【祭強】武帝のお忍び遊び
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
無料
難易度: 易しい
参加人数: 25人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/03/06 04:59



■オープニング本文

●神楽の都
 軽快な音楽と楽しげな笑い声。それらを聞きながら、キズナは笑顔で祭り会場を歩いていた。
「お嬢ちゃん、俺にも花をくれるかい?」
「はい、どうぞ」
 コクリ。頷いて差し出した白の花は、都の至る所で配られている花だ。噂では武帝陛下が天儀一武道会の褒美に祭りの開催を決定したのと同時に、一足早い春を皆に贈ろうと用意したものだと言われている。
「ありがとうよ!」
「うん」
 笑顔で手を振るおじさんに頷きながら、キズナは祭りで賑わう祭り会場を見回す。そうして目に留まった銀糸に彼女の目が瞬かれる。
「……きれーな髪の毛」
 誘われる様に近付いた銀糸は人の髪の毛だ。
 今は1つに結わわれているが、如何見てもかなりの長さをしているそれに幼い手が伸びる。
「?」
「わぁ、きれいなおかお」
 グイッと引っ張った髪の毛に、男性が振り返った。
 切れ長の瞳に無表情の顔。少し整い過ぎているのが怖い容姿のその人物は、自身の髪の毛を引く幼子に気付くと、少しだけ身を屈めて首を傾げた。
「何かあっただろうか」
「これ、あげる」
 本当は髪の毛に惹かれただけなのだが、そんなことは何処吹く風。キズナは籠に詰めた花を差出すと男性に1つ取るように促した。
「これは……そうか、有り難く頂戴するとしよう」
 男性はそう言って花を受け取る。と、其処に男性の知り合いらしき人物が近付いて来た。
「陛下、1人で何処まで行かれているんです。幾らお忍びとは言えあまり目立った行動は――」
「へーか?」
「っ!? あ、いや、へ、閉会式はまだのようで……で、ですよね?」
 小さくて目に入っていなかったのか、声で気付いたらしいその人が慌てて陛下と呼んだ人物に同意を求める。それに少しだけ笑って頷くと、彼はキズナと視線を合わせたまま囁いた。
「祭りは楽しいか?」
「うん、たのしい!」
「そうか。ならばこの後も楽しむと良い。この者が言うように、祭りの終わりはまだ先故に」
 男性はそう言うと、キズナの渡した花を手に歩いて行った。残されたキズナはと言うと、少しだけ不思議そうな表情を覗かせていた物の、直ぐに別の物に興味を示したのか歩いて行ってしまった。
 この一部始終を、人混みに紛れて確認していた志摩 軍事(iz0129)は安堵したように肩を落として息を吐く。
「天元流の兄ちゃんのアレは天然か? つーか、やっぱお忍びとか無理だろ……」
 志摩が今見ていた人物は正に武帝陛下その人だ。そしてその傍で同行しているのは開拓者の天元 征四郎(iz0001)である。
 事の発端は数日前。開拓者ギルドを通じて雪家直々に申し込まれた依頼だ。
『陛下に祭りを楽しんでもらいたい故、協力して貰いたい』
 初めは何の冗談かと思ったが、代表して雪家に会って確信した。
「あの嬢ちゃん、絶対に親バカだ」
 武帝に何を言われたのかわからないが、とにかく祭りを楽しませたい。の一点張り。
 結局は志摩が折れて、内々に開拓者へ依頼を出して今日に至るが、思い返しても涙が零れる苦労ぶりだ。
 お忍びでと言っているのに護衛を大量に付けると言い出した雪家を説得し、武帝を無事に御所から都に連れ出したのは勿論、祭りの最中の護衛から彼を楽しませるイロハまで。
 ハッキリ言ってしんど過ぎる。
「けどまあ、こうしてお忍びで外に出て楽しめるってのは良い傾向かもな。あとは何事もなく無事に終われば良し……まあ、大丈夫か」
