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■オープニング本文 ●??? 瘴気の漂う薄暗い地で、羅碧孤(らせきこ)は楠通弐(iz0195)の無事を確認していた。 「羅碧孤様、私は我慢なりません。羅碧孤様から頂いた武器を傷付けた奴等を、このまま野放しにするなど……」 憎しみの色を浮かべて呟く通弐の腕には、弦が張られた弓が抱かれている。 羅碧孤はそんな通弐を赤の瞳で見詰めると、静かに口を開いた。 「放っておきなさい」 「羅碧孤様?!」 思う以上に静かで落ち着いた声に通弐が声を上げる。それを一瞥で制すと、彼女は通弐が引き連れていたアヤカシに目を向けた。 「可哀想に、こんなにも数を減らして……」 魔の森で「若葉」として義貞に拾われる前の部下は今の倍以上だった。黄宝狸に半数を持って行かれているとしても、それでも少なく感じる。 「使えるかと思って今まで生かしていたけれど、狸など飼うものではないわね。無能過ぎるわ」 これなら余程―― 「通弐の方が有能だわ。それにあの坊やも……」 羅碧孤はクスリと笑うと、通弐に視線を戻した。 「通弐、虹來寺へ行きなさい」 「虹來寺、ですか?」 「ええ、虹來寺へ向かい、義貞を連れて来なさい。あの坊やは良い駒になるわ」 そう言い置き、羅碧孤が腰を上げる。その動きに通弐の目が瞬かれた。 「羅碧孤様はどちらへ……」 「裏切り者の末路を見に行くわ。開拓者を甘く見た馬鹿者の末路を、ね」 ●虹來寺 虹來寺統括の寺社に集められた開拓者は、神妙な面持ちで告げられる各所の報告に耳を傾けていた。 「羅碧孤は開拓者等に危害を加えるでもなく、楠を引き連れ撤退した。この状況を見るに、噂通りの性格と考えて間違いねえな」 そう語るのは志摩 軍事(iz0129)だ。彼は通弐の周辺で起きた事、戦闘時に起きた通弐の異変。それらを含めて報告を行ってゆく。 そして全ての報告を終えた後、僅かに言い辛そうな様子でこう言った。 「この前の戦闘で術視を使った奴が居てな。術使用直後は怪我が酷くて聞く事が出来なかったんだが、さっき聞いてよぉ……」 「貴方らしくもない。随分と歯切れが悪いようですが?」 天元 恭一郎(iz0229)の声に苦笑しこう続ける。 「……どうも、楠の奴、術を掛けられてるみてぇだな。しかも掛けた相手が羅碧孤と来たもんだ」 羅碧孤が通弐に術を掛けている。となれば思い当たるのは唯1つ。 「記憶喪失か」 天元 征四郎(iz0001)の言葉に志摩が頷いた。 通弐の記憶は羅碧孤が奪っている――それが本当だとするなら、彼女の行動は羅碧孤が記憶を奪った上でさせている物と推測出来るだろう。 それはつまりこう言う事にも繋がる。 「楠の記憶を戻せば、奴がこの件から手を引く可能性もあるのか」 そうなれば敵が減る事になる。 現在、上級アヤカシが2体に賞金首が1人。全てで3つの大物を同時に相手にしなければいけない。これはかなり厳しい状況だ。 「試す価値はありそうですね」 恭一郎はそう言うと付け足すように「方法はわかりませんけど」とおどけてみせた。 確かに方法はわからないが、試す価値はあるだろう。後はどうやって通弐と接触するかだが……。 「俺、若葉……羅碧孤と話がしたい」 突然言葉を発したのは陶 義貞(iz0159)だ。彼は若葉喪失の後、暫く考え込むように言葉を断っていた。 しかし今皆を見詰める瞳は如何だろう。 「真っ直ぐな良い目をしていますね。何かありましたか?」 月宵 嘉栄(iz0097)の問い掛けに義貞が頷く。 「若葉を虹來寺の外まで連れて行ってくれた人達がいるんだ。俺と若葉を護るって力を貸してくれた人達が……」 報告には聞いている。 義貞が通弐から逃れる為に虹來寺を抜け出す際、数名の開拓者が手を貸したと。 もし民の避難が終わっていない虹來寺の中で若葉が奪われ、羅碧孤に戻っていたら惨事になっていただろう。 「1人ではいかない! だから羅碧孤と話をさせて欲しい!!」 「話をして如何する」 志摩からの怒気を含む声に一瞬怯む。それでも義貞は負ける事無く口を開いた。 「東房国から出て行って貰う」 アヤカシ相手に交渉を行うなど正気の沙汰ではない。誰もが「止めた方が良い」「無理だ」と言う中、志摩の口から呆れたような声が零れた。 「おい、誰かこの馬鹿の護衛を頼む。羅碧孤が何処にいるかもわかんねえから、如何にか誘き出して会わせてやってくれ」 そう言うと、彼は驚いたように此方を見つめる義貞に笑んで見せた。 ●黄宝狸 羅碧孤は虹來寺側の魔の森で、暴走寸前となっている黄宝狸を離れた場所から眺めていた。その視線は通弐に向けていた物とは違い冷たい。 「馬鹿に付ける薬は無い、だったかしら……人間も面白い事を言うわね。アレは正にそんな状況かしら」 羅碧孤は巨大な体を座らせ、傍に控えていた狐の姿をしたアヤカシを招いた。白の透き通るような姿をした狐アヤカシは、羅碧孤の視線を受けると僅かに頷き、そしてこの場を離れて行く。 「お前の墓場は此処……それ以外は認めないわよ、黄宝狸」 羅碧孤はそう囁くと、彼の者に迫る狐アヤカシの動きに目を向けた。 虹來寺に激震が走る。 つい先程撤退したばかりの黄宝狸が統括の屋敷傍まで迫っていると言うのだ。 「何故早く気付かなかった!」 「長距離瞬間移動……前に逃げた時、それを使ったって聞いたぜ」 志摩の声に黄宝狸に対峙していた面々は思い出す。 確か黄宝狸は追い込まれた後忽然と姿を消した。あれが瞬間移動だとするなら今の行動も頷ける。 「急ぎ虹來寺の外に出しましょう。部隊編成を急いで!」 恭一郎の声に各々が動き出す。 目標は黄宝狸の討伐――開拓者等は意を決すると、急いで統括の屋敷を飛び出した。 「死ね死ね死ねぇぇぇ!!!」 