雛雪の花まつり
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
EX :危険 :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 36人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/13 17:58



■オープニング本文

 焼け跡や、壊された家具などが転がる村で、1人の少女が一心不乱に筆を走らせていた。
 彼女の名前は雛雪(ヒナユキ)。
 寒空の元で書いているのは、先月世話になった開拓者へ宛てた物だ。
 彼女の村は、先月夜盗に襲われた。
 その際、偶然その場に居合わせた開拓者たちが助けてくれ、彼女自身も死の淵から助けて貰った。
 今回書いているのは、その時の御礼は勿論のこと、その時に話をした花を見せるため。
「早く見せたいな」
 そう口にして顔を上げると、目の前に真っ白な花畑が飛び込んできた。
 ふわふわと風に揺れる花は可愛らしく、辺り一面が雪原の様に白に染まっている。
 花の名前は「雛雪」。
 この地域に訪れる渡り鳥が雛を孵す時期と、雪のように美しい花が咲くことにちなみそう名付けられた。
 そして雛雪もまた、この時期に生まれたからこの名前を貰っている。
「きっと驚くだろうな。そうだ、村長にも言っておかないと!」
 言って急いで文字を書き終えると、彼女は急ぎ立ち上がって村に駆けて行った。

●神楽の都
 開拓者ギルドから然程離れない場所にある屋敷。
 そこに陶・義貞(スエ・ヨシタダ)が住むようになって三月以上の時が流れた。
 開拓者たちが下宿先として使うそこには、徐々に人が集まり始め、今では人の出入りも多くなってきている。
 そんな屋敷の屋根の上に寝そべり、義貞は相棒のもふら――大福丸と共に昼寝を楽しんでいた。
「‥‥おっちゃん、まだ帰って来ないのかなぁ」
 屋敷の管理人である志摩を思い出して呟く。
 確か、難しい仕事があるとかで管理人職に付いた直後に姿を消した。
 たまにギルド職員の山本の元に連絡は入っているようだが、それも頻繁ではないらしく、現在無事なのかどうかの情報も定かではない。
「開拓者の仕事が大変なのはわかんだけど、やっぱ心配だよな」
 呟き身を起こすと、同じように顔をあげた大福丸と目があった。
「おう、大福も心配だな!」
 ニッと笑って相棒を抱きよせる――と、そこに声が響いた。
「義貞ー! 義貞はいるかー!」
 屋敷全体に響く声に、義貞の目が屋敷の下に落ちた。
 広々とした庭園の真ん中で叫ぶのは、山本だ。
 手に何か持っているようだが、この位置からでは分からない。
「山本のおっちゃんだ‥‥おーい! こっちだー!」
 叫びながらぶんぶんと手を振る。
 それに山本も気付いたようで、顔を上げると手を振って来た。
「義貞宛ての手紙を預かって来たんだ! 降りて来れるかー?」
 どうやら手に持っているのは手紙の様だ。
 そうと聞けば善は急げ。
 義貞宛ての手紙となれば、それは故郷の誰かからか、もしくは志摩からかもしれない。
「今行くっ!」
 急ぎ屋根を降りようとして立ち上がった義貞は、腕に抱いた大福丸を下ろして駆け出した。
 そう、屋根の上で駆け出しス。
「あ、馬鹿‥‥」
 山本がそう呟くのとほぼ同時だった。
 すってーん! と、音が聞こえるほど見事に転んだ義貞が、屋根の下に落ちるのが見えた。

「いてててて‥‥」
「開拓者ってのは頑丈だな」
 屋根から落ちて怪我ひとつしていない義貞を見ながら呟くと、山本は持ってきた手紙を差し出した。
「これが手紙な」
「おう、ありがと!」
 言いながら広げた手紙に義貞の動きが止まる。
 書かれている文字は見覚えのない物。
 だが中身はとても身に覚えのあるものだった。
「雛雪‥‥咲いたのか」
「お。この前、夜盗に襲われた村からか。へぇ、花祭りへの招待状」
 手紙を覗き込んだ山本の声に、義貞が嬉しそうに顔を上げる。
「ぜひ、友達を連れて遊びに来てくれってさ!」
「そいつは良かったじゃないか。行って来い」
「おう! あ、でも‥‥」
 目を輝かせて頷きかけた彼の動きが止まった。
 それに山本の首が傾げられる。
「どうした?」
「おっちゃんがまだ戻ってない‥‥」
 開拓者になるまで面倒を見てくれた人の帰還を待たずに、遊びに行っていいものか。
 そんな思いで口にすれば、山本は彼の頭を撫でてその顔を覗き込んだ。
「それだったら大丈夫だろ。そろそろ戻ってくるはずだ。もしお前が祭りに行った後で戻ってくるようなら、行くように言っといてやるぞ?」
「本当か!」
 目を輝かせた義貞に、山本は少し笑って頷いた。
 必ず行かせられる保証はないが、最後に来た連絡を見る限りは大丈夫だろう。
「折角だしな。他にも誰か誘えないかギルドにでも張り出してみるか」
「おう!」
 満面の笑顔で頷いた義貞に、山本は1つ頷きを返すと、約束通りギルドに戻り次第祭り同伴者募集の張り紙を出したのだった。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 鷹来 雪(ia0736) / 霧葉紫蓮(ia0982) / 天宮 蓮華(ia0992) / 礼野 真夢紀(ia1144) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 平野 譲治(ia5226) / 御凪 祥(ia5285) / ペケ(ia5365) / 氷那(ia5383) / ブラッディ・D(ia6200) / からす(ia6525) / 千羽夜(ia7831) / 神咲 六花(ia8361) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / セシル・ディフィール(ia9368) / ユリア・ソル(ia9996) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / 琥龍 蒼羅(ib0214) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 不破 颯(ib0495) / グリムバルド(ib0608) / 琉宇(ib1119) / モハメド・アルハムディ(ib1210) / 百々架(ib2570) / 蓮 神音(ib2662) / 鹿角 結(ib3119) / 言ノ葉 薺(ib3225) / 東鬼 護刃(ib3264) / リリア・ローラント(ib3628) / 獣兵衛(ib5607) / フェムト・パダッツ(ib5633) / 緋那岐(ib5664) / ソード・クロウ(ib5670) / 日向 燈真(ib5692