 志摩はそう言うと、見失いそうになる武帝の姿を追うように歩き始めた。


■参加者一覧
/ 檄征 令琳(ia0043) / 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 玲璃(ia1114) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 水月(ia2566) / 御陰 桜(ib0271) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 无(ib1198) / 朱華(ib1944) / ケロリーナ(ib2037) / 禾室(ib3232) / 羽喰 琥珀(ib3263) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 神座真紀(ib6579) / 玖雀(ib6816) / 霧咲 ネム(ib7870) / 華魄 熾火(ib7959) / 何 静花(ib9584) / 伊波 楓真(ic0010) / 蜂矢 ゆりね(ic0105) / ウルスラ・ラウ(ic0909) / 神無院 槐(ic1054


■リプレイ本文

 祭りの明るい雰囲気を楽しむ様に目を細めた羅喉丸(ia0347)は、お忍びで祭り会場を歩く武帝を視界に納めた。
「以前は物事に興味が無かったと聞くが……変わろうとしているのだな」
 良い事だ。そう口中で呟き腕を組む。
「皆巧く溶け込んだ物だな」
 護衛に参加した開拓者は20人弱。各人、護衛とバレない用に振る舞っている。かく言う自分も開拓者だと分らない様、一般人と同じ格好をしている。
「あれ、羅喉丸もいたのか」
 突如掛けられた声に咄嗟に懐に手を伸ばす。だが見えた姿に肩の力を抜くと、羽喰 琥珀(ib3263)が面白そうに笑顔で近付いて来た。
「物騒な物は出さないでくれよ?」
「使わないで済むならそれに越した事は無い……見た所、羽喰さんも同じ理由で此処に、か」
 羅喉丸は隠し持っている神布「武林」から完全に手を外すと、琥珀の姿を改めて視界に納めた。
「楽しんでいるようだな」
 琥珀の両手には屋台の食べ物や景品が抱えられており、祭りを充分に楽しんでいる様子が伺える。
「まーな! 羅喉丸は真面目に働いてるんだな。もう少し楽しんだ方が良いぞ?」
「俺も楽しんでいる。役得も出来たしな」
 役得? そう首を傾げる琥珀に微かに口角が上がる。
「普段ならば一生見る事もないだろう?」
 チラリと武帝を見て言われた一言に「成程」と頷く。そうして荷物を抱え直すと、彼は林檎飴を羅喉丸に手渡して歩き出した。
「楽しんでなー?」
「有難う、羽喰さんも楽しんでくれ」
 見送る声に尻尾を振り、琥珀はケロリーナ(ib2037)に手を引かれて歩く武帝に近付いた。と、賑やかな声が聞こえてくる。
「お名前はなんていうですの〜? む〜さんおじさまとかでいいのかしら?」
「ああ、確かに綽名とか二つ名が浸透してないですよね。この際ですしお忍び時の綽名を浸透させると言うのは如何でしょう」
 お忍びという言葉を小さく控え、无(ib1198)は穏やかな様子で提案する。
「名案じゃが、流石にむーおじさまはないんじゃろうか。こんなにイケメンじゃしのぅ」
 ほう、と溜息を吐いて見惚れる事僅か。慌てて首を横に振った禾室(ib3232)が狸耳を揺らして思案する。
「ぶー殿……はあんまりじゃし、ココはてい殿かのぅ?」
「えー? ぶーちゃん良いじゃない。ねー、ぶーちゃん♪」
