【浪志】隊長監視命令
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/29 10:19



■オープニング本文

●浪志組屯所
「あー……急に集まって貰って悪ぃな……」
 そう歯切れ悪く切り出した真田悠(iz0262)は、集まった面々から目を逸らすと、大きく息を吐いた。
 この姿にある隊士が口を開く。
「あの、何かあったのでしょうか?」
「いや、大した事じゃねえ……大した事じゃねえんだが……」
 はあ。と再び零れた溜息に、皆の中に緊張が走る。その様子を知ってか知らずか、真田は頭を抱えるように頬杖を着くとポツリと零す。
「実はな。昨晩から恭一郎には個別任務に当って貰ってたんだが、ちっとばかし厄介な事になっててな……お前さん等には恭一郎の監視を頼みてぇんだ」
 真田が天元 恭一郎(iz0229)に仕事を頼む事は珍しくない。性格に多少の問題はあるが、彼は浪志組の幹部だ。故にそれ自体が問題な訳ではない。
 そうではなく、真田は今、恭一郎の監視を頼みたいと言った。
「恭さんに何かあったんですか?」
 問いかけるのは三番隊に籍を置く浪志の1人だ。その彼の言葉に「あー」と微妙な声を零して真田が苦笑する。
「あったと言うか、ありそうと言うか……微妙な所だな。厳密に言えば恭一郎の監視っつーよりも、アイツが護衛に当っているお嬢さんを監視して欲しいって方が正しいか」
「は?」
 思わず声を零したのは1人だけではないだろう。
 重なった幾つかの声に、真田は苦笑を深めて頷くと、漸く皆と視線を合わせた。
「恭一郎は今、浪志組に資金提供をしてくれている貴族のお嬢さんの護衛に当っている。普段から世話になってるってんで、御指名だった恭一郎を任に付けたんだが……」
 其処まで言って溜息を零す真田に、全員の脳裏に「失敗」の文字が浮かぶ。
 だが、聞こえてきたのは予想外の言葉で。
「誘拐の犯行声明を送って来た犯人は一晩で捕縛したんだが、契約期間が3日だってんで向こうのお嬢さんが恭一郎を帰そうとしなくてな。それに加えて恭一郎は恭一郎で、仕事が終わっているのに帰れない現状に苛立ってるらしくてよ……休暇も兼ねてゆっくりしろっつったんだが、それがまた頭に来たらしくてな。今にも刀を抜きそうだって報告が……な?」
「「「ああ」」」
 何故か重なる納得の声。
 浪志組と言うよりも、真田の傍に居る事ができない現状が恭一郎に苛立ちを生んでいるのだろう。
 まあそれはそれで問題なのだが、確かにこのままいくと恭一郎が刀を抜く可能性は高いだろう。
「でもその状態なら恭さん、貴族のお嬢さん相手に厭味や相当な事言ってそうですけど……何で帰してくれないんですか?」
「そりゃ、アレだ。お嬢さんがホの字なんだろうよ。アイツ、見てくれだけは良いからなぁ」
「でも口を開けば『真田さん』『真田さん』言ってるじゃないですか。そんなの普通じゃないって直ぐにバレるんじゃないですか?」
 酷い言われようである。
 だが事実なので誰も否定しない辺り、もっと酷い気もするが、誰も気にしていないのでこのまま話を続ける。
「それがな。向こうのお嬢さんも一筋縄にはいかねえんだ。何か目的があるらしくてな。とにかく、三番隊と手の空いてる奴らは恭一郎の監視に向かってくれ……行きゃぁ、わかるからよ」
 そう言って真田は何度目かの溜息を零した。

