【流星】海でひゅ〜どろろ
マスター名:朝臣 あむ
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/08/03 22:44



■オープニング本文

 ミーン、ミーン。

 神楽の都に響く蝉の声。それらを耳に、月宵 嘉栄(iz0097)は神妙な面持ちで目の前に座る志摩 軍事(iz0129)を見ていた。
 そんな彼の前に在るのは一枚の書面だ。


――やって参りました、大納涼祭!
 今年はなんと開拓者の方限定で海を貸し切って行っちゃうぞ〜♪
 肝試しは勿論、今年は海って事でジルベリア式水着も用意!
 天儀の褌も良いけど、ポロリはなしだぞ?
 と言う訳で、どなたさまもお友達をお誘いの上参加してね!
 尚、肝試しは昼間限定。
 驚かし役も募集してるから、陰陽師やそうしたことが得意な方もぜひぜひどうぞ♪――


「……今年こそは見ねえ振りしようと決めてたってのに……」
 苦々しげに呟く彼の目に飛び込んで来るのは『大納涼祭』の文字。去年とその前と、散々な目に合ったので今年は無視するつもりだったのだ。
 だが今年は思わぬ方向からその誘いが来てしまった。
「今朝この書面が統括の文と共に届いたのです。統括の意図が私にはさっぱり……今は何処も殺気立って大変な時期。遊んでいる場合ではないですし、それに……」
 言葉を詰まらせた嘉栄に志摩は視線を泳がせる。彼からすれば東房国霜蓮寺の統括が嘉栄に参加するように勧めた理由がわかる。
 その理由と言うのはコレだ。
「『ジルベリア式水着』……奴はこれをお前さんに着せたいんだろう」
「意味がわかりません」
 一言で切り捨てた嘉栄に、乾いた笑いが漏れる。
 なんだかんだ言っても霜蓮寺の統括は嘉栄に甘い。神楽の都にいる間に色々なことを経験して、楽しいことも覚えて欲しいと思うのだろう。
「しっかし、アイツは何だってこの行事を知ったんだ?」
「文には久万殿から頂いたと書いてありました。久万殿が何処から入手されたかはわかりませんが……」
 それも不思議な話だが、統括の右腕である久万も関わっていると言うことはどうあっても参加させたいのだろう。
 そこまで考えてハタと思い至る。
「嘉栄。まさかとは思うが、水着が届いてないか?」
「……」
 露骨に視線を逸らした彼女に「ああ」と苦笑した。つまりはそう言う事だ。
「着てやれ」
「意味がわかりません」
 再び切って捨てた言葉に志摩は苦笑を深める。
 こうなって来ると嘉栄を無事に海へ届ける役目が必要だろう。そしてその役目が志摩である事も明白だ。
 何故なら統括は、嘉栄が志摩を頼る事をはじめからわかっていたと思うから。
 志摩は視線を動かすと、縁側でぼーっと空を見上げている陶・義貞(iz0159)を見た。
「義貞、今年も納涼祭に行くぞ!」
「……ヤダ」
 ぼそっと返された言葉に嘉栄が目を瞬く。
「義貞殿はまだ?」
「まあ、多感な年頃だからな。俺も正直、海で肝試しとかマジで勘弁なんだが……息抜きもさせてやりてぇしな」
「志摩殿も大変ですね」
 しみじみとそう言った嘉栄に志摩は小さく笑う。
「んじゃあ、ひとっ走りギルドに参加表明をして来るか」
 そう言って立ち上がろうとした時、荒々しい足音が廊下に響いた。そうして訪れた住人に室内全員の目が向かう。
「これは恭一郎殿。如何なさいました」
 声を上げたのは嘉栄だ。そして視線の先に居るのは超が付くほど不機嫌そうな顔をした天元 恭一郎(iz0229)だ。
 彼は嘉栄を見るなりこう言う。
「手合せして下さい」
 恭一郎がこうして嘉栄に手合せを求めるのは初めてではない。嘉栄が霜蓮寺のサムライであると知ってからかなりの確率で足を運んでいる。とは言え、今日は若干様子が違う。
「構いませんが、如何されましたか?」
 立ち上がった嘉栄の言葉に恭一郎が憮然とした様子で睨みを利かす。それでも怯まない彼女に息を吐くと、彼は肩を竦めながら外を見た。
「置いてかれたんですよ」
「は?」
 何の事だろう。そう瞬く嘉栄に、志摩がぽんっと彼女の肩を叩く。
 志摩は『誰に』置いて行かれたか直ぐにわかったのだろう。同情の視線を恭一郎に注いで苦笑する。
「嘉栄、とりあえず手を抜いてやれ」
「それは失礼と言うものでしょう。いくら連戦連敗であろうとも、ここは誠心誠意篭めてお相手しなければいけません」
「おまっ!?」
 嘉栄の言ったことは事実だ。
 恭一郎は嘉栄との手合せで一度も勝てていない。その理由は定かではないが、これは事実だ。
 だがこの一言が恭一郎の何かに火を付けた。
「悪意のない本音が一番傷付くんですよ。もう面倒です。ここで勝負を着けましょう」
 言いながら抜き取られた刃の切っ先が嘉栄に向かう。
「構いません。如何なる場所であろうとも、真剣に勝負させて頂きます」
 嘉栄はそう言うと恭一郎と同じように刃を抜き取る。これに慌てたのは志摩だ。
「室内で抜刀すんじゃねえ! つーか、嘉栄も抜くんじゃねえ!」
 2人の間に入って「がるるるっ!」と威嚇する。ここで大物2人が暴れたらどんな事になるか……。
「「退いて下さい」」
 見事に重なった二つの声に志摩がキレた。
「お前ら海でも入って頭を冷やせっ! ここで暴れたら問答無用で出入り禁止だ!!!!」


