天元流道場開講に向け
マスター名：朝臣 あむ
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| ■オープニング本文 照り付ける太陽が僅かに雲を被る午後、天元 征四郎（iz0001）は完成したばかりの道場の前に立っていた。 その隣には三男・巳三郎（みさぶろう）と長女・五十鈴（いすず）の姿がある。 「やっと、完成したんだな」 そう零したのは五十鈴だ。感慨深げに目を細め、何処か誇らしげに微笑んでいる。その表情から伺えるのは達成感と僅かな緊張。 「爺や純兄も喜んでるかな……そうだと、良いな」 天元流道場を朱藩国から神楽の都に移す切っ掛けとなった事件。其処で亡くなった父と兄を思っての言葉に巳三郎が優しく彼女の頭を撫でる。 それを視界に留め、征四郎は思案気に目を落とした。 「喜んではいるだろう。だが問題はこれからだ……」 そう征四郎の言う様に、問題はこれからなのだ。 道場は出来上がったが肝心の門下生が少ない。その理由に挙げられるのは道場の移転、そして師範の交代だろう。 「信頼を得る事、道場の再建……この２つを別に考える事は出来ないだろう」 先の天元流師範は相当腕が立ち人望も厚かった。だが征四郎には御前試合に出たと言う実績以外に大きな功績はない。 「征四郎」 考え込む弟の姿に巳三郎が呟く。 「わかっているでしょうが、このままでは開講と同時に大きな赤字になるでしょう。何か策を考えねば」 「心得ています」 父がその身をもって護った天元流。それを存続させ、且つ繁栄させる為には何かしらの策が必要だろう。 そう考えて頭を掠めたのは、窮地を救ってくれた友――開拓者の姿だ。 「巳三郎兄上。俺はこれからギルドへ行こうと思います……開拓者ならば、良い知恵を貸して貰えるかと」 神楽の都に訪れたばかりの征四郎であれば考え付かなかった事だ。誰かを頼り、誰かに助けてもらう。 それは開拓者を、友を心から信頼しているからこそ出来る事。 「五十鈴、お前は此処で待ってろ」 「えー！ あたしも行く！！！」 「駄目だ」 征四郎はそう言うと、文句を言い続ける五十鈴を置いて道場を後にした。 ●開拓者ギルド 開拓者ギルドを訪れた征四郎が真っ先に向かったのは縁のある職員、山本・善治郎の元だ。 「うーん、つまり征四郎君の言いたい事を纏めると……道場再建にあたって、門下生を募集する良い方法がないか、って事かな」 「ああ。今のままだと、確実に潰れる」 真顔でそう言い放った征四郎に山本が苦笑する。 「建ったばっかりの道場が潰れるって……曲がりなりにも朱藩では名の通った流派でしょ。そう簡単に潰れる筈が――」 「充分に在り得る」 征四郎はそう言葉を切ると、僅かに息を零した。その姿に山本の首が傾げられる。 「建設当初から厄介な相手が居た……その対策も合せて願いたい」 「厄介な相手？」 まさか前のように上級アヤカシでも関わっているのだろうか。そう固唾を呑んで先の言葉を待つ山本に征四郎は言う。 「あの土地はモグラが多い」 「は？」 「建設当初よりモグラが多発していて、それで道場の完成が遅れた……この先も道場の下に穴など掘られたらたまった物ではない」 それは確かにそうだろう。とは言え、モグラ退治となると色々勝手も違ってくる。 「モグラの住処とか無いの？」 そう問い掛けた瞬間、征四郎の目が逸らされた。それを追って山本の首が傾げられる。 「征四郎君？」 「……家の裏手にある、竹藪の中……だが其処は……」 突然歯切れの悪くなった征四郎に山本は不思議で仕方がない。そもそもモグラの住処がわかっていて何故対処出来ないのか。 「征四郎君、何か隠してる？」 「っ……いや、俺は、何も……」 怪しい。 山本は身を乗り出すと、正面から征四郎の顔を覗き込んだ。これに征四郎の目が見開かれる。 「征四郎君？ いざとなったらお兄さん呼ぶよ？」 