その手に救いを‥‥
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/05 02:14



■オープニング本文

 雨が滴る午後。
 天元 征四郎(テンゲン セイシロウ)は、自らを見つめる存在に気付き足を止めた。
 人通りの少ない路地に蹲り、雨に全身を濡らした小さな存在は、動きを止めた征四郎に気付くと赤い瞳をゆっくり瞬かせた。
「‥‥何か用か」
 表情なく問われた声に、赤い目が再び瞬かれる。だが声は出さない。
 無言で見つめる赤い瞳だけが印象的で、征四郎は思わず手にしていた傘を差し出した。
「そのままでは風邪をひく」
 抑揚はないものの行動に僅かな優しさを覗かせる声に、赤い瞳が僅かな笑みを刻んだ。
 それを見止めた目が下に落ちた。
 首に嵌められた小さな輪。みすぼらしい服に、全身についた傷。どれも自ら負ったものではないと判断できる。
「‥‥その傷は‥‥」
 小さな存在の不自然さを確認していた征四郎の目が足で止まった。
 枷でも嵌められていたのだろうか、擦り切れた足首にくっきりと赤い痕が残っている。
 ここまで確認すればこの存在――子供がどういった経由でここにいるのか想像がつく。
「‥‥逃げて来たのか?」
 悲しいことに子供を売り買いして生計を立てようとする輩は存在する。そうした輩から逃げて来たと考えるのが妥当だろう。
 だが子供は征四郎の問いには答えず、ただ瞳を瞬かせた。
「? ‥‥何を握っている」
 傘を子供に差し出したまま膝を折った征四郎は、傷だらけの手に握られたものに気付いた。
 そこに手を伸ばし受け取ったのは、雨に濡れ文字さえも確認できないほど握りしめられた紙だ。
「‥‥これは、おまえが書いたのか?」
 征四郎の声に子供の首が縦に揺れる。
 つたない文字で綴られているのは、ここに至るまでの道順だ。赤い文字で刻んでいることから、血文字である可能性が高い。
 征四郎は目の前にある赤い瞳を見ると、受け取った紙ごと手を差し伸べた。
「‥‥一緒に来い」
 子供の目が見開かれた。
 差し出された手と紙、そして征四郎の目を赤い瞳が往復する。
「助けたい仲間がいるのだろう」
 ただ逃げるだけなら道順など必要ない。
 そんなものを残す時間があれば、とにかく遠くへ逃げれば良いのだ。だがそれをしないのは、戻る必要があるから。
「‥‥売人捕縛の確約はできないが、仲間を救うことくらいはできるだろう。如何する?」
 子供は征四郎の声に瞳を潤ませると、大きく頷いて彼の手を取った。


