|
■オープニング本文 今から約20年後の春。 東房国霜蓮寺統括の娘『紫鶴(しづる)』は、経験の為にと母に義務付けられた開拓者の仕事を終えギルドに戻って来ていた。 「人と対峙する依頼は慣れない物ですわね」 そう言いながら報告の為に筆を走らせる紫鶴は今年で20半ばを迎える。そんな彼女の腰まで伸びる黒髪には大きな花飾りがあり、明るく華のある顔を実年齢より若く見せている。 たぶん周囲の知らない人に聞けば、10代半ばでも通用するのではないだろうか。 「そう言えば善次郎おじ様はお元気かしら? 職務を辞されて一気に老け込んだって聞いたのだけれど」 「親父ならピンピンしてますよ。それより終わったのならさっさと次の依頼を受けるか消えて下さい。職務の邪魔です」 無愛想に告げて鋭い視線を飛ばすこの人物は、山本善次郎の息子・大次郎だ。 実はこの2人、年齢は5歳ほど離れているが幼馴染に近い。だからだろう、呼び方も若干特殊だ。 「大様は相変わらずですわね。でも其処が素敵なんですけれど♪ あ、そうそう。最近噂になっている弓術師……何か情報はないかしら?」 スッと顔を近付けて微笑む紫鶴に大次郎の顔が赤くなる。それに笑みを深めると、彼女は言葉を続けた。 「わたくしだけでなく、母様も興味を抱いてらっしゃるの。だって楠通弐の再来……なんて言われてるんですもの、気になりますわ」 「しづ、その名を簡単に出したら駄目ですよ。僕達の間で悪く伝わっていなくても、彼女は賞金首として処理されたんです。それに賞金首の再来なんて言われて喜ぶ訳もないんですから、その方に失礼です」 「それは、そうかもですけど……」 賞金首『楠通弐』。賞金首でありながら、最後は人類の――開拓者の為にその身を賭した存在。 民間に彼女の行動はそれとなく伝わったが、彼女が賞金首である事実は変わらない。故にその名を忌み嫌う者も多いのだ。 「楠様はわたくしやわたくしの周囲では立派な武人として受け継がれていますわ。彼女の腕は一流。人間の技を越えた力を持ち、武に一途であったが故に逸れてしまった方……出来る事ならその技をこの目で見たかったのよ」 紫鶴の母は、開拓者と共に経験や当時あった事を紫鶴や彼女の弟にしてきた。その為か、時折話に出てくる通弐を含め、多くの開拓者は彼女の憧れなのだ。 「……弓術師の名前は紅鷹(こうよう)です。貴女もご存じの雪日向家のご息女ですよ」 「雪日向家のご息女って……確かジルベリアへ留学中って聞いてますわ。先日、軍事おじ様にそう連絡が来てましたもの」 「そうですよ。留学したのは蒼獅様で弓術師は蒼獅様の双子の妹君です」 「ふた、ご?」 初耳。そう言わんばかりに固まった彼女に盛大な溜息が零れる。 「まったく……嘉栄さんが見てたら嘆きますよ。貴女は昔から1つ聞くと後の事は右から左に抜ける癖がある。それを直さない限りは後を継ぐなんて到底無理でしょうね」 紫鶴には若干だが思い込みの癖がある。 自分が「こうだ」と思う事があると、後の事は全部頭からすっぽ抜けるのだ。そうして後で別の事実を知って固まる。 今回の事で言うと、雪日向家にご息女がいてその人は「ジルベリアへ留学した」と言う情報のみ頭に残り、もう1つの双子の片割れは開拓者になった、と言う情報を聞き流した訳だ。 「情報は与えましたので今度こそ消えて下さ――」 「奇跡ですわ! そうは思いませんこと?」 「し、しづ?」 机に膝を上げて身を乗り出す彼女に、大次郎の背中が大きく仰け反る。 「だって楠様と縁の深い雪日向家に双子が生まれ、その片方が弓術師に……しかもその腕は噂になる程ですのよ! これが奇跡でなくてなんだと言うのです!」 目を輝かせて力説する彼女に、大次郎の視線が一瞬だけ泳いだ。それもその筈、母と違い発育の良い紫鶴の胸が目の前に在るのだ、正直言って居心地が悪い。 「興奮するのは百歩譲って良しとしましょう。ですが淑女たるものこの行為は許可出来ません」 「きゃっ!」 いや、突き飛ばすのも如何かと思う。 机から落とされて尻餅を付いた紫鶴に大次郎は言う。 「まあ貴女が興味を持つのは仕方ないでしょう。これをあげますからそろそろ消えて下さい」 ヒラリと舞い落ちて来たのは依頼書だ。 内容は―― 「! 大様、これって……」 『天一武道大会・武の部』と書かれた依頼書には出場者を募る文面が刻まれている。 20年程前に開催された大会はその後も不定期に催され、今では色々な部門が開催されるようになった。 その中の1つ『武の部』は開拓者の力を競う御前試合のような物だ。 「紅鷹はその大会に出る様です。貴女も出たら如何ですか?」 「……良いですわ。勝ってみせますわよ、わたくし」 くすり、そう笑った彼女に大次郎はもう一度大きなため息を吐くと「隙にして下さい」と座り直した。 |