 笑顔で顔を近付けるリィムナ・ピサレット(ib5201)に、手を引き続けるケロリーナ、武帝の周囲には主に女性が多く居る。その姿を少し離れた位置で見ていた何 静花(ib9584)は思った。
「めっちゃ目立つ」
 武帝の元々の容姿に加え、この取り巻きだ。目立たない方がオカシイのだが、何故か彼等に近付こうとする者はいない。
「この分なら私が目立つ事は――いや、騒ぎに巻き込まれるような事は無い……ん?」
 人目を集める事が苦手な性分故の本音が混じったが、それはご愛嬌。彼女の目は無邪気に近付く少年に向かった。
「ちゃんと礼を言いたかったんだけど出来なくってさ、代わりにそいつに伝えてくれねーか? 『ありがとう』って」
 そう武帝に語るのは琥珀だ。
 ある問題解決の為に、ある人物に突撃して一筆書いて貰った事があった。その結果、多くの人が助かった事を『本人』に代理を頼むと言う形で伝えたかったのだ。
「……伝えておこう」
 差し出された竹とんぼを受け取り頷く。その顔に微かな変化を見て、琥珀の顔は更に笑顔になった。
「仏頂面なのは前あった時と同じだけど、今のほーがすっげーいー仏頂面してるぜ」
 ニッと笑って歩き出す彼に瞬きが落ちる。そうして手にした竹とんぼに目を落とすと、何とも言い難い呼び名が聞こえて来た。
「ぶっきちゃん、それが何だか知ってますか?」
 无だ。
 竹とんぼの使い方を説明する彼に一切の悪気はない。ちなみにこの命名は「不器用そうだから」らしい。
「なーさん、いっぱいお名前出来たの」
 開いている手をスッと取って呟いた水月(ia2566)に彼の目が落ちる。
「……そうだな。全てを覚えるよう努力するとしよう」
 友に近い感覚の水月の言葉に表情を緩める武帝。その表情に明るさを覗かせると、水月は頷きを返した。其処に声が届く。
「さて、祭りと言えば屋台。屋台と言えば食べ物じゃ。腹に入る食べ物の量は限られる。いかに美味しい屋台を見つけ出すか、食べる前から戦いは始まっておるのじゃ!」
 前を指し示す禾室。それにケロリーナが乗った。
「屋台ですの〜♪ けろりーなはわたがしを一緒に食べたり、射的に挑戦したり、金魚すくいを一緒に楽しみたいですの〜☆」
「ふんふん、わたがしじゃな。それならば……」
 鼻を動かし、耳を動かすこと暫し。五感を飛び越え六感まで屈指して探し出した屋台に指が動いた。
「あそこじゃ! 武て……てい殿も欲しい物があったら言うんじゃぞ。自分の分と一緒に買うのじゃ!」
 解毒の用意もしてある、と胸を張る彼女にリィムナが言う。
「大丈夫だって。出鱈目な強さを持つあたしたちに喧嘩売ろうなんて輩、そういないんだから♪」
 そう、此処にいるのは強者揃い。そもそも醸し出す雰囲気が普通じゃない時点で近寄りたくなるのも頷ける。
「ごろつきは顔見ただけで逃げ出すだろうし♪ もしはぐれたらあたしの名前を言ってみて♪」
 絶対役に立つから。そう笑う彼女の顔はマジだ。それを知ってか知らずか「わかった」と素直に頷く武帝。そんな彼に満足そうに頷いてから、リィムナは『ラ・オブリ・アビス』を発動させた。
「あ!」
 突如子パンダに変じた彼女に、周囲の開拓者が慌てて壁になって隠す。
 そして開拓者に隠して貰ったリィムナは武帝の腕に抱きつくとその状態で屋台見物の興じた。
 その様子を見ていたアルマ・ムリフェイン(ib3629)が乾いた笑いを零す。
「……大丈夫、かな?」
 珍しくお騒がせ訳ではなく世話役に徹している彼の声に、静花がたこ焼きを頬張りながら零す。
「お前も食え」
 良く見れば彼女の手には次に食べるイカ焼き、飲んでいる途中の酒がある。
「全部食う予定だ。しかしどうでもいいが、偉い奴が市井を知ってどうするんだろうか、大して意味はないような……」
