【泰動】怪しきは【浪志】
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/10/23 11:24



■オープニング本文

●世をしのぶ
 天儀西に位置する国、泰。
 その泰から、春華王が天儀へ巡幸に訪れているという。
「こちらでは、お初にお目にかかります。茶問屋の常春と申します」
 少年がそういって微笑む。
 しかし、服装や装飾品こそ商家の若旦那と言った風であるが、その正体は、誰であろう春華王そのひとである。
「相談とは他でもありません」
 その泰では、近年「曾頭全」と呼ばれる組織が暗躍している。そこではもう一人の春華王が民の歓心を買い、今の春王朝に君臨する天帝春華王を正統なる王ではない、偽の王であると吹聴して廻っていた。
 だが宮廷の重臣らは危機感が薄く、動きが鈍い。彼は開拓者らと共に、宮廷にさえ黙って密かにこれを追っていたが、いよいよ曾頭全の動きが本格化してきたのである。
 開拓者ギルドの総長である大伴定家が小さく頷く。
「ふうむ。なるほど……」
「是非とも、開拓者ギルドの力をお貸しください」

●浪志組屯所
 浪志組屯所の広間に集められた幹部等は、真田悠(iz0262)の話を耳に各々思案気に表情を引き締めていた。
 その中の1人、天元 恭一郎(iz0229)が問う。
「要するに、お忍びで来ている春華王に危害が加わらないよう、巡視の強化をすれば良いんですよね?」
「まあ、そう言う事だ。だが出来るなら、その事は伏せて強化だけを頼みてえ」
 真田がそう言うには訳がある。
 もし春華王がお忍びで都に来ている事が明るみに出れば、彼のこれまでの苦労が水の泡になる可能性もある。
 浪志組は王から直々に沙汰を貰った訳ではない。大伴の翁より内密に連絡を貰って此度の巡視強化に到ったに過ぎないのだ。
「前に出過ぎず、かと言って手を出さねえ訳にもいかず。難しいところだが、俺はてめぇらと隊士を信頼してる。出来るよな?」
 全員を見回すように向けられた視線。この眼差しと言葉に逆らえる者が居るだろうか。
 恭一郎はフッと口角を上げると、彼に見えるよう頷いて見せた。
「正直に言えば全員に頼むのではなく僕にだけ頼んで欲しかったですが、この場合は仕方ないですよね」
 そう紡いだところで居住いを正す。
 そして真っ直ぐに真田を見ると、彼は堂々とした声音でこう告げた。
「浪志組三番隊、局長の命に従い巡視強化に当ります。その際、信のおける相手であれば手を借りる事は可能ですか?」
 先程の言葉を聞く限り浪志組内部で事を済ませたい様にも聞こえる。だが手は多い程助かるのも確か。
「春華王の事を伏せときゃ問題ねえ」
 真田はそう告げると、他の面々にも聞こえる様「頼むぞ」と言葉を締め括った。