●貴族の屋敷傍・河原
 暑い日差しが照り付ける中、恭一郎は護衛対象の娘と共に河原を訪れていた。
 その表情は明らかに不満気。しかもやる気の無さが全身から滲み出ている。
 けれど娘はそんなこと気にもせずに恭一郎を振り返ると、今摘んだばかりの花を笑顔で見せた。
「恭一郎様、綺麗なお花ですわ。わたくしの髪に着けて下さいません?」
「嫌ですよ。自分でつけて下さい」
 そう断った彼に、娘は微笑んで言い放つ。
「そのような口を利いて良いのかしら。『アレ』が如何なっても知りませんわよ」
 うふふ。と笑って花を差出す娘に、大仰な溜息が漏れる。それでも渋々花を取ると娘の髪に挿してやるのだが、その表情は不機嫌――と言うか殺気立っている。
「貴女が貴族の娘でなく、『アレ』も持っていなかったら、確実に斬ってますよ」
「うふふ、冗談に聞こえませんわね」
「冗談ではありませんから当然でしょう」
 物騒な遣り取りなのに女性の方は嬉し気で、なんだか見ている方がゾクゾクしてしまう。
 真田に雇われた開拓者と隊士は物陰からこの様子を見ていたのだが、如何やら聞こえ漏れて来た声から察するに恭一郎は何かを質に脅されているらしい。
「けど、何を盗られてるんだ?」
「そう言えば。今日ここに来る前に恭さんのお部屋を掃除したんですけど、この前まで張ってあった豪華真田悠錦絵三枚が無くなってましたよ。依頼に行くんで持って行ったのかと思いましたけど――」
「「「「それだ!」」」」
 見事に重なった声に皆が慌てて口を噤む。
 どうやら娘の願いで恭一郎が団子を買いに茶屋に行ったようだ。潜んでいる物陰の横を通り過ぎる姿に冷や汗を流す。
 そして恭一郎が店に消えるのを見届けると、皆の視線は自然と娘に向かった。
「うふふ。明日でちょうど3日。今夜が勝負ですわね」
 そう笑顔を零すと、娘が小さく手を叩いた。それに合わせて黒装束の人物が現れると、彼女は何事かを話始めた。

●浪志組屯所
 真田は途中報告の為に屯所へ戻った隊士の話を耳にし、思わずその場で頭を抱えてしまった。
 それもその筈、何せ話が飛び過ぎている。
「何だってそんな話になってんだ」
「ですから真田さんの錦絵を質に、恭さんは脅されてるみたいなんです。しかも今夜、恭さんの食事に薬を混ぜるらしい話を、貴族のお嬢様と屋敷に支えるシノビ……でしょうかね、その人が話してました」
 だいたい阿保な理由だとは思ったが、やはり阿保だったか。
 真田は頭を抱えた状態で溜息を吐くと、傍に控える隊士を見た。
「で、その薬ってのは毒薬か何かなのか?」
「いえ、惚れ薬です」
「あ?」
「薬師に特別調合させた惚れ薬らしくて、口にした後で最初に見た人を好きになる。とか……」
 真田は「あー」と声を零すと、頭を大袈裟にかきむしって顔を上げた。その上で零す。
「取り敢えず、可能なら恭一郎の宝もんを取り返してやってくれ。俺としては無くなってくれた方が良いんだが、それだとアイツが暴れかねねえからな。それとだ」
 一度言葉を切って表情を潜める。
 その様子に隊士も真剣な表情で次を待つ。そうして聞こえて来たのは、案の定と言えば案の定な言葉だった。
「最悪、恭一郎を止めろ。浪志組の……仮にも隊長職を務める奴が貴族の姫に手を上げたなんてことになったら拙い。それだけは阻止しろ」
 良いな。そう言い置くと、真田は大仰な息を吐いて項垂れたのだった。


■参加者一覧
北條 黯羽(ia0072
25歳・女・陰
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
サミラ=マクトゥーム(ib6837
20歳・女・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387
23歳・男・吟
藤田 千歳(ib8121
18歳・男・志
天月 神影(ic0936
17歳・男・志


■リプレイ本文

 貴族の屋敷に在る離れに案内された郁磨(ia9365)は、不機嫌な表情の天元 恭一郎(iz0229)と顔を合せていた。
「それで急な用事とは何ですか?」
 憮然とした様子で紡がれる問いに郁磨が一通の書簡を取り出す。彼は『天元隊長に急務の連絡があり伺いました』と屋敷の住人に申し出ていた。
「状況は記した通りなので、くれぐれも慎重にお願いしますね……?」
 ヘラリと笑って金平糖を差出した郁磨を一瞥し、恭一郎は「わかりました」と零した。

