懸けた命、そして‥‥
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: シリーズ
EX :危険
難易度: 難しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/12/04 16:22



■オープニング本文

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 周囲の山が紅く色付いていた。
 ただ、彼岸・黄にそれを楽しむ余裕などなく、目的に向かって足を動かし続けるだけ。

――生きて出られる事があれば東房に来い。もしかすると兄に会えるかもしれないぞ。

 その言葉が黄を動かしている。
 楼港を抜けて東房国を目指して既に半月。
 北面国と東房国の国境はまだ僅かに遠い。
「‥‥兄さん、無事だと良いけど」
 思わず呟いた声に、志摩の手が彼女の肩を叩く。
「確証はねえが、お前さんが辿り着くまでは無事だろう。問題は合流した後‥‥若しくは、そうなる直前か」
「どういうことだ?」
 思案気に呟く志摩に黄の目が向く。
 それに僅かに視線を寄こすと、志摩は口元に苦笑を浮かべた。
「黄は輝って奴に誘き出されて此処まで来た。紅もそれは同じだろう――となると、そこまでする理由があるんじゃねえのか‥‥ってな」
 確かに輝は黄や紅を誘き出す事に成功している。
 それは裏を返せば、いつでも手を出す事が出来たと言う事。つまり、粛正を行おうと思えば、いつでもできる状態だったのだ。
「奴にはまだ何か企んでる事があるのかもしれねえな」
 志摩は黄の頭を撫でて呟くと、ふと足を止めた。
 視線の先に見えるのは何日かぶりの村だろうか。
 稲の刈り入れを終えた畑が囲む、小さな村だ。
「まあ、頭を使うのはいつでもできる。今は休養を取るのが重要だろう」
 言って彼は村に足を向けた。
 村の中は酷く静かで人の気配がない。
 良く見れば家の戸や壁に穴が開き、長いこと人が住んでいないのが伺える。
「廃村か? いや、しかし――」
 外にあった畑は人の手が入っているようだった。となると、この時期だけ人がいないのだろうか。
 だがそれも違和感がある。
「志摩、なんだか此処はヤバい」
 黄はそう呟き志摩の袖を引いた。
 その動きに志摩も頷き、彼女を背に庇い村を出ようとするのだが、その足が直ぐに止まった。

――ザッ。

 土を踏む音に、志摩と黄の目が警戒を含ませそちらを捉える。
 そして、「誰だ」そう問う前に黄の口が動いた。
「紅、兄さん‥‥?」
 質素な着物に赤い髪、黄にとっては懐かし過ぎる顔がそこにあった。
 だが駆け寄る事はしない。
 無事だったと言う歓喜はあるが、あまりにこの巡り合わせは不自然だった。
「黄‥‥お前‥‥無事だったんだな。輝は如何した? お前のことを頼んでいたはずだが‥‥」
 輝と会うように言い残したのは兄――紅だ。
 ここはその場所から更に先に行った場所になる。
 つまりここにいると言う事は、輝と一緒にいなければ可笑しい。だが黄は輝とはおらず、見ず知らずの人物達と一緒にいる。
「そっちの人は開拓者か? そうか、開拓者に依頼してここまで‥‥だが、無事で良かった」
 ホッと息を吐く仕草に、黄の目が上がる。
 そして何かを言おうとした所で、彼女の口から声にならない悲鳴が上がった。
「予想通りだな」
 耳に付く嫌な笑い声に、全員の目が向く。
 そこにいたのは面を被った黒装束の男。
 手にした小太刀が遠慮なしに紅の背を突刺している。
「――‥‥その声‥‥輝、か?」
 掠れて漏らされた声に、輝は面を外して紅を見た――次の瞬間、彼の元から小太刀が抜き取られる。
「ぐぁッ!?」
 溢れる鮮血に、黄が溜まらず駆けだした。
 急ぎ崩れ落ちる紅の体を抱き止め、自らの体で庇うようにして輝を見据える。
 その視線に輝は冷えた視線を注ぐと、クツリと笑って小太刀の先を彼女に向けた。
「毒を吸わせた刃だ。時期に意識が無くなり、眠るように冥府に旅立つだろう。お前も直ぐに後を追わせてやろう」
 そう言い振りあげられた小太刀を、黄は忍ばせていた苦無で受け止めた。
 熟練のシノビである輝の攻撃を、黄が受け止められるはずはない。
 確実に手加減された一撃に、黄は奥歯を噛みしめる。
「輝さん‥‥何で、こんな‥‥何で、縁兄さんだけじゃなく、紅兄さんまで!」
「ほう、縁を殺めたのが私だという確証でも得たか? まあ、有り得ないだろうな。勘で物を言った所で誰も納得はせんぞ。だが‥‥」
 輝は一度言葉を切ると、黄の苦無を弾くように小太刀を揺らした。
 それに合わせて、操り人形のように彼女の手が弾かれる。
 そうして再び刃の切っ先を黄に向けると、彼は意識が朦朧と仕掛けている紅に目を向けた。
「お前の家族は、他のシノビが始末した。残るはお前ら2人だけだ。北條の掟は絶対――抜け忍をした者は、その者を含め家族にも制裁が及ぶ。如何なる理由があろうとも、な」
「確かに‥‥掟は絶対だ。だが‥‥真実を知る為に、里を出るよう‥‥俺を説得したのは、お前だろ‥‥っ」
 絞り出すような紅の言葉に、黄は勿論この場の全員が息を呑んだ。
「『兄の死因に疑問があるので調べたい』そう言ったお前に『東房に逃げたシノビが怪しい』そう、教えただけのこと。それを鵜呑みにして外に出る方が愚かだ」
「長には話を通しておく‥‥そう言ったのも、お前‥‥そして‥‥抜け忍の疑いを掛けられたと教えてくれ、それを改善する法としてシノビの情報をくれたのも‥‥お前だ」
 全てが輝の言葉が元で動いてきた。
 冷静に考えれば、それらが嘘だと分かったのかもしれない。だが彼の言葉を鵜呑みにする程、紅は輝を信じていた。
「何故、こんな事を‥‥」
「心があるから此度の事がある――簡単な理由だろう?」
 言うが早いか、輝は小太刀を振り下ろした。
――ガンッ。
「‥‥また、開拓者か」
 輝の小太刀を受け止めた志摩に、冷やかな視線が注がれる。
「ここまで北條のことに首を突っ込んで、ただで済むと思っているのか?」
「生憎と、俺らの仕事はコイツを護る事でなぁ。北條の情勢ってのは二の次なんだよっ!」
 轟音と共に振られた太刀を、輝はヒラリと避けて後方に飛んだ。
 そして間髪入れずに指笛が鳴らされる。
「これだけのシノビを相手に生き残れるか? 黙って見ていれば、命だけは助かったかもしれないのにな」
 輝は喉奥で笑いながら、村の至る所から出て来たシノビを示した。
 数は、以前森で対峙した時と僅かに少ない程度だろうか。
 それでも多いことに変わりはない。
「さあ、逃亡劇もここまでだ。北條の粛清を果たすとしようか」
 そう言って、輝は自らの刃を開拓者たちに向けた。


