朱の槍に想うは
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/02 14:17



■オープニング本文

●浪志組発足よりも前のこと
 河原の、変哲もないせせらぎを耳に、赤く染まった手をただ見詰めていたあの時。薄暗い闇の中で降り注ぐ月の明かりだけが、ただ1つの真実の様に思えていた。
「……この様なこと……師範は、許しませんぞ……」
 足元に転がった顔が、血塗られた中で恨みの籠った視線を向けてくる。
「父上の了承を得て来たのなら、そうでしょうね。ですが……違いますよね?」
 刀の柄を握り締めて冷たい眼差しを送る。それにビクリと震えたのを見、天元 恭一郎(iz0229)は深い溜息を吐いた。
「俺が後を継ぐと貴方がたが得をする。それだけの為に連れ戻そうとし、断られたが為に力にモノを言わせて連れ帰ろうとした……その事の方が問題だと思いますが?」
 河原に転がる無数の人は、天元流の跡取りにと連れ戻しに来た者達だ。あまりのしつこさに少し乱暴にしたのが切っ掛けだったのだが、どれもこれも怖い。
「殺さなかっただけ良しと思って下さい。それとも」
 恭一郎は手にしていた刀の切っ先を男に向けると、額に先端を添えて囁いた。
「死にます?」
「そこまでにしろ」
 闇に響く凛とした声に動きを止める。そうして刀を下げて振り返ると、呆れた表情で此方を見詰める真田悠(iz0262)の姿が在った。
「ったく、夜中に抜け出して何してんだてめぇは」
「……貴方には関係ないでしょう」
「馬鹿言え」
 面倒そうに応えた恭一郎とは反対に、真田は真っ直ぐな声でそう言い切ると、傍まで歩み寄って刀を持つ手を取り上げた。
「てめぇは俺のダチだ。ダチが困ってんのに見て見ぬふりなんざ出来ねぇだろ」
「貴方は命の恩人ですが、友達になった覚えはありません。ああ、それとも迷惑だからそう言ってるんですか? でしたら今夜にでも出て行きますよ。なんならこのまま出て行きましょうか」
 反論の余地を与えずに連ねる言葉に真田が大仰な溜息を吐く。

 恭一郎を発見したのは、ほんのひと月ほど前の事。
 生きる気力を失ったように路頭に迷う彼を発見した真田は、彼の道場で手伝う事を条件に、寝る場所と食事を与えていた。
 そう、恭一郎からすれば命の恩人ではあるものの、ただそれだけの存在。友になどなったつもりはない。
 けれど彼は言う。
「同じ釜の飯を食ってんだ。無関係なわけねぇだろ。大体、暴れるんなら俺も混ぜろ!」
「は?」
「確かにてめぇは強い! けどな、1人より2人の方が強いに決まってんだろ。こういう時は力を合わせて闘うのが定石なんだよ!」
 馬鹿か? そう思ったが呆れて言葉が出てこなかった。そんな中、足元から声が響く。
「田舎道場の小童が……天元流道場の、次期道場主に何を――」
「あ? 道場に都会も田舎もあるかよ」
「なっ」
「そもそも道場ってのは強くなりたい奴が通う場所だ。欲に目の眩んだ奴が入り浸る場所じゃねぇ」
 真田に自分の事情は話していない。
 単純に話すつもりがなかったのもそうだが、彼が聞かなかった、と言うのも大きい。にしても此処までの遣り取りで事情を把握するとは、意外と頭が回るのかもしれない。
「コイツが戻らねぇって言ってるんだ。それ以上もそれ以下もねぇよ」
 だろ? そう振り返られて苦笑してしまった。
「まあ、戻らないと言う意思は固いです。父上にも、弟にもそう伝えて下さい」

