【血叛】吹き込む風
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/23 01:23



■オープニング本文

●未来
 叛は、終わった。
 開拓者たちの意志と信念は万華鏡のように入り乱れ、結果として、慕容王も、風魔弾正も、共に命を繋ぐこととなった。
「叛はこれにて終いである」
 即日のうちに出された慕容王の触れは、衝撃となって陰殻中を駆け巡った。
 幾多の王を、誰一人として天寿を全うさせずに葬り続け、陰殻を陰殻たらしめてきた倫理が、今まさに崩れようとしている――ある者はこの青天の霹靂に唖然とし、またある者は開拓者たちの関与から薄々来るべき時が来たのだと覚悟を決めた。
 狂騒が去り、後片付けが待っている。
 新たなる未来の形をつむぐ為に。

●風、呼び込む
 シャナリ。
 髪飾りを鳴らしながら広間に姿を現したのは、当初皆の前に現した姿と相違ない姿の慕容王だ。
 彼女は広間に集まった開拓者を見回すと、王座に腰を据える事無く膝を折った。
「よく来てくれたな。先の争いで迷惑を掛けた上、こうして足を運ばせたこと、深くお詫びする」
 言って、深く下げられた頭に陰殻のシノビを含め、この場に集まった者達が驚きの表情を浮かべる。そして側近の1人が慕容王の身を起こさせると、彼女は導かれるように王座に腰を据えた。
 その姿を見て開拓者の1人が問う。
「慕容王。お体が……」
「大事ない。それよりも本日お主らを呼んだのは他でもない。この陰殻を変えるため、知恵を貸して欲しいのだ」
 慕容王はそう口にしてフッと笑む。
「そう身構えるでない。お主らも知っての通り、私の身は長くは持たないだろう。となれば、存命している間に次の王を決めねばならぬ」
 その助けをして欲しいのだ。そう告げた慕容王は、辛いであろう体を叱責する様に膝を叩き、姿勢を正して皆を見回した。
「私が願うのは誰も傷付かぬ継承方法。禍根を残さず、けれど陰殻らしい法だ。私が考えた方法は如何も突飛しているらしくてな。他の者がもっと慎重にせよと言うのだ」
「慕容王の考えた方法、ですか?」
 うむ。彼女はそう頷くと、楽しげに頬を崩した。
「私が考えたのは陰殻の者は勿論、開拓者も含めての王位争奪戦だ」
 発せられた言葉に広間がしんっと静まり返る。
 確かにこれは突飛ない。陰殻を昔から知る者を含め、叛を容認していた者なら確実に反発するだろう。
 だが慕容王は悪びれず、寧ろ楽しげに続ける。
「争奪方法は決めていないが、戦うだけが競う方法でもあるまい。もしこの法に同意して貰えるなら、如何した競い方があるか決めて貰っても構わぬか?」
 勿論、それ以外の王位継承方法を模索しても構わない。
 慕容王はそう告げて微笑む。
 その姿は今までの陰殻の王にあるまじきもの。けれどその姿勢は前へ進もうとする意志が見える。
「開拓者と言う風が欲しいのだ。いま一度、力を貸してくれぬか――頼む」
 慕容王は言葉を切ると、開拓者に向け頭を下げた。


■参加者一覧
/ 柚乃(ia0638) / 玲璃(ia1114) / 菊池 志郎(ia5584) / 千見寺 葎(ia5851) / リューリャ・ドラッケン(ia8037) / フレイア(ib0257) / 溟霆(ib0504) / 庵治 秀影(ic0738