「そんな事ないよ。生きている世界を見るのは誰にだって大切な事だと思う」
 笑みを零す彼に静花の首が傾げられる。そして武帝に近付いて行く彼を見送ると、彼女は会場を歩いていた仔もふらに目を留めた。
「もふら……おい何雑な食べ方してるんだ!」
 うりゃっ!と豪快に持ち上げられた仔もふらの目が見開かれる。そうして放り投げられそうになると、器用な動きで彼女の腕から逃げた。
「あ、逃げんな! ニゲラレンゾー!」
 完全に絡み酒だ。しかし何故こんな所に仔もふらが……
「まったく、何処に行ったんだろうね」
 困ったように会場を見回すリンカ・ティニーブルー(ib0345)は、先程まで義貞と一緒に祭り会場を巡っていた。
 折角義貞と一緒に仕事が出来るとお洒落までして来たと言うのに、何故こんな事になったのか。
「大福丸が迷子になるなんて……って、愚痴ってる訳にはいかないか。騒動に巻き込まれたら大変だし、急いで探さないと」
 それに、と彼女の頬に柔らかな朱が差した。
「バレンタインのチョコ、美味しいって言ってくれて良かった……」
 毎年の事とは言え、美味しいと言って貰えるのは嬉しい。しかも今回に限っては、義貞も満更ではない。
「よし! 早く大福丸を探して戻るよ!」
 用意した風邪対策の飴もまだ出番が来ていない。彼と接触できる貴重な時間をこれ以上減らす訳にはいかないのだ。
 リンカは決意も新たに歩き出すと、大福丸を探して人混みの中へと消えた。

 その頃、綿菓子を手に目を瞬く武帝に水月がお手本を示す。
「これは、こうして食べるの」
 はむっと加えた綿菓子が口の中であっと言う間に溶けて消える。そのなんとも言えない触感と甘みに頬を蕩けさせていると、武帝も恐る恐る口を付けた。
「……これは」
「なーさん、美味しい?」
 ニッコリ笑顔で問い掛けたのはアルマだ。その声に「美味だ」と頷く彼に笑みを深め、アルマは不思議そうな顔で辺りを見回す。
「あれ、柚乃ちゃんがいない?」
 確かギルドでは彼女の名前もあったと思うのだが。と首を傾げ、改めて武帝を見る。
 彼は既に水月お薦めの大判焼きに目が映った。その姿に目元を緩めて問う。
「ね、なーさん。どう、楽しい? 忙しい?」
 何が、とは敢えて問わないでもわかるだろう。
 彼が問うたのは世界に関わり始めて如何か、と言う事だ。その言葉に思案の後、「悪くない」との言葉が返る。
「そっか……あ、あのね。いつか会ってほしい人がいるんだけど、会ってくれる?」
「会って欲しい人物?」
 誰だ、と問い掛けた思考が動いた。
 以前アルマの所属を雪家から聞いた事がある。確か執事喫茶――浪志組だったか。
「察しはついた……考えておこう」
「! 有難う! あ、お爺ちゃん達にお土産、買う? 持っておいて、後で届けに行こうか?」
 頬を紅潮させて笑顔で屋台を示すアルマ。そこに水月が囁く。
「あの人へのプレゼントも買うと良いの」
「あの人?」
 彼女は頷くとコッソリ武帝に耳打ちした。
 神代を持つ親しい女性に贈り物をしたら如何かと言うのだ。装飾品の場合は真偽を見破る手伝いはする、と言う約束付きで。
「やあ、なーさん、あの子に贈り物かい?」
 久しぶり。そう手を上げながら声を掛けて来たのはウルスラ・ラウ(ic0909)だ。
 如何やら水月との遣り取りを見ていて察したらしい。
「人生初のお祭りも楽しんでるみたいだし良いことだ。にしてもなーさんが買い物か……買い物ってのは自分でお金を払ってする訳だけど、した事ないでしょ?」
 武帝が買い物……ハッキリ言って想像出来ない図だ。
「買い物ってお店の人との会話が肝なんだよ。って訳で、予行練習ね。あれ食べてみたいから、なーさん買ってきてよ」
 指で示したのは林檎飴の屋台だ。
「私がか?」
