表裏の恋話
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/03/08 22:03



■オープニング本文

●妖し恋話
 安積寺より僅かに小さな集落に、美しく優しい女性がいた。
 その日、彼女は薬草を取りに山に入っていた。その理由は、前の晩に若い僧がアヤカシ退治の途中で傷を負い集落に来たためだ。
「早くしないと積もりそうね」
 空を見上げて舞い散る雪を見ながら呟く。そうして足を進めると、彼女の目に鮮やかな赤が飛び込んできた。
 深々と積もる雪の上に落ちる染み。明らかに誰かの血とわかるそれを目にして放っておける娘ではない。
 彼女は急いでその跡を追った。
 そして進むこと僅か。彼女の目に崩れかけた小屋が飛び込んできた。
「雪を凌ぐためにここへ? でも、集落の方が安全なはず‥‥」
 疑問はあった。
 山を下りれば直ぐに集落がある。そこには巫女が滞在しており、的確な治療も出来るはず。にも拘らず、人目を避けるようにこんな場所へ来るのは何故か。
 だが怪我をしている者がいて見捨てる訳にはいかない。彼女は意を決して小屋の戸を開けた。
「‥‥誰か、居りますか?」
 隙間のたくさん開いた小屋の中に涼やかな声が響き渡る。
「あの‥‥」
「入るナッ!」
 ビクッと彼女の肩が揺れた。
 目を凝らし探るように中を見回して、それを見つけた。
 小屋の隅に蹲る白銀の毛に覆われた何か。美しい筈の毛並みは深く傷つき、全身で小刻みに息をしている。
「大変っ!」
 それが何であるのか確認する間もなく、彼女は小屋の中に飛び込んだ。
「入るナト、言ッタ筈ダ‥‥出テ行ケ」
 不明瞭な声に、女性の体が震える。だが彼女は逃げなかった。
 傷つく体に触れて、傷を1つずつ確かめてゆく。そして気付いたことがある。
「あなたは‥‥アヤカシ?」
 傷口から溢れる血の他に、黒い煙のようなものが昇っている。それが瘴気であると東房国の民である彼女は知っていた。
「‥‥出テ行ケ、サモナクバ、喰ラウゾ」
 力なく呟く声に彼女はアヤカシを見つめた。
 狐の様な顔に白銀の毛、金色に輝く瞳、複数に分かれた尾はまるで風のように揺れている。一見すれば神の使いともとれるアヤカシ。
 彼女は手にしていた薬草の入った籠を持ち上げると歩き出した。
 アヤカシはその動きを気配で感じとって安堵する。しかし予想に反して彼女は小屋を出て行かなかった。
「道具をお借りしますね」
 穏やかな声にアヤカシの目が上がる。
 小屋に置かれた道具を手にし、薬草を調合し始めたのだ。これにはアヤカシも驚いて息を呑む。
「喰ラウ、ソウ言ッテイルノダゾ」
 威嚇するように唸って見せるが、彼女は動じなかった。
 手早く調合した薬草を手に戻ると、アヤカシの傷にそれを塗り込んでゆく。
「‥‥あなたはまだ動けるのでしょう?」
 鈴の静かな問いに、アヤカシの目が見開かれる。
「忠告しないで食べれば良いのです。それをしないと言うことは、あなたは他のアヤカシと違うのでしょうね」
 そう言って微笑んだ女性をアヤカシの目が見つめた。


