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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 枯れた木々の植わる山。そこが豊臣雪家の教えた弟君の墓だった。 季節は冬。故に枯れ木が多くても不思議ではないが、それでも墓と呼ぶには少々寂しい。 そもそも周囲に民家がある訳でも無し、道行く人の姿もなく、山の周囲を警備する人の姿もない。 「まるで人目でも避けてるみたいですね。この様な状態だからこそ、不審な影も出るのでは……そう思いますが、まあこれも真田の為です。真偽を突き止めましょう」 そう言って天元 恭一郎(iz0229)の目が山を捉えた。 其処にあるのは一本の道だ。細く山頂に向かって伸びる道は弟君の墓まで伸びているだろう。 だが、油断は禁物だ。 雪家の与えた課題は『不審な影の確認』と『墓守の安否確認』である。 「影の正体が分からない以上、隠密に行動した方が良いでしょう。まあ、囮と言う手もありますが……」 如何します? そう問い掛ける彼に開拓者等が言葉を交わし始める。それを見止め、ふと恭一郎の目が上がった。 静かにそびえる山には未だ人の気配はない。 この中に何かが潜んでいるのだとすれば、それを誘き出すのは容易な事ではないだろう。 「恭さん、どちらへ?」 不意に歩き出した恭一郎に、同行していた隊士の1人が声を上げる。 それに目も向けず、彼はこう言った。 「僕はこの道を行きます。君たちは好きにして良いですよ」 そう言うや否や恭一郎は墓に向かっているであろう細い道を登り始めた。この姿に困惑したのは他の開拓者達だ。 ――好きにして良いですよ。 つまり、付いて来るのも他の道や方法を取るのも自由。如何にかして任務を遂行して下さい。 そう言っているのと同じだ。 突然別行動を取られてしまった開拓者等は、顔を見合わせ、如何すべきか放し始めた。 ●恭一郎 道と呼ぶにはあまりにお粗末なそれを進み、恭一郎は武帝の弟君の墓と呼ばれるその場所に到着していた。 外観の山からは想像も出来ない大きな墓は、充分に手入れが行き届いていて綺麗だ。 これは人の来訪を意味する。 「……隠れてないで出て来なさい」 恭一郎は億劫そうに声を上げると、墓を見回した。 その声に忍装束らしき服を纏った男が姿を現す。如何見ても普通の身のこなしではない男が、戦闘態勢を整えた状態で恭一郎に向き直った。 「おやおや戦う気満々ですか? 僕は別に構いませんけど」 そう言って笑い、槍を構える。と、その刹那、男が駆け込んできた。その動きは姿に恥じぬ俊足。一気に縮められた間合いに、恭一郎の槍が唸る。 キンッ! 2つの刃が重なり、小さな火花が上がる。 そうしてギチギチと軋みながら牽制し合う刃の向こうで、双方の瞳がぶつかった。 「……へぇ」 スゥッと細められた瞳から笑みが消え――次の瞬間、男の体が弾け飛んだ。 「ッ、……」 凄まじい勢いで木の葉を巻き上げて転がる体に、長い槍の柄が突き刺さる。 形勢は一気に逆転。柄を腹に受けたままの男は驚愕の表情で恭一郎を見、何かを呟いた。 「まさか」 掛けられた言葉に鼻で笑う。 そして顔を近付けるとこう言った。 「君は――でしょう?」 ニコリと笑うその顔を見ながら、男の喉が静かに上下に動いたのは気のせいではないだろう。 ●突然の襲撃 その頃、山の麓で行動に迷う開拓者等の元にも異変が起きていた。 「これは……」 恭一郎が消えて間もなく、開拓者等を囲むように幾つもの足音が訪れたのだ。 それらは一瞬の内に彼等を囲み、戦闘態勢を整えている。その目的、行動の意味は不明。 ただ1つわかる事がある。 「恭さんが山に入ったのを見計らって来た?」 頃合いを見てもそうとしか言えない。 では誰が何の為に? 考えられる事は幾つかある。 雪家の言葉、そしてこの場所の意味。 「……何かがあるとしか言えないな」 誰ともなく呟かれた声を耳に、開拓者等は襲い掛かる者達に刃を構えたのだった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