■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
千見寺 葎(ia5851
20歳・女・シ
千羽夜(ia7831
17歳・女・シ
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
鹿角 結(ib3119
24歳・女・弓
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
リリア・ローラント(ib3628
17歳・女・魔
色 愛(ib3722
17歳・女・シ


■リプレイ本文

「黄、紅の状況はわかるか?」
 周囲が一気に殺気立つ中、志摩は太刀を手に黄に問いかけた。
 その声に、傷口を押さえる黄が首を横に振る。
「っ‥‥血が‥‥それに、毒も‥‥」
 徐々に冷たくなる体。
 押さえる場所から溢れ出る血に、焦りばかりが募ってゆく。
「ちと、見せるんじゃ」
 顔色青く紅を抱き締める黄に、高倉八十八彦(ia0927)が近付く。
 そうして霊杖「白」を構えると、練力を送り込んだ。
「ほう、巫女がいたか」
 感嘆の声を漏らす輝に、開拓者たちが透かさず黄と紅を囲むように動き出す。
 その様子を感じ取りながら、八十八彦は解毒に力を注いだ。
「効くと良いんじゃが」
「私も‥‥お手伝い、します‥‥」
 そう進み出たリリア・ローラント(ib3628)は、八十八彦の傍で砂流無の杖を振るった。
「リリア‥‥八十八彦‥‥」
「‥‥大丈夫。治せる‥‥治してみせますから」
 不安げに視線を注ぐ黄に、リリアは力強く言い放つ。
 そして瞼を伏せると、彼女の全身が淡く光る白燐に包まれた。
「紅さん‥‥私の声が、きこえますか?」
 囁きながら降り注ぐ光は、紅の体も包み込む。
 毒を解く癒しと、回復を促す癒し。
 その2つを受ける紅の指先が、ピクリと揺れた。
 その変化に輝が気付いた。
 毒の染み込ませた小太刀を手に彼が向かう先は、意識を戻そうとする紅の元。
 だが――
「どちらに行かれますかな」
 響く金属音、その反響音を波紋に映した秋桜(ia2482)が、眼前の輝に問う。
「まさか、美女の誘いを断り尻尾を巻いて逃げるほど野暮ではありますまい?」
 受け止めた小太刀は、秋桜の刀を押し返そうと力が籠められている。
 その力は僅かに輝が上。
 しかし秋桜はそんな様子を欠片も見せずに、淡い笑みを唇に浮かべて見せる。
 その事に輝の眉が揺れると、ふと彼の目が彼女の行動で止まった。
「‥‥それは何だ」
「毒を使う事はこれまでの行動でお見通しよ」
 妖艶な笑みを浮かべた色 愛(ib3722)が、紅に寄り添い彼の唇に水筒を宛がっている。
「どんな毒をも中和する薬を用意してあるの。そしてそれがこれ――」
 愛が言葉を紡ぎ終えるのとほぼ同時だった。
 ジャリッと砂を踏む音がして、秋桜の視界に輝の足が迫る。
「退け」
 低く囁かれる声。
 秋桜を押し退け紅の元に向かおうと言うのだろうか。
 だが、彼が地を蹴るのと、愛が水筒の中身を飲ませるのはほぼ同時だった。
 注ぎ込まれる液体を嚥下する紅を見て、輝の口に苦い物が浮かぶ。
 そして振り上げた足を一気に降下させた所で、彼の動きが止まった。
「――これ以上、僕の大切な方々に牙を向かないでもらいましょう」
 刀の鞘で受け止められた足、それを輝の視線辿る。
「お前もシノビか‥‥」
 低い感情の消えた声に、蹴りを受け止めた千見寺 葎(ia5851)の鞘が相手を押し返す。
 そして反発することなく後方に飛び退くと、彼の前に3つの壁が出来た。
「貴方の相手は僕達がします」
 そう口にした上で彼女は黄を見る。
――どうか、生き抜いて下さい。
 そう目配せをして輝を見ると、葎は手にした刀を握り締め、戦闘の体勢を取った。