 恭一郎は隊士等を引き連れながら、巡視強化の為に市場を訪れていた。
 其処彼処から響く喧騒は市場が賑わっている証拠。それを耳にしながら「ふぁ」っと恭一郎の口から欠伸が漏れた。
「恭さん、巡視中に大欠伸とか……真田さんに見付かったら怒られますよ」
 呆れた口調で囁く隊士に恭一郎はしれっとして肩を竦める。
「見てないから大丈夫です。それよりも」
 そう零して視線を流した先。
 それに釣られるように皆の視線が動く。其処にあったのは一軒の露店だ。
 見た所、土産物を扱っているのだろう。見た事もない小物や食べ物を扱う露店では、ガタイの良い男が愛想よく笑って客の相手をしている。
「誰か、あの店に行って泰国の菓子が無いか見て来てくれませんか」
「は? 今は巡視中ですけど……」
 恭一郎が菓子を好きなのは、金平糖を持ち歩いている事からも容易に想像がつく。とは言え、今は仕事中だ。仕事中に自らの趣味趣向を漁るのは如何かと思う。
 そう表情を曇らせた隊士に恭一郎の目が楽しそうに細められる。そして僅かに口角を上げると、隊士の頭の上に手を置いた。
「君、僕に逆らうんですか? へぇ、良い度胸してますね」
 声音も表情も優しいのだが、隊士は何故か背筋に寒いものを感じた。その瞬間、大きく首を横に振って駆け出す。
「い、いってきます!」
「はぁい、いってらっしゃい」
 ヒラリと手を振って見送り、その上で残った面々に囁く。
「露店を囲むように待機して下さい。僕が合図をしたら即露店の店主と他の店員を確保するように」
 恭一郎はそう言い置くと露店へと歩いて行った。そして露店の品を眺める隊士の後ろから店の品を眺め見る。
「あ、恭さん。泰国の菓子がありましたよ」
 ほら! そんな風に菓子を見せられて恭一郎の目が眇められる。そしてその眼差しを店主に向けるとこう言い放つ。
「確かこの場所に露店はなかった筈。もし僕の記憶違いでしたら、出店許可証とか見せて貰えます?」
 穏やかな口調で問うているが、彼の視線は容赦なく店主の動きに注がれている。その視線に店主の顔色が変わった。
「き、昨日来たばかりで、許可は今とって……」
「へえ。今朝の段階までの出店許可申請は僕の方で把握してるんですけど、おかしいなぁ?」
 言ってヒラリと見せたのは、この界隈の出店許可を得た店と、申請をしている店の一覧だ。
 それを目にした瞬間、店主が踵を返した。それに合わせて用心棒らしき者達が飛び出してくる。
 それを見止め、恭一郎の手が上がった。
「店の商品に危害を加えず、客人の安全確保を優先しつつ捕縛して下さい」
 露店周辺に響き渡る声。これに待機していた面々が飛び出した。


■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
鞍馬 雪斗(ia5470
21歳・男・巫
和奏(ia8807
17歳・男・志
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲


■リプレイ本文

 響く喧騒と露店から上がる客引きの声。それらを耳にしながら歩く和奏(ia8807)の足が止まる。
「これは柿、ですか? 随分と熟れているようですが……」
 見た所、露店に並ぶ柿のどれもが熟れ過ぎて黒くなっている。けれど店主は言う。
「これが美味しいんだよ。なんなら持って行くかい?」
 今回は試しでタダだ。そう言った店主に「ありがとう」と言おうとした所で彼の目が動く。
「……喧嘩?」
 露店の店主にはわからないが和奏の耳には市場の賑わいとは違う音色が届いていた。彼は店主から熟れた柿を受け取ると、その音を辿る様に歩き出した。

 その頃、浪志組が発見した不当出店の店の前では、大捕り物を見物しようと人垣が出来ていた。
「遣り辛いな」
 そうぼやくのは浪志組に協力を申し出ているキース・グレイン(ia1248)だ。
 彼女は露店から飛び出してきた用心棒らを牽制するように構えながら息を吐く。そもそもこの大捕り物、此処まで大きくする必要もなかったのではないか。
 そうは思うが起きた物は仕方がない。
「被害を最小に納めるしかないな」
 呟きながら人の流れを確認する。その視界端に露店を囲むように動く鞍馬 雪斗(ia5470)も見えるが、目で追う事はしない。
「まだ気付かれていないな。アルマさん、動けそうかな?」
 浪志組とは全くの無関係とは言えない雪斗。たまたまお手伝いにと乗り出した矢先にこの騒動に巻き込まれたのだが、如何にも周囲の視線が気に掛かる。
 それはアルマ・ムリフェイン(ib3629)も同じなのだろう。頷きながら耳を揺らしているが、その方向が定まらないのがその証拠だ。
「うーん、音がいっぱいで……こっちの動きには気付いて無さそうなんだけど、ちょっとわかり辛いかも」
 人が集まるこの場で聴覚を研ぎ澄ますのは若干不利に働くようだ。困ったように首を傾げる彼に頷き、雪斗が店主の姿を目視する。
 それと時を同じくして、浪志組の隊服を身に纏う叢雲 怜(ib5488)が視界に入った泰国のお菓子に目を輝かせていた。
「あれが泰国のお菓子なのだ? 俺もお菓子食べたいの〜!」
「はいはい。仕事が終わったら買ってあげますから、きちんとやる事はやりましょうね」
 嬉々として声を上げる彼の頭を撫でながら天元 恭一郎(iz0229)が囁く。それに対して両手を握り締めると、怜は勢い良く頷いた。
「藍可姉へのお土産にする為にも頑張るのです!」
「はいはい。で、僕は何をすれば良いですか?」
 怜から手を離して問い掛ける恭一郎の目は、注意深く周囲を伺っている郁磨(ia9365)に向かう。
 彼は自身の所属する隊の隊長である彼の態度に苦笑する。この様子からして、恭一郎は指示しない限り動かないだろう。
「恭さんは無力化及び降伏した店主や用心棒を縄で縛っておいてください〜」
 後は俺達がやります。
 郁磨はそう言うと、ヘラリと笑って自らの杖を持ち上げた。

