カガミクグツ
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/17 09:10



■オープニング本文

●巨大な影
 小さな山間の村に、悲鳴が響き割っていた。
 軒を連ねた小さな家々が粉々に吹き飛んで、飛び散った破片の中には、時折人影も混じっている。
 混乱の中心では、十メートルは軽く超える巨大な人の形をした何かが、縦横無尽に破壊の限りを尽くしていた。
 雲ひとつ無い晴天の山景色に、突如現れた巨大な影はあまりにも異質な存在に見えた。
 それは、木で出来た傀儡であった。一見して木片をつなぎあわせただけの、粗末な作りの人形。
 だが、これだけの大きさがあれば、観るものに恐怖を与えるに足る、圧倒的な迫力を生み出した。目も鼻も口もない、のっぺらぼうの木塊が置かれただけの頭部は、無慈悲なアヤカシに、ぴったりといえばぴったりの意匠であった。
「クソッ、デカブツめ‥‥好き勝手やりやがる」
「このままじゃ村が壊滅する。止めるぞ」
 既にギルドからは、数名の開拓者が派遣され、このアヤカシに対峙していた。彼等の動きは迅速で、この巨大な敵に相対して尚怖気づくこともなく、果敢に立ち向かっていく。
「あれだけ的が大きければ‥‥!」
 手始めに弓術師が一箭、射かけた。矢は、傀儡の右肩のあたりに見事に命中する。
 だが、予想外の出来事が起きたのは、その時だった。
 ぶす、という鈍い音とともに、弓術師の右肩から鮮血が吹き上がった。鋭い痛みが走る‥‥まるで、矢が突き刺さったかのような。
「な‥‥ッ!?」
 すぐに弓術師は、伏兵の存在を疑い、痛みを堪えながら鏡弦で周囲を探った。だが、反応は‥‥目の前の傀儡からしか、返ってこない。
 時を同じくして前線では、傀儡の足元に飛び込んだ泰拳士が、その左の脛を狙って気功掌を叩きこむ。だがこれも‥‥泰拳士の拳骨が傀儡に届いた瞬間、逆に泰拳士の脛が砕けて折れた。
「ぐおおっ‥‥なんだ、何が、起こった!?」
「攻撃が通用しない‥‥!? まずいな、一度後退するぞ」
 隣にいたサムライが、慌てて泰拳士を抱え、傀儡と距離を取る。
 弓術師も泰拳士も、重い傷を負っていた。彼等は、自らが傀儡へ放った攻撃と、まったく同じ場所に、同じ傷を受けていた。どちらも腕利きの開拓者であるだけに、返って大きな傷を受けたようにさえ見える。
 ――傀儡への攻撃が、跳ね返ってきている。
 開拓者たちがその事実に気づくのに、時間はかからなかった。そして同時に、自分たちに攻め手が存在しないことも、悟る。
「どうすりゃいいんだ‥‥技も術も、与えた傷がそのまま返って来るとは」
「‥‥お前たちはこれ以上戦えないだろう、一度ギルドへ戻って指示を仰げ。その間、俺が時間を稼ぐ」
「時間をって‥‥こっちは手が出ないんだぞ」
「村を見捨てることはできんだろう。だから、急げ」
 リーダー格らしいサムライが、苦い顔つきで、負傷した二人に指示を出す。二人は、顔を見合わせ、体を引きずりながらギルドへ向けて、来た道を引き返していく。
「さて‥‥」
 サムライは脂汗を拭うと、目の前で暴れ続ける、巨大な傀儡に向き直った。

●鏡傀儡
「それは‥‥鏡傀儡ですね。厄介なのが、また」
「カガミクグツ?」
 退却した二人の開拓者の報告を受けたギルドの職員は、すぐにそのアヤカシに思い当たったようだった。机の奥から資料を引っ張りだしながら、二人に説明する。
「お察しのとおり、人間から受けた攻撃をそっくりそのまま跳ね返す性質を持つアヤカシです。元々は陰陽師が実験で作った呪術用の大型傀儡がアヤカシになってしまったものでして‥‥数年前に暴れるだけ暴れまわった挙句、魔の森に逃げこんで、消息不明になっていたのですよ」
「対処は。できるのか?」
 開拓者の言葉に、職員は無言で頷いた。
「アレは、人間から受ける攻撃は、呪詛の力で全て跳ね返します。しかし、人間以外の存在‥‥例えば、龍やケモノの類の攻撃であれば」
「なるほど‥‥朋友を、か」
「すぐに増援を編成しましょう‥‥残った彼を、死なせるわけには行きません」
「頼む」
 頼みの綱は、人ならざる存在。ギルドには、緊急の依頼が貼り出された。
『朋友と共に戦える開拓者、求む』、と。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
キース・グレイン(ia1248
25歳・女・シ
浅井 灰音(ia7439
20歳・女・志
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

