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■オープニング本文 ●暗闇 「どうして! どうしてこんなところで足を止めるんですか!?」 東房は暗闇の平原に、少女の荒げた声が響いていた。 時は深夜、あたりの闇は深く、炊かれた篝火の灯りだけが唯一の頼りとなって、彼等の周囲のほんの狭い範囲だけを照らし守っていた。 そこに数名の開拓者が集い‥‥ある者は傷の手当をし、あるものは周囲を警戒し、あるものはうつむき、無為に過ぎていく時間に苦渋の表情を浮かべている。 「罠と判っていて進むことはできない。今、迂闊に進軍すれば、『あれ』の思う壺です」 少女の問いに答えたのは、割合落ち着いた青年の声‥‥東房の開拓者ギルドに属する、職員のものだった。薄明かりに照らされた顔には、苦い焦燥の感情が浮かぶ。 「さっき『あれ』に遭遇したのだから、貴方も判るでしょう、ウズラさん。あれが本当に黒鎌蟷螂(こくれんとうろう)だとしたら‥‥この暗闇で戦うのは自殺行為に等しい」 「‥‥でも!」 ウズラ、と呼ばれた少女は、半ば睨むような目付きで職員を見やる。 どうしても、この草原を進まねばならないのに。 この草原を超えて、飛鳥原へ向かわなければならないのに、と‥‥ ●奇襲 この夜が訪れる直前の夕刻のこと。 東房・飛鳥原の地は、上級アヤカシ・禍輪公主の襲撃に震撼していた。 禍輪は百体超のアヤカシを持って飛鳥原を攻め、瞬く間にその地を蹂躙した。 飛鳥原の住民は、僅かな開拓者達の戦力と共に南下、天輪宗の崇和寺に撤退した。 この地に居を構える泰拳士道場・鳩塾の門下生であるウズラは、師からの指示を受けて一人別行動を取り、開拓者ギルドへ救援要請に趣いていたのだが‥‥ 今まさに援軍を引き連れ飛鳥原へと戻ろうとする道中、その敵が、やってきたのである。 「敵襲! アヤカシの襲撃だ!」 「なんだと、一体どこから!?」 時は既に深夜、暗闇の中の行軍とはいえ、十分な警戒は行われていた。 にも関わらず、『あれ』は音もなく忍び寄り、開拓者の一人を真っ二つに引き裂いた。 松明の薄明かりに浮かぶ漆黒の影が、ウズラを始めとする開拓者達の、恐怖と混乱を煽った。 「クソッ、散開しろ! このままじゃ全員殺される!」 「待て、簡単に散らばるな! それこそ敵の狙いじゃないのか!?」 奇襲を受けて数十名の開拓者は、しばし錯乱状態に陥った。いつの間にか灯りが全て消え、騒ぎの中で隊列はバラバラになり、援軍は離散してしまった。 ウズラと職員を含む数名の開拓者はその場に留まったが‥‥相手がそれ以上仕掛けてくることは無く、そのかわりに薄ら笑いを含めた脅し文句が、暗闇の中から響いた。 『我、禍輪公主が配下・黒鎌将蟲。故あって飛鳥原の地へは踏み込ませぬ。ここより一歩たりとも歩を進めれば‥‥我が右と左の大鎌が、お前達の首を獲ると心得よ。ヒ、ヒ、ヒヒ‥‥』 ●闇夜の歩 その記憶を思い出し、ウズラは身震いを起こす。暗闇の中で姿の見えぬ敵に襲われる恐怖が、心身に刻まれていた。 職員もまた、憔悴した顔つきでウズラを諭す。 「奴の名乗った名前と、先の状況を照らし合わせるなら、あれは黒鎌蟷螂(こくれんとうろう)と呼ばれたアヤカシです。漆黒の体をした大型のカマキリで‥‥闇夜に紛れて大鎌で人間を狩る。どういった経緯で禍輪の下についたかは解りませんが‥‥この暗闇では、あれと戦うのは自殺行為です。せめて、世が明けるまでは待たなければ」 暗闇のなか、いつ、どこから襲われるか分からない敵。進軍を止める理由には十分すぎた。 だが黒鎌の、そして禍輪の目的は間違いなく、援軍の足止めであろう。事実、行軍の遅れは深刻なレベルにまで達しており、予定である明日の夜明けまでに飛鳥原に着くことさえ、困難な状況になっていた。 だからこそ、ウズラはここで引き下がる事などできないと、頑なに主張する。 「そんな悠長なこと‥‥禍輪軍は百体以上の大群なんですよ!? 