●東房国・安積寺
「さてさて、これが昨今噂の恋話です。ですがこのような話、本当にあるのでしょうか」
 そう言いながら盃を傾けるのは、北面より内密に商売をしにきていた明志だ。
 彼は東房国に足を踏み入れた直後、この恋話を耳にした。その結果、この話に興味を持ち、いろいろと探っていたのだが‥‥。
「何処かで尾鰭でもついたのでしょう。アヤカシと人の恋など有り得ません」
 目の前に腰を下ろす女性――東房国のサムライ、月宵嘉栄だ。彼女もまた、噂話を耳にしていろいろと探っていた。
 そして食堂に足を踏み入れた後、混雑するそこで偶然相席を申し出たのが明志だったのだ。
「それに、わたくしが聞いた話はもう1つあります。そちらの方が、信憑性が深い気がします」
 嘉栄はそう口にすると箸を置いた。
 その上で目の前の明志を見る。飄々としていて掴みどころのない表情を浮かべる男。しかし身のこなしを見る限り、何処か常人と違う気もする。
 嘉栄は湯呑を手にして喉を潤すと、ぽつりと語り始めた。


●妖し噂話
 安積寺より僅かに小さな集落に、美しく優しい女性がいた。
 その日、彼女は薬草を取りに山に入っていた。その理由は、前の晩に若い僧がアヤカシ退治の途中で傷を負い集落に来たためだ。
「早くしないと積もりそうね」
 空を見上げて舞い散る雪を見ながら呟く。そうして足を進めると、彼女の目に鮮やかな赤が飛び込んできた。
 それと同時に彼女が息を呑む。
 雪原に立つ白銀の毛をした生き物が、じっとこちらを見ている。8つの尾が揺ら揺らと彼女を招く様に動いている。そして、彼女の足が動いた。
 ゆっくり、ゆっくり雪原に足跡を刻みながら生き物へと近付いて行く。そして彼女の足が止まると、生き物の口が開いた。
 女性の頭を口に納めてじっとしている。やがて生き物は女性の頭を離すと、その場を去って行った。

「その後、女性は山へと足を運んでは、日に日にやつれ、生気が無くなって行ったそうです」
 嘉栄の言葉を最後まで聞いた明志は、ふむと息を吐く。
「さしずめ、アヤカシが人間の生気でも喰らっていたかね。いずれは喰われかねない現象だねぇ」
 明志は楽しげに口角を上げると、不意に立ち上がった。
 それを慌てた様に目で追う嘉栄に、明志は言う。
「噂話には種があるもんさ。どうやら、恋話にも種があったようだな」
 そう言い終えて歩き出した明志に、嘉栄も慌てて店を出た。
「あの、どちらへ‥‥」
「風にあたるついでに、開拓者ギルドへ行こうかとな」
 外套を羽織り流し見る明志に、嘉栄は表情を引き締めた。
「わたくしも参ります。此度のアヤカシに心当たりがあるのです」
 嘉栄の言葉に明志は頷いた。
 こうして2人は2つの話をギルドへ持参する。その上で、アヤカシ退治の要請をしたのだった。


■参加者一覧
高遠・竣嶽(ia0295
26歳・女・志
慧(ia6088
20歳・男・シ
瀧鷲 漸(ia8176
25歳・女・サ
ルエラ・ファールバルト(ia9645
20歳・女・志
エグム・マキナ(ia9693
27歳・男・弓
月野 奈緒(ia9898
18歳・女・弓