●援軍来る
 巨木のような腕が空中から降り下ろされ、相対するサムライを鞠のように弾き飛ばす。
 弧を描いて飛翔したその体は、背後に建った村の家屋に叩きつけられ、破片と粉塵を巻き上げた。
「くそっ‥‥」
 痛みに震える身体に喝を入れ、サムライは立ち上がる。満身創痍だが、倒れる訳にはいかなかった。目の前の巨大な傀儡は、疲れる様子も見せずに、のしのしとこちらへ向かってきていた。
 必ず、ギルドは援軍を寄越す筈だ。それまでは、なんとしても村を守らねばならない。
 男は、傀儡の攻撃に耐え続けていた。攻撃は全て返ってくる。反撃は、できない。
 もう一撃、傀儡が降りかぶった。サムライは、既に半ばから折れた愛刀を構え、受けの構えを取る。
「レギンレイヴッ!」
 遠くから、凛々しく麗らかな叫びが響いた。
 刹那、高空から四翼の蒼鷹が稲妻の如く飛来し、傀儡の脳天を爪で抉る。
 衝撃で傀儡がよろけ、のっぺらぼうの顔に傷跡が深く刻まれた。
 サムライが遠く目を凝らすと、四翼の鷹に続く龍や、ミヅチ、ゴーレムの姿、そして六つの人影が見えてくる。
「‥‥ようやく来たか」
 サムライは深く、息をついた。その場に倒れ込みたいほど安堵したが、それはもう暫く辛抱しなければならなかった。

●戦闘開始
「頼んだよ、レギンレイヴ‥‥私は、私の出来ることをする」
 先陣を切った迅鷹レギンレイヴの攻撃は命中し、間一髪、村に残っていたサムライを救った。
 主の浅井 灰音(ia7439)もそれを見届けると、自らの相棒をサポートするべく巨大な傀儡――鏡傀儡へと走る。
 鏡傀儡にダメージを与えるには、人間以外の存在が攻撃する他ない。必然的に相棒を矢面に立たせることになるが、自分だけが安全な場所にいるつもり等、毛頭なかった。短銃を抜き、鏡傀儡の足元へと発砲して陽動を試みる。
「攻撃する方はそっちじゃなくてこっちだよ!」
 自身は囮となって鏡傀儡を引きつける――そう考えたのは、羅喉丸(ia0347)も同じ。
「続け、頑鉄。背中を狙うんだ」
 羅喉丸は相棒の甲龍から飛び降りながら指示すると、自らは地を駆けて鏡傀儡に向かう。
 頑鉄はその名に恥じぬ鉄塊のような身体を震わせ、大きく吠えて羅喉丸に応えた。
「しかし、厄介なものを作ってくれたものだ」
 羅喉丸は走りながら、これを作ったという、名も知らぬ陰陽師に対して愚痴をこぼした。
 人間の攻撃をそっくり跳ね返す人形‥‥にわかには信じ難いが、目の前のサムライの様子を見るに嘘ではなさそうだ。
「攻撃を反射する呪詛とは面白いですね。我が†Za≠ZiE†にも身に付けさせたいものです」
 真白の肌に漆黒の衣服をまとう吟遊詩人・Kyrie(ib5916)は鏡傀儡と、ザジ、と呼んだ相棒の土偶ゴーレムとを見比べべ、妖艶に笑む。
 端整な青年の顔をもった道化姿のゴーレムは、腕から伸びる獣爪を大仰に振りかざして戦闘の意志を示したが、Kyrieは軽く手を挙げてそれを制した。彼にとっての開演には、今少し早い。

