【踏破】雷を相手に
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/19 04:40



■オープニング本文

 ここに来て、開拓計画は多くのトラブルに見舞われた。
 新大陸を目指す航路上に位置していた魔の島、ここを攻略するには明らかに不足している戦力、偵察に出かけたまま行方不明になってしまった黒井奈那介。
 やらねばならない事は山積だ。
「ふうむ。なるほどのう‥‥」
 風信機から聞こえてくる大伴定家の声が、心なしか弾んでいるように聞こえた。
「それで、開拓者ギルドの力を借りたいという訳じゃな?」
「えぇ。朝廷には十分な戦力がありません。鬼咲島攻略も、黒井殿の捜索も、開拓者の皆さまにお願いすることになろうかと存じます」
「ふむ。ふむ‥‥開門の宝珠も見つかり始めたとあってはいよいよ真実味を帯びて参ったしのう」
 大きく頷き、彼はにこりと表情を緩めた。
「宜しかろう。朝廷が動いて、我らが動かぬとあっては開拓者ギルドの名が廃るというものじゃ。新大陸を目指して冒険に出てこその開拓者と我らギルドじゃ。安心めされよ。一殿、我らギルドは全面的に協力して参りますぞ」
「ご英断に感謝致します‥‥」
 少女の頭が小さく垂れる。
 当面の障害はキキリニシオクの撃破。
 そしておそらく、嵐の門には「魔戦獣」と呼ばれる敵が潜んでいる筈だ。過去、これまでに開かれた嵐の壁にも総じて現われた強力な敵――彼等はアヤカシとも違い、まるで一定の縄張りを、テリトリーを守るかのように立ちはだかるのだ。
 計画は、二次段階へ移行しつつあった――

●伊乃波島
 青いはずの空に漂う無数の影。
 それを朝廷の飛行船付近で見上げた天元 征四郎は、表情の乏しい瞳をゆっくり瞬かせた。
「あれが、キキリニシオクの置き土産、か‥‥」
 朝廷からの連絡を受け、伊乃波島に到着したのがつい先程の事。
 係留する朝廷の飛行船近くまで移動する間に聞いた、船を襲うキキリニシオクの情報は彼の頭の中に入っている。
「‥‥よく、持ち堪えたものだな」
 キキリニシオクの戦力を考えるなら持ち堪えられなかった可能性も出てくる。それでも船が無事と言うことは、この場を護る者たちが死に物狂いで頑張ったと言うことだ。
「‥‥、‥‥まずはあのアヤカシを如何にかすべきか」
「その通りです。まずはキキリニシオクの残した配下を如何にかしなければ次の行動に出られません」
 突如響いた声に、征四郎の目が空から離れる。
 その上で見止めたのは、目の前の飛行船に乗っていた少女、一三成だ。
「‥‥ご無沙汰しております」
 無表情のままに征四郎が頭を下げると、三成は彼の隣に立ち同じように空を見上げた。
「何とかキキリニシオクの襲撃は食い止めましたが、配下のアヤカシがまだ残っています。その排除をお願いしたいと思っております」
「見た所、残されたアヤカシは問題ないかと。ただ、キキリニシオクが再度襲撃してきた場合、同時掃討は難しいと思われます」
 見上げた空にいるのは、羽を持った蛇型のアヤカシ――小雷蛇。
 雲の中に潜み集団で行動をするアヤカシで、獲物を狙う際に急降下して攻撃を仕掛けてくるという特徴がある。
 駆け出しの開拓者であれば多少苦戦するだろうが、そこまで強い相手ではない。
「確かに、キキリニシオクが再度訪れない保証は御座いません。万が一の場合は、追い払って頂くだけでも構いません」
