【殲魔】掃討魔の森・東房
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 22人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/05/17 09:43



■オープニング本文

●決断
 その日、神楽の都にある開拓者ギルドの本部には、大伴定家をはじめとするギルドの重鎮らが勢揃いしていた。
 上座に座る大伴定家の言葉に、誰もが耳を傾けていた。春の穏やかな日和の中、ギルドのその一室だけがぴんと緊張に空気を張り詰める。話し終えた大伴の二の句を継いで、一人のギルド長が声を上げた。
「護大を破壊すると……そう仰られましたか!?」
「いかにも」
 しんと静まり返った部屋に、大伴のしわがれた声が続く。
「三種の神器を、知っておるかの」
 ギルド長であれば知らぬものはない。朝廷が保有している、神よの時代より伝わる三つの道具のことだ。それぞれに、名を、八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣と言う。これらは、公には朝廷の所有であった筈だが、いずれも、実のところ朝廷の手元に存在していなかったらしく、新たな儀を拓くに従って回収されてきた。
 朝廷の説明によれば、この三種の神器を揃え護大の核を討つことで、護大を完全に滅ぼせるというのである、が。
「その核と目される心の臓は、冥越の阿久津山にあると言われておる」
 ギルド長らが顔を見合わせる。
「冥越と申しますと、先の、大アヤカシ黄泉の最後の言葉……」
 大伴が頷く。全てを知りたければ冥越の阿久津山へ行け――黄泉はそう告げて息絶えた。せいぜいもがき苦しむのだな、とも言い添えて。その言葉がどうしても頭を離れない。それが単なる悔し紛れの捨てぜりふであれば良いのだが、果たして、大アヤカシがそのように卑小なまやかしをうそぶくものであろうか。
「いずれにせよ、次なる目標は冥越国である。各ギルド長は各国に戻り、急ぎ準備に取り掛かってもらいたい。しかし良いかの……ゆめゆめ油断してはならぬぞ」

●東房国北部
 燃え続ける鬱蒼とした森。焼け焦げた土地の匂いと、悲鳴にも似た喧騒を耳に、月宵 嘉栄(iz0097)は瘴気に塗れた刀を手に立って居た。
 此処は東房国北部に存在する魔の森。目の前には巨大な山脈を控え、その更に奥には冥越との国境が存在する――そう、此処は東房国最後の砦にして、アヤカシの巣とも言える冥越への入口。
「嘉栄様。後方の焼き払いが完了しました。次は如何なさいましょう」
 同行していた僧兵の声にふと我に返る。
「前に進む他、道はありません」
 嘉栄はそう返して歩き出す。そう、この先に在る冥越の国境を目指して。

 時は数日前に遡る。
「――統括。お久しぶりです。火急の用との事でしたが……まさか、戦ですか?」
 神楽の都へ修行に出ていた嘉栄は、霜蓮寺に戻るや否や、そう統括に問い掛けていた。
 この声に、手元の書面へ目を落としていた統括が顔を上げる。
「何故そう思う」
「鍛冶場が忙しそうである事、僧兵がザワついている事、そして何より寺社の内部が緊張に満ちています」
 鍛冶場が動くのは武器を作る為。僧兵がザワつくのは闘いが近い為。寺社の内部が緊張するのも然り。
 もしこの考えが正しければ、統括が嘉栄を呼び出した理由はただ1つ――
「戦の指揮は私が執りましょう」
 そう、東房国の僧兵を率いる将が欲しいからだ。
 この声に統括の眉が僅かに揺れる。
 それを見止めたのだろう。嘉栄は真っ直ぐな眼差しで統括を見詰めると、微かに笑んで首を傾げた。
「私は次期統括である以前に、東房国霜蓮寺のサムライです。民の為に投げだす命はあっても、自分だけの為に隠す命はありません」
 穏やかに、キッパリとした口調で言い切った彼女に、統括は漸く表情を崩して苦い笑いを口に浮かべた。
「本来であれば久万に指揮を執らせるのだが、あれには別の任を命じていてな」
「構いません。それよりもどう云った戦なのでしょう。よもやこの時期に人同士が争う筈もないでしょうし……目的地は東房国の先、冥越でしょうか」
 思案気に零された声に統括が頷く。
「その通りだ。目的地は東房国と冥越の国境に在る魔の森。其処を焼き払うよう指示が下った」
 噂によれば先の合戦で闘った黄泉とか言う大アヤカシ。その黄泉が「全てを知りたければ冥越の阿久津山へ行け」と告げたらしい。
 それを考えれば冥越に向かう途中に在る魔の森は邪魔以外の何物でもない。
「わかりました。明日の朝には霜蓮寺を発ちましょう」
 出立は早い方が良いだろう。
 嘉栄はすぐさま頷くと、僧兵の様子を見ようと踵を返した。と、その背に声が掛かる。
「嘉栄」
 優しく、穏やかな声に嘉栄の足が止まる。
 そうして振り返ると、統括は静かな声で告げた。
「民の為に投げだす命と言ったが、その命は冥越から戻るまで投げる事無く持っていなさい」
 良いな。そう言葉を添えられ、嘉栄は無言のままに頷くと、深く頭を下げて去って行った。