■リプレイ本文

●風の道
 慕容王が頭を下げ、緩やかにそれを上げた時。広間に彼女が付ける髪飾りの音が響く。

 シャナリ。

 涼やかに静寂を打つその音色に、彼女の動きを注意深く見守っていた菊池 志郎(ia5584)が息を吸う。その胸中にあるのは自らを此処まで見守り、育ててくれた恩師たちへの想いか。それとも純粋に陰殻を思う心か。
 志郎は吸い込んだ息をゆっくり吐き出すと、無礼を承知の上で口を開いた。
「国王の決定方法を話し合う前に、単純に疑問があります」
 そう進み出た彼に慕容王の目が向かう。
「無礼でなければ慕容王ご自身からお答えを伺いたいのですが、なぜ『争奪戦』なのでしょうか」
 慕容王が提案した継承方法、それは『王位争奪戦』。つまり王位を巡り皆が争う方法だ。
 志郎はこの言葉を耳にした時から戸惑いを感じた。それは僅かな落胆と憂いが混じる不思議な感情だ。
「争うのが力でも賢さでも諜報の技術であったとしても、そのような決め方で集まるのは、自分が他人より優れていることを証明したい人、もしくはシノビの兵力を欲する人ばかりになるのではという懸念があります」
 彼の言う様に自ら王座に就きたいと挙手する者は、少なからず自分自身の力に自信があるからだろう。
 力は慢心を生み、時には業を生み出す事もある。
 もし自らの力を誇示するが為に争奪戦に参加して王位を獲得した場合、はたして陰殻の民を大事にしてくれるだろうか。心から民の幸せを願い、導いてくれる存在になるだろうか。
「それにもし、他国の方が王になった場合、元の国より陰穀を大切にしてくれるのでしょうか」
 志郎は其処まで口にすると、何かを言い淀むように視線を落とした。その仕草に慕容王の口角が上がる。
「遠慮する必要もあるまい。この場での発言、誰もそなたを責めぬ」
 勿論、私もな。
 慕容王のこの言葉に志郎の落ちた視線が上がる。そしてやはり少し考えた後、一度は閉ざした唇を開いた。
「慕容王はやはり、力こそが全てとお考えなのでしょうか」
 現慕容王は先代の王を倒して現在の地位にいる。そして彼女は弾正の叛を受け入れ、陰殻に混乱を招く事を良しとした。
 これらの事を踏まえれば、慕容王が『力こそが全て』と考えていてもおかしくない。先に述べた『争奪戦』と言う言葉を思い返してもそうとしか思えない。
「それについては、待ってください……」
 志郎の言葉を制すように、優しい鈴の音のような声が響く。それに広間に集まる者達の視線が集まった。
「叛の最中、慕容王は言ってました……『もし私が叛を起こさせる気はなかった。そう口にしたら、あなたがたは信じるか?』と。そして『次の慕容王に弾正を推し、退位するつもりではあった』とも」
 柚乃(ia0638)はそう口にした上で慕容王を見る。
「私も、王位に権力がある限り、それを巡って争う人が出ると思います……でも、慕容王は力による継承を終わらせたい……そう、考えていたんですよ…ね?」
 重なる問いに目を細めると、慕容王はその目を志郎に向け、自らの言葉を紡ぎ始めた。
「私は力を求めて生きてきた。それこそ、力こそが全てであるかのように」
 志体を持たずに生まれた自分を落胆の思いで育ててきた両親。それを見てきたが故に如何しても志体が欲しく、後天的に志体を得る秘術があると知り家を出て、それこそ死すれすれの修業を潜り抜け、地獄のような苦しみに晒されて志体を得た。
 その後もシノビとしての修業に明け暮れ、現在ではシノビ最強の座と言われる慕容王の地位にまで上り詰めた。
 この行為が力を求める以外の何であると言うのか。慕容王の経歴こそ『力』その物であろう。
「けれどそれだけでは国は立ち行かぬ」
 どれだけ力があろうとも、見過ごしてはならない事がある。と、慕容王は言う。
「国は存在するだけでは立ち行かぬ。其処に在る者、周囲に在るモノ、それら全てを視野に留め動く者が国。個体で存在する事は出来ぬのだ」
 陰殻と言う国がある様に、周辺には陰殻以外の国がある。其処に流れる時間を無視して独立した時を進めるのはもはや限界。陰殻は変わらねばならぬ。
「されど陰殻の中には叛を私の言葉で収束させた事に反感の意を持つ者もいる。それが何故かわかるか?」
 問いかけに志郎は思案気に目を細め、思い付く事を頭の中で繰り広げる。
「……思想の問題、でしょうか」
「そうだな。今まで陰殻の民がそうして育てられてきたが故の思想とでも言おうか。幼き頃から教え込まされてきたものは、時間を掛けて解していく必要がある。本来であればそなたら開拓者の力を借りれる以上、全てを一から正したいが、陰殻の者はそうした思想に付いて行けぬ。大きな改革はそれ相応の反動を生むのでな」
 慕容王はそう告げて、緩やかな、けれど小さな息と、確かな言葉を零す。
「今の陰殻にそれに耐え得るだけの力があるとは思えぬ。叛が起きる前ならばまだしも、叛の余波に揺れる今は無理であろう」
 そこまで耳にして志郎は言葉を下げた。
 変わろうと足掻く気持ちはあれど、それに伴うだけの力や思想が無い。
 そう語る慕容王の言葉は寂しい響きとなって志郎の胸に残る。其処へ「最後に」と慕容王の声が届いた。
「もし争奪戦を軸に時期国王を決めるのであれば、私はその力を民を護る為に使って欲しいと願う。そなたの言う様に、民を思う者ばかりが参加するとは思えぬが、そうであって欲しい」
 慕容王はそう告げると、僅かな目礼を彼に向けた。これを期に他の者達が時期国王選抜の方法を話し始める。

