【餓鬼】陽光下の掃討
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/31 11:17



■オープニング本文

 東房国。
 ここは広大な領土の三分の二が魔の森に侵食される、冥越国の次に危険な国だ。
 国内の主要都市は、常にアヤカシや魔の森との闘いに時間の殆どを費やしている。
 そして東房国の首都・安積寺より僅かに離れた都市・霜蓮寺(ソウレンジ)もまた、アヤカシや魔の森との闘いが行われていた。

●東房国・霜蓮寺
 霜蓮寺の傍にある山――餓鬼山。
 餓鬼のように腹の膨れたアヤカシが出没するその山に、魔の森が迫ったと報を受けてからもう時期ひと月が経とうとしていた。
「漸く、準備が整ったか」
 霜蓮寺統括は、そう口にすると餓鬼山の地図を前に息を吐いた。
 目の前に腰を据えるのは、統括の信頼を受けるサムライの月宵・嘉栄。そしてその隣には、同じく統括の信頼を受ける僧の曽我部・久万がいる。
「北面からの援兵、こちらの僧、名乗りを上げてくれた開拓者。これだけの人数がいれば今度こそ餓鬼山の魔の森と餓鬼をなんとかできそうですな」
「その為には、先ほど言った方法で確実に餓鬼山に巣食う餓鬼モドキの発生源を討たなければならない――嘉栄」
 統括の声に、今まで作戦に耳を傾けていた嘉栄の目が上がった。
 そして一歩前に出て首を垂れる。
「はい。準備は整っております。数名の開拓者と共に、先日見つけた山頂付近の怪しい場所、そこに向かい餓鬼モドキの発生源駆除と掃討に当たります」
 これから嘉栄が行うのは、作戦で最重要とされる餓鬼モドキの発生源の排除だ。
 これが成されれば、餓鬼山に巣食うアヤカシは激減し、魔の森を焼き払うのに今ほど苦労はしなくなるだろう。
「未だその場所への調査は叶っていない。何があるか予想できない以上、危険な任になるが、良いのだな?」
 餓鬼山の山頂付近に現れた、奇妙な壁。
 その向こうに大量の餓鬼モドキがいたと言うことだけが、今わかっている事実だ。
 それ以外は何があるかわからない。
 危険の度合い、作戦の成功度、全てが不明な現状はハッキリ言って不利でしかない。
 しかし嘉栄はきっぱりと言い切った。
「勿論です。これまで命を落とした者たちのためにも、成すべきことである‥‥そう信じております」
 真っ直ぐ紡がれた言葉に、統括と久万は顔を見合わせて頷いた。
「わかった。では、魔の森の焼き払いと、周辺の警護は充分に行うと約束しよう。無事に戻れよ」
「――はい」


■参加者一覧
犬神・彼方(ia0218
25歳・女・陰
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
ラフィーク(ia0944
31歳・男・泰
氷(ia1083
29歳・男・陰
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
空(ia1704
33歳・男・砂
水月(ia2566
10歳・女・吟
珠樹(ia8689
18歳・女・シ
煉谷 耀(ib3229
33歳・男・シ
ルー(ib4431
19歳・女・志


■リプレイ本文

 東房国・霜蓮寺統括と、久万の前に集まった僧や兵。それらを前に作戦の確認行う月宵・嘉栄を視界に入れながら、開拓者たちは各々の時間を過ごしていた。
「今回で、この辺りも静かになると良いのですが‥‥」
 高遠・竣嶽(ia0295)はそう呟き、目の前の山を捉えた。
 彼女の故郷である冥越の次にアヤカシの脅威が強い東房国。
 故郷とこの国を比べ、思うことは多々ある。
 そんな彼女と同じく、山を見つめる人物がいた。
「魔の森を焼き払うためにも、失敗する訳にはいかない――心して掛かるとしようか」
 真剣な面持ちで呟くのは、アルティア・L・ナイン(ia1273)だ。
 彼は二対の棍に手を添えると、澄んだ青空を見上げた。
 これから向かう場所には大量のアヤカシがいるだろう。だが空は変わらず綺麗な色を保って、彼らを見守っている。
 そのことに笑みを零すと、幼い声が届いてきた。
「本当はすごく怖いです」
 そう弱々しく呟いたのは水月(ia2566)だ。
