自立したい!
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/26 09:06



■オープニング本文

 神楽の都に、古い屋敷があった。
 広い敷地と、大きな建物、生い茂る木々が鬱蒼とした雰囲気を醸し出すそこは、百年とも二百年とも言われほど長い間、人の手が入っていない。
 だが数日前、屋敷は購入された。
 購入したのは都でもそれなりに大きな不動産商店を営む男だ。
「ここが例の物件か。確かに立地条件、建物の大きさや敷地の広さも良い。後は、噂のものが問題な訳だが‥‥」
 この日、男は自らが購入した屋敷の状態を確かめに来ていた。
 状態が良ければそのままの使用し、悪ければ別の方法を考えるつもりでいる。ただ草木の生え方、周辺の住人からの話を聞く限り、そのまま使用できる可能性は低いと思っていた。
 だが‥‥。
「何だ‥‥随分と綺麗じゃないか」
 草木を分けて玄関に辿り着くと、男は屋敷の状態に驚いた。
 頑丈な作りなのは遠目からもわかったが、かなりな月日放置されていたには状態が良すぎる。
 しかも玄関は綺麗に隙間なく閉じ、掛けられた錠は錆びた様子もない。
「‥‥まあいい、入ってみれば何かわかるかもしれないな」
 男は持っていた鍵を使って錠を開けると、足を踏み入れた。
 その瞬間、カビの匂いが鼻を突き抜ける。
 男は眉を潜めると、雨戸が閉まって薄暗くなった内部を見回した。
 外観や玄関の扉同様に、内部もしっかりとしている。だが至る所に掛かった蜘蛛の巣や、床に敷き詰められた埃は月日を感じさせる。
「‥‥建物だけが、新しく見えるのか? だとするなら、このまま使用できそうだな。あとは、例の噂だけか‥‥」
 例の噂‥‥それは、この屋敷に怪奇現象が起きるというもの。
 これは近隣の住人には有名な話で、夜になると妙な物音がするとか、灯りを目にするとか、色々と聞く事が出来る。
 だが誰ひとり、その真相を確認した者がいない。
 男は埃の積もる床に足を乗せると、そのまま奥に進んだ。
 やはり埃はあるが、建物の状態は良い。
 そしていろいろな部屋を確認し、二階へ進もうとした時、奥にまだ確認していない部屋があることに気付いた。
 他の部屋に隠れるようにひっそりと存在する部屋。そこには錆びた錠が掛けられている。
「そう言えば、購入した時にもう1つ鍵があったな」
 男はそう口にすると、錠に手を掛けた。
――‥‥、‥‥。
 鍵穴に鍵をさそうとした手が止まった。
「気のせい、か?」
 周囲を見回し、再度鍵をさそうとした時だ。
――‥‥ガタ‥‥ガタガタガタッ。
「!!!」
 男は鍵を投げ捨て、一気に駆け出した。
 そして門前で足を止めて振り返った所で思わぬものを目にする。
 玄関に立ち竦む、白い影。こちらをじっと見つめるその姿に、背筋に寒いものが走る。
 そしてその姿に腰を抜かして座りこむと、彼が見ている前で、玄関の扉がゆっくりと閉まった。
「‥‥で、た‥‥?」
 呟き、男は帰りに道に、開拓者ギルドに寄ったのだった。