■参加者一覧
/ 六条 雪巳(ia0179) / 御神楽・月(ia0627) / 柚乃(ia0638) / 礼野 真夢紀(ia1144) / キース・グレイン(ia1248) / 鞍馬 雪斗(ia5470) / からす(ia6525) / アルーシュ・リトナ(ib0119) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / ケロリーナ(ib2037) / プレシア・ベルティーニ(ib3541) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 玖雀(ib6816) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / エルレーン(ib7455) / 朧車 輪(ib7875) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / ジョハル(ib9784) / 伊波 蘇乃(ic0101) / アミア・カルヴァ(ic0376) / 御神楽・十貴(ic0897) / 白隼(ic0990


■リプレイ本文

●準備しよう!
 青い海、白い砂浜。ここは神楽の都からそう遠くない場所に在る海辺だ。
 キラキラと輝く水面が綺麗な海には、当然のように水着を着た美女が――……いない。
「おお! 柚乃殿、それは誠でありますかな!」
 そう言って歓喜の声を上げたのは、海だと言うのに腰蓑1枚でポージングを決める白馬王司だ。
 彼は陰陽道で鍛えた筋肉を披露しながら、長い髪を2つに結い水着の上にサマードレスを着込んだ柚乃(ia0638)を見た。その表情は紛れもなく嬉しそうだ。
「……白馬さんにご協力頂ければ良いな、と」
「そう言うことでしたら何でもしますぞ! さあ、何なりとご命令下されっ!」
 ふんぬっ! と、気合を入れた白馬に柚乃はゆっくりと目を瞬く。その表情からは何も伺えない。
 そして次に聞こえた声からも……。
「筋肉自慢でも……脱いでも良いです」
「おおおお!!!」
 白馬超感激! 雄叫びのような歓声を上げるそんな彼に「そりゃ駄目だろ!」と内心で突っ込んだのは玖雀(ib6816)だ。
 極力白馬と目を合せないようにしながら、引き攣る口元を隠すように片手で顔を覆う。と、其処に元気な声がした。
「ぴょ〜ん☆」
「のあ!?」
 視界を遮る様に飛び出してきた肌色に目を見開く。が次の瞬間、玖雀は物凄い速さでその肌色に衣を着せた。
「な、な、なんて格好してやがるっ!」
 水着は予想の範囲内だが、全裸は無いわ! 盛大に顔を赤くしながら叫ぶ彼に、当事者であるプレシア・ベルティーニ(ib3541)が「うにゅ?」と首を傾げる。
「いきなり飛び出したらびっくりするかな〜? って、試してみた〜☆」
「阿保か! 良いか、女人と言うのはもう少し恥じらいを持つべき。良いから布のある物を着ろ!」
「布〜……ふにっ、わかった〜♪」
 そう返事をして、着させられた長い袖をぶんぶん振り回して茂みに消えてゆくプレシアを、玖雀は大仰な溜息を吐きながら見送った。
 その姿を見ていた志摩 軍事(iz0129)がそっと目頭を押さえる。それに気付いたのだろう、皆の傍でナマコを抱えた朧車 輪(ib7875)がきょとんとした様子で志摩を見上げた。
「……どうか、した?」
「……いや、何だろうな……俺と微妙に被って、目が……。アイツ、今後も苦労するぞ」
 涙でも堪えているのだろうか。震える声に輪は目を瞬くと、傍で蛸壺を引き寄せていたジョハル(ib9784)の腕を引いた。
「そっとしておいてあげよう。それよりも輪、タコさんだぞ」
 そう言って蛸壺から引っ張り出した蛸を輪の前に差し出す。これに輪の目がパアッと輝いた。
「たこさん、すごい」
 蛸を受け取ろうと両手を伸ばした姿に蛸足が揺らめく。そしてもう少しで触れるかと言う所で反撃が来た。
「うぷっ!?」
 顔に飛び散った蛸墨に目をパチクリ。
「ああ。顔に墨が付いてしまったね。こっちを向いて、拭いてあげよう」
 袖を伸ばして拭いてあげた墨が、びろーんと伸びて髭のようになる。その姿にクスリと笑うと、ジョハルは改めて彼女の顔を拭った。
「これはこれで可愛いね。でも、早く拭いてしまおう。そうだ輪、ワカメも落としたらビックリするんじゃないかな?」
 探してみるかい? そう問い掛けるジョハルに目を輝かせると、輪は大きく頷いた。

