はそう言葉を切ると、僅かに頭を下げたのだった。

●鷹紅寺・統括屋敷
 小高い丘の上に建てられた屋敷。
 そこに開拓者たちが訪れたのは、彼らが霜蓮寺を発って半日後の事だった。
「統括さんが、直ぐに撤退する様にと」
 これで何人目だろうか。
 出会う僧全てに声を掛けながら、雛は統括の屋敷を見上げた。
「――‥‥ここも、アヤカシの気配はしません」
 鷹紅寺に足を踏み入れる際にも使用した瘴策結界。それを再び使用して呟く。
「この奥に来い――そう言うことなのか?」
 アヤカシの気配はない。だがこの先に待ち構えるモノがある事を承知している。
 承知している以上、この先に進むしかないのだ。
 将門は静かに呟くと、不安げに前を見据える雛の頭を撫でた。
 そこに痕離の声が響く。
「――この先で、お出迎えがある‥‥という事、かな」
 研ぎ澄ました聴覚は何も捉えない。
 響くのは戸を叩く風の音と、仲間の息遣い。意識を奥に向けても、物音1つしてこない。
「此処まで静かだと、何かあると思わずにいられないね」
 それに――と、言葉を切ると、それに続く言葉を喪越が呟いた。
「凄い瘴気だゼ」
 アヤカシは1体もいないにも拘わらず、濃い瘴気が漂うのは、それ相応の存在がいるということ。
 喪越は陰陽師故に他の者より瘴気に敏感だ。
 彼は屋敷内部の瘴気に眉を潜めると、黒い宝珠の埋まる槍を振るった。
 そうして施すのは自分たちを護る術。屋敷の通路に埋められた罠が発動の時を待って納まる。
「まあ、何かあった時に効果があれば儲けもん」
 そう呟き、喪越は他の面々と共に奥に進んだ。
 奥に進むにつれ瘴気は濃くなる。しかし幾ら進んでも行く手を阻む者が出てこない。
 そうしている内に一向は、統括に向かうよう告げられていた屋敷の奥に辿り着いていた。
「ここまで何もなし‥‥怪しすぎるわね」
 道中に屍がある可能性、餓鬼モドキが出てくる可能性、何かしらの邪魔が入る可能性。
 それら全てが危惧だったと言わんばかりに、すんなりし過ぎている。
 珠樹は思案気に目を動かし、自らの手を見た。
 そこに声が響いてくる。
「確か、鷹紅寺統括がいるんだっけか?」
 佐大夫は眼前に見える扉を見て呟いた。
 その脳裏にあるのは、霜蓮寺統括の言葉。
――鷹紅寺統括屋敷奥、其処に鷹紅寺統括がいる。
「‥‥ここまで来たら、陽動だろうが殿だろうがやってやんよ」
 言って、彼の手が美しい波紋を描く短刀を抜いた。
 それに続き、他の面々も武器を手にする。
 そして――
「ほうほう、やはり来ましたか」
 カタカタと鳴り響く乾いた音。
 広間の先、統括が本来控えるべきその場所に、人骨に僧衣を纏う存在――卑骨鬼が腰を据えていた。
「――痕離」
 静かな声に赤と白の影が出る。
 一気に入り口から奥までの距離を詰め、珠樹と痕離は手の中の刃を握り締めた。
 それに合わせ、竣嶽と将門も前に出る。
 2人の動きの陰に身を潜め、同じく距離を詰める。だがその動きがすぐさま遮られた。
「新手!?」
 咄嗟に飛び退いた四つの影。
 そんな彼らの前に立ち塞がったのは、風と共に音を斬る人物。身の丈以上の薙刀を手に、僧衣を纏うその人物は切っ先を開拓者たちに向けた。
「僧兵‥‥――屍?」
 竣嶽の呟きに、将門が下げた足を踏み締める。
 間合いを計り近付く術を確認する彼の耳に、雛の声が響き渡った。
「その人はアヤカシではないです!」
 室内に充満する瘴気。この中で瘴策結界を使って感じ取った生き物の気配に、彼女は清杖「白兎」を握り締めると、目の前の人物を見据えた。
 瘴気が溢れる場所で瘴気を放たない人物。それは明らかにアヤカシではなく、生きているものであるという証明だ。
「操られているのでしょうか?」
「屍以外にも、生きた人間を操る術があるということなのか‥‥?」
 もしそうだとするなら、不用意に近付くことは出来ない。
 竣嶽と痕離は警戒を滲ませ僧を見る。
 そこに卑骨鬼の声が響いた。
「おやおや、私は操ってなどおりませよ」
 顎を鳴らし優雅に扇子を広げる姿に、皆の目がチラリと向かう。
 この間に僧が動いた。
 無駄のない動きで薙がれる刃。竣嶽はそれを、鞘に刀を戻して避けると、すぐさま態勢を整えた。
 僅かに頬を裂いた風。それに赤い筋が浮かび上がる。
 それを気にもせず一歩を踏み出すと、彼女の隙を埋める様に痕離が横から接近した。
 投擲される苦無が、僧に一瞬の隙を作る。
「――今‥‥何!?」
 痕離が作り上げた隙に斬り込んだ竣嶽だったが、その動きを見越して、僧が大地を叩く。