■参加者一覧 / 北條 黯羽(ia0072) / 羅喉丸(ia0347) / 小伝良 虎太郎(ia0375) / 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / キース・グレイン(ia1248) / 千見寺 葎(ia5851) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / 珠樹(ia8689) / ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440) / 叢雲 怜(ib5488) / 刃香冶 竜胆(ib8245) / ミシェル・ヴァンハイム(ic0084) |
■リプレイ本文 ●大会前 「おう。準備はどうだ?」 大会出場者控室の外に居たミシェル・ヴァンハイム(ic0084)は、控室から出て来た黒髪の少女を見止めると彼女が振り返るよりも早く歩み寄った。 その声に僅かに瞬き、少女の口が動く。 「……ミシェルおじ様?」 ポツリ。零して振り返った少女の茶の瞳がミシェルを捉える。そうして自身の前に足を止めた姿を見上げ、不思議そうに首を傾げた。 「此処、関係者以外立ち入り禁止だけど……ミシェルおじ様も出るの?」 「いや、俺は出ないよ。一応関係者として此処に居るんだけど……駄目だったか?」 「関係者、関係者……ああ、お母様の代理ね。だとしたら駄目ではないけど日課は良いの?」 「ご心配なく」 少女の言う日課とは楠通弐と紅林の墓参りだ。彼女等が亡くなってかなりの時が経つが、今までそれらを欠かした事は無い。 そんな彼ももう38歳、そろそろ身を固めても良い年頃なのだがそうした話は出ていない。 「……そう。なら良いけど」 ふいっと視線を逸らした少女は、彼の懐に一瞥を向け、その視線を流すと此方を見ている者で止めた。 「……何か用かしら」 不審者へ向ける眼差しのまま問い掛ける彼女に、漆黒の髪の少年が近付いてくる。そうして上から下まで少女の事を見るとニッコリ笑った。 「はは、本当に蒼獅さんそっくりだ。でもよく見るとちゃんと違うし……うん、面白いな」 「女性に向かっていきなり面白いは無いんじゃないか?」 うんうんと頷く彼に、ミシェルの厳しい眼差しが向かう。それに「あ」と零すと、彼は髪と同じ黒の犬耳を動かして笑った。 「申し訳ない。俺はハーヴェイ・エルウッドって言うんだ。蒼獅さんの学友……で通じるかな、紅鷹さん」 「ハーヴェイ……まさか、ルナシオンの息子か?!」 「あれ、親父をご存じなんですか?」 「ああ。昔、一緒に戦った事がある。けどそうか、君が……」 感慨深げに言葉を零すミシェルとエルウッドの父、ハーヴェイ・ルナシオン(ib5440)は楠通弐関連の依頼で共に闘った仲だ。 もし今彼が居たら、昔話で大いに盛り上がる事だろう。 「ねえ、そろそろ行って良いかしら。これでも一応緊張してるの」 紅鷹と呼ばれた少女はそう言うと、伺う様に2人の顔を見比べた。その表情はどちらかと言うと無表情で感情が伺えない。 (こう云う所も似てるんだよな……) 思わず小さく笑って紅鷹を見る。すると一瞬だけ不機嫌そうな表情を覗かせ、彼女は背を向けた。 「なァに、緊張するこたない。お前の腕なら問題無いさ」 「……どうも」 ヒラリ。手を振って歩き出す彼女が「どいつもこいつも」と零したのは誰の耳にも届かなかった。そうして彼女の姿が見えなくなってから、エルウッドが問う。 「あの……もしかして紅鷹さん、何か怒ってました?」 「え?」 気付かなかった。そう目を瞬くミシェルに、エルウッドは何かを納得したように笑顔を向けた。 そしてその頃、控室の中では別の面々が顔を合わせて居た。 「私が武闘大会に出られるのも偏に師匠ご夫妻のお蔭……そのご恩に報いる為にも、天元流の名に恥じぬ武働きをご覧にいれます。そうですよね、藤志郎君!」 拳を握り締めて意気込みを語った黒髪の少女は、視線の先でのんびりとお茶の用意を始めた少年――天元藤志郎を見た。 その視線に、茶葉の具合をしていた藤志郎の目が向かう。 「はは、確かに。自分も父上が御前試合で名を上げたと言う話は聞いていますし、どこまで出来るのか知りたいと言う思いはありますね」 「それなら何故お茶の用意など――」 「はい、綾音ちゃん。お茶ですよ〜」 「ああ、有難う……って、アティ姉までっ! 此処は大会控室ですよ! もっと緊張感を持って挑まねば他の参加者に失礼です!」 「でも〜、緊張しすぎてもダメかな、って」 のんびりとした様子で茶を口にする女性は綾音の異母姉妹でアティニス・ドラッケンと言う。長めの黒髪を結い上げるお淑やかな印象の彼女もまた、今大会の出場者だ。 「あら〜、美味しいお茶ね〜。