●大捕り物
 捕縛対象は露店の店主と、用心棒らしき三人の志体持ち。その内訳はこうだ。
「泰拳士に砲術士、それに陰陽師ですか。まあ、大丈夫でしょう」
 こう口にするのは現行では何もする事がない恭一郎だ。彼は符を取り出して構えた陰陽師に目を向けると、それと同時に詠唱を始めた郁磨を視界に置く。
「――力を貸してね〜」
 黄金の杖に纏わる風。それが真空の刃に変じると、迷う事無く陰陽師に放った。
「!」
 バラバラに斬り落とされた符。だが敵も馬鹿ではなかったらしい。
「残念ですが、此方にもあるのですよ」
 ヒラリと翳されたもう片方の手に挟まれた符に、知らず舌打ちが漏れる。だが考えている暇はない。
 郁磨はすぐさま口を開くと陰陽師に対抗すべく術を刻み始めた。
 そしてこの時、別の用心棒を相手にすべく長身の銃を構えた怜が足を開く。
 自身の身長よりも大きなそれは周囲の目を惹いたようだ。一気にザワつく音を耳に、怜は慎重に対峙すべく砲術士を視界に置く。
「流れ弾はすごく怖いのだぜ。確りと狙って外さないようにしないと、天元の兄ちゃんにメッてされるのだ」
 まるで自分自身に言い聞かせる言葉だが、この場合怪我人が出たら「メッ」では済まない。けれど敢えて突っ込む者が居ない辺り、現状は切迫している。
 怜は人の波と砲術師の位置。そして仲間の配置を頭で計算しながら自らが放つ銃弾の軌道を予測する。
 そして砲術士の指が引き金に掛かった瞬間――
「今なのだぜ!」
「!」
 人垣の合間を縫って放たれた弾丸が、突如意思をもって曲がった。それは引き金に指を掛けた砲術士の手元を射抜くのだが、これが拙かった。
「あ!」
 怜が声を上げたのも束の間。弾かれた勢いで暴発した弾が人垣に飛んだのだ。
 弾は野次馬の真っただ中に向けて飛んでゆく。このままでは怪我人が出る。誰もがそう思った。
 しかし、
「ッ、……」
 寸前の所で伸ばされたキースの腕が銃弾を受け止めた。
 苦痛に顔を歪める彼女の腕から滴り落ちる血に、周囲がざわめきだす。
 しかし彼女の動きが止まる事はなかった。
「この代償は、高いぞっ」
 瞬時に詰めた間合いに、砲術士が息を呑む。
 だがこれに反応するよりも早く、キースの手が砲術士の腕を掴んだ。そしてその腕を捻り上げると、鬼腕の力も借りて地面に叩き付けた。
「ぅあ!」
 苦しげな声が漏れるが手加減をする余裕はない。
 彼女は地面に伏した砲術士の背に膝を乗せて抑え込むと、近くに控えていた恭一郎を呼んだ。