――冥越から戻るまで投げる事無く持っていなさい。
 頭の中で繰り返される統括の声。それを噛み締める様に手を握り締めると声が掛かった。
「東房国霜蓮寺のサムライ……やはり、お前だったか」
 聞き慣れた声に振り返ると天元 征四郎(iz0001)の姿が在った。
 彼は嘉栄を一瞥すると、その奥に在る魔の森を見据える。次々と燃え盛る炎は東房国の僧兵と開拓者が放った物だ。
 この炎は一日では納まる事は無いだろう。
 二日、三日……否、一週間以上の時が掛かる筈だ。
 けれど、そんな事は意にも返さず征四郎が続ける。
「……徐々にだが、ギルドからの人員も到着している現状を踏まえ、闘いの最中ではあるが作戦会議を行うとの事だが……如何する?」
 征四郎は1つ息を置く様に瞬くと、燃え盛る魔の森に向けた瞳を嘉栄に向けた。

●作戦会議
「最大の難所は冥越直前に聳える山脈付近でしょうね。アヤカシを殲滅する部隊と、魔の森を焼き払う部隊、周囲を警戒・索敵する部隊も必要となるでしょう」
 今回の作戦場所は魔の森。敵の優位となる土地な上に、国境付近に聳える山脈が邪魔で進行もし辛い。
 しかも今回に限っては敵殲滅が目的ではない。目的なのは後続を冥越に招き入れる為の道を作る事。
 すなわち、冥越に入る最大の難所である魔の森を焼き払う事にある。
「……最悪、殲滅部隊と索敵部隊は一緒でも構わないだろう。……魔の森を焼く事に重点を置き…その上で行動する事も視野に入れるべきだ」
 征四郎の静かな声に皆が黙り込む。
 先遣隊の体力は中ほどを過ぎている。このまま闘い続ければ体力は底を尽きてしまうだろう。
 ではどうすれば良いのか――誰もがそう思った時だ。
「失礼します! 敵の増援が飛来しましたっ!」
 突如として駆け込んできた僧の声に皆が腰を上げる。
 そう此処は魔の森。考えている暇などないのだ。刃を振るい、森を焼く――これがこの場に居る者全ての任務であり、成すべき事なのだ。


■参加者一覧
/ 志藤 久遠(ia0597) / 胡蝶(ia1199) / キース・グレイン(ia1248) / 露草(ia1350) / 各務原 義視(ia4917) / からす(ia6525) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 真名(ib1222) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 緋那岐(ib5664) / ローゼリア(ib5674) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 玖雀(ib6816) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / 紅 竜姫(ic0261) / 鎌苅 冬馬(ic0729


■リプレイ本文

 パチパチと耳残る火の音。
 擽られる記憶の糸を振り払うように頭を振った東鬼 護刃(ib3264)は、僅か先に見える炎の山を見詰めた。
「……漸く半分、と言った所かのぉ」
 ポツリ、零した言葉に傍を行く僧兵が足を止める。
「これでも貴方がたがいらしてだいぶ早くなったのですよ」
 そう言葉を発した僧兵の手には、魔の森の外に在る水場から運んで来た水がある。これは鎮火を行う為の水でもあり、喉を潤す為の水でもある。
「まあ、そうでなくては来た甲斐も無かろうて」
 開拓者が到着して半日。それまで動きの滞っていた焼き払いの現場が動き出したのは事実。
 けれどその動きは想像以上に遅く、前線で闘う者達の疲労が心配される程だ。
「さて、その水を運び終えたらもう一往復じゃ。日が暮れるまでに必要分を運ばんねばならぬからの」
 護刃はそう言うと、己が持つ分の瓶を抱えて歩き始めた。