●開拓者ギルド
 受付で事務処理をしていた山本は、陶 義貞の唐突な言葉に面食らっていた。
「‥‥お前‥‥なんて言った?」
「だーかーら! 自立したいんだよ、自立っ!」
 バンバンっとカウンターを叩く姿に、思わず眉を寄せる。
 昨日まで志摩の部屋でゴロゴロしていたかと思えば、突然自立したいとは何事か。
「あー‥‥何でそんな話になった?」
「何でって‥‥自立したいから?」
「答えになってねぇ!」
 義貞は、開拓者になってから1度も依頼を受けていない。
 そんな彼が自立と言っても無理があるし、ギルドとしては問題児を、ポイッと世間に放り捨てる訳にもいかない。
――となると、自立など夢物語なのだが‥‥。
「俺さ、考えてたんだけど、おっちゃ‥‥志摩さんの怪我は、俺のせいだろ? なのに俺が志摩さんの世話になってるのは悪いと思うんだ。だからせめて住む場所だけでも自分で探そうと思ってさ」
 ぽつりぽつり語りだした義貞に、山本は目を見開いた。
 つまり、ここ数日部屋でゴロゴロしていたのは考え事をしていたからで、自立とは1人暮らしをしたいということか。
「あー‥‥住む場所だけっつってもな。お前、1人で生活できんのか? それに志摩は気にしてないと思うんだが‥‥」
「それでもっ、少しでも良いから、迷惑減らしたいんだよ‥‥」
 項垂れて黙ってしまった義貞に、山本も困ってしまう。
 問題児ではあるものの、開拓者の手を借りて少しずつ成長しているらしい彼の申し出を無下にするのもどうかと思う。かと言って、やたらな場所にも行かせられない。
 そんな思いで視線を下げた山本の目に、先程舞いこんできた依頼書が入った。
「‥‥なあ、折角だから依頼を受けてみないか?」
「依頼?」
 不思議そうに顔を上げた彼に、山本は頷いて見せる。その上で手にした依頼書を差し出した。
「え‥‥怪奇、屋敷‥‥?」
「そそ。都にある古い屋敷でさ。不動産を扱う商人が格安で仕入れたらしいんだけど、奇妙な現象が起きててそう呼ばれてるんだと」
「‥‥それと、自立に何の関係が‥‥」
「だから、この物件の怪奇現象を解決すれば、格安でここを貸してくれるらしいんだよ」
 どうやら屋敷は、下宿場として使うために購入したらしい。部屋数はかなりあるし、そこに義貞が入ったところで埋まる気配はない。
 そもそも妙な噂が付いた屋敷に好んで住む人間がいる訳もなく、開拓者が1人でも住んでもらえれば、他の人も安心して入るかもしれないという考えもあるらしい。
「ここならギルドからも近いしさ、俺らも目が届‥‥いや、依頼とかあっても簡単に行き来が出来るだろ?」
 思わず本音を言いそうになって誤魔化す。
 その上で視線を向ければ、義貞は若干強張った顔で頷いた。
「わ、わかった! この依頼、受けるよ!」
「よし。んじゃあ、登録しとくからな。ちゃんと他の開拓者と解決してくるんだぞ?」
 こうして新たな依頼書が張り出されるのだが、義貞が大人しく待つ訳もなく‥‥。

――数分後。
「ふぎゃあああ!!」
 大絶叫で怪奇屋敷から飛び出してきた義貞は、門前で蹲るってガクガク震えた。
 その姿に、ギルドから姿を消した義貞を探していた山本が発見する。
「お前‥‥大人しく出来ないのか?」
 呆れて見下ろすが、義貞は顔を上げない。
 その様子に顔を覗き込むと、顔中涙と鼻水にまみれた顔が飛び込んできた。
「ぶっ、何だ、その顔っ!!」
 ゲラゲラ笑って指差す山本に、義貞はガシッと必死の形相でしがみ付く。
「で、出だ‥‥、お化げ‥‥!」
「お、お前、まさか‥‥」
 この反応を見る限り間違いない。
「‥‥この手の奴、駄目なのか‥‥」
 とは言っても、依頼を受けると登録してしまった以上やるしかない。
「まあ、これも試練だ。それに相手がお化けとも決まった訳じゃない。別の物って可能性もある‥‥と言う訳で、今後のためにも頑張れ!」
 物凄い笑顔で言い放った山本に、義貞は涙と鼻水を垂れ流して首を大きく横に振ったのだった。


■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927
13歳・男・志
安達 圭介(ia5082
27歳・男・巫
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
ブラッディ・D(ia6200
20歳・女・泰
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
繊月 朔(ib3416
15歳・女・巫