■リプレイ本文

●噂の集落
 安積寺より僅か離れた場所に集落はあった。
 山と雪に囲まれたそこは、石を積み重ねただけの低い壁が囲う小さな集落だ。
 その中を歩きながらエグム・マキナ(ia9693)は呟いた。
「友人の友人から聞いた話は、どれもおとぎ話だ‥‥などと言いますが。噂のアヤカシですか」
 彼の元の職業は教師。考える姿が様になっており、端正な眉が寄せられるその顔は、真面目に噂話と向きあっていることを想像させる。
 そんな彼の呟きを拾い取ったのが慧(ia6088)だ。
「恋話にそれの元ネタか‥‥どちらにせよ同じアヤカシが関連しているのだな」
 彗は幼い頃よりシノビの中で育ったシノビ。自らの経験を生かし進めた調査を元に呟いたのだが、どうも決定的な情報がない。
「それに関しては噂の域を出ませんね」
 マキナの声に彗は頷き足を止めた。そして、まだ訪れていない家を視界に納める。
「あの家でも話を聞こう」
 そう言って歩き出した彗の足には荒縄が巻かれている。雪に足を取られないようにと彼が考えたものだ。
 これが功を制しており、雪に滑ることなく歩くことが出来ている。
 そうして新たな家を2人が訪れる頃、別の家を3人の開拓者が訪れていた。
「そうか。では僧はここへ来たが今は居ない。そういうことで良いんだな」
 瀧鷲 漸(ia8176)が豊満な胸を隠すように腕を組む。それを横で聞いていたルエラ・ファールバルト(ia9645)も、同じように腕を組むと首を傾げた。
「僧はわかりましたけど、女性はどうなのでしょう。彼女はここにいるのでしょうか」
「娘ならこの時間、集落にいないわい」
 すんなり返された言葉に、3人は顔を見合わせる。
「と言うことは‥‥女性は外出してしまっているのですね」
「朝日が昇ると同時に出て行ったきりですわ。戻るのは通例どおり、夜ですかな」
 それを聞いて、高遠・竣嶽(ia0295)は眉を潜めた。
「何故、止めないのでしょう」
 呟きだした声に、集落の者の首が傾げられる。
「彼女が何しに行くのか、わかっているのでは?」
「関わりたくないですわ。ただでさえアヤカシの脅威と隣り合わせ。進んで首など突っ込みたくないですわ」
「っ!」
 冷たい言葉に、高遠は声を上げようとした。それを瀧鷲が肩に手を置いて止める。
「情報は手に入った。行こう」
 普段から高遠の道場で精進し合う仲なだけあって、高遠の気持ちはわかる。だが今ここで反論を口にした所で相手の気持ちが変わることは無いだろう。
「‥‥そうですね」
 高遠は瀧鷲の気持ちを汲み取って呟くと、唇を引き結んだ。
 そうして次の家へと足を進めたのだが、モヤモヤは消えない。
 それに噂話も気になる。
「アヤカシと人との恋‥‥仮に人の側にそのような感情が芽生えたとて、アヤカシの性質を考えれば、悲恋しか生まれぬでしょうに」
 高遠の言葉を聞きとめた瀧鷲とファールバルトが足を止めた。
「ああ。だからこそ、アヤカシは倒すしかない」
「瀧鷲さんの言うとおりです。それにもしかすると、魅了の力で心を操っているのかもしれません」
 2人の声に高遠の目が上がった。
 そこに迷いが無いと言えば嘘になるが、考えは纏まったらしい。
「そうですね。いずれにしても捨て置くわけには参りません。急ぎましょう」
 こうして彼女たちは、別の家へと向かったのだった。

「どの家も変わらず‥‥アヤカシの情報に関しては不確かなまま」
「集落の者がアヤカシに関心を持っていないのが原因だな」
 マキナと彗があたった家も、高遠達があたった家と同じく、アヤカシに関わりたくないと言う気持ちを持っていた。
 そのため手に入る情報は、どうしても噂の域を出ない。それもあってか、表情が暗くなる2人の元に、同じく情報を集めていた3人の女性陣も合流した。
「‥‥殆ど、同じ情報ですね」
 呟く高遠に皆が思案気に視線を落とす。
「せめて、アヤカシの出現場所がわかれば良いんだが」
 瀧鷲がそう呟いた時だ。元気な声が耳を打った。
「お待たせしましたーっ!」
 目を向ければ集落の入口に紫のツインテールが見える。元気よく手を振るのは月野 奈緒(ia9898)だ。
 その隣には今回の依頼主、嘉栄の姿もある。
 2人は皆へ挨拶を向けると、すぐさま合流を果たした。
「この近くにある寺社でお話が聞けました」
 そう報告をする月野は、嘉栄にお願いをして噂の僧が行きそうな寺社へ連れて行ってもらった。
 そこで僧の情報を聞いてきたのだが‥‥。
「噂の僧はいませんでしたが、アヤカシの情報と出現場所は聞けました」
 嬉々として地図を取りだす月野に皆の視線が集まる。
 紙には集落の場所と、それを囲む3つの山がある。その中の1つ、氷山と呼ばれる山に赤い印があった。
「山道の途中、樹に大きなバツ印が付いてます。それを目安に進むと洞窟があって、そこにアヤカシがいるらしいです」
「洞窟か‥‥」
 月野の声に瀧鷲が呟く。
「噂話では小屋が隠れ家だったようですが、実際には洞窟だったんですね」
 マキナがそう口にすると、月野は「はい」と頷く。そして声を潜めると、次の情報を提供した。
 こうして彼女が手に入れた情報は全て皆に伝えられた。
 これで集められる情報は集まった訳だが、1つだけ上手くいかなかったことがある。
「女性が確保できなかったな」
 彗の言葉に皆の表情を険しくする。
 こうして噂の女性だけが揃わないまま、一行はアヤカシがいる氷山に足を踏み入れた。