「明日の晩、か‥‥」
 征四郎は目の前にギルド職員の山本を据え、受け取ったばかりの書面に目を落としていた。
 その傍らには、安心しきって眠る子供の姿がある。
「その子のメモのお陰で、必要な情報の殆どが手に入った。本当にお手柄だな」
 征四郎が手にする書面には、子供の書いた道順を元に調べた売人の情報が載っていた。
 住処は勿論、今後の動向、資金流通、現在手元にいる子供の数なども載っている。
「明日の夜に大掛かりな人身売買が行われ、そこに現在捕まってる子供たち全てが集まるらしい。普段は散り散りに隠してるみたいだな」
「子供の数は男女含め7名‥‥か」
「全員が健康体って保証は無いし、何名が自力で動けるかまでは調べられなかった」
「問題ない。受け渡しの場所、あちらの用心棒の数、これだけわかれば対処はできる」
 征四郎は再び紙面に目を落とすと、注意深くそれを読み返した。
 受け渡し場所は、今は使われていない神楽の都外れにある屋敷。庭が広く、木々が生い茂り人目を憚るにはもってこいの場所だ。
 屋敷自体は然程大きくは無いが、敷地への出入り口は表門と裏門の2つのみ。常に雨戸が完全に閉められており、売買当日も閉めきられている可能性が高い。
「買い手は正門から来る可能性が高いのか‥‥」
「裏門は出て一歩進めば崖。昔は使用人が誤って落ちて‥‥なんて噂を聞いたことがある。だからそんな場所を通るとは思えない」
 確かに、人目に付き辛い立地条件なのだから、わざわざ危険を冒してまで更に人目を憚ることは無いだろう。
 征四郎は書面から顔を上げると、傍に丸くなって眠る子供に目を落とした。
 良く見れば征四郎の着物を掴んで寝ている。
「‥‥」
「一緒に連れて行くか迷ってる?」
 山本の声に征四郎は視線を戻すと静かに頷いた。
 表情が乏しい為に何を考えているかわからないが、子供を心配していることだけは伝わる頷きだ。
 冷静に考えれば子供を連れていくなど言語道断。だが子供は仲間を助けたい意思がある。
「‥‥山本に、頼みがある」
 征四郎の声に当の山本の首が傾げられた。
「至急、開拓者を集めて欲しい。今回の件、俺1人で対処しきれる保証がない」
「連れてくのか‥‥まあ、連れてかない場合でも1人よりは複数のが良いだろうな」
 山本の声に頷くと、征四郎は僅かにその目を伏せた。
「開拓者へは子供たちの救出を第一に、第二に売人の捕縛を願い出る。全員を無事に救出すること、これを大前提に話しておいて欲しい」
「了解。至急ギルドに戻って人を集めよう」
「‥‥ああ、頼む」
 征四郎はそう呟くと、広げていた書面を畳んだ。
 そんな彼にふと山本が呟く。
「ところで‥‥さっきから気になってたんだが‥‥征四郎くんの部屋にあんなものあったか?」
 部屋の隅に置かれたもふらのぬいぐるみ。
 必要最低限の物だけ部屋に置く征四郎が持つには、少々違和感のある代物だ。
 そもそもこの仏頂面の志士にぬいぐるみ好きと言う話があったとは聞いたことがない。
 もふらさまに関しても然り、だ。
「‥‥支給品で貰った。それを、この子供が欲しがった‥‥それだけだ」
 征四郎はそう口にすると、冷めた茶の入った湯呑を持ちあげた。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
華御院 鬨(ia0351
22歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
銀雨(ia2691
20歳・女・泰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志


■リプレイ本文

 夜の帳が下りた頃。
 蝋燭の灯りの元で蠢くものがあった。
「あいつ、戻って来るかな」
 後ろ手に縛られ、足も縛られた状態で、1人の子供が呟く。
「わからない。でも、あいつなら‥‥」
 同じように呟く子共に、他の子供たちの瞳が不安げに揺れた。
 その時だ。
「誰か来た」
 ウサギの耳をした子供が囁く。
 その声に子供たちが一斉に口を噤み、身を寄せて来訪者に備えた。
「売買終えるまでの見張りだろ? それであんな大金が手に入るとはな」
「まったく、ボロイ仕事だ」
 そう言いながら襖を開けて入ってきたのは、刀を腰に差した男2人だ。
 男たちは子供が1人も逃げずにいることを確認すると、襖を閉めて入り口付近に腰を下ろした。