 征四郎は空から視線を三成に戻すと、スッとこうべを垂れた。
「‥‥わかりました。では、至急人員を集めアヤカシ掃討に当たります」
「よろしくお願い致します」
 三成の声を受け、征四郎は踵を返した。
 空では無数のアヤカシが雲と共に飛んでいる。その姿を見上げ、彼は足早に準備のためにこの場を去って行った。


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
奈良柴 ミレイ(ia9601
17歳・女・サ
コルリス・フェネストラ(ia9657
19歳・女・弓


■リプレイ本文

●伺い、探り‥‥
 くすんだ青に落ちる白。
 普段なら何の事はないこの景色、けれど今はこの景色が警戒すべきもの。
「雲、邪魔ね」
 友達のような駿龍、クロエの首を撫でながら茜ヶ原 ほとり(ia9204)は呟いた。
「あの中に小雷蛇とかいうアヤカシが居るんですね」
 ほとりの声に雲を見つめるコルリス・フェネストラ(ia9657)が、緊張の面持ちで五人張を握りしめる。
 その僅かな変化に、主を乗せた駿龍の応鳳が顔を上げた。
 まるで「大丈夫か」そう問う仕草に、コルリスの顔に笑みが落ちる。
「大丈夫。落ち着いて行きましょう」
 心配を掛けてはいけない。そんな思いから声を掛ければ、龍を傍に着けたほとりが微笑んだ。
「フェネストラさん、頑張りましょうね」
 互いに笑みを交わし合う2人は、これから左右に分かれ、雲の中に隠れるアヤカシを策敵する。
 どれだけの数のアヤカシが存在し、いつ攻撃を仕掛けてくるかわからない、油断は禁物で危険な任だ。
 それでも弓術師である彼女らだからこそ、この任は遂行できる。
「では、行って来ます――よし、クロエ行こう!」
 弓「天」を持ち、足で合図を出す。
 それに合わせクロエが前進すると、彼女は仲間の元を離れ右に移動して行った。
「私たちも行きましょう」
 コルリスの声に応鳳が小さな声を上げる。そうして動き出した龍は、ほとりとは逆の、左に動いて行った。
「害虫か‥‥どれだけいるかな」
 奈良柴 ミレイ(ia9601)は離れてゆく仲間を眺める。表情にこそ出さないが、その胸中は心配だ。
「‥‥親玉がいる限りいくらでも湧くから、本当に勘弁してって感じ」
 溜息に混じり、相棒の甲龍である甲彦が「まったくだ」と言わんばかりに息を吐く。
 その姿を見止めたミレイの目が、ふと鴇ノ宮 風葉(ia0799)を見て止まった。
 唐突に視線が合ったのだ。
「‥‥何よ」
「別に〜?」
 言って、視線を外す風葉の炎龍は、他の龍と僅かに形の異なる姿形をしていた。
普段は「ゴーちゃん」と呼ぶ相棒、轟雷王の首の首は短く、胴が太い。その首を優しく撫でれば、普段は言うことを聞かない轟雷王も、静かに動き出す時を待っていた。
「にしても、キキリニシオク、キキリニシオク、ききり‥‥あー、もう! 誰よ、こんな覚えづらい名前付けたの!」
 叫び睨みつけた先にいた輝夜(ia1150)は、何故自分に矛先が向いたのかわからない。なので緩やかに視線を外して前を見る。
「‥‥天元流か」
 たまたま視界に納まった今回の依頼人。
 駿龍に跨り空を見据えるその姿を見ながら、斬馬刀に手が伸びる。
「‥‥機会があれば一度手合わせしてみたいものじゃの」
 密やかに呟き柄を撫でる。