攻められた崇和寺が一晩持ちこたえられるかもわからないのに、こんなところで足踏みしてたら‥‥!」 ウズラは、先に援軍として飛鳥原に向かった開拓者達に、約束していた。 『必ず後続の援軍を送り届ける』と。 自分を信頼して送り出した、師匠と同門の拳士達のこともある。 その約束を果たせずして、その信頼に応えられずして、何が開拓者か―― 「ここを突破しましょう。案内は私がします。この道なら、眼を瞑ってだって歩ける」 「‥‥正気ですか?」 強い意思を秘めたウズラの言葉に、職員が返す。 「黒鎌将蟲が力が本当に強いものなら、その気になれば私達を皆殺しにもできるはず。脅しだけかけて攻撃を続行しない理由は、ありません」 「‥‥相手もこちらを警戒している、と?」 なにか、敵にも弱みがあるか。ならば付け入る隙は、ある。 派手に戦って位置を知らせれば、散らばった味方も戻ってくるかもしれない。 必要なのは、死地に踏み込む覚悟だった。 「もちろん、私一人じゃ、何もできません。皆さんのお力を、どうか‥‥貸して、下さい」 かつて開拓者達から教わった、大切なこと。一人ではできなくとも、力を合わせれば。 ウズラはそう言うと、最後は自らに同行する開拓者達に、判断を委ねた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
十 砂魚(ib5408)
16歳・女・砲
郭 雪華(ib5506)
20歳・女・砲
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●暗中模索 「援軍の手助けをするべく戻って来たが、これほど足止めを食うとはな」 寒風の吹く、東房の夜。闇に溶け込むアヤカシの姿を探りながら、蓮 蒼馬(ib5707)が重く、言葉を零す。 一刻も早く飛鳥原に救援に向かわねばならぬ状況で食らった、思わぬ足止め。焦りは禁物と理解はしているが……飛鳥原の人々、それに入れ違いに向こうへ行ったらしい娘の事を思い出し、黒い瞳がわずかに揺れる。 「……なんとしてもあの蟷螂を突破せねばな」 蒼馬の言に、成田 光紀(ib1846)が頷き、返す。 「うむ。個人的にはあの蟷螂もじっくりと眺めてみたいものだが、宴に遅れるわけにもいかん。通らせて貰うかね」 数ヶ月前に遭遇した、禍輪公主。再び合間見えて観察したいと思い、援軍に参加したが……思わぬ前座に遭遇したものだ、と光紀は心中で嘆息する。 「全く……かりん殿と言う友人に会うには……黒い変質者をどうにかしないといけないなんて……」 郭 雪華(ib5506)は小さな溜息をつきながら、頭を巡らせて周囲を警戒している。撃ち抜くと決めた相手を想う語り口は、ぼやくような、それでいて皮肉めいた響き。 「僕みたいな……か弱い女の子には過酷過ぎないかな……」 口をついた言葉とは裏腹に、いつでも発砲できるよう、愛銃の引き金に指をかける。 それぞれの事情はどうであれ、ウズラの提案に対する開拓者の答えは一致していた。 即ち、ここを突破して飛鳥原へと向かうこと。 「有難う、御座いますっ……ごめんなさい、巻き込んでしまって」 暗闇の中で泰拳士の少女が、感謝の言葉を紡ぎだす。松明の灯りに照らされたその表情には、恐れと焦燥と覚悟とが混じっていた。 「気にするな。友のためとあらば、例え死地であろうと笑って飛び込もう」 頼もしげに微笑み、ウズラの肩を叩く羅喉丸(ia0347)。一度は崇和寺に向かいながら、援軍を迎える為にここまで駆けつけた……彼とて、何としても戻らねばならない理由がある。 ある者はアヤカシを討つために、ある者は友や仲間の為に……開拓者達が心を決める様子を見て、ギルドの職員もようやく首を縦に振る。 「わかりました……それで、どう動きますか?」 「黒鎌将蟲さえ片付けられれば、結果的に一番の時間短縮になりますの」 職員の言葉に答えたのは、砲術師の十 砂魚(ib5408)。 「ああ。誘き寄せて討つか」 同じ事を考えていた羅喉丸の言葉に、砂魚は頷く。闇に溶け込むような黒瞳が、まっすぐに相手を見つめた。