■リプレイ本文

「義貞のあんちゃん、こんちゃー! 遊びに来たよ〜」
 怪奇屋敷にやって来た高倉八十八彦(ia0927)は、先に到着していた義貞に気付くと元気よく駆け寄った。
「や、八十八彦‥‥?」
 驚く義貞に、彼は笑顔を覗かせる。
 そこに御凪 祥(ia5285)の手が迫り、八十八彦の頭を叩いた。
「遊ぶのは用事を済ませてからな」
「も、もちろん、終わってから遊ぶんじゃけえ。わしも開拓者じゃけえ、依頼の大切さは判っとるもん」
「依頼‥‥もしかして、兄ちゃんたちが一緒に依頼を受ける開拓者?」
 義貞の目が他の開拓者を捉えた。
 それを受けて安達 圭介(ia5082)が前に出る。
「義貞君はじめまして。よろしくお願いしますね」
 ニコリと笑って目線を合わせる圭介は、穏やかな外見同様に人が良い。
 そんな彼だからこそ、義貞の緊張を見逃さなかった。
「初依頼‥‥俺もかつて通った道ですが、気合が入りますよね」
「‥‥確かに。だが、義貞は全く初めてという訳でもない筈だ」
 圭介の声を拾い、祥が呟く。
 その声に圭介が首を傾げると、祥は唇に苦笑いを滲ませた。
「知の試練以来だ。戦闘依頼で一緒になるのは初めてだがな」
 以前、開拓者試練の一環で依頼を一緒した。
 その時は猪突猛進で周りに迷惑を掛けるだけだったが、それがどう成長しているか。
「俺も、無事に終えられるように、そして立派に自立できるように協力させて頂きますね」
 祥の考えを汲み取ってか、圭介は穏やかな笑みを浮かべると、改めて義貞に語りかけた。

「自立か‥‥ま、自分で生きるって考えるのは良い事だけどさ」
 言って、夏らしくイメチェンをしたブラッディ・D(ia6200)が離れた位置の義貞を見る。
 弟のように思っている義貞が自立する――そんな話を聞いて依頼に参加したのだが、どうにも不安が残る。
 そこに同じく自立の手助けにと名乗りを上げた繊月 朔(ib3416)が呟いた。
「私もまだまだ駆け出しの身、少しでも助けになれば‥‥と思っていたのですが」
 ブラッディの傍に立ち眺める義貞は、何処となく挙動不審で、逃げ腰に見える。
「義貞さんのこの反応、本当に大丈夫かな?」
 幽霊が駄目とは聞いていたが、ここまでとは。
 それに、この程度のことで一々怯えていてはこの先が心配になる。
「ここは苦手を克服してもらい、自立の助けになりましょう」
 朔は小さく拳を握ると、義貞の元に駆けて行った。
 その姿を見送り、ブラッディは頬を指掻く。
「自立は大人になる過程みたいなもんか‥‥」
 言って、ここまでの経由を思い出す。
「まだまだ突っ込み気味だけど、色々と試練も超えてきたわけだしな‥‥そこは信じてみようかな」
 不安は残る。それでも自立したいと願うなら、彼を信じてみるしかない。
 ブラッディは再び義貞を見ると、1人静かに頷き彼の元へ歩き始めた。
 そこに賑やかな声が響く。
「義貞ー!」
 パタパタと駆け寄り、思いっきり義貞の肩を叩いたのは羽喰 琥珀(ib3263)だ。
 彼は「なあなあ」と義貞の肩を叩ぉ続け、ワクワクと長い尾を揺らした。
「うん? お前も開拓――ッ!?」
「引っ掛かったな!」
 ケラケラ笑いながら義貞の頬を突いた指を抜く。その上で顔を覗き込むと、彼は年相応の笑顔を見せた。
「今からそんなにガッチガチだとすぐに疲れちまうぞー」
 遠慮なく肩を叩く。
 そんな彼の傍には朔も立っていた。
「まずは苦手なことを克服して行きましょう。手伝いますよ♪」
 言って、狐の耳を揺らす彼女に、義貞は躊躇いがちに頷きを返したのだった。