●氷山の中で
 氷山と言うだけあって、雪深い山なのかと思っていた。
 しかし足を踏み入れればそうでもない。時期のせいなのかもしれないが、雪は歩行を困難にはするが、進めないほどではなかった。
 そんな中を、開拓者たちは確実に前へ進んでいる。
「こっちで間違いないようね」
 そう言って樹のバツ印を確認するのはファールバルトだ。その近くでは雪の表面を思案気に見つめる瀧鷲がいる。
 彼女は雪の表面を触ると、表情を1つ動かした。
「足跡らしきものがある」
 雪に残る僅かな足跡を発見したのだ。
 足跡は若干雪に隠れかけ、僅かな窪みが出来ているだけ。それを見てマキナが呟く。
「ケモノの類ではなさそうですね。明らかに人‥‥噂の女性が、この先にいると言ったところでしょうか」
「どうだろうな。前日のものとは思えない。だが、風がさほど強くないことから今日のものだと言う確信も持てない」
 的確な判断をする彗に、マキナも同意を示す。
「なんであれ、この先にアヤカシがいることは間違いないでしょう」
 確信を持って口にした声に、皆の前方を進んでいた高遠が、足を止めて振り返った。
「ともかく、先を急ぎましょう」
 彼女の声に皆が動き出す。
 そんな中で月野が呟いた。
「瀧鷲さんは寒くないんでしょうか?」
 目を瞬く先には、瀧鷲の姿がある。彼女の格好は見るからに寒そうだ。しかしそんなことなど感じさせないほど堂々と歩く彼女に対し、疑問を持ったというところか。
「普段から慣れている。問題ない」
 淡々と、けれど丁寧に答えてくれた瀧鷲に、月野は納得がしたように手を打ったのだった。

 かなりな時間、雪山を進んだ。
 山に入る際には明るかった周囲が、少しだけ赤味を帯びている。そんな中でファールバルトが意識を集中させ近辺の気配を探っていた。
「‥‥ケモノか、アヤカシかわかりませんが、樹の向こうに大きな反応があります」
 そう言って瞼を上げた彼女の青い瞳が、前方を見据える。それを聞いて皆の表情が引き締まった。
「女性が一緒の場合、俺が確保しよう」
「なら私は援護に回ります」
 彗とマキナが言葉を合わせる。それを聞いて一行はアヤカシがいる場所へ飛び込んで行った。