迷いは、見えない。 「奴が禍輪公主から足止めを命じられているのであれば……そこを逆手にとれるな」 キース・グレイン(ia1248)が黒鎌の言葉を思い返しながら、何かを閃く。 他の開拓者達も概ね考えていることは同じ。あとは、実行に移すだけだった。 ●警告 『ヒ、ヒヒ……』 開拓者達の話し声を除けば辺り一帯は静かなもので、聞こえてくるのは微かな風の音くらい。 それだけに、その風音に時折紛れ込む下卑た笑い声は、はっきりと開拓者達の元へと届いた。 『ヒ、ヒ、ヒヒ……ヒヒ……』 足音も無いままに、黒鎌の哂い声が周囲の闇を抜けてくる。 「何がそんなにおかしいのやら……本当、まるで……変質者だね……」 雪華が表情は変えぬまま、不快げな語調で言った。 「自分が絶対に優位とでも思っているか……或いは『やろうと思えばいつでもやれる』、そんな脅しのつもりか」 光紀が推測を立てながら、素早く印を結ぶ。漆黒の符がそれとは対照的な、蛍のような淡い光を呼び出した。 「見えぬモノを想う。とでも言えば風情もあるかね?」 輝く風は、仲間たちを撫でるように飛ぶ。 砂魚はその夜光虫を、思わず目で追いかけたが、自らの役目を思い出してすぐに止めた。 「私と雪華さんは松明が持てませんから、代わりにいつでも撃てる様に用意して、周囲を警戒しますの」 そう言って砂魚は、雪華と光紀と共に、ウズラと職員を囲むようにして立った。 さらに一団の先頭には羅喉丸とキースが、後方は蒼馬がついて、互いの距離を縮めて構える。 光紀の夜光虫に加え、持てるものは皆松明を持っているから、少なくとも開拓者達の周囲だけは、そこそこ明るい状態だ。 「用意はいいな?」 全員が頷き返すのを確認して、キースは冷えた夜の空気を目いっぱいに吸い込む。 そして、闇の向こうに居るであろう黒鎌に、あらん限りの声で叫んだ。 「黒鎌将蟲、聞こえているか! 俺達はこれより飛鳥原へ向けて発つ! 邪魔立てするならば受けて立つ、いつでも来るがいい!」 アヤカシの脅しになど屈しないという、断固とした意思表示。 即ちそれは、宣戦布告であった。 ここまですれば、近くの開拓者はこちらへ来るだろうし、黒鎌将蟲も動かざるを得まいという狙いがある。 暗闇の向こうの蟷螂は、その言葉を笑いながら聞いていたが、やがて…… 『後悔するなよ』 その一言を最後に、完全に気配を絶つ。 静寂が訪れるのと同時に、戦いの幕が上げられた。 「……さあ、進もう」 そして誰ともなく、足を踏み出す。 暗闇の向こう、飛鳥原へ。 ●反撃 先の襲撃からすれば、どこから襲撃を受けるかわからない。 闇の中、開拓者達八人は松明を掲げながら背中合わせになって、最大限の警戒と共に道を進んだ。 「開拓者ギルドの仲間はこちらへ再集結しろ! 黒鎌将蟲の脅しははったりだ、恐るるに足りん!」 羅喉丸が叫びをあげ、仲間への呼びかけを兼ねながら黒鎌を挑発する。 だが、怒号は暗闇の中に吸い込まれていくだけで、何の反応も帰ってこない。 「静か、だね……動きが無い」 「きっと、機を見ているんですの」 雪華と砂魚、二人の砲術師は銃を構えながら、それぞれ対局の方向を見張っている。 「ウズラ、あまり前に出過ぎないようにな。道案内に死なれては困る」 「は、はいっ……」 光紀の言葉に、ウズラがピンと背筋を伸ばした。黒鎌の判断次第では、案内役の自分が真っ先に狙われるという自覚があるのだろう。 「こっちが、崇和寺への近道です。足場が悪いですから気をつ……うわぷっ」 つい速足になって、躓く。蒼馬が微かに吹き出して、ウズラの背中をとんと叩いた。 「落ち着け、急ぐ必要はあるが、焦るな。焦りは判断を誤らせる元だ。飛鳥原への道のり、お前だけが頼りなのだから」 諭すように言い聞かせる蒼馬。なおも不安げなウズラの顔が一瞬、自分の弟子に重なって見えた気がした。 「大丈夫だ、向こうにいるお前の師や同門、それに俺の娘……開拓者達を信じてやってくれ」 「父様は強いですから、心配は不要ですの。