 これで依頼の面子は揃った。
 あとは怪奇屋敷に向かうだけなのだが‥‥。
「集めて来た情報をご開帳ー!」
 琥珀が得意げにそう言うと、それに合わせて朔が筆記用具を取り出した。
 そして集めた情報を話し始める。
「――事前の情報通り、お屋敷の持ち主は長いこといなかったようです。ただ、屋敷を使っていた人はいたようで‥‥」
「屋敷を使って? それは、どういう経由でですか?」
 言葉を静かに切った朔へ、圭介が問う。
 その声を拾って、今度は琥珀が口を開いた。
「孤児を集めて勝手に使ってたらしいぞ」
 どうやら屋敷は、ほんの少し前まで周辺の住人によって、孤児を育てるために使われていたらしい。
 その為、屋敷の修繕をしたり、幽霊の噂を流したりして人を避けていたのだという。
「じゃあ、幽霊はこの辺の住人なのか?」
「それが‥‥どうやら違うようです」
 朔は祥の言葉に困ったように首を傾げると、筆記用具を下げた。
「ある日、子供たちが突然衰弱しだして、奇妙な物音がするようになったらしいです」
「だから、子供たちは他の場所へ移動させたみたいだ。それでも奇妙な音が消えないから、怪奇屋敷‥‥って呼び始めたみたいだぞ」
 初めの幽霊は人間。
 だが、子供たちの衰弱や奇妙な音は人間のものではない。
 開拓者たちは顔を見合わせると、屋敷に足を向けた。
 その姿を見て、義貞も動こうとするのだが足が動かない。
「幽霊、こわーなーで?」
「へ?」
 臆している義貞に、八十八彦が声を掛けた。
「人は死んだらそれまでじゃけえ、死んだ人に会えるゆうんは行幸よね。寧ろ、死んだ人の方が成長とか変化したりせん分、複雑でないのがええよ」
「いや、複雑とかじゃなくて、さ‥‥?」
 言いたい事は何となくわかる。
 だが義貞の嫌いは理屈では無いらしい。
 しかし――。
「難しいことは抜きにして行ってみよーっ!」
「ね、姉ちゃんは怖くないのかよ!」
「俺は怪談話が苦手なだけ‥‥幽霊っつーか、アヤカシは倒せばいいだけだしな!」
 あっけらかんと言い放つ言葉に言葉を失う。
 そんな彼の腕を引いて屋敷に向かうと、怪奇屋敷の調査が開始された。

●調査
 玄関に入った一行は、鼻を突くカビと埃の匂いに眉を顰めた。
 聞いた通り、建物の状態は悪くないが、思った以上に汚い上に暗い。
「‥‥怖くない怖くない」
 雨戸が閉まり陰鬱な雰囲気を醸し出すその場に、念仏のような言葉が繰り返される。
 その声を発するのは義貞だ。
 未だ新しいお化けの記憶。微かに震える彼を、朔がひょいっと覗き込んだ。
「義貞さん、もしもの時は守ってください‥‥ね?」
 小首を傾げる仕草に、口端が下がる。
 正直頼りにされても困る。だが、義貞は仮にも男の子。
 女の子に頼りにされて頑張らない訳にはいかないだろう。
「お、おう! 任せ、ろ?」
「‥‥何故、疑問形‥‥」
 近くで見ていた圭介は、苦笑して呟くと、同業者の八十八彦を見た。
「ほい、あんちゃんにも掛けとくけえ」
 言って、彼の霊杖「白」が振られる。
 すると義貞の身を淡い光が包み込んだ。
「奇襲対策じゃけえ」
 にこりと笑う彼が掛けたのは、加護結界だ。
 彼は全ての人に同じ術を施すと、用意しておいた2枚の板を取り出した。
「これは?」
 板を受け取った祥は、不思議そうに視線を落とす。
「今現在わかってる間取りじゃ。これを修正して行くんじゃ」
「なるほど。あとは合流後に互いの絵を合わせれば、地図の完成と言う訳ですね?」
 地図を覗きこんだ慶介の声に、八十八彦が頷きを返す。
 そしてそれを待っていたようにブラッディが口を開いた。
「それじゃあ、出発するか。まずは2階からだな」
 言って、歩き始め、調査が開始された。

 2階は1階以上に暗かった。
 お陰で視界が悪く見通しも悪い。そんな中で琥珀が目を凝らすと、僅かに首を傾げた。
「心眼じゃ反応がないな‥‥」
 反応がないということは、人が居ないということ。
 続いて八十八彦も瘴索結界を使ってみる。
 だが――。
「何も居らんねえ‥‥」
「とりあえず、1部屋ずつ確認して行こう。終わったら1階だな」
 ブラッディの声に頷き、3人は右の通路を歩いて行った。