 その頃、前線で弓を射っていたからす(ia6525)は相棒の空龍の背に跨ったまま、ある一点を見詰めていた。
 彼女が見詰めるのは空。それも誰も向かっていない場所だ。
「如何かしたのかい?」
 問いかけたのはリンカ・ティニーブルー(ib0345)だ。
 彼女は己が龍の手綱を握り締めると、彼女と同じく空を見詰めた。その姿にからすが呟く。
「気になる事がある」
「気になる事?」
 何の事だろう。そう思わず反芻した時、問い掛けたその声が掻き消された。
『キィィイイイッ!』
 甲高く耳を突く声。これに龍が嘶きを上げ、リンカの体勢が崩れる。
「くっ!?」
 落ちる。
 咄嗟にそう思ったのだが、彼女の体は同じく騎乗していたからすによって支えられていた。
 彼女はリンカの弓に触れ、そして言う。
「落ち着いて鏡弦を頼む」
 そう語る目は、先程と同じ場所を見据えている。
 先程と同じ場所――其処には分厚い雲がある。今聞こえた声はこの雲の向こうから響いた。と言う事は、あの雲の先に何か潜んでいる可能性がある。
「っ、リンデンバウム。少しだけ手を離すよ!」 
 リンカは膝を締めて騎乗する身を立て直すと、腕を動かして竪琴を鳴らすように弦を弾いた。
 そんな彼女の耳に響く音。
 それは空に存在する数多の存在を知らせてくれる。それは味方であったり、時には敵であったり――
「――いけない! 皆、退いてッ!!!」
 ありったけの声で叫んだ直後、燃え盛る魔の森に影が落ちた。その数は1つ、2つでは無く、それこそ数十は落ちた。
「敵もなりふり構ってはいられない、か」
 ふふっ、と口中で笑い、からすの矢が地上を捉える。そうして彼女の目が眇められると、無数の矢が大地に落ちた。
『グァアァァアアアッ!』
 目の前に落ちてきた羊の頭にアルマ・ムリフェイン(ib3629)が目を見開く。
「びっ、くりした……」
 まあ彼の反応は当然と言えば当然の者ものだ。
 何せ突然上空が暗くなったと思ったら、羊の頭が落ちてきたのだから。だが、そればかりに気を取られている暇は無い。
「アル、後ろへ」
 アルマの前に進み出たからくりが防御の体勢を取る。と、直後、金属が弾けるような音が響いた。
 頑丈なからくりがこの様な音を立てるとは相当の事だ。
「カフチェ!」
 アルマは構えた竪琴から不調和音の音色を放つと、からくりを攻撃した死霊兵の1体を攻撃した。
『クォォオオオォッ』
 唸る音を零して揺れる体。
 だがこれは痛みを感じているから見える音ではない。これはまだ襲う意思があると示す音だ。
 しかし揺れた体が立て直される事は無かった。
「主人を護るのは当然の事」
 からくりの放った砲撃が死霊兵の頭を撃つ。
 そうして更なる追い打ちを掛けようと動くのだが、そうするよりも早く別の一打が死霊兵に見舞われた。
「火炎の獣、目の前の敵を焼き払っちゃってください!」
 からくりとアルマの視界を横切った紅蓮の獣は、体勢を立て直そうとする死霊兵の頭を呑んだ。そして、その勢いのままに敵を薙ぎ倒すと、新たな牙をもう1体の胴に喰い込まる。
 形勢は一気に逆転。
 このままいけば、他の死霊兵も畳み込む形で成敗できるか? そう思った時だった。
「そのまま一気に――きゃあっ!?」
 黒革の重厚な本を手に陰を刻んでいた露草(ia1350)の体が大きく傾いた。それに慌てた彼女の人妖が動くが、それよりも早く露草の体が何かに絡め取られる。
「っ、く……、……」
 見る間に苦痛へと変化してゆく顔。
 そんな中で開いた幼い目が捉えたのは、死霊兵の後ろに控える鬼道験者の姿だ。
(この術……瘴気、です……倒さないと……)
「……、獣……よ」
 辛うじて放つ息の下から陰を刻む。だが練力を送り込む前に、彼女の手から本が落ちた。
「――」
「カフチェ! 敵を一カ所に集めて!」
 アルマの声にからくりの砲撃が放たれる。
 1つ、2つ、そして最後に凄まじいまでの光が放たれると、痛みを感じない筈の死霊等が怯んだ。
 それは光の所為か、それとも攻撃に圧倒されてか。
 真意はわからないが、お蔭で露草を拘束した瘴気が緩んだ。
「――と、危ない」
 ふわりと攫うように引き上げられた露草の体が、温かな腕に納まる。
(何が……)
 朦朧とした意識の中で開いた瞳。
 その目に飛び込んで来たのは同じ開拓者の姿だ。
「相棒に治癒して貰うまで此処に居るんだよ」
 優しく瘴気に汚染された木の上に降ろされる。其処に人妖が駆け付けると、彼女は漸く得た息を大きく吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「だいじょうぶなのー?」
「油断、大敵でしたね。もう大丈夫です」
 露草は人妖が拾ってきた本を受け取って微笑む。その上で自身を助けてくれた竜哉(ia8037)に目を向けると、ほうっと小さな息を吐いた。
「綺麗な羽根ですね」
 金に輝く翼を羽ばたかせて大地に降り立った彼。そして、彼と同化していた迅鷹が姿を見せると、相棒は空へ、竜哉は地上で漆黒の剣を振り上げる。
「とにもかくにも数減らせ、ってね。これは避けれるかな?」
 単純な斬撃であれば避ける事も可能だろう。だが彼の振るった刃は只の剣ではない。
「銅線が刃を繋いでいる?」
 天元 征四郎(iz0001)は初めて見る形状の武器に興味津々の様子で呟いた。
 竜哉が放ったのは刃を幾つにも分断した鞭のような剣だ。その身は銅線で繋がれ、刃が冠する名の如く鞭のように相手に絡み付く。
「確か、ソードウィップとかいう剣です。扱いは難しい武器かと」
 征四郎と背を合せて闘っていた志藤 久遠(ia0597)はそう言うと、目の前に迫る死霊兵の槍を薙ぎ払う。
「良く、知っているんだな」
 説明に口角を上げた征四郎に久遠の目が一瞬だけ伏せられる。けれど彼女は直ぐに表情を惹き染めると、足を敵に、目を前へ向けた。
「征四郎殿……いえ、直接呼び掛ける時はあなた、と言うべきでしょうか」
「っ、――、……」
 予想外の言葉だったのだろう。
 戦闘中だと言うのに咽た征四郎へ、死霊兵の統率された刃が迫る。それを久遠の槍が横から豪快に薙ぐと、征四郎は涙を微かに滲ませた状態で息を吐いた。
「す、すまない……一先ず呼び名は置いておいて……アヤカシ殲滅に尽力を尽くそう」
 一度抜いた白刃を鞘に納めて足を踏み込む。それに習って久遠も大振りの槍を構えると2人は頷き合い、闘いの中へ身を投じて行った。