 敵は輝だけではない。
「紅さんの様子はどう?」
 周囲にある忍を前に、千羽夜(ia7831)が問う。
 その声に八十八彦は1つ頷きを返した。
「何とか効いておるみたいじゃ」
「そう、良かった‥‥」
 ホッと息と共に呟いて前を向くと、志摩が声を掛けて来た。
「それじゃあ俺は、奴らの相手でもしてくるか」
 今まで千羽夜と共に警戒していた志摩は、そう口にすると歩き出した。
 その姿に慌てて声をかける。
「軍事さん。軍事さんには忍の相手を――」
「わかってるって。輝の奴は嬢ちゃん達に任せるさ。俺は雑魚の相手をな」
 わざと強調された「雑魚」と言う言葉に、空気がざわめく。
 その様子に気付いた千羽夜も、大きく拳を握って見せる。
「豪快に蹴散らしてね!」
 志摩と同じく、周囲に聞こえるように声を上げた。
 すると空気は更にざわめき、忍の動きが忙しなくなる。
 それを感じ取ると、志摩は片手をあげて護衛が控えるその場所に向かった。
「よぉ、そっちはもう大丈夫なのかい?」
「ああ、頼もしいのがいるからな」
 やって来た志摩に、弓「緋凰」を構えて不破 颯(ib0495)が問う。
 その目線上には、今まさに飛び掛かろうとする忍がいる。
「しっかし、己が目的の為に北條の掟を利用するとは、随分狡いことを思いついたもんだねぇ」
 そんな颯の声に、同じく護衛線で戦闘に備える鹿角 結(ib3119)が、戦弓「夏候妙才」の先を見据えた。
「抜け忍騒動自体をその親友が仕組んだ‥‥」
 1人呟き息を吐くと、一瞬だけ彼女の眉間に皺が寄る。
「わざわざ占有を陥れる理由が輝さんにあった事が不思議ではありますが」
 そう言って黒塗りの弓を限界まで引く。
 そこに言ノ葉 薺(ib3225)の声が届いた。
「何にしても、ここで終わりにしましょう」
「そうですね、探るよりも先に行き残らなければ」
 頷き紡いだ言葉に、薺は薙刀「巴御前」を構える。
「例えそれが戯言であっても、私が振るう武はただ己が求めるモノの為に」
 そう口にすると、彼の足が敷き詰められた藁を踏み締めた。