こんなに美味しいお茶を毎日飲めるなんて、綾音ちゃんが羨ましいわ〜」 「アティ姉……」 ほわわっと笑顔を向けた彼女に、綾音の闘志は消えた。 諦めたようにお茶を受け取って飲む姿に、藤志郎の顔にも笑顔が浮かぶ。 綾音の姓は「北條」。幼い頃より藤志郎の父が運営する天元流道場に住み込みで世話になっており、藤志郎や彼の父や母とも面識が深い。 「そう言えば母上が言っていました。『勉強させてもらうつもりで自分が戦う以外の試合も見てきなさい』と。あとで見に行きませんか?」 藤志郎の母にして天元征四郎の妻・志藤 久遠(ia0597)は現役引退後も家事の合間を縫って剣術の稽古を行っている。そんな母の腕は藤志郎や綾音より上だ。 「久遠さんの言う事なら間違いないですね。わかりました、後で見に行きましょう」 「あら〜、あの人〜」 2人の会話が途切れると同時に聞こえた声。それに目を向けた瞬間、藤志郎や綾音の動きも止まる。 「まさか……って、藤志郎君!?」 「あの、もしかして羅喉丸殿ですか?」 空気を読まない、と言うか度胸があると言うか。臆しもせずに話しかけに行く藤志郎に綾音とアティニスが顔を見合わせる。 「そうだが、君は?」 「天元征四郎と志藤久遠が嫡子、天元藤志郎です。よろしくお願いします」 スッと頭を下げた彼に「あぁ」と零し、彼は藤志郎の後ろで此方を見ている少女2人にも目を向けた。 「あ、私は北條黯羽の娘で、北條綾音と言います」 「リューリャ・ドラッケンの娘、アティニス・ドラッケンですわ〜」 それぞれに自己紹介を済ます彼女等に羅喉丸の目元が緩まる。 「そうか……皆、父や母の面影があるな」 感慨深げに言葉を口にする羅喉丸(ia0347)は征四郎や久遠、それに北條 黯羽(ia0072)、そしてリューリャ・ドラッケン(ia8037)と面識がある。 「少し複雑ですね〜、でも〜ありがとうございます〜」 うふふ、と笑うアティは傍に居た綾音に抱き付くと、嬉しそうに頬擦りして頭を下げた。 その仕草に綾音が慌てるのも束の間、新たな声が響き渡る。 「あら、そこにいらっしゃるのは羅喉丸様かしら。大会出場のお噂は本当でしたのね」 「君は確か、月宵殿の」 「ええ、紫鶴ですわ♪ 羅喉丸様が出場されると聞いて母も来たがっておりました。何でもいつぞやの鍋料理を振舞いたい……とか」 華やかな着姿で笑う彼女に、羅喉丸の表情が一瞬だけ曇る。その様子に更に笑うと月宵 嘉栄(iz0097)の娘、紫鶴は傍に居る3名の開拓者に目を向けた。 「今回は年の近い出場者が多くて嬉しい限りですわ。第一回大会の優勝者も出場しますし、楽しくなりそうです――っ、てぇ……誰ですの!」 笑顔で小首を傾げたのも一瞬、突如紫鶴の頭を打つモノが在った。振り返った先に立っていたのは切れ長の目が印象的な赤毛の青年だ。 腰までの綺麗な髪を首の後ろで纏めた彼は、穏やかな微笑みを向けながら、殴る為に下ろした手を下げる。 「自分ですが何か?」 「〜〜っ、わたくしに何の恨みがありますのっ! だいたい、何で貴方が此処に居ますの。大人しく山で修行していれば良いではありませんのっ!」 グギギッと歯を喰いしばって言い放つ紫鶴に辰真はしれっとした様子で肩を竦める。その仕草に更に米神を揺らす紫鶴を他所に、辰真も羅喉丸に向き直った。 「シノビの辰真です。母の珠樹より話は聞いています。羅碧孤討伐にも参加されていたとか……いつかご本人の口から武勇伝を聞いてみたいと思っていました。今後ともどうぞよろしくお願いします」 「羅碧孤とは懐かしいな……此方こそよろしく頼む」 紫鶴への態度とはまるで違う、落ち着いた動作で頭を下げる彼に羅喉丸も何処か楽しげに挨拶を向ける。 そうして暫く談笑した後、辰真は何かを思い出したように紫鶴を振り返った。 「母が観戦に来ているようです。もし時間が在れば会いに行ってあげて下さい」 辰真の母親である珠樹(ia8689)は開拓者業を引退して主家のシノビの元締めをしている。その関係で出場こそしないが、観戦の為に足は運んでいるらしい。 「わかりましたわ、後程ご挨拶に伺います」 「そうして下さい。ああ、それと」 突如言葉を切った辰真に紫鶴の首が傾げられる。 「もう良い年なのですから、もう少し落ち着きを持たれてはいかがですか。そもそも先程の会話への介入方法も感心できる物ではありませんでした。大体貴女は――」 「うっさい、ですわッ!」 ダンッと足を踏み鳴らして頬を膨らます姿に辰真の眉が上がる。そして自身の鼻っ面に添えられた指へ目を落とすと、大仰な溜息を吐いた。 「なんですの? まだ何か文句がありますの?」 「これで自分より年上とは……いまだに納得できません」 にっこり。柔らかに微笑む顔に紫鶴の堪忍袋の緒が切れる音が、辺りへ静かに響いた。 ●観客席 「……アティ、大丈夫かな」 心配げに零す青髪の少女に、傍を歩く猫又が顔を上げる。