 濃い瘴気の中に居ると思い出さずにはいられない。
 此処に居ると思わずにはいられない。

――皆の元へ行きたい。

 頭を掠めた過去の記憶に被りを振って紅 竜姫(ic0261)は表情も硬く魔の森を見詰める。
「……大丈夫か?」
 肩に触れた手に顔を向ける。
 其処に在ったのは何時からか愛しくなった人の顔。それを見詰めて息を吸うと、吐き出すのと同時に前を向いた。
「大丈夫。これ以上、同じような想いは、させたくない……」
 思い詰めた様に呟く恋人を見詰め、玖雀(ib6816)は何とも言えない胸騒ぎを覚えながら棍を構えた。
「無茶するなよ」
 言って聞ける状況でない事は理解している。それでも言葉を添えるのは彼女を思ってこそ。
「――行くぞ」
 静かに告げた声に、既に瘴気に染まった拳を握り締めて竜姫が駆け出す。そしてそれを追うように駆け出すと、玖雀の手の中に在った棍が形を変えた。
「梓珀!」
 何処にともなく放った声に、視界を覆うような炎が迫る。それに目を眇めると、彼は迷う事無くその中に突っ込んだ。
「ツバキ!」
 炎に消えた玖雀を見止め、竜姫の手が上空に伸びる。直後、彼女の手が低空して主の後を追っていた炎龍の手綱を握った。
「あの中に落して」
 竜姫が望んだのは死霊兵のど真ん中。これには龍も逡巡を示す。だが――
「お願い……未来を切り拓きたいの。進みたいのよ」
 主の懇願する声に龍の瞳が揺れる。そして躊躇いを覗かせた後に巨大な翼が大きくはためいた。
「! あの馬鹿ッ!」
 この動きに逸早く気付いたのは玖雀だ。
 彼は竜姫が向かう場所に辺りを付けると一気に駆け出した。
 頭は努めて冷静に。死霊兵と鬼道験者の少ない場所を選んで突き進んでゆく。そして彼の足が竜姫を運ぶ龍に追い付いた時だった。
「狼が如き牙を受けると良いわ!」
 龍から飛び降りた竜姫の拳が死霊の胴を貫く。そして次の敵に新たな拳を見舞うと、彼女の美しい黒髪が宙に舞った。
「竜姫ィ!」
「!?」
 敵の鉾先に気付いて避けようとした身体が浮いた。捉えたのは鬼道験者が放った瘴気の蔦。
 それは他の敵の攻撃を助ける様に彼女の体を磔にして行く。そして狙い易くなった体に一度は逸れた矛先が迫ると、彼女の目の前で真っ赤な飛沫が上がった。
「――ッ」
 声にならない悲鳴が上がり、自分の物ではない黒髪が舞う。
「やっ、…玖雀……玖雀ーっ!!!」
 必死の思いで振り払った瘴気が弾けるのを感じながら、崩れ落ちそうになる恋人の体を抱き締める。そうして顔を覗き込むと、柔らかな笑みが彼女の目に飛び込んで来た。
「……大丈夫だ」
「っ」
 血が流れる事の無いように。
 涙が流れる事の無いように。
 そう願って動いた結果がこれ。その事実に打ちのめされそうになる。けれどそれを見越した玖雀の声に彼女はハッと息を呑んだ。
「そんな顔するな……まだ、終わってないだろ?」
 後悔する前に出来る事がある筈だ。
 そう言葉を添えた彼に浮かびそうになった涙を呑み込む。そして頷こうとした時、鈍い光が飛び込んで来た。
「――ッ、ぁ……危機、一発!」
 腕に嵌めた銀製の盾で攻撃を受け止めたフィン・ファルスト(ib0979)は、後方で驚いた様に目を見開く竜姫に片目を瞑って見せた。
「もう大丈夫だよ! コイツらを蹴散らして、早く安全な場所に移動しよ!」
 言うと同時に舞い降りた迅鷹が、眩い光を発して彼女の黒い刀身に纏わり付く。