叫ぶ黄宝狸は部下を操りながら建物の破壊を開始していた。その様子は未だ、自分が全ての頂点であると言わんばかりだ。 だが其処へ狐アヤカシが現れる。 「貴様、羅碧孤の……」 『黄宝狸、随分と好き勝手にしてくれたものね。お蔭で可愛い駒が減ってしまったじゃない。それに通弐も使うだなんて……』 狐アヤカシを通して聞こえる声に黄宝狸の喉が上下に動いた。その表情は怒りとも恐怖とも見える複雑なものだ。 『お前の特技は童が封じさせて貰うわ。潔い散り様を晒しなさい。狸は所詮狸、狐には到底勝てないのよ。馬鹿よね、狸って』 クスリ。そんな笑い声を零して消え去った狐アヤカシに黄宝狸が怒らない筈も無い。 「あの死に損の女狐がッ!! 今直ぐその喉を掻き切って――」 急ぎ羅碧孤を探そうと瞬間移動を試みる。しかし如何足掻いても実行出来ない。 「まさか……」 考える間もなく、黄宝狸に足音が迫った。目を向けた先には開拓者の姿が。 「……人間ッ」 自身の腕を奪った人間。そして自分を嘲り続ける狐。そのどれもが黄宝狸にとって敵に見えた。 彼は残る腕に瘴気を纏わせると、開拓者等に向かって叫ぶ。 「死ねえぇぇぇッ!!」 |
■参加者一覧 / 六条 雪巳(ia0179) / 羅喉丸(ia0347) / 志藤 久遠(ia0597) / 柚乃(ia0638) / 鬼島貫徹(ia0694) / 佐上 久野都(ia0826) / キース・グレイン(ia1248) / 羅轟(ia1687) / 空(ia1704) / 海月弥生(ia5351) / 菊池 志郎(ia5584) / 千見寺 葎(ia5851) / 雲母(ia6295) / 久我・御言(ia8629) / 珠樹(ia8689) / 和奏(ia8807) / 郁磨(ia9365) / 劫光(ia9510) / フェンリエッタ(ib0018) / ウィンストン・エリニー(ib0024) / 狐火(ib0233) / 玄間 北斗(ib0342) / 十野間 月与(ib0343) / リンカ・ティニーブルー(ib0345) / シルフィリア・オーク(ib0350) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミーファ(ib0355) / フィン・ファルスト(ib0979) / 東鬼 護刃(ib3264) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / ネーナ・D(ib3827) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / 匂坂 尚哉(ib5766) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684) / 玖雀(ib6816) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / サミラ=マクトゥーム(ib6837) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / ケイウス=アルカーム(ib7387) / ミルシェ・ロームズ(ib7560) / 刃兼(ib7876) / 華魄 熾火(ib7959) / 巌 技藝(ib8056) / 藤田 千歳(ib8121) / 十朱 宗一朗(ic0166) / 呉 花琳(ic0273) / 八壁 伏路(ic0499) / 七塚 はふり(ic0500) / 鎌苅 冬馬(ic0729) |
■リプレイ本文 ●楠通弐 虹來寺の中で立ち込める瘴気。先の避難で殆どの住人は外に出たが、中には戻って来た民も居る。その事情は様々だが、放っておく訳にもいかない。 「急いで虹來寺の外へ! はよう!」 叫ぶ十朱 宗一朗(ic0166)の傍で呉 花琳(ic0273)が大型の手裏剣を構える。その視線の先に居るのは眼突鴉だ。 「……うちは民の笑顔を守りたいんや」 虎視眈々と無力な民を狙う姿に花琳の奥歯が噛み締められる。と、その時だ。 「危ない!」 叫ぶのと同時に駆け出した宗一朗が子供を攫う。そして地面に転がり込むと凄まじい雷撃が地面に落ちた。 「宗!」 「大丈夫や」 慌てて駆け寄る花琳に顔を上げ、今にも泣きそうな子供の頭を撫でる。雷撃は2人の目の前で落ちた物の被害は無い。 「よう泣かんかったな。偉いわ」 零れ落ちそうな涙を必死に手で拭って頷く姿に表情が緩む。だがそれも一瞬の事。宗一朗は子供を嘉栄に託すと、花琳の隣に立った。 「最後まで守りきってみせんで」 「当然や。うちはその為に、こうして此処にいる。せやから、此処は絶対に通さん!」 そう言って大振りの手裏剣を放つ。その動きに添って動き出した宗一朗が毘沙門天の名を借りる槍を振り上げると、双方の刃が同時に鵺へ突き刺さった。 「今の内や!」 急いで逃げて。そう発する声に一同が動き出す。それを受け、宗一朗は突き刺した刃を振り抜き、其処に練力を送り込んだ。 「関係の無い民を巻き込むんは駄目やろ……なあ!」 素早く動かされた槍が鵺の翼に直撃して嫌な音を立てる。それを耳に、花琳は戻って来た手裏剣を受け取り新たに放った。 「大丈夫や、必ず、必ず安全な所まで送り届けたる」 そう、誓いの言葉を零しながら。 滑り込むようにして戦場に駆け込んだ東鬼 護刃(ib3264)は、素早く符を取り出すと陰を刻んで前を見据えた。 「ええい、まったく次から次へとだらける暇もなく攻め寄ってからに!」 上空に控える眼突鴉と鵺。その下には単眼鬼が居り、彼女の背では逃げている途中の民の姿もある。 「優先すべきは人命じゃ!」 あのアヤカシの群の向こうには通弐が居る筈。