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■オープニング本文 ●合流 決死の襲撃は、戦況を覆した。 禍輪軍は二体の副将を失し、更に大将たる禍輪公主は手負い。 そして今、戦場には開拓者達の決死隊、ギルドから駆けつけた援軍、反転し戦場に舞い戻った崇和寺の拳士達……揃いうる戦力全てが集い、禍輪公主に相対していた。 ギルドからの援軍は禍輪公主と距離を保ってその動きを睨みつつ、一部の者は先行して禍輪直近の決死隊に合流し、治療と補給を行った。 術師達が駆け寄って治療を行うのと同時に、再会を約束して別れた者たちが、互いの再会を喜び合う。 彼らに混じって、崇和寺の住職・道慧は一人悲嘆の表情を浮かべ、決死隊の鳩座の前に現れていた。 「……情けない話よ。徒らに失うを恐れ、我らが掲げ崇めた人の和から眼を背けた挙句、この目で援軍を見て、開拓者に諭されて漸く踵を返した」 老僧の自嘲を、対する鳩座はただ穏やかに聞いていた。 「戦場に背を向けている間、開拓者の言が耳に残っとった。『我らが戦う理由』、そして『次代の子らへ』と。 皆同じよの。アヤカシに故郷と家族を奪われ、取り戻せぬまでも新たに得る為に、命の限りあがく。同じじゃった。儂やお前と」 「そして鳩塾の子達とも、です。や、ほんの少し、立場が違うだけでしたな?」 「我が不明を許せ、鳩。子供達に明日を勝ち取る力を与えると、その為にこの地を拓き鳩塾と崇和寺を作ったと……その初志を忘れた失態、耄碌では済まされん」 「だが住職、いやさ師父。貴方は今此処にいる。天輪宗が、鳩塾が、そして開拓者が、共に戦っている。それならば、いい。それだけで我らは、きっと、勝てる」 「ああ。それでよい。全く以て、それで、善い」 鳩座の言葉に、漸く住職も苦笑した。 ●花姫消ゆ 一方…… 開拓者達に逃げ場を絶たれた禍輪公主は、朦朧とする頭で必死に状況を整理していた。 白槍将蟲が死んだ。 銀顎将蟲も黒鎌将蟲も、もう居ない。 残った金角将蟲は手負いで、他の蟲アヤカシは殆どが算を乱して逃げ始め、開拓者に討たれている。 忌々しい冷風は止んだのに、今度は深く体に刻まれた傷が、花姫の蟲を操る力を奪っていた。 露わになった肌からは、どす黒い液体が止めど無く流れ落ち、痛みに付随する恐怖を、禍輪に与えていた。 ……どうしてこんな事になった? 禍輪は自身に問う。 ほんの僅かに時を遡ってみれば、自分達は絶対的な優位にあったのに。 『公主、こうなれば腹を決めて弔い合戦ぞ! 一人でも多く人間共を食らってくれる!』 ただ一体生き残った副将・金角将蟲だけが、半身とも言える銀顎を失って尚、戦意旺盛だった。 猪武者の大甲虫が、死ぬ気で戦ってどうなると…… ……いや、違う。 禍輪は思い直した。違うのだ。 自分には決定的にかけていて、金にも、銀にも、白にも、黒にも、そして……あの矮小で憎たらしい人間達にさえも、あったモノ。 『――この程度で絶望するとでも。覚悟はとうに、済ませてきた――』 いつか聞いた時には鼻で笑った開拓者の言葉が、脳裏に蘇る。 覚悟。明日を生きる為に、何かを賭ける、その想い。 アヤカシのお姫様として、死にゆく有象無象の手下達の後ろでふんぞり返り、けらけらと笑いながら……禍輪公主は、一体何を賭けて来たのだろう。 ふとそれに気づいて、禍輪の瞳から落ちる雫が一筋、頬を這った。 だが、次の瞬間には禍輪は、顔を上げる。 『違う、金角。弔い合戦なんて、やらない』 『何を言う公主! 我らに逃げ場なし、さすれば――!?』 金角の言葉は、遮られた。 禍輪公主がいきなり、自らの小さな胸を、自らの手で抉っていたから。 『ぐぁっ、う……』 『公主……何を』 『いい金角? これは、生き残る為の闘い。人間共を喰らい尽くし、我らの楽園を作る、その為の戦い。だから金角、生きなさい。生きて、あの、人間共を、一人、残らず……』 掠れた声で紡いだ言葉の、最後の部分は聞き取れなかった。 抉られた胸からは黒い異形の蔓と花とが生えてきて、ずるずると異様な速度で成長している。 その間にも禍輪の肌は黒い死色に染まり始め、可憐にして麗雅であったその顔は、苦悶の表情一色に染まっていった。 『く、ぅ……ぁぁ、ぁ、あ、あっ、あっ、あっ』 薄れ行く意識の中で、禍輪は自分の中にある何かに語りかけていた。 かつて老商に売られた娘を花姫へと変えた、自分の中に宿る存在へ。 これが私の覚悟。 知性も、美貌も、ぜんぶ、あなたにあげる。 だから、ここでみんな一緒になるの。 そうしたら、きっと…… さみしく、ないから。 それっきり、辛うじて残った少女の意識は消え…… その体は、無限に成長する黒い植物に飲み込まれた。 ●明日の為に 「な、なんだありゃぁ!」 開拓者の一人が、叫ぶ。 突如目の前で禍輪公主が自らの胸を抉ったかと思うと、その体は一瞬にして巨大な植物へと変貌し始めた。増殖する黒い植物はあっというまに体を伸ばして陽の光さえもを遮り、地に根を突き刺して瘴気を送り込んでいる。 その光景は、人々が最も忌み恐れる存在……魔の森を、否が応にも思わせる。 「鳩座さん、あれは」 開拓者に問われ、鳩座が答える。 「断言はできませんが、禍輪公主……いや、少女・空知かりんに取り憑いていたアヤカシが、本性を表したのでしょう。蟲と草花を操って瘴気を地に送り怪の楽園を作る、意思持つ花のアヤカシ……少女の姿をもう借りないのならば、さしずめ太禍輪とでも呼びますか」 「何を呑気な事を言っとる、鳩座。あれを見ろ」 道慧が空を指さすと、無数の蜂アヤカシが此方に向かって飛んでくる。軽く百は数えられるか。 