 一方、左に進んだ一行も、心眼と瘴索結界を使用して何かの気配がないか探っていた。
「反応なしか」
「同じく反応なしです」
 祥の声に朔も頷きを返す。
「後は目視で確認するしかないでしょうね」
 圭介はそう言うと先を歩き始めた。
 それに続いて、朔、祥も歩き出すのだが、義貞の足取りが重い。
 それでも少しずつ歩いてくる姿に、3人は何も言わずに先に進んで行った。

 ○

 2階を確認し終え、続いて1階も確認してゆく。
 だが、人の住んでいた形跡はあっても誰かが居る訳でもなく、単調な調査続く。
 収穫と言えば、掃除必要性と、修繕しなければいけない箇所を見つけたくらいだ。
 こうして隅々まで確認した一行は、1階奥の扉の前で合流すると、地図を合わせて扉を見た。
「残るはココだな」
 ブラッディの声に、皆が頷く。
 光を寄せ付けない暗い扉。そこに掛かった錆びた錠。
 それが明らかに何かあると告げている。
「おっ、鍵はっけーん!」
 目聡く鍵を見付けた琥珀は、透かさず鍵を通そうとした。
 だが、それを祥が止める。
「まずは確認だ。繊月さん頼めるか?」
 朔は頷きを返すと前に出た。
 次の瞬間、仄かな灯りが彼女の身を包み、神聖な空気が生まれる。
 そして――。
「やはりアヤカシのようですね」
「えっと、数は‥‥1?」
 琥珀も迷わず心眼を使い、アヤカシの数を確認する。
 これで依頼主と義貞が見たモノが何であるのか確定した。
「ここからはアヤカシ退治だな」
 ブラッディが戦闘に備えて剣「増長天」を構える。
 そうして各々が武器を取ると、鍵を持つ琥珀を祥が見た。
「琥珀、鍵を開けれるか?」
「おう‥‥」
 琥珀は頷きを返して、錆びた錠を手に取った。
 そしてそこに鍵を落とす。
――‥‥ガタ‥‥ガタガタッ。
「!」
 突然の物音に、琥珀の手が慌てたように鍵を回す。
 そして錠が空いた瞬間、琥珀を下がらせた祥の槍が扉を開いた――。
「――ッ!!!」
 突如、視界に白い物が飛び出してきた。
 これに、驚いた圭介が尻餅をつく。
「安達さん、大丈夫か!」
「す、すみません‥‥衝撃には弱い物で‥‥」
 心臓を押さえて立ち上がる彼の目が、屋敷の通路に飛び出してきたモノを捉えた。
「お、おお、おばげ!!」
 義貞の言葉通り、通路に立っていたのはお化けに似たモノだ。
 白い着物に白い肌、長く伸びた黒い髪は顔半分を覆い、周囲には冷たい雰囲気を纏っている。
 だがそこから放たれるのは霊気ではない。
 瘴索結界を放っていた朔は瘴気を感じている。
「随分とお化けっぽいアヤカシだな。でも、アヤカシなら倒すだけだ。義貞、頑張れ!」
 ブラッディはそう言って、義貞に檄を飛ばすと、戦闘態勢に入った。

●お化け退治
 通路を陣取ったアヤカシは、ニタリと笑うと鬼火を呼んだ。
 妖しく揺れる鬼火は、迷うことなく開拓者に向けて放たれる。
 それを器用に避けながら、まずは琥珀が前に出た。
「まずは当たるかどうか!」
 地を蹴り、一気に距離を縮める。
 そして攻撃を加えようと業物を振り下ろした。
 だが‥‥。
「外したっ!」
 物理攻撃が効くかどうか試すつもりだったのだが、相手の動きの方が速かった。
 今一度、刃を見舞おうと切り込んでゆく。
「皆さんのお力になれれば」
 素早く舞う朔が、皆の動きを後押しした。
 それを受けて、双戟槍を手に祥が切り込んでゆく。
「――これなら如何だ」
 剣先を揺らし素早く撃ち込まれる突き。
 死角から迫る刃にアヤカシの反応が遅れる。
「もう一撃!」
 今度はブラッディも斬り込んだ。
――‥‥ァァァアッ!
 2つの刃を同時に受け、声と瘴気を上げながらアヤカシが後方に揺らめいた。
 そして勢いのまま襖を破ると逃げようとした。
 だがその前に義貞が立った。
 正直に言えば顔色が悪いし、足も震えている。
 それでもアヤカシを逃がさないように、何とか立ち塞がっていた。
「義貞、逃がすなよ!」
 琥珀の声に義貞が頷きを返す――と、そこに鬼火が迫った。
 そこに祥とブラッディが滑り込む。
 迫る鬼火を一刀両断し、怯むことなくアヤカシに向かって行く。
 その背を見止めると、義貞は刀を握り締め、今度は怖れることなくアヤカシに向かって行った。