 そしてその頃、お化けの準備をしていたアミア・カルヴァ(ic0376)は、着替えを終えて戻って来た友人の伊波 蘇乃(ic0101)の姿を見て複雑な表情をしていた。
「どうどう、似合う〜?」
 クルリと目の前で回転して見せる蘇乃はフリフリの可愛いビキニ姿。一見すれば可愛い水着なのだが、色々と目のやり場に困る姿だ。
 しかしアミアは冷静なもので。
「まあ、うん、似合ってるよ……多分」
 正直半分に応えながら、ふと視線を外した。其処に厳つい顔のおじさん――いえ、おっちゃんこと十貴(ic0897)がいる。
 この暑い中、巫女服を纏って歩く姿は、その容姿も相俟って相当に暑苦しい。
「この女を知っておるか?」
 そう言いながら開拓者に見せるのは、自作の似顔絵。どうやら女性らしいのだが、意外と上手いかもしれない。
「さ、さあ……見た事ないわ」
 似顔絵を見せられた白隼(ic0990)は困惑した表情で首を傾げている。その表情は十貴の姿に対してなのだが、姿に逃げ出さなかっただけ凄い。
 十貴にこうして声を掛けられた場合、大抵の者は逃げ出してしまう。それは彼の容姿や服装の所為なのだが、本人はその事に全く気付いていない。
「そうか、邪魔したな」
 彼はそう言って深々頭を下げると、白隼の前から立ち去った。それを見送り、彼女のビキニに覆われた胸が上下する。
「なんだったのかしら、あれ」
 十貴との遣り取りを思い返して失礼ながら安堵の息を零す。そうして一歩を踏み出すと、パレオに縫い付けられた硝子飾りや鈴が鳴り響いた。
 それを耳に今のやり取りを見ていたアミアが呟く。
「……あれに比べればだいぶマシか」
 どうやら十貴の事らしい。
 口中で呟いて視線を戻すと、蘇乃の嬉々とした表情が飛び込んで来る。
 口中でボソリと呟き蘇乃を見る。
「あ、いい事思いついちゃった♪」
 そう言うと蘇乃は持っていた短剣をアミアに近付けた。これに彼の眉が上がるが逃げる気はないらしい。
「少しだけちょうだい♪」
「……少しだけだぞ」
 この返事に頷くと、蘇乃は彼の髪を少しだけ切って、持って来ていたぬいぐるみに向き直った。
 どうやらこれから道具の作成に入るらしい。それを見つつ、アミアが零す。
「さて、俺は何をやって驚かそうか……」

 この頃、アミアや蘇乃がいる場所から少しだけ離れた砂浜では、陽月(ia0627)が憂い気に溜息を落していた。その視線の先には、青い水着を纏う自らの胸がある。
「今、覚えのある声が聞こえた気がしますが……気のせいですね。それよりも、こんなものでしょうか……」
 普段よりだいぶ大きな膨らみに手を添えてポツリ。その上で周囲を見回すと、会場である海に視線を流した。
「見晴らしも良いですし、これで肝試しになるのでしょうか」
 呟くもののやると言った以上はやるのだろう。彼女は止めていた足を動かすと、迷うことなく海にそれを浸した。
「まあ、なんとかなるでしょう。折角の肝試しですし、楽しまないと」
 フッと意味深な笑みを零すと、陽月は海の中に消えて行った。