●朱塗の槍に想うは
 こう告げてから数日後。弟が家出をして父親が勘当の命を出した訳だが、今ではどれも良い思い出だ。
「つまり、このヤリは真田サマからもらったものなんじゃな?」
「ええ。『天元流の技を使わないでいられる手っ取り早い方法がある』と言って、次の日に買って寄越したんですよ」
 恭一郎はそう言いながら、何処か懐かしげに折れた槍を見詰めた。その姿に羽妖精の悠(はるか)が首を傾げる。
「そんなに大事なものならシュウリすれば良いじゃろう」
「……そう、なんですけどね」
 武器の修理は依頼すれば可能だろう。だが恭一郎には思う所があった。
「直すかどうか、正直迷ってまして……このままでも良い気もするんですよね」
「煮えきらんのう?」
 考え込んでしまった恭一郎を見つつ、悠は折れた槍に近付いた。
 槍には痛ましい傷跡がくっきりと残っていて、修理した所で前のような性能があるとは思えない。だが、恭一郎は其処で迷っているように見えない。
「きょーいちろうはナニに迷っているのじゃ」
「それは――」
「恭さん、失礼します」
 突如開け放たれた戸に恭一郎の目が動く。其処にいたのは浪志組の隊士の1人。
「そろそろ時間です。隊の者は準備を終えていますが……その、如何されますか?」
「勿論、行きますよ」
 クスリと笑って立ち上がった彼が手にしたのは刀だ。
「恭さん、槍は……」
「壊れている物を持って行く訳にはいかないでしょう。大丈夫ですよ、僕は槍より刀の方が得意ですから」
 そう言って微笑み掛けると、恭一郎は隊服を手に部屋を出て行った。
 残された悠は槍に目を向けてある物に気付いた。それは槍に刻まれた小さな文字だ。

 ――友へ。

「やはり、なおさねばダメじゃ!」
 悠は顔を上げると、一目散に開拓者ギルドに向かって飛んで行った。


■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
ジャミール・ライル(ic0451
24歳・男・ジ


■リプレイ本文

●浪志組屯所
 隊士等に与えられた部屋の一室で、郁磨(ia9365)は天元 恭一郎(iz0229)の相棒である羽妖精の悠と共に祭りへ行く準備を行っていた。
「恭さんの悩みなんか吹っ飛んじゃうくらい可愛くしようね〜」
 綺麗な金色の髪を結い上げて浴衣を着せてあげた悠は、郁磨の言葉に唇を尖らせると、腰に手を当てて眉を寄せてみせた。その表情に郁磨の首が傾げられる。
「きょーいちろうはドンカンだからのう。気付かぬかもしれぬ!」
「あはは、いくら恭さんが鈍感でもそこまでお間抜けじゃないですよ〜」
「そうじゃろうか?」
「……たぶん?」
 クスリと笑って言った郁磨に「ぬおおお!」と頭を抱える悠。どちらも言っている事は酷いが、和やかな雰囲気なのは悪くない。
「……そうだ、赤と白の糸ってある?」
「イトかのう?」
 それだったら確か。と悠が差し出したのは恭一郎愛用の裁縫道具。その中から赤と白の糸を差出すと、彼女の目が瞬かれた。
「ナニをすんじゃ?」
「これと同じ物を作るんだよ」
 彼が見せたのは、刀に付けている赤と白の飾り紐だ。
「鍛冶屋さんに頼んで恭さんの槍の石突に付けてもらおうと思うんだ」
「きょーいちろうの?」
 恭一郎の壊れた槍は、他の面々が鍛冶屋に持って行っている最中だ。無事修復作業が済んだ暁には、お揃いにしたい、という事だろうか。
「わしもナニかてつだうのじゃ!」
 器用な手つきで糸を編み上げる姿に、ウズウズしてきたのだろう。目を輝かせて名乗りを上げた彼女に郁磨の目が瞬かれる。
「……それじゃあ、そっちを持ってくれるかな?」
「うむ! 任せるのじゃ!」
 悠は郁磨の指示に笑顔を浮かべると、浴衣で動き辛い腕を大きく広げて紐の端を持ち上げた。