●自立への一歩
「本当にアヤカシが居たとはな‥‥」
 そう言って、祥は辛うじて綺麗に整えられた広間で盃を傾けた。
 彼は屋敷の怪奇現象に対して「大山鳴動して鼠一匹」の様な物だと考えていた。
「油断するつもりはなかったが‥‥まあ、結果良ければ良いか」
 呟き、盃を運ぶ。
 その上で部屋の中央を見れば、義貞が真剣にメモをとる姿が見えた。
「安いからと言って、安売りの食糧買い過ぎたら食べきれずに捨てることになるけえ、ちゃんと考えて買わな駄目なんじゃ」
 八十八彦はそう言うと、真剣に頷いて見せた。
 明るい内は、義貞とブラッディと一緒に屋敷の中を巡っていた彼だったが、今は他の開拓者と共に、自立のための知恵を披露している。
「えっと、米とか麦は安くて腹に貯まる‥‥出汁は‥‥なあ、出汁なんてなくても味噌入れれば良いんじゃないのか?」
「駄目ですよ。味噌汁は出汁をとって作って下さい」
 面倒になったのか、メモをとる手を止めて呟く義貞に、圭介は真剣な顔で首を横に振る。
「その他は食材屋の人に聞いて覚えれば良いでしょう。それに馴染みの客として、顔も覚えて貰えますよ」
 圭介は義貞に言い聞かせるように、他にも旬の食材を狙うのも大事だとか、生活の知恵を次々と説いて行く。
 そんな彼らの前に置かれる食事は、圭介が作った物が殆どだ。
 山掛けやかき揚げ、そして油揚げの料理が並ぶ。
 その油揚げの料理は朔が用意した物だ。
「義貞さん、自立応援してます。がんばって下さいね!」
 そう言って手渡されたメモは、油揚げ料理のレシピが書かれている。
 丁寧な文字で刻まれるレシピはとてもわかり易く、義貞でも簡単に作れるだろう。
「ありがとうな!」
 笑顔でメモを受け取っていると、何処に行っていたのか、琥珀が項垂れて入ってきた。
「どうしたんだ?」
「志摩のおっちゃんを誘えなかった‥‥」
 残念そうに卓の前に座る琥珀に、義貞が苦笑を浮かべる。
「志摩さんは療養中だからな‥‥」
 言って飲み物の入った器を差し出す。
「だな。こうなったら俺らだけでも盛り上がる!」
 琥珀は義貞から器を受け取ると、それを大きく掲げた。
 そして――。
「義貞の自立と初依頼解決を祝って、かんぱーーいっ!」
 元気よく上がった声に続いて、「乾杯」と言う声が響く。
 それを気恥しい思いで耳にしていると、ブラッディが近付いてきた。
「なあ、義貞」
「うん?」
 飲み物を口に運んでいた義貞の首が傾げられる。
 その仕草を見て、ふと口を噤んだが、思い直して改めて口を開いた。
「義貞は、俺のことどう思ってる? その‥‥姉みたいに思ってたりするのかな?」
 言い辛そうに問う言葉に、彼の目が瞬かれた。
 そして満面の笑顔を浮かべる。
「おう! ブラッディの姉ちゃんは、姉ちゃんだぞ!」
 少しズレているかもしれないが、この言葉にブラッディは満足そうに笑うと、朔の用意したいなり寿司を口に運んだ。