■リプレイ本文

「良く来てくれたね、待ってたんだ!」
 雛雪はそう言って、満面の笑顔で開拓者たちを出迎えた。
 そんな彼女に逸早く駆け寄ったのは、手紙を受け取った義貞だ。
「雛雪、遊びに来たぞ!」
 互いに手を取って再開を喜び合う2人に、東鬼 護刃(ib3264)が声を掛けた。
「二人とも息災かの?」
「あ、護刃さん! 来てくれたんだ!」
 嬉しそうに駆け寄った雛雪に、護刃は微笑んで身を屈める。
「雛雪は誕生日おめでとさんじゃ」
 言って差し出された手に、彼女の目が落ちる。
 そこにあったのは恋愛成就のお守りだ。
「ふふ、何れ想い託すのも良かろうて。何なら、義貞も要るかの?」
 含み笑いをしながら片目を瞑って見せる彼女に、雛雪の顔が真っ赤になる。
 それを見ていた義貞は首を傾げ、その姿に護刃は更に笑みを含ませると、屈めていた身を戻した。
「ま、冗談はさておき、良い祭りをな」
 言って傍を離れる護刃を見送り、雛雪は手の中のお守りを握りしめた。
 そこに軽快な足音が響く。
「え!?」
 ドンっと襲った強い衝撃と、抱きつく感触に雛雪の目が瞬かれる。
「雛雪ちゃん、お花を見にきたよ」
 目を向けた先にいた見知った顔。
 その顔が彼女を捉えると、柚乃(ia0638)はニコリと微笑んで見せた。
「雛雪ちゃん、元気そうでよかった」
 護刃と柚乃は村が襲われた時、その場にいた。
 その際、死の淵を彷徨った彼女を、柚乃たちが助けたのだ。
 その状況を覚えているからこそ、元気になった彼女の姿が嬉しい。
「あ‥‥そういえばお誕生日だったよね」
 言って離れた柚乃に、雛雪の首が傾げられる。
 そして差し出されたのは、もふらのぬいぐるみだ。
「うわあ、もふら様だ!」
「ささやかだけど、お祝い」
 微笑んで手渡されたぬいぐるみの心地良い感触に、雛雪の顔から笑みが零れる。
 そうしてぬいぐるみに頬ずりしていると、柚乃がそっと顔を寄せた。
「雛雪ちゃんて…義貞クンのこと好き?」
「!?」
 小さく零された声に、雛雪は真っ赤になって声を失った。
「うん、微笑ましいね」
 アルティア・L・ナイン(ia1273)は、そう言って真っ赤になっている雛雪に歩み寄った。
 彼もまた、襲撃の村を助けた者の1人だ。
「雛雪くんは、ご招待ありがとう。義貞くんはこんにちわだね」
 微笑んだ彼に、2人が同時に頷く。
 そして義貞が何か言おうと口を動かした所で、彼の目がアルティアの後ろに向かった。
「あ、祥兄ちゃん!」
 発見するや否や、御凪 祥(ia5285)に飛び付いた義貞に、アルティアは勿論、雛雪も目を見開く。
 義貞はと言えば、ひっついたまま足をぶらつかせているのだが、この様子に抱きつかれた本人は複雑そうな表情を浮かべていた。
「どんな働きっぷりか聞かせて貰おうかと思ったんだが‥‥どうにも余り変化はなさそうだな」
 苦笑を滲ませ呟く祥に、アルティアも苦笑を浮かべる。
「でもまあ、頑張っているのは事実だよ」
 先日の戦いを思い出して告げると、祥は「なるほど」と頷いて義貞を地面に下ろした。
「一応は一生懸命やってるようだな。少しくらいなら褒めてやろう」
 そう言って少し笑った彼に、義貞は嬉しそうな頷きを返した。
 そして暫く談笑した所で、更に賑やかな声が響いてくる。
「志摩さん。私、お祭り行きたいです」
 元気よく志摩の背にしがみ付き、おんぶを強請るのはリリア・ローラント(ib3628)だ。
 彼女は村の外で志摩を発見し、一緒にやって来たらしい。
 志摩はと言えば、苦笑しながらされるがままだ。
 そこに更に賑やかな声が響いてくる。
「お父さんお父さんおとうさーーーん!!!」
 ズダダダ‥‥ッと、土煙を上げて駆けて来たブラッディ・D(ia6200)に、志摩の目が見開かれる。
 そして急いでリリアを下ろすと、次に来るべき衝撃に備えた。
「久しぶりーっ!」
 ドンッ☆
 物凄勢いで飛びついてきたブラッディに、彼の足がふらつく。
 それでもしっかり受け止めると、彼女は間髪入れずに彼の顔を見た。
「お父さん、元気だったか? 最近、依頼とか一緒に行けなかったし、遊べなかったし、会えなくて寂しかったしっ…!!」
 興奮気味に捲し立てられる声に、志摩はタジタジ。
 その様子を傍で見ていたリリアはキョトンとしている。
「志摩さんの、娘さん?」
「あ、ああ、義理の娘みたいなもんだな」
 ポリっと頬を指掻いた志摩に、リリアは成る程と頷いた。
 そんな彼女の目に、丸くてふわふわした物が入る。
「あ。大福丸さん」
 いつの間に足元に来たのか。
 リリアを見上げる真っ白なもふら――義貞の相棒である大福丸に手が伸びる。
 そしてそれを抱きあげると、もう1人、こちらに視線を注いでいる人物に気付いた。
「志摩さん‥‥あの子」
 リリアの声に、志摩の目が動く。
 そうして捉えた姿に、彼の口に笑みが乗った。
「よぉ、元気だったか?」
 ニンマリ笑った姿に、義貞はふにゃっと顔を歪めると、目を乱暴に擦って近付いてきた。
「あの‥‥志摩さんの、お知り合いの方ですか?」
「ああ、俺が面倒を見てるガキだ。開拓者になったばかりでな、仲良くしてやってくれると有難い」
 そう言って笑った志摩に、リリアは素直に頷く。
 そして互いに自己紹介をしていると、本日ラストの衝撃が志摩を襲った。
「軍事さんみーっけ!!」
 聞き覚えのある地鳴りと、背後から降って来た衝撃に、志摩の体が揺らぐ。
「この声は、千羽夜か‥‥」
「大正解! ねぇねぇ、芋煮と一緒に私の手作り炊き込みご飯はいかが? 美味しいわよ♪」
 ニコニコと笑顔で話しかける千羽夜(ia7831)は、彼の背から降りると、得意げに笑って見せた。
 どうやら会場に到着後、厨房を借りて炊き込みごはんを作ったらしい。
 しかも材料は風呂敷包みに入れて持参。
 なかなか準備の良いことだ。
「千羽夜さん、私の分もありますか‥‥?」
 リリアはそう言うと、彼女から炊き込みご飯のおにぎりを受け取った。
 そこにほんわかとした雰囲気が滲む。
「あー‥‥腰がいてぇ。お前ら、少しは加減ってものを――」
「どうもクマ王子〜」
 先ほどから飛びついてくる面々に少しは説教を‥‥そう思い口を開いた所で、気の抜ける声が聞こえて来た。
 振り返れば、ニヤニヤ笑う不破 颯(ib0495)が立っていた。
「ったく、お前さんまで来てたのか‥‥」
 やれやれと息を吐きながらも、少し前まで共に依頼に出ていた仲間と顔を合わせるのは悪くない。
 それは彼らも同じようで、互いの無事を確認すると話に花を咲かせた。
 そしてある程度話をした所で、颯が何気なく問うた。
「なあ、黄さんとか如何なったんだ?」
 その問いに、リリアや千羽夜も視線を志摩に向ける。
 そして――
「私達も、その話は聞きたいですね」
 声に目を向ければ、言ノ葉 薺(ib3225)と鹿角 結(ib3119)がこちらに近付いてくるのが見えた。
「こんにちは、お元気そうでなによりです」
 結のその声に、皆が頷き返すと、志摩は頭を掻いて首を竦めた。
「‥‥まあ、そんな大した話は出来ねえが、一先ず里の追放のみで話は済んだな。今頃どっかでのんびりしてるはずだぜ」
 そう言った彼の言葉に、関係のある者たちは僅かに複雑そうな表情でその言葉を受け止めた。
 そして少しだけ訪れた沈黙を、結が破る。
「これ、お裾わけです。そちらの方と、雛雪さんで食べて下さい」
 そう言って差し出されたのは、おはぎの入った包みだ。
 志摩は遠慮なくそれを受け取ると、結はニコリと頭を下げた。
「では、私達はこれで。これからの行く末が幸福であることを願って」
 薺はそう言葉を添え、結と共に去って行った。
 その姿を見送る志摩の肩に、颯の腕が乗る。
「まあお互い元気そうで何より。いや〜、しっかしあんたも志士の少年といい面倒見るやつが多くて羨ましい限りだなぁ」
 ニヤニヤしながら視線を寄こしてくる。
 その声に苦笑しながら肩を竦めると、ブラッディが不機嫌そうにこちらを見ているのに気付いた。
「おっと悪ぃ‥‥」
「娘を放っておくのは悪いお父さんなんだぞ! なんだぞっ‥‥!」
 すっかり蚊帳の外に置かれてしまったブラッディの切実な呟きに、志摩の口元がヒクリと揺れる。
 そして彼女の頭をポンッと撫でると、義貞を振り返った。
「さて、皆で祭りを楽しむとするか」
 これ以上は何かと危険だ。
 ならば祭りへ‥‥そう切り出した志摩に、千羽夜がそっと囁く。
「ねえ、ずっと気になってたんだけど、軍事さんってどんな女の子が好みなの?」
「ああ!?」
 ニヤニヤしながらこちらを見る千羽夜に志摩の口元が引き攣る。
「ま、まあ‥‥好いた女が好みになるんじゃないか?」
 目を逸らしてそう呟くと、志摩はぐったりした様子で歩き出した。
 そしてそれに習って颯も歩き出そうとしたのだが、ふとある事を思い出した。
 そのある事とは――
「『コラ、義貞ぁッ!』」
 突然響いた怒鳴り声に、義貞は勿論、この場にいた全員が振り返る。
 そして一番驚いている義貞にケラケラと笑うと、彼の顔を覗き見た。
「どうだ、似てただろ〜?」
 先ほどのどなり声は、志摩に扮し忍の目を掻い潜った声真似だ。
 似ていて当然と胸を張る彼に、義貞はバクバクいっている胸を抑えて頷いた。
「すげぇ‥‥おっちゃんソックリだった。な、なあ、俺にも教えてくれよ!」
 目をキラキラさせて迫る義貞に、今度は颯が怯む番だ。
 声真似は出来る声と出来ない声がある。
 未だ声の高い義貞がそれを出来るとは思えず、だからと言って希望を消す訳にもいかず、視線だけが泳ぐ。
「なあなあ!」
 それでも追い縋ってくる義貞に苦笑すると、颯は視線を戻して神妙な顔でこう言った。
「あと10年したら出来るようになる」
 こう言った彼の言葉を、義貞が真に受けたのは言うまでもないだろう。