●槍を直して
 折れた朱の槍を抱えながらアルマ・ムリフェイン(ib3629)は、キース・グレイン(ia1248)とジャミール・ライル(ic0451)と共に街道を歩いていた。
「恭一郎さんは何を悩んでたんだろう?」
 そう言って首を傾げるアルマは、恭一郎の悩む理由がわからないと見える。それに同意を示すように息を吐いたのはキースだ。
「さあな。何にせよ、本来なら持ち主の意を尊重すべきなんだろうが、な……」
 彼女等が向かうのは浪志組が懇意にしている鍛冶屋だ。
 恭一郎の槍もその鍛冶屋で定期的に手入れをして貰っていると聞いたので向かっているのだが、其処までしていたのなら尚の事修理を渋る理由がわからない。
「……こいつに落ち度がある訳じゃないのにな」
 呟いたキースの脳裏に、槍が折れた時の事が思い出される。そうして視線を落とすと、2人の話を割る様にジャミールが顔を覗かせた。
「リフェちん、何で槍直しに行くの? 本人が直さないって言ってるんだから、直さなくてもいいんじゃない?」
「んー……それじゃダメだと思うんだ」
 苦笑したアルマに、ジャミールの首が傾げられる。そうして視線を泳がすと、彼はニコッと笑ってから槍を指差した。
「じゃあ、俺もついてこっかな♪」
「もう付いて来てるだろ」
 思わず突っ込んだキースにニンマリと笑う。
「武器とか好きじゃないし、鍛冶屋とかまじ行かないよねー。でも何か面白いなーって♪」
 へへっと笑うジャミールに悪気はない。楽しそうだから付いて行く。それは彼にとって当然の事だ。
「あ、あそこだよ!」
 アルマが示したのは『堅物屋』と書かれた店。如何見てもボロボロの佇まいだが、店自体は機能しているようで――
「その羽織は浪志組かぁ! おう、入れ入れ!」
 店に入るや否や、暑苦しい親父が3人を迎え入れてくれた。
「で、今日は如何したんだい」
「あの。この文字を維持して修理して欲しいんです」
「こりゃぁ、すげぇな。これだと完全って訳にはいかねぇぜ?」
 親父は槍を見るなり渋い顔をして皆を見回した。その視線に頷きながらキースが問う。
「修理痕が目立つと言うこともあるだろうか」
「そうだな……出来る限り目立たないようにはするが、多少はな」
「そうか……」
 無傷で直すのは難しいと思っていたが、実際に言葉で聞くと辛いものがある。
「……キーちゃん」
 溜息を吐きかけたキースを心配げにアルマが見上げた時だ。
「凄い熱いー♪ ねーねー、これなーに?」
「ばっ! 溶解炉に近付くんじゃねえ!」
 慌てて親父が駆け付けたのは、真っ赤に燃える溶解炉を覗き込むジャミールだ。
 彼は見る物全てが新鮮と言わんばかりにあちこち眺めては親父に怒られている。そんな彼を見ながら、ふとアルマが呟いた。
「もし先生が友と言ってくれれば、僕にとって彼が大きすぎて動揺するけど……きっと、ボクは彼を畏友として頷く……」
 先生もきっと喜んでくれるはずだから。そう口中で呟いて尻尾を下げた彼の頭に、キースの手が優しく触れる。
 それに顔を上げると、アルマは湿った雰囲気を振り払うようにニッと笑って見せた。
「恭一郎さんも畏友と思うけど……片思いかな?」
「さあな。本人に聞くと良い」
「恭一郎さんに直接?」
 それは……。と言い淀んだ彼の耳に、再びジャミールの元気な声が響く。
「凄いねー! 俺こんなの直せねぇよ!」
「良いから離れてろ! おい、そこのアンタ! この兄ちゃんを少し離してくれ!」
「あ、はい!」
 慌てて駆け出したアルマに「やれやれ」とキースが腕を組むと、彼女の背に在った店の戸が開かれた。
「お邪魔します……と、ちょうど良かったかな?」
 開け放たれた戸から顔を覗かせたのは郁磨だ。
 彼の隣には悠の姿もある。
「恭さんがいるお祭り会場に行こうと思って呼びに来たんだけど、行くかな?」
「お祭り! 行く!」
 今までの鍛冶屋への興味は何処へやら。満面の笑顔で親父の傍を離れたジャミールは、来た時と同じ元気な様子で店の外へ飛び出すと、我先にと祭り会場に向かって歩き出した。