けれど、今なすべき事は、彼女に手を出すことでない事を護刃は心得ている。 「避難する者は此方へ! おい、こっちに敵を寄越すな!」 「無茶を言いおる」 クロウ・カルガギラ(ib6817)の声にゆるりと零して、護刃が炎の術を放つ。その攻撃に敵の目が向かうと、護刃の式とクロウの短銃が同時に火を噴いた。 その音を耳に、柚乃(ia0638)が眉を潜める。 「楠通弐……どこかで聞いた事がある名だと思っていましたが…彼女が……」 彼女が握り締めるのは、宝珠の埋め込まれた鞭だ。その脳裏を過るのは、過去友人である修羅を狙っていた通弐の姿。 「……楠通弐はアル=カマル発見以前より、天儀にて確認されている。それが何を意味するのか……」 シャンッ。 不意に響いた柚乃の鈴。それが紡ぎ出すのは異国――アル=カマルで奏でられる曲だ。何かしら判断出来ればと奏でたのだが、当の通弐はこの楽を耳にしても何の反応も示さない。 それどころか、目の前に現れた開拓者に向け矢を構えると、何の躊躇もなくそれを放ってきた。 「弓が戻っている……成程」 首筋を摩り呟く狐火(ib0233)は、先の闘いで通弐の弦を切った。その時の通弐は今思い出しても異様な程、弓に執着しているようだった。 その彼女の弦が直っている。それはつまり誰かが直したと言う事。 「……謎が繋がって来たようです」 ならば自身はその謎を更に解く為に動こう。 狐火は通弐の姿を確認出来る位置に身を潜め、じっと彼女と彼女の弓に視線を向けた。 その耳に通弐の声が届く。 「アナタ達に興味はない。義貞とか言う開拓者を此処に――」 「出遅れてしまったね。いや、ここは敢えてこう言おうか、真打ちは最後に来る者だと!」 突如響いた声に通弐の目が向かう。 其処に居たのは久我・御言(ia8629)だ。彼は名刀と名の付く曲刀を通弐に向けると、こう言い放った。 「あのタヌキ君ももうおしまいだ。主を見殺しかね?」 彼の言う「タヌキ」とは黄宝狸の事だろう。確かに現在の黄宝狸は頭に血が昇って見境がなくなっている。結果、寿命が縮む事は間違いないだろう。 だが通弐にとってその様な事は如何でも良いらしい。その証拠に、 「私の主は羅碧孤様ただ1人……頭も肝小さい痴れ者と一緒にするな」 鼻で笑って地面を蹴る。 直後、御言の視界に白銀の矢が飛び込んでた。 「弱い者は黙っていろ」 「!」 いつの間に接近したのか、通弐の矢が御言の額に突き付けられている。 彼女は弦をギリギリまで引くと、迷う事無くそれを放とうとした。けれど、寸前の所で遮られる。 「悪いけど、今回はそう簡単に退場しないよ!」 「フィン君!」 弓を払う様に迫ってきた刃に、通弐の表情が不快に歪んだ。それもその筈、フィン・ファルスト(ib0979)の刃は、先の闘いで通弐に不快感を与えている。 通弐は瞳を眇めるようにしてフィンを見ると、すぐさま間合いを測った。 「……そう、貴女、フィンと言うの……」 そんな彼女にフィンも騎士剣を構え直す。その仕草を見てか否か、御言が叫んだ。 「私の名前は久我・御言! 覚えておきたま――」 凄まじい勢いで射られた矢が、今の今まで御言とフィンが居た場所に撃ち込まれる。黒い渦を巻き、家屋と地面の双方を吹き飛ばした矢に誰もが息を呑む。 「相変わらず凄まじい威力ですね」 菊池 志郎(ia5584)はそう言って通弐を見た。矢の落ちた場所を見ると自身の抉られた腹が痛むが、今は伝えなければいけない事がある。 「あなたにお伝えしたい事があります」 声を張って告げられた言の葉に通弐の目が動く。彼女は志郎の真意を確認する様に見、矢を構えたまま顎を動かした。 「義貞の居る場所でも教えるか?」 「いえ。俺がお伝えするのはあなたの記憶の事です」 ピクリ。通弐の尖った耳が動く。 「俺は前回、あなたに術視を使いました。あなたは自分の記憶を奪った存在に仕えているんです」 「ほう?」 低い、小さな声が響く。 一瞬、時でも止まったかのように冷えた空気が流れ、その直後通弐の姿が消えた――否、目にも止まらぬ速さで移動したのだ。 「冗談にしては笑えないな」 「俺は自分の目で確認したことを言っています。嘘はついていない」 間近にある志郎の目を見詰め、通弐がギリリと奥歯を噛む。その上で彼の首に矢を突き立てようとしたのだが、またしても邪魔が入った。 ヒラヒラと蝶の鱗粉の様に舞い落ちた桜色の燐光に通弐の目が向かう。其処に居るのはフェンリエッタ(ib0018)だ。 「……そんなに弓が大事?」 志郎に迫った矢を、刀で圧し折った彼女に通弐が動く。 「大事……そう言ったら、何かあるのか?」 大地を蹴った通弐の足がフェンリエッタに迫る。だが直前で盾に遮られてしまった。 ビリビリと腕を痺れさせる衝撃に眉を潜め、それでも言う。 「っ……なら、決して離さぬ事ね」 「何?」 瞳を眇めた刹那、空気の圧が彼女の頬を通り過ぎた。 反射的に弓を射るがそれよりも早く視界に人の姿が飛び込む。 「くっ」 「その弓、奪わせて貰う」 羅喉丸(ia0347)は自身を強化した拳を握り締め通弐に挑む。その速さはこの場の誰よりも速い。 次々と撃ち込まれる拳を、通弐は矢と弓の双方で受け止めるしかなかった。だが最後の一撃がこの攻防を覆す。 「武器だけ、と言う生温い事はしない!」 全身の気を拳に集中させて一気に貫く。 それに合わせて通弐も自身の矢を彼の拳に打ち込むのだが、僅かに分が悪いか。 矢に意識が集中し、片手に握る弓に意識が行っていない。 「これぞ好機!」 突如、頭上から声が響いた。 これは寺社の屋根から機会を伺っていた鬼島貫徹(ia0694)の物だ。彼は通弐が羅喉丸と対峙しているその場に向かって飛び降りた。 一見すれば無謀な行為だが、こうでもしなければ通弐との実力差は埋まらない。 