 途端に割れた床板に、2人は目を剥いて飛び退いた。
 だがこれだけでは終わらなかった。
 後方に飛んだ僅かな距離すら埋める様に、僧は間合いを詰めてきた。
 しかしそれを風の刃が遮る。
「オマケだ!」
 言って喪越は槍を振り下ろした。
 瞬間、舞い迫る風の刃が僧の腕を裂き鮮血を放つ。これに卑骨鬼の笑い声が響いた。
「流石は鷹紅寺統括。しかし開拓者も中々‥‥どちらが勝つか、実に楽しみですな」
 カタカタカタ。
 嫌な笑いが耳を吐く。だが得れた情報はあった。
「アレが鷹紅寺統括――鈴梅?」
 珠樹は鷹紅寺統括の動きを注視する中で、動き出した雛に気付いた。
 痕離や竣嶽。彼女たちに注意を向けている統括に接近する。
 その瞬間、彼女の身が淡い光に包まれ、それが統括に迫った。
「‥‥どうか、効いてください」
 祈るように囁き出した声。
 これに今まさに腕を振るおうとしていた統括の動きが止まった。
 そして――
 ドサッ。
 崩れ落ちた身に、卑骨鬼の笑いが止まる。
「巫女が、居ましたか‥‥」
 想定外。そう言わんばかりに雛を見る。
 だがいつまでも彼女を視界に留めておくことは出来なかった。
 視界隅に映った紅い光。それに卑骨鬼の目が向かう。
「――!」
 気と練力、その両方を纏わせ炎の刃を斬り込んできたのは将門だ。
 彼は遅れて此方に気付いた敵に、渾身の力を振り絞って刃を見舞う。
 これに卑骨鬼も咄嗟に動いた。
 ヒラリと身を反して避ける。しかし彼の動きの方が早かった。
「手応え有り!」
 切り裂かれた僧衣の袖。
 舞う布に将門が踏み込んだ足を起点にして次の攻撃に移る。これを佐大夫が早駆で接近し援護に掛かる。
 だが――
「此れ以上の攻撃を受ける謂われはありません」
 振り上げられた腕。途端に振るわれた瘴気の霧に、全員が目を見開いた。
 濃い瘴気は既に部屋に充満している。それに加えて溢れる瘴気に、全員が表情を崩した。
 攻撃に身を転じていたものは足を止め、護りに徹していたものは更に護りに口を覆う。
「本来は相討ちを狙うつもりでしたが致し方ありませんな。鷹紅寺統括、此処で死んで頂きましょう」
 バッと音を立てて開かれた扇子。そこからさらに濃い瘴気が溢れだす。
 そしてそれが統括の身に降りかかる寸前、卑骨鬼の扇子が払われた。
「――‥‥残念だけど、そうはさせない‥‥よッ」
 卑骨鬼の扇子を落としたのは痕離の苦無だ。
 彼女は新たな苦無を手に敵を見据えた。
 その顔色は酷く、瘴気に侵されかけているのがわかる。
「ッ、忌々しい」
 卑骨鬼がそう呟き、次なる動きに出ようとした時だ。
――ピー――‥‥ッ。
 響き渡る音色に、敵の目が窓の外を捉えた。
「‥‥此処までですか」
 呟き、その身が窓に向かう。
 それを追うように珠樹と佐大夫、そして喪越の術が迫るのだが、敵はそれを軽々かわすと、瘴気に充てられ膝をつく面々を見た。
「‥‥戻って霜徳に伝えなさい。大事な鍵を返して欲しくば、1人で餓鬼山に来るように――と」
 卑骨鬼は更なる瘴気の毒を放つと、窓の外に消えて行った。

●撤退の末
 統括屋敷の外。
 結は退却する僧の助けにと、外で矢を構え彼らの援護にあたっていた。
 統括の屋敷に仲間が足を踏み入れて直ぐ、鷹紅寺に異変が起きた。
 何処からともなく溢れだして餓鬼モドキ。それらが撤退の為に動き始めた僧を襲い始めたのだ。
「急いでください!」
 鷹紅寺の入り口まではあと少し。
 彼女は新たな矢を番えながら出来るだけ小さな声で叫ぶ。
 陽動を邪魔するわけにはいかない。出来るだけ静かに、けれど迅速に対処しなければ。
 結は自らの力を矢に託し、一気にそれを放った。
 これが僧たちに退路を作る。
 そして彼らが門まで辿り着いた時、彼女は再び矢を構えそれを天に放った。
――ピー――‥‥ッ。
 響き渡る高き音色の矢。
 その音を耳に、退避の誘導を手伝っていた氷(ia1083)は、上空に飛ばした人魂を寄せて久万を見た。
「これで嘉栄ちゃん抜きの全員かい? 熊さん」
 開拓者と共に霜蓮寺を出た久万は、到着と同時に別行動に出ていた。
 その目的は霜蓮寺の僧たちを無事撤退させること。そして開拓者達に卑骨鬼を任せている間にその任は無事完了した。
 久万は集まった僧を見渡すと、彼の言葉に頷き口を開いた。
「開拓者の方々が戻り次第、霜蓮寺に帰還する」
 この声に、僧たちは無言で頷いたがその表情は微妙なものだった。
 突然の撤退命令。それは開拓者たちのみならず、彼らにも不満と不安を持たせていたのだった。