その姿に笑みを零して抱き上げると、彼女は何かを探すように顔を動かした。 「えっと、開いている席は……」 久方振りの天儀一武道会という事もあり観客席は盛況だ。所々に有志の警備の他に浪志組の姿も見える。 「陽翔は遅れて来るって言ってたけど、こっちに回して貰えればよかったのにね」 そう言葉を発する彼女の名は心桜。腕に抱える猫又に姿を変えた柚乃(ia0638)の娘で、もう1人双子の弟・陽翔が子にいる。 「ん? そこにいるのは心桜か?」 観客席の中ほどから掛けられた声に心桜の目が動く。そうして僅かに目を見開くと、人の波を避けるようにして歩み寄った。 「キースさん、こんにちは」 「ああ、こんにちは」 ぺこりと頭を下げる彼女に、声を掛けたキース・グレイン(ia1248)が笑みを向ける。その隣には現在も浪志組の三番隊で隊長を務めている天元 恭一郎(iz0229)の姿も在る。 「陽翔の件は悪かったな。たぶんもう少しすれば会場に来れる筈だ」 「はい、有難うございます。あの……陽翔は頑張ってますか?」 チラリ、視線を向ける心桜に恭一郎の目が動く。そうして穏やかな笑みを向けると、僅かな頷きを向けた。 「ええ、頑張りすぎる程に頑張っていますよ。お蔭で妻が働かせ過ぎだと僕を責めまして……更に仕事を増やしちゃいました」 「……お前なぁ」 正直にも程がある。 思わず溜息を吐くキースに小さく笑って、心桜は2人の隣を指差した。 「……ご一緒してもよろしいですか?」 「ああ、勿論だ。にしても大きくなったな。確か雪日向の結婚式に来ていたよな?」 「よく、覚えていませんが……」 たぶん。そう頷く彼女にキースの目が細まる。そうして何かを言おうとした所で大きな塊が彼女の胸を直撃した。 「ぷはっ、きーす! あっちに出店があったのじゃ――って、うわぁ!!」 「悠……貴女、どさくさに紛れて何してるんですか?」 冷めた目で羽妖精を摘まみ上げた恭一郎に呆れた声が飛ぶ。 「喧嘩は帰ってからにしてくれ。それと悠。人の多い所で今の飛び方は危険だ。もう少し周囲に注意を払うようにしろ」 恭一郎から金髪の羽妖精を奪うと、キースは彼女を大事そうに抱えて膝の上に座らせた。その仕草には恭一郎も文句を言わないらしい。 「うわさ通り、ですね」 そう言えば。と言葉を切って再び顔を動かす。その仕草に腕に納まっていた柚乃が顔を動かす。 「しましまおじさんは、来てないのかしら……?」 彼女の言う「しましまおじさん」とは志摩 軍事(iz0129)の事だ。 彼とは雪日向家の結婚式以降も何度か面識が在った。だから……と言う訳ではないが、会えるのを楽しみにしていたのだが如何にも姿が見えない。 けれど不安を払拭する言葉がキースから返ってくる。 「さっき葎と一緒に居るのを見たぞ」 「そう言えば下宿所に居る開拓者も数名参加するらしく、その手続きを手伝う為に動き回ってましたね。その内来るんじゃないですか」 志摩は相変わらず開拓者下宿所の管理人をしている。そして今話題に上がった千見寺 葎(ia5851)も志摩と共に下宿所の管理を手伝っていた。 「……それなら、会えそうですね……あ、はじまるみたいです」 楽しみです。そう笑みを零し、心桜は席から見える闘技施設に視線を落とした。 ●第1試合 観客席から上がる声援に口角を上げた濡羽色の髪は、赤と青の2色の色を持つ瞳を細めて目の前の人物を見た。 「よっしゃ……叢雲煉華、暴れるぜ!!」 手にしているジルベリア式のマスケットは父・叢雲 怜(ib5488)から借り受けた物で少しばかり手に余る。けれど初戦の相手はこの位強い銃でなければ勝つ事は難しいだろう。 「叢雲……浪志組の叢雲の息子か」 ふむ。そう呟き、からす(ia6525)は昔と少しも変わらぬ様子で対戦相手を見詰める。 熟練の開拓者対10代半ばの開拓者。しかも弓術師と砲術師の対戦となれば会場の興奮は一気に高まって行く。 「かかってくるといい。試合形式というのは、私にとってハンデ戦だ。丁度良いだろう?」 「ハンデ戦……」 ゴクリと唾を呑み込み照準を合わせる。そうして相手の隙を伺うのだが、やはり簡単には見付かりそうにない。 「来ないのならこっちから行こう」 「――!」 言うや否や、弓を構え切ると同時に放たれた矢に反応する。だが彼女の指が引き金を引きより早く、一矢が足を掠めた。 「っ、早い……でも!」 負ける訳にはいかない。 僅かな痛みを頭の隅に追い遣り、引き金を引ききる。そうして距離を取ろうと駆け出すが、またもやからすの方が早い。 「これが研鑽された弓術師の技術。君の技術はどうかな?」 次々と撃ち込まれる矢に焦りが募る。 (この大会で頑張ったら、パパ上が憧れの森藍可様に会わせてくれるって言ったんだ……絶対に諦めるもんか!) キッと睨み付けて後方に大きく飛び上がって撃ち込まれる矢を遠ざけると、自らも相手に向けて銃弾を放った。