夜の桜に映る想い
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/04/29 09:20



■オープニング本文

●雪日向花鳥邸
 まるで血で綴ったかのようなどす黒い文字。殴り書きにされたそれを辿り、今は「紅林(こうりん)」と名を変えた楠通弐(iz0195)が目を眇める。
「……生きて、いたのね」
 ポツリ、零した声に反応する様、傍で様子を窺っていた盲目の少女――花鳥が顔を上げる。
「紅林、その文は……」
 声からも、表情からも心配している事が伺える。その事に複雑な表情を浮かべると、通弐は静かに文を閉じた。
「紅林へ宛てた手紙だったわ。私には関係の無い話ね」
 呟き、吐いた嘘に戸惑いを覚える。
 人間として感情を覚醒させて僅か、戸惑うことばかりが増えて行く。
(前は嘘を吐く意味が理解できなかった。でも今は理解できる……人間って、不思議……)
 知れば知る程に理解不能な存在だが、それでも興味は尽きない。
 何故今まで力しか求めなかったのか。何故今まで人間を見下していたのか。何故――
 考え出したらキリがない。と、其処まで思考を巡らせた所で、花鳥の髪に花弁が付いている事に気付く。
「花鳥……外に出たの?」
 本物の紅林が亡くなって以降、花鳥が外に出る事は無くなっていた。だが彼女の髪に花弁が付いていたと言う事は、外に出たと言う事だ。
 問いかける通弐に花鳥の首が戸惑いながら縦に揺れる。
「母様の遣いの者が来て、共に外へ……」
「花鳥の母……そう、いよいよなのね」
 双子の姉である紅林の亡骸を、楠と偽って開拓者ギルドに報告した件。この真実は事件に関わった者達の心の奥底に仕舞われた。
 けれど花鳥の父、安香(あこう)が花鳥を襲った事実は密やかにだが貴族たちの間に広がった。
 結果、安香は遭都から去る事になり、花鳥は彼女を愛している母の元へ引き取られる事になったのだ。
「紅林。紅林は一緒に来ないのかえ? 紅林さえ良ければ母様も是非と――」
「行けないわ」
 言葉を遮って放たれた言葉に花鳥の顔が落ちる。そうして握り締められた幼い手を見て、通弐は手にしていた文を密やかに握り締めた。
「楠通弐の死を確実にする為に、私は姿を消すの。ひっそりと……それこそ辺境の、賞金首の存在を知らない人間が居るような場所で」
 そう。自分を生かす為に亡骸を差出した紅林の意思を無駄にしない為にも、密やかに生きていく必要がある。
「安心して。もう人間は裏切らないわ。誰も傷付けないと約束する……だから、離れましょう」
 紅林が大事にした花鳥に安全をあげる為にも必要な事。そう言い聞かせて、通弐は彼女の手を取った。
 その仕草に花鳥が緩く顔を上げる。
「……紅林。ならば、最後に願いを聞いてはくれぬかえ」
「願い?」
 思わぬ言葉に通弐の目が瞬かれる。
「明日の夜桜祭りに一緒に行って欲しい」
「夜桜って……でも、花鳥は……」
 目が見えない筈。そう言葉を呑み込み、戸惑う通弐に花鳥は言う。
「どんな景色が広がっているか、紅林が教えておくれ。紅林の言葉で、紅林の思うままに……駄目かえ?」
 伺うように顔を見上げてくる眼差しに息を呑む。その上で花鳥の手を取っていない、文を握り締めた方の手に視線を落とすと、彼女の瞳が僅かに揺れた。
「……わかったわ。一緒に行きましょう」
 通弐は静かにそう告げると、この後、密やかに開拓者ギルドへ依頼の文を出した。
 勿論、依頼人「紅林」として。


■参加者一覧
パラーリア・ゲラー(ia9712
18歳・女・弓
フィン・ファルスト(ib0979
19歳・女・騎
朱華(ib1944
19歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