気づけば周囲には甘ったるい花の香りが漂っており、太禍輪がそれを放ちアヤカシを引き寄せているのは明白であった。 『ああああ、あ、あ……』 禍輪の悲鳴が戦場に響く。獣の唸りにも似たその叫びに、かつての鈴の音のような柔らかさは無い。 知性も美貌も引き換えにして顕になるあの姿こそ、禍輪の切り札なのだろう。それは地に瘴気を送り、蜂の大群を呼び寄せ、強引に魔の森を創りだす。 「どうする、鳩よ」 「討ちましょう。今、此処で」 道慧の言葉に、鳩座は即答した。目の前で地に瘴気を送り込まれている以上、迷っている時間など無い。 「植物の中心に、かろうじて人型に見える黒い塊が見えます。あれが禍輪公主の名残であれば、彼女に憑いたアヤカシもまだそこに一体化している筈。あれを断てば総てが止まると期して……」 「やるならば、今しかないか」 住職が頷いたのを確認して、鳩座は、開拓者達に向き直った。 「我らが支援します。どうか、今一度の突撃を……お願いできますか」 そして開拓者達は―― |
■参加者一覧 / 朝比奈 空(ia0086) / 風雅 哲心(ia0135) / 羅喉丸(ia0347) / ヘラルディア(ia0397) / 薙塚 冬馬(ia0398) / 桔梗(ia0439) / 天河 ふしぎ(ia1037) / 霧崎 灯華(ia1054) / 玲璃(ia1114) / キース・グレイン(ia1248) / アルティア・L・ナイン(ia1273) / 皇 りょう(ia1673) / 水月(ia2566) / フェルル=グライフ(ia4572) / 倉城 紬(ia5229) / ガルフ・ガルグウォード(ia5417) / からす(ia6525) / 只木 岑(ia6834) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / 霧咲 水奏(ia9145) / 劫光(ia9510) / 千代田清顕(ia9802) / フェンリエッタ(ib0018) / シャンテ・ラインハルト(ib0069) / フレイア(ib0257) / ジークリンデ(ib0258) / 羽流矢(ib0428) / 无(ib1198) / 成田 光紀(ib1846) / 朽葉・生(ib2229) / 蓮 神音(ib2662) / 十 宗軒(ib3472) / 長谷部 円秀 (ib4529) / シータル・ラートリー(ib4533) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / 十 砂魚(ib5408) / 郭 雪華(ib5506) / エラト(ib5623) / 蓮 蒼馬(ib5707) / ファムニス・ピサレット(ib5896) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / Kyrie(ib5916) / アルファルファ(ib7413) / 刃兼(ib7876) / 霧睡(ib8404) / キャメル(ib9028) |
■リプレイ本文 ●慟哭 『ぁぁぁぁぁぁ……ぁぁぁ……』 戦場を突き抜ける、アヤカシの唸り声。 晴れ渡る飛鳥原の朝空は、重く震えていた。 「まるで嘆きだな……」 劫光(ia9510)が声の主たる異形の花を見上げ、ポツリと呟く。 そう受け取れる程に、叫びは、悲痛で。 「禍輪公主の出した被害を思えば、決着をつけなければいけないのは必定、です。けれど、それでもこの姿は……」 余りにも酷、と――掠れる声で、シャンテ・ラインハルト(ib0069)が紡ぐ。 禍輪の花姫たる所以を捨ててまで、得られる力……其れがこの、けだものの様な妖花だと言うのか。 「……鳩先生も人が悪いぜ、あの子、やっぱ元・人間だったか」 「知っていて秘した訳ではないのですよ。確証の無い事は迂闊に言えませんでな」 珍しく苦渋の表情を浮かべた村雨 紫狼(ia9073)の言葉に、鳩座は静かに目を伏せた。 「自らを魔の森へと変じ、この地を覆わんとするのか……以前相対した時は小賢しいだけのアヤカシかと思ったが……」 皇 りょう(ia1673)は眉を潜め、いつぞやの、花園での戦いを思い返していた。 記憶に残る少女の誂うような笑い声は……耳に響く唸りには、似ても似つかない。 「アヤカシの将として覚悟したのだよ、あれは。であれば我等もそれに応えねばならぬ」 淡々と、しかし凛とした声色でからす(ia6525)は語り、一歩、前に出る。 『もう一度、力を貸して頂けますか』。開拓者達に、鳩座は問うた。答えは、論ずるまでもない。 「これは飛鳥原の……人々の、未来へ向ける戦いになるでしょう。全力を、尽くしましょう」 桃色の瞳を太禍輪へ向けて、アルファルファ(ib7413)が皆へ呼びかける。 「これが禍輪の決意ならば受けてたつ、それが私にできることです。さぁ、この戦いを越え、明日へと進みにいきましょう」 長谷部 円秀(ib4529)が続き、不退転の意思を顕に、足を踏み出した。 想いは、皆ひとつで。 「倒せれば良いって それだけですっきりする事じゃないんだろうけどさ。それでも……勝とう」 羽流矢(ib0428)の言葉に、全員が頷き……それが、開戦の合図となった。 だが戦況は、決して良いとは言えなかった。 目の前には太禍輪があり、上空には既に陽の光を遮る勢いの蜂群。健在の金角も、いずれ必ず攻めて来るだろう。 迷う僅かな時間さえ無い、そんな状況……しかし、開拓者達の決断は、早かった。 「私は太禍輪周囲の蜂退治に尽力し、太禍輪退治に向かわれる方々を支援します」 銀の髪を揺らして空を見上げ、朽葉・生(ib2229)が抜刀する。 