 幼い顔に不安を覗かせ、ルー(ib4431)に胸の内を話している。
「でも‥‥アヤカシや魔の森の広がりを放ってはおけないです。それに――」
 幼いながらも色々と考えてこの作戦に参加したのだろう。
 言葉を途切らせた彼女の目が、周囲に向かう。
「独りじゃないですから‥‥だからわたしに出来る事、精一杯頑張ります」
 言って微笑んだ水月に、ルーは穏やかに瞳を細めた。
「そうね、お互いに頑張りましょう。私は最近、力不足を感じる事が多くて」
 ルーは少しでも誰かの力になれるように、戦いの場を踏んでおきたいと思いこの作戦に参加した。
「勿論、自分の為だけじゃなくて、魔の森に脅かされる人たちの力にも、なりたいし」
「でしたらルーさんも、同じですね」
 ふわっと微笑んだ水月にルーは瞬く。
「わたしと同じです」
 思う経由は違っても、誰かの力になりたいと思う気持ちは一緒。そう言って顔を覗き込んだ水月に、ルーは穏やかに微笑みを返した。

「月宵はぁ久しぶりに会うが‥‥相変わらず大変そぉだなぁ?」
 久万や統括と話を終え、開拓者の元に戻ってきた嘉栄に犬神・彼方(ia0218)が声をかけた。
「お久しぶりです。此度はどうぞ、よろしくお願いします」
 言って頭を下げた嘉栄に、彼方は労うように彼女の肩を叩く。
「まぁ、頑張ろうやぁ」
 ポンポンと嘉栄の肩を叩く彼方、そこに氷(ia1083)が欠伸を噛み殺して近付いてきた。
「ん、これ以上アヤカシが勢力を伸ばさないうちに、なんとかしないとかね」
 普段とは違う、若干引き締まった表情の彼は、どうやら気合十分のようだ。
 しかし、朝早い分だけ眠気は強いらしく、普段から見える欠伸だけは消えない。
 その様子に僅かに笑んだところで、煉谷 耀(ib3229)が声をかけた。
「ふむ‥‥初め見た頃から随分面持ちも変わったな」
 彼は餓鬼山に嘉栄を救出しに行った時の彼女を知っている。
 その時に見えた思い詰めた表情が今はない。
「悲壮や自責から解かれたいい顔つきだ。では俺達もその信に応え、アヤカシの巣窟を砕くとしようか」
 言って笑みを零すと、耀は改めて嘉栄を見た。
「この表情、周りの者が大切に思う気持ちもわかろうというモノだ」
 口中で呟き、今回の騒動に終止符を打つことを誓う。その上で、同じく初めの頃から行動を共にしていた珠樹(ia8689)に目が行った。
「如何した?」
 相変わらず一人で佇む彼女に問いかける。
 その声に目だけを向けると、珠樹は僅かに目を瞬いた。
「別に‥‥ただ、ようやく原因排除で終わりになる。そう、思っただけ」
 呟く脳裏には、今までの道のりでも浮かんでいるのだろうか。
 思案気に細められた瞳が、真っ直ぐに山だけを捉えている。
「正直まだ分からないところも多いけど、折角の区切りだし、さっさと終わらせて帰りたいわね」
 言って息を吐いた珠樹に、耀は「確かに」と頷きを返した。
 そんな彼らと僅かに離れた場所で、空(ia1704)は今更のようにあることを思い出していた。
「月宵‥‥アァ、あン時に志摩と一緒に居た嬢ちゃん」
 以前、一度だけ会ったことがあった。
 それを思い出しクッと笑いが喉を吐く。
「‥‥東房ントコの侍だったのか、因果だねェ」
 彼の脳裏に浮かぶのは自らの出身と生い立ち。しかしそれを口にする気など毛頭ない。
「ま、ラフィとか東房の一角に貸しを押し付ける良い機会か」
 言って奇妙に笑った友に、ラフィーク(ia0944)が苦笑気味に目を向ける。
 その視線に「ヒヒ…別にィ」と口にすると、彼はその場を離れて行った。
 それを見送り、彼の足が嘉栄に向かう。
「久しいな、月宵」
「これは‥‥ラフィーク殿、お久しぶりです」
 言って頭を下げた嘉栄に、聞き及んだこれまでの経由を思い出す。
 その上で「余計な世話かもしれないが――」そう言葉を紡ぐ。
「いや、これまで命を落とした者たちのためにも‥‥成すべきことは確かにあるが、彼等とて死を望んでいる訳では無い」
 真っ直ぐ告げられる言葉に、嘉栄の目が瞬かれる。
「危険な任である事には違いないし覚悟も必要ではあるが、刺し違えるのでは無く、生きて帰るぞ」
 言って頭を撫でた彼に、嘉栄はしっかりとした頷きを返したのだった。