「まずは、あいつを村から引き離す必要があるな」
「‥‥サムライの方や、村の方々が心配です。急ぎましょう!」
 キース・グレイン(ia1248)と乃木亜(ia1245)も気を逸らせつつ、一旦その場で足を止める。
「職員の話では、試す価値はあるとのことだったが‥‥」
 キースはそう言って口元を抑え、鏡傀儡とKyrieとを交互に見た。
 まずは、鏡傀儡に『人間からの攻撃以外の干渉』が通用するのかを確認しなければならない。つまり、吟遊詩人の歌や、サムライの咆哮が、鏡傀儡に効果を及ぼすのか。
 ギルドにある鏡傀儡の資料にはその点についての記述は一切無かった。だが、それだけに可能性は残っている。
「もしKyrieさんの歌が効いたら、次にキースさんの咆哮で村の外に誘い出す‥‥ですね」
 乃木亜は打ち合わせていた手筈を必死に確認しながら、最後に相棒のミズチ・藍玉と目を合わせた。
「私は村に残るから藍玉、あなたは羅喉丸さん達を助けてあげて。いつもの様にやればいいから、お願いね?」
 藍玉と離れるのは不安だが、乃木亜は巫女としてまず負傷者を治療したかった。
 大丈夫、藍玉とて一介のミヅチ、きっと戦える。顔を近づけて諭すように藍玉に指示する乃木亜の様は、まるで子に接する母親の様であっだが、その乃木亜に頼られるのが藍玉は嬉しいのか、ピィ! と威勢よく声を上げて応えた。その意味する所は『了解!』とか『任せて!』とか、そんな感じだろう。
「‥‥グレイブ、お前はいけるか?」
 一方でキースの相棒グレイブは、手綱を引かれてからその動きを止めたまま、静かに鏡傀儡を睨んでいた。
 斑の緑鱗を持つ甲龍に怖気づく様子は見当たらず、じっと主の命令をじっと待っている。
 マイペースなグレイブの、いつも通りのコンディションだ。だからこそ、この巨大な敵を前にして尚、安心して身を任せられる。キースはグレイブに跨ったままそれを確認すると、背負っていた大縄を降ろして、背後に控える龍人に放り投げた。
「俺と灰音の縄を合わせて縒った。これなら千切れることも無いと思うが」
 荒縄を数本纏めて作られた極太の縄は、先端に重石までつけてある。巨人の動きを阻む為に、これくらいの細工は必要だろうというキースの配慮だ。
 その縄を受け取った龍人は、マハ シャンク(ib6351)。少女と見紛う童顔の拳士は、手にしたその縄を二、三度軽々振り回し、自らの手に馴染ませた。
「上出来だ。ブライ、手早く済ませるぞ」
 短く告げて、淡々と待機位置に着く。彼女に取っては、敵が巨大だろうと呪詛を持っていようと、相棒の炎龍ブラインドレスの訓練相手に過ぎない。当のブライは、くるくると頭を回しながら鼻と耳で周囲を探っていたが、マハに軽く撫ぜられると、一声鳴いてそれに応えた。

●苦戦
 鏡傀儡の動きはそれほど機敏では無かったが、巨体故の強力はそれを補って余りある脅威であった。
「まともに貰ったらひとたまりもないな」
「攻めの戦いは得意だけど、受けの戦いっていうのは苦手なんだよね‥‥」
 羅喉丸と灰音は、鏡傀儡の腕をぎりぎりまで引きつけ、紙一重でそれをかわす。それぞれが別々の方向へ動くことで、相手の目標を絞らせない。
 だが、自分を狙っていた拳が、深々と地面を抉る様を見れば、決して楽観視できる状況ではなかった。鏡傀儡の目標がいずれかの相棒に移れば危険は免れないだろうし、また残った村の家屋の破壊も可能な限り避けたいところである。