ビクッと彼の肩が揺れ、直後、言い辛そうに唇が動く。 「……猫」 「は？」 「猫が、いる……」 極々小さな声だったが聞き間違いではないだろう。まさかとは思うが…… 「征四郎君、猫駄目なの？」 まさか、まさかそんな事はないよな。そう思ったのだが、次いで聞こえて来た声は意外な物だった。 「……猫又は平気だ」 つまり普通の猫は駄目。そう言うことか。 「納得した。つまり竹藪の中のモグラを退治して、出来るなら道場再建に関する知恵を貰いたい……これで良い？」 この声に征四郎は頷くと、付け加えるようにこう言った。 「五十鈴には黙っていて欲しい」 頼む。そう言って頭を下げた彼に、山本は「あー」と曖昧な声を零して苦笑したのだった。 |
■参加者一覧
北條 黯羽（ia0072）25歳・女・陰 
志藤 久遠（ia0597）26歳・女・志 
ケロリーナ（ib2037）15歳・女・巫 
羽喰 琥珀（ib3263）12歳・男・志 
ヘルゥ・アル＝マリキ（ib6684）13歳・女・砂 
レト（ib6904）15歳・女・ジ |
| ■リプレイ本文 「皆、良く来てくれた」 そう言って開拓者を見回したのは、今回の依頼主である天元 征四郎（iz0001）だ。 そんな彼の言葉にレト（ib6904）が手を上げる。 「や、どんな道場になるのかみに来てやったぜ」 言いながら視線を逸らす彼女に征四郎の眉が上がる。 「や、やべ……笑いそうだ……」 彼女は征四郎が猫を嫌いだと言う事に反応してるらしい。それを何とか抑えようとするのだが、本人を前にすると難しい。だが此処はぐっと堪えるべきだ。 「大丈夫。セイシローにだって苦手なものくらいあるんだ。可愛いじゃないか」 うん、大丈夫。そう自分に言い聞かせていると、ヘルゥ・アル＝マリキ（ib6684）がその肩を叩いた。 「レト姉ぇ。それは違うのじゃ」 ふるりと頭を横に振ったヘルゥに、レトの目が瞬かれる。 「やはり征兄ぃには猫のような弱い生き物より、獅子のように誇り高い者がふさわしいのじゃよ！」 「ぶふぅっ！」 猫と獅子ではだいぶ違う。 しかも真顔でそんな事を言うものだから、レトは思いっきり吹き出してしまった。これにヘルゥの目が瞬かれるのだが、それ以上に問題があった。 「五十鈴以外にも知られたら拙いのがいたな」 そう言いながら征四郎の肩を叩いた北條 黯羽（ia0072）に、彼の視線が外される。が、その目が直ぐに黯羽へ戻ると、彼の表情が訝しげに変わった。 「何さね。まさか、髪切って誰だかわからない……とか言い出す気じゃねェだろうな？」 口調は穏やかだが目が笑っていない。その事に気付いたのだろう。慌てた様に声を上げる。 「そ、そんな事はない。ただ、その……似合っているな、と……」 「ほぅ」と黯羽の目が細められる。けれど褒めて貰った事は確か。ここは素直に礼を言うべきだろう。 「有難うさね。ま、冗談は置いておいてだ。久々だな、征四郎。逢えて嬉しいぜィ」 「此方こそ」 征四郎はそう告げると微かに笑みを刻んだ。其処に元気な足音が響いてくる。 「てんてんおにぃさま♪」 「ん？」 声に目を向けた瞬間、ふわっと柔らかな感触が抱き付いてきた。これに征四郎の動きが止まる。 「こんにちはですの♪」 そう言って抱き付いたまま笑顔を向けるのはケロリーナ（ib2037）だ。 彼女は固まっている征四郎にキョトンと目を瞬くと、そっと離れた。そしてスカートの裾を摘まんで一礼する。 「今のはジルベリアではごく普通のご挨拶ですの。驚いたですの？」 そう首を傾げる彼女に「いや」と言葉を返して、内心で苦笑を浮かべる。そして視線を動かした所で、のんびりと此方を眺める羽喰 琥珀（ib3263）と目が合った。 「よぉ、手伝いに来たぞ！」 ニッと笑みながら元気よく挨拶をする彼に、妙な安心感を覚える。だからだろう。比較的すんなりと笑みを浮かべると、征四郎は彼に片手を上げ返した。 