視線の先には有に百を超える蜂アヤカシの大群。放っておけば頭上からの殺到を許すことになり、誰かがこれを対処しなければならない事は明白だった。 「では我ら鳩塾も蜂群の対処に回りましょう。鷹一郎、ウズラ、子供達を先導なさい」 「はい!」 上空に対処すべく陣を組み始める十数名の開拓者に、士気旺盛の鳩塾一同も続く。 「では、私達は金角将蟲らが皆様の戦いを妨害しない様、阻止及び退治支援に回ります」 続いて吟遊詩人のエラト(ib5623)が、柔らかく言葉を繰り出す。 必要なのは、圧倒的な機動力をもつ相手への、抑え。 「持てる力の限り援護しましょう。皆で明日を掴む為……絶対に譲りません」 フェンリエッタ(ib0018)は固く拳を握り誓うかの様に紡ぐ。 「私は太禍輪に向かわれる方々に随伴し、治療支援に尽力します」 そう宣言した玲璃(ia1114)に続き、数人の精鋭は最前線の一団に合流する。 最も危険な役割を負ってなお、彼らの歩みに迷いは無かった。 「正念場という奴か。姿は変われど、あれが倒すべき相手であることには変わりない」 キース・グレイン(ia1248)は命を預けてきた長柄斧を握りしめ、皆の盾となるべく前に出る。 その後ろには、只木 岑(ia6834)と霧咲 水奏(ia9145)が並び立ち、禍の連鎖を生み出した太華を見据えていた。 「今なら躊躇はない。飛鳥義士の責務として、この地に暮らす人々が、自ら望む暮らしが出来るように……」 「ええ。明日を、未来を切り開かんがために」 一瞬、互いの顔を見合わせて、頷き。 「これで、終わらせよう」 キースが呟くと共に、太禍輪へと駆け出した。 彼らの後でアルティア・L・ナイン(ia1273)は一人、黙して太禍輪を見上げていたが…… 「持って行け。好きに使え」 後ろから現れた霧睡(ib8404)からアイスソードを渡され、ふと我に帰る。 剣を受け取り、一言ありがとうと呟いて、太禍輪へと向かった。 その背を見送って霧睡は、同じようにアヤカシの太華を見て…… 「──くだらん」 直ぐに踵を返し、背後に迫る蜂群へ向き直った。 ●蜂雲 開拓者達は、大きく三つの部隊に別れて決戦に臨んだ。 即ち、太禍輪を討つ部隊、金角将蟲を討つ部隊、そして周囲の蜂群を討つ部隊、である。 太禍輪へ向かった者達から、僅かに後方。 「禍輪公主にまみえるのは、これが初めてになるが……わりととんでもないことになってるな」 先鋒となる開拓者達の背後を護りながら、刃兼(ib7876)は額に吹き出す嫌な汗を拭った。 「無尽蔵な敵と持久戦、か。必要なのは折れない心だね、フフッ」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は軽やかな笑みを絶やさぬまま、紅の槍を天高く翳した。 視線の先には、迫り来る蜂アヤカシの大群。しかし、彼女の瞳に絶望の色など微塵も無く。 「如何なる悪夢にも終わりは訪れる。必ず生還する! 全員でね!」 高らかに叫び、リィムナ・ピサレット(ib5201)とファムニス・ピサレット(ib5896)の双子にウィンクを送るフランヴェル。 対するファムニスは――何か熱い記憶を呼び起こされたのか――顔を赤らめ、はリィムナはそんな妹に若干頬を引きつらせながらも、フランの言葉に頷いた。 「……ま、まぁ。信頼はしてるよ、フランヴェルさん! ファムニスもね!」 と、リィムナ。 「……怖い……怖いです…でもっ」 さっきまでは戦場を包む空気に怯えていたファムニスも、勇気を振り絞る様に顔を上げた。 「ここを魔の森にさせる訳にはいきません……皆さんと、精一杯頑張ります」 『子猫ちゃん』達の視線を受けてフランは満足気に笑い、再び上空に向き直る。 例えどんな相手でも、この二人が傍にいてくれるなら、ボクは負けない。 フランはそう、確信していた。 「……羽音が変わった。くるぞ!」 超越聴覚で蜂達の動向を探っていたガルフ・ガルグウォード(ia5417)の通達。 その一言で開拓者達の間に緊張が走り、間を置かずして太禍輪によって集められた蜂群が、次々と殺到してくる。 「賽は振られた。さぁ、勝負と行こうか」 迎え撃つ薙塚 冬馬(ia0398)は呟きながら、それまで弄んでいた賽子三つを宙に投げ上げた。再び掴んだ賽の目を見て不敵に笑い、無名の愛刀をすらりと抜き放つ。 「皆様、突出しないよう、どうかお気をつけて……傷ついた場合は、直ぐに治療致します」 迎撃の為に散開し始める開拓者達に、巫女のヘラルディア(ia0397)は冷静な声色で呼びかけた。 彼女の役割は、戦場全隊を見渡すこと。誰にでも閃癒が届くよう、最適の位置取りを探っていく。 円陣を組む開拓者達に対して、蜂の群は全方位から襲いかかって来る。 迎撃の皮切りにからすが弓を引き、上空の敵に対し乱射を放った。 「『凶鳥』からす、参る」 射られる矢の数々は、蜂群に劣らぬ密度で飛翔し、一匹、また一匹と地に落として行く。 「サンダーヘヴンレイを使います……射線にご注意を」 生は仲間達に警告すると直ぐさま魔法の詠唱に入り、振り翳した杖の先に光の束を創りだした。 次の瞬間には、眩い閃光。解き放たれた光線が五体の蜂を同時に貫き、焼き払う。 「リィムナ、よく、狙って……」 「任せときなって……ぶっとべぇーっ!」 続くリィムナは傍らのファムニスから神楽舞「心」を受け、メテオストライクを詠唱。 前線へ先行したフランや刃兼へ向けて蜂が集中し始めた矢先を狙い、極大の火球をお見舞いする。 「流石だ、ボクの子猫ちゃん達!」 フランは彼女達の活躍を見て満足気な表情を浮かべ、自身も負けじと、周囲の蜂を切り払った。 