「当然だろ。欲しいものは自動的に手に入んないの。自分から求めに行かないと」
「いや、あれはお前の欲しい物――」
「良いから行ってくる!」
 強引に背中を押して歩かせるウルスラにアルマは楽しそうに笑い、水月は心配そうに視線を注いでいる。そんな中、アルマに近付く者があった。
「銀狐の君ではないか。ちょうど良い所で会ったのう。ほれ、後は銀狐の君に任すぞ」
 言って華魄 熾火(ib7959)が差し出したのは水に濡れた酔っ払いだ。目を回して伸びている様子から、何か悪さをして彼女のお仕置きを受けたらしい。
「おのこが酒に振り回されるは幼く、見苦しいのう。銀狐の君にそうした心配はないであろうが、私のいない間に妙な大人になるでないぞ」
「へ?」
 突然の言葉に目を瞬く彼に熾火は言う。
「もう直ぐ都を離れ、旅に出るでな。会えて良かったぞ」
「そう、なんだ……えっと、元気でね?」
 寂しいが二度と会えなくなる訳ではないと知っている。だから笑顔で彼女の顔を見た。
 その心遣いに笑みが零れる。
「うむ。銀狐の君も元気でのう」
 では。そう言葉を残して踵を返す。
(……俊一は生きているだろうか、旅どこかでまた会えると良いのう……)
 もうかなり昔の事の様にも思える出来事を振り返り、笑みが零れる。
「残りしばしの都、楽しまねばな」
 熾火はそう囁くと、背に感じる視線を名残惜しみながら人混みに姿を消した。


 祭り会場で配られる白い花。それを目に留めた霧咲 ネム(ib7870)は、パアッと表情を明るくさせて駆け出した。
「あ〜、白いお花配ってる〜。ママ達にあげよ〜っと〜」
「あ、おい!」
 いきなり走りだした彼女に、玖雀(ib6816)の手が虚しく伸びる。そして自らその手を見て苦笑を浮かべると、流れる動作で頭を掻いた。
「ったく……でもまあ、元気そうで良かった、か」
 大戦後、理穴へ越したネムと久方振りに再会したが、元気そうで安心した。今も花を受け取って満面の笑みを浮かべているし、玖雀の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「3本も貰ったのか。良かったな――って、な、なんだ、コレ」
「おそろい〜」
「お、お揃いってなあ」
 髪に添えられた白い花に口元が引き攣る。
 一気に脱力するが、相変わらずの幸せそうな笑顔に「まあ良いか」と言う感情が湧き上がる。
「で、最近はどうなんだよ。向こうの生活にはもう慣れたか?」
「ママのご飯が美味しいくて〜、じーじとばーばと出掛けて〜、雪掻き頑張ってる〜♪」
 歩き出した彼女の足取りが軽いこと。笑顔が絶えないこと。それが言葉以上に彼女の近況を物語っている。
「後ね〜、此の前踊ったよ〜。精霊さんがね〜、ぶわぁ〜で〜、皆喜んでた〜」
「そうか。幸せそうで良かったよ」
 クスリ。笑って目を細める。と次の瞬間、彼の目が見開かれた。
「くっくっく〜、くじゃくっく〜♪」
「!? な、なんだよその歌は……」
 盛大に咽かけて口元を抑えるがネムの歌は止まらない。
「くじゃく〜、もふらのお面〜。買って〜♪」
「いや、その前にその歌の意味を――」
「ネムね〜、的射るのは〜、得意なんだぞ〜」
「頼む、俺の話を聞いてくれ……」
 ガックリその場に項垂れる事僅か。
「くじゃく〜、眠いの〜?」
 ツンツンッと突く指に苦笑が漏れる。
「……あー……眠くはねぇ……で、どの面だ?」
 ったく。そう悪態を吐きながら起き上がると、笑う彼女の顔が見えた。
 何処にいてもどの様な環境になっても、友人が友人である事に変わりはない。そう再認識させてくれた笑顔に、先とは違う笑みが漏れた。
「平和で何よりだな」