ウズラさんも安心して良いですの」 砂魚も黒髪をふわりと揺らして、ウズラに微笑む。 二人の言葉に、ウズラもまた、救援を約束した開拓者達の顔を思い出し、力強く頷き―― 『……』 その次の瞬間、影が動いた。 「しまっ……上ですッ!」 ウズラが、叫ぶ。 道の脇に鎮座した岩の上に、黒い影。 気づいた時には、黒鎌将蟲は既に鎌を振り上げ、頭上から飛びかかって来ていた。 その鎌の狙う先は、ウズラだ。 『死ねェ』 最も早く反応できたのは、先頭近くに居た羅喉丸とキース。 「くそっ、こっちに来いっ!」 キースの咆哮に、黒鎌将蟲は反応しない。 抵抗力が高いか……!? そう思う内に、一瞬で距離を詰められる。 それを見た羅喉丸は、迷わず黒鎌とウズラの間に割って入った。 ――ざくり、と。 深く。羅喉丸の肩口に、漆黒の鎌が食い込む。 八極門が鎌の勢いを殺したが、それでも傷口からは鮮血が滝の様に溢れ出た。 進路を阻まれ、黒鎌が唸る。 『貴様ッ……』 「……元より無傷で済まそう等とは思っていない。何としても、倒す」 顔を歪める羅喉丸の手から、銀色の布が伸びた。 転反攻によるその反撃を、黒鎌は紙一重に躱したが、故に一瞬の隙ができた。 その隙を狙うのは砂魚。宝珠の輝きと共にマスケットの銃身が火を吹き、蟷螂の胴体へと弾丸を突き立てる。 「絶対に逃がしませんの」 黒鎌の流す血さえ漆黒の色だったが、砂魚はそんな事に目もくれず、単動作で即座に次弾を装填し、二撃目を放つ。 「ふむ。やはり物理的な守りは大したことはないか?」 黒鎌の痛がる様子に、光紀が呟く。すぐに探究心を働せた自分を省み、夜光虫へと意識を戻した。 『人間風情が……ッ!』 しかしすぐに黒鎌は闇の中へと跳躍してしまい、夜光虫を振り切られた光紀は眉を潜めて息を漏らした。 一方で雪華は狼煙銃を打ち上げ、光源として利用しようとしたが、発光時間が余りに短く、敵を捉えるには至らず。 「逃した……こうも暗いと……下手な行動が出来ないね……」 言葉に不満気な響きを含ませつつ、周囲を警戒する雪華。 「このまま一撃離脱を繰り返されるのは、不味いな」 思惑を外されたキースも渋い顔をして、傷ついた羅喉丸を見やる。 光紀がすぐに紋白蝶型の治癒符を手元に呼び出し、治療を始めるが……羅喉丸の傷は重いの他深い。恐るべきは金属鎧すら裂いた鎌の鋭さで、開拓者が一撃で屠られた先の襲撃を、否応なしに納得させる物であった。 黒鎌が動く気配を殆ど探れないことも、大きな問題だった。自ら発した言葉以外は全く無音の攻撃、その所為で此方は、二度目の奇襲を受けた。 対する開拓者達は、微かな灯りのみを頼りに、黒鎌を目視で捉えなければならない。 「……暗闇の方に気をつけるですの。音もなく動く影がいれば、それは黒鎌ということですの」 眼を鋭く細める砂魚。黒い狐耳が時折、微かな音に反応してひくりと動く。 「進もう、時間がない」 羅喉丸が肩を押さえて立ち上がる。庇われたウズラが手を貸そうとするのを、笑って拒んだ。 「……次が勝負か」 効かないとわかった以上、咆哮は捨て賭けに出るしかない。キースは次の一手に意識を絞り、足を踏み出す。握った拳は、じっとりと汗ばんでいた。 「光源を増やそう。ウズラ、手を貸してくれ」 蒼馬は旗に松明をくくりつけ、ウズラに手渡した。一つ一つその場に立てて戦えば、まだ視認性が上がるかもしれない。 ●三度目の奇襲 「ギルドの仲間は集合しろ! 体勢を立て直し、飛鳥原へ向かう!」 暗殺者の潜む平原を、開拓者は叫びを上げ、進みだす。時折照明弾が打ち上げて、近くに居る筈の仲間達に合流を促しながら。 そして三度目の奇襲は、列の最後方から来た。 最後尾にいた蒼馬は、背中から吹く風が、ふと乱れたことに気づく。 「……遅い!」 『チィ!』 背後から振り下ろされた鎌を、背拳で紙一重、躱す。 今度は、不意打ちにならない。 「来たか……今度は外さん」 隙を作った黒鎌目掛け、キースが飛び出していく。 体当たりと見紛う勢いで疾駆し、ぶつかる直前に身を屈め、腹の下に滑り込む。 「……獲った!」 