ケロリーナ(ib2037)
15歳・女・巫
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
藤田 千歳(ib8121)
18歳・男・志 |
■リプレイ本文 「はああああッ!」 重なり合う刃。鳴り響く剣劇の音色に目を細め、長谷部 円秀 (ib4529)は己が刃を振り返す。 「っ、刀が重い!」 シノビの見た目に反し、襲い掛かってきた黒装束の面々は志士に似た動きを見せる。まるで実際にはシノビではない、そう言うかのように。 「……やはり、捕縛目的として動いているからでしょうか。それとも――」 言い切る間もなく斬りかかる刃を弾き返し、反動を利用して相手の無力化を目指して刃を振るう。 そうして檄を飛ばす中で、背に温もりが触れるのを感じた。 チラリと目を向けると、其処には自分と同じようにシノビを相手に刃を振るう藤田 千歳(ib8121)の姿がある。 「真実を知る為には致し方あるまい。とは言え、並の力でないのが厳しいところか」 彼もまた円秀同様に苦戦しているようだ。 鞘に戻した刀に手を添え、抜刀の構えを取る彼の利き手は左。普通の居合いよりも間合いや機会を読み辛いその攻撃にも、敵は臆する事無く踏み込んでくる。 「だが、だからこそ此処は単なる墓以上に何か意味があると思える」 そもそもこのシノビは何処から来たのか。 此処で目撃されている影が彼等だとすれば何か目的があっての事だろう。逆に自分等を待っていたのだとすればそれも目的があっての事だ。 つまりどの様な場合であれ、このシノビ等の行動には意味があると言う事になる。 それが口封じならば尚更。 「この騒動の真実、その一端が、ここにはある。ならば――」 千歳は眼光鋭く前を見据える。 そして刀の鍔に指を添えると踏み込んだ足に力を込めた。 「お前達に斬られてやる道理は無い。浪志組隊士、藤田千歳。推して参る!」 言葉の終止と同時に斬り出した刃が一閃を敷く。そうしてシノビと刃を交わすと彼等は一気に戦闘へ雪崩れ込んでゆく。 一方、彼等とそんなに間を置かずシノビに囲まれていた叢雲 怜(ib5488)は、視線をキョロキョロ動かし周囲を伺っている。 その様子は何かを探していると言うよりは、何かを探っている。そんな印象だ。 「ん〜っと……」 「どうかした?」 「んと、偉い人のお墓って何だ……もっとこう、偉いんだぞ〜的な感じがあるんだけれどな?」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)の問い掛けに答えた怜の言葉はもっともだ。 この場所、豊臣雪家が言った今上帝の弟君の墓にしてはあまりにヒッソリし過ぎている。それどころか人目を憚るような、そんな印象すら受ける。 「僕にも詳しい事はわからないけど、きっと此処に……」 何かある。そう口にした所で煌めく刃が飛び込んできた。それを寸前の所で交わしてアルマの目が飛ぶ。 「すばしっこいね」 苦笑気味にそう零して構え直したバイオリンに新たな刃が迫る。それを怜の銃弾が遮った。 「お墓の横で、あんまり大騒ぎしちゃメッってママ上に怒られるのだよ!」 ここで暴れるのは厳禁。そう言いたげな彼にシノビが距離を取る。