●必勝祈願
 山頂までの道のりは、地図を頼りに、耀と珠樹が先導して道案内をしていった。
 そのおかげか、殆ど迷うこともなく、またモドキと遭遇することもなく進むことができた。
「前より酷くなってる」
 山頂付近に辿り着いた時、その場の瘴気の濃さに珠樹は思わず呟いていた。
 目の前には垣根のように生える植物の壁。
 明らかに異常としか言えない植物の姿に、彼女の眉間に皺が刻まれる。
「急ぐに越したことはないわね」
「ん、了解‥‥」
 氷は珠樹の声を受けると、直ぐに小さな白虎の式を召喚した。
 それが壁に添って駆け出す。
「さて、それっぽいもんは――」
 式を通して映る景色に、彼の瞳が眇められる。
 その時、耀の聴覚を研ぎ澄ませた黒くしなやかな耳が揺れた。
「何か、近づいている」
「匂いで気付かれたかもしれんな」
 情報ではモドキは匂いに敏感だったという。
 それを思い出せば、敵が気付いた可能性が強い。
「氷さん、見つかりそう?」
 ルーは人魂で探知を続ける彼に声をかけた。
 その声に難しい表情の氷が首を横に振る。
「出入り口らしいものは見えないね。綻びらしきものは見つけられるんだけど‥‥」
「そう言えば‥‥」
 珠樹はふと何かを思い出したように辺りを見回した。
 そして耀を見る。
「ねえ、前にモドキの腕が出てきた場所。あの辺りじゃなかった?」
 ぽつりと零された声に耀の目が向かう。
 言われてみれば、彼女が示す場所は前回訪れた場所だ。
「壁が塞がってる。自己修復できるのか?」
 その声に周囲を伺っていた空の口角が上がった。
「修復するってんなら、出入り口を探しても無駄だろうぜェ。ドウすんだ」
「無ければ、作るしかぁないだろうなぁ」
 彼方はそう言って氷を見る。
「大きそうなぁ、綻びの場所はわかるかぁ?」
「待ってくれな」
 再び人魂が地を駆けているのだろう。
 氷が探している間にも、これからの行動を決めなければならない。
「陽動班の方たちが大きな音を上げて壁を壊している隙に、私たちはできるだけ静かに綻びを壊しましょう。明確な出入り口がない以上は、そうするしかないでしょうから」
 竣嶽の声に他の面々が頷く。
 そして――
「見つけた」
 聞こえた声に全員が表情を引き締める。
「‥‥モドキさんの数とか、わかりますか?」
 おずっと前に出た水月に氷の顔が向かう。
「壁の周辺の警備とか‥‥発生源の位置とか‥‥」
 突入や陽動前に情報を集めておきたい。そんな思いの水月に氷は思案気に呟く。
「モドキは結構その辺にうじゃうじゃしてたかな‥‥中へは、入れてない」
 ごめんね。そう苦笑する氷に、水月は首を横に振る。
 それを見届けると、彼は持っていた地図に、壁の綻びの場所を記した。
「突入班はここから、我々は反対側を壊そう」
「そこまでの案内は俺がする。極力戦闘を避けて向かおう」
 ラフィークの声に同意し、耀が言うと彼らは一斉に動き出した。
 その中でアルティアだけが思い出したように足を止めて嘉栄を振り返った。
「何か?」
 不思議そうに彼を見た嘉栄だったが、次の瞬間、彼女の表情が固まった。
「必勝祈願をしておかないとね」
 にこりと笑って撫でられたおデコに、彼女の口角がヒクつく。
「嘉栄のおデコにそんなご利益があったのね。知らなかったわ」
 ペチッと珠樹がアルティアに続いておデコに触れる。それに驚いて目を見開けば、次々とおデコを触る手が伸びてきた。
「あの‥‥ご利益なんて――」
「よし‥‥僕、この依頼が終わったら嘉栄くんのおデコをまた撫でるんだ」
 アルティアは最後の締めとばかりにもう一度おデコを撫でると、この場を離れて行った。
「‥‥必勝祈願」
 嘉栄はそう呟くと、自らのおデコに触れて作戦のための行動に移って行った。

●魔の壁
 陽動のために動き出したのはラフィーク、アルティア、空、水月、耀、ルーだ。
 彼らは耀の案内で、無事目的の場所に着くことが出来ていた。
「さて、準備は良いかな?」
 焙烙玉を手にしたアルティアに、各々が武器を手に頷く。
 これから盛大な音を立てて、モドキを引き付ける。
「では、始めるよ」
 言うが早いか、アルティアは焙烙玉を植物の壁めがけて投げ込んだ。
――‥‥ドーンッ!