「目を醒ませい、たわけめ!」 怒声と共に、通弐の手から弓が弾かれる。 「ッ、貴様っ!」 引き離された弓に手を伸ばすが、それを貫徹が妨害する。これに気分を害した通弐の矢が迫った。 「――ッ」 胸を深く貫く刃から瘴気が流れ込む。その身の毛を剥ぐような感覚に膝を折ると、通弐は再び動いた。 だが、 「……嫌な気配」 通弐よりも先に早駆で到着していた珠樹(ia8689)が弓を拾う。その手から感じる禍々しいまでの瘴気に彼女の口から息が漏れた。 「返せ!」 「嫌」 まるで玩具でも扱うかのように放たれた弓に通弐の目が見開かれる。 「貴様ッ!」 「昔から手癖が悪くてね。取られる方が悪いのよ」 しれっと返すが正直手の感覚がおかしい。 一瞬触れただけでこの感覚。これをずっと持っていた通弐は何も感じなかったのだろうか。 そう疑問に思うが今は通弐を引き止める事が先。 「追わせはしない」 クロウは戦陣「龍撃震」を使って、後方で弓を受け取ったフィンと狐火に後を任す。その代り、自身も短銃を構えるとそれを通弐に向かって放った。 「俺の技量じゃ直撃は難しいかもしれんが構わん!」 幾つも放たれる弾の殆どは弾かれている。 それでも撃ち続けるのは仲間の為。 「今の内に!」 クロウの声に、フィンは珠樹から受け取った矢を地面に落した。そうして其処を睨み付けると一気に刃を振り上げる。 「通弐……敵ではあるけど、ね。その呪縛、断ち切らせて貰うよ!」 「手伝います」 狙うは弓の破壊のみ。 狐火が弓を弱体化させるように第一打を見舞う、そしてそれを待っていたかのように精霊力を刃全体に纏わせたフィンの剣が突き下ろされた。 「ッ、止め――」 止めろ! そう言う間もなく、目の前で矢が白く砕け散った。 「やった!」 フィンの声を聞き止め、誰もが安堵する。そして通弐はと言うと―― 「何処の馬鹿が考え付いたか知らんが……記憶一つで手を引くとほんとに思ってるのか」 溜息と共に放たれた声に周囲の音が止まった。そして全ての目が雲母(ia6295)へと向かう。 「記憶がどうなろうが、味方がどうなろうがどうでもいい。強い者同士、対峙すればやる事は一つだろう」 楽しそうにクツクツと笑いながらマスケットを下げた彼女の視界には、胸を貫かれた通弐の姿が在った。 「……急所を外したか」 夜も使い狙いも十分だった。にも拘らず外した理由は「貴様か」ドンッと鼓膜を叩く音が響き、皆の目の前で鵺が落とされる。 通弐はと言えば、唇を伝う血を拭い苦々しげに足をよろけさせた。 「…、……羅碧孤、様……」 「あの状態でも尚……あなたは羅碧孤に記憶を奪われている。あなたが望むならその証拠を見せましょう」 志郎は傷付く通弐に近付くと解術の法を彼女に向かって放った。それに合わせて柚乃が幸運の女神に願う。 ――楠通弐に掛かる術が解けますよう……。 「ぅ……、く…うああああああッ!」 「チッ、何だコレはっ!」 もう一歩で通弐を仕留められると言うのにとんだ邪魔が入ったものだ。 舌打ちを零す雲母の目に黒い影が差す。直後、彼女の膝が折れた。 「胸を貫かれて、尚もその力……」 「……勝負は、預ける……アナタ達の前に、アイツを倒さないと……」 通弐は雲母の血で濡れた手を払うと、まるで彼女の復活を待っていたかのように舞い降りた蜻蛉型の飛行アヤカシによじ登った。 「……逃げるのか」 「逃げない……約束、したからな」 雲母の問いにそう零し。通弐は飛行アヤカシと共に姿を消した。 ●羅碧孤 虹來寺から僅かに離れた魔の森。其処に開拓者等の姿はあった。 「前門の狐、後門の狸とな。どっちに行っても化かされそうだのう」 そう零すのは小隊【ふせさんち】の八壁 伏路(ic0499)だ。 「つつがなく穏便に、とはいくまいな、頭痛いのう」 彼は億劫そうに首筋を掻くと、目の前に置かれた大量の油揚げに目を向けた。その量は小さく山が出来る程。 「胸やけがしそうだのう」 「狐には油揚げと相場がですね……」 思わずぼやいた伏路に同小隊の七塚 はふり(ic0500)が零す。それを聞き止めた刃兼(ib7876)が油揚げに目を向けると、彼は未だ落ち込んだ様子の陶義貞に目を向けた。 「若葉が、羅碧孤……目の前で起こったこと、まだ信じられないが……事実、なんだよな」 ポツリ、零した声に溜息が混じる。 羅碧孤が若葉だった折、義貞に懐いている様子が印象に残っているだけに何とも言い難い。だからこそ、嫌な予感も付き纏う。 「……護衛の務め、俺にできる限りを尽くそう」 そう言って自身も油揚げを小山に添える。その様子を見ていたミルシェ・ロームズ(ib7560)が小さく零す。 「……やってきて…頂けるでしょうか……」 正直言って不安でしかない。 そもそも争いを避ける性格であると言う羅碧孤が進んでこの場を訪れる保証はない。それでも来て貰わなければ話が進まないのだ。 佐上 久野都(ia0826)が上空に人魂を放つ。 「やはり、此処にもアヤカシはいませんか……何かを恐れているのか。それとも……」 魔の森へ入る際にも人魂を放って道を選んでいた。その時から異様にアヤカシの数が少ない。 「……真っ直ぐに見つめる彼のもう一つの目となれれば良いのですが」 久野都は上空に放った人魂を操ると、周囲に異変がないか探りに入った。その隣では肩透かしを喰らった気分で佇む巌 技藝(ib8056)の姿が在る。 「管理人さんも甘いと思ったけど、羅碧孤も負けじと甘いもんだねぇ〜」 如何考えてもアヤカシが居ないこと自体、羅碧孤の張った罠だと感じる。それでもアヤカシを排除する罠など、大量に用意するよりも温い。 「でもこれで、きちんと決別が出来ればいいさ。決別後の露払いは任せてもらえれば良いしね」 そう言って霊布を巻く棍棒を撫でる。