ミシェル・ヴァンハイム(ic0084
18歳・男・吟
白葵(ic0085
22歳・女・シ
鎌苅 冬馬(ic0729
20歳・男・志
樂 道花(ic1182
14歳・女・砂


■リプレイ本文

 ――黒の闇に浮かぶ白い花が、これでもかと言うくらいにあちらこちらで咲き誇っている。
 桜を繋ぐのは明りの灯った赤い提灯だ。その合間には絶える事無く出店が並び、人通りもかなり多い。
「……紅林は、この景色を見てどう思うかえ」
 白猫の面を被った楠通弐(iz0195)に手を取られ、最後まで言葉を聞き終えた花鳥が問う。この声に通弐は戸惑うように視線を桜並木に向け、そして首を傾げた。
「桜、とは思うかしら」
 内に込み上げる何かはあるが、それが何と呼ぶのかはわからない。そう零した通弐に、傍で話を聞いていたパラーリア・ゲラー(ia9712)が囁く。
「綺麗とか可愛いとか、表現方法があるにゃ」
「綺麗……可愛い……?」
 言われて再び桜に目が行く。
 桜は桜。闇に光る様に咲き誇る桜は昼間見るそれとはだいぶ違う。もしこれを言葉にするのなら――
「綺麗、かしら」
 ポツリ。
「そうか。紅林は綺麗と感じるのかえ。なれば、本当に綺麗なのだろうね」
 零れた感想に嬉しそうに笑う花鳥。それを見ていた樂 道花(ic1182)の口角が上がった。
「なんだ。ちゃんと表現できるじゃねぇか」
「本当だねぇ……それにしても、やっぱ天儀の桜って、綺麗だよねぇ」
 ほうっと感嘆の溜息を零したフィン・ファルスト(ib0979)にミシェル・ヴァンハイム(ic0084)も頷く。
「ああ、綺麗だな」
 まるで呆けた様に零された声に道花の眉が上がる。
「ミシェル〜? お前、見てる方違うくなねぇか?」
 如何見ても視線は桜と言うよりは通弐な気がする。それを密かに指摘すると、ミシェルの顔が物凄い勢いで戻って来た。
「な、何を――」
「まあまあ。それよかあの面はフィンが貸したんだろ? 良く承諾したな」
 良くも悪くも通弐は頑固だ。その頑固者を良く説得出来た。と思ったのだが……。
「『お祭りの時ぐらいそんな隠し方はやめときなよ、逆に目立つよ?』って言ったらあっさり付けてくれたよ」
 苦笑気味に笑うフィンにミシェルと道花が顔を見合わせる。と、其処に声が響いた。
「あぶなっ!」
 何かに躓いた花鳥を白葵(ic0085)が抱き止めたのだ。
「いきなり触って堪忍な?」
 通弐が動いているのも見えたが、彼女の動き方では花鳥の肩が抜けてしまう。それを防ぐための策として先に手を出したのだが、やはり初対面の相手にいきなり触られるのは良い気がしないだろう。
 そう思っていたのだが、花鳥の反応は違った。
「大丈夫です。それよりも折角の祭りの席で護衛など頼んでしまい、申し訳ありませんでした」
 小さな頭が縦に揺れるのを見て、白葵は慌てて動きを制した。
「そんなん……仕事でもしてへんと、余計ない事考えてまうから……」
 極々小さな声は喧騒に飲まれて消えてしまう。けれど花鳥の耳だけは、彼女の音を捉えていた。
 花鳥は柔らかく微笑むと、白葵に頭を下げ、彼女に隣に立ってもらうよう頼んだ。その心遣いに白葵の唇に微かな笑みが浮かぶ。
「では、改めて行きましょうか」
 一度止まった歩みを進めようと、周囲を伺っていた長谷部 円秀 (ib4529)が皆を促す。
 この声に歩き出すのだが、まあこの一考、目立たない筈がない。
「随分と色男が集まってるじゃないのさ」
「いやいや可愛い子も多いぞ」
 通り過ぎる度に耳を打つ声。これに道花の唇がニイッと歪んだ。
「ミシェル、可愛いってさ」
「はあ? 如何考えても色男の方だろ。そんな間違い――」
「そうか。ミシェルは可愛いのか」
 何処から聞いていたのか、唐突に呟いた通弐にミシェルの顔色がサッと変わる。