 地響く大地と、響く音に辺りの空気がざわめく。
「来る!」
 耀の耳がピンッと立った。
 そして彼の声を事実と示すように、壁の向こうにモドキの姿が見える。
「コイツはすげェ」
 見えるモドキの数は把握不能。
 しかも殆どが敵意剥き出しに口から涎を垂らしている。
「さあ、もうひと騒ぎだ!」
 言って、アルティアが咆哮を放つ。
 辺りに響き渡る声に、モドキたちが一斉に動き出した。
「多すぎるが、やるしかあるまい」
 ラフィークの呟きに、誰ともなく同意の声が響き、陽動班の戦闘が開始された。

――その頃。
「始まったようですね」
 耳に届いた爆発音と、咆哮に竣嶽が呟く。
「それじゃぁ、こっちも行くとするかぁね!」
 目の前に存在する壁の綻び。そこに彼方の槍が降り注ぐ。
「これは‥‥っ」
 勢いよく裂けたそこから溢れ出た瘴気、それに嘉栄が思わず呟く。
 そしてもう一太刀、竣嶽が刃を振るうと壁は一行を招き入れる出入り口を作り上げた。
「――魔の森」
 嘉栄の呟きに、竣嶽が静かに頷く。
「もしかすると、壁の先端が魔の森と繋がっているのかもしれません。だとするなら、発生源はこの場所そのものということになります」
 魔の森はアヤカシに影響を与える。
 突然変異を起こしてもオカシクない状況が出来上がっていた。
「この塀の中全部が発生源ってぇなぁら、俺らだけじゃどうにもならないだろうなぁ」
 彼方の声に嘉栄は思案気に頷いた。
 そこに珠樹が呟く。
「まだ結論を出すのは早いわ。陽動班が敵を引き付けている間に出来ることがあるでしょ」
「変異の原因が魔の森ってだけで、そのモドキが出てくる場所は別にあるかも知れないよね」
 珠樹の声を補足するように氷が言う。
 言われてみればそうだ。
 モドキが出来上がった経由が魔の森だとして、それが発生する場所があるかもしれない。
「探すなら、前衛は任せるよ。オレは人魂で様子を見ながらサポートしてくから」
 言うが早いか、氷は先ほど召還したのと同じ、小さな虎を呼び出すと先に進ませた。

●数の死闘
 陽動班は、大量のモドキを前に苦戦を強いられていた。
「くっ‥‥なんて数だ」
 アルティアは息を切らして辺りを見回した。
 集まったモドキの数は想像を越えている。
 ザッと見回しただけでも20は越えているのではないだろうか。
「でも、これだけ集まっているということは、向こうにはそんなに行っていない。そう考えるべきなのかな」
 自分たちの陽動としての役割が果たせているのならば、苦戦を強いられていても問題ない。
「ここは覚悟を決めて、もう一戦――」
 すうっと息を吸い込んだ彼の瞳が眇められる。
 そして次の瞬間、彼の足が地を蹴った。
 向かうは、こちらに刃を向けるモドキたちの元だ。
「いくぞアヤカシ。この身は風よりも疾いと知れ!」
 怒声のごとく響く声に、他の仲間に向かおうとしていたモドキの目が向いた。
 そして襲い掛かってくる群れに、光の軌跡が降り注ぐ。
 鮮血ではなく、瘴気を上げて倒れるモドキを尻目に、彼は再び刃を振るった。
 一方、水月はモドキを相手に呪縛符を放っていた。
「止まって!」
 無数のモドキに向かい放つものの、術に掛かったのは僅か一体。
 他のモドキは止まる気配がない。
「と、止まって‥‥!」
 急ぎバイオリン「サンクトペトロ」を構えるが、それよりも早く間合いに入ってきたモドキに、彼女の緑色の瞳が見開かれた。
「きゃあああっ!」
 抉るように振ってきた一撃に、彼女の身が宙に飛ぶ。
 そして土を巻き上げ転がると、咳が勢い良く口を吐いた。
「水月さん!」
 ルーが咄嗟に駆け寄ろうとするが、それをモドキが遮る。
「邪魔よ、退きなさいッ!」
 宝珠銃「皇帝」が火を噴き、モドキの体を押し戻す。
 しかし効果はあまりない。
「喉を狙え!」
 叫び、迷うことなくモドキの喉を裂いた耀の声に、ルーの刃が唸る。
 喉を裂かれ倒れたモドキの横を過ぎ、急ぎ水月に駆け寄った。
「大丈夫?」
「はい‥‥あ‥‥っ!」
 顔を上げた水月が、素早く弦を引く。