「我奏でるは、腐り果てた寵姫の輪舞曲‥‥狂おしき血の饗宴と共に‥‥むせ返る死臭を浴びて‥‥」
 自らの歌が届くぎりぎりの距離に鏡傀儡を捉えたKyrieは、奴隷戦士の葛藤を歌い始める。
 背筋を伸ばして胸を張り、テノールの歌声を重く響かせるその様はまるで舞台上の役者。
 その呪歌が鏡傀儡へ届くと、相手はその力強さを僅かに失い、しかしKyrieの身体には何の影響も感じられない。
「大丈夫そうだな‥‥こっちだ、来いデカブツ!」
 鏡傀儡の様子を観察していたキースの咆哮が、Kyrieの歌唱に続いて響くと、相手はキースに向けて動き出した。
 ‥‥読みは当たった。攻撃を反射するという鏡傀儡の呪詛は、あくまで『直接傷を与える行為』にしか適用されない。障害や妨害の技は、人間からの干渉であっても普通に通る。
「よし、行くぞグレイブ。出来る限り奴を村から遠ざける!」
 キースが叫ぶと、待ってましたと言わんばかり、主を乗せたグレイブも一声鳴いて飛翔した。
 鏡傀儡が咆哮の誘導に乗ったのであれば、こちらのペースで戦える。周りの開拓者達も、キースと鏡傀儡の動きに合わせるように、村から遠ざかり始めた。

 同時に乃木亜は、今にも倒れこみそうになっていた先発のサムライの元へと駆けつけた。
「大丈夫ですか‥‥今、治療しますっ」
「巫女か、有難い‥‥!」
 ひとり鏡傀儡を引きつけていただけあってサムライも相当な深手を負っていたが、乃木亜の閃癒の光を浴びて傷を癒されると、再び活力を取り戻し、立ち上がる。
 サムライだけではない、未だ村人の多くが、村に取り残されたまま、怪我や瓦礫の為に身動きが取れなくなっていた。
中には重傷を受けてかろうじて生き永らえている者もいる。早急な救助が必要だった。
「村の人を救助します。手伝って‥‥頂けますか?」
 乃木亜の言葉に、サムライは迷わず頷き、怪我人を集め始めた。
 まだ救える命が在るならば、休んでいる暇など無い。
 アヤカシとの戦いの傍らで、必死の救命活動が始まった。

「頃合いだな。ブライ!」
 鏡傀儡が十分に村から引き離されたのを確認すると、マハは先ほど借り受けた大縄を振りかざし、自らが跨るブラインドレスの腹を軽く蹴った。
 ブラインドレスはその合図で力強く飛び立ち、足音を頼りに鏡傀儡へと近づいていく。騎上のマハは石錘をくくりつけられた縄を振り回しながら、タイミングを見計らっていた。
 この縄を足に掛けて引き倒す。それが狙いだ。鏡傀儡の巨体であれば恐らく、一度転倒すれば決定的な隙を晒す筈。
 当の鏡傀儡はキースとグレイブを追い続けている。先行したレギンレイヴと頑鉄が何度か攻撃を加えているが、その足取りを弱める気配はない。
 後方では、ザジを連れたKyrieがマハの後を追いつつ、曲目を騎士の魂に切り替えて味方を保護していた。それを受けた囮のキースがグレイブ共々、鏡傀儡の大木のような腕を避けては受け必死に凌いでいる。
「やはり背中は死角か‥‥」
 上手くブラインドレスに鏡傀儡の背面を取らせつつ、マハは巨人の足目がけて全力で縄を投擲した。
 石錘が上手く引っかかる‥‥が、その瞬間マハの身体は縄伝いに凄まじい力で引っ張られ、つられて揚力を失ったブラインドレスごと地面に叩きつけられた。
「‥‥ッ!」
 ――この馬鹿力め。マハは心中で毒づきながら起き上がり、すぐ隣に落ちた相棒を見た。お気に入りの炎龍には怪我こそあれど致命傷には遠く、元気に立ち上がってマハに顔を寄せてくる。
「とんでもない力だな。いや、単純に重いのか」
 傍らに駆け寄った羅喉丸が、鏡傀儡を見上げながら呟いた。
 木づくりとはいえ、十メートル超の鏡傀儡の身体は極めて重くできているようで、本体の剛力も相まって生半可な力では倒せないようだ。少なくとも、全員がバラバラにそれを試みたのではできない程度には。
「タイミングを合わせてもう一度やってみよう。私がもう一本を引っ掛けるよ」
 灰音が予備の荒縄を取り出すと、マハとブラインドレスも縄を握り、再度鏡傀儡の封殺に動く。
「ピィ!」
 と鳴いて、藍玉も後に続いた。身体を一度震わせると、鏡傀儡の足元に水柱や水牢を召喚し、その動きを妨げて援護する。
 その隙に灰音が鏡傀儡に近づいた。上空から、キースが灰音に叫んでくる。
「片足に集中して縄をかけろ!」
「了解!」
 既に縄のかかっている左の足に、灰音の縄がかかるが、まだ動きを止めるには至らない。縄を持つ灰音とブラインドレスの方が、あやうく振り回されそうになる。
「まだ足りないか!? ‥‥グレイブ、加勢するぞ!」
 剛力を用いたキースとグレイブが手を貸し、三人と二頭の力でもって縄を引っ張って、ようやくその力が拮抗した。
「頑鉄!」
 一瞬の隙を逃さず、羅喉丸が上空の相棒へむけて叫ぶ。
 応えた頑鉄が、スカルクラッシュで鏡傀儡の背を打ち据えた。なお踏みとどまろうとした巨人の足元に、ダメ押しとばかり羅喉丸が崩震脚を放ち、足場となる地面を抉り取る。
「いかに剛力といえど、重心を崩されてはどうにもなるまい‥‥!」
 ぐらり、と。
 ついにその巨大な影が揺れ、鏡傀儡は砂塵を巻き上げて転倒した。