●命を繋ぎ
「解毒‥‥効いて良かったですね‥‥」
 リリアはそう言いながら、今一度回復の手段を紅に送る。
 毒を受けて以降、悪くなっていた顔色は徐々に回復に向かっている。
 それでも出てしまった血までは補えない。
 周囲は既に戦場と化し、いつこの場に攻撃が来てもおかしくない状況だ。
「人の心は綺麗なだけじゃないけど、誰かを想う為にある。この人の為になら命も心も懸けられるって気持ち、今ならわかるわ」
 忍の攻撃を警戒していた千羽夜が、苦無「烏」を手に呟く――と、そこに光りが射した。
「――ッ」
 急ぎ苦無で刃を受け止める。
 間近に迫ったのは、護衛線で討ち漏れた忍だ。
「命令に従い動くことこそがシノビの生きる道だろ」
 黒い覆面の向こうに見える冷淡な瞳、それが語るのは忍の真実かもしれない。
 だが――
「確かに私の考えは自己満足よ。全てを懸けられて独りになる相手の気持ちが見えていないのかも」
 力で刃を押し切ろうとする相手の力に、千羽夜の足が僅かに下がる。
 だが後方に控えている護る存在が彼女の背を押す。
「私は‥‥いいえ、私たちは輝さんと決着をつけなきゃいけないの!」
 瞬間、千羽夜の身が崩れた。
 しかしそれは一瞬の事で、崩れた身から凄まじい一撃が放たれる。
「ッ!」
 光の線を描きながら迫る刃が敵の首筋を掻く。そしてそこから鮮血が漏れると、敵は力なく崩れ落ちた。
「決着は付けなきゃいけないの。でも、私は彼の本心が‥‥何に自分自身を懸けていたのか、知りたい‥‥」
 呟き、苦無の血を払う。
 そんな千羽夜に、自分と紅、そして黄に加護結界を施しながら八十八彦が呟く。
「まあ、確かに分からんことばかりじゃ」
 輝が語った言葉が事実なら、男同士の痴情のもつれや、相手が同格なのに上に見られて悔しかった‥‥などが浮かぶ。
「愛も憎しみも、結局は同じじゃけえ、別にどっちでも構わんのじゃが」
 言って言葉を切った彼に、黄が不思議そうな視線を向けた。
「実は逃がすために、悪者ぶって追手のフリ‥‥とかは、過程が今一つ分からんかね」
 肩を竦めて見せた彼に、黄は緩く首を横に振る。
 そんな彼女の腕には、目を閉じたままの紅がいる。
 治療は終わっている。
 開拓者としての能力がある彼ならば、直ぐにでも目を覚ますだろう。
「東房に逃げたシノビ‥‥楼港で、輝さんが殺めたのは‥‥輝さんそっくりの、シノビ‥‥」
 仲間と対峙する輝を見ながら、リリアはポツリと呟いた。
「声を変えていた理由‥‥友‥‥仇――もしかして‥‥縁さんを殺めたのは、輝さんじゃなくて‥‥」
 リリアがそうした考えに行くのもわかる。
 東房に逃げたシノビを追った輝が、そのシノビを殺めて仇を討とうとした。
 そう考える事も出来る。だが、そうなってくると、彼がここで紅を刺すのはおかしい。
 だが、この考えが如何しても捨てきれない。
「黄さん‥‥抜け忍の疑いは、晴らせないのですか?」
 リリアの声に、黄の目が上がった。
「‥‥私には‥‥どうしても、輝さんが嘘を言っているようには見えないんです」
「‥‥リリア」
 彼女の優しい性格はこの道中でたくさん目にしてきた。
 その度に傷つく姿も見て来た。だからこそ、彼女の言葉を否定する事が出来ない。
「ボクは‥‥アンタたちを信じる事は出来ても、今の輝さんは信じる事が出来ない」
 初めの頃に言った言葉をここで撤回する。
 その上で、輝が信じられるかと問われれば、黄は迷うことなく首を横に振る。
「俺はまだ‥‥信じられない。だが‥‥」
「兄さん!」
 いつの間に目を覚ましたのだろう。
 黄の腕を押して起きあがった紅は、ふらつく足で立ち上がるとこの場を見回した。
「‥‥奴は、本気で俺達を粛正に来ている」
「そうじゃね‥‥ほがな、今回の事が陰謀としても、他のシノビが自分の一派でないと話を聞きつけて、後で疑われかねんのよね?」
 前に出ようとする紅の腕を掴み、八十八彦が言う。
「でも自分の一派で固めたら、それはそれで逃がすためだとか、最初から陰謀だとかで疑われてしまう――となると、この粛正が本物の可能性が高い‥‥そう言うことじゃろうか」
 紅は僅かに目を瞬くと、すぐさま苦笑を浮かべて頷いて見せた。
 そして懐から苦無を取り出し構える。
「ああ、これは確かな粛正だ。そして、まだ何かある」
「‥‥何処に行く気ですか」
 足を踏み出そうとした紅の前に、リリアが出た。
 そして彼の顔を真っ向から睨みつける。
「退いてくれないか‥‥輝と決着をつけるのは、俺の役目だ」
 そう口にする彼の足元はフラフラだ。
 今にも倒れそうな状態で輝の元に行き、一体何が出来ると言うのだろうか。
「‥‥妹さんを護るのが、兄である貴方の役目でしょう?」
 リリアはこちらを不安げに伺う黄を見て、頷いて見せる。
 そして改めて紅を見るときっぱりと言い放った。
「傍に、いてあげて下さいな‥‥勿論、私達も傍にいますけれど、ね?」
 優しい声と同じ、優しい笑みが零れる。
 それを目にした紅が腕を下げたその時だった。
「危ない!」
 紅の声と同時に迫った手裏剣。
 それを千羽夜が叩き落とす。
 そしてリリアが間髪入れずに氷の結晶を放つと、手裏剣を放った忍がその場に倒れた。
「リリアちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
 最悪の事態は避けなければいけない。
 そんな思いを胸に、彼女達は黄と紅を護ることに意識を集中させた。