●アヤカシと女性
 樹を抜けた先。そこで待っていたのは、アヤカシの傍へ近付く女性と、8尾の狐だった。
 狐の大きく開けた口が、女性を招く様にじっと構えている。その姿を見て、マキナが呟いた。
「彗君」
 瞳を眇めた彗の足がマキナの声を受けて動いた。
 雪を感じさせない速度で一気に狐と女性の間に入り込む。そして女性の腕を掴んで引こうとした所で彼の動きが止まった。
「これは‥‥」
「彗君ッ!」
 マキナの声にハッとした。
 振り返れば狐の牙が迫っている。
「ぅあっ!」
 肩に食い込む牙に彼の顔が苦痛に歪む。だが苦痛は長く続かなかった。
「彼を離してもらいましょう」
 鋭利な先端が狐を鋭く見据える。いつの間に矢を番えたのか、マキナが彗と女性の間を的確に狙い定め矢を放った。
 凄まじい速さで狐に迫る矢。それは風を生み、紛うことなく狐を射抜く――そう、なるはずだった。
 しかし矢は虚しく空を切って雪の上へと突き刺さる。しかし彗と狐を引き離すことはできたようだ。
「くっ」
 渾身の力を振り絞り、再び雪の上を瞬時に移動した彗が、女性の身を狐から引き離した。
「すみません。もっと早く矢を射ていれば‥‥」
「問題ない。それよりも後は任せた。彼女は俺が拘束しておく」
 マキナの気遣う声に、内心では嬉しさを感じながらもそっけない言葉が漏れる。それに僅かに笑みを浮かべれば、マキナは狐に目を向けた。
「あとは退治するのみです」
 マキナの声に皆が頷く。
 そしてファールバルトが女性に視線を注いだ。
「‥‥魅了ではない?」
 女性は衰弱しているものの、目はしっかりと狐を見つめている。それは彼女が自らの意思で山に入っていたことを示す。
「どういう‥‥」
 予想に反した出来事にファールバルトは戸惑いを覚えた。きっと彗が隙を作ってしまったのも、彼女の目を見たからかもしれない。
「私も彼女の見張りに徹しましょう」
 彼女はそう言うと、女性と彗の前に立ち、狐への視線を遮断した。