勿論、弾を篭める動作も回避行動をしながらだ。 「ほう。怪我を物ともしないか」 感心した声が漏れ、新たな矢が番えられる。そして次の一矢を放つ瞬間、煉華が行動に出た。 (狙撃出来れば楽だけど……狙撃が出来なければしない闘い方もあるんだ。この人だってそうしてる……なら) 「この一撃に賭けるぜ!」 銃を持つ手から弾に練力を送り込む。その上で目の前の相手の動きを注意深く見――引き金を引いた。 パァァアアンッ! 鋭い銃声が響き、からすも己が手から矢を放った。これに煉華の目が見開かれる。 「矢が……っ!」 一矢の筈なのに目で追う事の出来ない矢に動きが鈍った。直後、彼女の肩に矢が突き刺さる。 「勝負あったか?」 「……、……まだだ!」 矢を受けたまま動かした手にからすの目が上がる。そして自身に向かう弾に気付くと彼女の手が大きく振り上げられた。 「なっ」 空を仰ぐ山姥包丁に煉華の膝が折れる。そうして地面に落ちた弾に気付くと、彼女は痛恨の表情で「参りました」を口にした。 「……嫌なもん見たな」 思わず観客席で零した志摩の声に、葎がクスリと笑う。 「懐かしいですね、山姥包丁。もう大丈夫かと思いましたが」 「逃げる程じゃねぇが、あれが光ると如何にも体が反応しやがる……にしても、相変わらず無茶苦茶な嬢ちゃんだな」 そう言って、煉華に手を差出すからすを見る。 今の戦闘、煉華が必死の思いでカーブさせた弾をからすは回避した上で払った。所謂カウンター技なのだが、それにしても使い方が無茶苦茶だ。 「彼女は経験も豊富ですから」 「まあな。けど、あっちの嬢ちゃんもなかなか頑張ったじゃねぇか。ありゃあこれからもっと強くなるぜ」 父親直伝の戦法はからすには通用しなかったが並のアヤカシなら完全に勝てる戦法だ。今後も腕を磨き続ければ、更なる精進が期待されるだろう。 「やっぱこう、戦ってる姿を見ると疼くもんだな」 「そうですね。貴方が出ていたらと思うのも楽しいです。今も以前も、それぞれかっこいいですが……」 「なっ」 サラリと言われた言葉に志摩の目が見開かれる。けれど直ぐに笑みを零すと、すっかり長くなった彼女の髪に触れ、頭をポンッと撫でた。 「有難うな。っと、次は紫鶴か……って、相手は天元流の坊ちゃんか。こりゃ苦戦するな」 闘技場に目を向ければ、嘉栄の娘の紫鶴と藤志郎の姿が見える。剣の腕は経験値を考えても紫鶴の方が上だ。 「こういう時、次世代の子が育っているのだと実感します。紫さんを見守ったときよりハラハラは少ないですけど」 くすり。そう笑う彼女に「違いねぇ」と零して志摩は笑った。その顔を見てふと葎の視線が泳ぐ。そうして視線を巡らせた後、彼女は彼にだけ聞こえる声で囁いた。 「あ……軍事さん。もし何か我慢しているなら我慢しないで下さいね」 じっと見詰める眼差しに志摩の眉間が揺れた。それもその筈、葎が想いを告げてから20年近く、志摩は自分を制して清いお付き合いを続けている。 自分でも色々思う所はある上に、恭一郎には「馬鹿ですか?」と会う度に言われる始末。けれど10代の頃から彼女を見ている身としては切っ掛けなくして先には進めない、そう思っていた。 だが今、その切っ掛けを彼女が与えようとしてくれている。 「私はもう我が儘を叶えてもらっているんですから、出来ることはしたいです」 更に伺う視線に志摩の口から溜息に似た息が零れた。 「わかった。わかったからそれ以上は良い……続きは家に戻ったらな」 頭に乗せた手で彼女を引き寄せて囁くその声に、葎の瞼が落ちた。 ●第2試合 刀を抜き取って構える紫鶴に対し、藤志郎は聞き足を前に出す事で腰を下げ、刃を鞘に納めた状態で柄に手を添えていた。 「貴方は居合いを使うのね」 ふふっと笑った紫鶴に穏やかな笑みを浮かべたまま彼の脚が下がる。そしてどちらともなく駆け出すと、双方の刃が一瞬の内に交わった。 「やはり一太刀の元にとはいかないようですね」 言って重なり合う刃を押すよう力を込めるが刃が動く様子はない。それどころか女性相手だと言うのに押し負けている感がある。 (一撃でいけなかった事が悔やまれるな……此処は一端引いて――) 「!」 飛び退こうとした瞬間、赤い色が懐に飛び込んで来るのが見えた。と、直後、息を奪う一撃が腹を突く。 「っ、く……!」 ザッと刃を薙ぐようにして懐から相手を振り払うと、今度こそ間合いを取った。 「げほっ……今のは」 油断した。そう頭で判断するも、やはり経験の差が物を言っているのは確か。 彼女は藤志郎が引くのを想定して前に飛び込んで来たのだ。そして迷う事無く重なる刃を下げて鳩尾を突いた。 「顔色が悪いですわよ、大丈夫でして?」 艶やかに微笑みながら切っ先を向ける彼女に汗が伝う。