それでも倒した蜂は全体の半分にも満たず、生き残った蜂アヤカシは開拓者達の元へ降下し、巨大な針を向けて攻撃してくる。 対するガルフは蜂の密集点を狙って突貫し、風神で蜂達を迎撃した。 「禍散華を以って春芽吹かん……!」 刀が閃くと共に剣圧が無数の蜂を切り刻み、一網打尽に叩き落す。 それを抜けてくる蜂の進路には刃兼が隼人で回りこみ、鬼切丸を抜いて新陰流の構えを取った。 「花の匂いに誘われて飛んできたんだろうが……あいにく、蜜集めに群がるのはお断り、だ……!」 刀を上段に構えて踏み出し、相手の飛行軌道に合わせて袈裟斬り。 刃は蜂の首を正確に捉え、一刀の下に切り落とす。 「う……ま、負けないのっ!」 キャメル(ib9028)は必死に、押し寄せる蜂アヤカシを斬撃符で切り裂き、追い払う。 彼女が対処しきれない蜂は、冬馬が雷鳴剣で吹き飛ばした。 「おっと、危ねえ!」 初心の修羅の少女を護り、代わりに攻撃を引き受ける。 冬馬はそのまま受け流しと横踏で蜂達を引きつけ、自陣の内側へと誘導した。 「今だ、ぶっ飛ばせ!!」 「……!」 叫びながら身を伏せた冬馬に呼応し、霧睡の魔槍砲が火を吹いた。 弾丸に砕かれた蜂の体が、木っ端微塵に吹き飛び、墜落する。 霧睡の直ぐ側では、鳩座率いる鳩塾が後衛を守る形で展開していた。鳩塾の子供達も互いを庇いながら、蜂の群を一匹ずつ着実に迎撃している。 「毒は……大丈夫?」 肩から血を流す鳩塾の青年……鷹一郎の顔を、桔梗(ia0439)が心配そうに見上げた。恩人でもある少年の問いに、鷹一郎は力強く頷いた。 「ああ、大丈夫だ。毒は持ってないらしい」 「今、治療する、から」 周囲の傷ついた開拓者や子供達も術の範囲に収めながら、桔梗は閃癒を唱え、傷を癒す。 決して、決して楽な戦いでは無いけれど。 「皆……挫けないで。俺達も、精一杯応援する。だから」 だから、守ろう、この場所を、飛鳥原を。 言葉は言わずもがな伝わって……鳩塾の子供達は皆、笑って頷いてみせた。 ●大甲虫 後方の開拓者達が蜂アヤカシへ対処する一方で、一部の開拓者達は別の脅威へと意識を向けていた。 禍輪軍四将蟲の生き残り……未だ姿を見せぬ、金角将蟲である。 「太禍輪の目的が飛鳥原を魔の森にする為で、金角の目的がその支援なら……」 天河 ふしぎ(ia1037)は周囲を見渡しながら、アヤカシの動きに思考を巡らせていた。 自分達を撹乱するために敵はどう動くか…… 「居た!」 指差す先に、十二の黒い大甲虫。先頭には勿論、金角将蟲だ。 『我、禍輪が配下、金角将蟲! 人間共、いざ勝負!』 狙いは、本体へ向かう開拓者を側面から突く事か。少なからぬ傷を負った甲虫達の突撃に、しかし一片の迷い無く。 「――忠義かね。だが退治させて頂く」 その様を相棒の尾無狐と共に見つめ、无(ib1198)は目を細めた。だが、一瞬の思考は、直ぐにアヤカシの行動に中断される。 「二手に別れた……!?」 剣を構え踏み出そうとしたフェルル=グライフ(ia4572)が、驚嘆の声を上げる。 大甲虫達は隊を左右に分け、開拓者達を撹乱するように蛇行しながら進撃した。 『我等、公主の最後の命に依りて生還を期せり。さすれば、全霊を以て我が敵を討たん!』 「敵も俺たちも、お互い望む明日のために死力を尽くす……か。意地を張り通せるのはどちらだろうね」 金角が土壇場で出した奇策を目にして、千代田清顕(ia9802)は不敵に笑みを浮かべた。 右と左に別れた部隊の、どちらかは囮だ。本命の部隊は、最前線の突入部隊へ向かう筈。 「左は私達が抑えます。皆さんは、指揮官を……お願いします」 フェンリエッタは即座に、金角から離れた六体へ狙いを絞った。 迷う時間が、何より惜しい。今は迅速に、敵の連携を断つ。 「崇和寺も手伝おう。お嬢さん方だけではちと手が足るまい」 老拳士の言葉に小さく頭を下げ、フェンリエッタは拳士達に足並みを合わせる。 「ん。かぶと虫さんたちは、ここで絶対くいとめる……の」 前を往く黒髪の剣士に送れまいと水月(ia2566)が、さらにその後にはリュートを携えるエラトが続き、甲虫アヤカシとの距離を詰めていく。 「通さない……!」 始めにフェンリエッタの剣が閃き、瞬風波を繰り出した。 風の刃が真一文字に飛び、甲虫の進路を阻む。 「こうちゃん……お願い」 足を止めた甲虫の頭上に現れたのは、自ら召喚した氷龍の頭にちょこんと乗った、水月の姿。 「なぎはらえ〜」 まだ慣れない式の上でバランスを崩しそうになりながらも、水月は慎重に狙いを定めて合図を出した。氷龍こうちゃんは、ばふ〜、とどこか可愛らしげな仕草で吹雪を吐き、主の命令を言葉通りに遂行する。 「足が……止まりましたね」 エラトは氷龍の吹雪に旋律を載せるかのようにリュートを鳴らし、夜の子守唄を奏でる。 眠った甲虫にはフェンリエッタや崇和寺の泰拳士達が、包囲を狭めながら集中攻撃していった。 一方、金角率いる本隊は、分隊とは真逆の方向、進撃する開拓者の先鋒へ向かっていた。 止めてみろと言わんばかり、進路を塞ごうとする開拓者達にも怯む事はない。 『どけ小娘!』 「この身に懸けて……絶対に邪魔は、させません!」 太禍輪を討つ為、今まさに死地に飛び込む仲間たちを護る。 覚悟を秘めてフェルルは隼襲で踏み出し、金角の先……いずれ標的が飛び込んでくるであろう空間へ向けて、狙いを定めた。 『チィィッ』 冷静に放たれた精霊砲は、疾駆する金角へ命中するが、それでも勢いは止まらない。 ふしぎと清顕の二人は奔刃術で、円秀が瞬脚で、相次いで金角に距離を詰める。 「思う通りにさせる訳にはいかないんでね。まずは頭を潰させてもらう」 清顕の放った焙烙玉が、大甲虫の目の前に爆煙を上げた。 