 その変化に相棒の駿龍、輝龍夜桜――輝桜が気付き顔を上げた。
「なに、心配はいらんのじゃ。我の相手はあの雲の中」
 黒の体に舞う桜の様な白い模様、それを撫でながら、輝夜は言う。その目は既に征四郎にはなく、空に浮かぶ雲を見ていた。
「策敵‥‥その後、行動‥‥理に適っている」
「ワザワザ位置がよくわからん敵の中に突っ込むほど、俺は無双じゃないからねぇ」
 征四郎の呟きを拾い、鷲尾天斗(ia0371)がケラリと笑う。その表情はこれから闘うにしてはあまりに楽しそうだ。
 相棒の火龍、火之迦具土もまた、戦いの時を待ち心なしか弾んでいるように見える。
「まぁ、炙りだされて来たら俺らの出番だがね」
 ニィっと狂笑を浮かべた天斗に、征四郎は表情なく頷きを返した。
 その胸中は、彼と似ているのかもしれない。
「この人数で上級アヤカシは流石に厳しい」
 言葉に思わず苦笑を滲ませた設楽 万理(ia5443)は、同じ弓術師であるコルリスとほとりを見つめていた。
 2人が鏡弦でアヤカシの位置と数を把握したら、透かさず弓を射って引きずり出す。そのためにも油断は出来ない。
「確実に小雷蛇を全滅させるためにも、キキなんとかが出てこなければいいのだけどね‥‥」
 噂に聞く大アヤカシ。その存在がある以上、気は抜けない。
 彼女の火龍、宵闇は迫りくる戦火の時を前に、普段獰猛な性格を少しだけ落ち着いたものに変えていた。

「茜ヶ原さん」
「フェネストラさん」
 聞こえない、そうわかっていても互いの名を口にする。そうして頷き合えば、同時に弓を構えた。
 この行動が、空を戦場に変える合図になる。息を吸い込み、気を静め、互いの指が弦に触れる。
 空気を揺らす凛とした音が減から放たれた。
 その音に、控える開拓者たちが自らの武器に手を掛ける。
「あちらとあちら、2カ所にアヤカシの反応。数は‥‥10?」
「こちらの雲に反応を‥‥ですが、数までは‥‥」
 ほとりの声に続き、コルリスが口にし、彼女の呼子笛が天に響き渡った。
 反応は空に浮かぶ濃い雲3つから。
 ほとりの調べた場所からは10程の反応。コルリスが調べた場所の数まではわからず。
「茜ヶ原、急いでこっちに戻ってきなさい!」
 想像以上に数がいた。
 風葉が叫び、呼子笛を思いっきり吹き鳴らす。その手は既にドラゴンロッドを構えている。
 黄金のドラゴンの口に集まりだす冷気。それと呼子笛に気付いたほとりが、急いでクロエの右脇を叩く。
 見事に訓練させた龍が、全力移動で戻り、その脇を轟雷王で空を駆けた風葉が通り過ぎると、ロッドが唸りを上げた。
「さあて、アタシの出番ねっと‥‥ッ!」
 氷の渦が、ほとりが探知した群れに向かう。視界を白く染める渦が雲を突き抜けた。
「出た!」
 雲に隠れていた小雷蛇が、一気に浮上しその姿を現した。
 数は、ほとりが示した10の数。
「随分と頑丈じゃない」
 攻撃を受けた敵にダメージは伺える。だが崩れ落ちたモノが無い事実に呟くと、風葉は次の攻撃に備えた。
「こっちは何匹隠れてるかしら」
 ギリギリまで引いた弦。その軋む音を耳に蜂針の弓を構えた万理は、コルリスが示した雲を狙う。
「出てきなさい‥‥ッ!」
 射られた矢が轟音を響かせ雲を貫く。
 矢の纏う衝撃派により散った雲、そこから現れたのは4体の小雷蛇だ。
「‥‥確かに頑丈ね」
 攻撃はアヤカシに直撃したが倒しきれない。