「紅林。可愛いって言うのは俺みたいな男は指さないんだ。差すなら……そう、こういうのを言うんだ」
 そう言って目に飛び込んで来た品を指差すと、通弐の足が止まった。
 ミシェルが指差したのは白い人魂に似せて作った装飾品だ。
「紅林。何か見付けたのかえ?」
 慌てて近付こうとする花鳥を見止め、朱華(ib1944)が人垣を避けて道を作った。
「自分で行ってみるか? そう距離もないし、危ない時は彼女が助ける」
 な? そう眼を向けた朱華に白葵の目が僅かに見開かれる。
「そ、そやね。白が助けたる」
 2人の気遣いに笑みを深めた花鳥が、誰の手も借りずに通弐の傍に歩み寄った。
「花鳥。とても『可愛らしい』飾りよ」
 そう言い置いて手にした装飾品を彼女の頬に添える。そしてもう1つ同じ飾りを手に取ると、店主に代金を支払って腕に添えられた手を取った。
「この飾りは人魂を元にしているらしいわよ。人魂は人の魂……姉を傍に置いていてくれたのと同じように、この飾りも貴女の傍に置いてちょうだい」
 自分は傍に居れないけれど、せめてもと。
 そう告げる通弐に、花鳥は手に乗せられた飾りを握り締め、小さく頷きを返した。
 この一連の流れを、離れた位置で周囲を警戒しながら見ていた鎌苅 冬馬(ic0729)は、ふとある事に気付いた。
「……『紅林』という人、誰かに似てるな」
 何処で見たのだったか。
 記憶が曖昧で特定できないが誰かに似ている気がする。
「……ま、そんな事はどうでもいいか」
 自分が此処に来たのは誰かを詮索する為ではない。此処に来たのはあくまで依頼の為。
「他人の事情の奥深くまで首を突っ込むつもりはないしな……例え、彼女がどんな人物であろうと、な」
 冬馬はそう呟くと、歩き出した一行の後ろから祭り会場の中を歩き始めた。


 一行は疲れたと零した花鳥の言葉を尊重し、桜の見える川辺に下りてきていた。
「此処までは何もなし、か……」
 依頼を出すくらいなのだから確実に何かあると思ったが、拍子抜けするくらいに何もない。
 朱華はパラーリアと冬馬と楽しそうに話をする花鳥を見詰めながら、彼女に掛けた言葉を思い出していた。
『……俺が、目で見て感じてる事を、雪日向さんは耳や鼻や肌で感じてるんだな…。そういうのは、特技だと思う』
 世の中にはまだまだ自分の知らない世界が沢山ある。そして今回、その内の1つを垣間見たのだが。
「……難しいな」
 そう零した時だ。
「あの、は……朱華、さん」
 袖を引く感覚と、戸惑いながら駆けられた声に視線を向ける。
「白葵さん?」
 視線を向けた先に居たのは、月を背に俯く白葵だ。彼女は如何したのかと首を傾げる朱華を見上げると、意を決したように唇を開いた。
「こないだの話……まだ、有効、やろか?」
 先日、雪が溶けても一緒に住むかと聞かれ、保留にしていた答えを切り出す。
「もし、よければ……ふ、不束者やけど…白、お邪魔してもかまへんやろか……?」
「俺は……勿論、大丈夫だが。……白葵さん、何かあったか?」
 一度は保留にとされた話。それを切り出すとは何かあったのだろうか。
 思わず問いかけたその声に、白葵の微かな陰りが覗く。けれどそれも一瞬の事で、彼女は安堵の表情を顔に浮かべると、大きく頭を下げた。
 その脳裏に浮かぶのは、消えてしまった家族の姿。
 里帰りをして家だけが残っていたその状況を思い出すと胸が痛む。けれど、もう1つ胸を騒がす事があった。
(朱華さんは真面目やし、仕事やから彼女を優先にしたんや……なのに、なんで胸が気持ち悪いんやろう……)
 意識しないでも笑顔を作れる術。それで気持ちを隠していたが、彼と話した事で再びその気持ちが浮上してきた。
 また、仮初で笑顔を作らなければ。
 そう思っていた白葵の頭に温かで優しい手が触れる。