金角達は巧みな軌道でそれを躱すが、故に隊列が乱れる。 煙が晴れた瞬間、孤立した金角の眼前にはふしぎの姿があった。 「みんなが太禍輪を討つまで、邪魔はさせないんだからなっ!」 発するはシノビの秘技『夜』。止められた時が再び動くと、雷を宿した黒刃が、金角の足の節目を正確に抉っていた。 『まだだ、まだ、まだァッ!』 「くぁっ!?」 黒血を吹き上げながらも金角は体を震わせ、ふしぎを弾き飛ばして直進する。 だが、そこに追撃するのは、一息遅れて距離を詰めた風雅 哲心(ia0135)。 「猛ろ、冥竜の咆哮。食らい尽くせ――ララド=メ・デリタ!」 金角の甲が、躱すこと能わぬ灰色の珠に触れ、灰塵となって剥がれていく。 「手前ぇが金角ってのか、ここで倒させてもらうぜ!」 『否否否! 死ぬのは! 貴様だ!』 まっすぐ。ただ、まっすぐに哲心を突き崩さんとする金角。 対する哲心も真っ向から金角を迎え撃ち、刀を抜いた。 「接近したら勝てると思ったら大間違いだ―――閃光煌めく星竜の牙、その身に刻め!」 星竜光牙斬。真白の光を放つ哲心の秘剣と、大黒甲虫の巨角がぶつかり……一人と一体は、それぞれ反対の方向に大きく吹き飛んだ。 「へっ……まだ立ってやがるか」 ゆらりと立ち上がった哲心は、目の前の光景に思わず、そう呟いた。 角は折れて坊主の様な頭になりながら、甲は剥がれ黒肉を露わに、それでも尚、金角は立っていた。 『禍輪は我らに、生きよと命じた。死んではやれんでな』 「上等だ……いざ」 『勝負!』 くぐもった荒い呼吸を漏らしながら、金角は残る甲虫を引き連れ、突破を挑む。 開拓者達とアヤカシは同時に踏み出し、再び、入り乱れた。 ●太禍輪 後方の開拓者達の後押しを受け、最前線に居る者たちは太禍輪の本体と思しき黒い塊へと向け、前進を続けていた。 既に周囲には瘴気の植物が鬱蒼と茂り、その光景は開拓者たちに、魔の森を進むも同然の悪寒を抱かせた。 開拓者達が太禍輪の『領域』に足を踏み入れてすぐ、丸太の様な太さの蔓が次々と現れ、彼らに向かってくる。 「さて……と、あと一息ですか――」 朝比奈 空(ia0086)は落ち着き払って蔓を見据えながら、掌の上に光輝の珠を創りだした。 「決着を付けに行きましょう。まずは私が、道を拓きます」 光輝は瞬く間に大きく膨らみ、火球となって空の頭上に浮き上がる。 メテオストライク……空の詠唱と同時に火球が撃ち落とされ、飛来した蔓の内の二本を同時に吹き飛ばした。 爆風の後に浮かび上がる僅かな空間、それこそが、明日へと向かう血路。 「ふふ。いいわね、この殺気。ゾクゾクするわ」 霧崎 灯華(ia1054)は爛々と目を輝かせ、異形の花々の間を疾駆してその道に飛び込んだ。彼女の求める、死と隣り合わせを生きる瞬間、その最高潮を与える存在は、すぐ先にある。 『ぁぁぁああ……ぁ……ぁ……!』 招かれざる者が近づく事を察して、黒い塊が再び唸った。大地からは新たな蔓が次々と現れ、再度開拓者達に向かってくる。 更には近づく程に濃くなる、紫色の花粉。それが直接生命を蝕む毒であるとは、誰でも身を持って知ることができた。 「これが本気と言う訳ですか。ですが、それでもこの地を渡す訳には行かないのですよ」 まるで要塞の様な太禍輪の抵抗を目に、十 宗軒(ib3472)は微かに眉を顰め……しかし感情は直ぐに押し殺し、宿敵へと駆ける。 「お父様、これが禍輪ですの? 聞いていたのと少し違いますの」 首をかしげながら、十 砂魚(ib5408)も、ようやく合流できた父に遅れまいと続く。宗軒が蔓の注意を引きつけて走った事で、後に続く者達は幾分か楽に前進できていた。 「時間をかければかける程、不利になります……初手で一気に攻め入るしか、無いですね」 戦場を見渡して微かな焦りを感じながら、シャンテが言った。 傍らの玲璃が、静かにそれに答える。 「兎に角、本体へ攻撃可能な位置まで接近しましょう。そこからは、私が皆さんの治癒を担います」 こくり、とシャンテは玲璃に頷き、ミューズルフートを構える。 奏でた曲目は天鵞絨の逢引――流れるような音色は精霊の加護を開拓者達に呼び寄せ、毒に抗う為の抵抗と、術師達の力を格段に引き上げる。 「ではジークリンデ、参りましょう」 「ええ……お姉様」 その演奏を聴きながら、魔術師の姉妹フレイア(ib0257)とジークリンデ(ib0258)が詠唱を始める。 妹のジークリンデは瞳を素早く巡らせ、素早く戦場の状況を整理した。開拓者達は一ヶ所に足並みを揃えられている訳ではなく、即ちトルネード・キリクの安全圏に全ての味方を納めることはできない。 ならば、道を作る事に専念するまで。 「До свидания……」 迫り来る蔓に別れの言葉を手向け、ブリザーストームを解放する。 その攻撃範囲を逃れて迫り来るもう一本の蔓をは、傍らのフレイアが抑えこんだ。 「残念でしたわね。きっちりと、始末させて頂きます」 ジークリンデが捉えきれない右翼側に計算して放った、再度のブリザーストーム。 蔓の群は強烈な冷気に動きを鈍らせ、一瞬怯む素振りをみせたが、仕留めるには至らない。 さらには前から、右から、左から、新たな極太の蔓が現れては、縦横無尽に襲いかかった。 開拓者達にその攻撃を凌ぎながら少しずつ黒い塊へ近づいて行くが、その道のりは、当然楽な物ではなかった。 「このままじゃ、前に進めない……!」 前衛に立つシータル・ラートリー(ib4533)は、左右に差した曲刀を抜き、迷わず前に出た。 襲いかかる蔓に対して二天の構えで強く踏ん張り、きつく脇を締めて刀を振り下ろす。 「くっ、重い……っ」 二振りの刀で同時に蔓を弾き、無理やり進路を開ける。 