●風の示すは
「此度の叛の終息宣言、一介のシノビとしては唯々残念で承服できかねます」
 そう言葉を零したのは溟霆(ib0504)だ。
 彼は慕容王を見据えてそう口にした後で「はあ」と大きな溜息を零す。その表情には落胆が浮かんでいるが、何処か諦めが見えているのも確かだろう。
 彼は口にした不満をさも当然のように受け止める慕容王を見て肩を竦めると、やれやれと言った様子で口を開いた。
「とは言え、一応は……開拓者としてご質問にはお答えしましょう」
 シノビとして割り切る事は出来なくとも、開拓者としての意見は出す。そう口にする彼に慕容王が目礼を向けると、溟霆は自らの考えを紡ぎ始めた。
「まずは希望者で3ヶ月の間に各位に配分した宝珠を奪い合う、手段不問の争奪戦を行うんです。その後、一定個数以上の宝珠を集めた者が4ヶ月目に行われる総当り戦に参加出来る事とし、優勝者が慕容の名を継ぐようにしたら如何でしょう」
「確かにそれだったら陰殻らしさってぇのも出るか? けどよ、手段不問ってぇのはちと物騒じゃねえか」
 それについては問題ありません。と、庵治 秀影(ic0738)の問いに溟霆が笑う。
「一定の条件を定め、不正を働いた者には厳しい処罰を課せば問題ないでしょう」
 此処は陰殻、シノビの国だ。
 シノビの国で不正を働くには相当な覚悟がいるだろう。それこそ見つかっても良いという覚悟が。
「それと総当たり戦は根来寺で王及び上忍四家頭領の監視の元で行えば、それこそ不正は未然に防げるでしょう」
「違いねぇ」
 秀影はカラリと笑い無精髭を摩る。
「俺も陰殻のらしさってぇのを一番に出すなら、命の代わりに印でも奪い合う形の方が良いと思うぜ」
 参加者しか入れねぇ区域で争奪戦だな。と零して、普段は葉巻で塞がれている口角を上げる。
 流石に王の御前と言う事もあり控えてはいるが、如何にも口寂しくて仕方ない。だから口数も増えるのだろうか。
「殺しを無しって前提にして参加者だけで奪い合うなら、傷つく奴も少ねぇし死者もでねぇ。数も力ってぇことで同じ流派で多く参加することで有利にもなるし、一番優れた奴が王になる。これで後腐れもねぇだろ」
「ふふ、確かに。それならば陰殻の色も強く出ような」
 慕容王は何処か楽しげに彼等の言葉に頷く。その上で未だ静かに言葉を耳にする女性へ目を向けた。
「そなたの意見は如何だ」
「『叛』という、力と血の掟の継承を否定するならば、誰でも王になり得るという陰殻らしさは残し、陰殻人が自らの王を直接決める法は如何でしょう」
 フレイア(ib0257)はそう告げた後で慕容王に一礼を向け、頭を緩やかに上げる事で言葉を再開させた。
「私が提案するのは『選挙』と言う方法です。これより陰殻の王は『選挙』により選ばれると良いでしょう」
「選挙……その名の如くであれば挙手した者より王を選ぶと言う事か」
 如何にも聞き慣れない言葉に慕容王の眉が動く。それを見届け、フレイアは頷く。
「その通りです。挙手できる候補者は百名以上の陰殻成人の推薦を得た者とし、投票は勿論無記名で行うのです。その代り、投票に来た者は重複しないよう名簿等で管理します」
「成程。禍根を残さぬ為に、誰に投票したか判らぬ様にするのだな。して、それらは誰が管理するのだ?」
「選挙管理委員……そうした役割を担うものを据えれば良いかと思います。こうした者は陰殻人と開拓者で構成し、公平である事を明確にしなければなりません」
 興味深い。そう告げる慕容王にフレイアは安堵の思いで豊満な胸を撫で下ろした。其処へ新たな声が届く。
「割り込むような形で申し訳ありませんが、私もお話に混ぜて頂けますでしょうか」
 そう進み出たのは玲璃(ia1114)だ。
 その姿に慕容王は髪飾りを揺らしながら頷く。それを見止めて、玲璃はホッと息を吐くと、いま一度頭を下げて唇を開いた。