 村の芋に会場を訪れた白野威 雪(ia0736)は、準備を進める村人に声を掛けていた。
「芋煮のお手伝い、致します」
「作るのも広場でお配りするのもお任せ下さい」
 雪に続いて天宮 蓮華(ia0992)、霧葉紫蓮(ia0982)と、氷那(ia5383)が名乗りを上げる。
 それを村人は友好的に受け入れると、彼らの手を借りて芋煮の準備を進めた。
 そしてある程度、準備が整った所で、芋煮の配布が開始されたのだが‥‥
「はい、こちらが芋煮です」
 そう言って雪が差し出したお椀。
 その勢いが強く零れそうになるのを、紫蓮が慌てて引き止めた。
「雪、うっかりして火傷をするなよ?」
「う‥‥気を付けます‥‥」
 頭を撫でて微笑む彼に、雪の頬がむぅっと膨れる。だがその頬は赤く染まり、見ている方としては微笑ましい。
 そしてその様子を眺めていた氷那は、かき混ぜる鍋の中に視線を落とした。
「美味しそうね、食べるのが楽しみ」
 そう呟いた彼女の耳に、ある声が届く。
「芋煮を、貰えるだろうか」
「あ、少し待ってね」
 言って新たなお椀を出そうとした時だ。
 奥で作業をしていた蓮華の声が上がった。
「まあ、天元様‥‥!」
 パタパタと駆け寄る気配。それにお椀を受け取った征四郎が目を瞬く。
「こんにちは♪」
「ああ、来ていたのか‥‥」
 義貞に誘われて祭りに参加したのだが、ここで知り合いに合うとは思っていなかったらしい。
 フッと笑んだ征四郎に、蓮華は穏やかな笑みを返す。
 そこに声が掛かった。
「お前が征四郎か‥‥僕は蓮華の弟の霧葉 紫蓮だ。これからも姉と仲良くしてやってくれ」
 そう言って差し出された手に、征四郎の目が落ちる。
 そしてその手を取ると、今度は別の方から声がした。
「初めまして、天元様。巫女の白野威と申します。よろしくお願い致しますね」
「氷那です。よろしくお願いします」
 紫蓮に続いて挨拶をした雪と氷那に、「よろしく」とだけ短い声が返される。
「仏頂面に無愛想‥‥何だか僕に似ているな」
 挨拶の様子を見ていた紫蓮は、極々小さな声で呟くと、なんとも複雑そうな表情で征四郎を見たのだった。