「ヴィー、行くよ!」
 体内から発した生命の光。それを全身に行き渡らせると、迷う事無く大地を蹴った。
「うおおおおおおおお!」
 凄まじい勢いで切り込んでゆく彼女に次いで、玖雀を支えた竜姫も後を追って駆け出す。
 そうして敵の中央から抜け出すと、巨大な蛙が彼女達を待ち構えていた。
「お嬢、これで人間は全部ですぜ」
「それじゃあ今からしばらくは、私の相棒が破壊槌にならせてもらうわ」
 言うが早いか、胡蝶(ia1199)は握り締めていた鞭の柄を振り仰いだ。この動きに相棒のジライヤが勢い良く飛び上がる。
「火事と喧嘩、貴方向きの仕事ね。頼むわよ……ゴエモン」
「合点承知! お嬢の為なら火の中水の中ァって、今回はオレが火を放つんですがね!」
 はっはぁ! と笑って口に含まれた気化油が一気に放出される。その勢いは目の前に迫る敵――否、周囲に存在する瘴気の樹木へ向けて放たれる。
『ゴォオォォオオッ!』
 油を吐くと同時に点けられた炎が瞬く間に木々へ移って行く。けれど肝心のアヤカシは無傷だ。
 死霊兵は己の住処を荒らす不届き者に狙いを定めると、手にしていた斧を振り下ろした。だがそれを胡蝶が遮る。
「邪魔させないわよ」
 パァンッ。と打った鞭が死霊の胴を叩く。直後、敵は胡蝶に狙いを変えて突き進んできた。
 けれどその足が彼女の元に届く事は無い。
「お嬢に触れる事は許しやせんぜ!」
 軽快に突っ込んだジライヤの体が、群の先頭に居た死霊に体当たりする。すると如何だろう。
「これは見事な将棋倒しであるな」
 ふわりと浮いた宝狐禅が楽しげに笑って状況を呟く。その声に苦笑すると、ウルグ・シュバルツ(ib5700)は前方の森を示した。
「起き上がる前に頼む」
「もう少し楽しい物を愛でる時間が欲しいものであるが……まあ、この先にもっと面白い者があるのだろう? ならば働くとするかの」
 宝狐禅は楽しげに一尾だった尾を揺らして五本に増やす――と、瞬く間に辺りが炎に包まれた。
「近寄るアヤカシ諸共、九尾炎で焼き払うてやろうぞ。我が炎、とくと知るがよい」
 言葉に違わぬ勢いの炎が、崩れた死霊を巻き込んで森を焼いてゆく。
「それ、もう一度見舞うぞ」
 くるん。
 身を回転させて再度炎を放つ。
 次々と上がる炎。それを視界に納めながら、上空でアヤカシの相手をしていた不破 颯(ib0495)が新たな矢を番えながら上空を見据えた。
 先のアヤカシの群の襲来。以降、新たな敵が来る気配はない。
「敵さんもそろそろ打ち止めかねぇ」
 冗談めかして零すが、そうであるならこれ以上に喜ばしい事は無い。だがそうでないのだとしたら、更なる長期化が懸念される。
「アルマ、無理してないと良いけど」
 出発前に友と交わした会話を思い出してケイウス=アルカーム(ib7387)が呟く。
「あの掛け合いを聞く限り、お互い様な気もするけどねぇ」
 彼等が交わしていたのは互いを心配する物。お互いに無茶をしない事が今回の約束事なのだが、双方で似たような事を言うと言う事は、お互いに思う所があると言う事だ。
「俺はそうでもないけど、アルマは本当に危なっかしんだよ」
 無茶しないって約束しても無茶するし。と膨れて見せるケイウスに、颯の目が微笑ましげに細められる。
 そして彼の瞳が地上に向かうと、炎の手は既に魔の森が覆う山脈の中腹を越えていた。