 その頃、屋敷の外では恭一郎の宝物を奪還すべく開拓者の面々が顔を合せていた。
「ねぇ、サミラちゃん」
 そう言ってサミラ=マクトゥーム(ib6837)の袖を引くのはアルマ・ムリフェイン(ib3629)だ。
「女の子って好きな人に惚れ薬を使うもの……なの?」
 アルマにとって今回のお嬢様の行動は不思議で仕方ないのだろう。不思議そうに問い掛ける彼にサミラがふと笑う。
「……気持ちはわかる、よ」
 そう言ってふと過った今は遠く離れた地にいる人物の姿。それを振り払うように首を横に振るとサミラは改めてアルマを見た。
「でも私なら……負けた気がする、かな」
 小さく、けれどしっかりとした声で返されてアルマが「そっか」と呟く。そしてその目をキース・グレイン(ia1248)に向けると、同じ問いを向けたそうに目を瞬く。それを受け、キースがやや疲れた様に言葉を零す。
「……盲目にも程があるだろ」
 手段を問わないとは良く言うが、今が正にその状況だ。下手をすれば犯行声明ごと茶番の可能性もある。
 そう呟いて屋敷に目を向けると、異様に怯える声がした。
「さ、真田さんの錦絵!? お嬢さんの命が本気で心配だよ、俺……」
 真っ青な顔でぶるぶると震えるケイウス=アルカーム(ib7387)は、落ち着かない様子で屋敷や皆を見ている。サミラはその様子に溜息を零し、浪志組隊士として言葉を交わしている藤田 千歳(ib8121)と天月 神影(ic0936)を見た。
「相変わらずだな。天元殿は……何とか穏便に事が収まれば良いのだが……」
 そう零すのは千歳だ。
 色々思う所はあるが、貴重な支援者である貴族を失う訳にはいかない。出来るだけ双方に無理の無いように片付けたい所だ。
「そんなにアクが強いのか? ……三番隊隊長との面通しは未だ故、ちょうど良い機会と思って来てみたが……」
 真田直々の任務故に期待もしていたのだが、実際の中身を見て残念な気持ちもある。とは言え、ここは気を引き締めて行かねばならないだろう。
 神影は緩みかけた気持ちを引き締めるように浪志組の証である羽織に手を掛けた。そして作戦の為に貴族の屋敷の門へと歩き出す。
 それを見止めて北條 黯羽(ia0072)も動き出すのだが、彼女はふと足を止めると目の前に在る高い塀を見上げた。
「面白ェっちゃ面白ェコトになってるが、また随分と混沌としたコトで」
 話に聞けば甘い恋愛話とは程遠い空気が流れていると言うではないか。
「ま、取り敢えずは恭一郎が面倒事を起こさないよう頑張るとするかね」
 黯羽はやれやれと肩を竦め、止めていた足を動かした。