そして再び飛び込んで来る姿に、素早く刀を鞘に納め抜刀した。 ギィィインッ! 再び刀同士が擦れ合い、金属同士の嫌な音が響く。けれど双方それを気にした様子もなく競り合うと、紫鶴の顔が近付いた。 「貴方、意外と良い顔をしていますわね」 不意に囁く声に色っぽさが混じる。それを遠くで見止めた辰真は呆れたように息を吐く。 「あの人はまた……」 別に男好きと言う訳ではないが、紫鶴には良くない癖がある。その一端に彼女の派手な服装や仕草が含まれるのだが、如何やら藤志郎には効果がないようだ。 「ふむ、魅力的な御身体ですね」 色仕掛けで魅了しようとしていた紫鶴に藤志郎はたった一言で片付けてしまった。まあ幼い頃から母親で見慣れていると言うのもある訳だが、紫鶴にしてみれば不満だったらしい。 「……成敗決定ですわ」 言って踏み込んだ彼女の髪が舞う。まるで舞う様に斬り込んで来た彼女と背を合せるように回り込む。そうする事で相手の動きを封じると、互いに向き合う瞬間を突いて刀を薙いだ。 カラン、ッ。 2本の刀が地面に落ちて双方の手から僅かな血が滴り落ちる。と、これを機に審判の「引き分け」の声が響き渡った。 「あぁ、勝てませんでしたか」 のんびり笑って刀を拾い上げる。 対する紫鶴は狐に摘ままれたように呆けているばかりだ。そんな彼女に刀を差出し、藤志郎はにっこりと微笑む。その顔を見て紫鶴の口が動いた。 「貴方、天元流ですわよね?」 「ええ、そうですよ」 「それじゃあ、今のは……」 紫鶴に合せて舞う様に足を動かし同時に斬り込んできた動き。アレは天元流の型ではない。 「貴女があまりにも面白そうに闘っているので、自分も真似してみたくなったんです。でも上手くいきませんでしたねぇ」 「上手くいかなかった、って……あれだけ動ければ充分ですわ」 自身は数多の経験を得て今の闘い方を会得した。にも拘わらずこの少年は今見て真似をして来た。 「……もっと技を磨かなくてはいけませんわね」 紫鶴は困ったように笑みを零すと、彼の手から刀を受け取って立ち上がった。 「次は問答無用で叩き潰しますわ!」 ●第3試合 「まさか羅喉丸と当たるとはな」 観戦席で試合を観戦していたミシェルは、闘技場に立つ羅喉丸と紅鷹を見て両の手を握り締めた。 羅喉丸は第1回の優勝者で、対する紅鷹は開拓者駆け出しの新人だ。 本来ならこの段階で負けを認めて臆するところだが、紅鷹は違った。目の前に立つ歴戦の戦士を前に無表情のまま問い掛ける。 「そう、貴方が相手なのね。羅喉丸おじ様」 雪日向の家に時折姿を見せる彼の事は知っている。勿論、どれだけ強いかも。 けれど此方とて負ける気はない。そう意思を見せるように弓を構えた彼女に羅喉丸の口角が上がる。 (紅鷹さんが出ると聞いて出場を決めたが、まさか対戦する事が叶うとは……楠通弐の再来と言われているが、実際は――) 開始の合図と共に気力を最大限まで消費する。そうする事で先制を獲得して間合いを詰めようと言う訳だ。 「おいおい、素人相手に本気出すなよ……って、ああ!!」 試合を見詰めるミシェルの前で、羅喉丸の鋭い一撃が紅鷹に降り注ぐ。彼女は否応なしに拳に吹き飛ばされ、ミシェルは思わず腰を上げた。 だが次の瞬間、彼は勿論、対戦相手の羅喉丸も驚きの光景を目にする。 「これが、最強の拳……ん、重いわね」 吹き飛ばされた先で零す紅鷹の声は軽い。利き手を握ったり開いたりしながら立ち上がった彼女は、切れた唇を舐め取ると歪んでしまった弓を見た。 「気に入ってたのに……まあ、まだ使えるわね」 「弓で攻撃を受け止めたのか。成程」 言って弓を構えた彼女に羅喉丸が再び接近する。けれど今度は気力の消費は無い。 ステップを踏む様に後方に退きながら弓を放つ彼女に、羅喉丸の頬や腕に僅かな傷が刻まれる。 追い込まれた直後に動揺もせずに闘い続ける少女の姿にミシェルの胸が痛む。そっと胸元に手を添えると、何時だったか通弐がくれた人魂の飾りに触れた。 (最期に話してた、来世が存在するなら……紅鷹だったら……) 彼女の闘い方は通弐に良く似ている。だからだろうか、こんな淡い期待を抱いてしまうのは。 「……思い込みにも程があるな」 自嘲気味に零した笑み。そしてその直後、会場から大きな歓声が上がった。 「!」 弓を弾き飛ばされた紅鷹が、矢を手に接近戦を繰り出してきたのだ。これには羅喉丸も一瞬の動揺を見せる。だが此処までだった。 「ぅあぁああっ!」 相手の接近に合せて瞬脚を使った羅喉丸の強烈な一撃に、紅鷹の体が滑るようにして地面に叩き付けられる。 そして起き上がろうとしたその喉に拳が突き付けられると、彼女は悔しげな表情を覗かせて呟いた。 「……参った、わ」 カランッと手から落ちた矢。それを拾い上げると、羅喉丸は彼女に聞こえる様に言った。 