●なにやら複雑?
 打ち寄せる波を不思議そうに見詰めるサミラ=マクトゥーム(ib6837)は、内心複雑な面持ちでこの肝試しに臨んでいた。
「……幽霊なんている訳、ないし」
 そう零しながらも、剣で斬る事の出来ない幽霊に恐怖心を抱く。それを隠すように眉を潜めると、彼女の隣から思いがけない声が聞こえて来た。
「これがジルベリアの水着かぁ」
 しみじみと声を零すのはケイウス=アルカーム(ib7387)だ。
「カナヅチで泳げないけど、夏の海はこれで快適だね♪」
 そう言って笑う彼にサミラは密かに息を吐く。
「ケイ……目的」
「え、目的?」
 キョトンと目を瞬いた彼に僅かに目を見開く。そうしてそれを細めると、呆れたように息を吐いた。
「まさか……」
 怖い想いを隠してサミラが居るのには訳がある。その訳をケイウスは忘れたと言うのだろうか。
「わ、忘れてないよ! おば――じゃない。苦手克服の為に、2人に付き合って貰ったんだから」
 ね? ね? と笑顔を振り撒いて、にこやかに後ろに控えてるアルーシュ・リトナ(ib0119)を振り返る。その視線に頷くと、アルーシュは手にしていた三味線を楽しげに鳴らした。
「はい。ケイウスさんのお化け克服の修業をせいいっぱいお手伝いさせて頂きます」
 白いセパレート型の水着を着た彼女は、サミラから見ても眩しいと思うほどに綺麗だ。それこそずっと眺めていたいと思うほどに。
 ならば男性であるケイウスなど勿論それ以上に見惚れる訳で。
「女の子の水着って可愛いな」
 ほわっと呟いた声にサミラの米神が動くが、注意はしない。だって本当に可愛いと思うから。
 そんなサミラはタンクトップ・ビキニと言う露出の少ない水着を着ている。
 アルーシュは2人の様子にクスリと笑うと、双方の顔を見て告げた。
「がんばって克服しましょうね」
 この声に2人が顔を見合わせてぎこちなく頷く。と、その瞬間、サミラの目にある人物の姿が飛び込んできた。
「ごめん。ちょっと、離れるよ」
 そう言って駆け出したサミラは、波打ち際に腰を下ろして海を眺める陶・義貞(iz0159)に近付いて行った。その足音に義貞の顔が動く。
「……砂迅騎の姉ちゃんか。久しぶり」
 振り返った義貞にサミラの目が瞬かれる。
「……立ち直った……とは、少し違う?」
 元気はないが、凄く落ち込んでいると言う風でもない。どちらかと言うと、何かを考えているような、そんな表情だ。
「引き摺ってる訳でも、なさそう……調子は、普通?」
「普通かな。若葉の事なら大丈夫だよ。俺は1人じゃないから」
 しっかりとした声音で答える彼に、サミラの視線が落ちる。彼の言葉と表情を見て、過去の出来事を思い出したのだ。
「貴方は凄いよ……」
 ポツリ、零した声に義貞の目が向かう。
「私は、何も選べなかったから、さ」
 そう言って苦笑したサミラに今度は義貞が目を瞬くと、彼は彼女に聞こえる声でこう言った。
「もし俺が1人だったら何も選べなかったと思う。姉ちゃんたちやおっちゃん……それに若葉が居たから選べたんだ。ありがとう」
 感謝の言葉と共に下げられる頭に、サミラが複雑そうな笑みを浮かべる。そうして足を下げると、彼女は義貞から視線を外した。
「言いたかったのは、それだけ……邪魔、したね」
 そう告げてサミラは去って行った。
 それを見送るでもなく、再び海に視線を戻した義貞へ新たな足音が響いてくる。
「お邪魔してしまったでしょうか?」
 問いながら足を止めたのは、浴衣を纏う六条 雪巳(ia0179)だ。彼は自分を見上げた義貞の顔を見てふと微笑むと、自然な動作で膝を折った。
「気が乗らないのであれば、無理に肝試しに参加しなくても良いと思いますよ」
 海を見るばかりで動こうとしない彼に、自分と同じ物を感じて囁きかける。
 雪巳は肝試しに参加する意思はない。ただ義貞が来ると聞き、彼の様子を見るがてら此処に来たに過ぎない。だから――
「水着じゃない?」
「え? ええ。水着はお嬢さん方にお任せしようかと……義貞さんは水着なんですね」
 唐突な返しに雪巳の目が瞬かれる。
「なんか涼しそうだったから」
 確かに水着は泳ぐと言う機能面を重視しているので露出が多い。だから涼しいのは納得いくが、それにしてもなぜ今水着の話題なのか。
 不思議そうに彼の顔を見詰めていると、不意に義貞の表情が真剣なものになった。
「雪巳さん、ありがとう。アイツにも、ありがとうって伝えてくれると嬉しい」
「もう、大丈夫なのですか?」
 目を見て告げられた言葉に問いを向けると、義貞は確かな頷きを向けてくる。
「ずっと考えてたんだけど、若葉の事は仕方がなかったんだ。寧ろ、あれで良かったんだって思う。ただ、俺の行動でいろんな人に迷惑を掛けたのは事実で、それをどう償えば良いかってのは、未だに答えが出ない……」
 自分が起こした行動。それによって出た結末に向き合おうとしている姿を見て、雪巳は僅かに目を細める。
 そして義貞の肩をポンッと叩くと立ち上がった。
「その気持ちがあれば大丈夫です。同じことを繰り返さない為に今回のことを活かせば良いのです。それに、義貞さんは1人ではないでしょう?」
 そう言って、こちらを心配そうに見ているリンカ・ティニーブルー(ib0345)に目を向ける。
 その視線につられるように目を動かすと、義貞の目が微かに見開かれた。
「肝試しを如何するかは彼女と話してからでも遅くないでしょう。断る時は私もご一緒しますから声を掛けて下さい」
 雪巳はそう言うとリンカに目礼し、静かな足取りで皆が居る肝試し会場へと歩いて行った。
 残された義貞は、近付くか否か迷っているリンカに目を向けると、意を決したように立ち上がって彼女に歩み寄った。
 これに彼女の瞳が大きく揺れる。
「……、……」
 何か言おうとするが第一声が出て来ない。
 本当なら自分から声を掛け、彼を励ます言葉を言いたいと思う。それでもそれが出来ないのは、若葉を倒す側に回った事もそうだが、義貞を護りたいと言う一心で彼の初めてであろう口付けまで奪ってしまった事への後ろめたさが原因だ。
「リンカさん。この前は、ありがとう」
「!」
 目の前で足を止めた義貞の第一声に、リンカの胸がギュッと締め付けられる。
 嫌われていたと思っていただけに、聞こえた声や言葉の優しさに目頭が熱くなる。それと同時に嬉しさが募ると、彼女の顔に抑えきれない笑みが乗った。
「あたしの方こそ、有難う……」
 もう以前のように大人のお姉さん然とした態度ではいられない。そう胸の内で思いながら、溢れてくる想いを押さえようと微笑むと、義貞の顔が僅かに赤くなった。
「いや、リンカさんは、俺に感謝する事なんて……俺の方がよっぽど、世話になってるし」
 ボソボソと呟く彼に微笑みを深くし、リンカは思い出したように手にしていた縫いぐるみを差出した。
「これって……」
「良ければ受け取ってくれるかな。この前の闘いで皆が言ってただろ。再び巡り合えるように、って」
 若葉に酷似した縫いぐるみ。これはリンカの手作りだ。
 輪廻転生を願い、また巡り合える事を願いながら大切に縫い上げたそれには彼女の想いが籠っている。
「……ありがとう。大事にする」
 義貞はそう言うと、縫いぐるみを受け取って、今出来る最高の笑みを彼女に向けた。