●救出作戦
 子供たちの元に男たちが訪れたのと同じ頃、屋敷の外に開拓者が集まっていた。
 彼らは物陰に身を潜めながら、売人と買い手が現れるのを待っている。
「人売買は当然のことながら、子供の頃からそないな所で働かせるんは教育上よくないどすぅ」
 そう言って可愛くむくれるのは華御院 鬨(ia0351)だ。
 女形の修業をしている彼は、現在可愛い系の女性を目指し修行をしている真っ最中。
 そんな彼に銀雨(ia2691)が呟く。
「人買いで救われる命もある‥‥ってのはまあ買い手の言い分だが、一理ある」
「銀雨はんは誰の味方どす!」
 ぷぅっと頬を膨らませる鬨に、銀雨の足が一歩下がった。
「睨むな。俺が世の中の仕組みを作ったんじゃねー」
 そう言いながらもう2・3歩下がったところで、彼女の足が止まった。
 どうやら後ろに控えていた御凪 祥(ia5285)にぶつかったようだ。
 彼は銀雨を横目で確認すると、息を1つ吐いた。
「‥‥同じ人を売る者、買う者の気持ちはわからん。しかし、人として同じ人を物の様に扱うのは納得いかん」
 鬨と銀雨の会話を聞いていたのだろう。
 冷静な言葉に銀雨は少し歩を進めると頬を掻いた。
「あー‥‥まあ、今回の売人は、んな言い訳しねーだろーが」
「人身売買か‥‥あたしは買われた先で買い手を差して逃げて、こんな人生やってるね」
 そう呟くのは霧崎 灯華(ia1054)だ。
 過去を思い出し、赤目に視線が向かう。
「――ま、これはこれで楽しいんだけどね」
 征四郎にしっかり掴まって離れない赤目を見ながら囁き、足を裏口に向けた。
「まー何処の国にも似たような事はあるっちゅー事かいナ。ありふれ過ぎて今さら怒る気もせんナ‥‥」
 黒っぽい衣装に身を包み、近場の木へ視線を注ぐのは梢・飛鈴(ia0034)だ。
 彼女は視界に納まる木を眺めると、その目を赤目に向けた。
「一緒に登るアルか?」
 これから開拓者たちは子供たちの救出に向かう。
 この後の事を考えれば、安全な場所に潜むのが当然だ。
「出来れば敷地内には入れたくないが、目立たない場所‥‥と言うと、それもありか」
 飛鈴の言葉に、祥の目も木に向かった。
 幹は太く、枝も丈夫そうだ。事が終わるまで潜んでいるには悪くない。
 赤目はその提案を受けて、征四郎と木、そして開拓者を見比べている。それを見止めた征四郎が彼の背を押した。
「‥‥終わったら、下ろす」
 征四郎の静かな声に、赤目の足が動いた。
「木の上までは任せるアル」
 飛鈴は、そう言うと赤目の手を取った。
 そして共に歩きだそうとした赤目の顔を、空(ia1704)が唐突に覗き込んだ。
「ガキ等の救出ねェ。ま、やりてーなら手伝うが」
 まるで見定めるような視線に、赤目が飛鈴の後ろに隠れる。
 それを見てから、空は征四郎を見た。
「今回の目的はガキ等ってコトでイーんだな」
「‥‥問題ない」
 静かに頷く征四郎に、空がその身を返した時、視界端に灯りらしきものが見えた。
「おいでなすったか‥‥ありゃァ、売人か?」
 空の目が丸々太った男を捉える。
 その周囲に人の姿は無く、怪しげな笑みを浮かべて表門から中に入って行く。そしてそれに続く様に別の灯りが近づいて来た。
 コソコソ周囲を伺いながら、細い男が長身のガタイの良い男と一緒に歩いてくる。そして迷うことなく屋敷の中に入って行くと、開拓者たちが一斉に動き始めた。

●屋敷内部へ
 塀を伝って屋敷内の木に登った飛鈴は、赤目を木の上に乗せると黒の瞳を屋敷に向けた。
 屋敷は雨戸が締められており、中の状況を伺うのは難しい。
 それでもこの中に売り手と買い手がいる事はわかっている。
「護身用に持っているアル」
 飛鈴は赤目に苦無を持たせると、同じように塀を越えて来た祥に視線を向けた。
「既に子供たちが集まってる可能性が高い‥‥かなりな数がいる」
「1カ所にいるアルか?」
「今のところは」
 祥の答えに思案した飛鈴は、手にしていた焙烙玉を見るとチラリと赤目を見た。
「大人しくしてるアル」
 そう口にすると、焙烙玉を地面に叩きつけた。
 屋敷の敷地内部に響き渡る音。
 その音に飛鈴が木から飛び降り、祥も一気に駆け出した。