 風葉と同様に傷は負わせても、倒すまでは至らないのだ。だが怯む暇はない、再び矢を番えて構える。
「さぁってと、楽しい狩りの時間だ」
 天斗はクスクス笑い、緑を基調とした薙刀「厳晃」を構えた。
 雲から飛び出した14体のアヤカシは、攻撃を加えた者を眼下に飛行し、攻撃の時を伺う。
 そしてその時は唐突に訪れた。
「来やがった!」
 天斗の弓なりの刃が上空を据える。その瞬間、上空の小雷蛇が一気に下降してきた。
 それを目にして、龍を駆って前に進み出た前衛が後衛を護るように構えた。
「いざ、勝負!」
 輝夜の声に小雷蛇が的を定め落ちてくる。それを斬馬刀で受け止めるが、僅かに力が及ばなかった。
「く、ぅッ」
 上体が後方に持って行かれ、慌てて龍に跨る足に力を込める。それに気付いた輝桜が友の危機にと、自らの判断で刃を振るった。
「‥‥輝桜、すまないのじゃ」
 引き離された小雷蛇を見据え、友に声を掛ける。その上で再び刃を構えると、紫の瞳がそれを射ぬいた。
「落ちろ、蚊トンボ‥‥」
 再び直進してくる小雷蛇に、輝桜が突っ込む。
 輝夜の長大な刃が唸り、大きく回転する刃が小数のアヤカシを斬り捨てた。
「――いや、トンボは親玉の方じゃったか」
 呟く視界の隅で、力尽きたアヤカシが落下する。だが彼女の刃はそれを振り返ることなく、次を捉えた。
 その僅か離れた場所では、ミレイも後衛を護りながら小雷蛇の攻撃を受け止めていた。
「っ、本当‥‥邪魔なんだからッ!」
 長槍「羅漢」で受け止めた敵を薙ぎ払い、体勢を崩した所で払い落す。だが払われた所で小雷蛇は勢いを落とすでもなく、再び浮上して襲いかかってきた。
「甲彦、硬質化して後退。ここは何としても食い止める!」
 後方ではほとりが弓を番え攻撃の時を伺っている。そんな彼女に攻撃を加えさせる訳にはいかない。
「ぅ‥‥ッ、ああ、もう!」
 幾度掃っても迫るアヤカシに苛立ちが募る。
 鉄製の槍を振るう度に傷は負わせるが、如何しても致命傷にならない。それがまた新たな苛立ちを生んでいた。
「設楽さんたちは‥‥そう、離れてしまったのね」
 ほとりは苦戦するミレイを見、それから同じ弓術師の位置を確認した。
 完全に離れた訳ではないが、同じ敵を狙うには距離が離れている。本来なら弓術師同士隊を組み各個撃破に移りたかったのだが、仕方がない。
「ミレイさん、援護します」
 矢の先を定める。そこに在るのは、ミレイに襲いかかる小雷蛇だ。
「邪魔だって言ってるでしょッ!」
 ミレイの槍が小雷蛇の体を貫く。それに合わせ、ほとりの矢が追い打ちをかければ、漸く一体、空から落ちて行った。
「甲彦、それに‥‥そこのあんた!」
「え? 私ですか?」
 唐突な声に、息を切らすミレイを見つめたほとりに、彼女は寄こした視線を戻す。そして槍を構えなおすと、甲彦に跨る足に力を込め、騎乗の安定性を測った。
「次、行くわよ‥‥!」
 言ってそっぽを向く、ミレイ。
 その姿にほとりが微かに笑みを零すと、彼女の動きに合わせて弓を構えた。

「ツマランツマランッ!」
 薙刀を振り回し、大立ち回る天斗は降り注ぐ小雷蛇の攻撃を受けながらも、身軽にその身を翻し応戦していた。
「降ってくるしか能がねえのか? もっとマシな攻撃して来い!」
 叫ぶ天斗に浮上した後に小雷蛇が急降下してくる。体全体が弾丸のように降り注ぐその攻撃にさえ、天斗は怯まない。
「‥‥――こんなものかよッ!」