 祭り会場で見かけた見知った顔を見送った志摩は、再び武帝らに目を向けると苦笑にも似た笑みを零した。
「お疲れ様です」
「おう、玲璃じゃねえか。ご苦労さん」
 ヒラリと手を上げた先に居た玲璃(ia1114)も武帝の護衛に参加している者の1人だ。
「さっきは有難うな。お蔭で妙な酔っ払いを近付けずに済んだぜ」
「いえ。私が止めるよりも先に他の方が動かれていましたし、結局は何も」
 微かに笑んで首を傾げる。そんな彼は未だに超越聴覚を使ったままだ。先程まで貴女の届く届く距離で志摩と連絡を取り合っている。
「そう言や、さっきの嬢ちゃんは知り合いか?」
 途中、玲璃の声が途切れたと思い目を向けたら、見知らぬ少女と話をしていた。その際、桜ひと枝を贈っていたのが印象的だ。
「白い花を貰いましたのでお礼に」
 言って伸ばした手に、武帝が用意したと言われる花がある。
「良い出会いだったようだな」
 花を見詰める玲璃の表情が柔らかだ。その事に目を細めた時、武帝のいる方角から賑やかな声が響いてきた。
「ちょいとそこな人、少し宜しいか。このような御仁を探しておるのだが……」
「猫又?」
 赤いリボンに真っ白い毛並みの猫又が武帝の足元にいる。そして次の瞬間、猫又が人の姿――しかも武帝の姿に変じた。
「な、なああああっ!」
「目立ち過ぎだ」
 驚愕する志摩の横を、征四郎が通り過ぎる。そして近くで輪投げに興じていた御陰 桜(ib0271)の腕を引くと武帝のいる塊に彼女をねじ込んだ。
「ちょっ、いったい何事……って、ああ、壁ね」
 ハイハイ。と苦笑した後、魔刀「E・桜ver.」に伸ばしかけた手を納める。そうして武帝に目を向けたのだが、直ぐに笑いが込み上げてきた。
「あははは! なんて顔してるのよ!」
「……目立ち過ぎだ。術を解け」
 驚いて呆けている武帝と、呆れと怒りの混じった表情を浮かべる征四郎。その双方を見比べた後、柚乃(ia0638)はラ・オブリ・アビスを解いた。
「ごめんなさい……柚乃も御一緒させて頂きたくて……」
「それならそうと言えば良いだろう……だが、彼の機転でそれ程目立ちはしなかったようだな」
 征四郎が示した先では、玲璃が小鳥の囀りで動物を集めていた。如何やら志摩の声が上がった直後に集めて人目を惹いたらしい。
 急だったので主に鳥類ばかりだが、突然出た催し物に周囲の人々は楽しげだ。
「……あの、お詫び、と言うか、その……変装。……まだ少し寒いですから」
 言って、申し訳なさそうにもふらの帽子を武帝に被せる。その品に僅かに目を上げた武帝は「気にするな」と添えて首を横に振る。
「……なーさん、髪の毛」
 結ってはいるが僅かに乱れたそれに柚乃の手が伸びる。そして彼の髪を掬うと、慣れた様子で結って夢紡ぎの聖鈴を結んだ。
「お守り、です」
 チリンッと澄んだ音色を響かせる紐飾りは柚乃の手製だ。その音色に武帝が目を細めると、彼女は上目遣いに彼の事を見上げた。
「あと……お詫び、ではなく、もうすぐ桜の咲く時期ですね。また……お花見をしませんか? 皆で」
 春が来れば天儀には桜が咲き、辺りは一気に明るい雰囲気に包まれるだろう。
「……それも悪くはない」
 武帝はそう零すと、ふと、桜の手にしている食べ物に目を落とした。
「それは?」
「うん? ああ、これはわんこ達が好きそうな食べ物よ。コレだったら食べれそうだから」
 見た所串焼きだろうか。肉の種類までは判別できないが良い匂いを醸し出している。それにもう1つ気になる物がある。
「銀さん、お目が高いねぇ」
 ふふっと笑って神座真紀(ib6579)が取り出したのは、桜も手にしているたこ焼きだ。
「たこ焼きは粉もんの芸術や。表面カリ、中はふわっ。心地よい蛸の噛み応え。この店中々やるで!」