「そうか、この先は更に急な崖に……」
 无(ib1198)は上空から情報を持って戻って来たケイウスの言葉に耳を傾け、そして眼鏡を僅かに光らせた。
「障害物は壊せば良いと思うけど、崖みたいな坂道は避けた方が良いと思うな」
 この先の山脈は2通りの進み方があると言う。
 1つは山脈の急な崖を駆け上がる方法。もう1つは迂回して比較的進みやすい道を進行する方法。
 ちなみに迂回経路には巨大な障害物があるのも確認済みだ。
「確かに障害物は退かせば済むだろうね。でもそちらは敵の数が多いでしょ?」
 そう。无の言うように迂回経路は道こそ楽だが敵も多い。アヤカシと言えど、進み易い経路を選ぶのは同じと言う事だ。
「私が確認した限りですと、崖は登れない程酷いと言う訳では無さそうです。龍の相棒を携える冒険者も多い事を顧みて、このまま進軍するのは如何でしょう」
 今まで静かに報告に耳を傾けていた各務原 義視(ia4917)は、自らが招いていた人魂を回収すると无とケイウスを見て首を傾げた。
「山頂にさえ辿り着けば崖の上へ招く方法は幾らでもある」
 違いますか? 戦場に在って冷静な声音で綴られる言葉に无が微かに俯く。そしてこれまでの遣り取りを聞いていた月宵 嘉栄(iz0097)に目を向けた。
「……私達はこのまま前に進もうと思うけど、霜蓮寺の僧兵さん達は如何するかな?」
 戦力の分散は避けたい所だが、霜蓮寺の僧兵で騎乗できる龍を携える者は少ない。
 それを考えると別れて進む事になるだろうが――
「退路確保にこの場に残りましょう」
 開拓者の中には護刃の様に退路確保と拠点確保に動く者がいる。そうした者達の援護をする事も、この作戦を成功させる近道だと嘉栄は言う。
「ならば此処はお任せしようかね」
 无はそう言うと、目前に迫る崖を見上げた。
 其処に新たな声が響く。
「話が纏まったみたいだな」
 素早く鋼龍の背に跨ったキース・グレイン(ia1248)は、手綱を握り締めると龍の背を優しく叩く。
「グレイブ、皆を安全に移動させる為に手を貸してくれ」
 敵が少ないとは言え、空にも敵は存在する。
 もし崖を登っている最中に襲われれば一溜りもないのは間違いない。
 キースは龍の脇を軽く蹴ると、軽やかな動作で上空に舞い上がった。これに駿龍の背に跨った鎌苅 冬馬(ic0729)も同伴する。
「俺も露払いに行こうかな」
 空に向かう仲間の姿を見送りながら緋那岐(ib5664)が呟く。その声に嘉栄が目を向けると、彼はふと思い出したように問い掛けた。
「そう言えば、すっげぇ久しぶりー。ゴンちゃんどうしてるかなぁ?」
「ゴンちゃんさんにはお留守番をして頂けるように頼んできました。今頃は大人しく帰りを待っているかと」
 行きたいとずっと言っていましたが。と笑う嘉栄に「そっか」と言葉が漏れる。
「まあ、また今度挨拶に行くよ」
 それじゃ。そう言葉を残して空龍の手綱に手を伸ばすと、緋那岐は身軽に飛び乗って空に舞い上がった。


 山の向こうに沈みそうになる夕日。
 炎に呑まれる様に動くその姿を見詰める露草の耳に、空を割る様に高い笛の音が届く。
『ピーーーーッ! ピーーッ!』
 これはリンカが警告の為に吹き鳴らしている物だ。
「炎が近付いているですって……風向きが変わったのでしょうか」
 呟く彼女の声に、心配げな視線が向けられる。
「大丈夫ですよ。動けるようなら移動してしまいましょう。この辺りは安全の様ですし」
 彼女が居るのは魔の森であった場所だ。
 護刃の働き掛けもあって、魔の森を焼いた炎の鎮火作業は順調すぎるほど巧く進んでいる。
 このままいけば、魔の森を焼き払い終える事には鎮火も終わるだろうか。
「さて、わしらも動くとするかの」
 大丈夫かの? そう声を掛け、護刃が怪我の手当てを受けていた玖雀と竜姫を見遣る。
「……大丈夫よ」
 これに頭を下げる形で立ち上がると、竜姫は沈痛の面持ちで玖雀の腕を取った。
「っ、……」
「! ごめん……」
 支えるつもりが傷口を刺激したらしい。
 苦痛に顔を歪めた彼に謝罪をして手を差し伸べ直す。と、その額を彼の指が弾いた。
「な、何……?」
「そんな顔すんな。どんな傷より、お前にそう言う顔される方が痛い――笑ってろ」
「!」
 言葉が終わると同時に向けられた微笑みに顔が一気に熱くなる。
 こんな風に一喜一憂している場合ではないのに、もっと自分の行いを悔いなければいけないのに、それなのに嬉しくなるのは如何してだろう。
「あー……良い雰囲気を邪魔する様で申し訳ないんじゃが、そろそろ移動した方が良いのではないかの」
 ゴホンゴホン、と咳払いをして森を示す護刃に、竜姫が慌てて頭を振る。
「そ、そうだよ! 早く移動しなきゃ!」
 言って玖雀の腕を取ると、彼は再び痛みに顔を歪め、そして笑ったのだった。