 チイッと舌打ちを零し、次の瞬間、薙刀が炎を纏った。
 晒された片方の黒瞳が鋭い光を帯び、炎の線を引きながら槍が小雷蛇に槍が突き刺さる。そこに火之迦具土の牙が喰らい付けば、敵の動きはピタリと止んだ。
「ツマラン!」
 天斗の声に同意するよう、火之迦具土が力尽きた小雷蛇を槍から引き剥がし地面に突き落とす。それを見止めた天斗は、高笑うと次を見据えた。
「もっと来い! もっともっと隻眼鬼を楽しませてみろ!」
 天高く響く笑い声に降り注ぐ敵の姿。
 それを僅かに離れた位置で見ていたコルリスは、弓をギュッと握りしめた。
「‥‥設楽さん」
「わかっているわ」
 万理は神妙な面持ちで頷くと、宵闇の背を叩いた。
 それに合わせて動き出す龍に従い、コルリスも動き出す。向かうのはほとりの元だ。
「敵はまだ、上空に複数‥‥」
 目で確認できる範囲で5体はいる。しかもその半数は上空で飛行しながら攻撃の機会を伺っている状態だ。
「――よしっ!」
 ミレイが風を切ると、攻撃を受けた小雷蛇は落下した。
 それを見止めた後に、彼女はほとりを見る。
「‥‥行けば?」
 ぶっきらぼうに放たれた言葉だが、悪気はない。それどころか気遣いに溢れている。
 ミレイの視線の先には、ほとりを待つ他の弓術師の姿がある。その事に気付いた彼女は、ミレイに頭を下げ、他の2人にクロエを近付けた。
「上の敵を狙いますか?」
 ほとりはそう問いながら、未だ上空で待機する小雷蛇を見る。
 弓術師はその持っている武器の性質上、離れた敵に効果を発する。この3人ならば、安全な距離を保ち、待機する敵を討つ事も出来るだろう。
「計画通りに行きましょう」
 設楽の声に2人が頷き、一拍も置くことなく3人は同時に動き出した。
「応鳳、全力移動で一気に近付きますよ」
 コルリスの声に、応鳳が大きな翼を広げた。
 加速する自らの龍、それに振り落とされないよう身を低くして風圧に耐える。その隣には、同じように加速したほとりの龍、クロエがアヤカシいる。
「クロエ、アヤカシの背後へ!」
 とんたんっと右足で脇腹を叩き、向かう方向を誘導する。振り落とされないように固定された足と腰、お陰で弓を両手で握っても無理な体勢にはならない。
 それに会得したカザークショットの効果もあり、彼女の騎乗は安定していた。
「‥‥宵闇、頼んだからね」
 正面からアヤカシに向かう万理の矢が軋む。
 ギリギリまで引いた弦が弾けそうなほどに緊張を保ち、攻撃の瞬間を待つ。
 その間に、小雷蛇が、近付く敵に気付き飛行速度を速めた。
「逃がしません!」
 先に動いたのはコルリスだった。
 アヤカシの進行方向に応鳳を駆り、視界に入ったと同時に加速させる。
 飛行する龍に止めた小雷蛇、そこに弧を描き軌道を戻した応鳳の背で、コルリスが背面に矢を構えた。
「行きます‥‥嵐っ!」
 乱射された無数の矢、それに不意を突かれた小雷蛇が加速する。だがそれよりも早く、別の矢が進行を阻んだ。
「逃げるのはなしです」
 万理がそう言ってもう一矢加える。
 行動を阻まれた小雷蛇は上空への逃走を試みる。だがそれすらも阻まれてしまう。
「どちらへ?」
 丁寧な言葉で問いかけ、クロエで急接近したほとりの矢がアヤカシを貫き、これが切っ掛けで、形勢は完全に開拓者のものとなった。

●災い、驚異の力
「‥‥これで、全部‥‥」
 前衛に混じり、小雷蛇を斬り捨てた征四郎は、刃に纏う瘴気を振り払い、空を仰ぎ見た。