 一方、会場近くの砂浜では不穏な空気が漂っていた。その原因は、水着姿で帯刀した月宵 嘉栄(iz0097)と、全く普段と変わらない黒一色の着物を纏う天元 恭一郎(iz0229)にある。
 だがこの世には怖いもの知らずもいるもので、こんな険悪な雰囲気の中、のんびり貝拾いをする者が居た。それがこの方、ケロリーナ(ib2037)と天元 征四郎(iz0001)だ。
「てんてんおにぃさま、この貝殻はどうですの〜」
 ケロリーナは大きな貝と小さな貝を持って首を傾げると、傍で貝を物色していた征四郎を見た。これに視線を動かすと、征四郎は小さな貝殻に手を伸ばす。
「五十鈴は赤を好む。この位の色合いならば、問題はないかもしれない……」
 小さな貝殻は、光の加減で白く、陰りを覗かせると赤を見せる。大きさ的にも持ち帰るには最適だろうと、征四郎は貝殻を懐にしまう。
 それを見届けて、ケロリーナは立ち尽くしたまま言葉を発しない嘉栄と恭一郎を見た。
「そうですの! 恭一郎おじさまと嘉栄お姉さまの剣はどっちが強いですの?」
「ケロリーナ、今その話題は――」
「私です」
 征四郎の静止の声も虚しく、嘉栄がきっぱりと答える。これに恭一郎の鋭い視線が飛ぶが、嘉栄は一向に気にした様子がない。
 正直言って、ここから一番逃げ出したいのは征四郎に違いない。しかしあろうことかケロリーナは、更にこんな事を言い出した。
「けろりーなの予想では恭一郎おじさまは嘉栄おねえさまが気になってるのかなぁと思いましたの〜」
 流石は女の子。恋愛に興味があるのは結構だが、ここでそれはマズイ。流石に止めようかと征四郎が手を伸ばした時、露骨に表情を歪めた恭一郎が口を開いた。
「面白い事を言うお嬢さんですね」
 声はにこやかなのに顔が笑ってない!
 思わず臆したその瞬間、更なる地雷が投下された。
「前にてんてんおにいさまと嘉栄おねえさまはお見合いしてるのです? 嘉栄おねえさまは恭一郎おじさまとどんな関係ですの〜?」
「確かに見合いはしたが、あれは霜蓮寺の財政に関してで、いやそれ以前にこれ以上の問いは――」
「恭一郎殿は、確かに腕は立つと思いますが、性格に難があると言いますか……私は少々遠慮したく」
「偶然ですね。僕も同意見です。剣技にしか興味のない女性は少々。真田ならまだしも彼女は在り得ませんね」
 ニッコリ言い放った言葉に、別方面から戦慄が走った。
 真田さんならあり得るの!? そう驚愕の表情でこれを聞き止めたアルマ・ムリフェイン(ib3629)が、ぶるぶると震え出す。
 これは武者震いか、それとも別の恐怖か。
 ハッキリ言ってこの状況下で首を突っ込むのは自殺行為だが、あそこまで不機嫌な恭一郎は珍しい。それに恭一郎を知る良い機会になるかもしれない。
 アルマはそう自分に言い聞かせ、何とか足を踏み出して声を掛けた。
「あの、恭一郎さん」
 おずっと紡ぎ出された声に、鋭い視線が飛ぶ。これに彼の狐耳が垂れ下がるが、それでもなんとか声を絞り出す。
「真田さんの…お土産に、魚の調達とか……その……五十鈴ちゃんに、征四郎ちゃんと貝殻探し、とか……どう、でしょ――ぅっ?!」
 最後の言葉を言い終えるかどうか。そんな瞬間に首根っこを掴まれる。直後、苦痛の声を漏らしてアルマの表情が歪められた。
 それを見止めた恭一郎の目が眇められる。
「君は馬鹿ですか」
 身も蓋もない言葉に首が竦む。
「何を隠しているのかと思えば、そんな大怪我でこんな場所にくるなんて馬鹿としか言いようがありません。それとも、治療の一環として海水に浸して欲しいんですか?」
 言いながら海水の方へアルマを差出す恭一郎に、彼の体がビクッと竦む。だが彼の体が実際に海へ差し出される事はなかった。
「流石に行き過ぎだぞ。機嫌が悪いのなら他所で発散してくれ。勿論、発散の為に暴れるのなら他人を巻き込まないのが前提だ」
 険悪な雰囲気を醸し出す恭一郎を物ともせず言い放ち、彼の手からアルマを奪い取るとキース・グレイン(ia1248)はやれやれと息を吐いた。
 その姿に誰もが怒りの恭一郎を想像したのだが、意外や意外。彼の口から洩れたのは怒りでも何でもなく、あまりにも拍子抜けする言葉だった。
「何で水着じゃないんですか?」
 これは明らかにキースへ向けられた言葉だ。
 この言葉に彼女の眉が上がる。
「着てるだろ」
「それを着てるとは言いませんよ。せめてその上着を脱ぎませんか?」
 そう不満気に恭一郎が言い放つキースの水着は、上下一体の半袖半ズボン型スイミングスーツと呼ばれるモノ。しかも色が黒に灰で無地と色気も何もない。
 更にその上からシャツを羽織っているので、服を着ているのと大差がないと言う。
「脱ぐ必要性も感じない。そもそもこんな暑い中で肝試しをする意味がわからない」
 若干投げやりに返された言葉に、恭一郎の目がアルマへ移った。それに彼の首が傾げられる。
「アルマ君。君に任務を与えます」
「任務?」
「ええ。キースさんに水着を着せれたら、君が隠しているものは見なかった事にします。でももし出来なかったら……わかりますよね?」
「え、え?」
 どういうこと? そう視線を動かすが、恭一郎の目は冗談を言っているものではない。アルマは意を決してキースに向き直ると、上目遣いで彼女を見詰めた。これにキースの眉が上がる。
「キーちゃん……」
「! ダメに決まってるだろ!」
 却下だ。却下。そう言ってズカズカ去って行く姿にアルマが尻尾を下げる。それを見届け、恭一郎の手が彼の肩に触れた。
「肝試しが終わるまでに成功すると良いですね」
 そうニッコリ笑った恭一郎に、アルマは引き攣った笑いを返したのだった。