その耳に、六条 雪巳(ia0179)の声が届いた。その前には義貞の姿もあり、彼は神妙な面持ちで彼の言葉に耳を傾けている。 「私は、基本的には義貞さんの意思に従いましょう」 けれど。と、言葉を切る。 「あちらはアヤカシです。国を出る条件に、難題を吹っかけてくるかもしれません。もしかしたら『若葉』として、情に訴えてくるかもしれません。とても難しいお願いですけれど……誘惑に、負けないで下さいね」 真っ直ぐに、目を見て乞われる言葉に義貞が頷く。それを確かに視界に納め、匂坂 尚哉(ib5766)が前を見た。 「何か来るのだぁ〜」 張りつめた雰囲気に似合わない玄間 北斗(ib0342)ののんびりとした声が響く。その声にシルフィリア・オーク(ib0350)と十野間 月与(ib0343)、そしてリンカ・ティニーブルー(ib0345)が前に出る。 「さて、これが無意味の話し合いとなるか。それとも有益なものとなるか……納得のいく形に納まれば良いんだけどね」 シルフィリアの言葉に月与が思案気に視線を落とす。と、瞬間、彼女等の前で視界が陽炎のように歪んだ。 「義貞殿、あれを」 はふりが上げた声の先。 ゆらりと景色に溶け込むように現れた2体の白い狐は、開拓者等を視界に捉える位置で腰を据える。 そして2尾の尾を揺らすと、油揚げの香りに鼻を寄せるよう動いた。 「油揚げに反応してるのでしょうか……?」 ミーファ(ib0355)が伺う様に視線を注ぐ。 どうやら2匹の狐は油揚げに興味津々の様で、開拓者等の姿と油揚げを交互に見遣り、ツッと腰を上げた。 「ねこさんもそうでしたが、この狐さんたちも本物の狐みたいです」 ミーファは羅碧孤の事を本当の猫又だと信じていた。だからこそ、羅碧孤がアヤカシであるとわかった時、義貞と同じくらい衝撃を受けた。 「……ねこさん。あのまま義貞さんの腕の中に居れば、アヤカシとしての生活を辞めてねこさんとして過ごす道もあったはずなのに……それ程、アヤカシの性とは業深いものなのでしょうか……」 『アヤカシを辞める……面白い事を言う人間ね。でも残念。童はアヤカシであって猫又ではないの。それ以外の存在になる事など出来ないのよ』 ミーファの言葉に応えるよう響いた声に、皆の目が一斉に動く。その目は2体の狐に向けられ、双方の口が同時に動く。 『油揚げ……義貞が与えた供物の中では、それなりに美味しい食べ物だったわ。でも、最高の食材を前にすれば美味しいも何もないわね』 「最高の食材。それは人間の事を言っているのでしょうか」 警戒を滲ませティア・ユスティース(ib0353)が問う。それに対してコロコロ笑うと、羅碧孤の言葉を介す狐が一歩前に出た。 『勿論、人間の事よ。童はアヤカシ。糧とするモノが違うこと位、わかっているでしょう?』 知識として、経験として理解している。 それでも理解したくないと思う者も居る。その一人が義貞だ。 何も言わずに俯く彼に代わってウルグ・シュバルツ(ib5700)が口を開く。 「……羅碧孤、おまえはどうする気だ」 突然の問いに白い狐の首が傾げられる。 「おまえの術は……その気になれば、かの大アヤカシのように人知れず世を狂わせることも可能なんだろう。黄宝狸が潰え、おまえが引いたとして、危惧を残したままにしてはおけない。そう考える者が出ることくらい、分かっているのだろう」 そう、それが全てを理解した者の思想だ。 その言葉に義貞の顔が上がる。 『わかっているわ。だからこそ、今まで潜んでいたのよ』 僅かに篭る苦々しげな色。これは黄宝狸に対しての感情だろう。 今までの苦労を全て水の泡に変えた黄宝狸。その存在を活かし続けた自分に対しての苛立ちだろう。 「義貞」 不意に言葉を振られ、義貞の表情が引き締まる。 「東房から退かせたとして、別の何処かが住処になる……それでは変わらない」 わかるか? そう問いかける言葉に頷きを返す。 「それでも俺は――」 『義貞』 名を呼ぶ声に義貞の顔が強張る。 「若葉。東房国から、出て行ってくれないか?」 絞り出すように吐き出した言葉。これに白の狐が顔を見合わせる。そしてコロコロとした笑い声が響くと、魔の森の奥から緑の髪に狐耳を生やした女性が姿を現した。 「義貞。お前はまだ童を『若葉』と呼ぶのね。本当に面白い人間」 「これが羅碧孤……だが、前に姿を現したときは狐の……」 「狐も狸も化かしあうものだそうですから、おかしくはないでしょう」 皆から僅かに離れた位置で呟く久野都。その声が届いたのだろうか、羅碧孤がクスリと笑った。 「折角の逢瀬だもの。義貞に合わせた方が良いと思って……うふふ、そんなに怖い顔をしないでちょうだい、リンカ」 クスクスと笑う羅碧孤にリンカは表情を緩める事無く彼女を見据える。その様子を楽しんだ後、彼女は義貞に手を伸ばした。 「童がその気になれば、人間の命を奪うなど造作もない事。けれど義貞が乞うのなら考えて上げる。その代り……童の元へいらっしゃい」 スッと差し出された手に尚哉が前に出た。 「尚哉?」 大丈夫。そうニッと笑って前に出た尚哉は、義貞を背に庇うようにして立つと、兼ねてより疑問に思って居た事を口にした。 「なあ。若葉って本当は寂しいんじゃねぇか?」 羅碧孤と言う名前。其処に使われている文字は「孤独」の「孤」だ。本来なら狐の字を使う所を、此処では何故か別の文字を使っている。 「名が体を現すってなら……存外長い事時を渡ってきて寂しいんじゃねぇかって。上級のアヤカシになればなるほど……その知性についてける同族が少ないからさ」 そう言って頬を指掻く尚哉に、羅碧孤の目が細められた。 「……その様な事を言った人間はお前が初めてよ。確かに、そうね……義貞の周りは賑やかで楽しかったわ」 何処か懐かしむ様な表情を見せた彼女に、今まで黙って遣り取りを見ていたミルシェが意を決して口を開く。 