 そして芋煮の配布が開始されると、村人だけではなく此処を訪れた開拓者や、旅人も列をなしてそれを受け取ってゆく。
 その中に並んでいた獣兵衛(ib5607)は、咥えた煙草の火を絶やさない様にゆっくり紫煙を吐き出した。
「ただで酒が飲めるときいて、うきうき」
 漸く自分の番が来た。
 いそいそと受け取った芋煮と甘酒に、彼の獣人としての鼻がヒクリと揺れる。
「良い匂いだわい」
 そう呟いて彼の尻尾がゆらりと揺れた。
 そうして歩きだした彼が向かうのは、雛雪の花畑だ。
 足を運んだ先に見える景色は圧巻で、まさに雪原を思わせる風景に、思わず顔が綻ぶ。
 そしてその景色を楽しみながら芋煮を食べると、吊りあがった瞳が穏やかに細められた。
「ここの芋煮は美味いのう‥‥また食べたくなるわ」
 ほくほく呟き、もう一口食べる。
 そうして食を進める中で、彼の耳が音楽らしき音を捉えた。
 ヒラヒラふわふわ、白い衣装を身に纏い、花を踏まないよう花畑の中で踊るのはユリア・ヴァル(ia9996)だ。
 普段は紅い服を身に纏う彼女だが、今日ばかりは雛雪の白に合わせて白い服を着ている。
 そんな彼女の足取りは実に軽やかだ。
「触れても溶けない花の雪‥‥綺麗だわ♪」
 風に乗って舞う羽のように穏やかに舞い、手にしたケープを柔らかく空に遊ばせ、ただ心のままに軽やかに舞い、風に歌う雛雪の旋律にその身を重ねる。
「見事なものだ」
「ああ、まったくだな」
 呟いた獣兵衛に同意する声が響いた。
 振り返った先にいたのは琥龍 蒼羅(ib0214)だ。
 彼は祭りを楽しみながら、雛雪の花を見に来ていた。
「雛雪の花、か。雪と呼ばれるのもうなずける景色だな」
 そう口にしながら、踊り続けるユリアに視線を注いだ。
 踊りだしたくなる気持ちも何となくだがわかってしまう。それ程までに、この景色は見事なのだ。
「そう言えば、芋煮は食べたかのう?」
「いや、まだだが‥‥」
 獣兵衛の言葉に首を振った蒼羅の鼻を、芋煮の美味しそうな香りが擽った。
 それに目を瞬くと、「後で貰ってくる」そう口にして彼は穏やかに笑んだ。
 そんな彼らの視線の先では、踊り疲れたユリアが倒れ込むのが見える。
 そして舞い上がった雛雪の花びらが雪のように降り注ぐと、彼女の唇にクスリと笑みが乗った。
「気持ち良い‥‥最高だわ♪」
 そう口にして、彼女はうっとりと目を閉じた。

 一方、同じく花畑を見つめていたからす(ia6525)は、目の前の景色に目を細めた。
「可愛らしい雪原だ」
 そう口にして思い出すのは、復興途中な村の様子。
「かの者達にこの美しさが解らぬとはね。人の感じ方はそれぞれだから仕方ないが」
 村を襲ったのはアヤカシではなく人。
 同じ人間が、これだけ綺麗な花を愛でる事も出来ないその事に、思わず言葉が口を吐く。
 だが考えても仕方のない事。
 そう言葉を括って、彼女は改めて花畑を見た。
 そこに舞い上がる白の花弁に彼女の目が緩む。
「良い景色よ」
 彼女はそう言って微笑むと、穏やかなその景色を暫く眺めていた。

「雪のように白い花かぁ」
 見渡す限り美しい景色を眺め、琉宇(ib1119)が感慨深げに呟いた。
 その隣には友人の平野 譲治(ia5226)の姿もある。
「これは綺麗なのだっ!」
 嬉々として花を見る譲治は駆けださんばかりの勢いで身を乗り出している。
 その様子に笑いながら、琉宇はふとジルベリアの歌を思い出していた。
「薄雪草を歌った詩があったと思うけれども」
 そう呟き、記憶の中の花と目の前の花を見比べてみる。
 そうして浮んで来たのは、この花の花言葉だ。
「確か、花言葉は『大切な思い出』や『忍耐』だったかな」
「花も良いのだが、お祭りなりよっ! 全力で遊ぶなりよっ!」
 先ほどからそわそわしっ放しの譲治に、琉宇は思案から戻ると笑った。
「そうだね、それじゃあ芋煮の会場まで競走しようか」
 そう言って駆けだした琉宇に、譲治は満面の笑みを浮かべて彼の後を追ったのだった。