どうやら彼が持つ武器を見定めようとしているようだ。 この間にアルマは楽器を構え直し、怜もまた己が武器を構え直す。そして銃身の先をシノビに向けるとこう言い放った。 「お前達がこの付近で目撃されてる不審な輩だな、覚悟しろ!」 こう言えば敵が何か反応を示すと思った。 だが予想に反して敵は何の反応も見せない。それどころか此処まで一度たりとも言葉を発していない。 「これでは何もわからないのだよ」 一瞬沈みかけるが今はその時ではない。 すぐさま攻撃の構えを取ってアルマの前に出る。と、其処に優しい音色が響き始めた。 これは現に存在する者を夢へといざなう誘惑の調べ。 「――!」 音色に抵抗しようと頭を振る者。 そのまま屈して膝を折る者。 反応は様々だがどうやらアルマの奏でる楽は彼等に効いているようだ。だがそれも完璧ではない。 ならば―― 「柚乃もお手伝いするですの」 初めに奏でられた音に重なるように降り注ぐ音色は、柚乃(ia0638)が奏でる夜の子守唄だ。 柔らかな音色が重なり微睡に勝とうとしていたシノビ等が膝を付く。そうして半数以上だろうか。シノビ等は地面に伏した。 本来であれば此処でシノビ等は撤退をする筈だ。 だが彼等にも信念があるのだろう。 戦闘から離脱した仲間に目をくれる事も無く突き進んでくる。その姿は一見、無謀にも見える。 「くっ!」 ガンッと腕に響く衝撃を抑え、柊沢 霞澄(ia0067)は眼前に迫るシノビの顔を睨み付けた。 前衛が居り、中衛が居る。 その事に甘んじる事無く巫女でありながら盾で攻撃を対処した彼女に、攻撃を見舞ったシノビの目が眇められる。 それを見止め、彼女はある問いを投げかけた。 「貴方がたは、何の為にこのような事を……」 先程から後衛より見ていた攻防戦。それらを顧みると彼等は開拓者等と同様に力を抜いているように見える。 否、正確には力を抜いているのではない。 全力で殺さないように刃を振るっているのだ。つまり彼等に殺害の意図は無いと言う事。 そしてそうすると言う事は、彼等は自分等の来訪を知っていたと言う事になる。 「もしかして、貴方がたは――ッ、きゃあ!」 今まで刃を支えていた刃が弾き飛ばされる。 それに合わせて霞澄の胴がガラ空きになると、敵は一気に其処を目指して刃を振り下した。 だが、 「はい、そこまで〜」 突如降り注いだ風の刃。それが霞澄とシノビの間を切裂く。 そうして出来た僅かな隙間に滑り込むと、郁磨(ia9365)は印を刻みながら黄金の杖をシノビに向けた。 「……もう少し離れて下さいねぇ」 ふわりとした口調とは裏腹に、間髪入れずに2度目の風が降り注ぐ。それに何とか応戦するように飛び退くシノビを見遣り、郁磨は霞澄に目を向けた。 「ひーちゃん、大丈夫……?」 「あ、はい……ありがとうございます……」 コクリと頷く霞澄に笑みを向け、郁磨は杖の先端をシノビに向けた。そうして新たな術を刻もうとしたのだが、不意に目の前のシノビが崩れ落ちた。 「ケロリーナもやれば出来るですの!」 むんっと杖を握って頷くケロリーナ(ib2037)の傍には他のシノビの姿もある。どうやらアルムリープを使って睡眠の効果を向けたらしい。 「これは、壮観ですね」 もう少し手古摺ると思っていただけに案外あっさり言ってしまったと、円秀が零す。それを受けて刀を構え直した千歳が、残るシノビに刃を向けた。 「さあ、残るはお前だけだ。大人しく縛について貰おうか!」 そう言って斬り出した刃がシノビの戦意を喪失させるのに、そう時間は掛からなかった。 ●襲撃者の真実 戦闘で穢れた山にお浄めを施し、霞澄は捕縛したシノビを囲う面々を振り返った。 「こちらはこれで終わりです……」 お待たせしました。