シータルの背中を祈るように見守りながら、背後では紬が神楽舞を舞っていた。 「……頑張ってくださいね。きっと、大丈夫ですから……」 「瞬」から「抗」へ舞踏を繋げてシータルに精霊の加護を与え、さらには劫光が群がる蔓に呪縛符を送って動きを鈍らせる。 二人の助けを受けながらシータルは、必死に群がる蔓を追い払った。 無論、彼女一人で、すべての蔓を受けられる訳ではない。 集団の前に立つ者達はその全員が激しい攻撃に晒されながら、必死の抵抗で前線を押し上げていた。 「こんな所で足を止める訳には行かない。道を開けてもらうぞ……!」 シータルとは反対、開拓者の左翼を守るキースは飛んでくる蔓を確認し、両の手で大斧を握りしめた。 即座に前に飛び出し、不動の構えを用いて、正面から蔓を防ぐ。 「ぐっ……ぉぉぉぉぉおおおッ!」 攻撃を受け止めて尚、脳髄まで揺らす程の衝撃。 キースは全身全霊を込めた力で蔓を跳ね返し、反動で振り被った斧をそのまま叩き下ろす。 すかさず蓮 蒼馬(ib5707)が続き、その傷ついた蔓を三節棍で打ち据え、分断した。 「……神音、俺がお前を本体まで守る。お前の全てを込めた一撃、奴にぶつけてこい」 「センセー……」 群がる蔓を前にして蒼馬は背後にいる弟子、石動 神音(ib2662)に告げる。 太禍輪の攻撃は苛烈を極めている。全員が無傷のままで本体に肉薄するのは、まず不可能だと……蒼馬だけではない、その場の誰もが感じていた。 無論、神音も。自らを護る師の言葉を護り、ぐっと耐え忍んで、今は力を温存する。 「あと少しです、石動殿。我らが、道を拓きます――只木殿!」 「はい!」 蔓の密集点を見極めた水奏と岑が、一息、呼吸を合わせ同時に弓を引く。 「押し通す……!」 瞬間、吹き荒れる烈風。 二人の弓から同時に放たれたバーストアローは、爆ぜる風を纏って群がる蔓を、漂う花粉を薙ぎ払い……太禍輪への、路を、開く。 「行こう。ただ、お互いの信じるもののために」 羅喉丸(ia0347)が踏み出す。今、前方を阻む者は何もない。勝負を、決める時だ。 「まずは頭を抑えます。皆様は、進んで下さい」 「ただ、私たちの平穏の為に」 射線が開いたのを見計らい、フレイアとジークリンデが、アイシスケイラルを放つ。姉妹合わせて六連の氷の刃が発する冷気が太禍輪を包むと、左右を取り囲む蔓の動きも大きく鈍った。 「……蔓の動きは、太禍輪と連動してますの?」 「いけそうですか、砂魚」 蔓の攻撃を凌ぎながら宗軒が、背後で攻撃の機会を探っていた砂魚に問う。 砂魚は、答えの代わりに、マスケットの銃床を肩に当てた。 「機会は、そう何度も無さそうですの」 動きが鈍ったのは一瞬で、蔓は既に活発な動きを取り戻し始めている。 攻め入るならば今しかないと、即座に太禍輪へ向けて引き金を引いた。 「花姫の姿をしていないのは残念だけど……今度の攻撃は確実に当てさせてもらうよ……かりん殿……」 『いつか絶対撃ち抜かせて貰う』……その誓いを想い起こしながら、郭 雪華(ib5506)もすかさず鳥銃を構えた。 弐式強弾撃の稲光と共に撃ちだされた弾丸は、今度こそ、過たず禍輪を貫く。 悍ましい唸りを上げ、のた打ち回る黒い塊は、まだ微かに人の形を保っている様にも見えた。 「……美しいですね。異形の美とでも言いましょうか」 初めて間近に見たその姿をKyrie(ib5916)は素直に、そう評した。 「苦しみ、痛み、怯えながら、しかし確かに私達を『見て』いる。その意思は我々人間と同じでありながら、決して相容れない美しさ……」 内包する死、滅び、狂気……呟きながら一瞬アヤカシに見惚れ、Kyrieは直ぐに雑念を振り払い、閃癒の使用に備えた。 突入隊に随伴している巫女は、Kyrieと玲璃、紬の三人。代わる代わるに治療を行い、負担を減らしながら前衛を支援しているが、それでも消耗は激しい。 「私は大丈夫です……だから、諦めないで……」 閃癒と神楽舞を繰り返す紬は、時折息を切らしながらそう言うが……これ以上戦いが長引けば、練力が続くかどうか。 紬を護るシータルにも、その疲労は見て取れた。 持久戦なら負ける。それは元から判っていた事だ。 シータルは決意めいた顔つきで、後ろの劫光へ振り返った。 「……お兄様、行って下さい。後ろは、ボク達が守ります」 シータルの言葉に頷いて、劫光は黒い塊へ一気に駆け出す。 劫光だけではない。仲間の切り拓いた血路を進み、開拓者達は続々と太禍輪の中心へ侵入し、最後の攻勢を仕掛けた。 「行って来い、神音!」 待ちかねた言葉に、神音は蒼馬の脇を擦り抜け、禍輪との距離を零まで詰める。 「……さよなら、ばかかりん、今此処に神音は勝利の虹を掴んで見せるよ!」 異形の塊になり果てた花姫に瞳を曇らせるも……迷いを祓って、天呼鳳凰拳を放つ。 地を揺るがす踏み込みと共に紅蓮の炎が繰り出され、太禍輪が大きく、揺れた。 同時に太禍輪も渾身の力を振り絞るかのように、毒の煙を拭き上げる。 残された蔓の動きは嵐の如く、蜂を呼び寄せる甘い香りはむせ返る程。 まるでそれが、太禍輪の最後の命の灯火であるかの様に。 「禍輪公主、いや、かりんちゃん……今、楽にしてあげるぜ」 自らを打ち据えた蔓を押しのけ、紫狼は無理矢理に太禍輪へと接近し、左右の手にある殲刀を振り被る。 「双焔斬……チャンスは一回っきりだ、決めてやるッ!」 焔陰と鬼切を連ねて放つ秘剣。再び太禍輪が炎に包まれ、何か……何かは判らないが、黒い塊の一部が切り落とされた。 「いい仕事よ、お侍さん。外がダメなら、中からぶっとばすとか柔軟に動いていかないとね」 黒い汁の溢れ出すその斬り口に、灯華が狂おしく笑みを浮かべ、後に続く。 