 一方、陰の術を刻んでいた陰陽師を人垣から発見した和奏は、貰った柿をひと口食べて一歩を踏み出していた。
「あれは危険です」
 郁磨の立ち位置と陰陽師の立ち位置。その双方の背後には一般人の姿がある。
 浪志組の郁磨に関しては最悪避ける事はしないだろう。だが陰陽師の方は避ける可能性がある。
「一般の方を傷付けたら駄目ですよ」
「え」
「何」
 あまりにも滑らかに割り込んできた和奏に、陰陽師は勿論、郁磨も驚いた様に声を上げて彼を凝視する。
 だがこの時、郁磨は瞬時に術を解いたのだが、陰陽師は違った。
 この乱入を好機と取って陰の術を完成に掛かったのだ。だが――
「!」
「びっくりして手が……」
 陰陽師の異変に気付いた和奏が振り返った瞬間、彼の手にあった柿が陰陽師の顔に直撃したのだ。
 これには攻撃を受けた本人が一番驚いたらしい。
「〜〜、〜〜!!」
 中途半端に、しかもほぼ最後まで刻んでいた陰の術が黒い霧となって陰陽師自身の視界を遮ってしまう。
 柿に霧に陰陽師は大混乱。
 必死に視界を遮るものを振り払おうと手を動かすが上手くいかない。
 その様子に「えっと」と和奏が足を差出すと、陰陽師は歩行がままならない赤子のように地面に転がった。
 其処へ容赦ない一打が加わる。
 それは鞘に納めたままの刀で、陰陽師が動かないように背中を押さえつけるのは十分な物だった。
「うわぁ」
 一連の流れに思わず声を零した郁磨だったが、和奏はケロリとしている。
「刃傷沙汰はご迷惑かな、と」
「いや、うん……ちょっとだけ大雑把かなぁ。でも助かったよ〜」
 にっこり笑って郁磨の足が動く。
 彼は身動きできなくなった陰陽師の前で足を止めると、しゃがみ込むようにして忍刀の切っ先を向けた。
「……現状を見れば貴方達に勝ち目が無いのは一目瞭然でしょう。大人しく降伏してくださいな」
 言葉も表情も温厚以外の何物でもない。けれど向けられた刃だけは恐ろしく冷たく光っていた。
 陰陽師は小さく息を呑むと、降参を示すようにその場に伏した。

 そして残された店主と泰拳士はと言うと、圧倒的な戦力差に押されて今にも逃げ出すべく動いていた。
「全く……場所が悪すぎるね。派手なのは無しかな」
 そう言いながら銀色の涼やかな光を反す雪斗。その手から集約した精霊力が放たれる。
「なっ!」
 勢いよく前へ飛んだ店主が、転がるようにして地面に倒れる。それを見止めて彼の足が動いた。
「ち、近付くな!」
 恐怖から帯刀している事すら忘れているらしい。
 店主は這いずるようにしてその場から逃げようとした。しかし足を掴んだ蔦がその動きを阻む。
「来るな、来るなぁ!!」
「流石にちょっと騒ぎ過ぎかな」
 呆れ半分、疲れが半分。
 やれやれと口にした雪斗の耳に、柔らかで優しい音色が響く。それを耳にした瞬間、今まで必死に逃げようとしていた店主の動きが止まった。
 目を向けると、アルマが澄んだ声音で子守歌を歌っているではないか。
「良い音だ」
 子守唄は店主と同じく逃げようとする泰拳士にも向かっている。けれど流石は志体持ち。
 必死に抵抗を試みて、店主のように眠りを貪るまでは至らなかった。その姿にアルマが諭すように囁く。
「抵抗すれば僕らの当たりが強くなるだけだよ。観念して」
 それは得策ではない筈。そう語る彼に、泰拳士が最後の足掻きを見せた。
「うおおおおおお!」
 凄まじい気負いで突進してきたのだ。
 これに彼の視線が悲しげに落ちる。だがそれも一瞬の事。
「恭一郎さんに応援お願いしますじゃなくて、確保しましたって言えるようにしないと!」
 キッと視線を上げた彼の目が突き入れられた腕を捉える。それと同時に男の手首を掴むと、自らの懐に引き入れ、一気に背負い投げた。

 ドシンッ!

 振動と共に泰拳士が地面に叩き付けられる。それを必死の思いで組み敷いて手首を纏めようとするのだが、若干泰拳士の力が上だったようだ。
「!」
 押し退ける様に振り上げられた腕が、アルマを突き飛ばす。そうして彼に反撃すべく立ち上がるのだが、その直後、泰拳士の巨体が揺れた。
「ぬ、ぁ!?」

 ドシンッ!