「最強の名にかけて、容易く負けてやるわけにはいかなくてな」 すまない。言外にそう言われ、紅鷹の眉に深い皺が刻まれた。 ●第4試合 繰り広げられる闘いの中で、時折華のある参加者が混じる。今闘技場に立ったこの少女もまた、華のある参加者の1人だ。 「刃香冶栞那、参りんした」 臀部まで届く綺麗で真っ直ぐな銀髪を持つ修羅の少女が、艶やかな仕草で一礼を向ける。 この姿に対戦者であるエルウッドは「美人だ」と零して首を横に振った。 外見で相手を判断すると痛い目を見る。それは先の紅鷹の闘いで理解したばかりだ。 「……紅鷹さんの活躍だけでも蒼獅さんには良い土産話になると思うけど……頑張ったら少しは見直してくれるかね?」 相手がどんなに美人であろうと精一杯闘うのみ。そもそも父親にバレる前に楽しまなければ意味がない。 (母上も何処かにお出ましになっているかと思いんすので、母上のお眼鏡に叶う戦いをしとうありんす) そう想いを抱えながら見遣った観客席に見知った顔はない。それでも自身の母・刃香冶 竜胆(ib8245)が居るかもしれないと思うと自然とやる気が込み上げてくる。 「――参りんす」 トンッと軽やかに蹴り出した足。それにエルウッドも動き出す。 栞那は刀を。エルウッドは銃を扱う。 刀と銃。その相性を考えると刀の方が不利に思えるが、栞那の獲物は刀だけではない。 「っ……刀と銃の二刀流!?」 聞いてないよ! そう叫ぶ彼に栞那が淑やかに謝罪を口にする。それに目を見開くと、彼は少しだけバツの悪い笑みを零して彼女の足元に向けて銃弾を放った。 「1発、2発、3――」 次々と撃ち込まれる弾を、栞那は踊る様に避けて行く。その姿は優雅で、見ている者を楽しませてくれる。 勿論、対戦相手であるエルウッドも楽しんでいるのだが、まあ愛でるのは後回しだ。 「これで決める!」 3発目は今まで動かした場所とは真逆。退路を塞ぐように放った弾に栞那の瞳が揺れ、其処に攻撃力を増加させた弾丸を放つ。 しかし―― 「へ!?」 銃弾は当初の予定を大幅にずれて頭上へ飛んで行く。その理由は一度足を止めた栞那が突っ込んで来た事に在った。 「……っ」 防御を顧みず踏み込んで来た彼女に慌てて銃弾を詰め直す。だがその動きは彼女が放つ一閃に間に合わなかった。 「ぅ、くっ!」 金色の瞳が間近で揺れ、エルウッドの体が吹き飛ぶ。そしてその身が場外に落ちると「勝負あり!」の声が響き渡った。 「ぃ、てて……油断した……」 自分の銃の腕を過信し過ぎたのは勿論だが、普段自分が得意とする戦法を生かしきれなかった事が大きな敗因だ。 「大丈夫でありんすか?」 差し出された手に目を向けると、彼は直ぐに「まあ良いか」と気持ちを切り替えて彼女の手を取った。 その脳裏に父親が普段話してくれる弓術師と吟遊詩人の恋物語が頭を過る。 「……ありがとう。よければこの後お茶でもどうかな? 君さえ良ければ、だけど」 言ってニッコリ笑った彼に、栞那は微笑みながら頷きを返した。 ●第5試合 「フハハハハ! さあ、掛かって来るが良い!」 闘技場に突如現れた「獅子マスク」と言う名前で出場を果たした鬼島貫徹(ia0694)に、対戦相手として選ばれた辰真が真剣な表情で目を細める。 「獅子マスク……奇抜な対戦相手ですね。ですがあの肉体、只者ではないのは確か」 辰真の言う様に謎のライオンマスクを被る貫徹は、とても70近いとは思えない肉体美を誇っている。しかもそれを隠す様子も見せない黒タイツ姿での参加なので、登場しただけで只者ではないと言う雰囲気が漂っている。 そしてこの様子を観客席で見ていた志摩が何か言いたげに口を開いて、閉じた。 「軍事さん、具合でも悪いんですか?」 「いや……なんでもねぇ……」 そう言って再び闘技場に視線を落とす。 「獅子マスク殿は武器を持たないのですか?」 「小僧小娘相手に武器の使用なぞ不要! 掛かって来ないのであれば此方から行くぞっ!」 ハッキリ言って尋常じゃない速度で駆け込んでくる相手に、辰真の中で警笛が鳴る。 ズドドォォオンッ! 駆け足からのドロップキックが闘技場の真ん中に突き刺さる。その激しいまでの破壊力に、間一髪で避けた辰真の頬を汗が伝った。 「……これは危険過ぎ――っ!」 シノビの技を磨き主家への箔付けの為にと参加したが、相手が異常。そう判断した彼の背に殺気が突き刺さった。しかも身に覚えのありすぎる殺気が、だ。 (そう言えば観客席にいたのでしたっけ……仕方ないですね) やれやれ。そう息を吐き、貫徹に向き直る。 「フハハハハ!どうしたどうした、もうギブアップか?」 「いえ、今度は此方から行かせて頂きます」 シノビらしい素早い動きで接近を試みる。だがこれは貫徹からしてみれば思っても見ない好機。 「その心意気や良しッ!」 両腕を開いて自身も駆け出す。