「私は玲璃と申します。部外者ではございますが参加させて頂きました。先の争奪戦のお話にも、選挙のお話にも掛かる提案をさせて頂ければと」
「提案はどれだけあっても足りぬ。遠慮せずに話してみるが良い」
 告げる言葉に慕容王の先を促す声が聞こえる。それを耳に「畏まりました」と言葉を添えて怜璃が頭を上げた。
「私の提案は王の就任期間についてです。現在、陰殻の王位に任期は無いように思います。ですが、新たな制度では3〜4年に1度など、王に任期を設けては如何でしょうか?」
 任期を設けるのは王位にしがみ付く者を避けより良い王を選ぶ為。全ては陰殻をより良い国にする為の提案だ。
「私は王が完璧で最強である必要はないと考えています」
 慕容王が最初に述べた『陰殻らしさ』それを考えて思った事がある。
 それは『陰殻の貧困はどうすれば解決できるか』『陰殻の王とは何か』と言う問い。そしてそれらに答えられる者こそ王になるべきではないか、と。
「死んだ方がマシな恥辱の中でも生きていける人、そして出来ない事は誰かに任せる事ができる人。そんな人が王であればと思います。勿論陰殻の民の為に考え動ける人である事は必須ですが」
 恥も辛さも全て、陰殻の為に尽くせる人が好い。それは志郎の言葉に慕容王が答えた言葉でもある。
 『私はその力を民を護る為に使って欲しいと願う。そなたの言う様に、民を思う者ばかりが参加するとは思えぬが、そうであって欲しい』と。
 其処まで耳にして、今の今まで静かに遣り取りを聞いていた竜哉(ia8037)が密かに息を零す。
「……本来なら人知れずこっそりと起こるべき事なんだけどね」
 こうした事は。と呟いて緩やかに首を振る。
 叛に開拓者を招き、大アヤカシまで関わった此度の騒動。それらは他国にも知れ渡り、どう収拾するか耳を目を向けているだろう。
 その現状を思えば、こうして他者の言葉に耳を傾け、次期国王の選抜方法を模索する事は致し方ない事と思う。けれど、陰殻という国を思うならある程度の一線は守るべきだ。
「王は開拓者も参加できると言っていたが、参加条件に開拓者の場合には2万文の参加費を。シノビに関しては『陰殻のいずれかの里に属するシノビである事』を前提として付けるべきだと思うね」
 竜哉はそう告げると、自身に集まる視線を受け止め、肩を竦めて見せた。
「陰殻の住人が納得する為には必要な事だと思うけど?」
 確かに。慕容王も言っていたが陰殻には未だに叛の終息宣言を良しとしない者もいる。そうした者に『誰でも彼でも王位選抜に加わる事が出来る』と告げた所で納得して貰えないだろう。
「それと。既に似たような案が上がってるいけど、俺は陰殻主要な里に在る『王の証』を集める方法を推す。里は証の防衛を、王候補者は収奪を行う。但し、行って良いのは証のみで命を奪った場合は失格と同時に制裁対象に加えれば良い」
 陰殻らしさ、そして出来うる限り反発の起きない選抜方法を模索した上での提案だ。
「もし『王の証』とやらが何時までも経っても手に入れられない場合は如何するのだ。無期限に行うのか?」
 否。と竜哉は首を横に振る。
「陰殻の西瓜に収穫期間が在る様に、選抜にも期間を設けた方が良いだろうな。それこそ3ヶ月から半年程度か」
 そこまで口にした所で唐突に笑い声が響いた。コロコロとした笑い声を辿った先に居たのは慕容王だ。
 彼女は着物の袖で口元を覆うと、実に楽しそうに目元を緩めた。その表情に、傍で慕容王の容態を心配していた柚乃の頬も綻ぶ。
「王位選抜の期間を西瓜の収穫時期に重ねるか。実に面白い発想だな。だが、そなたの言う通りであろう」
 期間を設けなければ人はだらける。そのだらけが国に悪影響を及ぼす事は容易に想像出来る。そしてそれを起こさせない為の期間は、竜哉の示す3〜6ヶ月が無難だろう。