 庭に面した廊下に響く足音に、恭一郎の戻りを待っていた貴族の娘が目を瞬く。
「何事ですの?」
 問う娘に隊服を纏ったアルマが言う。
「件の賊、仲間が仕掛けてくるってことだから……それに対処する為に」
「仲間、ですって?!」
 そんな話は聞いていない。そう目を丸くする娘に千歳が続ける。
「捕縛した賊に仲間が居たらしい。その為、増援が必要と幹部が判断し俺達が派遣された」
 勿論これは屋敷に留まる為の嘘。訝しげに千歳を見る娘に、気品ある動作で神影が進み出る。
「お嬢様に置きましては不安もあると思います。その不安を拭う様に少しでも早い解決を試みますので、どうか我々を信じて下さい」
 目を見て確かな口調で伝える彼に、娘は瞳を揺らして表情を落とした。それを目にした黯羽が苦笑する。
「そこまで怯える必要もないさね。浪志組だけじゃなく、開拓者だって増援に来てんだ。安心しな」
 そう言って笑い掛けるが、娘は暗い表情のままだ。其処へ聞き覚えのある声が響く。
「屋敷を見回る許可を取りました。各人、厳重な警戒にあたって下さい」
「恭一郎様!」
 ハッと顔を上げた娘に続き、ケイウスがビクッと身構える。そして恐る恐ると言った様子で頷くと、黯羽と共に屋敷の捜査に向かった。
 それに続き、千歳や神影、アルマも席を外す。そして残ったサミラが恭一郎にも捜査に向かうよう促すと、娘の顔色がサッと変わった。
「ど、どちらへ……」
「屋敷の中を見回るだけです」
 そう告げると恭一郎はさっさと屋敷の奥に消えて行った。それを見送り、娘が心配そうに視線を落とす。
 その姿を見る限り恭一郎を脅しているようには見えないのだが、実際の物が見付かればそれは事実として受け止められよう。
 今は皆が安心して調査できるように動かなければいけない。
「好きなんだ? あの人の、事」
 ふと掛けられた声に娘の顔が上がる。そして無言で頷くと新たな足音が響いてきた。
「お嬢様。至急お部屋へお戻りください」
 どうやら屋敷の者が娘を呼びに来たらしい。その表情は必死で娘は驚いて目を瞬く。
「警護の者が不審な気配を感じたと……賊の増援話、嘘では無さそうです」
 屋敷を警護していた者の話によると、塀の外から殺気にも似た気配を感じたと言う。それはあまりに威圧的で圧倒的な気。
「ああ、こちらにいらしたんですね……恭さんから伝言です。『貴女の部屋は危ないですから、護りやすい広間で大人しくしていてください』だそうです」
 さも探していた風を装いながら郁磨が姿を現す。それを真剣な眼差しで見詰め、娘は己が手を握り締めた。
「……恭一郎様は傍にいて下さらないのですか」
「……恭さんは指示の為に時折離れますが、俺が傍に居ますのでご安心を」
 そう言って微笑んだ彼に娘は納得できない面持ちで視線を落とす。そしてこの会話を塀の向こうでそれとなく聞いていたキースが息を吐く。
「剣気を使って戻ってみれば……」
 娘の屋敷の前で不審な気を放ったのはキースだ。それを悟られない為に皆の動きがわかる場所へ移動したのだが、なんとも微妙な。
「……説教の準備、しておくか」
 彼女はそう零すとのんびり塀に背凭れた。


「ここがお嬢様の部屋か」
 聞いた話通り警護の者が2人いる事に呟き、黯羽がケイウスに目配せする。そして一歩を踏み出すと、案の定警護の者が前に出た。
「ここはお嬢様のお部屋。何様で御座いましょう」
「賊の話は聞いたでしょ? 敵襲があったら困るだろうから、支援させて貰おうかなって」
 ケイウスはそう言うと自らが手にする竪琴を見せた。それに警護の2人が顔を見合わせる。
「そこに隠れてる人も出て来てくれるかな。 全員に支援をする為には近付いて貰わないとダメだから」
 シノビが隠れている可能性を考え、一か八かで声を掛ける。すると、黒装束の男が物音もなく屋根から飛び降りてきた。
 それを見止めてケイウスが楽を奏で始める。それを受けた警護2人とシノビが目を瞬く。
「これは……力がみなぎってくる!」
 ケイウスが奏でるのは『泥まみれの聖人達』。周囲の仲間の攻撃と知覚を上げる、軽快な音色の曲だ。
「流石は開拓者。素晴らしい気遣いだ!」
 警護の者とシノビは喜び声を上げるが、そんな感情も束の間、曲を全て奏できった瞬間音色が変わった。だが異変を感じる間もなく、黯羽とケイウスを除く3人が崩れ落ちる。
「……ごめんね」
 騙した事を謝罪しながら黯羽を振り返る。
「やっぱり怪しいのはこの部屋だねェ」
 彼女は手にしていた黒革の本を閉じると、今まで展開していた人魂を引き戻した。そうしてケイウスの功により手薄になった娘の部屋に歩み寄る。
「俺はここで見張ってるから」
 ケイウスはそう告げると聴覚を鋭くして部屋の前で足を止める。それを見止めて黯羽の口角が上がった。
「当分は目覚めねェだろうし、入れば良いじゃねェか」
「いや、女の子の部屋だし任せるよ」
 そうかい。そう肩を竦めると、黯羽は意を決して部屋の中に入って行った。