 そしてそんな彼らが去った後では、アルティアが感慨深げに目の前の景色を眺めていた。
「これは‥‥本当に雪みたいだし、香りも良いね」
 アルティアはそう口にすると、鼻を擽る優しい香りに目を細めた。
「‥‥この花を挿したら、きっと似合うんだろうなぁ」
 身を屈めて摘み取った花は、風に揺られてふわふわと踊っている。
「ま、言っても詮無いことだし――」
 そう呟き、彼の目が上がった。
 そして花を手にしたまま周囲を見回し、スタスタと歩きだす。
 そんな彼が向かうのは、人の輪に外れて静かに花を眺める友人――祥の元だ。
「良い景色だ」
 賑やか過ぎる場所は苦手、そう普段から感じている彼は、人とは離れた場所で花見酒を楽しんでいる。
 穏やかに流れる時間と、空気が心地良く、知らず笑みが零れるのだが、その笑みが直ぐに凍った。
 不意に感じた気配に飛び退いた彼の目に、満足そうに微笑むアルティアの顔が飛び込んでくる。
「───綺麗だよ」
「何?」
 言われて違和感に気付いた。
 耳脇に手を添えてヒクリと眉が動く。
「‥‥アル」
 クシャリと握りしめたのは、髪に挿された花だ。
 素早さを武器にするアルティアの早業が、こんな所でお披露目されたようで、油断していた祥の髪に花が飾られた。
 これには落ち着いて酒を飲むつもりだった祥も内心穏やかではなく――
「おっと!」
 ブンッと振りあげられた足に、アルティアの足が地を蹴って回避する。
 だがそれで諦める祥でもなく、再び襲いかかる蹴りに、アルティアは楽しそうに笑いながらそれを避けた。
「いやぁ、弄り甲斐があるなぁ」
 そう言って満面の笑顔を浮かべたアルティアに、祥は渾身の一撃を振るい、鉄槌を下したのだった。


 蓮華は芋煮の配布を一段落させ、征四郎の姿を探して村の中を歩いていた。
「あ、天元様!」
 掛けられた声に、征四郎は何事かと目を瞬く。
 その様子に微笑んだ彼女は、彼を探していた理由を口にした。
「これから紫蓮たちと雛雪の花を見に行くのですけれど、天元様もご一緒しませんか?」
 遠くからでも良いので一目見たい。
 その想いが叶い、これから花を見に行ける。
 それならばと、先ほど声を掛けた征四郎も誘おうと思ったのだ。
 そしてその言葉に断る理由など無く、征四郎は蓮華に連れられて花畑に足を運んだ。
「雛雪の花は綺麗ですね‥‥」
 そう口にしたのは、芋煮を手にする雪だ。
「白という色は、何色にも染まるように見えて、その実染まる事は無いのかもしれません」
 ポツリと零して芋煮を口に運ぶ。すると温かで優しい味が口の中に広がってゆく。
「本当に、雛雪の花は真っ白でとても綺麗です。まるで雪ちゃんみたいです」
 ほわっと微笑んだ蓮華に、雪は瞳を細めて微笑み返す。
 そこに甘酒が差し出された。
「楽しそうだな」
 瞳を細めて囁いたのは紫蓮だ。
 彼は2人に甘酒を手渡すと、氷那にもそれを差し出した。
「氷那はいける口か? と言っても甘酒はお子様向けだがな」
 そう言って穏やかな表情で、甘酒を注ぎ入れた。
「ええ、お酒ならいける口よ」
 ほかほかと湯気が上る甘酒は美味しそうだ。
 そして口にした甘酒は、思った通り温かで優しい味がした。
 だからこそ、紫蓮にもそれを返す。
 微笑んで彼の器にお酌をしながら、ふとある事を思い出した。
「そう言えば‥‥苦手なお酒があると小耳にはさんだのですが‥‥」
 ピクリと紫蓮の眉が動いた。
 だがそれだけだ。
 彼は静かに甘酒を口に運ぶと、蓮華と雪を見た。
「そうだ。酒に弱い蓮華と雪は飲み過ぎに注意しろよ」
 今日は3人のお守役だ。
 しっかり注意をして、そしてその目を征四郎に向ける。
「ああ、征四郎にひとつ聞きたい事があるのだが‥‥もふらは好きか?」
 真顔で問いかける声に、征四郎の眉が寄る。
 それでも頷きを返すと、紫蓮の目が外された。
 その姿を見て、氷那がまたもや呟く。
「支援さんが苦手なもので、そう言えばもふらがあるとか‥‥」
 以前、雪から聞いていた情報だ。
 それを誰にも聞こえない声で零すと、彼女は楽しげに笑みを零して甘酒を口に運んだ。
 そしてある程度、花見を楽しんだ所で、蓮華が征四郎に近付いてきた。
「あの、天元様‥‥お友達になれた事ですし、下のお名前でお呼びしてもよろしいですか?」
 真剣な表情で放たれた意外な言葉に、征四郎は面食らったように目を瞬き、直ぐにその顔に笑みを乗せた。
「ああ、そんなことなら別に‥‥」
 そう言った彼に、蓮華はホッと安堵の笑みを浮かべたのだった。