●闇を背負いし者
 周りに潜む忍の数は圧倒的。
 足元に敷き詰められた藁も気にはなるが、吹き荒れる風に対策を取る事が出来ない。
「‥‥数が、多いですね」
 絶え間なく矢を放ちながら結が呟く。
 今の所、相手が接近してくる様子は無い。
 それでもいつ踏み込んでくるかは分からないのが現状だ。
「輝さんを押さえる事が先決ではありますが、そちらは対応される方にお任せして正解でしたね」
 視界端に映る、輝の姿。
 彼の事は他の仲間に任せておけば間違いない。
 そうとなれば、自分達は自分達の成すべき事をするまでだ。
「そうだな。奴の心がどうであれ、全員五体満足で帰らせてもらうさぁ。そのためにここまでやって来たんだから、な――ッ!」
 間を置かずに番えた颯の矢。
 同時に放たれる無数の矢に、忍達が動いた。
 それに透かさず薺が動く。
「数も地の利も状況も不利。まずは様子見、守勢に回らざるを得ない‥‥そう、思っていましたが」
 迫る攻撃を、正面から受け止める。
 武器同士がぶつかり合う音を耳に留め、薺の足が下がった。
 だが引く訳にはいかない。
「――薺さん!」
 結の声に彼の耳が動いた。
 目を向けた先に見えた、もう1人の忍びの姿。
 彼は咄嗟に足を引くと受けていた刃から逃れた。
 だがそこに敵が追いすがる。
 腕を裂く痛烈な痛みに眉を潜めつつ、手にした武器を握り締める。
「痛みを恐れてなどいられません‥‥っ!」
 言葉と共に薙刀を炎が包んだ。
 そして空気を裂いて目の前の敵を討つ。
 透かさずもう1人の忍も迫るが、その姿を柄で牽制すると、結の矢が敵の胸を射ぬいた。
「申し訳ありません」
「いえ、それよりもお怪我が‥‥」
 助けて貰ったことへ礼を紡ぐ薺に、結は首を横に振って彼の傷を示す。
 服を裂き、皮膚を裂く傷は浅くは無い。
 だがそれを隠すように身を返すと、彼は再び敵を捉えた。
「傷は多少ならば気にしません。まずはこちらを有利にするが先決‥‥そうでしょう?」
 問いかけられた結の目が見開かれる。
 薺の言っている事は間違いではない。
 そして彼がそう言うのであれば、その傷は「多少」の部類に入るのだろう。
「分かりました。では、私もこちらを有利にするよう、頑張ってみます」
 言うが早いか、結は弓に矢を番えると無数にそれを撃ち始めた。
 狙いを定めず、縦横無尽に放たれる矢に忍が怯む。しかし直ぐに彼らは何かを見つけたように地を蹴った。
「――来ましたね」
 口中で呟き、更に矢を射る。
 こちらに向かってくる敵は2人、どちらも彼女の矢の隙を狙い近付いてくる。
 だがこれこそが狙いだ。
 敢えてどの敵も狙わず、散漫に攻撃を仕掛ける事で隙を作る。そしてそこに敵が近付いてきた所を迎え撃とうと言うのだ。
 冷静に相手の動きを読み、心を澄ます。
 そうすることで迫る攻撃に意識を向けると、仕掛けられた小太刀をヒラリと避けた。
 しかし敵は2人。
 もう一方の敵が、避けた彼女の隙を狙い太刀を浴びせようと腕を振るう。
 それを今一度冷静に見据えると、流れるような動作で、足が風を切った。
 だがこれは簡単に避けられてしまう。
 しかしそれで良い。
「これだけの至近距離、避けられますか?」
 蹴りを向けた際に番えた矢。
 それが間近に来た相手の胸を討つ。
 これにはもう1人の相手が怯んだ。しかし逃がす訳にはいかない。
 再び矢を番えて今度は眉間に的を定める。
 そして一気にそれを放つと同時に、忍の苦無が彼女の肩を貫いた。
 目の前で倒れる忍、それを見ながら刺さった苦無を抜き取る。
「ッ、く‥‥」
「結さん、大丈夫ですか!」
 薺が敵の動きを受け止め問う。
「大丈夫です」
 気丈に振舞い、苦無を足元に放って矢を構える。
 今の行動で敵が距離を取り始めた。
 彼女の狙い通り「近付けば危ない」そう相手に思い込ませる事が出来たのかもしれない。
 しかしそれと同時に、肩に受けた傷が痛む。
「まったく、無茶をするお嬢さんだねぇ」
 颯もまた、結の行動を捉えていた1人だった。
 口中で呟き、自らも弓を構える。
 先ほどからどれだけの矢を放ったか。
 それでも確実に減っている敵の数に、内心で余裕が生まれているのは事実だった。
「‥‥さて、次は――ッ!」
 矢を手にした彼の身が硬直する。
 いつの間に接近したのか、間近に迫った敵に足が後方に飛んだ。
 咄嗟に間合いを測ろうとしたのだが、追い付かれてしまう。
 だが幸いなことに矢は手の中だ。
 透かさず番えた矢が迫る相手を射ぬいた。
 しかし相手も怯まない。
 確実に数を減らそうと、追い縋ってくる。
「ッ、しつこい‥‥!」
 颯はそう口にすると、弓を一度手放して今一度、地を蹴った。
 出来た距離は僅か。
 相手の動きは視界にある。
――ドンッ。
 鈍い音が響いた。
 その音に志摩が振り返る。
「オイ、大丈夫か!」
 響いた声に、颯は額に汗して苦笑した。
 間一髪とは正にこのこと。
 携帯していた竹短筒が火を噴いたのだ。
 忍は突然の、思いかけない攻撃に吹き飛んだ。
 流石に近過ぎて避けられなかったのだろう。
 飛んだ先で膝を折る姿に息を吐きながら弓を拾い上げると、迷わず相手に狙いを定めて矢を放つ。
「‥‥結構、キツイな」
 そう口にしながら、倒れる相手を見据えた。
 確かに戦闘自体はキツイ。だが数は確実に減っている。
 問題があるとすれば、それは輝の事だろう。
「まあ、あちらは他に任せるさぁ」
 言って、颯は牽制の意味を籠め、素早い一矢を放った。