――裏門
 焙烙玉の音が響く少し前。
 空は目前に見える見張りを眺めていた。
「門からの侵入は出来ねェ‥‥か」
「ちょっと細工をしたいのよね。となると、あの見張りが邪魔なんだけど」
 呟く灯華に空が頷き、その上で屋敷の方を見るが、突入の合図はまだない。
「待ち伏せに適したもんはあるが、動けば意味がねー‥‥さて、どうしたもんか」
 空は然して困った風もなく呟くと、近くの塀を見上げた。
 塀の高さはそれ程でもない。
 シノビの術を身につけている彼ならば容易に乗る事が出来るだろう。
「ここは、穏便に済ませとくか?」
「そうね。それで賛成――っ、この音」
 不穏に笑い合う2人の耳に、焙烙玉の炸裂音が響いた。
 その音に今まで軽口を叩いていた2人の表情が変わり、一気に足が動く。
「悲鳴を上げる暇もなくぶっ倒してやるわ」
 ニイッと笑った灯華の呪殺符が淡く光る。その直後、彼女の前に白い幻影が浮かび上がった。
「呪声か。おっかねェ」
 灯華の術を見止め、喉奥で笑った空が塀に飛び乗る。
 敷地の中を見下ろせば既に突入する仲間の姿が見える。彼はそのまま地面に降りると、閉じられた門に駆け寄った。
「――‥‥ッ」
 門の向こうから声にならない悲鳴が響き、ドサリと重い音が響く。その音に門を開けると、そこには次の行動に移り始めた灯華と、足元に転がる見張りの姿があった。
「これなら、合図前でもいけたな」
 感心したような言葉に、灯華は光を沈めた地面を見てから空を見た。
「準備完了よ。巫女がいない以上、あたしが回復に回らないと。さっさと中に入るわよ」
「ヘイヘイ」
 空は倒れた見張りを縄で縛りあげると、2人で屋敷の中に突入した。