 その頃、風に流れる自らの髪を横目に、からすは崖の上を目指す開拓者を見詰めていた。
「風向きが変わった、か?」
 焼け焦げた匂いを運ぶ風。
 それが当初の向きと真逆に吹き始めている。それは魔の森で焼き払いに興じる仲間の身に危険を与えかねない事項だ。
「疲労も重なっている今、これが凶と出なければ良いが……」
 彼女はそう言うと、再び飛来してくるキマイラに矢を向けた。
 そして時を同じくして、魔の森で焼き払いの作業に興じていた真名(ib1222)は、闘いで得た疲労感を持て余すように息を吐いていた。
「幾ら力を回復しても間に合わないわね」
 そう零す彼女は闘い始めてから何度目かの瘴気回収を行う。その上で周囲に目を配ると、未だに健在な魔の森に眉を潜めた。
「ローザ、大丈夫?」
 そう声を掛けた先に居たのは、自らを姉と慕ってくれるローゼリア(ib5674)だ。
「ええ、まだ大丈夫ですわ」
 彼女は目の前に広がる魔の森に目を向けると、手にしていた魔槍砲を構えて大地を踏み締めた。
 そうして放ったのは、木々を薙ぎ払う強烈な一打だ。けれどそれを放つと同時に、彼女の顔に疲労の色が浮かんだ。
 この疲労、ローゼリアが攻撃を放つ毎に濃くなっている。それは誰の目にも明白で、ローゼリアが言うように「大丈夫」とは到底思えない程だった。
「……姉さん。これ以上は道を広げるより、前に進んだ方が良いかもしれないわね」
 真名は玉狐天と同化した事で得た獣耳を揺らして呟くと、ローゼリアに心配の眼差しを向けた。これにアルーシュ・リトナ(ib0119)も同意する。
「そうですね。これ以上無理をすればローゼリアさんも真名さんも倒れてしまいます。皆さんと同じように崖上を目指しましょう」
 彼女はローゼリアに歩み寄ると、彼女の頬に触れて疲労に塗られた顔を覗き込んだ。
 その直後、彼女の目が上がる。
「風の音が――」
「姉さん!」
 風の音が変わった。そう言葉を紡いだ矢先、突風のような風が辺りを包み込んだ。
 これに真名が慌てて手を伸ばす。
「ッ、ぃ……!」
 腕を焼くような痛みに眉を潜める。けれど伸ばした手を引っ込める事はなかった。
「真名さん、離して下さい!」
「真名お姉さま!」
 2人の声は届いている。
(ここで、腕を緩めたら2人は……そんなの、駄目!)
 ギュッと2つの温もりを抱き締めて、風が納まるのを待つ。そうして次第に風が弱まると、彼女は2人を引き摺る様にして炎の中から抜け出した。
「……、……」
 ドサッと重い音を立てて真名の体が崩れ落ちる。が、彼女の頭が地面に落ち切る前に、アルーシュが彼女を抱き止めた。
「なんて無茶をするんですか! フィアールカ、真名さんを拠点に運びます」
「……待っ、……ローザを、置いては……」
「わたくしは大丈夫ですわ。直ぐにお姉さま方を追い駆けます。ですから急いで拠点へ行ってくださいですの!」
 でも。そう真名が反論しようとした時、3人の前にもう1人、炎に巻き込まれた形で現れた人物がいた。
「……大丈夫、この火は導く灯だ。大丈夫」
 ゆっくりと流れて行く炎をやり過ごし、アルマはゆっくりと息を吸い込んだ。だがその目が直ぐに見開かれる。
「その怪我!」
 真名とローザリア、そしてアルーシュを目にした途端に駆け寄ってきた彼に、アルーシュが呟く。
「私達を庇って炎を……これから拠点に戻る所です」
「拠点に……」
 確かにその方が確実に治療できるだろう。だが応急処置は必要だ。
「僕の唄で役に立てば良いけど」
 アルマはそう言うと、竪琴を構え、静かな音色を奏で始めた。
「……精霊の唄」
 アルーシュの囁く声に、アルマが静かに頷く。
 優しく穏やかに降り注ぐ歌は、真名は勿論、ローゼリアやアルーシュをも優しく包み込む。
 それは戦場に在りながら得た安らぎそのもので、3人は安堵の表情を浮かべて、アルマの唄に耳を寄せた。