そう微笑む彼女に、怜が嬉しそうに頷きを返す。 「これでママ上に怒られずにすむのだ!」 お墓の周りでは暴れないように。 そう教えられている以上、戦闘をしている間は気が気じゃなかったようだ。そして彼の横では柚乃がド・マリニーを使用して瘴気の有無を調べていた。 「瘴気の反応はないです。アヤカシの存在はないと考えて良いと思います」 「こちらも、何者かが潜んでいる気配はないな。尋問を始めても問題ないだろう」 千歳はそう言うと、捕縛されているシノビに目を向けた。 果たして彼等は何か喋ってくれるだろうか。もし何も喋らなければ、このまま開拓者ギルドにでも差し出さなければならばいが……。 「んー、家紋とか付いてないかなぁ……?」 「おい、人の武器に触れるな!」 「だって、何も喋ってくれないから」 ぶぅ、と頬を膨らませた郁磨だったが、その目は手にした武器に向いている。とは言え、其処に手掛かりらしいものは無い。 「そもそも、貴方達は何者なの……?」 「僕達を襲ったってことは、誰かの差し金なのかな……それとも、貴方たちが不審な影の正体?」 郁磨に続いて問いを掛けたアルマに、1人のシノビの目が向かう。そしてまるで鼻で笑うように息を吐くと、ふいっとそっぽを向いてしまった。 「簡単に言う筈がないだろう。愚かな子供――ひっ!?」 「あっと、手が滑っちゃった」 えへっと笑った郁磨の刃がシノビの喉に触れる。それを受けて息を呑んだ彼の喉仏が上下に揺れると、ツーッと赤い雫が滴り落ちた。 「もう一度聞くね。貴方達は何者なの……?」 「お、俺達は……」 「薫くんの手下とかですの?」 「へ?」 突然響いた声にシノビの目が瞬かれる。 「皇族の墓にシノビですから……鈴鹿一族かなと。確か……帝直属の臣、でしたよね」 「そうですの! 薫くんの手下に決まってるですの!」 コクコクと頷くケロリーナの隣で、柚乃が思案気に首を傾げている。 どうやら彼女たちは彼等を鈴鹿一族の者と思っているらしい。 場所柄そうした可能性もあるだろう。しかしシノビが発した言葉は予想外……否、ある意味予想通りの物だった。 「俺達は豊臣様の命により、貴様らの忠義を量るために来たんだ」 「やはり、そうでしたか……」 そう零したのは霞澄だ。 彼女は先の戦闘中から敵に殺意が無いことを察していた。故に実際の襲撃ではないと踏んでいたが、やはり雪家の仕業だったか。 「それでは、不審な影の目撃情報は嘘ですの?」 「まあ、そう言うことになる」 頷こうにも郁磨の刃が邪魔で頷けないシノビは、目だけで頷く。それを見止め、全員が視線を交わした。 「生成の子でなくて良かったですの」 ケロリーナの安堵した声に皆が同意するように頷く。こうして不審な影の謎は解けたが、まだ解けていない謎がある。 「そう言えば、円秀は何処に行ったのだ?」 不意に辺りを見回し出した怜が、今更のように首を傾げる。その様子に頷くと、千歳は山の方を見遣った。 「隊長が気になるから先に行く、と言っていた。既に合流しているかもしれないな」 そう、円秀は戦闘終了後、直ぐに天元 恭一郎(iz0229)を追い駆けて山に入っている。 「なら、僕達も急ごう」 彼等が対峙したシノビが雪家の刺客と言うなら、恭一郎の元にもその刺客が現れていてもおかしくない。 アルマは恭一郎の無事を願いながら、山への道を急いだ。 ●静かな…… 山頂に到達した一行は、其処で在り得ないものを目撃していた。 「隊長落ち着いて下さい!」 「僕は落ち着いていますよ。ただ、この人が素直に話をしてくれないので、ちょっと口を割らせようかな、と思っているだけです」 「それは落ち着いているとは言いません!」 恭一郎を羽交い絞めにする円秀と、長槍を手に冷えた視線を送り続ける恭一郎。