「貴方が覚悟を決めたんなら、あたしも全力で相手してあげるわ。あたしの“覚悟”受けきれるかしらね」 隷役から血の契約、瞬く間に印を結び、限界まで知覚を高める。 直ぐに訪れる、術の反動……体全体が揺れる様な動悸と、血の凍る様な寒気、全身を貫く痛み。 だが、口から垂れた赤黒い液体を拭い、血走った瞳で灯華は、なお笑っていた。 「……これで、お別れねっ……最後は、それなりに……楽しかったわよ……!」 息絶え絶えに三体連ねて呼び出す、『黄泉より這い出る者』。 『ァァァアアア……!』 瞬間、太禍輪の体が歪にうねり、黒い血飛沫が上がって――同時に弱った体に毒を受け、灯華の意識は闇に落ちた。 ●同時刻・蜂群 『ァァァアアア……!』 一際大きな叫びが聞こえ、多くの者は思わず、太禍輪に視線を向けた。 蜂アヤカシの対処を行なっていた後方部隊も、突入隊に合わせて前進し退路の確保に務めていたが……前線の戦況がどうなっているかは、全く掴む事ができなかった。 「む……まだ新手がくるのか!?」 開拓者達の最後尾、退路を守っていたりょうは、遠目に更に蜂アヤカシの大群を確認した。 「西からも新手です……さっきの叫びと、何か関係が……」 治癒を担うヘラルディアも、太禍輪と戦う者達を想い……思わず、その方向を振り返る。 「まだやれるか?」 霧睡がは、傍らの鳩塾の子供の一人に、短く声を掛けた。 先程から何度も助けられた魔術師の問いかけに、棍を携えた少女は、こくりと頷く。 開拓者も、鳩塾の者達もみな傷だらけだが、相互の連携と巫女達の尽力か、脱落者はいない。 まだ、戦える。 「円陣を組み直そう。決死隊が戻るまで、ここを退くわけにはいかぬ!」 りょうの言葉に、開拓者達は互いの距離を詰め、再び来る蜂の大群に備える。 「みんな、頑張って……もうすぐ、だから。もうすぐ、きっと」 桔梗が創りだした閃癒の光が開拓者と鳩塾の子供達を包み、傷を癒した。自身も激しく消耗しているが、それでも前に立つ仲間の為に、気力を振り絞る。 「また、来る……!」 「くそ、やらせるかよ!」 蜂に囲まれ身構えたファムニスの前に、羽流矢が立った。一息で八方手裏剣を放ち、攻撃の姿勢に入った蜂から後衛を守る。 戦いながら羽流矢は、超越聴覚で戦場に耳を済ませていた。聞こえて来る羽音は減る所か、寧ろ増え続けている。 あと少し。あと少しなんだ……不安を振り払いながら羽流矢は、汗ばむ手で手裏剣を握り直した。 ●同時刻・甲虫 『ァァァアアア……!』 太禍輪の叫びは、金角将蟲と睨み合う開拓者達の元にも届いていた。 だが、主の悲鳴の様な声を聞いても、金角は一切怯む事はなく。 「諦めるつもりは……無いようですね」 ぎりぎりまで相手を引きつけてから、円秀はその突進を躱す。既に角も羽も、足二本さえも失っているのに、その突進は衰えを見せない。 『貴様等と同じだ』 金角は、円秀の言葉に短く答えた。同時に、再びの突撃。 「……ッ!」 円秀はそれを間一髪で躱し、瞬脚で距離を取った。 勢い余った金角の前には、无の呼び出した結界呪符「黒」が進路を阻む。 『小癪ッ!』 金角は一撃でその壁を粉砕するが、其れ故に足が止まった。 「……こうちゃん、もう一回……」 再度水月の氷龍が金角を襲い、凍てついたその足をフェルルの精霊砲が砕いた。 「邪魔はさせないと、言ったはずですっ!」 更に機を見て飛びかかった清顕が、「影」の刃をその目に突き立てる。 金角の残った片目が、清顕を睨みつけた。抵抗を止めず、清顕を押し潰そうと藻掻く。 「その覚悟、敵ながらあっぱれだよ……忘れられない戦いになりそうだ」 飛びすさった清顕の後ろから、再び円秀が金角に距離を詰める。 狙いは腹の下……今ならば、潜りこむのは容易だった。 「ここは戦場……ならば、鬼にも修羅にもなりましょう」 放つは破軍の発剄を宿した、絶破昇竜脚。情けは、掛けない。 『おお、おおっ……』 青い閃光が眩く輝き――震えた言葉と共に、蟲の将の体は粉々に砕け散った。 ●決着 「こいつ、まだ動くのか!?」 誰かが、呪いのような叫びを上げた。 猛攻の果てに灯華の捨て身の陰陽術を受け、太禍輪は確かに、大きく傷ついた。 本体の黒い塊は武器と術のあらゆる攻撃を受け、もともと歪であった当初の原型さえ、留めて居ない。 ……にも関わらず、『それ』は止まるどころか、更に激しく蔓と毒を生み出し、開拓者を攻め立てた。 ゴーグルやマスクで毒に対策していた者もいたが、それさえ効果は気休め。 後方から支援を行う巫女達は、治癒術の他に解毒の使用にも追われ、大きな負担を強いられた。 「……先程よりも毒が強くなっていますね……」 仲間の解毒に駆け回りながらその事実に気づき、Kyrieは小さく溜息を漏らした。 後方では玲璃、紬が生命力の治癒を担っているが、彼らの練力も限界が近い。 抵抗力を高めるアルファルファの霊鎧の歌も、自身の消耗によって少しずつその力強さを失っていた。 「……時間がないな」 羅喉丸は目の前の蔓を切り払いながら、辺りを見渡した。 味方は一人の例外もなく傷つき、疲弊している。このままでは、抗う気力さえ、なくなるだろう。 「焦れば、負けます。もう一度隙を作りましょう」 そう言って空が、再び禍輪へ攻撃を仕掛けた。 「禍輪公主、ここで幕引きにしましょう……貴方には二度と春は来ないのですから」 アイシスケイラルの放つ冷気が再度太禍輪を抑えこみ、僅かな時間を稼ぐ。 彼女の言霊と一撃を皮切りに、開拓者達は残る力を振り絞り、今一度の攻勢に出た。 シャンテが奏でた黒猫白猫を背に受け……羅喉丸は意を決して、瞬脚で黒い塊へと踏み出した。 「飛鳥義士が一人、拳星、参る」 繰り出すは骨法起承拳、己が信じる最も鍛え抜いた技。 