「……ん。これからも、宜しくな」
 顔を上げた先に在った小さな笑み。その笑みに、先程まで浮かんでいた気持ちが消えて行く。
 白葵は今日初めて浮かべた本物の笑顔で彼の言葉に応えた。

 その頃、花鳥と話をしていたパラーリアは、彼女の目の話を思い出して胸を痛めていた。
『花鳥の目は、彼女が生まれて間もなく消えたそうよ。だから彼女の知っている色は彼女の想像の色なの』
(もしかしたら、色なんてないのかもしれないにゃ……)
 生まれて間もなくと言う事は花鳥の記憶になくても仕方のない年月。でも――
「花鳥ちゃんは目が見える様になったらどうしたいにゃ?」
 花鳥は高熱を出し、それが原因で視力が消えたと言うのだ。
 ならば探せば視力回復の方法が見つかるかもしれない。そしてもし視力が戻ったら、花鳥は何をしたいだろうか。
「紅林と散策してみたいです」
 ふわっと微笑んだ彼女にパラーリアの唇が笑む。
「……渡すなら今だろう」
 言って、冬馬が差し出したのは、パラーリアが道中に貰って来た桜の枝だ。
 彼女はそれを受け取ると、花鳥が感じ易いようにそっと手に持たせて鼻に近付けた。
「良い、香り」
「いつの日か、花鳥ちゃんの目で紅林さんを、桜を、そして世界を見て欲しいにゃ」
 心からの言葉。これに花鳥は嬉しそうに笑顔を零すと桜の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 そして通弐はと言うと。
「……紅林」
 桜を背に川を見詰めながらフィンが呟く。
 それに応えるでもなく膝を着くと、彼女は傍を流れる川に手を差し入れ彼女の声に耳を傾けた。
「開拓者ってね、普段顔を隠して過ごす人ってそれほど珍しくないの。だからまあ、顔を隠して暮らす分には不都合はそこまででもないと思うんだけど……」
 確かに、これまで見てきた開拓者には、顔を隠している者も居た。だからフィンの言うことも良くわかる。
 けれど、
「なんかさ、あんた、花鳥さんから離れようとしてる理由、顔の事だけじゃないんじゃない?」
 内に浮かんだ言葉を掻き消す声に、仮面の下の唇に自嘲に似た笑みが浮かぶ。
「『あの人』だったら、あんたに花鳥さんを守ってもらえたら、とても喜んだかなって思うとさ」
 通弐が何処かに行ってしまうのは嫌だ。
 そう声を大きくして叫べればいいのに……。
 そんなフィンの想いを汲み取ってか、川から手を離すと、通弐は立ち上がってフィンを振り返った。
 その視界に此方を伺っている道花やミシェル、そして円秀の姿も飛び込んでくる。
「その様子ですとやはり旅立つんですね」
 此方に気付いた様子の通弐に近付きながら円秀が問い掛ける。それに頷きを返すと、彼はやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「まぁ、普通に新たな門出を祝して、おめでとうと言っておきましょう。無論、負けた悔しさはありますが、自分の未熟故と思えば仕方なし。後、私は基本的に美人の味方なので」
 そう笑いながら手を差出す。それに目を落とすと、通弐は少しだけ躊躇ってその手を取った。
「次は踏み外さないように。間違ってもやり直せるのが人生……次間違ったとしてもそれを正せば良いだけのこと。まあもし間違っても、次も私たちが正しますから」
 そう言って円秀は彼女の手を軽く握り返した。そしてその手を離すと、今度は道花の手が伸びてくる。
「お前が生きてて良かったよ、紅林。死のうとした時は、すっげー焦ったけどな!」
 言いながら取った通弐の手を握り締めながら、道花はニッと口角を上げて続ける。
「だってお前の命、誰が救ってやったと思ってんだって、思ったからさ……生きて欲しいって言われたら、何が何でも生きるんだよ。そんで幸せになる! それが償いの仕方でもあるし、『通弐』の願いを叶えることにもなるんだからさ!」