 雛雪の花の直ぐ傍で、結と薺、そして護刃は腰を落ち着ける場所を見つけて花見を楽しんでいた。
「さ、久方ぶりに3人でのんびり過ごすとするかの」
 言って、熱いお茶を護刃が配れば、結が皆の手の届く場所に、用意しておいたおはぎを置く。
 それを目にした護刃の手が、透かさずおはぎを手にして口に運んだ。
「やはり結手製のおはぎは美味じゃな」
 微笑みながら告げられた言葉に、結も穏やかに笑みを返す。
 そんな彼女の耳に、雛鳥の鳴く声が響いてきた。
「近くにいるのでしょうか」
 呟きながらも近付く事はしない。
 その大きな理由は、驚かせてもいけないから。
「愛おしいからこそ近づけぬ‥‥因果なものです」
「渡り鳥、か‥‥空翔け地を巡り、想い残し、新たな想い抱きまた渡り行く」
 ふと呟きだされた声に、結の目が護刃を捉えた。
 彼女は湯呑を口に運ぶと、冷えた体にお茶を流し込む。
「わしらは何処まで行けるんじゃろうなぁ」
 そう呟いた所で、ふと薺の姿が無い事に気付いた。
 いつの間に席を外したのか、花畑の中にある姿に目を瞬く。
 そうして彼が戻ってくると、2人はその手元に視線を釘付けにさせた。
「――花冠かの? ほぉ、器用なものじゃのぅ‥‥」
「この花なら作れるかと思いまして‥‥失礼しますね」
 薺はそう断ると、2人の頭に花冠を被せた。
 その姿に薺の顔が綻ぶ。
「お似合いですよ、お姫様方‥‥とてもお綺麗です」
 そう言って微笑んだ彼に、2人も穏やかな笑みを返したのだった。

 白いふわふわのショールを羽織ったアルーシュ・リトナ(ib0119)は、恋人のグリムバルド(ib0608)と共に、雛雪の花畑を訪れていた。
 辺り一面に咲く花を見つめながら、踊るように花の間を歩くアルーシュを、グリムバルドは穏やかな表情で見つめ歩いている。
「あまり、手を引くな」
「だって、綺麗じゃないですか」
 いつもよりはしゃいで手を引く恋人に、グリムバルドは自然と零れる笑みに気付いた。
 そして不意に離れた手に、名残を感じながらも彼女の行動を見守る。
「本当に綺麗‥‥」
 囁き摘み取った一輪の花。
 それに顔を寄せて香りを楽しむと、そっと花弁に唇を落とした。
 そしてグリムバルドを振り返り、彼の髪にそっとそれを挿す。
「帰ったら押し花にしますから、落とさない様に持ち帰って下さいね?」
「落とさないでって‥‥」
 苦笑しながらも断れない彼に、アルーシュは「良く似合いますよ」と囁いて花畑に溶け込んで行った。

 一方、雛雪の花畑を目にしたセシル・ディフィール(ia9368)は、花畑の中に佇み、目の前の光景をじっと見つめていた。
「‥‥凄いとは思っていましたけれど、想像以上!」
 ほうっと息を吐いた彼女の目の前を、風が駆け抜ける。
 それと同時に舞い上がった花に、更に溜息が洩れる。
「とても綺麗‥‥」
 耳を擽る雛の声も心地良く、魅入るには充分過ぎる消しに瞳を釘付けにする。
「後で、少しだけ、持ち帰らせて貰いましょうね」
 そう囁き、家でもこの花を楽しめる、その時を想像して笑顔を零した。
 そんな彼女の傍では、石動 神音(ib2662)が、雛雪を前に立ち尽くしていた。
「綺麗‥‥」
 頬を流れた一滴の涙。
「神音?」
「本当に美しいものは心を揺さぶるものなんだね」
 声を掛けた兄――神咲 六花(ia8361)に笑いかけながら涙を拭う。
 その姿にコクリと頷くと、神音の目が足元の花に落ちた。
「にーさま、花冠作ろう!」
 言ってその場に座り込んで花を摘み始めた彼女に、六花は目を瞬く。
「僕に出来るのかな」
 そう口にしながらも、神音に習って花を摘むと、教えられる通りに花を編み始めた。
「あ!? ‥‥むぅ」
 手元が無茶苦茶な動きをする中、少しずつ網上がる花。だがそれと同時に、六花の手も次第に傷ついて行っていた。
「だ、大丈夫?」
 神音はそう言うと、兄の手に応急処置を施した。
 不器用なのは知っていたが、ここまでとは‥‥。
 それでも花冠が出来上がると感無量で、出来あがったそれを繁々と眺めてしまう。
「六花にーさま、これ‥‥」
 花冠を眺めていた彼の頭に柔らかな感触が触れた。
 目を上げると神音の恥ずかしそうな笑みが見える。
 良く見れば、彼女の編んだ花冠が頭に乗っているではないか。
「ありがとう、神音」
 思った以上に紅く染まった頬を誤魔化すように、横を向く。
 それでも嬉しさは隠しきれず、お礼を問えば、神音は笑顔を浮かべて首を横に振った。
「にーさまが喜んでくれたら、それがお礼だよ!」


「うっわ〜! とっても素敵‥‥まるでお伽噺の中にいるみたい♪」
 嬉々として声を上げたのは、師と仰ぐ朱麓(ia8390)と共に此処を訪れた百々架(ib2570)だ。
「へぇ、これが雛雪か。本当に雪みたいに真っ白で綺麗な花弁だねぇ」
 感心したように呟く朱麓に、百々架は「そうでしょう!」とはしゃいでいる。
 そんな彼女たちの直ぐ傍では、同じように雛雪の花畑を見つめる和奏(ia8807)の姿があった。
 雛雪の花を見てみたい――そんな思いで参加した彼の目は、目の前にある雪のように白い花に注がれている。
 そんな彼の目には、雛雪の花と同じく、復興を目指す村の姿も見えていた。
 毎年変わらず咲く花と、未だ残る災禍の爪跡。
 儚く散る花と、根幹に負けず復興する人。
 食べ物の少なくなるこの時期に雛を育てる鳥も、彼の目にしっかりと映っている。
「一見、儚く見えるものが意外と強かったりするのだなぁ‥‥」
 ポツリと呟き歩きだした彼の足が、花畑に向かう。
 誰かの邪魔にならない所から、のんびり花を見ようと歩きだした彼女の脇を、元気に駆け抜ける存在があった。
「良い獲物が捕れた♪」
 銃と仕留めたらしい兎を手に村に駆けて行くのは、フェムト・パダッツ(ib5633)だ。
 花を楽しむために参加したのだが、ふとした切っ掛けで雛雪の誕生日である事を知った。
 故に何か贈り物をと思い、急ぎ狩りに出かけていたのだ。
「うわぁ、お兄さんが捕って来たの?」
 手にされた兎を目にした雛雪は、感心したように彼の手を覗き込んだ。
「ちょっと豪華な鍋でも‥‥と、思って。それに、この毛皮で襟巻作ったら気持ち良いだろうからさ」
 言って、黒豹の耳と尻尾を揺らす。
 その様子に目を輝かせた雛雪は、嬉しそうに頷いた。
「あ、でも。加工はすぐには無理だから、完成品を後日届けるよ」
「うん、楽しみにしてる!」
 そう言って笑った雛雪に、フェムトは今さらながらにある事を思い出した。
 そして、笑みを顔に乗せる。
「そう言えば、花祭り‥‥良いね」
 突然の話題に、雛雪の目が瞬かれたのだが、直ぐに「うん!」という元気な声が返って来た。
 その笑顔に笑みを返すと、彼は急ぎ鍋の準備をすべく、村長の家に入って行ったのだった。