本体のど真ん中をアイスソードに貫かれ、太禍輪が呻いた。 「いまだ!」 暴れる太禍輪から剣が抜けないよう渾身の力で抑え、振り返る。 羅喉丸に呼応した劫光は裂帛の叫びを上げ、その傷口に腕ごと陰陽甲を突っ込んだ。 「おおぉぉぉッ!」 血の盟約に依りて呼び出すのは『黄泉より這い出る者』。 その効果も、代償も、先ほどの灯華のそれを見たのだから判る。 ――――すべて覚悟の上。 劫光の脳裏には、守れずに未来を奪われた、妹の姿が浮かんでいた。 不覚にも、目の前のアヤカシは、その記憶に重なって…… 「終わりだ…楽にしてやる。お前が刈り取って来た命の嘆きを聞いて連れていって貰え」 太禍輪の体が爆ぜると共に、劫光も毒によって意識を失い倒れこむが、すぐさま玲璃が天火明命を行い、落命を避ける。 これで太禍輪も落ちる……誰もがそう思ったが、しかし否。 「……かりん殿」 雪華は、鳥銃のスコープに映る太禍輪の姿に、思わず絶句した。 傷ついた黒い塊は、最後に核となる部位を露わにしていた。 その核とはどす黒く変色した人間の、少女の亡骸。 かろうじて形を留める体を痙攣させながらその人型の骸は、なお開拓者に毒と蔓とを向けた。 「――これが君の覚悟か、禍輪公主」 その姿を目にしてアルティアは、誰にも聞こえぬような小さな声で、つぶやいた。 知性も、美しさも、命さえ捨てて、人間を討たんとする、痛ましいまでの覚悟。それはかつて足を踏み出せなかった青年の眼には――輝いてさえ、映って。 「かりん殿。もう……これ以上苦しまずに……」 狙い定めた雪華の銃が、再度激しく火を吹いた。 頭を撃ち貫かれ、禍輪の体が大きくのけぞった瞬間――アルティアが弾ける様に駆け出した。 蔓の間を擦り抜け、ナディエで一息に跳躍し、禍輪の本体へ一気に距離を詰める。 隻腕にはアイスソードを握り、想うのは『あの時』命を掛けられなかった自分への悔恨。 償いですらない。ただ決着を付ける為に…… 全てを掛けた一太刀が、少女の骸の胸に、突き立つ。 「君が、寂しいのなら。そして望むのなら──」 その骸と視線が合い、アルティアは手を伸ばそうとしたが…… 『――……ぁ……、……ぇ……、……、……――!』 青年の手は弱々しく、拒むかのように、弾かれた。 その拍子に禍輪の体は形を失い、粉々に崩れ落ちていく。 瞳には最期まで、宿敵を討たんとする意志を宿しながら。 散り際、アヤカシの唸りは意味のある言葉を紡いだ気がしたが……誰にも、その確信は持てなかった。 ●明日へ 太禍輪が散ると同時に、瘴気の植物は一斉に枯れ果てるように消え、生き残った蜂達は北へ飛び去った。 それは激戦の幕切れとしては唐突で……開拓者達が勝利を確信するには、若干の時間が必要だった。 「やったなぁ岑ッ、俺達の勝ちだ!」 沈黙を破ったのは、太禍輪の中心に駆け寄ってきたガルフの声。 傷だらけで佇む親友の無事を見て、たまらず駆け寄った。 「……心配かけてゴメン、ガルフ」 その勢いに苦笑しながら岑は小さく呟く。だが、その笑顔を見て、ようやく勝利が実感できた気もして。 やがて、彼につられて周囲の開拓者達の顔にも安堵が浮かび、飛鳥原の人々と共に、鬨の声を上げたのだった。 太禍輪の本体があった場所では、エラトが精霊の聖歌を奏で、その旋律に合わせてアルファルファが小鳥の囀りを吟じていた。 禍輪の創りだそうとした森は瘴気に戻り、魔祓いの調べによって浄化されていく。 千々に乱れて大地に消えていくそれは、風に花が散る光景にも似て見えた。 「お別れだ、かりん殿」 散りゆく怪の花々を見送りながら、からすはふっと、微笑を零した。 少女の亡骸は、現世に欠片の一つも残さなかった……だが、それでいいのだろうと、からすは想う。 「……土に還って ちゃんと生まれ変われよ」 羽流矢がぽつりと呟いて、空を見上げた。 アルファルファの歌に惹かれたのだろうか、頭上には雀の群が、雲間を悠然と飛び回っていた。 「辺りを見て参りましたが……人喰花の様な『置土産』は、取り敢えず見当たりませぬな」 「鳩塾も崇和寺の皆様も無事ですけれど……これから後始末が大変ですの」 被害を見て回ってきた水奏と砂魚が、宗軒と、傍らに居た鳩座へ報告する。 男二人は顔を見合わせ、安堵とも苦悩ともとれない溜息をついた。 「そうですな。まずは鳩塾や村を再建し……弔いを、してやりませんと」 死んだ村人や、行方不明の弟子を想い返し、鳩座が俯く。 「犠牲になった者も多く、この地の傷は深い。だが、それでも、明日へと進まねば」 宗軒が言うと、すぐに鳩座も頷き、思い直すように顔を上げた。 視線のすぐ先には、泣き笑いながら神音と抱き合う愛弟子のウズラ、それを見守る師の蒼馬や、鳩塾、崇和寺の面々が居た。 開拓者も、鳩塾も、崇和寺も、子供も、大人も、笑っていた。 「同じ明日を見ている、か……」 ふと鳩座は、夕べ禍輪公主に言われた言葉を思い返した。 『明日を紡ぎ続ける物』。 それこそが、自分の見ていた物だったが、禍輪にとってのそれは…… 「……や」 だが、鳩座は直ぐに思い直し、思考を止めて仲間達に向き直った。 何故ならそれはもう終わった事で……これから考えるべき事は、他に山ほどあったのだから。 かくして、上級アヤカシ・禍輪公主は討伐され、開拓者達には賞金が授与された。 命を賭け明日を得んと、開拓者に戦いを挑んだ禍輪公主。 彼のアヤカシについて、後に无が編纂し図書館に収めた資料には、客観的な事実を書き連ねた記述の最後に私見として、こう付け加えられている。 『禍輪公主との決戦の光景は、無数の生きる本能の衝突にも見えた』 その一文の意味は、戦場で禍輪公主と合間見えた者達によって、今も囁かに語り継がれている。 |