「速いっ!」
 そう口にして珠刀「阿見」を構えるのは高遠だ。
 前にいるのは雪の上を苦もなく動き回る狐。まるで羽が生えた生き物のように軽やかに、飛び交うの矢を避けながら動く姿は圧巻だ。
「どうにかして動きを止めないと‥‥」
「なら、あれしかない」
 高遠の呟きに、ハルバードを構えた瀧鷲が口にした。そうして駆け出した彼女が向かうのは高遠とは反対側、つまり狐の背後だ。
 しかし狐も簡単に後ろは取らせない。
 回り込もうとする瀧鷲に気付くと雄叫びを上げた。
「例の攻撃が来ます!」
 叫んだのは休むことなく弓を放つ月野だ。
 寺社で聞いた狐の能力。それが目の前で具現化する。
「――狐火」
 彗が呟いたものこそ、狐の持つ能力だ。
 青白い炎が浮かび上がり、妖しく揺らめく。そして光が一瞬強くなったかと思うと、それは勢いをつけて瀧鷲に向けて放たれた。
 しかし‥‥。
「させません!」
 雪を纏う風が狐と狐火を襲った。
 刃のように皮膚を切り裂く風に、狐が身じろぐ。そして鋭い瞳が風の元を捉えた。
 そこにいたのは高遠だ。
 彼女は狐の視線を受けると、刃から全身へと赤い炎のような光を纏わせ、刀を大きく振りあげた。
 同時に、狐の周囲に再び青白い炎が浮かぶ。
 その炎が向かうのは高遠と瀧鷲の元だ。
 だが狐の敵は2人だけではない。
「東房の町も私の生まれ育った神楽の都と同じ。こうやって依頼を引き受けたように、なにかしら繋がっているんです。私はこの繋がりを大事にしたい!」
 自らの想いを口にしながら、矢に気を練り込んでゆく。そうして引いた弓がはち切れんばかりに軋んでいる。
「守ってみせます!」
 彼女の手から矢が放たれた。
 それは狐の体を貫くが、白銀の体はよろめきもしなかった。それどころか、月野に目を向けた狐が軽やかに雪を蹴ったのだ。
 青白い炎は消えている。再び間を置かずに矢を構えるが、狐の動きの方が早かった。
「きゃあっ!」
 雪の上に尻餅をついた月野の腕に、赤い筋が浮かぶ。間一髪のところで命中は避けた。
 だが体勢が悪い。近くでは身を返した狐が迫る。しかし、そして狐の牙が月野に届く‥‥その直前、狐の体が飛んだ。
 赤い風に薙ぎ倒された狐が、低い唸り声を上げる。
「瀧鷲様、今です!」
 出来た隙を逃す訳にはいかない。
 瀧鷲は絶叫を上げながら狐に駆け寄ると、ハルバードを横一杯に振りかぶった。そしてそれを一気に薙ぎ落とす。
「両断剣!」
 風が唸り、木が割れる音がする。
 瀧鷲の一撃は狐の体に直撃した。
 薙ぎ倒された木と共に舞い上がる白銀の身に、追い打ちが掛けられる。
「あぁ、なれない事はするものではありませんね!」
 そう言いながら狐に向かってマキナが矢を放つ。それが月野の矢と同じように狐の身に降り注ぐと、白銀の体が雪に落ちた。
 これで止めを刺せば終わり。そこまで来て異変が起きた。
「お待ちなさい!」
 ファールバルトの声に皆の目が向かう。
 そこにはふら付く足で雪の上に立つ女性を、前に行かせまいと動く彼女の姿があった。
「もう、止めて‥‥」
 女性の瞳から涙が零れ落ちる。それでもファールバルトはその場を退かなかった。
――ウォオオオッ!
 狐の雄叫びに皆の目が飛ぶ。しかしそこに白銀の塊はいなかった。
 代わりに女性がいる方から声が響く。
「近付かせる訳にはいかぬ」
 彗の周囲を炎が包む。そこに狐の身が突っ込んだ。
 炎に巻かれながらも前進しようとする狐に、女性を足止めしていたファールバルトが大薙刀を構えた。
「いま楽にして差し上げます」
 声と共に彼女の的確な一撃が、狐の急所を突いた。
 この時の狐の行動が、獲物を奪われない為の物だったのか別の物なのかは定かではない。
 だた、いなくなった狐に対し、女性が涙を流したことは事実として開拓者の目に焼きついた。

●噂の終わり
「本当に申し訳ありませんでした!」
 そう深く頭を下げるのは嘉栄だ。
 提供した情報は役に立たず誤情報ばかり。
 しかも戻ってきた開拓者の殆どが傷を負い、応急処置を施した状態で戻ってくれば、責任を感じない訳がない。
「とりあえず女性は無事よ」
 ファールバルトはそう言って女性を前に促した。
 衰弱しているものの、自らの足で立つ姿にホッと息を吐く。しかし何やら様子が少しおかしい。
「確りしろ‥‥これが現実だ」
 終止を見守ってきた彗が、彼女の肩を叩く。
 その声に女性の瞳から大粒の涙顔零れ落ち、彼女は何も言わずに集落の中に駆けて行った。
 嘉栄は何が起きたのかわからない。
 不思議そうにしている彼女の耳に、月野の声が届いた。
「あの人、辛いでしょうね。そもそも、恋ってなんでしょう。子供を残すための本能とは少し違う気がします」
 しみじみ呟く声に嘉栄は更に目を瞬く。そしてその傍では、高遠が瀧鷲に呟いていた。
「アヤカシが人に害なす限り共存は‥‥でも、その可能性を模索するのも1つの道、なのかもしれませんね」
「そうだな」
 話が聞こえても何がなんだかさっぱりだ。
 そんな嘉栄に気付いたのだろう。マキナがそっと声をかけてきた。
「アヤカシはわかりませんが、女性はアヤカシに心惹かれていたようですよ」
 その言葉に嘉栄の目が見開かれたのは言うまでも無いだろう。