「……もしや…繋がりを……望んで…いるのでしょうか?」 羅碧孤の行動を見ていて思い当たる節はある。必要以上に人を傷付けないその意図は、裏を返せば仲間を失わない為ではないのだろうか。 「独りは……寂しいです…。ですが…記憶なぞ…奪わぬとも……芽生える絆も…ありましょう……」 そう言って義貞を見た彼女に、羅碧孤の瞼が伏せられた。 本来なら羅碧孤に情を移しそうになる場面。けれど彼女の姿を油断ならない様子で見守る者も居る。 「それ以上、前に出てはいけません」 ティアの声に義貞がハッとなる。 「今までの事象を顧みても、貴方に害がないとは限りませんから」 今までの事象を振り返り、羅碧孤は何らかの手段で義貞を従える可能性がある。だからこその忠告だったのだが、これに羅碧孤の口角が上がった。 「人間とアヤカシがわかり合う事など有り得ないわ。それは童が食するモノを考えればわかる筈。それとも、お前らは童に食料を渡してくれるのか?」 食料とはすなわち「人間」。 「そんなこと出来る訳が――」 反論に月与が言葉を発した時だ。 突然白の狐が現れ何事かを羅碧孤に耳打ちした。これに彼女の瞳が見開かれる。 「……通弐が、記憶を」 ポツリ、零された声に大体の事は把握した。 「通弐は強さを求めて童に挑んだ。結果、童に敗れ死に掛けたのよ。其処を少しだけ弄って使っていたのだけれど……困ったわね」 羅碧孤は艶の含む目で義貞を見ると、スッと手を差し伸べた。 「通弐が居ない今、義貞。お主だけが童の糧……いらっしゃい」 ふらりと義貞の足が前に出た。 その事にこの場の全員が気付いて動き出すが、唐突にそれが止まった。 「んなっ!? って、何すんだよ、雪巳!」 「尚哉さんには刺激が強すぎます」 声を上げた尚哉の視界が雪巳によって遮られる。 「おや、やるじゃないか」 「おぉ〜」 シルフィリアや北斗の声を聞いてもリンカは動じない。義貞と重ねた唇をゆっくり放し、彼の頬をトンッと叩いた。 「しっかりしなさい!」 思いがけない衝撃と叱咤する声に、義貞の目が瞬かれる。そして顔を真っ赤にしたかと思うとその場に俯いてしまった。 「……予想外ね。貴女はもっと冷静だと思っていたけれど」 羅碧孤はそうリンカに零すと4尾の尾を反した。直後、巨大な狐が姿を現す。 「交渉決裂ね。さようなら、義貞」 僅かに寂しげに響く声。それを追う様に開拓者等が武器を構えた瞬間、羅碧孤の代理を務めていた白い狐が彼等の前に進み出た。 「追って来るとは思わないけれど、念の為……悪く思わない頂戴ね」 ぶわっと広がった白い炎。それが開拓者等を囲むように広がって行く。それはまるで生きた炎の壁だ。 「これはっ……皆、内側に集まるんだ!」 「盾のある人は、それを構えるのだぁ〜」 月与と北斗の言葉に、全員が炎の中心に集まる。 ぐるぐると回る炎の渦を解く方法が思い付かない。熱風によって肌が焼ける感覚はある。 「これじゃあ、闘いようがないじゃないか」 技藝は苦々しげに零すと、せめて義貞だけは中へと、自らの体を壁に炎から護って行く。 「あんたを傷付けると、管理人さんに会わせる顔がないからね。いいからじっとしてるんだよ」 そう言うと、技藝を含めた開拓者等は、炎の渦が消え去るのを待った。 ●黄宝狸 「死ね死ね死ねって…、馬鹿の一つ覚えみたいだね〜」 そう零す郁磨(ia9365)は、目の前で崩れて行く家屋に眉を潜め、配下のアヤカシに守られる様に動き回る黄宝狸に目を留めた。 其処に聞き覚えの無い声が届く。 「征兄ぃの膝枕でごろごろしようと訪ねてみたら、なんじゃこれは……」 炎と煙が昇る寺社を呆然と見詰めるヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)は、天元征四郎と昼寝をする為にやって来た。それが如何だろう。 「皆が大変な時に寝てる場合ではないのじゃ! アル=マリキのヘルゥが加勢するぞ!」 手の中で反した銀色の銃身。それを前方に掲げて照準を合わせる。その姿に敵中で刃を振るっていた征四郎が気付いた。 「来たのか……心強い」 「征兄ぃ、行くのじゃ!」 ヘルゥの声を合図に踏み込んだ征四郎の刃が、迫る単眼鬼の胴を払う。其処へヘルゥの銃撃が加わると、敵の足が後方に退いた。 「逃がさん」 淡と零された声と共に両断された胴に、ヘルゥが「おお」と声を零す。 「負けてられぬのじゃ!」 そう言って豪快に笑いながら周囲の状況を把握すると、攻勢に出れる様、指示を出し始めた。 「おせおせっ!」 「おーおー、威勢の良い嬢ちゃんだな」 自らも斬り込みながら叫ぶ彼女に、志摩軍事が感心したように呟く。其処に、まるで今登場したと言わんばかりの空(ia1704)が歩み寄って来た。 「やれやれ……イイのかねェ、あのガキを任せてしまッて」 「何がだ?」 「賽を振ッても出目が必ずしも良いとは限らねェんだがねェ」 ケケッと笑う彼に、志摩はニッと笑って大地を踏む。そうして斬り込んだ刃が空の後方を突くと、彼も自らの身を反転させて後方の敵を撃ち抜いた。 「それほど柔じゃねえよ」 平然と返された言葉に空の眉が上がる。 「……何だ、詰まらん。もうちッと動揺してくれたら面白かッたんだが」 「……てめぇは俺に何を求めてるんだ、オイ」 思わず突っ込んだ志摩にケケケと笑って空は次の行動に動き出した。 そんな彼等の傍では、鎌苅 冬馬(ic0729)が心眼を使って周囲の様子を探っている。神経を研ぎ澄まし探るのは、敵が集中している場所。 「どうじゃ。狙いは見つかりそうかのう?」 「この方角……此方により多くの敵が潜んでいる」 言って指差した方角に、椿鬼 蜜鈴(ib6311)が煙管を吹かしながら笑む。そうして2刀の魔剣を上空に翳すと言の葉を紡ぐ。 