 その頃、雛雪の花をお土産に、と花を摘んでいた柚乃はとある人影を発見していた。
「‥‥あれ? 今のは‥‥まさか」
 花を手に慌てて駆けだす。
 そうして村の中に彼女が向かった頃、初めての依頼参加で適当に辺りを歩いていた緋那岐(ib5664)は、受け取った甘酒でほっこり一息吐いていた。
「思わずきちゃったけど‥‥まぁ折角だしな」
 そう言って、甘酒を啜る。
 そうして再び息を吐くと、彼の目が見開かれた。
「あ‥‥あれって‥‥」
「莉玖!」
 本名で呼ばれてドキリとした。
 目を瞬き、抱きついてきた存在に、甘酒を慌て持ち上げる。
「莉玖も。来てたんだね!」
 嬉しそうに顔を覗き込んで来たのは柚乃だ。
 莉玖こと緋那岐は、柚乃の双子の兄であり、妹を探して神楽の都に来た。
 まさかこんな所で再開するとは‥‥
「あ、兄上達に云われて仕方なくだな‥‥な、なんだよ」
 じっとこちらを見る柚乃にたじろぐと、彼女は何も言わずに微笑んで彼から離れた。
「本当に、久しぶり‥‥」
 そう言って再会を喜ぼうとしたのだが、唐突に緋那岐の動きが止まった。
 そして――
「!? ち、近付くなよ」
 じりじりと下がる緋那岐。
 何事かと目を向けた先にいたのは大福丸だ。
「まだ、駄目なの‥‥?」
 きょとんと呟き、大福丸を抱きあげた柚乃に、緋那岐の口元が揺れる。
 そんな彼には、トラウマがあった。
 幼い頃に、大量のもふらにもみくちゃにされ、以降、もふら恐怖症になったと言うもの。
「ち、近付くなぁッ!」
 何気なく近付いた柚乃に、緋那岐の叫びが響く。
 それを耳にした大福丸は、まさか自分のせいで叫んでいるとは思わず、キョトンと首を傾げていた。


 村は完全に復興を遂げた訳ではない。
 それを知ったセシルは、村全体の様子を見回してホッと息を吐いた。
「村人方々を見るに、立ち直っておられる様ですね。良かった‥‥」
 呟きながらも、未だ被害の跡が見える姿に心が痛む。
「何かお手伝いできる事があれば良いのですけど」
 そう口にした彼女に、モハメド・アルハムディ(ib1210)が声を掛けた。
「人助けはサダカ。詳しい事は知りませんが、話を聞いてから何か出来ないかと考えていました」
 祭りの雰囲気は壊したくない。
 だからこそ公には動けないのだが、何か役に立てる事は無いかと、モハメドは村の中を歩いていた。
 そして同じ考えを持つセシルを見つけ、声を掛けたのだ。
 そこに村人の1人が通りかかる。
「おや、あんたたち。こんな所でなにしてるんだい?」
 不思議そうに声を掛けた女性に、セシルの目が崩れた民家の屋根に向かう。
 それを見た女性は、豪快に笑うと片手を振って見せた。
「いや、悪いねぇ。まだまだ片付けが終わんなくてさ。でもまあ、雪が降る前には終わらせるから、心配しなくて良いよ」
 そう言ってセシルと、モハメドの肩を叩いた。
「では、もしお手伝いできる事がありましたら、何なりとお申し付けください。ギルトに依頼下されば、直ぐに駆けつけますし」
「アーニー、私も何でもお手伝い致しますよ」
 丁寧に言葉を返す2人に、女性は「ありがとうよ」と言葉を返した。
 それに対してモハメドが穏やかに微笑む。
「いいえ、喜んで下されば、それが私にとっても嬉しいのです」

「さて、あたしは厨房でも借りさせて貰おうかね」
 朱麓はそう言って、料理の手伝いをしていた。
「お客人にこんな事をさせて、すまないねぇ」
 申し訳なさそうに初老の女性が口にする。
 そんな彼女が作るのは、宴のための料理だ。
「村の皆も復興作業だ何だので忙しいんだろ? 今日ぐらいはゆっくり休みなって。あたしだってこれでも家事くらいは出来るんだからさ」
 豪快に笑って見せる朱麓に、村人は好感を持って彼女を受け入れた。
 そうして手伝いを続けて行く中で、彼女には1つ気がかりな事があった。
 それは朱麓を師と仰ぐ百々架の存在だ。
「あの、あたしにも何かお手伝いすることはありませんか?」
 そう言って厨房を覗き込んだ百々架に、朱麓は「おいで」と声をかけ、彼女の望むように手伝いをさせてやった。


 日が暮れ、空気に寒さが含み始めた頃、村長の家では穏やかな宴が始まっていた。
 アルーシュは、そんな中で想いを籠めて歌っている。
 それに合わせて琉宇やモハメドが楽器を奏で、家の中は優しい音色に包まれていた。