 次の瞬間、ルーに向かってきた影が止まった。
 そしてそれに気づいた彼女の銃が迷うことなくモドキの喉を撃ち抜く。
「ありがとう‥‥それにしても、キリがないわね」
 倒しても、倒しても、数は減らない。
 しかもこちらの体力は確実に消耗しているのに対し、数で押している向こうの消耗は見えない。
 それでも戦う手を止めるわけにはいかない。
 ラフィークは瞬脚でモドキの間合いに滑り込むと、足を大きく踏み出した。
 それにモドキが怯む様子を見せると、彼の身が反転した。
「落蹴ッ!」
 軽やかに地を蹴った足がモドキの頭部を強打する。
「ッヒヒ。ココ、だよなァ!!」
 モドキの一瞬の隙を突き、共に闘っていた空が忍刀で喉を切り裂くと、その存在が崩れ落ちる姿を確認する間もなく、鋭い瞳が状況を把握した。
「離れすぎちゃいねェが、ちとマズイか?」
「消耗が激しすぎる。あちらは上手くいっていると良いんだが‥‥」
 呟き、背中越しに感じる友の気配に目が一度だけ合う。
「ヤルかァ?」
「愚問だろう」
 ラフィークの声に喉奥で笑うと、空は手裏剣を手に囲むモドキを見据えた。
 それに合わせてラフィークが攻撃に転じれば、空が投擲武器の届く範囲で腕を振るう。
 そうして連携を続けながら敵を崩してゆくが、やはり不利状況は変わらなかった。
「ッ――」
 出来るだけ回避をと思っても、モドキの動きは素早い。
 避けきらない攻撃がルーの腕を裂き、手にしていた武器が地に落ちた。
 そこにモドキが一斉に襲い掛かる。
「いかん!」
「させないッ、こっちだっ!」
 アルティアの咆哮が響き、ルーに向かっていたアヤカシが一瞬怯みを見せた。
 そこに耀が奔刃術を使い切り込んでゆく。
 そして迫るモドキの一角を切り崩すのだが、全てを打ち払うことはできていない。
「――援護っ」
 水月も頑張って呪縛符で敵の動きを牽制する。
 その間にルーは武器を拾い上げるのだが、受けたダメージが大きかったのだろう。直ぐに攻撃へ移ることができない。
 それが継続して隙を生むのだが、そこを補佐するように影が差した。
「ヒヒッ。貸シィ、一個なァ!!」
 噴き上がった瘴気、それを浴びながらニヤリと笑うのは空だ。
 そして透かさず彼の手裏剣が離れた所で攻撃の機会を伺うモドキを狙う。
「ラフィ!」
「心得ている――‥‥崩れろッ!」
 風を纏う足が手裏剣を受け揺らいだモドキの喉を突く。これに息を失ったかのように目を見開いたモドキの喉に藍色の拳が見舞われた。
「最悪死ななければなんとかなると思いはしたけど、これはキツイね」
 瘴気の付いた刃を払うアルティアの声に、全員が無意識に頷く。
 壁の向こうからは何の音も聞こえてこない。
 無事なのか、それとも異変が起きているのか。その判断すらつかない。
「大丈夫か?」
 次第に戻ってくる感覚の中で武器を握りしめるルーに耀が問いかけると、彼女は複雑そうな表情を浮かべて頷いて見せた。
「ここでも力不足を感じるだなんて‥‥だからと言って怯んでいるわけにはいかないわ。もう大丈夫よ」
「それならば良いが‥‥」
 生憎回復の手段がない。
 そのことに僅かに目を伏せ呟くと、耀の耳が揺れた。
「何か、近づいてくる――か?」
 顔を上げた先、僅かに傾きだす陽を背に何かが見える。
「‥‥敵?」
 きゅっとバイオリンと弓を握りしめた水月の頭をルーが撫でた。
 モドキもその気配に気付いたのだろう。
 警戒して動きを止めている。
「複数の足音‥‥かなりの数がいる。これは――」
 そう口にした耀の言葉に、警戒を滲ませて全員が音の方を見た。

●内側の死闘
 魔の森と化した森の中を、一行は警戒しながら歩いていた。
 幸いなことに陽動が成功しているのだろうか。モドキとの遭遇は未だない。
「‥‥ん?」
 後方から皆の後に付いて歩いていた氷の足が止まった。
「発生源かはわからないけど、あっちにあるヤツが怪しいかな」
 虚空を見つめ、やがて戻した視線で先を示す氷に、皆の目が向かう。
「何があるの?」