●肝試し開始!
 網焼きの材料を備えて、礼野 真夢紀(ia1144)はこれから出発するであろう志摩を見上げる。
 その表情は何処か楽し気だが、僅かに気遣いも伺える。
「管理人さん、頑張ってください」
 今年は例年と違って昼間に肝試しをする。なので前のような事はないと思うが、驚かす側の人間は開拓者。油断は出来ないだろう。
 そもそもこの肝試しに参加しようとした切っ掛けを聞く限り、何とも言い難い表情になる。
「室内で大物2人が抜刀しないでほしいですよねぇ。余波がこっちにも来ますし」
 開拓者下宿所に住んでいる身としては他人事ではない。そう言う事だろう。
 なんにせよ、今は肝試し後の準備が大事。
「それでは管理人さん、いってらっしゃいです」
 そう告げてにこやかに告げて、真夢紀は皆が戻って来た時の為に準備を再開した。
 そして肝試しに送り出された志摩は、その耳に色々な人の悲鳴を響かせて歩いていた。
 勿論、自分も含めて、だ。
「アホかあああああああっ!!!!」
 悲鳴と言うには少々アレだが、盛大に叫んだ志摩の前に立ち尽くす、若干描写不可能な白馬が2人。時折姿勢を変えながら華麗に筋肉を披露する奴に志摩は蒼白の表情を浮かべる。
「誰だ! ンな場所で、時の蜃気楼なんか使った奴はっ! つーか、貴重な技を白馬なんかに使うんじゃねえええええええ!!!」
 まあそうですよね。けれど仕掛けた柚乃は至って冷静。更なる術を紡ぐ準備を整えると、志摩の背後から「うらめしや〜」と声を忍ばせた。
 それに反射的に振り返るが誰もいない。
「……貴方の声の届く距離、か?」
 正解。だが一瞬のこの反応が、彼を窮地に追い込む。
「大丈夫かっ!」
 突如駆け込んできた髭面のおっさんに驚いた志摩が雄叫びを発する。これに駆け付けたおっさんこと十貴も雄叫びを上げて、おっさん二重奏の完成だ。
「「うおおおおおおおお!!!」」
 何だかわからないが物凄い絵面になってる。
 十貴は悲鳴を聞き付けて駆け付けたのに、志摩に驚いて駆け出すし、志摩は志摩で駆け付けた髭面の巫女さんに驚いて駆け出す始末。
 しかも彼はそのままの勢いで海に飛び出す物だから、脅かし役の良いカモになってしまった。
「オォオォォオ」
 海辺から聞こえた謎の声にゾクリと背を震わしたのも束の間。足を掴んだ冷たい感触に志摩の目が落ちた。
 直後――
「出たあああああああッ!」
 トラウマ再来。何時ぞやの人魚が脳裏を過り、盛大な叫び声が木霊する。しかし足を掴んだお化けこと陽月は離さない。
 足まである髪を海に漂わせながら、ニタリと口角を上げ、キシシと笑って見せる。そして足に縋り付く様に這い上がろうとした瞬間、志摩は声なき声を上げて駆け出した。
「ふふ、楽しゅうございますね」
 これは中々。
 上々な反応を見せた志摩にクスリと笑み、陽月は密やかに胸の詰め物を直すと、海に漂い直した。
 そして志摩はと言うと、次なるお化けと遭遇して声を張り上げていた。
「練力の無駄遣いすんなぁ! つーか、阿保だろ! 阿保以外の何者でもねえだろっ!! マジで死ぬぞッ!!!」
 足元から飛び出した巨大な龍の幻影と、何だかやたらと危機感を覚える気配に志摩が後じさる。
「ふにっ、びっくりしてるの〜♪」
 ビキニを着たプレシアが、玖雀の頭の上でひゃっ☆ と満面の笑顔を浮かべる。そんな彼女が放ったのは、大龍符と黄泉より這い出る者、だ。
「プー……流石に黄泉は洒落にならねぇ。あのおっさん以外は禁止な?」
 言って彼女を見上げた時だ。
「ふ、ふにゅ!?」
「ンな!?」
 体勢を崩したプレシアが玖雀の顔にしがみ付いた。
 突然視界を奪われ、目の前が真っ暗になった玖雀に更なる追い打ちが掛かる。
「危なかったの〜」
「〜〜〜ッ」
 安堵の息を零して汗を拭うプレシアとは対照的に、玖雀はぶんぶんと腕を振るって贖う。
 だが顔を圧迫する柔らかな感触に上手くいかない。そうしている内に志摩の足音が遠ざかってゆくと、彼はようやっとの思いでプレシアを頭上に戻した。
 当然、明るくなったその先に脅かす対象はいない。しかし今はそれでホッとしている。
「……これが一番怖いかもしんねぇ」
 玖雀は盛大に脈打っている心臓に手を添えると、密かに安堵の息を零して視線を泳がせたのだった。