そしてその前には眼光鋭く恭一郎を見据えるシノビ装束の男が1人いる。 どう見ても尋常でないこの状況に浪志組に属する面々が駆け出した。 勿論、隊長を止める為なのだが、 「……何で、君達がその人を庇うのかな? オカシイでしょう?」 本来であれば恭一郎の側に付くべき浪志組が、シノビを護るように立ったのだから、恭一郎の声が更に冷え込む。 そもそも何故こんなにも敵意剥き出しなのか、それが分からな過ぎる。 「いえ、この場合、何故か此方に来た方が良いと天命が……」 「お墓の前で暴れたらダメなのだ!」 「恭一郎さん、今この人を斬ったら悠さんの為にならないと思うんだ……」 「俺もアルくんの意見に賛成です」 千歳に怜、そしてアルマや郁磨の言葉に恭一郎の口角が下がった。 「天命とか正論とか良くわかりませんが、君達が僕に批判的だって事は、よぉ〜くわかりました」 そう言うと、恭一郎は渋々と言った様子で槍を下げた。 それを見届け、霞澄がシノビに駆け寄る。 「大丈夫、ですか……?」 シノビの背に手を添えて問い掛ける。それを受けて倒れていたシノビは瞳の殺気を消して頷きを返した。 「申し訳ない」 声の感じから察するに、この人物かなりの老齢だろうか。 彼は体に受けた衝撃を緩和するように腕を動かすと、集まった面々を見回した。その視線は酷く穏やかで、恭一郎に向けていた視線とはまるで違う。 「恭一郎殿、何をされたんだ」 「別に……ただ、そこの人がここの墓守でいろいろ知ってそうだったんで、良ければ話して下さいって、交渉してただけです」 「この人が、墓守……」 にっこり笑っているが絶対に交渉とは違う。 そう言いたい所だが、恭一郎から彼を助けたことで墓守の警戒心は彼以外に向いていない。 余程酷い事をされたのか、それとも別の何かがあるのかはわからないが、これは話を聞く上で好都合だった。 「あの、あの!」 真っ先に墓守に話掛けたのはケロリーナだ。 彼女は好奇心に満ちた目を向けながらこう切り出した。 「ケロリーナは親王さまがこっそり生きてると思うのですの。それで、ここには楠木公と彼が調べたコトが眠ってると思うですの!」 これまた突拍子もない言葉だが、言葉を向けられた墓守は彼女の言葉を真摯に受け止め、彼女の頭を優しく撫でた。 「それはない。もしそうであればどんなに良いか……」 しみじみと零されるこの声から伺えることは多々ある。 それは弟帝が確実に亡くなっていると言う事。そして楠木の死と弟帝の死には少なからず繋がりがあると言う事だ。 「それなら、護大から光をもたらす儀式について手掛かりは……」 「私は何も」 「神代の使用方法についてその人に聞いても無駄ですよ。その人は墓守であって、それ以上でもそれ以下でもないんですから」 俯く墓守にそう言葉を投げ、恭一郎は近くの木に凭れかかって口を噤んでしまった。 完全にヘソを曲げたのか、それとも皆が質問し易くしているのか、これまた真意の方は不明だが、大人しくしてくれているなら問題はない。 皆は改めて墓守に向き直ると、質問を再開に掛かった。 「んー……弟君が亡くなっているのなら、ここに彼のご遺体があるで間違いないんだよね? だとしたら、弟君は本当に病死だったのかな?」 如何なんだろう? そう首を傾げるアルマに墓守は頷く。その表情は嘘をついているようには見えない。 では、と切り出したのは郁磨だ。 「武帝の弟君……平安親王の事、貴方はご存知ですか?」 この問いにまたしても墓守は頷きだけを返す。けれど次の問いに彼は頷きではない、言葉を返した。 「俺は、桜紋事件の真相が知りたいんです。平安親王は神代だったのか。