 本日2度目の振動だ。しかも今度は空気撃を放った雪斗も加わって、2人で泰拳士の手首を縛り上げる。
 そうして息を吐くと、雪斗は自身の服を見下ろした。
「流血沙汰は御免だったかな…? 自分もお断りだよ」
 新調したばかりの服が汚れてしまう。
 そう零した彼を泰拳士が見上げた。が、「おと――」と言い掛けた所で、泰拳士の頭が沈む。
「はい、以上。結構早かったね」
 雪斗はそう告げると、ニッコリ微笑みながら泰拳士の頭を踏んだ足に力を込めた。

●後始末は
 腕を銃弾が直撃した上に、遠慮なく立ち回ったキースは、止血は施したものの一刻も早い治療が望まれる状況だった。
 これに怜の視線が落ちる。
「うー……ごめんなさいなのです」
 自分がもっと注意していれば。
 そう頭を下げる彼に、無事な方の手で彼の頭を撫で叩く。
「気にするな。怪我は直ぐ治る」
 実際、志体持ちである彼女にとって今回の怪我は重傷でも何でもない。けれどこれを聞き止めた恭一郎が呟く。
「何で君は自分の体を大事にしないの。いい加減にしないと本気で怒るよ」
 幾度となく共にした戦場で彼女が取った行動の殆どは今回のようなものだ。
 今まで命に影響がなかったから良かったものの、一歩間違えば死と隣り合わせになる状況もあった。
「俺の事は良い。それより巡視は継続するとして……どうするんだ、この露店。このまま店広げた状態で放置――っ!」
「君が気にする事じゃないよ」
 キースの言葉を遮るように彼女を抱き上げると、恭一郎は心配そうに此方を見るアルマと視線を合わせた。
「何か言いたそうだね」
「あ、えっと……近くで泣いてる子がいるみたいで……恭一郎さん、金平糖持って……る?」
 言葉の途中で投げられた小さな布袋に目を瞬く。中を覗き込むと、彼が普段持ち歩いているらしい金平糖が入っていた。
「好きに使って良いよ。それと露店の菓子の扱いは君に任せるから……得意だよね?」
 ニコッと笑う彼に反射的に頷く。それを見ていた郁磨が不思議そうに口を開いた。
「後始末は任せてもらって良いですけど、恭さんは如何するんですか〜?」
 このまま帰りです? そう問い掛ける彼に、恭一郎が腕に在るキースを示す。
「僕はこのお嬢さんをギルドの巫女にでも預けてきます。このまま放っておくと僕の心臓がもちそうにないんで」
 言って、恭一郎は「放せ」と言い続けるキースを連れて去って行った。それを見送って雪斗が呟く。
「……あれは、相変わらず……なのかな?」
 元々恭一郎とは面識があるのだが、久し振りな所為だろうか。なんとなく以前の彼と違う気もする。
 だがその確証がないので首を傾げるのだが、その袖を何かが引いた。
「綺麗なお洋服の裾が汚れてるのです。パンパンすれば落ちるのだ?」
 視線を向けた先にいた怜が、心配そうに雪斗の服裾を見ている。
 新調したばかりだと言うのに服に微かな汚れが付いている。だが、怜の言う様に叩けば簡単に落ちそうな汚れだ。
「ありがとう。たぶん叩けば落ちるよ」
「良かったのだ♪」
 ニパッと笑んで頷くと、怜は後片付けを開始している郁磨とアルマの元に駆けて行く。
「ふぅ…。人目を気にして戦うのって結構しんどいですねぇ……」
 捕縛した面々を確認していた郁磨の声に、怜の首が傾げられる。そしてそれに気付いたのだろう。郁磨の手が彼の頭に触れた。
「アルくんもレイレイもお疲れ様だよ〜」
 頭を撫でながら微笑む郁磨に、怜も笑みを返す。
 こうして浪志組が事を発した大捕り物が終了したのだが、すっかり人垣に紛れて後片付けを見守っていた和奏がポツリと呟く。
「尋問とかもこの場でやっちゃうのかな?」
 漏れ聞こえた話によれば春華王が来るとか何とか。
 もし春華王が来た時に神楽の都の治安が悪かったら格好がつかない。
 けれど彼の呟きを聞いた野次馬が言う。
「この場じゃ尋問はねえだろ。あの可愛い顔の隊士さんも、笑顔で謝罪してるしよ」
 目を向ければ騒がせた事へ謝罪する浪志組の面々が見える。あの様子を見る限り、尋問は屯所に戻ってからだろう。
「そうなんですね」
 和奏は野次馬の言葉を信じながら相槌を打つ。そうしてふと思う。
「これで少しでも市場が平和になると良いな」
 春華王への想いは何処へやら。
 素直に零した和奏の声に野次馬の「違いねえ!」と言う声が響き渡った。