「相変わらず、ご苦労様だな軍事さん」
 終着点に到達した志摩を出迎えたのは、ワイシャツの裾を結んで臍を出した鞍馬 雪斗(ia5470)だ。
 彼は黒のパレオで隠した足を動かして歩み寄ると、志摩の顔を覗き込む。その顔色は蒼白そのもの。
「準備の様子をあれだけ一緒に見たのに、何でこうも驚けるんだろう。ある意味才能かもね」
 そう。志摩は雪斗と共にお化けの準備を見て周っていた。
 言っておくが、通常はそんなこと許されるはずもない。けれど今回は前回の失敗を踏まえ、主催者側に直接交渉して見る事を許可して貰ったのだ。にも拘らず、この様。
「お前さんも行けばわかる。なんなら、行ってくるか?」
 ニヤリと笑った志摩に、雪斗の眉が上がる。
「ほう、なるほどなるほど」
 志摩は嫌な笑いを浮かべたまま彼の手を取ると、改めて出発地点に向かった。これに雪斗が更に眉を上げるが彼はお構いなしだ。
「軍事さん、自分は参加したいと一言も」
「大丈夫、大丈夫」
 先程散々騒いでいた人間が言っても説得力がない。そもそも雪斗は怖いのが苦手だ。
 だから裏方で皆の手伝いをしていたのに、何でこんな事になるのか。
「軍事さん、恨むよ」
 雪斗はボソリと呟き、決意を決めた様に表情を引き締めると、開始位置に佇む人影を発見して目を瞬いた。
「もしかして、参加者の方ですか?」
「ええ。貴方がたも?」
 白い翼で日陰を作り、艶やかに笑う白隼に雪斗と志摩が顔を見合わせる。
「俺らも今から行くんだが、お前さんも一緒に行くか?」
 見た所、1人の様子。折角行くのなら複数で行ったら如何か。そう問い掛ける志摩に、白隼は嬉しそうに笑って頷いた。
「ぜひご一緒させてくださいなっ。楽しそうな遊びだとは思ったのだけど、1人で進む勇気がなくて」
 聞くところによると、白隼は開拓者になって間もないとの事。となれば知り合いも少ないのは当然か。
「んじゃあ、雪斗。一緒に歩いてやれ」
 志摩はそう言うと、雪斗と白隼の背を押した。これに2人の足が踏み出すのだが、少し歩いた所で、雪斗の足と顔が凍り付く。
「軍事さん、アレ……」
 言って指差した先に見えた幻影。これに志摩の視線が逸らされ、白隼の目が興味津々にそれ捉える。
「わぁ、なんだか凄い人がいるわっ!」
 嬉々として身を乗り出した彼女に、雪斗と志摩の手が伸びる。そして今にも踊る勢いで飛び出しそうになった彼女を引き留め、2人は同時に言い放った。
「女は見ちゃいけねえ!」
「女性が見て良いものじゃない!」
 彼等の視線の先にあるのは描写不可能な白馬の幻影だ。流石にこれは見ちゃいけない。
 真剣な表情でそう告げた2人に、白隼はキョトンと目を瞬く。そう言われると見たくなるものだが、ここは我慢すべきだろう。
 白隼は斜めに頷くと、チラリと白馬を見てぁら2人と共にこの場を後にした。

 肝試しの参加者は、何も志摩たちだけではない。
 彼等の少し先では、ケイウスと彼の後ろを歩くサミラ、そしてアルーシュがいる。彼等は予め教えて貰った道を辿りながら、海岸沿いをゆっくり歩いていた。
「……2人共、ちゃんとついて来てるよね?」
 チラチラと後方を確認しながら歩くケイウス。それを見守るアルーシュは楽しそうだが、サミラの方は若干落ち着かない様子。どうやら彼女も、現状に怖さを見い出しているらしい。
 そんな3人を岩場の影から見つけた輪が、こっそり囁く。
「おとうさん……だれか、きたよ」
 そう言いながら捕まえた蛸を抱える彼女に笑みを向け、ジョハルも3人の姿を捉える。だが次の瞬間、人影が2つに減った。
「輪、今だよ」
「うん。こわが、って」
 えいっと投げた蛸が、2つの人影と、そうじゃない場所に落ちて行く。そしてそれを見届けたジョハルが空砲を空に放つと、2つの悲鳴が同時に上がった。
「ぎゃああああああ!」
「うわあああっ!」
 1つはケイウス。そしてもう1つは無い刀に手を伸ばしたサミラの叫びだ。
 それを聞いた輪とジョハルは顔を見合わせて両手を合わせる。そして笑い合うと、未だに狼狽した様子の其処に目を向けた。
「け、ケイ、大丈夫……っ」
 震える声で身を乗り出したサミラは、海藻に覆われた落とし穴を覗き込む。
「あら……私が怪談を囁くまでもなかったみたいですね」
 サミラと同じく穴を覗き込んだアルーシュの目に、タコを頭に乗せた状態で目を回すケイウスが見える。
 昼間だし大丈夫と思っていたが、怖いと思う心が怖さを生むと言うことだろうか。元々そうした効果を期待して、怪談ぽく怪談じゃない話をしようとしていたので似たようなものだが、それにしてもこの反応は予想外だ。
「これでは克服にならないかも?」
 アルーシュはそう零すと、手にしていた三味線を弾き鳴らした。