●反撃
 鏡傀儡の巨大な身体が大地に横たわり、振動と轟音が山を震わせる。
 その光景を前にKyrieは、いよいよザジに対して攻撃の指示を出した。
「‥‥勝鬨は来たり、殺戮の嬌声は虚ろな花園に響く‥‥」
 道化姿のゴーレムはKyrieの横を風の如く駆け抜け、なんとか起き上がろうと四肢を振りまわしてもがく鏡傀儡へと接近する。そのまま相手に捕捉されるより先に、チャージによって溜め込んだ力を、膝の関節部へ一気に叩きつけた。その一撃で、鏡傀儡は再びバランスを崩し、地に伏せる。
「今がチャンスってところかな」
 最大の勝機を逃すまいと、他の相棒達もザジに続いた。灰音が空を見上げ相棒へと視線を送ると、レギンレイヴはその二対の翼を羽ばたかせ、急降下しながら風斬波を放つ。
「遅れを取るな。仕掛けろブライ」
 マハに指示を受け、ブラインドレスは高度を落としながら鏡傀儡に接近する。ブラインドレスは喉を震わせ、咆哮の代わりに火炎を吐き出して、鏡傀儡へ焔を放った。案の定、その木づくりの身体が炎上し、鏡傀儡は苦しむようにのたうちまわる。
「いいぞ。手を緩めるな!」
 効果の程を見るや、マハはブラインドレスに続けての火炎を命じる。彼女の意図は、練力の続く限りの猛攻‥‥全力を出させなければ、愛龍の“訓練”としては意味が無いのだ
 鏡傀儡は半身を火に包まれながら、なお立ち上がって反撃しようと試みるが 高空から止めとばかりにグレイブがスカルクラッシュで追い打ちすると、鏡傀儡の身体が再び地面にたたきつけられ、その動きを止めた。
 再び砂塵が舞い上がり、一瞬の静寂。
「‥‥やったか?」
 だが、そう思ったのもつかの間。鏡傀儡は突如再び動きだし、這いずったまま移動しだした。
 死に物狂いと言うべきか、その速さたるや歩くのと遜色ないか、それ以上である。
「まだ動くか。しぶといな」
「マズいね。村の方に向かってる!」
 嘆息した羅喉丸に、焦りの色を見せる灰音。
 最後の力を振り絞り、逃げ出そうとしているのか、あるいは一つでも多くの恐怖を喰らおうというのか‥‥鏡傀儡の向かう方向には、自身が破壊し尽くした山村と、集められた怪我人、そして彼等を治療する乃木亜の姿があった。彼等が鏡傀儡に押しつぶされるまで、猶予はそれほどない。
「ピィピィ!」
 藍玉が叫び、水牢を鏡傀儡の四肢に絡ませる。
 動きの鈍った一瞬に、ザジが舞踏のような足運びで鏡傀儡に接近し氷裂を振るった。冷気を纏う刃が閃くと、炎上していた鏡傀儡の腕がぼろりと崩れ落ちた。確かな手応えを感じて、ザジは美しい青年を模した表情をそのままに、微かに身を震わせる。
「腕を失っては、這うことも能わぬでしょう。その重い体躯ならば尚の事‥‥」
 Kyrieは見事な働きを見せた相棒に、満足気な表情を浮かべながら、歌による援護を続けた。奴隷戦士の葛藤は、鏡傀儡の防御力を、極めて堅実に削いでいる。
 彼の言うとおり、移動する力を失った鏡傀儡はもはや死に体であった。相棒達はその身体へ集中攻撃を浴びせ、鏡傀儡は程なくして完全に停止したのだった。