●断ち切られる糸
 輝は自らの前に立ち塞がる3人のシノビを見据えると、静かに刀を構えた。
 それを見ながら、3人もそれぞれ構えを取るのだが、不用意に討ち込む事は出来ない。
 互いに隙を伺い踏み込む時を測る。
 沈黙が続き、永遠にこの時間が続くのではないか‥‥そう思い始めた頃、ふと秋桜が呟いた。
「ただ単に、粛清という名を借りただけの、忍道と外道を履き違えた輩の下種な策略だった‥‥と」
 突然の声に、輝の眉が揺れる。
「とともれ、あそこまで近接を許し、かつ致命傷を負わせられたのは私の落ち度」
 自らの失態を悔い、淡々と言葉を紡ぐ。
 そして「この屈辱、必ず‥‥」そう口中で呟く。
 その姿に、輝の目が眇められた。
「お前は本当にシノビか?」
 感情を覗かせる姿に疑問を持ったのだろう。
 だがその問いに答える義務は無い。
「まあ、わざわざ心の臓を狙わなかったとなると、こちらの戦力を割き、動揺を誘い各個撃破に持ち込む――実に利に適う一手ではありますな」
 ジリッと秋桜の足が藁に隠れた土を踏む。
 徐々に深くなる踏み込み、自ずと姿勢も低くなり、いつ何があっても良いように体勢だけが整って行く。
「ですが、紅様の解毒は成功しそうですし、そもそも、依頼項目に含まれるのは、抜け忍の家族の護衛。抜け忍自体の保護など知った所ではありません」
 そう口にして薄く笑った彼女に、輝の眉が再び上がった。
「どのみち、他人を信用し過ぎたのですよ。此度生き残った所でそんなシノビ、遅かれ早かれ同じ道を辿るのでは?」
 何処までが本心かわからない、それでも自らの考えを言いきった彼女に、輝の唇に淡い笑みが乗った。
「――面白い」
 零された声に、今まで話に耳を傾けていた他の2人も不思議そうに視線を注ぐ。
「前言撤回だな。お前は実にシノビらしい、良い考えを持っている。シノビは他人を信用すべきではない。信じたシノビは、お前の言うように遅かれ早かれ同じ道を辿るだろう」
 輝もまた言葉を紡ぎながら、踏み込みを深くする。
「そうだな‥‥見た所何処のシノビとも決まってなさそうだ。お前なら私の元で使ってやっても良いぞ。どうだ、北條に来る気はないか」
 口角を上げ誘う言葉に、秋桜の唇から乾いた笑みが漏れた。
「貴方では役不足でしょうな」
「そうか。ならば私の消えて貰う他ないな」
 言うが早いか、次の瞬間輝の姿が消えた――否、一瞬にして秋桜の間合いに移動したのだ。
「――影ッ」
 咄嗟に身を引き、防御の構えを取る。だが間に合わない。
 目の前ではニヤリと笑った輝の顔。
 それを見止めた瞬間、彼女の腹部に痛烈な痛みが走った。
 だがこれに違和感を覚える。
 本来は急所を突くはずの技、それが急所を外れている。
「‥‥色様」
 目を向けた先にいたのは愛だ。
「敵は何も秋桜様ではございませんよ」
 そう言いながら、秋桜と輝の間に割り込ませた 十字槍「人間無骨」を彼の方向に向けて薙ぐ。
 そうする事で、秋桜に突き刺さった刃が抜け、盛大に飛沫があがる。
 しかしその傷は思ったほど深くはないようだ。
 その証拠に、彼女は膝をつかずに立っている。
「焦らずとも全員死ぬことに変わりはないだろう‥‥仕方がない、纏めて始末してやろう」
 そう言うと、輝は再び駆けだした。
 そんな彼が向かうのは愛の懐。そこに弧線を描いた刃が降り注ぐ。
「くッ!」
 なんとか槍の柄で捉えたものの、押す力があまりにも強い。
 だが、怯んではいられない。
 愛の唇に妖艶な笑みが浮かんだ。
 そして――
「死鬼家槍術。幻影槍」
 ゆらりと視界が揺れ、彼女の身が2つに増える。その事に輝の目が眇められた。
「空蝉か」
 呟き喉で笑うと、彼はあっさり引いた。
 そこに幻影を作りだした愛の刃が迫る。縦横無尽に突き出される槍を、輝の刀が受け止める。
 しかし全てを受け止められているわけではなかった。
 微かに舞う布は彼の纏う黒装束だ。
 そしてその中に僅かな血痕を見止めると、愛は透かさず切れの強い一手を彼に向けた。
「腕は悪くない。だが、まだだ」
 ゴスッと鈍い音が響き、愛の体が大きく傾く。
 わき腹に入れられた蹴りが彼女の動きを一瞬にして止めた。
「ッ‥‥」
 呼吸を奪うかのような一撃に、目尻に涙を浮かべて膝をつく。そしてそこに刀を放とうとした輝の行動が、再び阻まれた。
 愛の影から見舞った刀が、輝の腕を刺したのだ。
「その、人をいたぶるような戦い方‥‥僕は好きではない」
「ああ、お前もいたのだったか」
 まるで今気付いた。
 そんな声に、葎の目に冷たい光が射す。
 だが直ぐに攻撃には出ない。彼女にはどうしても聞いておきたい事があったのだ。
 それは‥‥
「今、貴方にとって彼は友ですか」
 輝に対しての問い。だがこれは紅にも問いかけたい言葉だ。
 その声に輝の手にしていた刀が小さく鳴る。
 そして次の瞬間、彼の刃が葎に迫った。
 腕を裂く刃を気にせず放たれた攻撃に、葎の目が見開かれる。
「それが、答えですか‥‥」
 ギリギリの所で攻撃は交わしたが、今ので分かった事がある。
 先ほどの怪我では、彼にとって何の障害にもならない。
 葎の視界には、秋桜と愛が、八十八彦によって回復して貰っているのが見える。
 彼女は刀を持ち直すと、改めて輝に対峙した。
「これだけシノビがいて連携1つ取れず、か‥‥嘆かわしい」
 まるで寄せ集めでは何もできない。そう言いたげな彼に反発心が顔を擡げる。
 だが今はそれを口にすべきではない。
「‥‥僕はこの件を持ち帰る。それで、名張が動く」
「名張、だと?」
 薄い笑みと共に放たれた言葉、これに輝の目が瞬かれた。
 まじまじと向けられる視線は、葎の言葉の真意を探る気配がある。
「名張が動けばどうなるか‥‥貴方なら良くわかっているはずだ」
 北條で怪しい動きがある。
 そう伝え聞けば名張が動き出す可能性はある。
 だがこれは葎の虚言だ。
 しかし何が隙になるかわからない世界故に、全てが虚言であるとも言いきれない。
 その事に輝も気付いたのだろう。
 先ほどまでの余裕の表情が消え、思案気に葎を見ている。
「お前は名張のシノビか‥‥ならば、尚のこと生かして返す訳にはいかんな」
 手にされた刀、そして再び表に晒された小太刀。
 その二刀を構えて地を踏んだ輝は、迷うことなく葎に迫った。
 だが直後、彼の動きが止まる。
 影から飛び出してきた針が、鮮血を放ったのだ。
 それが彼の視界を奪う。
「‥‥、鉄血針かッ!」
 葎の言葉に少なからず動揺したのだろう。
 普段なら気付けたかもしれない攻撃を易々と受けてしまったことに苛立ちが募る。
 そしてその感情のままに目を乱暴に擦ると、彼の小太刀が唸った。
「ッ、これでも、喰らいなさい‥‥!」
 小太刀を腕に掠め、愛の槍が迫る。
 それを何とか避けるも、視界が霞む状況では直ぐに次の行動に出る事が出来ない。
 そこに葎の刀が薙ぐように振って来た。
「しま‥‥ッ!」
 カランッ。
 小太刀が地面に落ち、刀だけが彼の手元に残った。
 こうなると注意力はより散漫になる。
 そこに秋桜が襲いかかる。
 先ほど自らに向けられた技と同じ、影。それを彼にも振るおうと言うのだ。
「道中あえて見せなかった一撃必殺――先ほどの、お返しです」
 間近に聞こえた声に、輝が息を呑む。
 そして、彼女の刃が輝の胸を突いた。
「――ぁ、ガッ!」
 目を見開いて息を詰める相手の顔を見ながら、刃を捻り抜き取る。
 その際に上がった鮮血が彼女の頬を濡らすが、気にしない。
「‥‥外しましたか」
 そう呟き秋桜が離れると、輝は力なくその場に崩れ落ち、刀を落としたのだった。