「そなたの提案。有り難く受け取ろう。して、そなたは如何だ? 先程からずっと黙しておるが、見た所シノビのようだ。そなたの考えも聞かせては貰えぬか」
 性別を隠しているようだが其処に触れる気はない。慕容王は千見寺 葎(ia5851)に目を留めると、彼女の考えを問うた。
 これに葎の目が一瞬だけ惑う。けれど此処に来た目的を思い出したのだろう。戸惑う様に閉ざされていた唇が動いた。
「……僕は陰殻の掟を疑わないことで生きてきた、端くれで……当惑している側の人間です。空恐ろしいような……」
 陰殻の民にとって掟は絶対。それこそシノビにとっては命を賭して護るべきものだ。
 それが変わるかもしれない。それを思うと嬉しいと言う気持ちよりも戸惑いや恐ろしさが浮かぶのは当然かもしれない。
 でも。と言葉を切り、今まで微かに外していた視線を合わせる。
「掟が変わることに、期待しているから、……参じました」
 シノビにしては素直な事。
 慕容王は密かにそう呟き、フッと笑んだ後に先を促す。
「もう、既に上がってますが、期間の設定をして、長期化による金銭や監督の負担をしたら、と……あと、参加に際し、参加料の徴収をしたらどうかと」
 陰殻の財政を思えばこうした出来事は貧困を招く原因になる。ならば王位を臨む者はそれを阻止する為に一定量の参加費を払うべきでは。と言うのが彼女の案だ。
「あと……選定方法として、座学試験、は如何でしょう」
「座学とな? それは如何様な物なのだ」
 陰殻の民に座学を適応すると言うのは寝耳に水。力による遣り取りが常だった陰殻からは到底思い付かない方法だ。
 葎は驚く慕容王の視線を受け止めると、小さく頷く。
「座学試験は陰殻の地の他、政や商の知識など…この国が変わり導く王を生むなら、必要になる話かと」
 他国間との交渉。陰殻内部の政。確かに全くの無知では立ち行かない事も多いだろう。
 慕容王は静かに彼女の言葉を耳に留め「成程」と呟いた。そして皆を一度静かに見回すと、穏やかに微笑む。
「貴重な意見を聞かせて貰った。存分に参考にさせて貰う」
 そう告げて彼女の手が上げられる。
 直後、広間にお盆を持った人物が姿を現した。其処に乗せられているのは陰殻西瓜だ。
「柚乃、と言ったか。彼女が土産に持参した物で、氷霊結で冷やしてあったのだ。折角の冷えた西瓜ならば、皆で食べるのが良かろう」
 陰殻西瓜は一切れずつ皆の前に置かれ、涼やかな姿を晒している。それらに手を伸ばしながら、慕容王は自らに視線を注ぐ娘――柚乃に目を向けた。
「その顔、見覚えがあるぞ」
 フッと笑んだ慕容王の瞳に、柚乃の瞳が落ちる。
「そなたは叛の最中も私の身を案じていたな。その時の顔に良く似ている」
 彼女の指摘は当っている。
 柚乃は慕容王の様子を見て、彼女の容態を誰よりも心配していた。今も心から願うのは『生きて欲しい』と言う想い。
 けれどそれを正面から言うのは憚られた。
「先程の、慕容王の提案した争奪戦……殺伐としたモノではなく、お祭り的なモノだったら……と」
 こう思ったのは嘘ではない。けれど本音を隠す為に発した言葉である事は事実。慕容王であればその事実に容易に気付いてしまうだろう。
 されど、慕容王は言う。
「祭りか。それも悪くない」
 クスリ。艶やかな笑みが彼女の唇を零れ、それに合わせて秀影の声が響いた。
「それだったら、誰が王となるかを慕容王の主催で賭けを行えば良いんじゃねぇか? 陰殻が発展するためにゃ金も必要さ。天儀中で賭けを行えば力を示せる上に金も集まるってなぁ」
 カラリと笑って西瓜を頬張る彼に誰もが驚いた目を向ける。けれど慕容王だけはその言葉を真摯に受け止めたようだ。
「参考にさせて貰おう」
 楽しげな笑みを1つ零し、彼女はそう言葉を切ると柚乃が持参した西瓜に唇を寄せたのだった。