そうして視線を今一度皆へ向けるのだが、その途中で道場を感慨深げに眺め見る志藤 久遠（ia0597）の姿が飛び込んでくる。 「道場もようやくここまで来ましたか」 彼女は裏手からでも立派に見える道場を見詰めて笑みを零している。 征四郎はその姿に口元を綻ばせると、彼女に歩み寄った。それに久遠が気付き言の葉を重ねる。 「滑り出し順調とはいかないようですが、この程度の苦難であれば挫けるには値しません、頑張りましょう」 告げられながら向けられた笑みに、征四郎の確かな笑みが返された。 ●モグラ 「ま、とりあえずはモグラをどうにかしないとな」 レトはそう言うと竹藪にある小さな穴を見下ろした。その小さな穴は征四郎が危惧するモグラの巣。 その数はかなりの物だが、開拓者の手に掛かれば見付けるのに然程の苦労はない。 「此処にも有りました」 そう言って巣穴に何かを設置するのは久遠だ。彼女は傍に居る琥珀に説明を受けながら無難に作業をこなしてゆく。 「そうそう。んで、其処に餌を入れるんだよ」 「もぐらさんのご飯はミミズさんなの♪」 ヒョイッとミミズを竹筒に入れるケロリーナ。その少し離れた位置では黯羽が別の罠を仕掛けている。 「で、逃がす場所は決まったさね？」 モグラは捕獲後逃がすと言う事で話が決まった。 その理由はこうだ。 この地は元々モグラの住処で、征四郎が其処へ道場を建てたのが始まり。本来なら後から来た征四郎が退くべきなのだが、それが出来ない以上、モグラは生かして逃がすべきと判断したのだ。 「優しいな……」 ポツリ。零した征四郎にヘルゥが首を傾げる。 「……いや、俺なら思い付かない案だから」 征四郎は退治するしか頭がなかったが、開拓者はモグラを生かす道を探した。殺すのと生かすのとでは結果に大きな差が出る。 「レト、そっちに行ったぜェ！」 「了解っ♪」 黯羽の声に、レトが薔薇の花を思わせる宝珠が嵌った鞭を振り上げる。その直後、巣の入り口に設置されていた罠が宙を舞った。 それは優しい弧を描いて藁を敷き詰めた箱の中に落ちて行く。 そうして逃げ出さないように蓋をすると、レトの顔に笑みが浮かんだ。 「一丁上がり、っと♪」 ●再建に必要な物？ モグラ騒動が落ち着き、一部の開拓者は先に道場へ遣って来ていた。そんな彼等を迎え入れたのは、道義姿に身を包む五十鈴だ。 「五十鈴姉ぇ、久し振りじゃな♪ どーじょーを開くと聞いて来たのじゃよ♪ めでたい時に来られて良かったのじゃ！」 嬉しそうに笑顔で話しかけるヘルゥに五十鈴も自然と笑顔になる。 「五十鈴、皆を道場の中へ」 征四郎はそう言うと五十鈴に皆を案内させた。と、その時、祝いの言葉を述べていたヘルゥの口から思わぬ言葉が漏れる。 「して、そのドージョーとはなんじゃ？」 「ヘルゥ、あんたって子は……いや、アル＝カマルには道場が無いって事も考えられるかねェ」 やれやれと苦笑しながら、黯羽や久遠、そして琥珀を交えてヘルゥに道場が如何云った物か説明してゆく。 そして一通り説明し終わると、幼い瞳がパアッと輝いた。 「おお、征兄ぃの剣を皆に教える場所なのか！」 「天儀には天元流の道場の他、多くの流派が存在しています。その中で生き残るにはそれなりの知名度、そして技が必要かと」 そう真剣な表情で零すのは久遠だ。 「幸いな事に、天元流は流派も師範も名自体は通っている筈ですから、無理に名を売る必要はないでしょう。ただ、『天元流の道場が神楽の都に新たに開いた』という事の周知が問題かと」 「あー……そう言やぁ、征四郎は巳兄に全部任せっきりで挨拶に行ってないな」 五十鈴の言葉に「やはり」と皆が顔を見合わせる。 「これから先道場をやっていくにあたり、当然良い関係を築かなければいけない周辺への挨拶周りから、でしょうね。同じように道場をされているところなどがあれば礼を尽くすのが道理です」 全く持ってその通りである。 ぐうの音も出ない征四郎に黯羽が笑いながら彼の頭を叩く。