●秘する想い
 辺りはすっかり静まり返っていた。
 輝が呼んだ忍は誰1人として生き残ってはおらず、この現状を生んだ当事者は、虫の息で膝をついたまま身動き一つしない。
 それでも倒れないよう気力を絞るのは、流石と言わざる負えないだろう。
「さあ、観念なさい」
 そう言って彼に槍を突きつけるのは愛だ。
 秋桜も彼の背後から刀の刃を突き付けている。
「風が、強くなってきましたね。雨が降るのかも」
 結の声に薺も頷くと、彼らの視線は輝に向いた。
「ここで話を聞くのも良いが、落ち着いた場所で聞くのもありかねぇ」
 雨が降ると言うのであれば尚の事だ。
 そしてその提案をした颯が輝に近付こうとした時だ。
「――ダメっ!」
 今まで輝を注視していたリリアが飛び出してきた。
 それに気付いた葎も飛び出すのだが、遅かった。
「火遁!?」
 輝の周囲に現れた炎が、足元に敷き詰められた藁に引火したのだ。
 そしてそれは吹き荒れる風に煽られ、一気に燃え広がってゆく。
「なんて、ことを‥‥」
 そう口にして輝に駆け寄ると、リリアは彼の腕を取って引っ張った。
 しかしその腕は動かない。
「‥‥どうして」
 悲痛な思いを籠め呟いたリリアに、輝の口から笑うような息が漏れる。
「――どう、して‥‥か‥‥」
 彼はそう口にすると、瞳だけを上げてリリアを見た。
 その上で視線を黄や紅に向ける。
「‥‥家柄は、私が上だった‥‥だが‥‥彼岸の者は‥‥常に、私の前にいた。‥‥ただ単純に、それが許せなかった‥‥それ、だけだ‥‥」
「許せないって‥‥縁兄さんは、お前を良き宿敵と言っていたんだぞ。共に競い合い、上を目指せる大事な友だと!」
「‥‥知らんな」
 クツリと笑う声がして、彼の前に再び火柱が上がった。
 これにリリアが無理矢理引き戻される。
「あぶねぇ! 火の回りが早い、急いで此処を出るぞ!」
 志摩がそう言うと、千羽夜は急ぎ水遁を放った。
 これによって、炎の中に道が出来る。
「こっちよ! 私が先導するから付いて来て!」
 そう言って、千羽夜は道が切れないようにと、水遁を放ち続ける。
 その姿に、輝を振り返ったリリアは、ギュッと唇を噛みしめ駆けだした。
「千羽夜さん、手伝います」
 そう言いながら氷の粒子を放つ。
 こうして開拓者たちは村の外に出る事が出来たのだが、後方に控える村は未だ火の手が上がったまま消える気配がない。
「稲は、初めからこうするつもりだったんじゃろうか‥‥」
 燃え盛る炎はこのまま全ての証拠を焼いて行くだろう。
 八十八彦は、そう呟くと、頬に落ちた雫に、空を見上げたのだった。