 はふっと湯気の昇ったたこ焼きを頬張る真紀に武帝の目が落ちる。如何やら匂いと今の説明で興味を持ったらしい。
「ええで、1つあげるわ」
 ほれ。と差し出されたたこ焼きに手を伸ばす。そして口に入れた瞬間、とてつもない熱が口の中を襲った。
「っ、――……」
「あはは、中は熱いから気を付けてな」
「言うのが遅いだろ」
 思わずツッコんだ朱華(ib1944)は、近くの屋台で飲み物を購入すると武帝に差し出した。
「やらないよりやった方が良いと思うし、経験ってのはやらないと身につかないものだけど、流石にこの経験はな」
 経験とか知識ってのは、あっても損な事はないって思うけど。と、小さく笑って肩を竦める。
「このあっついのが美味しいんや」
 言ってもう1個口に入れる桜。そんな彼女等の様子を見ていた蜂矢 ゆりね(ic0105)の口元に笑みが乗る。
「ルタにシイ、あんたたちの子孫は自分の足で歩き始めたよ。見守ってやっとくれ」
 彼女は御所の夢語部の間で2度、始祖帝と慕容に会った。故に彼等の末裔である武帝には他の人とは違う想いを抱いている。
「ああ、そうだ。あんたに声をやろうかね」
 言いながら武帝の手首にブレスレット・ベルを嵌め、都案内図を彼に手渡した。
「はぐれた時にわかるように、さ。それと本当にはぐれちまったら此処に来るんだよ」
 都案内図には赤い丸がされている他、都の詳しい情報が載っているので、祭りが終わった後も重宝しそうだ。
「ほらほら口元にタレが付いてるよ」
 着物の袖で口元を拭ってやる。そうして想うのはやはり彼の始祖の事だ。
「これで嫁さんでも居りゃ、ルタもシイも安心なんだろうけど……良い人居ないのかい?」
 お節介。そんな言葉が頭を過るがこればかりは仕方がない。そんな彼女の想いを汲んでか、武帝の口が動き出した時、彼女等の耳に興味深い話題が届いた。
「そう言えば神座さんの姓の神座って」
「ん? 知っとるんか? 神楽の語源は神座やで」
 朱華の問いに答えた桜は、視線を向けた武帝にも聞こえるように話を続ける。
「あたしの家は古くから此処に住んでたらしい。神楽の都創建にも関わってたとか言われてるけど、ホンマか嘘かは解らんわ」
 カラリと笑って手を振る彼女。その口元にノリが付いているのに気付いた征四郎が手拭いを差出すと、彼女は慌てたように口を拭って照れ笑いを零した。
「おおきに」
「いや、気にする事は無い」
 短く言葉を告げて、武帝から少し離れた位置に下がる。如何やら人が多く集まる場所は苦手のようだ。
 そんな彼に朱華が声を掛ける。
「久しぶり、だな。如何だ、最近は」
 問いを向けながら彼の顔を見る。随分と男らしい顔立ちになったものだ、と内で感心する。
「道場を継ぎ、今では道場主になった。婚約者も得て身の引き締まる思い、だな」
「そうか……俺も、大切な人が出来た……かな」
 暫く会わない間に環境は目まぐるしく変わった。それでも内に秘める想いは変わらない。
「俺の目指す『護る為の力』ってやつに、少しだけ近付いたかな。多分」
 微かに笑んで首を傾げる。その仕草に「そうか」と零した征四郎の口元に藻、僅かに笑みが浮かんでいた。


「帝がお忍びで祭りに参加するなんて、前代未聞ですよ。団長も参加していますし、何も起こらなければ良いんですけどね……」
 そう零す檄征 令琳(ia0043)は祭り会場にある民家の屋根で護衛に勤しむ鴇ノ宮 風葉(ia0799)を視界に納めながら空に飛ばしていた人魂を手繰り寄せた。
 蝙蝠型のそれは素直に周囲の状況を見せてくれる。今の所異常はないが、もう少ししたらもう1度空に飛ばす必要があるだろう。
「うー……思ったより退屈な仕事ね……」
 風葉は令琳と同じく飛ばした燕型の人魂を飛ばして会場の様子を見守っている。