「さて、手始めに雑魚を蹴散らそうかの!」 言うや否や、空に放たれた火炎弾が上空で爆破する。それを見ていた冬馬が思わず呟いた。 「……これが、熟練の技」 感心して零した彼は、虹來寺周辺のアヤカシを狩っていて此処に辿り着いた口だ。元々黄宝狸を相手にするつもりも、無茶をする気もない。 それでも何故だか胸の奥が疼く。 「儚く散る訳にも行かないしな……」 この疼きは奥で暴れる黄宝狸に対してだろうか。本当は飛び込みたい。けれど飛び込む訳にはいかない。 そんな感情に揺れ動かされながら白鞘を抜く。 「……俺は俺の出来る事をするまで」 出した足が焦げた土を踏み締める。その音を耳に駆け出すと、彼は新たな敵へとその刃を振り下した。 一方、狂ったように雷撃を放つ黄宝狸にも、開拓者の手は伸びていた。 「明らかに冷静さを失っている……?」 志藤 久遠(ia0597)は自らの目に映る黄宝狸の状態を冷静に分析する。その上で迫る単眼鬼の目を潰すと、1つ息を吐いて眉を潜めた。 「……あの様子では長くはもたないでしょう。反撃の機は必ず来ます、それまでは」 敵の攻撃に堪えるしかない。 「前回と同じ轍を踏む訳にはいかないでしょう……はあッ!」 そう自らに言い聞かせ、風の刃を紡ぎ出す。そうして目の前の敵を撃ち払うと、耳に予想外の声が届いてきた。 「今回は大怪我も承知の上で行かせて貰おう。指をくわえて大人しく……なんぞ出来ないのでな!」 シフォニア・L・ロール(ib7113)はそう言うと、真正面から黄宝狸を捉える。そして篭手を装着した拳を握り締めると、一気に踏み出した。 その脳裏に、黄宝狸の性格が過る。 「試してみるか」 短絡的な性格に加え、今の状態だ。もしかすれば挑発に乗るかもしれない。 「片腕が無いと後ろで小さくなってる事しか出来ないのか? 嘆かわしい狸だ」 嘲るように笑って黄宝狸を刺激する。 先の黄宝狸であればこんな挑発には乗らなかっただろう。だが今は違う。 「今、何と言った」 目に殺気を漲らせ、片腕に瘴気を纏わせた状態で駆け込んできた。 「ハヤテ、俺はお前の盾になろう。だから。その手に握る『モノ』を、奴に刺す事だけに集中しろ!」 叫び、駆け込む黄宝狸に向けて自身も加速する。その姿に闇野 ハヤテ(ib6970)の眉が寄った。 「シフォニアさん、貴方は盾として倒れるのですか……でしたら、俺も刃毀れしようが『剣』としてこの身が持つまで……!」 自らも大地を蹴って接近する。そして閃光練弾を放つと黄宝狸の懐に飛び込んだ。 「砲術士が銃だけとか遠距離専門だと思ったら、大間違いなんだよ……!」 黄宝狸に向かって放たれた風車が黄宝狸の胴に突き刺さる。だが黄宝狸は物ともしない。 「愚か者ッ、其処に伏せぃっ!!!」 シフォニアの頭を掴んで地面に叩き付け、ハヤテの胴を雷撃で穿つ。そして双方が攻撃に屈したのを認めると、容赦なく雷撃を放とうと力を集約に掛かった。しかし―― 「狸は見飽きた故、此度で終いにしてくれぬかのう?」 失笑と共に様に放たれた声に、黄宝狸の目が動く。だが、彼がその姿を確認する事はなかった。 強烈な雷撃が彼の視界を遮ったのだ。 「雷の挟撃に喰われろ……っ!」 蜜鈴の攻撃に合わせて郁磨も雷撃を放つ。左右両側から迫る雷撃に黄宝狸の眉が吊り上った。 「次から次へと小賢しいッ!」 自身へ迫る雷撃の壁。それを自らの雷撃で撃ち払わんと動くその姿は道化にしか見えない。 「……ここまで血の気が多いとはな」 攻め時である事は間違いない。 黄宝狸と配下のアヤカシの間には隙間がある。それは彼の今までの行いを現している。 「味方が壁になるのを拒絶している、か。ならば、其処を突破口にさせてもらう」 キース・グレイン(ia1248)はシフォニアとハヤテが作り出し、蜜鈴と郁磨が保とうとしてくれている道に足を踏み出す。と、拳を握り締め、全力でそれを撃ち込んだ。 「っ、硬いな」 単眼鬼の胴を穿ち怯ませる。それでも倒れないのは流石か。 「だが、此処で退く訳にはいかない!」 再度両の手を握り締め、攻撃に転じようと動く。其処へ水の刃が飛び込んで来る。 「加勢します」 千見寺 葎(ia5851)はそう言うと、キース同様にアヤカシの隙間に己が体を滑り込ませた。 「……それにしても、黄宝狸……彼の思い付いた良いとは奇襲だったのでしょうか。それとも、何か手が……?」 考えた所で答えは黄宝狸しかわからないだろう。そして今の彼はそのような問いに答えられる状況ではない。 「……注意するしか、なさそうですねっ」 接近する敵の目に向けて裏術鉄血針を放つ。そうする事で強引に確立した道の先。其処に黄宝狸の姿が見える。 「また会った、奇遇だね」 静かに語りかけるアルマ・ムリフェイン(ib3629)に黄宝狸の血走った目が向かう。 「そっちの狐も元気だよね。配下さん達も狂想曲を機に暴君を討てば、戻れるんじゃない?」 「ッ!」 サッと黄宝狸の表情が変わった。 「……わしを討つ、だと……?」 ギリッと奥歯を噛み締め周囲を探る。その視線はまるで何かに怯えているかのようだ。しかもその怯えようは異常で、 「貴様かッ! 貴様がわしをッ!」 「なっ」 目の前で首を刎ねられた単眼鬼や鵺に、黄宝狸を初めて目にするネーナ・D(ib3827)が声を上げた。 「これが狐嫌いの狸? ただの狂った狸じゃないのか?」 言い得て妙。但し、実際に黄宝狸が怖がっていたのはアルマでも狐でもない。それはただ1つ。 「羅碧孤が何かしましたか」 ポツリと零された声に、黄宝狸の手が止まった。 「恭さん、本当に余計な事しか言わないですね〜」 「君達だって予測してたでしょう」 郁磨の声にしれっと返した恭一郎に苦笑し、アルマがバイオリンを構える。