●終焉
 降り続く雨の中、開拓者たちは大きな木の下で雨宿りをしていた。
「これで私どもの仕事は終わりですね。紅様方はこれからどうされるのですか?」
「俺は一度、北條に戻ります」
 秋桜の問いに答えた紅は、自らを支えるように立つ黄を見た。
「北條に戻り、今回の事を報告した上で、粛正を受けろと言うのであればそれを受けようと思います。ただ、黄だけは、如何にか助けたい‥‥そう思っていますが」
 言って苦笑した彼に、黄は弾かれたように顔をあげた。
 その口ぶりでは、自分を連れていく気はないと聞こえる。
「ダメだ。ボクも‥‥いえ、私も行きます!」
「何を――」
「粛正対象である私が逃げ続ければ、紅兄さんの言うことが狂言だと言われてしまうかもしれません。それだけは避けたい」
「しかし、俺は今回の事が真実である証拠は何も持っていないのだぞ」
 困惑するように首を横に振った紅の肩を、志摩が叩いた。
「それなら俺が付いて行こう。証言にはコイツがあれば問題ないだろ。ギルドにも記録を送ってたからな。それもあわせりゃ真実味は増すはずだ」
 志摩はそう言うと、小太刀を見せた。
 これは輝が使用していたものだ。
「そこまでして貰って、良いのでしょうか」
「構わねえよ。だがまあ‥‥里に戻るのは無理だと思った方が良い。粛正が免れても追放は有り得る」
「志体持ちなら開拓者にでもなれば良いんじゃないかぁ? 軍事さんがきっと面倒見るだろうし。あんたらと仕事するのも楽しそうだしねぇ」
 そう言った颯に志摩は苦笑して肩を竦めた。
「そいつは難しいだろうな‥‥追放された場合には、目立つ行動はしない方が良い。ひっそり、田舎ででも暮らして貰うのが一番だろう」
 残念だが、無理ならば仕方がない。
 寧ろ、命があるだけマシなのかもしれない。
「それにしても、けこう、単純なこたえだったのう」
 呟く八十八彦の声に、葎も同意して頷く。
「嫉妬――これが、彼の言う心の意味」
 単純ゆえに近過ぎる答え、それを思い葎はやりきれない気持ちで目を落とした。
 そこに薺の声が響く。
「心に刃‥‥そも、忍と言う字は堪えること、そしてしなやかな強さを意味するのですよ」
「元々、彼らは親友ではなかったという事なのでしょうか」
 薺の呟きに、結はそう問いかけると彼を見た。
「それは分かりません。ですが、心あるからこそ人です」
 そう言って微笑んだ彼に、結は複雑そうな表情を見せて頷いた。

 一方、リリアは皆と離れ雨を眺めていた。
「大丈夫か?」
 問いかける声に目を向ければ、そこには彼女を心配してやってきた志摩がいる。
 彼女はそんな彼の姿を確認して、再び雨を見た。
「あれだけの稲を狩って、村中に敷き詰めるなんて、相当時間がかかった筈‥‥あのために、あの龍達を使ったのかな?」
「さあな、真相はもう分からねえが、これで終わった事は確かだ。‥‥頑張ったな」
 言って頭を撫でてやると、彼女はなんとも言えない表情で俯いたのだった。

 黄と別れる際、千羽夜は彼女の手を取って言った。
「真実がどんなに残酷でも、心に傷を負っても‥‥生きて行く決心があればいつかは幸せになれる日が来るわ」
 そう語る彼女の脳裏にあるのは、自らの辛い過去だ。
「独りじゃないなら尚更よ。いつでも駆けつけるから頼りにしてね。私達、もう親友よね?」
 そう言って微笑んだ彼女に、黄は泣きそうな笑みを浮かべて彼女の手を握り返したのだった。