 こうして全ての参加者が終着点へと向かう中、ただ只管に参加者を待つ者が居た。
「うーん……オカシイなー」
 はじめはチラホラ人も来たのだが、如何にも参加者が少な過ぎる。と言うのも、蘇乃が待機するこの場所は、正規の道とは若干外れている。
 なので道を間違った者しか通らなかったのだ。
 蘇乃は不満げな表情で物陰から顔を覗かせると、タライの中に沈めた縫いぐるみを見た。
「勿体ないな……こんなに怖く出来たのにー」
 そう言って指で突く。
 彼が突いた縫いぐるみの腹はナイフで裂かれており、その中にはアミアと自分の髪の毛を混入している。なので不気味さはかなりの物だ。
「ねえねえ、カルヴァ君。これ怖いよねー?」
 初めに見せた時も盛大に驚いてくれたアミアに声を掛ける。が、返事が返ってこない。
「あれ? カルヴァ君?」
 蘇乃はアミアが隠れている砂浜に近付くと、空気穴が開いている其処に手を伸ばした。
「カルヴァ君ー?」
 思い返してみると、脅かしている最中、アミアの反応が無かった気がする。合図をしたら砂浜から飛び出すと言っていたのに、寝ているんだろうか?
「カルヴァ君、起きてるー?」
 声を掛けながら掘ること僅か。
 シクシクと地を這うような泣き声に、蘇乃の喉が上下した。
 ハッキリ言って、この声が怖い。だが手を止める訳にはいかない。
 蘇乃は急いで砂を除けると、見えた顔に息を呑んだ。
「うぅっ……暗い狭い怖い……」
 どうやら砂に埋めて貰ったものの自分で出るに出れなくなったらしい。顔を砂と涙で汚しながら怖かったと訴える彼に、蘇乃は急いで彼を砂の中から引き起こした。
「ごめんねー……大丈夫?」
「ホラーはもう……」
「そうだねー……これ、上手く出来たけど、残念」
 そう言うと、蘇乃は縫いぐるみの浮かぶタライを見せた。これにアミアの盛大な悲鳴が上がるのだが、これには蘇乃もビックリ。
 目を白黒させて彼の顔を見詰めたのだった。

●祭りの後
「これを五十鈴さんに渡して下さい」
 アルーシュはそう言うと、海岸で拾った桜貝や巻貝を差出した。それらを受け取り、征四郎が穏やかに目を細める。
「感謝する。五十鈴も喜ぶ筈だ……」
 ケロリーナの協力もあって思ったよりも多くの貝殻が手に入った。その事に素直に礼を告げつつ、征四郎はアルーシュとケロリーナに頭を下げる。と、その耳にアルマの項垂れた声が届く。
「……恭一郎さん、出来ませんでした」
 しゅんっと尻尾と耳を下げたアルマに、恭一郎はやれやれと息を吐く。けれどその表情は来た当初に比べると普段の彼に近穏やかなものになっている。
「まあ良いですよ。君が努力したことは認めますから。それにしても、残念ですね……」
 しみじみ零す恭一郎に次いで、アルマも真夢紀が用意したバーベキューに舌鼓を打つキースに目を向けた。
 網に炭、塩胡麻に醤油ダレと至れり尽くせりな焼き物は、真夢紀ならではのご馳走だ。それに加えて甘藍や甘唐辛子、もやしに玉葱などを加えた野菜類も豊富だ。
「沢山ありますので、どんどん食べて下さい。あ、管理人さんは生肉もありますよー」
 言いながら彼女は氷霊結を使用して持ち込んだ生肉を志摩に勧めている。当然志摩はそれを嬉しそうに頬張るのだが、他の参加者からは若干引かれているような……。
「あ。そうだ。えっと。帰ったら手合せ、……でも…? 僕相手だと手解きになっちゃうけど……」
 もごもごと口籠るアルマに恭一郎の口角が上がった。
「君はまずその怪我を治しなさい。そうしたら相手してあげるよ」
 言ってアルマの耳を引っ張る。これに抗議の声が上がるが恭一郎は一向に気にした様子を見せない。そしてそれを見ていたケイウスがボソッと呟いた。
「……お化けも怖いけど、不機嫌な恭一郎はお化けより怖い、かも」
 どうやら肝試し開始前の様子を何処かで見ていたようだ。そう零した彼に果たして何人の者が同意したか。
 此処では敢えて触れないでおこう。

 日が暮れる海辺を歩きながら、ジョハルは輪と共に家路に着こうとしていた。その瞳が懐かしそうに細められているのを見て、輪の目が瞬かれる。
「輪、おとうさんの故郷は海沿いだったんだ。見ていると……少し苦しくなるね」
 ポツリ。零した声に、柔らかな感触が触れる。
 それに視線を落とすと、輪が服の袖を引っ張っているのが見えた。
「おとうさん……今日は、楽しかったよ。おとうさんも楽しかった?」
 真っ直ぐに見詰める瞳に、ジョハルの目が穏やかに緩められる。そして「ああ」と言葉を返すと、輪の顔に笑顔が乗った。
「だったら……これからは海を見たら。今日のこと、思い出したらいいよ。そしたら、苦しくないよ。楽しい気持ちになれると思うよ」
 輪の言葉に深い意味はないのだろう。
 だがこの子は優しい。
 本人は自覚していないだろうが、人の気持ちを汲んで、無意識に欲しい言葉をくれる。それが心地良くもあり、嬉しくもあり。
 ジョハルは優しい微笑を浮かべると、服の袖を掴む彼女の手を取って歩き出した。