 そう問いかける珠樹に、氷はコクリと頷いて見せた。
「外の壁に似たような草、それに洞窟があったよ‥‥見た感じ、怪しそうなのはそこだけかな」
 あふっと欠伸を噛み殺し、氷は放っていた人魂を回収した。
「確かに怪しいですね。行ってみますか?」
「他に宛てが無いんだったぁら、行くしかぁないだろうなぁ」
 竣嶽の声に彼方が頷く。
 こうして洞窟に向かうことにしたのだが、進むにつれて瘴気が濃くなってきた。
 その濃さは人が生きていけない程。
 そしてその影響は、ここに足を踏み入れた開拓者にも訪れていた。
「顔色が悪いけど、大丈夫か?」
 氷の声に珠樹の赤い目が瞬いて頷く。しかし彼女には、先ほどから眩暈に近い感覚が襲ってきていた。
 濃い瘴気に宛てられたか、それとも疲労からかはわからないが、良い状態とは言えない。
「――最悪」
 ぽつりと呟き、彼女の目が他の面々を見る。
 どうやら氷は陰陽師としての体質のおかげで大丈夫なようだ。
 嘉栄を含んだ他の3人は珠樹よりも耐性が強いらしく、今のところ影響を受けている様子はない。
「私もまだまだね‥‥」
 そう呟いた時だ。
 発動させていた超越聴覚の効果で、彼女の耳がある音を捉えた。
 草を割るような音が凄まじい勢いで近づいてくる。
 そしてその音に顔を上げた瞬間、彼女の手から刹手裏剣が放たれた。
「敵襲!」
 珠樹の声に全員が武器を構える。
 だが体制を整えるよりも早く、敵と呼んだ存在が5人の前に立ち塞がった。
「餓鬼――いえ、これも変異体!」
 目の現れたのは、モドキに似た巨大なアヤカシだ。
 大きさはモドキの倍ほど。
 筋肉の付き方や腹の膨れ具合も、通常のモドキよりも大きい。そして違いは他の部分にも表れていた。
「引いてくださいッ!」
 嘉栄が叫ぶのとほぼ同時に、突風のような一撃が降り注いだ。
 頭上から振り下ろされた拳は、予想を超えた速さで迫る。それを抜刀して受け止めた嘉栄の身が吹き飛んだ。
「嘉栄!」
 咄嗟に珠樹の足が地を蹴る。
 そして大木にその身を打ち付けようとしていた嘉栄の体を受け止めた。
「ッ、く!」
 抑えきれなかった衝撃が彼女の身を押し、強かに木に叩き付けられる。
 それでも何とか両の足で踏ん張ると、嘉栄を覗き込んだ。
「――っ、大丈夫!」
 あれだけの風を起こす攻撃だ。
 まともに受けて大丈夫なはずがない。
 良く見なくてもわかる腫れ上がった腕、刀を握る手に滲む血に、珠樹の表情が険しくなる。
「治療はオレがするから、あっちを頼むよ」
 すぐさま駆けつけた氷の言葉に、珠樹の目が前方を捉えた。
 巨大なモドキを前に回避の攻防を続ける竣嶽と彼方の姿が見える。
「ん?」
 不意に彼女の目が巨大モドキの脇に逸れた。
 その目が、洞窟から姿を現すモドキの存在を捉えた。
 キョロキョロと周囲を見回しながら出てくる姿に珠樹の視界が一瞬揺れた。
「っ‥‥最悪じゃない」
 ふるりと首を横に振って駆け出す。
 向かうのは洞窟の入り口だ。
 早駆を使い巨大モドキの脇を駆け抜ける。
「おぉっと、お前さんの相手はぁ、俺たちだぁぞ――っと!」
 珠樹の存在に気を取られた巨大モドキに、彼方の槍が降り注ぐ。
 余所見をしていて気が逸れているのだ。普通なら当たるはずの一撃。しかしそれを巨大モドキは避けてしまう。
 それどころか、すぐさま攻撃に転じて彼方に拳を振るってきた。
 そこに居合で抜き取った竣嶽の刃が巨大モドキの足を討った――しかし。
「ッ、硬いっ!!」
 手を襲う痺れに間合いを測って刀を納める。
 そして再び抜刀の構えを取ったところに、巨大モドキの足が迫った。
「くっ――ぅ、ッ!」
 飛び退くことで直撃は免れたが、受け止めようと抜いた刃に強い衝撃が走る。
 だが地を滑る自らの足に力を込めることで踏ん張ると、彼女の目が敵の動きを見定めるように動いた。
 その間にも相手の動きは止まらない。
 巨体とは裏腹に素早い動きで次なる攻撃を繰り出そうと動く。
「早い――」
 自らの技の繰り出すタイミングよりも相手の動きのほうが早い。