 崖上に到着した義視は、最後の砦と言わんばかりに待ち構えていた死霊兵を前に、生命力を喰らうと言う刃を引き抜いていた。
「出来れば頭だけを使いたかったのですが……仕方ありませんね」
 こうも大量に湧かれては倒さない訳にはいくまい。それにこの大量の死霊兵の後ろには冥越がある。
 それこそ目と鼻の先程に近くに。
「全てを知りたければ冥越の阿久津山へ行け――答えはもう直ぐだね」
 无は肩に乗ったナイを招いて自身の符を取り出す。そうして目の前に翳すと、最後の仕事と言わんばかりにありったけの力を込めて練力を送り込んだ。
 そうした行動に出たのは无だけでは無い。
 キースもまたそうした者の1人。
「グレイブ、援護は任せたぞ」
 言って、大地に下りると拳を握り締める。
 その上で自身の体を確認すると、出来上がった無数の傷に苦笑を零した。
「まあ、何とかなるだろう」
 それよりも何よりも、今は此処を突破するのが先。
「――行くぞ!」
 キースは大きく息を吸い込むと駆け出した。そして目の前に立ち塞がる敵目掛けて一気に拳を叩き込む。
『ゴォォオオンッ!』
 瘴気を巻き上げて1体の死霊兵が倒れ込む。これに別の死霊兵が動き出すと、辺りは一気に戦場へと化して行った。

 乱戦へと雪崩れ込んでゆく地上を見据え、颯が注意深く敵と味方の位置を確認する。
「巻き込まない位置は……っと、あそこかねぇ?」
 進行してきた崖の道。其処から僅かに進んだ先が冥越だ。その冥越の手前で陣を組む鬼道験者らしき存在が見える。
 其処はまだ開拓者の到達していない場所。
「一か八か、射抜いて見るかねっ!」
 ギリギリまで引いた弦がギチギチと音を立てる。そんな彼の後方で低い唸り声を上げながら近付くモノがいた。
 全身を傷に覆われ、腐臭を放ちながら近付く龍――屍龍だ。
 屍龍は颯の姿を捉えると、更なる声を上げて彼に喰らい掛かった。その動きは彼の胴を食い破る程だ。
 けれど颯は動かない。
 彼は目の前に在る鬼道験者の群を見詰め、其処に狙いを定めている。
「ちょっ、逃げないと危ないって!」
 ケイウスが慌てて龍の軌道を調整して駆け付ける。だが間に合わない。
『グォォオオォォッ!』
 瘴気を放って牙を剥いた屍龍が颯の胴に喰らい――ついていない!
「間一髪、かな?」
「微妙な所だな」
 屍龍の牙が颯の肩を裂いたが、殆ど無傷に近い。その成果をもたらしたのは竜哉の放った鋼の鞭とウルグの銃弾だ。
『ゥゥゥグゥルルッ』
 鞭で口を塞がれてもがく龍の口を更に締め上げる。すると、銅線に付いた刃が締まる度に食い込み、龍に傷を刻んでゆく。
「流石に、いつまでも抑えているのは厳しんだけど……まだかな?」
 軽口を叩きながらも冷や汗が額を伝う。
 彼が言うように屍龍は人間よりも遥かに大きい。その存在を鞭1つ、しかも口を縛るだけで抑えているのだから当然と言えば当然だ。
「効果、ありますように……!」
「この曲は……」
 穏やかに鳴り響く竪琴の音色にウルグが銃を撃つのを辞める。そして本当に僅か後――
『グルル、ル……グゥ……』
 宙を舞っていた龍の巨体が地面に落ちた。
 凄まじい衝撃で落ちた龍に、死霊兵らの人が崩れる。そしてそれを合図に、今まで貯められていた颯の矢が放たれた。
『ゴォォオオォオオオッ!』
 瘴気を纏った矢が、周辺の気を巻き込みながら渦を作って行く。そうして矢が1つの衝撃波となって鬼道験者の列に突っ込むと、それを待っていたフィンと久遠が踏み出した。
「突撃はあたしの得意技っ!」
「一気に押し切ります!」
 勢いよく斬り込んでゆく2人に後続も続いて斬り込んでゆく。
 そうして最後の敵を切り崩すと、彼等の前に新たな景色が飛び込んで来た。
 薄らと瘴気を纏う景色は、魔の森とも他のどの国とも違う雰囲気がある。
「これが……冥越……」
 誰ともなく零された声に、無意識に息を呑む音がする。そして彼等の作って来た道にも変化が起き始めていた。

 冥越への道を突破され、負けた事を理解したのだろうか。
「アヤカシが、退いて行く……?」
 築き上げた拠点で治療を受けていた真名は、空を黒く染めながら去って行く存在に気付いて声を上げた。
 それにローゼリアとアルーシュも気付いて顔を上げる。
「……勝った、の?」
 玖雀の傍に寄り添うようにして空を見上げた竜姫は、冥越へと逃げて行くアヤカシを見て、これが終わりではなく、始まりである事を感じていた。