それに視線を向けると、ニッとした笑みが飛び込んできた。 「ま、挨拶回りをするンなら……偉いさんに挨拶して、そこから紹介して貰う体裁で有力な道場から挨拶をして行くような感じが良いンじゃねェかな」 これから出稽古をして行く必要もあるだろうし、横への繋がりは大事だ。 そう言った意味で挨拶は重要だろう。 「……やってみる」 そう征四郎が頷いた所でヘルゥがふと疑問を口にする。 「なぜ征兄ぃは剣を人に教えようと思い立ったのじゃ？」 「ああ、それは俺も聞きてぇな。征四郎が目指したい道場の在り方ってのかね。そう言うのを聞いてみたいさな」 黯羽がそう告げた所で、外へ出ていた面々が戻ってくる。 「ケロリーナも、てんてんおにぃさまがどんな道場にしたいか聞いてみたいですの♪」 「随分遅かったな。何かあったのか？」 顔を覗かせて道場に上がって来たケロリーナとレト。その双方を見止めて琥珀が問い掛ける。 「いや、ケロリーナが猫を捕まえようとしたんだけどさ……」 「アルムリープが使えなかったですの」 しゅんっと項垂れた彼女に、レトが慰めるように彼女の肩を叩く。それを見ていた五十鈴が口を開いた。 「猫って、朝に庭を散歩してるあの猫？」 「１人で寂しそうだったので、里親さんを探してあげようと思ったですの……」 でも。そう言葉を止めた彼女に、五十鈴が笑う。 「ま、放っておいていいんじゃないか？ けど、お前優しいんだな♪」 気に入った！ そう告げる五十鈴にケロリーナの表情が明るくなる。だがそれとは正反対に征四郎の顔色が曇って居た事は、誰も気付いていなかった。 ●模範稽古！ 征四郎の理想とする道場は「皆が最低限の作法を守り、楽しく学べる道場。そして実用的な剣術の指南」。 「天元流は元々、アヤカシ対策にと創設された流派だ……開拓者ギルドの始動も追い風となり、そこそこ名の知れた流派に成長した。今は門下生も少ないが、な」 そう言いながら征四郎は皆が提案した模擬稽古の指南を開始していた。その様子を見ていた黯羽が言う。 「楽しく学べる道場ってぇ言うンなら、少しは笑わないとだな」 クツリと笑って表情無く指南に講じる征四郎を見遣る。これに彼の米神が揺れるが、然して表情の変化はない。 その事に笑っていると、彼女の隣で筆を走らせていたケロリーナが「出来たですの♪」と声を上げた。 「おっ、上手いじゃねェか」 そう言って覗き込んだ先にあるのは、道場宣伝の為に配布する広告の元――版画だ。 「キラリンとしたてんてんおにぃさまの絵姿と、今までの活躍を書いたですの。あとはおにぃさまの理想とか、健康とかダイエットにもどうぞ、って書いたですの♪」 ケロリーナは得意気にそう言うと目線の高さまで版画を持ち上げた。その出来栄えは黯羽も納得がいく物。 「良かったじゃねェか。男前に書いてあるぜィ」 にんまり笑う黯羽に征四郎が苦笑する。そんな彼の目の前では真剣に木刀を構えるヘルゥが居た。 「こ、こうかの？」 ギクシャクしながら木刀を構える彼女に頷きを向け、征四郎の手が彼女の肘の位置を整える。 「目線は前……そう、そのまま軽く顎を引いて」 言われるままに構えを取って行くヘルゥの隣では、レトも聞こえる声を元に見よう見真似で形を取る。 「成程。こっから肘を上げてぶれない様に振り下ろすのか……よし、セイシロー。試しに稽古つけてくれよ！」 レトは言うや否や木刀を征四郎に向けてきた。これに征四郎の眉が上がる。 「いや、今はまだヘルゥに刀の形を……」 「私なら大丈夫じゃ！ それにレト姉ぇと征兄ぃの対決も見てみたいのじゃ！」 ニパッと笑顔を向けられ困惑気味の征四郎の元へ、一度外へ様子を見に行っていた久遠が戻って来た。 「少しですが、見学したいと言う方を連れてきました……と。あの、何かありましたか？」 外出前は普通に稽古をしていた筈だが、今の状況は僅かに違うような。 首を傾げる久遠に五十鈴が囁く。 