――表門
「買い手さんは随分人使いが酷いお人らしいどす」
 そう言うのは、突入のタイミングを見計らう鬨だ。
 彼は事前に買い手について調べていた。
 その上で口にした言葉なのだが、それ以上の事は言うことができない。それ程に、買い手の人への扱いは酷かったのだ。
「‥‥絶対に助けないと駄目どす」
 意思を青い瞳に込めて呟く声に、銀雨も同意するように頷く。
 そして彼女の目が傍らで控える征四郎に向かった。
「ちょっと聞きたいんデスが‥‥」
 静かに屋敷へ耳を傾けていた征四郎の目が「何事か」と問うように向かう。
 その視線を受けて頬を指掻くと、彼女は言い辛そうに思ったことを口にした。
「さっきの買い手と一緒にいた男が、生き別れの兄貴だったりトカしません?」
 買い手と一緒にいた男。それは長身のいかにも一般人離れしていたお供のことだ。
「銀雨はん、それは流石に無いと思いますぅ」
「あー‥‥ダヨな」
 そう口にして視線を泳がす。
 その声に征四郎も僅かな頷きを向けた時、屋敷の方から焙烙玉の炸裂音が響いた。
「よし、突入だ!」
 言うが早いか、銀雨は全身を赤く染めて飛び出した。それが向かうのは、表門だ。
 しかも真正面から一気に突進してゆく。
 その姿に門前で警備にあたっていた男がギョッとした表情で彼女を見た。
「な、なんだお前たちはっ!」
「邪魔だ、退けッ!」
 屋敷内部から聞こえた音に顔を上げた矢先降ってきた攻撃に、見張りをしていた男の反応が遅れる。
 そこに銀雨の拳が叩き込まれた。
「よしっ――ッ、うおっ!?」
 難なく地面に伏した見張りを見下ろし、門にも一撃を加えようとした彼女の頬を何かが霞めた。
 その動きに飛び退き、門の脇、塀の上で弓を構える男と目が合う。
「チッ、2人いたか‥‥よいせっ!」
「何!?」
 てっきり自分に攻撃を仕掛けてくると思っていたのだろう。
 弓を番えた男の目が見開かれる。その目に映るのは、門を蹴り破った銀雨の姿だ。
「不意打ち狙いの作戦が台無しどすぅ」
 そう言いながら珠刀「阿見」を構えると、鬨は頬を膨らませて弓の男を見た。
「志体持ちには容赦せんどすぅ」
 言うのとほぼ同時、鬨の足が地面を蹴った。
 そして華麗に舞い上がった身が塀に乗ると、色鮮やかな着物が弓術師の視界を遮った。
「お代はいりやせんよぉ」
 クスリと妖艶に笑った鬨に、弓術師が改めて弦を引く。だがそれを射ぬかせるほど、鬨の動きは遅くなかった。
 舞うように距離を詰めながら、ぶれる矢の先を見定め刀を振りあげる。
 その瞬間、仄かな梅の香りがし、一瞬の隙が弓術師に生じた。
「良い夢を見ておくれやす」
 満月を彩った刃が降り注ぎ、矢が叩き斬られると、間髪いれず彼女の柄が鳩尾を突いた。
「‥‥これでここの見張りは終わりどすな」
 ニッコリ笑った鬨が、刀を鞘に納めて地上を見る。
 屋敷内部からは何かしらの物音が響いている。その音を聞きながら、弓術師と先に倒した門番とを縄で括ると、3人は屋敷の中へ駆けて行った。

――屋敷内部
 飛鈴の合図と共に駆け出した祥は、柄の赤い槍を構えると、目の前を遮る雨戸を叩き割った。
「梢さん、反応はあっちだ」
 そう言いながら示したのは、襖を挟んだ向こう側。その言葉に飛鈴が迷うことなく襖を蹴り倒す。
「ッ、だ、誰だっ!!」
 月並みな台詞で2人を迎えたのは、巨体を持つ男だ。
 その手には太刀が握られ、背には数名の子供たちが見える。
「‥‥売人と買い手の姿が見えないアル」
 飛鈴の声に祥の眉が潜められる。
 突入前までは確かに子供の数、売人、買い手の数等を含めた生体反応があった。
「音で逃げたのか?」
 そう言いながら足の踏み込みを低くして構える。第一に成すべきことは子供たちの保護だ。
「うおおお、死ねえええええ!!!」
 突如、2人の背後から叫び声が響いた。
 その声に状況を見定めていた2人が同時に動く。
「五月蠅いアル。今、考え中‥‥ッ、と!」
 素早く身を反転させた飛鈴が、斬り込もうとする男の懐に入った。そして一気に体内へと震動を送りこむように、一撃を見舞う。
「――ガッ、ぁ!」
 息が詰まったように目を見開いた男の身が崩れ落ちる。
 そしてそれとほぼ同時に、紅く鮮やかな槍が、更に美しい夕日色にその身を染め、子供たちの前に立ち塞がる男の鳩尾に沈んだ。
「‥‥拍子抜けするほど弱いな」
 そう言いながら、祥が槍を引く。
 これでこの場の用心棒の掃討が終了した。
 だが、ここにきて新たな問題が浮上する。
「子供の数が足りないアル!」
 情報では7人いるはずの子供が足りない。
「1人連れて行ったのか?」
 祥の声に飛鈴は表情を険しくし、舌打ちを零しながら救出した子供たちの束縛を解いた。