●お祭り会場
「恭さん」
 祭り会場に到着した郁磨は、まず先にと他の面々と1度放れて恭一郎の元を訪れていた。
「お勤めご苦労様です〜」
 へらりと笑って見回した先には、他の隊士の姿がある。それを視界にゆるく目を瞬くと、彼は恭一郎を見上げて小さく首を傾げた。
「一緒に見廻りしても良いですか?」
「構わないけど君、今日非番じゃなかった?」
「そうなんですけどね〜」
 曖昧に笑う彼に息を吐き、恭一郎は他の隊士にこの場を任せると、郁磨と共に祭り会場の見廻りに繰り出した。
 まだ日も高いというのに祭り会場の人混みはそこそこ。スリなどの問題が起きないように周囲へ視線を向けながら、郁磨は口を開いた。
「……恭さん、変な質問しますね」
 そう言って人混みを見据える。
 その仕草に微かな視線を感じたが、郁磨の視線は動かなかった。
「もし俺が浪志組を辞めるって言ったら、恭さんは如何思いますか……?」
 まだ決定事項ではない出来事。
 彼が今関わっている事案。其処でもし人生の機転になる事が起これば、郁磨は浪志組を辞めるだろう。
「別に如何も思わないかな」
 聞こえた声と止まった足音に自分も足を止める。そうして振り返ると、穏やかな眼差しと目が合った。
「君の道でしょ? 僕が如何こう言う資格はないよ」
「……そう、ですよね。真田さんが居るから、寂しくなんて無いですよね」
 クスリと笑って小首を傾げると、恭一郎の肩が竦められた。
「違うよ。寂しいなんて些事でしょ。一時の感情に流されて永遠に後悔し続けるの? 君、そんなに馬鹿だったっけ?」
 違うよね? そう零して、ふと彼の目が人混みの中で止まった。それに釣られる様に郁磨の目も動くと、彼の耳に静かな声が届く。
「僕は僕の利己的な考えで君の一生を左右する気はないよ。後悔しないと思うなら、君は君自身の道を進めば良い。胸を張れるなら応援するよ」
 但し。と言葉を切った恭一郎の口元に意地の悪い笑みが浮かんだ。
「一瞬でも後悔したら斬るから、覚悟しておいてね」
「――はい」
 言葉を噛み締めるように頷き、郁磨は恭一郎が見ていた人混みに目を凝らした。其処に在ったのはアルマやキース、ジャミールの姿だ。
「気付きました? 実はアルくんたちも来てたんですよ」
「……普段着ですか」
「え?」
 ボソッと聞こえた声を聞き返した時だ。遠くから元気の良い声が響いてきた。
「あ、恭一郎さん、郁ちゃん……!」
 こちらに気付いたアルマが、縁日の菓子を両手に持って駆けて来た。その姿に郁磨も慌てて駆けて行く。
「えっと、これが隊士の皆への差入れで、これが恭一郎さん、あと郁ちゃんにはこれで」
「凄い量だね。少し持つよ」
「あ! イカ焼きー、いいなー!」
 郁磨に食べ物を渡して余裕が出たのだろう。
 ジャミールの声に反応したアルマが、ほぼ条件反射の様にイカ焼きを買いに走る。そうして彼にイカ焼きを渡すと、衝撃の光景が飛び込んで来た。
「ごちでーす♪」
 ほっぺにちゅっ。
「……ああいうのは、規律的に問題ないんでしょうかね」
「異性じゃないんで問題ないですよ〜」
「そうですか……」
 しれっと返された郁磨の声に恭一郎の溜息1つ。そこに紙袋に入った小さなカステラが差し出される。
「恭一郎さんへ、ですっ♪」
 えへへ、と笑顔で勧めるアルマにまたもや溜息が。けれど断る事はせずに袋を受け取ると、乱暴な手つきで頭が撫でた。
「君はもう少し財布の紐を締めた方が良いよ」
「あ、あれ?」
 何で? そう目を瞬く彼を他所に、キースに袋を差出す。
「僕1人では食べきれないので、良ければどうぞ。それにしても浴衣じゃないんですね。悠も浴衣を着ているのに何で着てないんですか?」
「……好みでもないものは付けも着もしない」
 はあ。と大仰な溜息を零してカステラを摘まむ彼女に笑みが零れる。そうして自分の分のカステラを口に放ると賑やかな声が聞こえて来た。
「あ、このお面可愛い!」
「髪飾りが可愛いねー。グレインちゃんもどうー?」
 どうやらアルマたちは別のお店に興味を持ったらしい。
 お面や装飾品の売っている店では、郁磨も悠と共に並んでいる品々を眺めている。
「悠ちゃん、どれか欲しいのあったらプレゼントさせてくれないかな……?」
「良いのかのう?」
「お祭りの記念にもなるし、友達の証として、ね」
 ニコリと笑んで言われる言葉に、悠は頬を紅潮させて並ぶ品々を見ている。
 しかしこの中で輪に加わらずに、我関せずを貫こうとしている人物がいた。
「ね、ね、キーちゃん。お面お揃い、ダメかな? 恭一郎さんのも一緒に、さ。ね?」
 上目遣いでキラキラと見詰めるアルマに、そっぽを向いて腕を組んでいたキースの眉が上がる。
「俺は付けないからな」
「僕は良いですよ」
「「え」」
 重なったのはアルマとキースの声だ。だが次の瞬間、キースの視界を面が遮った。
「全員分のお面とこれも下さい」
「ちょっ! 俺は――」
「お面くらい良いじゃないですか」
「そうそう、お面くらい問題なーい♪」
 恭一郎の言葉を援護するジャミールもお面を付けている。
「リフェちんは付けないでもキツネさんー♪」
 もふもふとお面を付けてあげながら耳を触る彼に、アルマも満更でもない様子でもふられている。
 そんな彼等の横では、お面を付けた悠と郁磨が仲良く顔を合せていた。
「お揃いだね〜」
「うむ!」
 満面の笑顔で頷いた羽妖精に、キースの肩が落ちる。
「……面だけだぞ」
 彼女はそう言うと、後頭部にお面を付け直して息を吐いた。