「成程、実際に刃を……」 普通の稽古風景を公開しようと考えていた久遠だったが、レトがやる気ならば任せてみようと口を噤む。 それを見止めてレトが伺う様に視線を向ける。 「仕方がない……一本だけだぞ？」 征四郎はそう言うとレトを道場の中央に招いた。そして自らがまずは礼を向け、構えを取って、同じように動くよう促す。そうして交え始めた剣に琥珀が目を瞬く。 「なぁんだ。ちゃんと稽古できるじゃんか」 もっと出来ないなら遠慮なく駄目出しをしようと思っていたが、征四郎の稽古は攻撃をさせつつ無理なくそれを修正させるように自らの剣技を変えながら動いている。 「人に物を教えるってのはさ、相手によって接し方変えたり柔軟に対処しねーと駄目なんだよな」 「セイは言葉や表情は微妙だけど、剣だけは気を使って扱う事が出来るんだよ。だからジジイ……じゃない。前の師範は征四郎に跡を継がせたかったんだ」 五十鈴はそう言って胸を張る。 そんな彼女に笑みを向けながら、琥珀がヒョイッとその顔を覗き込んだ。 「五十鈴や巳三郎も師範代をして征四郎を支えれば良いんじゃないか？ 後は夜間にも開講するとかさ」 如何だ？ と目を輝かせる彼に五十鈴の目が瞬かれる。そして「面白そうだな！」と言葉を返すと同時に２人の勝負が決した。 無理に踏み込んで来たレトの刃を弾き返した征四郎が一本を取ったのだ。 「くっそ！ 手加減されても頭に来るけど、手加減されないのも頭にくる！」 「無茶苦茶じゃな」 叩かれた手を撫でながら叫ぶレトに、ヘルゥが笑いながら駆け寄って行く。 するとそれを皮切りに久遠が連れてきた見学者と一緒に、公開稽古が開始された。 「むぅ……なんだか刀が下を向くぞ」 「それは――」 「それは指の置く位置が違うからです。良いですか、刀を持つときは力で持ってはいけません。そう、そっと下から支えるように手を置いて……」 他の子供の指導にあっていた征四郎の手が回らないのを承知して、久遠が子供の指導に移る。 その姿に笑みを浮かべ、征四郎は指南していた子供の元へと戻ると、彼等の公開稽古は日が暮れるまで続いた。 ●終わってみて 「来てくれた子たちに広告を渡しておいたですの♪」 そう言ったケロリーナはまだ残っている広告を持ち上げる。それを視界に、レトが征四郎に問う。 「なあ、なんならあたしが入ってやろうか？」 剣術には興味があったし、何よりもっと強くなりたい。だから、と本気で申し出た彼女に「ああ」と返す。 其処へ黯羽が近付いてきた。 「唐突だが征四郎、犬飼ったらどうだ？」 「うむ。私もそうするのが良いと思うぞ。犬には自分の縄張りと言うものがあるからの！」 そう言って胸を張ったヘルゥの口を塞ぎながら、黯羽はコッソリと言葉を足す。 「猫避けを兼ねて、って事だ」 「成程」と征四郎の首が縦に振れる。そしてその話に乗る様に琥珀が思わぬ提案をしてきた。 「庭の手入れをしたら如何だ？ 生徒にする前に庭園の感想を聞いて、心が未熟な者を見分けれるように、とかさ」 「庭？」 「『花さえも愛せぬ心では、刀を持つ資格は無い』、ってな。人を簡単に傷つけれる物扱うんだから、心は一番大事だろ？」 琥珀の言う事には一理ある。確かに刀は簡単に人を傷付ける事が出来る。その為、扱う者の精神面も成長させる必要がある。 けれど彼の目的は別にあるようで、そっと征四郎に歩み寄ると、周りには聞こえない声で囁いた。 「猫が寄って来ないよーに、嫌がる柑橘系植えたりとかさ」 これまた「成程」である。 これらの提案を受け取りながら、苦笑にも近い笑みを浮かべていると、ポツリ、ギリギリ聞き取れるくらいのと声が聞こえて来た。 「……あの、征四郎殿」 振り返った先に居たのは久遠だ。 「依頼抜きで、たまに今日のように指導を受けに来てもよろしい、でしょうか……？」 何を言うのかと思えば……。 「いつでも……」 征四郎は自らも気付かない程自然な笑みを浮かべると、約束の証にと彼女の前に手を差し出した。 |