 だがここで動かなければ攻撃をまともに受けてしまう。
 意を決して柄を掴む手に力を込めると、彼女の前を白光が通り過ぎた。
「これは――」
 しなやかな体を持つ九尾の狐が巨大モドキに喰らいつく。そして鋭い爪を喰い込ませると、グルグルと喉を鳴らし瘴気を放った。
 これには巨大モドキも怯んだ。
 繰り出そうとしていた攻撃が緩み、勢いの落ちた一撃が竣嶽に向かう。
「――この期を逃しません」
 踏み込みを深くした竣嶽が駆け出す。
 そして迫る一撃を、身を低くすることで避けると、流れるような動作で刀が抜かれた。
 それが先程と同じように巨大モドキの足を薙ぐ。
「ッ‥‥――一気に、薙ぐっ!」
 あまりに硬い皮膚。
 だが全く動かないわけではない。
 竣嶽は抜刀の勢いを無くさない様、全身の体重を掛けて刀を振り切った。
 その瞬間噴き上がった、瘴気に巨大モドキが呻く。
 そしてそこに再び白狐が喰らいつくと、巨大モドキの体が大きく傾いた。
「もう一撃っ! 人の骨等無いかの如しこの槍、アヤカシだぁとどうなんだろうな!」
 攻撃の時を見定め、巨大モドキの死角に入った彼方が、青白く光る槍を叩き込む。
 強打される足。
 すさまじい衝撃を腕に受けながら、それでも彼方の槍は巨大モドキの足を貫いた。
――ドドドーンッ。
 辺りに衝撃が走り、巨大モドキが崩れ落ちる。
 しかし巨大モドキは足以外、無傷だ。
 再び体制を整えようと身を起こすのだが、思った以上に足への衝撃が大きかったようで、再びその場に倒れ込んだ。
「ここまでだぁな――鬼さえ切り捨てるこの一撃、思う存分味わいなぁ!」
 凄まじい量の気が彼方の槍に送り込まれてゆく。
 次の瞬間――。
 轟音を上げて振り切られた彼方の刃が、巨大モドキの喉を切り裂いた。
――グオオオオオオオッ!!!
 耳を裂くような雄叫びが上がり、裂かれた場所から瘴気が溢れだす。
 それを寸前の所で交わすと、彼方の目が後方を捉えた。
「竣嶽、行けるかぁ?」
 問いかけながら駆け出す先には、洞窟の入り口で増援を阻む珠樹がいる。
 傍には氷によって治療を施された嘉栄の姿もあった。
 片手で刀を振るう姿から、もう片方の腕に負傷を残していると判断できるが、動ける以上は戦ってもらうべきだろう。
「キリがない‥‥ってわけじゃ、なさそう、ねッ!」
 手裏剣で奥から現れるモドキを牽制しつつ珠樹が呟く。
 始めこそ数で押してきたモドキも、徐々にその勢いは衰えている。
「中に行けそうかぁ?」
「‥‥無理をすれば」
 そう口にした珠樹に、全員が頷く。
 そして一気に闇が潜むその場所に駆けて行った。

●全てを――
 陽動班の前には、松明を手に到着した霜蓮寺の僧たちがいた。
「ふむ。この壁の中は魔の森で間違いないでしょうな」
 そう口にしたのは、陽動班が開けた壁の穴を覗き込む久万だ。
「急ぎ、魔の森の焼き払いを始めるべきか」
 久万は傍に控える僧を呼び寄せると、これからの動きを指示し始めた。
「松明を持つ者を前へ、モドキの対策に最低2名の僧をつけ万全の態勢で当たるよう全兵に通達だ。準備が出来次第、中に入り魔の森を餓鬼山より排除する」
「了解しました」
 久万の声に応えた僧は、各兵へ伝令として走ってゆく。
 その姿を見送り、彼は開拓者たちを見た。
「嘉栄たちは中ですかな?」
 見たところ人数が足りない。
 そう問う久万に、耀が口を開いた。
「俺たちは陽動として動いていました。中へは5名が調査と原因の排除に向かっています」
「大きな原因はこの魔の森でしょうな。ただし、餓鬼自体は昔からこの山にあったもの‥‥餓鬼の発生源は昔から不明とされている故、それを絶てているかいるかどうか‥‥」
 餓鬼山はその名の通り、餓鬼が巣食う山だ。
 その名の通り多くの餓鬼が住み着き、それは遥か昔からそうであったとされている。
 つまり遥か昔から、発生する餓鬼の所在を掴めていないのだ。
 それが今回で断てると考えるのは早計だったかもしれない。久万はそう言外に呟く。