●風、参る
 数日後、陰殻では次期国王の選抜方法が発表された。その内容は以下の通りである。


一、国王の任期は四年とし、四年に一度新たな国王選抜を実施する。

一、王の選抜は以下に記す方法に準ずる。
 イ、参加資格は陰殻の者、及びシノビの術を身に付けた開拓者とし、開拓者が参加する場合には一定の参加料を納める事を条件とする。
 ロ、上記参加者で「王の証」獲得選抜を実施する。
 ハ、「王の証」を持つ者を最終候補者とし、その中より陰殻の民が投票して一人を選抜する。

この期間、陰殻では祭りを催す事とし、次期国王は祭りの最後に就任挨拶と祭りの終息宣言を行う。
尚、「王の証」獲得や投票に際し不正を働いた者は、以降の王位選抜に参加出来ないものとし、シノビ以外の者、他国権力者の参加は認めないものとする。


「慕容王。何故、開拓者の参加資格をシノビの術を身に付けた開拓者としたのでしょう。叛にはそうでない者も多く参加していましたが……」
 そう問い掛けるのは、慕容王の代わりに筆を執っていた者だ。彼は慕容王の上げる次期国王選抜方法を記す手を止めると彼女を見た。
 その視線に慕容王の目がふと細められる。
「集まった開拓者の中に、こう言った者が居たのだ。『有象無象の存在でありその信念ですら定かでない開拓者へ王の道を拓く等、王のご判断ではありますが到底承服できるものではない』と」
 この言葉は溟霆が慕容王に告げた物だ。
 彼が望むのは『開拓者及び陰殻国人以外の人間の排除』。この言葉は彼も含め、多くの陰殻の民が持っている物だろう。
「溟霆と名乗った開拓者は、私に直接思いを伝える事が出来た。だが他の者は違う。その殆どは、言の葉を隠して決定を受け入れるだろう」
 けれどそれで良いのだろうか。そう慕容王は考えた。故に、彼等を納得させられる最低限の条件を付けたのだ。
「……自分も、その開拓者と同じ考えでした」
 素直に告げられた言葉に慕容王が「そうか」と笑みを零す。その上で筆を執る様に促す。
「『王の証』は陰殻の主要な里に隠し、里の者は証獲得の阻止に勤しむ。また、挑戦者は里の者の手を掻い潜り証獲得に努める。これは陰殻の民を護るだけの力があるかを見極める手段とし、一切の不正行為を認めないものとする」
 慕容王は其処まで言葉を紡ぐと、全てを書き止めた書と筆を受け取った。
 そして新たな墨を付けて最後の空間に自らの名を刻む。
「これが善と出るか悪と出るか、それはまだわからぬ。けれど願わずにはおれぬ。この新たなる風が、陰殻の良き風となる事を……切に、願おう」
 慕容王はそう囁き、記した名の下に血の判を押した。