神代は其の身を犠牲に世を変えるのか……この真実が、仲間を救うんです」 その為には桜紋事件の前後に起きたことを知る必要がある。そう語る郁磨に墓守が言う。 「その事件に関し、私が言えることはない」 まただ。 また、言えることはない。だ。 知らないでは無く、言えないと言う。 「貴方は、知ってるんですね。大丈夫。誓った以上、朝廷に害はなさない」 だから教えて欲しい。そう言葉を添えたアルマだったが、墓守はそれ以上、この事について口を開かなかった。 言葉を欲するには情報が足りないのだろうか。それとも聞き方の問題だろうか。 悩む彼等を前に墓守が立ち上がった。 どうやら恭一郎から受けた衝撃がだいぶ抜けたらしい。その様子に気付いて、怜がパタパタと彼に駆け寄って行く。 「んー……」 「何か?」 じっと見上げる視線に墓守の眉が上がった。 「墓守さんはお墓に眠っている人とどんな関係なのだ?」 素朴な疑問。 そんな感じに問い掛けられて、墓守も言葉で彼に答えを返す。 「英帝よりこの墓を守るよう言い付かっている。私の他にもまだ数名いるが」 それが何か? そう問いかける墓守に、怜は首を傾げたまま心底不思議そうに問うた。 「なら、何で俺達と戦闘になったのだぜ?」 まあ主に戦闘になったのは恭一郎となのだが、確かに疑問だ。 墓を守るだけの存在であるなら、訪れた者と戦う必要はない。けれど彼は恭一郎と闘った――らしい形跡がある。 だがこれに関しては恭一郎が口を開いた。 「その人がいきなり襲って来たんですよ。それで仕方なく戦闘になった訳です」 「侵入者だと思ったんだ」 「へぇ。墓参りに来た人かもしれないじゃないですか」 「それは……」 ニヤリと笑う恭一郎に、睨む視線を送る墓守。 なんというか、恭一郎が挑発して怒らしている気がしないでもない。 その様子を見届け、千歳が静かに問う。 「此処は普段、人の出入りは無いのだろうか」 「そうだな……誰かが来る時は決まって連絡が入る。だが今回はそれが無かった……だから墓荒らしかと思ったのだ」 やや溜息交じりに呟く声に、千歳は成程と頷き、恭一郎も渋々ながらその言葉を信じて黙る。 こうして話をしていてもこの人物が墓守である事は間違いないだろう。そして恭一郎が先に言った通り、彼は墓守である以上の情報は何もないのかもしれない。 そう、思った時だ。 「神代とは……それ自体が力持つのではなく、精霊を身に宿す事により力を発揮? ……瘴気を払うにしても」 まるで独り言のように紡ぎ出された声に皆の目が向かう。 其処に居たのは柚乃だ。 「もし差支えなければ、親王様は、いつごろお亡くなりになったのでしょう。そして埋葬された時期が分かるなら教えて頂きたいのですが……」 「構わないが」 何故その様な事を? そう問いながらも、墓守は弟帝が亡くなった時期と埋葬された時期を詳細に教えてくれた。 それは誰もが驚くほど正確な日時で、思わず目を見張る程。もしかすると彼は、埋葬時期にも此処に居たのかもしれない。 「……ありがとうございます」 柚乃はそう言って頭を下げると、何かを考えるように武帝の弟君が眠る墓を見詰めた。 彼女の手には其処に備える花がある。 「これから行う無礼をお許しください……」 囁いて墓前に花を供える。 そうして振り上げた鈴が、軽やかな音を奏で始める。ゆっくりと動くその音色は、まるで時計の針のように優しく辺りに響き渡る。 その音色を聞いて墓守はハッとなった。 「ま、待て!」 だが既に遅かった。 墓の前に浮かび上がる靄に掛かったような幻影。それを目にした時、墓守は何とも言い難い表情でその光景を見詰めた。 ●僅かなる記憶 鬱蒼と茂る森を、仰々しい一行が来訪する。 全てを隠すように、密やかに、ただひっそりと。 