●悩み事は?
 祭り終了後、鍛冶屋で槍を受け取ったアルマは、皆と共に恭一郎の元を訪ねていた。
「これは……」
 折れた箇所を修復して新たな命を吹き込まれた槍。その持ち手には、拳布が巻かれて修復痕が隠されており、石突の部分に赤と白の飾り紐が付いている。
「槍は真田さんの想いも込められた物で……貴方が使おうと思った時も、すぐ手に取れる形の方が良いと思って」
 少し小さな声で紡ぎ出されたアルマの声に、恭一郎の目が動く。そうして悠を捉えると、彼女は郁磨の傍に飛んで行き、彼の後ろに隠れてしまった。
「恭さんは槍ぶん回す方が似合いますよ」
 へらりと笑って首を傾げる郁磨を見て、恭一郎の目が改めて槍を捉えた。
「この飾り紐と布は誰の案ですか?」
「飾り紐は俺とお揃いです」
 布は。そう言おうとした所でキースが前に出た。
「その布は俺だ……あんな形で折らせておいて、勝手なことだとは分かっている。使う使わないに関しては口を出すつもりはないが……愛用の得物である以上に、大事なものなんだろう」
 其処まで口にして槍を見た。脳裏を過るのは槍が折れた瞬間の事だ。
「……悪かった」
 キースはそう言って頭を下げると、恭一郎の言葉を待った。
 だが一向に彼から言葉が返って来ない。
「……?」
 恐る恐る顔を上げた彼女の目に飛び込んで来たのは予想外のものだった。
「きょーいちろう、カオが真っ赤じゃ!」
「しっ!」
 慌てて悠の口を塞いだ郁磨に、小さな咳払いが響く。そして何かをやり過ごすように息を吐くと、恭一郎は改めて差し出された槍に手を伸ばした。
「……有難うございます」
「俺は別に、壊れてても大事なものは大事だって、思うけど……武器だし、そうでもねぇのかな? その辺はちょっとわかんねぇや」
 槍を受け取って複雑そうな表情をする恭一郎に、ジャミールの鋭い指摘が飛んでくる。
「ま、折角直ったんだし、また使えばいいんじゃない?」
「そうですね……この武器を使う資格がまだあると良いんですが」
「資格? 武器を使うのに資格なんてあるの?」
 初耳。そう目を瞬くジャミールに「あるんですよ、僕には」と笑う。
 それを聞きながら、今の今まで疑問に思っていた事をアルマは問うた。
「あの……恭一郎さんは、何に迷ってたの?」
 そう。全ては彼の迷いが発端の筈。
 先程ジャミールに言っていたように、資格が無いと思う何かがあったという事なのだろうか。
「恭さん?」
「僕は郁磨君と違って臆病なんです……ああ、そうそう。君達にこれあげますよ」
 ニコリと笑ってそれぞれの手に渡されたのは麦芽水飴――黄金色の飴菓子だ。
「出店で食べさせてもらったら美味しかったのでお裾分けです。それと、これは紅一点である貴女へ」
 スッと髪に挿し入れられた螺鈿の櫛にキースの表情が強張る。
「こんなのは――」
「反論は認めないよ。布のお礼とでも思っておいて」
 ね? 恭一郎はそう言うと、修復された槍を見やって微かに微笑んだ。