直閃の踏み込みと同時に、肘鉄を突き上げる。抉ったのは体の中で最も柔らかいであろう部位であり、黒鎌は歪な姿勢となって体を浮き上げた。 『ギィィィッ』 呻きを上げ、松明より一歩先の闇に逃げ込む黒蟷螂。 その背中を追う様にして飛ぶは、光紀の蛍風。 「そう何度も逃げられても面白く無いのでな」 黒鎌を目視する時間がわずかに伸び、次の一撃を担う雪華を助ける。 「狙い撃つ……変質者は撃退しないと安心できないし」 ぽそりと呟き――ターゲットスコープと弐式強弾撃を併用した、闇夜さえ貫く狙撃。 遠雷の名に違わぬ閃光が、微かな明かりに浮かぶ黒鎌の足を、へし折った。 「転倒した……!」 「今の内に、全員で取り囲むですの」 雪華が狙撃の姿勢に入ると同時に、砂魚は相手の側面に回り込んでいた。 三本足で起き上がろうと黒鎌を、空撃砲を放って再び転倒させる。その間に開拓者達は余裕を持って黒鎌を取り囲み、ウズラや職員は周囲に松明を立てた。 はっきりと光に晒された黒蟷螂の姿は、其れまでの印象よりも随分と小さく感じられた。 「最初に現れたときに、全員で袋叩きにしていれば良かったですの」 冷たく見下ろす砂魚の視線を、黒鎌が真っ向から睨み返した。 ほう――と光紀は心中で感心し、 「まだ抗う気概を持つか、何故そうまでしてあの小娘に加担する?」 問いかけると、意外にも蟷螂はくぐもった声で、答えを返す。 『貴様らは何の為に徒党を組んだ? それと同じこと……』 足を封じられ逃げられぬと悟ったか、或いはもとより決死の覚悟であるか。よろよろと立ち上がり、鈍い動作で鎌を振り上げる。 「実に名残惜しいが、じっくり見ている暇も無いか」 観察は終わりとばかり、光紀は芋虫の様に太い氷龍を呼び出す。 『ギェェェエェェッ!』 冷気に動きを鈍らせながらも、龍の吐く吹雪をは物ともせずに開拓者へ向かい来る黒鎌。 そこに蒼馬が詰めより、三節棍を振るう。 「……悪いが、これ以上付き合う時間も無い!」 三つの棍は、連々打によって疾風怒涛の如く、黒鎌の間接部を砕く。 その漆黒の鎌が二つとも砕け散った時、同時に黒鎌将蟲も動かなくなっていた。 ●再起 「やれやれ、変質者退治に随分と手間をとったね……」 瘴気となってゆっくりと消え始めている黒鎌を、微妙な視線でみやりながら、雪華が二度目の狼煙銃を撃ち上げる。。 その横では光紀と蒼馬が、改めて羅喉丸の治療を行なっていた。予め準備がなければ、大事にさえ至ったかもしれないが……幸いにして、命に別状は無い。 治療の末、羅喉丸はどうにか自力で歩くまでに回復してみせた。 ……やがて、暗闇の向こうから、声が聴こえてくる。 「おーい! 誰かそっちにいるのか!?」 黒鎌の襲撃で分断させられてしまった、開拓者ギルドの仲間が、こちらへ駆け寄ってくる。 「明かりをつけてくれて助かった。こちらは逃げる途中で明かりを失ってしまって……恐らく、少なからぬ人数が黒鎌に討たれただろう」 開拓者は神妙な面持ちでそう語った。 だが、その後も仲間たちは続々と復帰し、最終的には当初の六割程の戦力を集めることができた。生き延びた者達に取っては、松明や狼煙銃の明かりが決め手となったようだ。 「もうそんなに時間もありませんし、これ以上は合流できなくとも進みますの」 「半数以上が再結集できただけでも、僥倖か……」 既に夜明けまでいくらも無くなっていた。砂魚の言葉に、キースは集まった開拓者達の顔を見渡した。皆、消耗してはいるが、大きな傷を負ったものは少ない。 援軍として、少なくともまとまった戦力にはなるだろう。 「急ごう、飛鳥原では今も、禍輪公主と将三体を防いでいるんだ」 「ええ……また、案内をします。ついてきてください」 先頭にウズラが立ち、一行が歩き始めた頃には……既に空が白み始めていた。 「明けない夜はない、か」 蒼馬が、呟く。 まだ朝日は登っていない。だが、それもすぐ先のこと。決戦の時もまた、間をおかずしてやってくる。 闇は薄れ、眼の前にはうっすらと、飛鳥原への道が浮かび上がっていた。 |