生まれたばかりの 無垢な白
何にも染まらぬ幸せを
全てに染まる繋がりを

ありがとう
おめでとう
一輪の花に込めて…♪

 この月に生まれた女の子、そしてお祭りを開かれた村の方、全ての方に感謝と祝福を籠めて――。
 神々しいまでに歌う恋人を眺め、グリムバルドは苦笑を零した。
「こういう時出番が無ぇのも困り者‥‥楽器でも練習してみるかね」
 おそらく才能は無いだろう。
 だが演奏ができたら楽しそうだ。そう、純粋に思う。
 だからこそ、次の機会には彼女の隣で何かを弾いてみようと思う。
「その為にはまずは練習だな」
 そう零して、愛しい人へとその目を戻した。

 アルーシェの歌が終わると、六花と神音が、雛雪の花で作った冠を手に、雛雪に歩み寄った。
「お誕生日のお祝いと、素敵な花を見せてくれたお礼だよ!」
 言って、神音が彼女の顔を覗き込む。
 そして六花が花冠を被せると、彼女の頬が赤く染まった。
「お雛様、いやお姫様みたいだよ」
 微笑みながら言われる言葉に、更に頬が熱くなる。
 そこにリンカも近付いてきた。
「あたいからはこれだよ」
 言って差し出したのは、虎のぬいぐるみだ。
 これはぬいぐるみを加工して作った湯たんぽで、この季節にはピッタリの贈り物である。
「あ、ありがとう‥‥」
 思いもかけないプレゼントに、雛雪は雛雪の花に負けず劣らず、輝いた笑顔を開拓者たちに向けたのだった。

 こして開かれた宴では、料理を食べるのも楽しみの1つだ。
 此処、隅の方で大人しく飲み食いをするペケ(ia5365)もまた、そうした者の1人である。
 彼女は村人が用意した料理を、次々と平らげている。
 そんな彼女の隣では、ソード・クロウ(ib5670)と日向 燈真(ib5692)も、出される料理に舌鼓を打っていた。
 そんな彼女たちの耳に、賑やかな音楽が響いてくる。
 シャンシャンと鳴り響く音、その音に合わせて踊るのはリリアだ。
 彼女はくるくると楽しげに踊りながら、雛雪の手を取り踊りの輪に引きいれた。
「雛雪さんは、愛されてます、ね」
 クスリと笑って囁くリリアに、雛雪の目が瞬かれる。
「だって、花は‥‥沢山の人に愛されて、育つもの‥‥ですもの」
 そう言って微笑んだ彼女に、雛雪は気恥しげに微笑んだ。

 飲んで食べて、歌って踊って。
 賑やかな宴の席の中で、朱麓は仲間と共に食事を楽しむ義貞に話しかけた。
「そういや義貞は他の開拓者と一緒にこの村を救ったんだっけか。良ければその時の話をしてくれないかいね」
 言って笑った朱麓に、義貞の目が瞬かれる。
「あっ、あたしも義貞君の武勇伝を聞きたいですぅ〜…へぶっ!?」
 額に落ちた強烈なチョップ☆
 それに朱麓に抱きついた百々架がヘナヘナと崩れ落ちる。
「も、百々架姉ちゃん! 大丈夫か!?」
 慌てて百々架を抱え起こすと、彼女はいつものことと笑って手を振って見せた。
 そして直ぐに気を取り直すと、百々架の目が雛雪を捉えた。
「あ! あなたが雛雪ちゃんね!」
「そう、だけど‥‥」
 行き成り手を取った百々架に、雛雪は目をぱちくりさせて彼女の事を見ている。
 そんな彼女にニコリと笑って、百々架はコッソリ囁いた。
「‥‥で、義貞君とはどこまでいったの?」
 ニンマリ笑った彼女に、雛雪の顔が赤くなる。
 そしてわたわたと何かを返すのだが、義貞の気は既にそこには無かった。
「久しぶりだね」
 そう気さくに声を掛けて来た、リンカ・ティニーブルー(ib0345)に挨拶をしている。
 彼女は義貞の隣にいる雛雪を見て微笑んだ後、彼の顔を覗き込んだ。
「義貞さんも、守りたいモノがより一層増えて、生きる意味が、意義が増えてるんだね」
 嬉しそうに囁く彼女へ、照れくさそうな笑みが向けられる。
 それを見るだけで十分だ。
 村を回っている間にも、彼が紡いだ人の縁は見て来た。
 それを思い返せば、嬉しい以外の何物でもない。
「人と人の縁は大事だ。これからも、沢山の縁が義貞さんに訪れるんだろうね」
 そう口にすると、開拓者になる為の試練を受ける為、必死になって頑張っていた彼を思い出し彼女は笑みを零した。


 宴会の最中、義貞はそこを抜けだして外に出ていた。
「人を斬ったか」
 突如降ってきた声に、義貞の目が上がった。
 民家の屋根の上、月の光を浴びて腰下ろしたからすの姿が見える。
「命は取ってないとはいえ、あまり思い出したくはないだろうがね。本当に恐ろしいのはアヤカシなんかじゃない」
 そこまで言った彼女に、義貞の眉が寄った。
 そんなことは分かっている。そう語るような瞳に、からすはふと笑みを零し、高所から臨める雛雪の花と村を見た。
「己の信じるままに武器を取るといい」
 自分の行いが間違いでない事を証明すれば良い。そうして出した答えがこの村の景色だ。
 からすは言外にそう伝えると拝借してきた甘酒に唇を落とした。

 宴会の最中、礼野 真夢紀(ia1144)は1人静かに筆を取っていた。
 穏やかな表情で紙に墨を走らせる彼女が記すのは、今日一日で起こった出来事だ。

『お姉様、ちぃ姉様。
 本日は、小さな村の花祭りに行きました。
 雛雪という名前の小さな白い、綺麗な花です』

 そこまで記して目が動く。
 その目が捉えるのは拝借した2輪の雛雪の花だ。
「姉様が送ってくれた蜜柑とジャムも好評でしたし、ご用意したおにぎりも好評でしたね」
 微笑んで呟き、再び筆を走らせる。
 そうして書き綴った文の最後に記した言葉は――押花にして文と共に雛雪お送りします。
 これから少しだけ手間を掛けて雛雪の花を押し花にする。
 それを思い真夢紀は穏やかな笑みを浮かべ、柔らかな雛雪の花を手にしたのだった。