●売人、そして買い手‥‥
「はあ、はあ、何で襲撃が‥‥」
 子供の手を握りしめ、大きなお腹を揺さぶりながら走るのは売人だ。
 既に裏門付近まで到達しており、逃げきるのにあと少しと言う所まで来ている。
「あら。劇はまだ始まったばかりよ。どちらへお出かけ?」
 行く手を阻んだ小柄な少女に、売人、そしてその後ろから駆けて来た買い手が足を止めた。
「な、なんだ、この小娘は!」
 叫んだのは買い手だ。
 ひょろ長い手で灯華を指差し、ぶるぶる震えている。
「主殿、ここは私が」
 そう言葉を添えて前に進み出て来た長身の男に、灯華の瞳に鋭い光が射す。
「その前に、その子供を離しなさい」
 囁く声に長身の男が腰に帯びた刀を抜く。そして一気に斬りだそうとしたのだが、その足が直ぐに止まった。
「これはっ!」
 周囲を包む煙に辺りを見回す。視界が遮られ、思うように敵を定める事が出来ない――と、そこに黒い影が射した。
「――ッ!」
 ドサッと音が響き、倒れた男を空が見下ろす。
 手にした木製の盾で男の頭を強打したのだろう。不愉快そうに盾を下ろすと、彼の目が売人と買い手を捉えた。
「おっと、ガキは置いてけよ」
 言うが早いか、瞬発的に駆け出した空が子供を掴む売人の手を、刀の鞘で叩き落とす。
 その動きに子供の身が揺らぎ‥‥。
「はい、無事確保よ」
 灯華の声に空が頷き、これはもう駄目だと思った売人と買い手が裏門に駆け寄った。
 だがそれすらも思うようにいかなかった。
「ぎゃあああ!!」
 野太い叫び声が響き、大きな音がする。
 灯華が仕掛けておいた地縛霊が発動したのだ。それを見ていた買い手がガクガクと震えながら一歩下がる。
「あら、あたしから逃げれると思って?」
 妖しく笑う灯華に、子供を連れて控える空。
 どちらを相手にしても敵う訳はない。
そんな中、混乱する頭で買い手が取ったっ行動は‥‥。
「ッ!」
 空が駆け出すが間に合わない。
 裏門の事を知っていたのか如何か、飛び出した買い手がそこにある崖に飛び込んだ。
 それを掴もうとした空だったが既に遅く、闇に吸い込まれるよう消えて行った姿に、彼は伸ばした手を静かに下げたのだった。

●その後
「こいつらどうすんの?」
 ギルド役員に、用心棒と売人を渡した後、銀雨が呟いた。
 その声に赤目や救出された子供たちを眺めていた征四郎が、皆に視線を戻す。
「‥‥面倒を見てくれる者を探すようになる筈だ」
「子供たちは良いかもしれないけど、関わっていた奴らが勘付いて逃げ出す前に情報を引き出して、一網打尽にしてやらないと!」
 そう言い捨てる灯華は、必要であれば尋問の手伝いもしたいと思っている。だが流石にそれは出来ないだろう。
 そんな彼女に飛鈴が同意したよう言葉を紡ぐ。
「今回捕まえた奴らから話が聞ければいいガ」
「大丈夫だろう。大元は捕まえてるんだ」
 そう言った祥に、飛鈴が頷き返して貰った苦無を懐にしまった。
「それにしても、天元ももう少し愛想良くてもいいんだけど‥‥接吻でもしてからかおうかしら」
 ぼそりと呟く灯華に、征四郎が無言で下がる。
 そこに鬨が近付いてきた。
「うち、ここで歌舞伎しとりやすん、見に来てくれやすぅ」
 差出されたのは舞台場所を示した物だ。
 それを受け取った征四郎は無言で目を瞬くばかりだ。
 そんな彼の耳に微かな笑い声が響いた。
「ヒヒ、あァばよ」
 どうやら空が一足先にこの場を離れたようだ。
 それを受けて征四郎は皆に例を告げると、子供たちを連れて開拓者ギルドに戻ったのだった。