 一方、屋敷の巡察をしていたアルマは、鼻を擽る香りに誘われ炊事場に姿を現していた。
「此処にいてもいい?」
 クンクンと鼻をヒク付かせて人懐っこく問うアルマに、夕餉の準備に入っていた料理人が目を瞬く。それを受けてアルマの耳が下がった。
「だってもし貴方が狙われたり、お嬢さんに何か薬でも仕込まれたら大変だもの……」
 上目遣いに囁かれる言葉に、料理人の喉が上下に動いた。それを見てアルマの中で確信が生まれる。
 この料理人は何か知っている、と。
 アルマの目的は惚れ薬を探す事だ。そして出来るなら薬混入を未然に防ぐ事。場合によっては食べさせないように誘導する必要もあるだろう。
 アルマは僅かに鳴る腹を抑え込むと、じっと料理人の手を見詰め、細心の注意を払った。

 そして隊士や開拓者が到着して僅か。恭一郎の元に千歳と神影がやってくる。それを受けて恭一郎が席を外すと、思い出したように郁磨が口を開いた。
「あ、そういえば恭さん錦絵持って来てました? 大切な物なのに屯所に無かったから気になってたんですよ〜」
 ギクッと娘の肩が揺れる。そして視線が足元に落ちると、サミラが彼女の肩をそっと抱いた。
「知らない、よね……そんなこと……」
 サミラは出来るだけ娘の親身になるよう心掛けてきた。その成果が徐々にだが出ているようだ。
「……あの」
 何かを問う様に娘の唇が動く。
「先程、貴女にも好いている方がいると仰っていましたが……貴女は自分の想いを伝えたりはしなかったのですか?」
 遥か遠くへと行ってしまった想い人。その話をした時、娘はいたくサミラに同情した様だ。そして同志としての念を抱いている。
「ない、かな……こんなものも、持ってはいたけど……」
 そう言って取り出したのは何かの薬だろうか。
「アル=カマルの秘薬」
 人の心を操る術を持つ薬だと話して、苦笑を滲ませる。そしてその薬を食い入るように見詰める娘に差し出した。
「私はもう、使えないから……」
 上手くいけばこの薬が混入されて万事納まるかもしれない。そう期待して娘の手に薬を握らせた。