 その直後、普段は表情が出ない彼の顔に驚きが浮かぶ。
 視界を掠めた巨大な影。鮮やかな色と耳を打つ大きな羽音――そう、キキリニシオクが来たのだ。
 征四郎は急ぎ疾風を駆ると、キキリニシオクの全体を確認できるよう距離を取った。
「親玉が来たかぁ?」
 楽しそうな声に征四郎の目が飛ぶ。そこにいたのは、声と同じく嬉々としてキキリニシオクを眺める天斗がいた。
 彼は薙刀をキツク握り締め、飛びかかる時を狙っている。
「出た、ききるぬしお‥‥何だったっけ?」
「キキリニシオクじゃ」
 現れた新たな敵の名を風葉に教え、輝夜は口角を上げた。
 噂に聞く以上に大きく、威圧を与える存在に、武者震いがしてくる。
「まあ、なんだって良いわ」
 風葉はロッドを構えると、新たな力をそこに集約し始めた。
 そうすることで集まりだしたのは雷。光は徐々に拡大し、解放の時を待つようにビリビリと空気を揺らす。
「アタシの全力っ、覚悟して受け止めなさいよね‥‥ッ!」
 凄まじい音と共に雷撃がキキリニシオクに迫る。攻撃の角度、勢い、どれをとっても完璧だ。
 だが、
「避けられたっ‥‥ッ!?」
 驚く一瞬の隙に、彼女の視界が遮られ、巨大な蜻蛉の顔が目の前に迫った。
「しまッ――」
「良く来たの、歓迎の挨拶代りじゃ‥‥しかと、その身に刻んで往くがよい!」
 風葉の轟雷王を鞘で叩き後退させ、僅かな隙間に相棒と共に身を滑り込ませた輝夜が、蹴りを見舞い、下から突き上げるように一気に斬りあげた。
 しかし同時に開かれた、キキリニシオクの口に刃が薙がれる。
 そうしてその口が閉じるのと、輝夜とその後方に庇った風葉の身が大きく弾かれた。
 互いに攻撃を浴び、落下しそうになる身を、双方の龍がしかと受け止める。その上で距離を測れば、今度は天斗がキキリニシオクに挑んだ。
「こっからが本番だ!」
 切っ先を下げた刃、目の前にいる敵は強大、故に決して侮る気はない。だがこれを倒さねば次に進む事は出来ない。
「援護するわ」
 万理の矢が天斗に気付き、降下しようとしたキキリニシオクに迫る。だがそれだけでは巨大な相手の動きを止める事は出来ない。
 大きく迂回し、飛行した状態で迫る敵に、もう一矢、別の矢が立ち塞がる。
「私も援護します」
 力を練り込み番えた矢。それを一気に放つと、直線に飛んだ矢が突如軌道を変え敵の側面を射ぬく。
 しかしそれでもキキリニシオクの動きは止まらない。
「私だって‥‥」
 無数の矢を放ち相手を撹乱しようとコルリスも矢を放つ。
 いくつもの矢が多方面から雨の如く降り注ぐ。
 これにはキキリニシオクも羽を大きく羽ばたかせた。
 そして巨大な体に似つかわしくない、素早い動きで上昇する。
「ッ、やってくれたわね‥‥」
 急上昇するキキリニシオクを見、風葉のロッドが再び吹雪を放った。
 敵を追うように迫る吹雪、だが攻撃よりも早く浮上しきったキキリニシオクは、日を浴び、開拓者たちに日陰を与えながら、余裕の様相でひと鳴きした。
 これに開拓者たちは一斉に身構えたが、征四郎だけはその声に疾風を駆って彼らの前に立ち塞がった。
「退け!」
 珍しく声を荒げ、それに続き、それぞれの龍に小石をぶつける。当然、突然の攻撃に驚いた龍たちは咄嗟の判断を手放し、一気にその場を離れた。
 中には暴走に近い状態で離れるものもいたが、これから訪れる攻撃を受けるよりはマシだった。