 だから約束な。
 そう言葉を切って手を離す彼女に、通弐の視線が落ちた。
「お前はもう、一人じゃねぇ。お前をきちんと受け止めてくれる、受け止めようとしてくれる人が、これだけいるんだぜ? だからまた変に歪んだりすんなよ?」
 頼られたら、喜んで手を貸すよ。
 心に響く言葉に声が出ない。
 何かを返すべきなのだろうが、自分には返せる言葉がない。
「……フィン」
 漸く絞り出した声に、フィンは訝しむように通弐を見た。
「私は守るために離れるの。貴方たちが居るから、離れられるの」
 先の言葉の答え。
 神楽の都には――否、天儀には心を許せる者たちが居る。もし何かあっても彼等なら駆け付けてくれるだろう。
 そう確信が持てるから、動く事が出来る。
「紅林さん」
 一種の覚悟のような物を覗かせる通弐に、花鳥を連れたパラーリアが近付いてくる。
「行くなら……花鳥ちゃんのコトが好きならちゃんと言葉にしてあげた方がいいとおもうのにゃ」
 そう言って花鳥の背を押す。
 これを受けて通弐も歩き出すと、彼女は小さな体を抱き締めた。
「……ありがとう。好きよ」


 夜桜祭りの後、花鳥邸には花鳥の母の使いが数名訪れ、彼女の出立の準備を始めていた。
「さようなら、花鳥」
 屋根の上に腰を据えて時を見計らっていたが、そろそろ出立した方が良いだろう。
 通弐は自分そっくりの人形に目を落とすと、それと共に持っていた文にも目を落とした。
「……守って見せるわ」
 小さく口にして立ち上がる。と、その耳に足音が響いた。
「紅林……いや、楠」
 振り返った目に、ミシェルの姿が飛び込んでくる。
「何故、此処に……」
 屋根の上に来る酔狂が自分以外にも居ようとは。
「言っただろ、あんたを守るってさ」
 確かにミシェルはそう言っていたが、それは今関係あるのだろうか。
 そう不思議に思っていると、ミシェルが小さく笑った。
「あの時の言葉。それは、たった一瞬だけの話じゃないんだ」
「?」
「俺は楠と一緒に居たいんだ。守るって約束したからには、最後まで貫き通す。例えあんたがどういう選択をしようと、俺はあんたを守り続ける」
 真っ直ぐに向けられる視線と言葉を受け、彼女の顔を覆っていた布が解かれた。
 ようやく見えた通弐の顔を見詰めながらミシェルは言う。
「もう決めたんだよ。たった今決めた。――一人になんか、させねえよ」
 どんな事があろうと一緒に居る。そう言い切った彼に、通弐の唇が動く。
「そう。ミシェルは私が好きなのね。でも、私はわからない」
 本で見はしたものの、男女間の「好き」と言うのはわからない。けれどわかっている事はある。
「そう、ね。ミシェルと離れたくないと言う言葉は浮かぶわね」
「それじゃあ!」
「連れていけない」
 ハッキリ言われた言葉に口の中が一気に乾く。けれどそれを知ってか知らずか、通弐はミシェルに歩み寄ると、間近で彼の顔を見詰めた。
「これ。貴方にあげるわ」
 直接手渡されたのは、先程花鳥に渡していたのと同じ、人魂の装飾品だ。
「これは私の魂よ。私の命を貴方にあげるわ。だから、何かあった時には私を殺して」
「なっ」
 あまりに飛躍した言葉に目を見開く。と、次の瞬間には、彼女は離れた屋根の先に居た。
「私を守ってくれるのなら、人間として歩み始めた私を守ってちょうだい。私は案外、今の自分が嫌いではないの」
「それなら尚の事傍に――」
「それでは意味がないのよ……またね、ミシェル」
 風に靡かせた布を顔に巻き、通弐はそのまま去って行った。
 それを呆然と見詰めていたミシェルの膝が屋根の上に落ちる。
「なん、なんだ……」
 そう呟いた彼の頭上では丸い月が煌々と輝いていた。