その姿は黄宝狸の目にも止まっており、彼は近くにいた部下を邪魔だと跳ね除けて前に出た。 「狐……させぬぞッ!」 焦げた地を蹴って進み出た黄宝狸に、アルマが楽を奏でる始める。それに合わせてケイウス=アルカーム(ib7387)も自らの楽器を構えると、これまた黄宝狸を怒らせるには十分な声を発した。 「腕、痛そうだね。そんな状態で勝てると思ってる?」 挑発だが半ば本気の疑問に黄宝狸は咆哮を上げて黒の雷撃を集約する。 その威力はこれまでの比では無い。 縦横無尽にただ放つだけの雷撃では無く、確実に当てる為の雷撃だ。 だが、これこそが開拓者の待っていた瞬間だった。 「空ちゃん、お願い!」 アルマの声に空が龍撃震の声を発する。と、それに合わせケイウスが爆音を奏で始める。 「これはっ」 先の闘いとは違う。 そう解釈するが遅かった。すぐさまアルマの楽に耳を傾ける。しかし黄宝狸が集めた雷撃は既に爆発寸前。その動きを止める事は出来ない。 「狐ェ! 謀ったなッッ!!」 「反撃を!」 怒声と同時に放たれた雷撃が周囲を穿つ。それと共にアルマにもその攻撃が向かうのだが、直後、彼の元から音の光が放たれた。 それが黄宝狸の放った雷撃を吸収して真っ直ぐ彼に向かう。 ぐぁぁぁぁあッ!! 獣の雄叫びだった。 彼自身を焼き尽くすかのような雷撃が襲い掛かり、黄宝狸の瞳が一回転する。 本来ならこれで終い。だが、黄宝狸はしぶとかった。 反した瞳に光を宿り、半身を焼かれた状態で突進してきたのだ。 「っ、拙いッ!」 「アルマ!」 新たな楽曲を紡ぐアルマと、絶叫しながら突き進んでくる黄宝狸。黄宝狸は残る腕に瘴気を纏わせ、アルマの胴を貫いた。そして彼の体を上空に放つ。 「そのまま、死ねえぇぇぇぇッ!」 腕に溜められた黒い渦がアルマに向かって放たれる。逃げ場も、防ぐ術もない。 だが黄宝狸では得られない加護が、彼に訪れた。 「!」 アルマに直撃する筈の瘴気が別の者にぶつかった。それも寸前の所で。 「っ、ぅ……私は敵を殺す為、力を欲したのではない。誰も、殺さぬ為じゃ……無茶をしおって!」 アルマの代わりに瘴気を浴びた華魄 熾火(ib7959)は、彼の体を包み込んで叱咤する。その声にアルマが何か言おうとするが、それは熾火の指が遮った。 これ以上何かを喋らす事、動かす事は彼の命に関わる。 それよりも、と。熾火の目が黄宝狸を捉えた。 「……愚かに踊らされし古狸よ。部下を殺し、あざ笑う未来は何が見える……? 私に見えるは裏切られ、全てを恨み……孤独に死ぬ先しか、みえぬがな……」 寂しくも、憎む視線を向ける熾火に、黄宝狸の足が退いた。其処に新たな声が響く。 「……黄宝狸……これ以上……好きには……させぬ。この場で……斬る」 死角から斬り込んで来た刃に体が下がる。だがそれを追い駆けるように羅轟(ia1687)が刃を揺らしながら踏み込んで来た。 その勢いは、アルマを空に打ち上げた時に近い――否、それよりも更に増している。 「何故だ……何故……っ」 よろける黄宝狸は困惑の色を濃くして瘴気の渦を放つ。 「貴様には……一生かけても……わからぬ」 羅轟は真正面から瘴気の渦を受け、それでも怯む事無く黄宝狸の肩に鎧すら打ち砕くと言う刀を突き入れた。此れに黄宝狸が呻く。 その上で彼は羅轟の体を蹴り飛ばすと、自らの歯を使って刃を引き抜いた。 「……ッ、くそっ……わしは、死なぬ……狐に出来て、我に出来ぬ事が在ろうなど……」 「ぐ……ッ」 地面に叩き付けられた衝撃も冷め止まぬ身に突き刺さる刃。此れに鮮血を吐き出して呻く羅轟を背に、劫光(ia9510)と玖雀(ib6816)が前に出た。 その瞳は容赦なく黄宝狸を捉えている。 「まさか、逃げるんじゃねぇだろうな?」 「俺はここだぜ? 我慢比べ、しようじゃねぇか」 「貴様等」 黄宝狸の記憶にも新しい。 先の闘いで自らの腕を奪うに至った者達だ。 「許さぬ! 許さぬぞっ!!!」 目を吊り上げて突っ込んでくる彼に、劫光が急ぎ印を刻む。そんな彼が紡ぎ出すのは地縛霊だ。 彼は玖雀の背でそれを実行し時を待つ。 その耳に、玖雀の挑発的な声が届く。 「これで終いにしようぜ、なあ?」 「ほざけぇぇぇええッ!」 怒号の勢いで撃ち込まれた腕。それを劫光と玖雀が飛び退く事で回避すると、黄宝狸は転ぶ勢いで2人が今まで立っていた場所に踏み込んだ。 「ッ!」 不意打ちの様に発動した罠に、黄宝狸が慌てた様にもがく。其処へ新たな影が迫った。 皆と共に踏み込み、機会を狙っていた藤田 千歳(ib8121)だ。 彼は左手に掴んだ柄に練力を送り込み、黄宝狸を見据える。その瞳には静かだが闘志が宿っている。 「お前の顔も見飽きてきた……何度目かの宣言になるが、今度こそ。黄宝狸、貴様を仕留める」 言葉に、黄宝狸が苦々しげに奥歯を噛み締める。叶う事なら、今すぐにでも千歳の喉を掻き切ってやりたい。 だが腕は伸ばせど彼にそれが届く事はなかった。 「ここで決めさせて貰う…ッ」 火炎を纏う刃が弧線を描きながら黄宝狸を薙ぐ。直後、伸ばされていた腕が宙を舞った。 そうして新たに刃を反すと、黄宝狸の目が見開かれる。彼は千歳ではなく、彼の背に在る人物を見ている様だった。 「もう迷わない、私は此処で戦士の務めを、果たす」 黄宝狸が今まで繰り返してきた所業。それを思えば彼が此処で朽ちるのは当然の事だろう。 そしてそれこそが、虹來寺の――同胞の安全に繋がる。 「サミラ、頼むよ」 サミラ=マクトゥーム(ib6837)は、自らの耳に響く故郷を思わせる音色に耳を傾けると、照準の先に在る黄宝狸の顔を見詰めた。 「――此処で、死ね」 砲撃の為に集めた練力。それを全て使い尽くす勢いで引き金に指を掛ける。 そして彼女の指がそれを引いた時、黄宝狸の首は虹來寺のくすんだ空に舞い上がったのだった。 |