「あれは‥‥ッ!」
 逸早く宵闇を引き留め体勢を整えた万理が現状を把握して、その場に突っ込んだ。
 キキリニシオクの羽が舞い落ち、瘴気が先程までいた場所に降り注ぐ。そこに身を落とした万理は、瘴気を浴びながら矢を構えた。
「っ、‥‥」
 瘴気を浴びながら矢を構えて気を集中させる。何も考えず、集中力だけを高めてゆく。
「まだ、時間かかる?」
 ミレイもまた瘴気の中に身を落とし、万理への負担を軽減するように甲彦を駆る。その事に少しだけ負担が消えた彼女の目が、スッと細められた。
「――行けっ!」
 見事なまでに空を射た矢。
 それがキキリニシオクの羽を貫いた。
 そこに、いつの間にかキキリニシオクの死角に上り詰めた天斗が、炎を交えた薙刀を振り上げる。
「焔に貫かれ灰になり、空に水面に浮いて漂え!」
 急降下する龍の落下速度と、付加された攻撃力。それに加え背中の円盤を目掛ける攻撃に、キキリニシオクの身が大きく翻った。
 大きく羽ばたき回避の行動をとる。だが僅かに攻撃を掠め、敵が呻いた。
「‥‥逃げて、く?」
 僅かに瘴気に中てられたミレイが呟く。
 その目に映るのは、身を反し去ってゆくキキリニシオクの姿だった。

●敵、撤退
「あんた‥‥馬っ鹿じゃない?」
 ぶっきらぼうに、そう言い放ったのはミレイだ。
 青い瞳が見つめる先には、征四郎がいる。両の足で立ち、平然と前を見据えているが確実に顔色が悪い。
「言い方はアレだが、感謝はしてるんだろうよ。だが、俺も馬鹿だと思うぞ」
 天斗はそう言って、奮闘した相棒の背を撫でる。と征四郎に視線を向けた。
「俺も、多少の毒や怪我は血を吐きながらでも‥‥とは思ってたが」
 呟き苦笑を滲ませる。まさか、毒だけでなく瘴気も放つとは思っていなかった。
 故に征四郎の気転には少なからず感謝はある。だが、無茶が過ぎる。
「一先ず、任務は完了ね。問題は残っているようだけど」
 万理の声に、ほとりはクロエの首を撫でながら呟いた。
「‥‥瘴気に感染したら、時間の経過で元に戻るのかしら?」
「無理ね」
 そう、きっぱりと言い切ったのは風葉だ。
「瘴気に感染したら然るべき治療を受けなきゃ駄目よ。アタシが持ってれば良かったんだけど、生憎今は燃料切れ、使えないのよね」
 僅かに詫びを込め口にする風葉に、征四郎はゆるりと首を振った。
「大事無い‥‥気にするな」
「‥‥そんな蒼い顔で言ったって説得力無いっての」
 大仰に息を吐き、被りを振る。
「然るべき場所で治療が必要なのでしたら、そこまで連れて行きましょう。私たちも傷を直す必要がありますし」
 良く見れば小雷蛇とキキリニシオクとの闘いで全員が、歩けないほどではないが負傷し、疲労していた。
 それでも表に出さないのは、征四郎の事があるからだ。
「我が手を貸そう」
 キキリニシオクの牙を受け同じく負傷している輝夜が進み出る。そこに突き出された別の手は、ミレイのものだ。
「べ、別に、貸したくて貸すんじゃないから‥‥!」
 ぷいっと横を向きながらも手はそのまま。
 それに戸惑うよう差し出された手を見つめる彼の両脇を、ほとりと万理が固めた。
「両手に華、か‥‥もうちと若けりゃ俺もあやかりたかったな」
 ニイッと天斗が笑って歩き出す。その向かう先には簡易の治療場だ。
 こうして開拓者たちは、渋る征四郎を引き摺るようにして、戦場を後にしたのだった。