とてもしめやかな雰囲気の中、身分の高いらしい男が列から降りてくる。そして綺麗に整えられた墓らしき場所に手を合わせて囁く。 「――……楠木が自害した」 辛うじて聞こえる声は精霊が聞き入れた物だろうか。周囲の者へは聞こえていないであろう呟きを、記憶は映し出してゆく。 「……神代を持たぬ兄は疎ましかろう。私とて、あやつなど……」 泣き崩れるかのようなその声にすら誰も反応しない。けれどただ1人だけ、その人物に歩み寄る者が居た。 「英帝、そろそろお時間に御座います。此処は私にお任せになって、英帝は混乱の最中にある民をお導き下さい」 ――英帝。 それは先の帝の名だ。 では今の言葉の意味はいったい。 そしてこの場を任せるよう口にしたこの人物は―― ●誇りが抱く真実 柚乃が紡いだのは精霊が持つ記憶だ。それはこの場に居た全ての者に知らされた。勿論、墓守であるこの男にも。 「今のは、如何いう……」 戸惑う開拓者の声に、墓守が息を吐く。そして乾いた笑いを零すと、彼は自分を見詰める開拓者等を見遣った。 「……見ての通り。親王様が埋葬された時分のものだ」 今まで隠し通してきた真実が、まさか精霊から語られるとは思わなかったのだろう。 脱力気味に語る彼を見ながら、円秀が呟く。 「今の方が英帝であるなら、英帝の言う神代を持たぬ兄とは、まさか……」 「……今上帝であらせられる武帝のこと」 「待って!」 墓守の言葉を遮るようにアルマが進み出た。 その表情は真剣そのもので、言葉を止められた墓守も驚いたように彼を見ている。 「まさか、楠木さんの謀反の原因って、お世継ぎである武帝に神代がなかったから?」 コクリと頷く墓守に、成程と千歳が唸る。 「天儀王朝の帝は代々神代を持っている。だが、現帝はそれをお持ちでない……だから豊臣公はあのような事を言ったのか」 「僕達が、楠木さんのように謀反を起こさないように?」 アルマは千歳が頷くのを見てから、考え込むように視線を落とした。 楠木と東堂が起こした謀反には理由がある。そう踏んでいたが、まさかそれが武帝に神代が無かったことに繋がるとは思ってもいなかった。 朝廷に忠を抱いていた楠木なら、神代の無い兄よりも神代を持っている弟に帝位を継がせるべきだと考えたかもしれない。しかも先の言葉を思い返すなら、英帝もまた楠木と同じで……。 「もしかして……楠木さんが自害した理由は……ただ真実を隠すためでは、ない?」 在り得ない、あってはいけない予想にアルマの拳が握り締められる。そうして唇をかみしめると、柔らかな声音が響いてきた。 「あの……帝に神代がないとして、では、神代が現れた穂邑さんはどうなるのでしょう……」 今まで考え込んでいた霞澄だ。 彼女は親友である穂邑の身を案じている。 もし神代が帝に無く穂邑にあるのなら、朝廷側の者は必ず穂邑を利用する筈だ。 「豊臣公が仰った言葉が気に掛かります」 急いで戻りましょう。 そう言う彼等に墓守が待ったを掛けた。 「昔、聞いた事がある。神代とは精霊の憑代ではないかと……正しい知識かはわからない。だが、そう聞いた事がある」 そう言って目を伏せた彼は深く頭を下げた。 その礼が何の意味を成すのかはわからないが、今の言葉で少しだけ真実が見えた。 あとは課題を成した事を雪家に報告するだけだ。 「……恭さん」 山を下りる中で、郁磨は恭一郎に声をかけていた。それに対して彼の目だけが向かう。 「……俺達の事、信じていましたか?」 唐突な問いに恭一郎の眉が動く。 そして視線を前に向けると、彼は小さく肩を竦め、 「信じていなければあそこまで酷い事はしませんよ。例え東堂さんがらみでも、ね」 そう言ってクスリと笑った彼に、郁磨は苦笑すると、仲間と共に山を駆け下りて行った。 |