 武帝の周囲は何だか楽しそうだし、面倒事は地上にいる開拓者が片付けるしで出番無しも良い所だ。
「鴇ノ宮さん、食べ物と飲み物を買ってきましたよ」
 振り返った先に居たのは伊波 楓真(ic0010)だ。そんな彼に風葉は言う。
「本当に買って来たの?」
「当然です。共に護衛任務を行っているとは言え、女性に無理はさせられませんからね」
 得意気に言って差し出したのはイカ焼きと焼きそばだ。それを目にした瞬間、風葉の視線が地上に飛ぶ。
「別にいーけど、あたしイカ食べられないわよ? あと、その焼きそばも。あたし、豚肉食べれない」
「え!?」
 折角良い所を見せようと急いで買ってきたのに。と内心で項垂れるが此処は紳士を貫くべきだ。
「では豚肉は取り払いましょう。それなら食べれますよね?」
「まあ、それなら……あ、スリだ!」
 燕の目を通じて見えた一瞬。人混みに紛れて他人の財布をくすねた人物に風葉の手が動く。
 すぐさま符を取り出して術を刻むのだが、次の瞬間、楓真が彼女の腕を下げさせて飛び出した。
「ここは僕に任せて下さい、ちょっとは頼りになりそうな所を見せたいのですよ」
「はあ!?」
 アイシスケイラルの発動を遮られた風葉のなんと不満げな事か。その様子を見ていた令琳の口元にも苦笑が浮かぶ。
「だ、団長、無茶はしないでくださいよ。相手は同業者……近くにはみ…護衛対象者がいるんですからね」
 祈る気持ちを抱え、楓真の行動に目を移す。
「自分より頼もしい女性と言うのも魅力的ですが、僕は男として、そして紳士として女性を危険に晒すことはしませんよ」
 風葉から離れた所で密かに零し、彼女が見付けたスリに接近する。そして所持していた刀の柄で軽く小突くと、対象者はあっさりその場に崩れ落ちた。
「他愛ないですね」
 志体持ちなら当然の結果だが風葉は不満げだ。
「あたしの出番返せー!」
 思い切り握り締めた拳に、虚しい声が空に響いた。

 一方、祭りの後半に差し掛かった会場では、夜に行われる花火大会の準備が進んでいた。
「スリに喧嘩……人が集まれば当然の騒ぎ、か。仕事なれば人を護るも詮無し……なれど祭りか……」
 溜息交じりに零した神無院 槐(ic1054)の目にはそろそろ会場を後にしようとする武帝の姿がある。如何やらウルスラに花火の事を聞いているようだが、夜まで居る事は出来ない様である。
「人の手にかけし物で美点と言えるは、食い物の美味さが最たるものである位だが……花火か」
 闇に染まる夜空を彩る大輪の花。それを思い返してフッと目元が緩まる。
「悪くはない」
「お? 兄さんも花火が好きか?」
 顔を覗かせたのは志摩だ。
 武帝の護衛もそろそろ終了とあって、顔見知りや今回の依頼の参加者に声を掛けてまわっているらしい。
「……悪くはない。それだけだ」
 フイッと顔を反らして返す言葉は冷たい。けれどそれを気にした様子もなく近付くと、志摩は配られていた花を1つ彼に差し出した。
「今日はお疲れさんな。アンタ黙々と仕事してたみてぇじゃねえか」
 確かに槐は武帝に絡もうとする者だけでなく、一般客に対しての不届き者にも目を光らせていた。
「少しばかり噂になってたぜ。黒毛のお狐様が悪者を追っ払ってくれた、ってな?」
「任務を全うしただけだ」
 そう踵を返した手に無理矢理花が握らされる。だがそれを振り解く気にはなれなかった。
「……失礼する」
 零し、天狗駆を使って一気に屋根に駆け登る。そうして地上を見下ろすと、目を伏せ、動いていた足を止めて花を懐に仕舞った。
「……花に罪はない」
 祭りの賑わいはまだ続く。
 槐は耳に響く人の声を遮る様に目を開くと、残りの任務を完了すべく祭り会場に消えた。