そうして組み付こうとしたのだが、直前で交わされてしまう。しかも代わりに打撃が彼の腕を突いて――。 「しまっ!」 突いた腕を掴まれた。 しかも一瞬にして引き込まれ、羽交い絞めにされた。 「甘いわぁああっ!」 貫徹は大きく背を反ると、あろうことかバックドロップを仕掛けて来た。 「辰真様!」 紫鶴の悲鳴と、会場に響く歓声に、辰真の揺れた視界が焦点を探す。そうして首に受けた衝撃に朦朧とする中、彼の手が動いた。 (この、距離なら……) 忍ばせておいた暗剣を手に貫徹の背を狙う。 「む?」 チクリとした感覚が彼を襲った。が、それだけだった。 「蚊でもいたか?」 いや、今のはそんな生温い物ではない。 刺さった長さこそ蚊に似たものだが、辰真が見舞ったのはそんな優しい物ではなかった。にも拘わらず、貫徹は楽しげに観客席に向かって手を振っている。 「……まさか……効果が、ない?」 呆然と呟いて貫徹を見上げる。 そんな彼に視線を戻すと、彼は不敵に笑って空を見上げた。 「少年よ、悔しければ大きくなれ! そして我を越えてみせよッ! クハハ、ではさらばだ!」 壮大な笑い声を残して会場を去って行く獅子マスク。その姿に割れんばかりの歓声が響くと、辰真はどっと疲れたように頭を落とした。 ●第6試合 「……さっきの方、何をされたのでしょう」 獅子マスクと辰真の試合を見ていた心桜は、隣に座るキースを伺い見ると不思議そうに首を傾げた。 「俺の予想では囚痺枷香だな」 目に見えた効果は無かったが……。そう零すキースに心桜は感心したように目を瞬く。そしてそんな彼女の視界には、次の試合の参加者が会場入りしているのが見えた。 「ほう、荒鷹陣の……まだ大会に出続けていたのだね」 からすは観客席から見える顔に零すと、今では大会名物となった参加者を見た。 「小伝良虎太郎殿、前へ」 「はい」 荒鷹陣で技を構成して出場する彼の名は小伝良 虎太郎(ia0375)。通称「荒鷹馬鹿」とも呼ばれている彼が大会に出場するのは訳がある。 勿論、荒鷹陣を極めたいと言う理由もあるのだが、もう1つ、大きな理由が在った。 (……今回こそは会えるだろうか……) 瞼を伏せて対戦相手の登場を待つ。 その脳裏に過るのは幼い頃の自分を拾って育ててくれた師の姿だ。父と仰ぎ慕っていた彼は突如として姿を消した。 その所在は未だ不明。だからこそ自分の現状を伝える為に大会に出続けている。そして叶う事なら―― 「では両者前へ」 審判の声に足を踏み出す。と、その瞳が揺れた。 初めて見かける初老の男性。その彼が前に出るのと同時に取った構えに表情が崩れる。 「やっと、会えた」 そう笑顔を零した彼に、初老の男性は構えを取るよう促し、最初の1打を踏み出した。 ●第7試合 「あらあら、私の対戦相手は綾音ちゃんですか〜」 言葉とは裏腹に刀に手を伸ばすアティニスに、対戦相手として前に立った綾音が表情を引き締める。 武道大会最後の組み合わせは異母姉妹である綾音とアティニスだ。彼女等は闘技場の中央に立つと、各々の武器を抜き取った。 「例え相手がアティ姉でも全力を出し切るだけ……そうだよね?」 「そうですね〜、頑張りましょう〜」 言って2人が頭を下げる。そして双方の頭が上がると、戦闘は開始された。 「いざ、参る!」 武器を地面と水平にして構えた綾音が先手を取った。 「あらあら、危険なものはポイしちゃいましょうか〜」 性格同様に真っ直ぐに突っ込んでくる彼女に、アティニスも応戦の構えを取ってオーラを放出する。そして綾音が間合いに飛び込むと、纏うオーラを大きくさせて渾身の一撃を振るう。 「――くぅッ!」 突き入れられた刃に叩き付けられた渾身の刃。ギチギチと音を立てながら堪える綾音に、涼しい顔をしながらアティニスが力を込める。 「ま、まだまだぁ!」 手は痺れ、柄を握る手に歪みが出来る。 それでも何とか刃を振り払おうと腕を引くと、アティニスの眉が僅かに揺れた。 「ふぇえ?!」 無理に引き抜こうとした刃から手が擦り抜けた。しかも力いっぱい刀を支えていたので、すっぽ抜けた反動は大きい。 「綾音ちゃん!」 まるでバナナの皮に滑って転ぶように足を大きく上げて飛んだ彼女に、アティニスが武器を捨てて飛び付く。そうして2人纏めて場外に転がり込むとすぐさま参加者が集まって来た。 「大丈夫なんだぜ?」 心配そうに手を伸ばした煉華に、アティニスが頷きを返す。それに次いで綾音も頷きを返すと、2人は転がり込んだ反動で汚れた顔を見合わせて目を瞬いた。 「お2人とも大丈夫、ですか……?」 観客席と闘技場を分ける壁を乗り越え、心桜が駆け込んでくる。そして2人の怪我を確認するとホッと息を吐いた。 「……心配させないで下さい」 心桜はそう言って2人の体を抱き締め、無事だったことに笑顔を零した。 |