 そして全ての僧の準備が整った報を受けると、彼は改めて開拓者たちを見た。
「どうされますかな。このままモドキの掃討を行うか、中に向かい嘉栄たちと合流するか。中の状態は一切不明、故に向かって頂けるとありがたいが――」
 久万がそう言葉を紡いでいる時だ。
――ピー‥‥、ピー‥‥ッ。
 風に乗って響いてきた音に皆が顔を上げた。
「ヒヒ。発生源を、絶ったみたいなだなァ」
 失敗ならば1度、成功ならば2度笛を吹く。そう、合図を決めていた。
 そして聞こえてきたのは2度の笛の音だ。
「上手くいったのね」
 ホッと安堵の息を吐いたルーに、水月が彼女の袖を引いた。
「あの‥‥発生源のあった場所の調査、しておきたいです」
「ならば行ってみるか」
「俺も付いてくぜェ」
 ラフィークと空が水月の同行に名乗りを上げる。
 そんな中、耀は魔の森を視界に納めて思案気に眉を潜めた。
「魔の森がアヤカシの発生を促す大きな要因であれば、それを断つのも手か‥‥」
 モドキの残党処理も勿論のこと、今後を考えれば何をしても無駄ではないだろう。
「俺も同行して構わないだろうか」
「それじゃあ、僕も行くよ。嘉栄くんのおデコを触らなきゃだし」
 そう言って首をアルティアに、ルーも行くと返事をして皆で内部に向かうことになった。

 久万が魔の森と呼んだその場所は、確かに濃い瘴気に覆われ、人が住めるような所ではなかった。
 それでも聞こえてきた先ほどの笛の音を頼りに進むと、瘴気に変わろうとする巨大なモドキを発見した。
「‥‥すげェ」
「この大きさのアヤカシをあの人数で仕留めたのか」
 零された空の声に、ラフィークが呟く。
 そして巨大モドキから視線を動かしたところで、洞窟の前に座る仲間の姿を発見した。
 近付いてみるとわかるが、洞窟の周辺にも中にもモドキの残骸が複数転がっている。
 そして――
「それが‥‥発生源‥‥?」
 合流を果たした氷の手に握られた、石のような欠片。それを見止めた水月が問う。
「たぶん、ね。調査してもらわないとわからないけど、ここから濃い瘴気が出ていた――よね?」
 珠樹はそう問うと、無言で頷く氷を見た。
 どうやら疲労困憊で喋るのも億劫なようだ。
「洞窟の中のモドキはすべて排除しました。こちらは、任務完了です」
「さぁて‥‥次は、外かぁ?」
 竣嶽の報告に重ねて呟いた彼方。どう見ても2人を含めた全員が、直ぐに戦闘に移れる状況には見えない。
 明らかに無理をしている。
 そしてそれは嘉栄も同じだった。
「大事無いか、月宵」
 ラフィークの声に嘉栄の目が動いた。
 疲労は顔に浮かんでいるが、平然と佇み周囲を見回している姿は無事にしか見えない。
「はい、大丈――」
「嘘よ」
「嘘、ですね」
「嘘だぁなぁ」
「嘘だよね〜」
 大丈夫――そう口にしようとして遮られた言葉に、嘉栄の目が瞬かれる。
「無茶をするのは、相変わらずか」
 先ほどからだらりと不自然に下がっている左腕に目を向けると、ラフィークは彼女の腕を取って動かないよう布を使い固定した。
「‥‥申し訳ありません」
 そう口にして微かに頭を下げる。
 そこに声が響いてきた。
「なんにしても、お疲れ様でした」
 そう言って歩み寄ったのは竣嶽だ。
「まだモドキの掃討が残っていますが、それも時期に終わるでしょう。これで少しは肩の力を抜いて休んでください」
 そう言って彼女が僅かに苦笑を滲ませる。
 そこに隠れる思いを感じとり、嘉栄も苦笑を返す。
「んで、どうする?」
 氷の声に嘉栄の目が落ちた。
 本来であれば怪我をしている身としてこんなことを言うわけにはいかない。
 しかし彼女の考えは決まっている。
 それを感じ取ったのだろう。
 氷はのっそり立ち上がると、彼女の肩をポンッと叩いた。
「ま、ちょっとでも嘉栄ちゃんが楽になればいいんだけどね」
 言って歩き出す姿に、嘉栄は静かに頭を下げた。
「あと少し、残りのモドキを掃討するまで力をお借りします」
 そう言葉を発した嘉栄に、開拓者たちは頼もしい表情で頷いて見せたのだった。