 夕刻。一度屯所へ戻っていた千歳と神影が貴族の屋敷に戻って来た。それを受け、娘と恭一郎を含めた全員が広間に集まる。そこには外で警護にあたっていたキースの姿も。
「それで報告とは何です?」
 多少気持ちが和らいだのか、屋敷に到着直後に目にした顔よりも落ち着いた表情の恭一郎が出迎える。
 それを受け、千歳は小さな頷きを返すと口を開いた。
「屯所に帰ったら『賊の仲間が居るというのは、捉えた賊が負け惜しみで吐いた嘘だった』と伝えられました」
「!」
 この報に驚いたのは娘だけ。他の皆は神妙な面持ちでそれを耳にするだけだ。
「恭一郎様。これで今夜はわたくしと2人で――」
「それはありませんよ」
 ニッコリ笑顔で恭一郎が取り出したのは、3枚の錦絵。それを見た瞬間、娘の目が見開かれた。
「貴女の傍を離れている間に取り戻させて貰いました。これで僕はお役御免ですね」
 実際には、黯羽が厳重に保管されていた錦絵を取り戻したのだが、後々の事を考えると恭一郎が取り戻したと告げる方が良い、そう判断したようだ。
「北條殿。あの錦絵は箪笥か何処かにあったのか?」
 ふと疑問に思った千歳が小声で問う。それを聞いた黯羽が苦笑する。
「いや、鍵のかかる箱の中さね。何せ『恭一郎の宝物』だからねェ」
 怖い怖い。そう零す彼女に千歳は「ふむ」と頷く。そして恭一郎に詰め寄ろうとする娘に目を向けた。
「そ、そんなの嘘ですわ! それはきっと偽物……だってあそこには」
「お嬢さん、ごめんね」
 ポツリ。零した声に娘の目が向かう。其処にいたのはケイウスだ。
「だって、このまま恭一郎を放置しておいたら、何をするかわからないと思って……」
 真面目に怖いんだよあの人! と本人を目の前に力説するケイウスに、恭一郎の視線が向かう。それを受けて表情を竦めると、ケイウスはサミラの後ろに隠れた。
 こうして事態は収束に向かう。そう思ったのだが、まだ問題が残っていた。
「それでしたら夕餉を召し上がってからお帰り下さい!」
 最後の悪足掻き。娘は必死の形相で叫ぶと、両の手を鳴らして広間に人数分の食事を並べさせた。
「さあ、恭一郎様はこちらへ!」
 事前に座る場所を決めていたのだろう。すぐさま彼を座らせる姿に、皆が目を見開く。
「皆様も遠慮なく召し上がってくださいな」
 娘はそう言うと恭一郎を無理矢理座らせ、自分はその隣に腰を下ろした。そして彼の口元へ料理を口に運ぶのだが――
「!」
 息を呑む音と、一瞬の間。
 娘は恭一郎に詰め寄り、アルマとサミラが視線を逸らす。その直後、恭一郎の鋭い眼差しが娘に向いた。
「貴女は僕を殺す気ですか!」
 口元を抑えながら叫ぶ彼に娘は何が起きたのかと目が点になる。
「確かに薬は混ぜましたのに……何故……」
「邪魔して、ごめん」
 聞こえた声に娘が驚いた様にサミラを見た。
「さっきの薬、あれは天儀人には酷な激辛香辛料なんだ……」
「そんなっ」
 驚愕の表情で固まる娘に、恭一郎は冷やかな視線を注ぐ。と次の瞬間、彼の手が鞘にかかるのだが、それを乾いた音が遮った。
「いい加減、落ち着いたらどう?」
 そう言ったのは怒りを露わにしたサミラだ。
「局長に心酔してる事、それは別に、良い。だけど絵を人質に取られて、局長に面倒かけた? 貴方は隊長で、局長の剣でしょう」
 初め依頼内容を耳にした時、心底呆れた。そして今は怒りが勝っている。
「だいたい泊まり任務に錦絵を持ち込んだ挙句盗まれるなんて、そういう時は保存用、観賞用、携帯用って訳ないとダメだよ」
「ん?」
「あれ?」
 初めの説教は良い。だが徐々にずれ始める論点に全員が首を傾げる。そしてその中の1人、キースが泣きそうにしている娘に近付いた。
「……おい、お前。一応聞いておくが、他にも似たようなことやらかしたりしてないだろうな」
 ビクッと自身を見上げる姿に、キースの眉が寄る。
「対象が対象だとしても、盗みに恐喝してたようなもんだ。一切の悪気もなくそんなことをしてたってんなら、そのままにしておく訳にはいかないだろう」
 彼女の言うことは尤もだ。それを受けて娘が小さく「ごめんなさい」と零した。
 これを期に事件は収束。娘にはアルマが持ってきた桃蛙のお守りが贈られ、浪志組隊士である神影には妙な知識が植えつけられた。
 それは……
「三番隊は『恭一郎と愉快な仲間たち』……なのだな」
 神影覚えた。そう口中で呟き、ふと恭一郎を見る。そして不敵に笑うとこう告げた。
「三枚で満足してるのか……」と。

 数日後、問屋では如何にかして真田の錦絵を手に入れようとする恭一郎の姿があったとか……。