●山の村に日は暮れて
「藍玉、よく頑張ったわね!」
 怪我人の救助と手当に追われて戦闘どころではなかった乃木亜は、鏡傀儡が停止するのを確認するや藍玉に駆け寄った。主の心配を知ってか知らずか、藍玉は嬉しそうに主人に擦り寄り、甘えた声を上げた。
「帰ったらお魚も沢山あげるからね?」
「ピィ!」
 藍玉は乃木亜の言いつけを守って立派に戦ってみせた。まだまだ子供っぽさも残る相棒だが、今日の戦果は素直に褒めていいものだろう‥…乃木亜はそう思いながら、藍玉の頭を撫ででやった。

 危険な敵を相手に多かれ少なかれ緊張していたのはどの相棒も同じようで、空を飛んでいた龍達も披露の色を見せながら地に降りてきた。
「お疲れ様。色々と無理をさせたみたいだけど、無事で何よりだよ」
 灰音が指笛を鳴らすと、レギンレイヴは掲げた彼女の右腕へと降り立ってくる。最も、主人とよく似た思考の蒼鷹に限っては疲れはあまり見られず、強敵と渡り合った昂揚を残して落ち着かない様子であった。事実レギンレイヴは、戦闘の最中一度もひるむことなく鏡傀儡を攻撃し続けていたのだ。

「しかし、これは‥‥酷い有様だな‥‥」
 そう言ってグレイブと共に地上に降りたキースは、破壊された村の光景を見渡している。鏡傀儡を村から引き離して被害を減らしたとはいえ、半数以上の建物は瓦礫の山となっていた。
「ですが、多くの人命が救われたならば、絶望には至らないでしょう。まだ、希望があります」
 と、Kyrie。確かに倒壊した建物の数から見れば、死人は驚くほど少ない。それは、闘いながらも人命を尊守する行動をとった開拓者達の努力の賜物と言っていいだろう。一般人を守るように命じられていたザジも、一礼するようなジェスチャーで主に追従した。
「詩人殿の言うとおり、村はこれから大変だろうが、まあ命は助かったんだ。なんとかできるだろうよ‥‥俺もアンタらのおかげで命拾いした、礼を言う」
 最初に鏡傀儡と戦っていたサムライが、村人達の元から戻ってきてそう告げた。彼が言うには、村の者達もこれからのことには頭悩ませつつも、アヤカシを退治してくれた開拓者たちには感謝していた、という。
 その言葉を聞いてキースが、ふと思い立ったように立ち上がった。
「‥‥少しでも、後始末を手伝うか。グレイブ、まだやれそうか?」
 目の前の瓦礫の山を片付けてやれば、村人たちもいくらか楽になるだろう。彼女のおおらかな愛龍は、返事の代わりにぬっと立ち上がり、主の指示を仰いだ。
「丁度いい。手伝ってやれブライ、いい訓練になる」
 鍛錬は徹底的に行うが善と、マハもブラインドレスの手綱を引いた。こちらは多少疲労が見えるが、マハの存在を嗅覚で確かめると、昂く鳴き声を上げて彼女に従った。
 それに続いて、他の開拓者達も瓦礫の撤去を始めていく。

 見れば、相棒達を苦しめた巨人の亡骸は、少しずつ瘴気へと帰り始めている。
 壊されたものは大きいが、とにかく災いの根は絶たれた。
 開拓者と相棒達の力添えも、僅かなりとも村の復興への助力になるだろう。
 いずれ、この村も日常を取り戻せる。力を合わせれば、きっと。
「頑鉄、俺たちも行こう」
 最後に残った羅喉丸は、何を思ったか村の光景をじっと見つめていた頑鉄の背を叩くと、共に瓦礫の山へと向かっていった。